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スピーカー 2
人生2回目ぐらい、ここに入った東大に。 東大キャンパス。
今、東大に私たちいるんですけどね。 そうです。東大来ました。
私、意外に何かちょくちょく何か用事があってくることが。 来てる?
たまに。で、そんな東大で今働いている坂井飛鳥さんをゲストにお話をしたいなと思ってます。
スピーカー 1
はい、よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
はい、お願いします。
スピーカー 2
飛鳥さんはですね、私の大学の同級生なんですけど、
スピーカー 1
かれこれ、何年前だ?30年。 30年前。
スピーカー 2
30年前に、1年生の時の語学のね、同じクラスだったんですよ。
で、女子が、それは分一分二の合同クラスみたいな感じなんだけど、
スピーカー 1
女子7人だよね。 7人。
スピーカー 2
7人のうちの1人で、私は分一だったんですけど、
飛鳥さんは分二で経済のね、その後も経済学部に進学した。
東大って、1、2年の頃は全員教養学部で、みんな同じことやるんだけど、
途中から3年生から基本的には新振りっていうのがあって、
学部が別れるっていう、そういうちょっと特殊なシステムなんですが、
1、2年の頃の同じクラスが、クラスっていう単位で集まるのはそれぐらいだもんね。
あとゼミぐらい。
スピーカー 1
そう、ゼミぐらいね。
スピーカー 2
なので、本当に、私にとっては上京したての頃の初めてのね、
大学の友達みたいな仲間だったアスカちゃんにお話を聞こうと。
スピーカー 1
で、そんなアスカちゃんは、今は東大で働いておりまして。
東大基金。
そう、東大基金、東京大学、部署名としてはディベロップ、言えない。
ディベロップメントオフィスっていうところで、
昔、障害部門っていうところと卒業生部門っていうところが別にあったんだけれども、
スピーカー 1
障害部門が寄付を集めるところで、卒業生部門が卒業生をやるところが、
2年前に合併してディベロップメントオフィスになって、
で、私はその基金の方でファンドレーザーっていう、
お金を集める、ミニ卒業生とか他の人たちから寄付をもらう仕事をしていたんですが、
一緒になったことで卒業生のことも面倒見てくれということで、卒業生だし、みたいな感じで。
スピーカー 2
そっか、それでアルムナイのなんかやってる?
スピーカー 1
はい、今はアルムナイネットワークの拡大とかを一生懸命やっている。
スピーカー 2
もうファンドレーザーはやってない?
スピーカー 1
ファンドレーザーもやってる。
スピーカー 2
両方やってる?
スピーカー 1
両方やってる。
スピーカー 2
確かに。寄付も結構やっぱ卒業生のところに、お金寄付しませんかって言いに行く感じ?
スピーカー 1
言いに行ったりもしてます。
スピーカー 2
でも大きいよね、アルムナイのネットワーク。
何らか縁がある人がお金を出してくれるし、
きっとすごい活躍されてる方も多いし、きっと。
だから、まずはそこ行くよね。
スピーカー 1
そうなんです。
スピーカー 2
そもそも大学の基金って、そういうものがあるっていうのは知ってるんだけど、
日本だと寄付で、寄付を集めて、緊急とか教育とかそういうものに使うための寄付になる。
それは何だろう、昔からずっとあるの?
