自己肯定感の新たな視点:他律性の自己肯定感
おはようございます。ヘイコです。 シリーズ、人生の主語を取り戻す。
いや、今日から第3章でしたね。 昨日、撮り忘れてしまいました。申し訳ありません。
待っててくださった方が、もしもいたら、 今日から第3章に入ります。
第1章では、多世紀。 第2章では、多治区。
そして、今日から扱うのは、自己肯定感です。
ただしね、よくある、 自己肯定感を高めましょう、という話ではありません。
むしろ今日は、自己肯定感が高そうに見える人ほど、 実は苦しくなることがある。
そんな一見すると矛盾しているようなお話をします。 第3章のテーマは
多立性の自己肯定感です。 例えば、仕事ができる。収入もある。
周りから評価されている。 行動力もあって、SNSでもすごいですよね。
憧れます。そう言われている。 本人も、私ならできる。そう言っている。
一見、自己肯定感が高そうですよね。 自分で言っちゃってたり、私高いんです、とかってね。
ところが、仕事で結果が出なくなったボタン。 ものすごく落ち込む。
SNSの反応が減ると不安になる。 誰かが自分より活躍すると急に焦り始める。
褒められている時は自信満々なのに、 否定されると自分そのものを否定されたように感じる。
そして、また頑張る。 もっと結果を出そうとする。
もっと認めてもらおうとする。 もっと仲間を集めようとする。
ここで一つ問いがあります。 その方って本当に自己肯定感高いんでしょうか。
はい、今日の結論です。 高い、低いだけではちょっと足りないかなって考えています。
もう一つ見てほしいものがあって、それが その自己肯定感は何によって成立しているのかというところです。
例えば、私は仕事ができる。 だから私は大丈夫。
私はこんなに稼げている。 だから私は価値がある。
私はこんなに人に必要とされている。 だから私はここにいてもいい。
私はいい母親だって言われる。 だから私はちゃんとした母親だ。
これ一見すると全部自分を肯定しているように聞こえますね。
でもよく見ると前半部分、条件がありませんか。
仕事ができるから。 稼げているから。
必要とされているから。 褒められているから。
結果を出しているから。 実績があるから。
だから私は大丈夫。
その条件がなくなったらどうなるんでしょう。
仕事で失敗した。 売り上げが下がった。
誰かに抜かれた。 子供が学校に行かなくなった。
パートナーから否定されている。 SNSの反応が減ってきた。
そうするとそれまであったはずの自信まで一緒に崩れてしまう。
こういう状態を他立性の自己肯定観として見ています。
こういうことを感じたけど、内省してノートを書いたり、 自分に起こっていることを俯瞰して、
いや私は大丈夫。 全てはうまくいっている。
それで一旦精神のメンタルの安定ができました。
とか言っているのもちょっと違いますからね。
まずこういう状態であることを他立性の自己肯定観として見ているということはピン止めしておいてください。
他律性の自己肯定感のメカニズム
そして他立性とは何か。
簡単に言うと、自分の外側にある基準によって自分の状態が決まっている人のことです。
つまり他立性の自己肯定観とは、
自分を肯定できるかどうかが外側の条件に左右されやすいという状態。
ここで大事なのは、これは自信がない人だけの話ではないですからね。
むしろ成果を出してきた人とか、努力してきた人とか、
褒められてきた人とか、期待に応えてきた人とか、
できる人として生きてきた人ほど見つけにくいことがあります。
だって実際に自信があるからなんです。
私はできるっていう感覚も嘘じゃないと思うのあると思う。
でも、その自信を支えているものができている私だけだったら、
できなくなった瞬間、自分を支えるものがなくなりますね。
例えばずっと仕事で評価されてきた人は、
新しい部署に移った、思うような結果が出せない。
そうすると、いやまだ慣れてないだけ。
ではなく、自分ってこんな仕事できなかったっけ?になる。
さらに、俺ここにいる価値ないな、まで行く。
これ途中で話が変わっちゃってるの分かりますか?
仕事で結果が出ない。
これは今起きている事実ですよね。
なんだけどそこから、だから俺には価値がない。
になっちゃってる。
そう、前の章の比較と同じです。
結果の評価と存在の評価がくっついてしまってるんですね。
結果を喜ぶなという話じゃないですからね。
ここものすごく大事なんで、改めてもう一回言っていきますけど、
評価されて嬉しい。もちろんOKです。
褒められて嬉しい。いいんです。
売上が上がったら喜んでいいし、フォロワーが増えたら嬉しくなっていいの。
試験に合格したら自信になっていい。
問題になるのは、それらがなくなった時、
自分の価値まで一緒になくなるのかというここなんですね。
外からの評価を受けるということと、
外からの評価によって自分の存在価値を決めてもらうこと、
これは違いますよね。
もう一回言いますよ。外からの評価を受け取るということと、
外からの評価によって自分の存在価値を決めてもらうこと、
これは違いますよね。
もうちょっと言いましょうか。例えば、
今日は100点を取った。やった!嬉しい!
