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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間におもとに、英語の歴史の面白さを伝え、 裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は7月20日木曜日です。 いかがお過ごしでしょうか。
本日は対談会ならぬ定談会3人の研究者が語ります。
なぜ英語史研究者はその時代を選んだのか。 福本浩二先生と菊池翔太先生との定談です。
3人の英語史研究者がですね、それぞれ関心がある時代というのが異なっています。 微妙に異なっています。
そのあたり、何が面白いと思ってその時代に注目しているのか、 その前後の時代でなかったのはなぜなのかということも含めてですね、自由に対談、定談しております。
福本浩二先生は比較的最近ですが、772回対談しております。
近代英語における文法的・公文的変化、 16世紀の英語をめぐる福本浩二先生との対談ということで、7月12日ですね。
こちらもチェックしていただければと思います。
そして、もう一方、菊池翔太先生です。
ヘルディオリスナーにはお馴染みになってきているかと思いますけれども、 今日はこの3人という面白いメンバーで、
英語史の各時代の面白さ、そしてつなげるとですね、 結局英語史どの時代やっても面白いよという話になっていきますので、ぜひ聞いていただければと思います。
それではどうぞ。おはようございます。おはようございます。
今日は定談というか、定談ですね。対談じゃなく定談3人いるんですけれども、 まずは法政大学福本浩二先生です。
ようこそおいでいただきました。福本です。よろしくお願いします。 先日も対談していただきましたけれども、
そして、選手大学の菊池翔太さんです。 菊池です。前回は飲み騒いだ、別の機会に今集まっているんですけれども、
今ちょっと盛り上がりかけたところで、これ収録しちゃいましょうという話になりまして、
それぞれここにいる3名はですね、語詩の広く研究者なんですが、
注目する時代がそれぞれあって、時代は似ていても観点はちょっと違うのかもしれないんですけれども、
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福本先生は関心の中心、時代というところで言うとどの辺でしょうか。
はい、私は初期近代英語と言いまして、だいたい1500年から1700年の間を研究しています。
特にシェイクスピアが有名ですので、シェイクスピアを代表とするような時代ですね。
その中でも割と前半に関心が強いという感じでしょうか。つまり16世紀。
特に中世との繋がりですね。中英語がだんだんとルネッサンスとか印刷術によって変わってきかけたあたりの英語というのがどうなんだろうというところに関心があります。
確かにね、関心ありますね、私も。私は中英語専門ですけれども。
菊池さんは?
私も福本先生と同じく初期近代英語、1500年から1700年、200年間ですね。
初期近代英語に関心があって、これまではやはりシェイクスピアを中心とする17世紀初頭の劇作家について調べてきたんですけれども、
福本先生は初期近代の前半に関心が多いということですが、私の場合はどちらかというと17世紀ですね。
徐々に規範意識が高まっていく中で、人々がどのように言語を使っていたのかということに関心があります。
じゃあ同じ初期近代英語と言っても、どちらかというと前半と後半で、ちょうど真ん中にいる1600年を挟んで活躍したのがシェイクスピアということなので、
シェイクスピアでは交わりながらも、どちらかというと前半が福本先生、後半が菊池さんということなんですかね。そうなっていますよね。
私はちょっと外れていて、中英語というのは1100年から1500年くらいざっくりとなんですが、その中でも前半なので、どちらかというと12、3世紀なので、
お二方の関心とはざっと300年くらいは違うので、やはり関心観点は違うと思うんですよね。英語の段階も、発達段階もだいぶ違いますので、
今日お話したいのは、なんでその世紀なんですか?みたいな関心があるの。関心があるというのは好きということなので、理屈ないと言えばないところなんですが、
あえて理屈をつけて聞いている方にも、英語の12、3世紀、あるいは16世紀、そして17世紀の何がどう面白いと思ってやってるんですか?みたいな質問が来たと想定して、
お聞きしたい。私も聞きたいんですよね。近代にどういう関心の持ち方なのかっていうところで、小本先生まずお話いただけますでしょうか。
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はい。私はですね、大学の学部の授業の時に、演習で調査のカンタブリー物語を読むという授業と、シェイクスピアを読むという、同じ英語学の先生から2つの作品を読む授業があったわけですね。
どちらもとても楽しかったんですけれども、当時はやはり現代英語と大きく違う調査の英語に関心がありまして、調査を読めば読むほど、
現代英語と違うな、難しいな、だけど楽しいなということに目覚めまして、調査を勉強したいなと思っていたんですが、ところが調査をやってみると、
だんだんとですね、もしかしたらシェイクスピアの方が楽しいんじゃないかなという気がしてきて、
普通英語をやっている人間からすると裏切るみたいな。
なぜかというと、同じ言い方なのに、2つの同じことを言うのに、2種類の言い方があるのがシェイクスピアで、あるいは2種類、3種類のような言い方があると。
そこでどうやってシェイクスピアは使い分けをしているのかなという感じで。
前回の対談会でもこういうお話になりました。
ある登場人物はこういう言い方をしているのに、同じことなのに別の登場人物は別の言い方をしていると。
これはなぜなんだろうという、そこに関心が目覚めまして、特に演劇の劇作品を読んでいると、
登場人物によって召使いの言葉遣いとか、王様の言葉遣いとか、言葉遣いが違うということに、とても面白いなということが。
調査も確かに登場人物によって、いろんな登場人物が出てきますけれども。