スピーカー 1
実はなくて、国立大学って昔は一切寄付集めなんかしてなかった。
寄付をしてくれるって言ったら受付はしたんだけども、自分から募集はしてなかったんです。
だけど2004年に国立大学法人課っていうのがあって、
自分たちのことは自分たちで面倒を見るようになりなさいねっていうことを言われて、
そこの時に寄付部門っていうのは初めて立ち上がった。
まだできてたか20年があった。
私たちが入学した時なんかは全然そんなのなかった。
スピーカー 1
寄付の依頼なんて見たことないよね。
確かに。高校とかが私立だったからちょいちょい来るけど。
スピーカー 2
大学は確かに。
スピーカー 1
私学の大学はそういう話もよく聞くけど。
スピーカー 2
確かにね。
スピーカー 1
そっか。じゃあ本当にこの20年。
この20年やってきて、その時が130周年だったかな。
当時の総長の小宮山先生を中心にいろいろと集めていったっていう形なんですね。
今、今度また来年東京大学150周年になりますので、
それまでもずっとやってたんだけれども、また大きなキャンペーンということで始まっているっていうところですね。
スピーカー 2
そっかそっか。
スピーカー 1
だから今はでもいろいろやっていたんだけれども、
寄付部門ってなかなかやっぱりだからまだまだ全然卒業生の人たちは知ってないし、
大学はもう国から巡宅にお金が来るんでしょって思ってる人たちがすっごく多い。
国立大学法人になってから毎年やっぱり少しずつ予算が減らされていって、
一方で教育ってすごいこの何十年かで充実したって知ってますか。
スピーカー 2
あんまり知らないんだけどね。
スピーカー 1
例えばね留学とかって私たちの時って全然なかった。
自分たちで勝手に行って、勝手に10年休学していきなさいっていう感じ。
自分たちがプログラム見つけてきて勝手に行くんですよっていうのが、
今は大学の交換留学があったりとか、単金の留学があったりとか、
語学留学の活躍があったりとかそういうのもいっぱいあるし、
体験活動って言ってちょっとそのいろんな社会を見てみようみたいな感じ。
インターンではないけれども各地の同窓会が受け入れ先とか、
みんなとか、もしくは都道府県とか市町村とかが受け入れてくれて、
研修旅行みたいな感じのことをやってたりとか、
それも全部大学が支援したりしてるのね。
スピーカー 2
それが実際単位が出たりするようなプログラムの中に入る。
スピーカー 1
もあるし単位が出ないやつもあるんだけれども。
スピーカー 2
そういうのも結構ボランティアとか寄付で成り立っているものが多い。
スピーカー 1
っていうところもある。
スピーカー 2
それに使うお金を集めるってことですね。
スピーカー 1
活動そのものはすごくどんどん活発化していて、
昔みたいにまだあるけど大人数でただ授業を一方的に受けるというよりかもっとプロアクティブで動くような
ゼミみたいな授業の方が増えてきている中でコストを測るようになる。
スピーカー 1
一方で予算が減らされているという中でこの逆を埋めるのが寄付とか共同研究とかいろんなのをやって、
今大学はお金を活用しているっていうところになっています。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
確かに1年とか2年、私たちが30年前、教養の時とかで本当に普通、
私一つはしないんだけれども座学の授業しかなかった気がするんだけど、
体育ぐらいだったかなみたいな感じだけど、
うち今息子が大学1年だけども、
私立も含めてすごい教養家なフィールドワークとかいろいろ動いたりとかする授業が
こんなのがあるんだっていうのは思った。
それは私立とか関係なく国立もどの大学もそういう動きっていうことなんですよね。
スピーカー 1
そうですね。やっぱりそういう教育が求められているし。
スピーカー 2
そうだよね。確かに確かに。
国立の授業料って昔よりはだいぶ上がっている。
スピーカー 1
今ね、50何万円か。
年間50何万円。
でもさ、そんな変わらなくない?私たぶん40何万円だったよ。
スピーカー 2
40何万円か。じゃあ安いね。30年でそれしか上がってないってことだね。
スピーカー 1
これを上げようと思って、4年くらいかな?一昨年かな?
ちょっと上げたんですよ。60万円にするか何かで。
スピーカー 2
それ大学ごとに変えられる?
スピーカー 1
大学ごとに変えられるっていうのが何年か前に仕組みができて、
どうだいま上げましょうかって言って、
上げようとしたら大変な反応がありまして。
どこから反応?
それは外からも中からもね。
やっぱり国立大学っていうのは、
誰もが生きやすいお金の設定をするべきだっていう意見があってね。
その気持ちもすごく分かるけれども、
ただ教育コストって、1人あたりにかけてる教育コストって、
その授業料なんかがとてもまかない。授業料の何倍何十倍っていう金額を、
教授の給料だったり、この辺の設備だったり、全部かかってるわけですよね。
これはちょっとどうしていくのかっていうところが、本当にジレンマ。
そういう中で、確かに2004年の大学法人化のニュースは記憶にあるんだけれども、
ちょっとあんまり詳しく知らなくて、
なんで法人化に舵を切ったのかとか、
そもそも国立とか公立っていうのは、
誰しも学ぶ意思があり、そこの能力に的確であれば文庫を開くっていうか、
みたいな趣旨の大学の予算が削られていくのは、
それはどういう流れで?
私もその頃はいなかったんで、詳しくは知らないんだけれども、
多分特色ある授業をしていくっていうことが大事だったりとか、
スピーカー 1
やっぱり何でも国が変えて思うと、効率的じゃないでしょ?
