1. 飛鳥山の窓から -TOKYO NORTH MOVEMENT-
  2. #110 全日本大学駅伝の出場の..
2026-01-08 15:04

#110 全日本大学駅伝の出場のプレイヤーからスポーツを支える側に|ゲスト: 宮澤留以さん

【今月のゲスト】

株式会社sci-bone代表取締役CEO 宮澤留以さん


【今回のトークテーマ】

・難しい"動き"の計測をテクノロジーを使って解決する

・全日本大学駅伝の出場のプレイヤーからスポーツを支える側に


東京商工会議所北支部会⻑である越野充博が

王子飛鳥山の邸宅の談話室で、北区内外の多彩な起業家、経営者の方々をお招きます。

情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。

グラスを傾けながら、北区の未来を語り合います。

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サマリー

株式会社サイボーンの宮沢留以さんが登場し、動作解析AIの研究開発について話します。彼のビジネスプランが評価され、地元の長野県や北区のランナーとのつながりによって反響を呼んでいることも紹介されます。宮沢さんのエピソードでは、全日本大学駅伝での体験や怪我による苦労を経て、スポーツを支える仕事に転向する決意が述べられています。彼の経験は、アスリートとしての限界を理解し、支援者としての役割を追求する重要性を強調しています。

00:10
飛鳥山の窓から、東京ノースムーブメント。
東京都北区飛鳥山。暖炉のある小篠光洋さんの部屋には、未来を思うさまざまな人たちが遊びに来ます。
情熱とアイデアが交絡した素敵なおしゃべり。さあ、今夜はどんな話が飛び出すんでしょうか。
飛鳥山の窓から、東京ノースムーブメント。パーソナリティを務めます小篠光洋です。
今、私がいる場所は、王子飛鳥山にある邸宅の談話室。
こちらに、行きたくない外の多彩な企業家、経営者をお招きして、
グラスを傾けながらじっくり楽しくお話しする。そんな雰囲気でお送りしたいと思います。
さて、今月お迎えしておりますのは、株式会社サイボーン代表取締役、CEO、宮沢瑠衣さんです。どうぞよろしくお願いいたします。
はい、よろしくお願いします。
はい、宮沢さんと実際お会いするのは、何だかんだ10ヶ月ぶりぐらい?
そうですね。前回、ビジネスコンテストの後にまたイベント参加していただいて、その時以来かなと思います。
そのビジネスプランコンテストというのは、帰宅でもう3回終わったのかな。
数多くの地域に根差した企業家が生まれているコンテストなんですけれども、
そこで城北信用金庫賞と、審査当日の会場に見えた方の投票によるオーディエンス賞、
渋沢栄一賞、ダブル受賞されてということで、本当に審査員の中でも評価の高かった宮沢さんのビジネスモデルなんですけれども、
まず簡単にその事業内容を教えていただけますでしょうか。
株式会社サイボーンの事業内容
はい、ありがとうございます。私たち株式会社サイボーンという会社で、動作解析のAIの研究開発をしているような会社になっています。
当時ビジネスプランコンテストに入賞したものは、ポケットにいたスマートフォン一つから全身の動きを推定して、
特定の歩行の疾患だったりとか、歩行の悪い要素みたいなところを抽出しよう、推定しようみたいなAIを搭載したアプリケーションを提案しました。
僕たちはすごく簡単にかつ分かりやすく運動を解析できるAIの開発をしていますので、
そういった事業を研究開発しているのが主な事業内容になるかなと思います。
スマートフォン一つでそういうことが分かってしまうって、僕ら古い人間にはすげえなってしか思えないんだけど、
逆に必要度というのは年寄りだからこそ感じるというか、
この頃歩いてみると、その日によって翌日ちょっと歩きすぎると右側の方だけがすごく痛くなっていたりとか、
ある時は左の腰が張っていたりとか、毎回ちょっとずつ違うみたいなそういうこともあったりして、
そういうのが例えばこの日はこんな歩き方をしていたとか、そんなのが分かる、そういうイメージでいいんですかね。
本当にその通り。今ポケットにスマートフォンを入れていても、歩数とか万歩計機能で測ってくれるんですけど、
それのちょっとすごいバージョンという感じで、もうちょっとどんな歩き方をしているとか、
どんなリスクがあるかみたいなところまで分かってくれるようなそんなものになっている。
すごく分析という革紙からその後どういうふうにすればいいのか、そしてそのためにはどういうトレーニングが必要なのか、
そのかわしものところまで全体を見渡せるような事業というふうに考えていいですか。
本当にその通りで、もともとすごくそういった動きの計測というのは難しかったんですけども、
簡単に、しかもずっと取れる方法というのを考えて、今のスマートフォンをポケットに入れる形になって、
本当に革紙からかわしものまで提案できるようなものを作ってきたというのはこの事業になります。
