ハナボウズの園主(中島)が、群馬の山から音を記録しています。
ステレオ録音で、山の中にある畑の環境ごと、カエルの声、鳥の声、風の向き、遠くのチェーンソー音、この山に生きているものたちの気配を伝えたい。
いつか誰かがこれを聞くとき、その朝に何が鳴いていたか聞こえたら面白いなと思っています。
ハナボウズの様子(Instagram):
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番組の魅力・推薦
ほぼ環境音、セダム切り忘れた
花を切り忘れたことに気づいた中島が、軽トラに積み込み中作業を記録した一本。発話は短く、その代わりに約28分間、里山の生物音が豊かに記録された。時間帯: 13:39〜の昼下がりにもかかわらず鳥のさえずりが活発 → 6月の繁殖期ピーク季節遷移: 春の鳥(ウグイス、カッコウ類)と夏の虫(ニイニイゼミ)の共存が特徴的 → まさに「晩春から夏への移行期」生息環境の推定: ウグイス + ホトトギス + オオヨシキリ + アマガエル + ウシガエル の組み合わせから、林縁部、畑、湿気が近接する圃場K: 11種以上の鳥、2-3種のセミ、2種のカエルを確認 → 非常に豊かな生態系
こいつにスパゲティを食わしてやりたい
ほぼウグイスの鳴き声とハサミのパチパチ音、たまに園主の声が入る回。六月二十三日、K圃場。アルケミラの株分け作業中、古い根を残すと苗が浮いて欠株するという仮説。曇りで風が少し肌寒い一日、妻と話したジョジョ五部のあのシーンの出典探し、産地見学会に向けた自己紹介の練習、桔梗の発芽率は七割くらいだった。給油(車に)とビール(園主に)を買って帰る一日。
たぶん鵺
深夜23時43分、六合地区。深酒の夜、中島は住宅の周囲を徘徊していた。南の空では雷が光り、星は霞に隠れている。針葉樹の闇の中から、一定の間隔で「ピー、ピー」と鳴く声が届く。その正体を確かめようと、マイクを手に外へ出た。夜鷹か、鵺か。鳴き声は判然としないまま、記憶は数年前の蒸し暑い夜へと遡る。この山に移住してから出会ったという、妖怪か神か分からぬものの話——酔いの中で、その輪郭をたどる。スマホのライトを点ける。「こわ」とつぶやく。補足分析によれば、この声はヨタカまたはトラツグミの可能性が高い。トラツグミは古来「鵺」の声として知られ、宮沢賢治の『よだかの星』にも連なる。先月まで定住していたフクロウは、いつの間にか姿を消していた。今夜の鳥は、まだここにいる。「歯磨きして寝ます」と言いながら、中島は家へと戻った。
遊びで続けていきたい
六月の午後、中島はAフィールド周辺の草刈りの合間に録音を始めた。七月になれば蜂が巣を守り始める——就農前に師匠から聞いたその話を、眉唾だと思いながらも肌感覚で信じている。藪を放置すれば、ある日突然、蜂が飛び出してくる。だから今のうちに刈っておく。日曜日に出品した中之条花マルシェは、客層がよかった。入園料を払って植物園に来る人たちだ。一本百円の売り台に自分で花を拾って束ねていった客のひとりが、上手に組んだ花を持ってきた。「花やってましたか?」と聞いたら「花やってます」と返ってきた。言葉ではなく、手の動きや作法から相手の背景が滲み出ていた。探偵みたいな、嬉しい瞬間だった。マルシェは労力を考えると正直割に合わない。それでも中島は「祭りだと思って」参加する。楽しいから。山ログのフォロワーが倍増したことへの、緊張ともちがう感覚もあった。「遊びで続けていく」とひとり確認して、録音を終えた中島は再び草刈り機のエンジンをかけた。
中之条花マルシェの準備
中之条花マルシェの前日、作業場で明日販売予定の生花選別作業を録音してみました。独り言、鋏で花を切る音、ハチの乱入、足音2026年6月13日土曜日14:36〜
圃場Kの環境音2026年6月13日