スピーカー 2
もっと効率的に動く組織になった方がいいよねっていうような、
スピーカー 1
現場で判断できるものが増えた方がいいよっていうことだったとは思うんだよね。
ただその理念と、一方で意外といろんなことが、
国立大学って本当に国立大学法人法で全部いけめられてて、
スピーカー 1
簡単にそんなに動けないこともいっぱいあって、
その中ででも、本当に私なんかは自分で久しぶりに、
大学卒業して25年ぐらい経ってからこっちに戻ってきて見てると、
こんなプログラムをやってるんだ、あんなプログラムをやってるんだっていうのは、
スピーカー 2
そういう国立大学法人の成果だったのかなとは思うんだけどね。
スピーカー 2
あすかちゃんは寄付の仕事に携わるようになってから国会に行ったけど、博士課程も今行ってるんだよね?
スピーカー 1
そうなんです。
寄付の研究を。
寄付の研究。
寄付の研究を残すっていうやり方があるんですけど、
今って日本って少子高齢化でお子さんとかいらっしゃらないご家庭も増えてきている中で、
自分の遺産の行く先どういう風にしたらいいかっていうのがすごく大事なことになってきているのと、
あと日本ってさっきから言ったように寄付文化がないみたいなところがある中で、
なかなかアメリカみたいに税制とかいろいろあるんだけど、
そんなに寄付が盛り上がらない中で、この遺産の行く先っていうことだけはきっと日本人に引っかかるんじゃないかなって私はすごく思っていまして、
自分が生きていく上で、遺産ってもう自分は死んじゃってるから、
自分が生きていくための必要経費ではない、本当に残ったお金じゃないですか。
で、それの中でだったら社会貢献考えられるっていう人たちもすごくいっぱいいるだろうなと思うんですね。
で、はっきり言えば、遺言書って書いたけど、その分のお金なくても別に構わないわけ、残ってなくても。
そういう社会的な状況の中で、でも日本も相続って46兆円ぐらいあるって言われていて、1年間で。
で、その中の例えば1%とか何%が、そういう寄付っていう形でいろんなNPOを支援したり、大学とか他の公共団体を支援するような形になったら、
そこがこのソーシャルセクターって言われているところにインパクトが大きいねということで、
今はその遺蔵の研究っていうのをしていて、ただその遺蔵ってすごくまだ日本では特に新しい概念なので、
いろんなところが今推進とかもしてるんだけれども、全然どういうふうにしたらうまくいくとか、試験が溜まっていなくて、
日本では寄付の研究そのものもまだそんなに進んでないんだけれども、
特にちょっとその遺蔵のところを、
本当にただ自分がやってこれがうまくいったっていうのを、自分の組織の知見として残すだけじゃなくて、
みんなが応用できて、みんなができるようなところに消化できていけるといいなと思って、今年からちょっと急遽。
スピーカー 2
遺蔵をどういうふうにしたら集められるかっていう。
スピーカー 1
どういうふうにしたらうまくいくのかみたいなこととかを研究する。
今は文献研究して、ここからあとは実際のアンケートとかフィールドスタディのほうに入っていって、
うまくいってる組織とうまくいってない組織とかをちゃんと比べていくみたいなことができるといいなと思ってるんだけど、
仕事しながらの博士課程ってこんな大変だったかなっていう感じで、博士課程私2回目なんだけど、
そうなの?前もやってたの?
スピーカー 2
そうなんだ。
スピーカー 1
その時は何の?
その時はね、順を打って話すと。
スピーカー 2
順を打って話すと。
スピーカー 1
卒業して、まずGEっていうアメリカの会社に入った。
その時はアカウンティングの部門でファイナンスをしていて、
当時GEってジャック・ウェルチ率いるGEだった時代で日本の会社を買いまくってたんだよね。
確かに。
スピーカー 1
その時に子会社のほうのところのアカウントと本社のアカウントの基準が違うから、
そのコンソリデーションと基準を合わせて、
こっちで作った決算書とかがこっちの会計基準とか報告に載せられるように組み直すみたいな仕事を買った会社に対してしてたんです。
それがマネジメントプログラムっていうところで、いろんな会社にちょっとずつ移っていってやっていたんだけれども、
GEって職種採用なんですよ。
ファイナンスで入ったらファイナンスずっとやるっていう感じなんですけど、
数年経ったらみんなローテーション日本の企業に出社して移動するんでしょうね。
また新しい仕事してこうだとかって聞いて、ちょっと羨ましくなってきちゃって。
私も他の職に転職したいなと思って、自分のところに相談したんだけど、
スピーカー 1
職種別だから結局同じように面接受けなくちゃいけませんみたいな感じで言われたんで、
じゃあ転職活動しても同じだなっていう感じで、
社内と社外と転職活動して、
マーケティングやりたいなと思ったんで、
広告代理店の方に転職して、日経のというところでそっちに入ったんですけど、
ちょっとカルチャーギャップがね。
相当違いそう。
スピーカー 1
代理店の中でどういう仕事を?