これは結果を喜んでますよね。
でも、100点を取った私はさすが。
100点を取っている私ってやっぱすげえ。価値がある。
になると、100点を取り続けなければ自分の価値を維持できなくなるということになります。
すると、頑張る理由が変わってしまうの。
最初は、面白いからやってた。好きだからやってた。
もっと知りたい。もっと上手になりたい。もっとできるようになりたいからやってた。
でも、評価され始めて、褒められたり、結果が出たりすると、
いつの間にか、これを失ったら自分ってどうなっちゃう?が入ってくる。
だから、止まれないし休めない。負けられない。
結果を出し続けなければならない。
外から見ると、ものすごく精力的で、自信に溢れてエネルギッシュに見える。
だけど、本人の内側では、自信を失わないために走り続けています。
そんなことが起きたりしています。
自律性の自己肯定感への道
これ、自己肯定感が低いで、片付けてしまうと見えなくなるんです。
なので、私は、高いか低いかだけではなく、
何によって支えられている自己肯定感なのかを見ることが大切だと思ってます。
し、そこを見ます。
では、自立性の自己肯定感とは?
これは、第3章でこれから丁寧に扱っていきます。
今日は入り口だけね。
自立性の自己肯定感とは、
私は何をしても素晴らしい。
そう思い込むことではありません。
自立性の自立っていうのは、自分を立するの方ですからね。
他立性の方は、他を立する。
他立の逆、自立ですよ。
失敗したら、失敗した。
できなかった時、できなかった。
間違えたら、あれ、間違えた。
ちゃんと現実を見る。
でもそこで、失敗した私はダメな人間だ。
できなかった、やっぱり私はできない人間なんだ。
まで行かない。
行動の評価と存在の評価、これを分けられる。
分けられると失敗してもまた選べるんですね。
これが、これまで話してきた人生の主語にもつながります。
評価されなかった、だからもう辞めます。
ではなく、評価されなかった、で、私はどうしたい?
結果が出なかった、だから私には価値がない。
ではなく、結果が出なかった、じゃあ次は何を選ぶ?
外側の出来事は、自分を知る情報にはなります。
でも、自分の価値を決める最終決定権までは渡さない。
ここなんですね。
内省のための問いと次回の予告
今日の問いです。
今日は、自分に自信があるかどうかを考えなくて大丈夫。
代わりに、この問いを持ってみてください。
私はどんな時に自分を好きでいられる?
そしてもう一つ。
それがなくなった時も、私は自分の味方でいられる?
仕事ができる私、稼げる私、役に立つ私、優しい私、良いお母さんでいる私、
必要とされる私、頑張っている私、あったるい私、誰かに認められている私。
もし、○○な私なら大丈夫が見つかったら、悪いものとして消さなくて大丈夫です。
ただ、観察してみてください。
私はこの条件がある時に自分を肯定しやすいんだなぁ。
まずは知る。そこからです。
はい、今日は第三章第一話。
自信があるのに苦しいというテーマでお話ししました。
自己肯定感を見る時、高いか低いかだけではなく、
何によってその自己肯定感が成立しているのか、ここを見てみるということです。
そうすると、今までは自信だと思っていたものの中に、
違う構造が見えてくるかもしれません。
続く第二話。次回は、
評価されるほど不安になるです。
評価されたら普通嬉しいですよね。
なのに、評価されればされるほど次は失敗できなくなる。
期待されればされるほど苦しくなるプレッシャーですね。
すごいですねと言われるほど、
その自分を維持しなければならなくなる。
なぜ本来嬉しいはずの評価が、
いつの間にか自分を縛り始めるのでしょう。
次回は、その構造を一緒に読み解いていきます。
はい、最後に今日の一言です。
自信があるかどうかより、
その自信を何に預けているか。
結果が変わっても、評価が変わっても、
できない日があっても、
その度に自分まで失わなくていい。
今日一日、私の自信は何によって支えられている?
その問いを持って自分を観察してみてください。
今日もあなたの人生のハンドルは、
あなたの手の中にあります。
大丈夫。いってらっしゃい。