六月十三日、土曜日。K圃場で、中島はひとり花を切っていた。翌十四日の中之条花マルシェに向けた準備作業だった。マイクは軽トラの荷台の上に置かれ、その日の音を拾っていた。風の気配、鳥やセミの声、そして時折やってくる来客の声。録音はやがて、スマートフォンの発熱によって静かに途切れた。機械が音を上げたその瞬間まで、中島は花を切り続けていた。 マルシェの前日というのは、静かな緊張感がある。売り物になる一本を選び取る手つきには、値踏みとも愛着ともつかない感覚が混じる。Kの圃場は、そういう作業に向いている。広すぎず、狭すぎず、手が届く範囲に花がある。軽トラはその日の道具置き場であり、録音スタジオだった。 来客はいつも唐突にやってくる。会話がはじまれば、それも記録の一部になる。ログとは、計画された音だけでなく、その日にたまたま起きたことの総体なのかもしれない。マイクを置き去りにしても気にしない。いつの間にかマイクを指していたスマートフォンが熱を持ち録音は止まっていた。
自己紹介より先に鳥の声
市場と中卸の担当者が圃場を訪れた。車を降りた中卸の方が、自己紹介より先に言った言葉が「うわ、鳥の声がすごい!」。そこから中島のAI鳥図鑑トークが炸裂。ウグイス、ガビチョウ、晴れると突然鳴き始めるハルゼミ……圃場の四方を林に囲まれたエッジ環境が生み出す音響環境を、来客とともに楽しんだ。午後はアルケミラの掘り上げ作業へ。「もっと作ってほしい」と言われたばかりの花を、鋤で掘り起こし300株以上をコンテナへ。Yハウスに700〜800株、Kエリアに800株以上。6月中の定植完了を目指す。週末は中之条ガーデンズのマルシェ。目玉にしたかったアストランティア・ローマの路地ものは今年は不調で断念。ブルーベリーや草ものを中心に、あるもので臨む。Kの圃場は、湧き水と鳥声と花畑が交わる、尾瀬みたいな場所。今日の来客も、それを感じ取っていた。
サワガニつかまえた
六月の山は、汗と乾きの季節に入った。中島はKフィールドで防除と草刈りをこなした。思ったほど進まなかったが、ある程度は終えた。水筒一リットルでは午後の管理作業が持たず、妻が置いていった分まで飲み干した。喉がひりつく。地面は濡れているのに、自分は乾いていた。雨上がりの翌日、山道にサワガニが出る。それを知っていた中島は、軽トラ移動中にオス一匹、メス一匹を捕まえた。娘に頼まれていたのを思い出して。バケツに水を張り、荷台に積んだ。帰ったら虫かごへ入れて、飼い方を調べてみる。草は今のうちに取っておかないと、八月にとんでもないことになる。わかっていながら毎年負けてきた。今日は三メートル分、二十株ほど手を入れた。小さな仕事だが、積み重ねれば違う。収穫日と収穫日のあいだの管理日は、体力と判断力の消耗戦だ。喉カラカラで山を下りる。明日は直送・注文・市場分の切り出し、少しの草刈り。次回からは水筒を多めに用意する。今日の反省はそれだけ。帰ったら娘とサワガニを眺める時間がある。山は暑く、乾いていて、しかしカニがいた。
自己洗農
六月八日の朝、中島は雨の降り始めたK圃場の石のベンチに腰を下ろしながら山ログを録った。昨日は落ち込んで早めに切り上げ、娘の寝かしつけごっこに付き合ううちに眠ってしまった。目が覚めると体の上にビーチボールとトランシーバーと折りたたまれた布団が積まれていた。その無言の置き土産が効いて、気分は三まで戻っていた。丁字草を切りながら、中島は農業を「仕事」と捉えることの重さを考え直した。ベランダ園芸の延長でいい、楽しいからやっている。そう決めると何かが緩んだ。娘が平仮名を書いたりおもちゃのお金で遊んだりする姿を見て、遊びの真剣さというものが腑に落ちた。吹っ切れた、と言いたいところを自己洗脳と言い直す。いや、自己洗農か。午後には、Instagramで知り合った移住者の花農家が作業場に来る予定だった。嬉しいとは思う。ただ、予定が一つ入るだけで体がどこかピリつく。お金の交換を伴う注文は素直に喜べるのに、人と会う約束はなぜか重さが違う。そのことも正直に録音に吹き込んだ。明日は草刈りと防除。ハウスへの植え付けが一段落し、路地フェーズへ移る前の足固めだ。石のベンチはすでに濡れていて、腰を下ろした中島はケツを濡らした。それでもログは続く。雨の六合地区から、お届けしました。
