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評価されるほど不安になる
2026-08-26 13:05

評価されるほど不安になる

評価されたら嬉しい。

なのに、
評価されればされるほど、
次は失敗できなくなる。

期待されればされるほど、
苦しくなる。

なぜでしょう。

第3章第2話は、

「評価されるほど不安になる」

評価そのものではなく、

評価された「私」を維持しなければならなくなった時に何が起きるのか

を読み解きます。

今日の問いは、
「私は、この評価を失うことが怖い?」

そして、
「この評価を失ったら、私は自分をどんな人だと思う?」

次回は、
第3話|他律性の自己肯定感
です。



#人生の主語 #他律性の自己肯定感 #自己肯定感 #評価 #承認欲求 #自己理解 #他軸 #主体性 #フユコラジオ

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00:06
こんにちは、フユコです。
いやぁ、今朝の朝ライブはちょっと、というかかなり長引き過ぎましたね。
いやぁ、ちょっと盛り上がったというか楽しかったです。
楽しんじゃいました。楽しいのはいいけどね。
いいよ!ってね。
はい、では、シリーズ人生の守護を取り戻す第三章では、
成立性の自己肯定感についてお話ししています。
昨日は、自信があるのに苦しい、という話をしました。
自己肯定感を見るとき、高いか低いかだけではなく、
何によってその自己肯定感が成立しているのかを見てみると、
仕事ができるからなのか、稼げているからなのか、
必要とされているから、褒められているから、結果を出しているから、
だから私は大丈夫。
もしそうだとしたら、その条件がなくなったとき、
自分まで一緒に崩れてしまうことがあります。
今日はその続きをお話ししますね。
タイトルは、「評価されるほど不安になる」です。
褒められたのに苦しくなる。
例えば、会社で上司から、
今回のプレゼンすごく良かったよ、そう言われた。
嬉しいですよね。頑張って良かった、そう思う。
ところが、次のプレゼンが近づいてくると、
なんだか前回より緊張する。
今回もちゃんとやらなきゃ。
前回より悪かったらどうしよう。
そして次も褒められる。
そうすると、さらに次はもっと失敗できなくなる。
あるいは、SNSで投稿したものが、
いつもの10倍ぐらい反応されたと。
嬉しい!やった!そう思う。
でも次に投稿するとき急に手が止まる。
前回ほど伸びなかったらどうしよう。
期待ハズレだと思われないかな。
次も良いものを出さなきゃ。
子育てでもあります。
いつも穏やかですね。
ちゃんと子育てしてすごいですね。
そう言われる。最初は嬉しかった。
でもそのうち、子供にイライラしている自分を人に見せられなくなる。
怒ってしまった日にはこんな私はダメだって思う。
これ不思議ですよね。
評価される前より、評価された後の方が苦しくなっている。
今日の結論です。
03:01
評価されることそのものが人を苦しめるわけではありません。
苦しくなるのは、
評価された私を自分の価値として維持しなければならなくなった時です。
最初はただの結果だったんです。
プレゼンがうまくいった。投稿がたくさん見られた。
仕事で結果を出した。子育てを褒められた。
ここまではその時の出来事ですね。
なんだけどそこに評価が結びつく。
仕事が出来る人、すごい人、いつもポジティブな人、優しい人、ちゃんとしたお母さん、結果を出す人。
こんな感じでね。
そうするといつの間にか、それが私とはこういう人になっていくんです。
ここから少しずつ苦しくなることがあります。
なぜなら、次からは何かをやりたいからやるだけではなくなるからですね。
その私を壊さないためにやるっていうのが入ってきちゃう。
失敗したくない。期待を裏切りたくない。がっかりされたくない。
大したことなかったねって思われたくない。
そうすると評価はご褒美だったはずなのに少しずつ守らなければならないものに変わっていってしまいます。
出来る人と言われ続けた人。
子供の頃から起こることもあります。
ゲストで100点を取った。すごいねまた100点。
やっぱあなたは頭いいよね。
本人も嬉しい。だからまた頑張る。また褒められる。
そうするといつの間にか勉強ができるっていう行動や結果が
私は頭のいい子っていう自己認識になっていきます。
そうすると90点がただの90点じゃなくなる。
頭のいい私が壊れる出来事になってしまうことがある。
だから難しい問題に挑戦するより失敗しない問題を選ぶ。
分からなくても分からないって言えない。質問ができない。
出来ない自分を見せられない。
これって能力がないからではありません。