また詳しく今月伺っていきたいと思いますけれども、さて今みたいなご活躍とか、
反響と受賞経験
それからそのビジネスプランコンテストの受賞なんていうことをお知り合いとか皆さんから反響はあります?
これも本当に2つのパターンでありまして、1つが今私北区に住んでいるんですけれども、
北区の関係者ですね、特にランナーの皆さんとのつながりが多いんですけれども、
そういったところからすごく反響をいただいたりとか、
あと私の地元長野県の方でもこういった特に自治体と絡むようなそういったところの受賞というのはすごく反響が多くて、
特に遠く離れた田舎のエリアとか自治体と一緒にやっているというのはすごく評価が良くて、
父母が喜んでいたというのもすごく印象的だったなと思います。
それは地元で僕もずっと第1回から審査員をやっていますけれども、やっぱり嬉しいですね、そういう話を聞くとね。
僕たち自身もそういう皆さん、宮沢さんのような若い経営者の皆さんが、
いろんなアイデアを出してこられるのを1つ1つ聞かせていただくのも楽しいんですけれども、
今みたいなそういったバックグラウンドでの反響があるというのもすごく嬉しいですね。
地元が長野県ということで、ご出身は飯田市ということですが、
飯田っていいとこだよね。
これわかる人いるんですか?
いやいや、僕はね、実は何度か行っているんですよ。
珍しい。
大手町小学校自由文化財のね、これがさ、この本当に角に立ってさ、
これも例としてね、わかる人少ないかもしれないけどね、
イメージとしては、建て替える前の警視庁ね、昭和の時代の。
いやこれ誰もわかんない。
つまりね、戦前の建築で威風堂々としてどっしりとして、
一方でもって包み込むようなね。
僕ね、その建物があるって実は知らないで町を歩いてて、
いきなりパッと出てきたのよ。
だから、おーっと思ってね。
しかもその小学校の向こう側にアルプスの山並みが広がって、
素晴らしいところで育ちましたね。
そんなところで育ったのかなり伸び伸びと成長しまして、
今自由に仕事させていただいているというのは、
そういうところにあるのかなと思ってます。
そうですか。
どうですか、その幼少期はそういう伸び伸びしたところだったんだけど、
運動に対する思い
当然これ外遊びが中心ですよね。
だけどなんだかご自身としては、
自分はどうも運動が苦手かもしれないって思ったんだって。
そうですね。やっぱり外遊びが多いゆえにですね、
自分が他の運動が得意な子と比べると、
なかなか苦手だったと。
何をするにも基本外遊び、田んぼとか畑で遊ぶことが多かったので、
そこでやっぱりいろんなところで負け続けるというか、
走っても負けるし、っていうのをすごく自覚することがあって。
上には上がいるというかね。
そうですね。なんだかちょっと下の方だったので、
初めのうちは。そこがすごくやっぱり印象がありますね。
そうするとやっぱり勢い、女の子の評価なんかも、
運動ができるとか、身体能力があるっていう子の方が上っていう感じなの?
そうですね。当時は本当に足が速い子がやっぱりモテるよねってのがあって。
僕も例にもおりず、そういったところを見てて、
足速くなりたいなって思ったところが、
結構今の授業に繋がってくるところなのかなと。
なるほど。授業に繋がっているってことは、
もうその当時から研究を始めたってことですか?
本当に僕は変わっている余生期を過ごしてまして、
1年間自由研究をやり続ける。
普通は夏休みの期間だけなんですけど。
こういったところから研究が大好きで、
こういった自分の研究をやっていこうというところで進めているところはあります。
なるほど。当時、これを発見したぞって気づきがあったって聞いたんだけど。
はい。今では当たり前になっているんですけど、
当時は走るといったら、かかとから入るっていうのは結構指導としてやられてたんですけども、
そうではなくて結構前の方から、足のつま先に近いところから設置すると速く走れるぞってことに気づいて、
それ以降、かなり早くなったっていうところが成功体験としてあります。
なるほど。僕らの時代もさ、むしろ逆にあれなのかな。
僕らの時代はそうだったのかな。
短距離はつま先から入る。
それから長距離はかかとから入るみたいな分け方があったけど、
今の理論でいうと両方ともつま先から入っていくわけ?
当時は特にいなかったこともあって、指導が結構安定してなくて、
もう全部走るならつま先じゃなくてかかとからだろってあったのと、
靴がいかにせん進化しすぎてしまって、
昔もともと裸足だったのでかかとから入ることはあんまりしなくて、
入れない。
入れないからですけど、靴が進化しすぎたので、とりあえずかかとにクッションがあるシューズがぶわっと増えて、
そういった指導っていうのが一定増えたっていうのがあって、
僕の地元ではそれが残っていて、かかと指導が当時はあったって感じです。
それが自分でやってみて、これはつま先からだぞっていうのに気が付いたってこと?