なんで農家やってんのかな
暮坂峠の作業場、梅雨の端に位置する六月の午後、中島は軽トラの荷台に腰かけ、風に吹かれながらマイクに向かっていた。晴れてはいるが冷たい空気が肌を刺し、パーカー一枚では少し寒い。収穫はいつもより少なく、注文分と市場分を調整し、バケツを洗い、伝票を書き終えてようやく一息ついた午後四時——その静けさの中で、ずっと昨夜から胸の奥でくすぶっていた問いが浮かんできた。「なんで農家やってんのか」。都内のベランダで鉢を並べていたころの話を、中島はゆっくりと手繰り寄せる。植木市で苗を買い、枯らしてはまた育て、花が咲けばひとり喜んでいたあの日々。植物はただ面白く、楽しかった。ところが今は、その命を刈り取ってお金に換えることを生業にしている。新品種を試すことは今も楽しい。けれど出荷し、換金し、利益率を計算するあたりで何かが重くなる。農業の過酷さを、彼は言葉を探しながら、しかし誰かに告げるでもなく、虫の鳴き声のようにログに放り込んでいく。それでも、と中島は続ける。マルシェでお客さんに「綺麗」と言ってもらえる瞬間のこと。個人の花屋数軒と箱を送り合い、意見を交わしながら、山で拾った枝を一本混ぜてみる楽しさのこと。このモヤモヤは妻には話せない——正論で返ってくるのが目に見えているから。同じように土地も資産もなしに花農家を始めた先輩に、ぶつけてみようと思っている。就農初年度、売上九十四万円で「辞めよう」と思っていたことも、今日また思い出した。来週末のマルシェに向けて、セダム・オータムジョイのステッカーを作った。緑とピンクの間、一割二割だけ花開いたあの色が好きで、それをスマホにも貼っている。売れたら嬉しいし、売れなければ布教物にすればいい——どちらに転んでも構わないと、中島は少し笑う。仕事は終わった。今日は娘と畳の部屋でゴロゴロしながら本でも読もう。メンテナンスも大事だ、と彼はひとりごちて、録音を止めた。
妻のタンブラーとカフェインの午後
水曜の午後四時半、台風が上陸した日。午前の大雨が嘘のように晴れた空の下、中島は切り日の休憩を軽トラの荷台で過ごしている。気分は二。やるべきことを数えると気が滅入るので、かわりに今日あってよかったことを思い返す。昼に家へ戻り、食器棚に眠っていた妻のタンブラーへあたたかいコーヒーを注いで持ってきた。アトリエの山の中、それを飲みながら岡恒の赤白の鋏で出荷前の調整をする。カフェインのおかげで、もう少し頑張れる気がする。荷台から見上げれば、昭和の初めに当時の地主が植えたメタセコイアの大木。葉はみな空の一方向へ伸びている。かつては荷台に立って高枝鋏で切り、切り枝として売っていた。水揚げも日持ちもよいのだが、届く範囲はもう乏しい。空き家にある伸ばせる梯子を使えば、また枝を落とせるかもしれない。問題は値づけだ。命がけで採るのだから、その分を価格に乗せ、売れたら切る——そういう順序にしようと考える。来週末は中之条ガーデンズのイベント。告知文も支度もこれからだ。昨日は妻とアルケミラをYハウスへ掘り上げ、雨に備えて簡素な雨除けをかけた。以前しっかり作ったときは強風で支柱ごと飛んでいった。近くには人の住む家も車もある。だから今度は、飛ばされたら飛ばされたでいい、運がよければ雨を防げる程度に。ノーガード戦法である。今のところ、まだ持ちこたえている。このあとはセダムの切り取りと直送便の調整・選別。花が萎れる前に、涼しい作業場へ運んでやらねばならない。ではまた。
花火と古傷と生物音響学
