紅白リレー 運動会の練習で、勝つたびに大きく喜ぶ子どもたちがいました。 一方で、何度練習しても負けてしまい、ゴールした瞬間に涙をこぼす子もいました。
年長クラスの紅白リレー。赤組のアンカーはA君、白組のアンカーはB子ちゃんでした。 初めての練習では、A君が余裕のある表情で走っていました。
ところが、最後の最後でB子ちゃんがA君を追い抜き、白組が勝ちました。 その時のA君は、とても悔しそうでした。
2回目の練習から、A君は最後まで気を抜かず、一生懸命走るようになりました。 今度は、赤組が勝つことが続きます。
B子ちゃんは、ゴールした瞬間に涙をこぼすようになりました。 勝ちたい。最後まで諦めたくない。自分のチームのために走りたい。
子どもたちそれぞれの気持ちがリレーの中に現れていました。
今日は、勝った・負けたという結果だけではなく、練習を重ねる中で子どもたちの気持ちや関わりがどのように変わっていったのか、
紅白リレーを通して見えたグラスの育ちについてお話しします。
紅白リレーは、子どもたちにとって、ただ走るだけの競技ではありませんでした。
自分の番が来るまで、友達の走る姿を見て待つ。 バトンを受け取ったら、次の友達につなぐ。
そして、自分の走りがチームの順位につながる。
一人一人が走る競技でありながら、友達と一緒に取り組む競技でもあります。
年長になって運動会の練習にも少しずつ慣れていく子どもたち。
走る順番を覚え、バトンを受け取る位置を確認し、次の友達へ渡す練習をしていました。
練習が始まったばかりの頃は、勝つと飛び上がって喜び、負けると悔しがる姿がありました。
勝敗がつくと、子どもたちの表情は大きく変わります。
それは、勝ちたい気持ちがあるからこそです。
自分が一生懸命走ること、友達にバトンをつなぐこと、チームのみんなと勝つこと、子どもたちはそれぞれの思いを胸に走っていました。
最初の練習で安価を務めたA君は、走り始めたとき、どこか余裕のある表情に見えました。
赤組が少し前を走っている。自分が最後まで走れば、そのまま赤組が勝てる。そんなふうに感じていたのかもしれません。
しかし、ゴールの直前で、白組のB子ちゃんが追いつきました。
そして、A君を追い抜いてゴールしました。
白組の勝ちでした。A君の表情は、さっきまでの余裕とは違っていました。
アンカーとして最後を走り、勝てると思っていたところで抜かれた。その悔しさがA君の顔に現れていました。
その次の練習から、A君の走りは変わりました。
前のように余裕を感じさせる走りではなく、最後まで気を抜かず、一生懸命走るようになりました。
悔しかった経験が、A君の次の走りにつながっていたのだと思います。
一方で、B子ちゃんにとっては、勝つことが続いたわけではありませんでした。
2回目、3回目と練習を重ねても、赤組が勝つことが続きました。
B子ちゃんはアンカーとして最後まで走り切りました。
けれど、ゴールした瞬間、涙をこぼしながら戻ってくる姿がありました。
悔しい。どうして勝てないんだろう。
その言葉をB子ちゃんが口にはしませんが、涙を流す姿から、勝ちたい気持ちや、思うようにいかない悔しさが伝わってきました。
私たち保育士も、何とか走る順番を考えました。
できるだけ差が大きくならず、最後に接戦になるようにできないか。
子どもたちの走る力を見ながら、順番を工夫しました。
それでも練習では、赤組が勝つことが続きます。
順番を変えれば、必ず結果が変わるわけではありません。
走る子どもたちのその日の様子や、バトンの受け渡し、走る時の勢いによっても結果は変わります。
私たちは、園長先生とも相談し、メンバーを交代するのではなく、走る順番を工夫しながら、子どもたちがそれぞれの力を出せるように考えていきました。
その間にも、子どもたちは何度も走りました。
勝った時の喜び、負けた時の悔しさ、バトンを受け取る緊張、友達にバトンを渡した後の安心、
練習の度に子どもたちのいろいろな気持ちが、クラスの中に重なっていきました。
練習を重ねていたある日、白組のC君が小さな声でこう言いました。
「〇〇君が遅いから負けるんだよ。」
周りの子に聞こえたのか聞こえていなかったのか分からないくらいの声でした。
けれど、私はその言葉に気づきました。
C君ははっきりと誰かを責めようとしてというよりも、負けが続く悔しさの中で思わず心の声を漏らしたように見えました。
もちろん、その言葉を聞いた子どもがどんな気持ちになるかを考えると聞き流してよい言葉ではありません。
その場で、「そんなことを言ってはいけないよ。」とすぐに伝えることもできたと思います。
けれど、その時の私はすぐにC君を正す言葉をかけるのではなく、まずは練習を終えたみんなに話をしました。
みんな一生懸命走ったね。一人一人がバトンをつなぐために一生懸命走っていたね。