私はマーケティングで、ストラテジックブランニングと言ってます。
そんなストラテジックブランニングって言うほどストラテジーで考えてたかって言われたらなんだけど、
特に外資系のクライアントに対して日本で商品展開する時の日本の消費者の調査とか、
こういうふうなチャンネルがあるよみたいなことの提案とかをしていたっていう感じなんですけど、
それよりもコンプレットカルチャーの違いがすっごくびっくり。
最初から入っていれば違ったのかもしれないけど、
そうするうちにこの違いはいっぱい何なんだろうっていう気持ちになって、
大学院に行って、日本企業とアメリカ企業の企業文化の比較をやりたいなと思って、
それを特にジェンダー視点からやりたいということで大学院に行ったんです。
スピーカー 2
学士入学をした?
それ全然違う?
スピーカー 2
違う。
私の嘘情報だね。
スピーカー 1
学士入学はしたの?
寺院に入るときに9月に入社だったからちょっとお時間があるでしょ?
その数ヶ月で学士入学して途中で辞めたの?
スピーカー 1
そうそう。
スピーカー 2
そうなんだ。学士入学をしたっていう噂をあれからもう1年経済学部出身なんだけど、経営学のほうにしばらく入った。
学士入学したんだと思ってたけど。
スピーカー 1
9月に入社して。
スピーカー 2
数ヶ月行っただけなの?
スピーカー 1
なるほど。
それとはまた別に新しく企業文化の比較ということでマスター行ってドクター行って。
スピーカー 2
それでドクターまでやったんだ。
スピーカー 1
そうなんだ。
それはもう仕事を1回辞めて。
もう辞めて辞めて。
スピーカー 2
学問の道のほうがいいやって思ったってこと?
スピーカー 1
そんな感じはなかったんだけど。
でもドクター、マスターだとちょっとまだ足りないなと思って。
マスターではまだ日本の研究しかできなかったからアメリカの企業の研究も行きたいと思って。
それで比較したいと思ってドクターまで行ったんだけど。
ドクターの途中で結婚して妊娠したら旦那がまず国内転勤になって。
休学して1回向こう行って、産んで。
1休というのかな?ずっと休んで育児もして。
東京戻って来た。
来て学問再開しましたと。
相互しているうちに今度は2年ぐらいしてたらまた今度は旦那が海外転勤になって。
スピーカー 2
中国に行ったんだ。
スピーカー 1
中国に行くっていうことになって。
一応また休学して行ったんだけど。
やっぱりなかなか外にいながら進めるって難しくて。
まだ今みたいにデータベースとか全部なんでもかんでも取れるみたいな感じでもないし。
調査とかも子どももいて。
いつどうやって行くの?みたいな感じで。
それで悪あがきはしたものを結局最後大学統計を出して退院しておく大学っていう形で。
スピーカー 2
そうかそうか。白紙カーテンの途中で辞めることになって。
なるほどなるほど。
スピーカー 1
リベンジというかもう1回やろうっていう。
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
最初にマスター行ったときは何歳ですか?
えっと、27?8?くらいかな。
そっか。じゃあ社会人4,5年やって。
スピーカー 2
それで、まあでも大学。
スピーカー 1
じゃあ一旦その白紙カーテン急にお休みしたりしたのも30前半のところ。
30前半。
ライフステージの変化とかが一番来るタイミング。
確かにね。
そうか。
スピーカー 2
なるほど。でもまあ海外は長く行ってたの?
えっとね3年ちょっと3年半くらいだかな。
スピーカー 2
そっか。お子さんもまあ行く前に産んでるから。
スピーカー 1
幼稚園3のときに行って、小1で帰ってきたかな。
年段がわかんなくなってきたけど。
そうかそうかそうか。
スピーカー 2
じゃあ帰ってきて、でもまあそこからしばらくはまたこの仕事やら勉強やらを再開するまではしばらく時間があったってことだよね。
それがね、帰ってきたんで、働こうかなと。
スピーカー 1
ちょっと帰ってきて、3年くらい生活の立ち上げであれしてたんだけど、働こうかなと思って。
転職サイトとかにいろいろ登録したんですよ。
でもやっぱり当時帰ってきた時2016年だったと思うんだけど、
まだマスタードクター海外と10年以上キャリアのブランクがあってってなると、
割と面談とかでも冷たく、ちょっと厳しいかもしれませんねみたいな感じだったし、
実際本当に応募とかしても結構まず書類で直近ないと落とされる。
スピーカー 2
そっかそっかそっか。
面接行っても、すごい高望みの仕事を求めてたわけでは全然ないと思うんだけれども、
スピーカー 1
年収とかもすごい低く設定してたし、それでもやっぱりなかなか当時なくて。
で、もうこれはダメだと。
3ヶ月か半年まで以降やってないけど、やった時にこれはダメだと思って派遣に登録した。
子供まだ小さかったから、家の近くはいいですみたいなことをチェックしたら、
たまたまその時小間場の近くに住んでいて、小間場うちの教養学部があって、
そこでお仕事が、派遣の仕事がありますって言われて。
スピーカー 2
派遣で行ったの?