シェイクスピアはそれを遥かに上回るような面白さがあって、それで延び込んでいったという感じですね。
やっぱりシェイクスピアには負けちゃいますかね、調査も。
調査も複数の言い方が、バリエーションというのがあって、音律の都合でとか、やはり微妙なニュアンスですよね。
キビみたいなところで使い分けっていうのは、あることはもちろんあるわけなんですけれども、シェイクスピアのバリエーションの豊富さとか、キビみたいなことに見せられた。
そうですね、やはり。
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同じような観点で、すでにどういうご研究家、菊池さんも知ってるんであれですけど、近いですよね、やはり観点というか、感心の持ち方。
そうですね、私も今、文法のバリエーションに興味を持ってまして、特に関係代名詞の問題を扱ってるんですが、
シェイクスピアの英語では、例えば否定文、疑問文の作り方でドゥを使うのか、新しく出てきたドゥを使うパターンか、それとも使わないパターンかとか、
3単元のSの語尾も新しくやってきたSなのか、ETHとかFっていう形なのかとか、あとザウという二人称代名詞のバリエーションもありますよね。
大きな問題ですね。
様々なバリエーションがあって、なんでかなっていうところは、私もやはり関心があるんですけども、
もともとは私は出発点は、やはり学部2年生の時ですかね、必修の授業でシェイクスピアの講読の授業がありまして、それが私にとって初めての過去のテキストを読むっていう授業だったんですね。
そこで現代語とこんなにも違うんだっていうことに衝撃を受けまして、もっと深く知りたいっていうようになったっていうのが私の出発点なんですけども、それが2年生の時ですかね。
3年生になって調査の授業を受けたり、さらには小英語の読解もゼミでやったんですけども、卒論で書くとなった時に、私は現代語に近い初期近代語の方がとっつきやすいかなっていう、そういった考えもあって、まずはシェイクスピアをとことんやってみようっていう感じに私の場合はなりました。
お二方とも現代語とのギャップに、学生時代にシェイクスピアなり調査なりっていう古い英語に触れた時に、こんなに違うのかみたいなまず驚きというか感動みたいなのが出発点になっていると。
ふも先生は2つ両方やったんだけども、最初は調査の方に見せられ、その後シェイクスピアの方に移ったという感じですよね。
私も学生時代に両方やったと思うんですよ、シェイクスピアと調査っていう。入り口はふも先生と同じような感じだったんですけれども、やっぱり調査の方が現代との距離がありますので、やっぱり全然違う。
シェイクスピアはなんか歯が立つところがあっても、調査は歯が立たないということですよね。そこで調査あたりにやはり興味があったんですが、その後古英語という授業もあってそれに触れたと。
そうすると、もっと歯が立たないと。全く歯が立たない。感動とこれを読めるようになりたいみたいなのがあったわけですね。
そうすると調査よりもぐっと遡るんですけれども、古英語かなと思った時に、俺とその後の展開はケクチさんと近いところがありまして、古英語だと難しすぎる。
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だからちょっと現代に近づけようかなと。現代にというより現代の方向にですよね。2世紀くらい近づけたら、調査よりはだけど前だったみたいなところで12、3世紀。
このあたりはやはり英語が最も劇的に変化した時代のbeforeとafterがafterぐらい直後みたいな感じなんですよね。そこを見るとどうしてこんなに英語ってそもそも言語のタイポロジーが変わったかのような大きな変化だったので、
その原動力って何だったのかとか、その後どれだけ変わって混乱は起きなかったんだろうかとか、そんなところの関心があってこんな時代をやってるっていう初期中英語っていう12、3世紀ですけどね。それぞれの関心ですよね。
一つ思うのは、ただ初期近代、近代以降のことを研究専門とされている久本先生さんのような、羨ましいなと思うのはやっぱり大量に情報があるので、もちろんそれは大変は大変なんですよね、逆に。
なんですけれども、情報っていうのは残っている文章の量が多いとかコーパスが大きいっていうのはもちろんなんですけれども、劇なんかですと会話体がよく残っているので、素の言語のやり取り、スポンティニアスなものが出やすい、残りやすいっていうことと、
あと、登場人物の上下関係とか男女とか、中英語でも男女ぐらいは物語で分かったりはもちろんするんですが、細かな人間関係みたいなものってなかなか追っかけられない。社会言語学的情報ってやつですけども、近代の場合は何とか分析十分にできるぐらいの細かな情報が得られると。
ギリギリそれが初期近代語で、それより遡るとちょっとあやふやな感じになってしまって、その大雑把な分、結局そういう社会言語学的な分析しても結果もやっぱり大雑把になってしまうっていうところがありますよね。
そこはちょっと羨ましいところは、あとコーパスもやっぱり整備されてるじゃないですか。
そうですね、やっぱり印刷術の。
そこがやっぱり大きいんですかね、中世と近代っていうのは。
社本との違いはやっぱり大きいですね。
そうですよね。量的な問題はありますよね。
ただそれで言うと、もっと現代に近いところってあって、つまり後期近代英語っていうところがあって、その観点から見ると、え、なんで初期近代語やってるんですか?みたいな質問はまた来るかもしれない。
もっとデータ機能がありますし、情報分かってますし、とかいうことに対する答えみたいなのはありますかね。
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やはりどうしてもシェイクスピアとか朝鮮の時に、現代英語と違う文法に目が行ったわけですよね。そこは大きく違うなと。
そういう点では、後期近代英語はそれほど現代語とあまり変わらないということがありますね。
やっぱり文法書が1700年ぐらいから大きく普及しますので、
規範文法ですね。
規範文法が普及しますので、それによって統一に向かうわけですよね。
現代と差がない。
現代とあまり変わらなくなってしまうというところですね。
なるほど。菊池さんはいかがですか?