全日本大学駅伝の体験
そうですね。今、結局ランニングも含めてですけど、
つま先フォアフットで走ろうというのが主流になってきたので、
それは間違ってなかったのかなっていうのが、今やっぱり思っているなというところですね。
なるほどね。
中学からはいよいよ長距離走を始めてということで、
大学では全日本大学駅で出発されているという、
いってみればトップアスリートなんだけれども、
そのさらに上の人との差っていうのを、やっぱりそういうレベルだからこそ感じられたというふうに聞きましたけれども、
それはどういうことだったんですか?
本当に全日本大学駅での方ちょっと10年前に出させていただきまして、
その時やっぱり、僕クリアがっちゃったんです。クリアゲストだと食らいまして、
やっぱりトップ選手と1キロ、もう本当数十秒近く力があって、
もう全然勝負にすらならなかった。全然違う種目をしているなというような感じで、
もう以来やっぱりトップ選手として目指していくのは本当に厳しいなというのを痛感しましたね。
なるほどね。一方で、怪我にも苦しめられたというふうにも伺っていますけれども、
これはどんな感じでした?やっぱり怪我するとモチベーション下がるし、辛いよね、アスリートとしてはね。
本当にそうで、僕は特にスピードが出るタイプでして、
長い距離やっていくと負担がかかってしまって、毎年春に怪我をして練習が進めないというところがあって、
本当に毎年毎年気分を落としながらやっていたので、そこは本当に辛かったなと思いますね。
結局、要するにスピードが出てしまう分、肉体が耐えられない状況ができるということ。
本当にそうで、今ちょうど10年ぐらい前だと、今ほどシューズの進化は進んでいなくて、
本当に直で足にダメージが入ってしまうようなシューズがいっぱいあって、
そういったものが入っていたので、今、本当に負担になっていたなと思います。
そうすると、シーズン始めは逆にすごく良いわけだよね。
にもかかわらず、毎年シーズンが深まっていくにつれて、疲労だとか怪我しちゃうみたいな、そういう感じですかね。
本当にそうで、毎年怪我をしていて、僕以外にも他のランナーさんも結構あるあるでして、
僕に限らずこれも皆さんのところだなと思います。
それはあらゆるスポーツについてあると思います。
本当にそうですか。
スポーツを支える側への転向
例えば野球なんかでもね、僕ずっと野球なんだけど、
ずっと指導していて、すごく良い投げ方をして、しなるように投げられているタイプがいるんですよ。
だけど、いろんな筋肉の質やなんかも含めて、
だんだんシーズンが深まっていって、練投なんかしてくると、
やっぱり肘が痛いとか肩が痛いとかなってきちゃうっていうね。
これをうまくできないかっていうのは、
スポーツ選手にとっては、特に若いスポーツ選手にとっては、
共通の課題なんだろうというふうに思いますよね。
そういうことで、アスリートとしてではなくて、
スポーツを支える側にもあろうというふうに考えられたとしたんですけども、
聞いたんですけれども、それにきっかけになった出来事とか、そういうことがあるんでしょうか。
もともとスポーツメーカーっていうのを目指して大学に入りまして、
選手としてもかなり大学入ってから全日本大学駅伝で、
全然勝負にならなかったところで見切りをつけて、
本筋一本、スポーツメーカー、スポーツを支える側に行こうっていうのを
自分の職業として決めて、どんどん研究をしていったっていうのが、
研究していく過程で自分の方向で進もう、
スポーツを支える側、サポートする側に回ろうっていうのが、
徐々に固まってきたっていうのが大きな流れかなと思います。
なるほどね。
靴で言うと、僕たちが小学校の時、今からもう60年近く前になりますけど、
あの頃は運動会になるとみんなで旅に行ったんだよね。
旅の底にゴムのついてるやつで。
ゴム旅の。
ゴム旅。
あれがさ、つま先でしっかりと支えながら蹴っていける感覚があって、
しかも体の感覚としてものすごく足が速く動かせるみたいな感覚があって、
だからそこそこリレーの選手に出るような、
僕も行くばっかりそうだったんだけども、
そういうぐらいの連中って、みんなこぞって旅を買ってきてはいたもんなんだけど、
そういうのはやっぱり原点っていうかね、やっぱりあるよね。
道具というか、靴のね。
そうですね。今それが回っていって、スーパーシューズ、厚底シューズになってっていうのが、
ゴム旅世代がそういったところに進化していってるので、
これはやっぱり皆さんコンテは一緒なのかなってところも結構感じますね。
なるほど。大学時代、生員学部でスポーツウェアの研究をされてというようなことで、
オートメーカーさんにもこういうことが次につながっていくんですけども、
そのお話は次週ね、じっくり伺っていきたいと思いますので、
どうぞよろしくお願いいたします。
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