スピーカー 1
そう、一番最初は派遣で。
スピーカー 2
そうなんだ。
スピーカー 1
行って、入って、入って。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
秘書。
秘書をやってたの?先生の秘書。
スピーカー 1
先生の教養学部長の秘書室におりまして。
スピーカー 2
そうなんだ。
スピーカー 1
それさ、大学側を卒業生が派遣で秘書業務で来るってあんまり思わないですね。
ないかもしれないけど、来てくれるなら一回ぐらいです。
私は多分ね、東大は基本的には自分たちのところで取ってるのが基本多いんですよ。
スピーカー 1
で、外の派遣とかに出すようなお仕事もそんなには実はなくって、
ああいうの募集するのにお金かかるから出さなくて、自分たちのホームページとかで出してるんです。
スピーカー 1
でもそれってみんな世の中の人知らないから、
知ってる人たちだけがその中でぐるぐるぐるぐるしているっていう形だったのを、
私も入って初めて、なんだ独自でやってるっていうのを知って、
タイミングが大体普通は4月からのスタートの仕事が多いから、
タイミングでそういうのを探していたときに、
じゃあ3月までのやつが終わって、4月からのやつを受けようと。
そして東大の中でもいっぱいいろんな職のやつがタイミングいいと出るから、
あって応募していった中で、東大の方の職じゃなくて、東高大の職があって、
そっちに行くことになりました。東高大の理学。
スピーカー 2
それも秘書?
スピーカー 1
秘書と国際関係担当っていう言い方で、
いわゆる海外、外国人の研究先生方とか、
そこにいる留学生のサポートとか、
あと日本語でしかいろんな通知が出ないから、大学の中でね。
それを全部英語に直してあげて、教えてあげたりとか、
あといろんな補助金の情報とか、研究費の情報とかも、
こんなのありますとかいうのを全部教えてあげたり、
スピーカー 1
あと皆さんの生活相談に乗ったりとかみたいな仕事をしてました。
なるほど。小ママの後?
スピーカー 1
小ママの後に東高大に行っていて。
その時に実はファントレイジングっていう仕事がある。
つまり先生たちがやっぱり研究費欲しいけどなかなか大変だみたいな話を聞くようになって、
そういうお金を集めてくる仕事があるっていうことをその時に知って、
ちょっとなかなか面白そうな仕事だなと思い、
ちょっとそういう仕事を探してたら、
また数年後、東大の方で募集があって、
じゃあちょっと行ってみようかと。
スピーカー 2
40代になってから、ある意味このブランクがある中で、
そういう自分がやりたいって興味を持てる仕事に実際に出会えて、
それやれてるってすごいね。
スピーカー 1
そうね、幸せなこと。
スピーカー 2
新卒で入った会社もなんかちょっと違うみたいな、
そういう感じだったわけじゃん。
でも気がつくと、いろいろ子育てやらに揉まれて。
なんかもう普通さ、派遣社員になりましたって言ったら、
もうキャリアとかって自分にはあんまり追求できないものなんじゃないかって、
諦めてもおかしくなさそうな気がするけど。
スピーカー 1
その派遣で、とにかくなかなか通らないというか、
中で一旦派遣でも登録してみようって思った時は、
その時は仕事とかキャリアとかってどういう気持ちだったんですか?
とりあえずちょっとお金稼ぎたい。
とりあえずね。
スピーカー 2
そっかそっか。
スピーカー 1
でもそんな選んでたわけでもなくってことだよね。
でもとりあえずやれるところからやろうみたいな、
スピーカー 2
そしたらなんかちょっと開けていいかなって。
スピーカー 1
そうそうそう。
スピーカー 2
なんか東大でこういうの募集してるぞって言って。
でも全く未経験でしょ?
スピーカー 1
そう、未経験未経験。
スピーカー 2
未経験だけど今なんか、
シニアなんとかっていう肩書きなかった?
副オフィス長だよ。
副オフィス長だよ。
すごいじゃん、5年で。
副オフィス長。