石のベンチに腰を下ろす。晴れた空の下、ハウスの中は蒸し暑く、セダムやジャーマンカモミール、センダイハギ、イガグリスゲを刈り取り、本数の足りない品目を組み合わせて一箱に収める算段を立てる。農の現場では、足し算と引き算が静かに繰り返されている。土曜日は岩崎さんの農場でバーベキュー。戸高くんと炭火を囲んだが、オーストラリアンキャットルドッグが吠えながら駆け寄るたびに左肩の古傷が疼いた——かつてチャウチャウに噛まれ、ERへ運ばれたあの夜の記憶が。距離を保ちながら肉を食い、酒を飲んだ。誰も怪我がなかったことが、何よりのごちそうだった。日曜夜は戸高くん家で座談会。その後、ポッドキャスト収録という名目のおじさん会——「しょうがない」を言い訳に作業部屋へ籠もれる、それがまた良い。そして最近新しい遊びを見つけた。ステレオマイクで収めた音声を生物音響学的に解析してみると、シュレーゲルアオガエルやガビチョウの声が、静かに音の中に隠れていた。姿は見えなくても、声は届いている。畑の奥の森に、まだ知らない世界がある。マイクはそれを、ただ静かに記録していた。
コロコロ変わる方針
五月二十六日、九時二十四分。空の九割を雲が覆い、雨上がりの温みだけが残る朝。出荷の箱詰めを終えて、切り終えたばかりのアルケミラのハウスへ。乾いた土にかん水をして、石のベンチに腰を下ろす。気分は、五段階のうち三。露地でいちばん美しいのは、いまはチョウジソウ。球根の花たちが去ったあと、咲き進みの遅い青を拾うように昨日百本を切った。少し遅いかと思いながら、今日それを出荷してみる。寺田さんから譲り受けたオニスゲは、畑の山側に置いておいたら思いがけず花を付けてくれた。Yのハウスでは、二週間前に播いたキキョウの種がちらほらと顔を出しはじめている。けれど朝の声が何度も立ち戻るのは、やはり草のことだ。四月にはあれほど整っていた畑が、雨と温みに乗じて一変する。草と戦うのではなく、作物がぎりぎり切れるところまで草を抑える——勝つことではなく、均衡を保つこと。方針は今日もまた揺れる。アストランティアは一気に咲いて手が回らないから、Yの四分の一をアルケミラに変えようか。コロコロ変わる、と笑いながら、そのつど手と市場を見て決めていく。五年目の畑の、これが正直なところなのだろう。・カッコウ……出だしから語りの合間にかけて、二音節のさえずりが遠くからクリアに。五月に飛来する夏鳥で、この標高・この季節にちょうど活発になる。・ウグイス……中盤から後半、少し離れた山林からホーホケキョと、谷渡りの鋭い声。繁殖の最盛期にあたる。・シジュウカラなどのカラ類……ツツピー、チッチッという高い声が、ハウスのすぐ近くから間欠的に。営巣・育雛期で、親鳥が餌を探して農地まで来ている。
敵ではないという表明
雨から曇りへと移ろった暮れ方、橋を渡って花の部会へと向かう。こうした会の前には決まって憂鬱が訪れる。裁判にかけられるわけでも、検察に詰められるわけでもないのに——それでも歩を進めるのは、この部会に身を置くこと自体が、自分は敵ではない、ここにいる、という地域への小さな表明だからだ。橋の上から屋根が見える。平成末に建てられた自宅と、それより古い昭和築の隣家。錆びはじめた自分のトタンを眺めながら、家の年輪を読む数分間。午後までの一日は土と向き合っていた。母の日に活躍したアストランティア・ローマの株分けと植え付け、Y圃場の八分の一ほどまでの定植、ハウスへのアマランサスの播種。そして作業の途中、枝変わりかこぼれ種か、大ぶりの白花に緑の縁を持つアストランティアが数株。「グリーンヘイロー」という仮の名を与えて掘り上げる。緑の縁と、太陽のコロナのように滲む光輪。三株出たならば固定種かもしれない——名づけは観察の始まりであって、結論ではない。昼に手繰ったののやの蕎麦は、舞茸天のひとつがこしあぶらに替わっていた。一皿のなかで、山の季節が静かに差し替わっていく。カジカガエル(河鹿蛙)の美しいコーラス 背景で「コロコロコロ…」と優しく響く細かな振動音。正体は、清流を好むカジカガエルたちの歌声です。5月に繁殖の最盛期を迎える彼らは、川の流れる音にかき消されないよう、通りの良い高周波の美声で鳴き交わします。夕暮れの鳥たちの気配 川の音を突き抜けるように時折聞こえる「ピピッ」「チッチッ」という短い声。橋脚や河川敷を縄張りにするセキレイ類やツバメたちが、巣に戻る前に交わす一瞬のコミュニケーションかもしれません。川の轟音という自然のノイズの中で、かき消されまいと独自の周波数で声を届かせようとする生き物たちの「音の住み分け(ニッチ)」。初夏の心地よい夜風と、移り変わる山の季節を、耳から感じてみてください。