むしろ評価によって成立している自分を守ろうとしている。
そう考えると行動の意味が変わって見えてきます。
大人も同じで仕事ができる人。頼れる人。
いつも明るい人。何でもできる人。強い人。
06:03
そんな評価を長く受け取ってきた人ほど
出来ない時に出来ません。そう言いにくくなることがあります。
疲れていても休みたいって言えない。困っていても助けてって言えない。
なぜなら助けを求めることが単なる行動ではなくて
今までの私ではなくなることのように感じられるからです。
だから評価されているのに苦しい。褒められているのに休めない。
成功しているのに不安。ここで昨日の話につながります。
これね、自己肯定感が低いとは限らないんです。むしろものすごく自信がある場合もある。
でもその自信を成立させる条件が外側の評価と強く結びついている。
だから評価がなくなる可能性、これが自分を失う可能性のように感じられてしまう。
これが第三章で扱っている対立性の自己肯定感です。
じゃあ評価気にしなきゃいいのかっていう話かというと違います。
ここでも評価を悪者にする必要はなくて
まあ私でも配信めちゃくちゃ良かったです。最近すごく言われます。嬉しいです純粋に。
ネタでもコメントでも反響があれば届いたんだなぁって思います。
仕事で評価されたら嬉しい。それでいいの。
問題は評価を受けるということそのものではありません。
評価に自分の価値を決める権利まで渡しちゃうということ。
褒められた嬉しい以上。評価されなかった残念以上。
そこでだから私は価値がある。だから私は価値がないまで自分の存在につなげない。
これね簡単そうに聞こえるんですけど実際には結構いやかなり難しいです。
なぜなら私たちは社会の中で評価されながら育ってきてるからです。
テストの点数、通知表、運動会、受験、就職、昇進、売上げ、年収、SNS、子育て
いろんな場所で数字や評価を受け取っています。
評価そのものは社会で生きるためには必要よ。だからなくす必要はありません。
大切なのは評価はその時の結果や行動についての情報であって
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私という人間全体の値段ではない。そう分けることです。
そしてもう一つ、評価されるほど不安になる人にはこんなことも起こります。
期待に応えなくちゃです。でもここで思い出してほしいのが境界線シリーズでもお話ししました。
お相手が期待することと自分がその期待に応えることが別です。
期待されてもいい。でも全部に応えなくてもいい。期待された自分をずっと演じ続けなくてもいい。
前回はできた。でも今回はできないかもしれない。今まではやってきた。でも今回は断るかもしれない。
以前は好きだった。でも今はもう違うかもしれない。
それでも自分で選び直していい。ここで人生の主語が戻ってきます。
さあ今日の問いです。今日はね最近誰かから言われて嬉しかった評価。これを一つ思い出してみてください。
仕事ができるね。周りの人に優しいね。毎日頑張ってるね。
すごいね。いつも元気だね。何でもいいです。
そしてこう問いかけてみてください。私はこの評価を失うことが怖い?
もし少しでも怖さが出てきたらもう一つ。
この評価を失ったら私は自分をどんな人だと思う?
価値がない。その他大勢になる。嫌われる。がっかりされる。必要とされなくなる。
何か出てきたとしても買えなくて大丈夫です。まずそこにどんな条件があるのかこれを見てください。それだけ。
はい今日は第三章第二話。評価されるほど不安になるについてお話ししました。
評価は受け取っていい。喜んでもいい。でもその評価に自分という人間の価値まで決めてもらわなくていいです。
さあ明日は第三章第三話。
他立性の自己肯定感。
ここまで2日間、自信、評価、期待、条件っていうところから少しずつ構造を見てきました。
次回はいよいよ他立性の自己肯定感とはそもそも何なのかこれ改めて定義します。
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そしてなぜ自己肯定感を一生懸命高めても苦しさが終わらないことがあるのか。そこまで一緒に読み解いていきます。
はい最後に今日の一言です。
評価はあなたについての情報にはなります。でもあなたの価値そのものではありません。
褒められても評価されなくても失敗しても期待に応えられない日があったとしてもその度に自分まで手放さなくていいです。
今日1日はこの問いを持ってみてください。
私はこの評価を失っても自分の味方でいられる?
はい自己適応しましょうね。
今日もあなたの人生のハンドルはあなたの手の中にあります。
それでは
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