出荷を待つ花たちの前で
母の日が過ぎた集荷場には、息継ぎのような静けさが流れている。クリスマスローズ、チョウジソウ、アストランティア、アルケミラ……並ぶ箱の名から、誰かの一週間の手の動きが浮かぶ。だがセダムを出している人は、まだいない。同じ場所に同じ季節が来ても、人それぞれに別の時間が流れているのだと、中島は思う。住宅に戻れば、玄関先に娘の鉢。一年前に「これがいい」と娘が選んだエキナセア「ブルーベリーチーズケーキ」だ。しおれかけると、つい水をやってしまう。世話をやめれば命が消えるという経験を、小さな鉢のなかでさせてあげるべきだったのかもしれない——と一瞬よぎる。けれど中島は決める。幼いころ虫かごのなかで殺してしまった虫たちの業を、いまこの鉢に水をやることで少しずつ返しているのだ、そう思っておこう。償いはいつも、思いがけないところで姿を変えて現れる。来週末のバーベキュー、二日酔いの体、集荷場で交わした言葉、そしてなぜか立ち上がってくる古い犬の記憶。五月の晴れた日、Yハウスへ向かう前の、午前中の独白。
今年も帽子を忘れた
K圃場の石のベンチに腰を下ろしながら、中島は今年最初の草刈りを終えた余韻の中で録音を始める。例年なら6月を待って刃を入れる斜面が、今年は暖かさに背中を押されて早々と草を伸ばしていた。刈払機(ビーバー)を手に、作物周り・歩道・軽トラ通路をなんとか確保したものの、前掛けを忘れてきた。作業服に積もった草の粉は、準備とはいつも後から気づくものだということを、静かに証明している。露地ではチョウジソウが咲き、カマシアを市場に送り出した。チョウジソウは去年切りすぎたせいか丈が伸びず、今年は花ではなく葉の紅葉を狙うことにした。目標を変えることは敗北ではなく、植物との交渉の結果だ。Kハウス1棟目に植え付けたエキナセアは風と陽気に乾かされ、灌水しながら草刈りを続ける。凍み上がりから息を吹き返したジャーマンカモミールには、近いうちアブラムシ対策を施す予定だ。Yハウスには防草システムを四分の一ほど敷き、アンモビウムを直蒔きし、残りにはアマランサスを入れる構想が続く。保育参観で中島は一人で出かけた金曜日、中之条町のメディアコントロールチャレンジに関わる脳科学の先生の講演を聴き、その後は園庭での子どもたちの時間を見守った。娘が同じクラスの子とモグラ叩きゲームの順番を争う場面があった。相手が「じゃんけんで決めよう」と言うと、娘は「にらめっこで決めたい」と言い返した。相手の土俵に乗ることを、こんなに幼くして拒む。帰宅してから妻と笑った。遺伝子のせいかもしれない、と中島は少し誇らしそうに、少し申し訳なさそうに言う。そして坊主頭に日差しが刺さった。去年も同じ目に遭って、先生から手ぬぐいを借りた記憶がある。それでも帽子を忘れてきた。刈払機の前掛けも忘れてきた。人は成長しないものだ、と中島は笑う。成長しないことを、こうして記録に残す。
防草シートと筋肉痛
晴れた五月の朝、中島はYハウスの中に立ち、防草シートに水が染みていくのをじっと見ていた。思いつきから生まれた「防草シートマルチシステム」——シートに穴を開け、灌水チューブごと巻き込み、土を作ったらまた戻す。残渣を捨て、片付け、そして再び始める。この単純な循環が、管理の手間を減らすかもしれない。風で飛ばされないか少し心配だが、まずやってみる。農作業においては、妄想を現実に変えるのは、いつも「やってみよう」の一言だ。一昨日は手押しの耕運機でYハウスの100坪全体を耕した。今、両腕の上腕二頭筋が悲鳴を上げている。昨日は1000本の花を切り、箱詰めまで終えた。体は疲れているが、仕事は着実に進んでいる。Yハウスの設計図が頭の中で少しずつ固まってきた。4分の1にアンモビウム、半分にアマランサス、北側にはアストランティア・ローマ。アルケミラは育苗組合の他の農家とバッティングするため外した。競合を避けながら、自分の色を出していく——それもまた農家の知恵だ。午後は出荷を済ませ、車のサイドミラーのリコール対応で車屋へ向かう。待ち時間には、スマホを置いて本を読むつもりだ。知らない場所で、コーヒーを片手に。何もしない時間を、無理して作る。それが今日の贅沢だ。
地域清掃の後昼間から酒を飲む
母の日が終わった。花の値段がガクッと落ちる、その瞬間がある。六合地区は晴れ、風はちょうどよく、中島はK圃場ハウスの灌水をしながら音声を録った。昨日は町営住宅12世帯のうち4軒で道路清掃をした。一輪車、スコップ、竹箒。参加者は少なかったが、生活道路はきれいになった。昼から同期就農者とお酒を飲んだ。繁忙期が終わったから、いいだろうと。自分で建てたハウス1棟目には歪みがある。だからアルケミラは中心から先に育ち、端はまだ蕾が硬い。母の日で半分切り、土曜と今日でまた少し切った。残りは4分の1ほど。今週末までかけて、ゆっくり出していく。アストランティア・ローマはハウス分が今日で終わり。注文に応えられない分が出てしまったので、サポートへ謝罪の連絡を入れることになった。今日の収穫はアルケミラ、アストランティア、セダム、セダム・リジー——合わせて1,000本弱。母の日期間中、九州と関西への便でヒートショックが出た。クール便のはずが、温度変化でアストランティアとアルケミラが傷んでしまった。花屋さんに届いてしまったことへの申し訳なさは、言葉にならない。ただ、明日からは作業場から直接ピックアップし、長野あたりで積み替えてコールドチェーンに乗せる便が通ることになった。問題は、動いている。伐採予定の栗の木、新芽が展開してきた。ワインのハウスでは株分けと移植をしたい。草刈りも防除もある。モチベーションは少し下がっている——一安心した、ということかもしれない。
花と風邪と、カエルの声
五月の石のベンチに座って、千本近い花を前に録音している。アストランティアが一バケツ、アルケミラが四バケツ、セダムを少し。母の日前の最後の収穫が終わった。今年はハウスを二月十四日から閉め始めた。例年より一ヶ月遅らせた判断は、今年の暖かな春に救われた。無加温のままで、母の日に間に合った。GW中は、娘からもらった風邪をズビズビしながら、解熱剤を飲んで箱詰め作業を続けていた。妻と娘は昨日、五日ぶりに帰ってきた。じいじ・ばあばと過ごした娘の言葉の出力が、少し変わっていた。今期から佐川クール便で関西・九州への出荷を始めたが、草花の蒸れが発生している。コールドチェーンの断絶と湿気の結露が原因ではないか、と仮説を持っている。答えはまだない。圃場の端で、カエルの声が録れた。「ケケケケケ」というやつ。種はわからない。でも録れた。
母の日に花を贈ったことはあるか?
花を育てて五年、初めて「母の日」という祭りに正面から飲み込まれた。アルケミラとアストランティアとセダムを切り、夜まで箱に詰めながら、中島はふと思う。花が美しいとされているから花農家が成り立つのか、花農家がいるから花が美しくなるのか——答えは出ないまま、伝票を貼り、明朝の便に乗せる。昨日銀行の金融担当者から電話があり、住宅ローンの審査が落ちた。節税が信用を食う。農家の帳簿はそういう構造をしている。土壌診断を開けば、石灰は基準の四倍近く積み重なっていた。長年の習慣が土の底に堆積している——それは帳簿の話とどこか似ている。「ゲロを吐きながらでも働く」という言葉が出てくる。父から受け継いだ体の話であり、信用の話であり、農業の話でもある。焼酎を飲みながら、鼻を詰まらせながら、一人のリビングで録音する深夜。花は今夜、箱の中で眠っている。
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