完全に同じかもしれないですね。
やっぱり差が大きいほど、なんか惹かれるってところがあって、でも大きすぎてもたまっちゃうっていう。
自分にとっていい距離感。
自分にとっていい距離感っていうのがあるかもしれないですね。
そこに行き着くかもしれないですね。
自分にとって離れすぎず近すぎずは、程度が個人差ありますし。
っていうところね。関心が。
面白いと思えるところがあるんですよ。やっぱりね。
ありますよね。
英語字って本当にいろんな段階があって変化も遂げてきた言語なので、
ある意味ね、万人にとって面白ポイントって一人一人あるかもしれないですよね。
どこなのかっていうことで言うと、
ですからこれは一人一人やっぱり、
特にここにいないのは小英語をやってる人ですけど、
これはどういう関心なのかってね。
自分との距離感があってたんですよね。
そうですね。小釜さん。
小釜さんとか。
いろいろと。
後期近代の方はどういう、例えばお考えを持ってるんですかね。
そうですね。
もともと現代に関心があって、ちょっと遡ろうかなといったときにその辺りになるとか、
あるいは規範文法先ほどのそのものに関心があるとか、その辺りですかね。
そうですね。やはり後期近代英語になると、
例えば進行形の確率とか、句動詞の確率とか、またそういう面白いものがあるんですよね。
あるいは語彙の問題とかですね。
現代英語と語彙は変わらないけれども、意味が違ったりしますよね。
意味の発達によって。
100年ぐらい、200年ぐらい前と単語自体は変わらないんだけど、意味変化してる場合はありますので、
つい小説を読んでたりすると、現代英語の意味で読んでしまうと。
そうですね。リアル語読になっちゃいますよね。
そうですね。やっぱりそこがちょっと面白いところでもあるわけですね。
その引っかかり具合が好きという感じかもしれないですね。
規範文法が確立したことで、標準と非標準の区別がかなり明確化して、
その標準と非標準の区別を登場人物の描き分けに使うっていうことも、後期近代の小説に見られまして、
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私の大学院の先輩たちは、そういった関心から18世紀、19世紀の小説や演劇を研究されてますね。
なるほど。確かにそれはそれで、論文などを見ると面白いですよね。
それぞれの時代にやっぱり微妙な、現代の感覚ではちょっとたどり着けないような機微ですよね。
っていうのが各時代にあって、そこに関心を持たれてるっていうことなのかもしれませんね。
小英語どころじゃなくさらに遡って、比較言語学にそっちに関心があるっていう方ももちろんいているわけなんで、
広く英語史そういうところまで含めて英語から遡って、英語史と言うんであれば、
誰にとっても面白いポイントっていうのはどこかの時代にあるっていう、
いろんな顔を見せてくれるのが英語の歴史かなと思いますよね。
ある意味で飽きが来ないっていう。
来ないですね。
そうですね。小英語から中英語、初期近代、後期近代、現代まで本当に面白いポイントをいろんなところに見つけたら、
やはり中世が面白いと思ったけど、やはり後期近代も面白いなとか、年齢によってまで変わってくるかもしれませんね。
年齢によって変わる。
やはり。
我々も成長する。
そうですね。
だけど思うのは、今お話し、今日の定談でお話しているのは、自分の一応の専門はどこかっていう話で、
そこを押す、売るっていう話なんですけど、もちろんそこを中心としつつ、その前後の時代も、
やっぱりそれなりの面白さは、皆さんね、英語史を通じて勉強して研究しているわけなんで、そこはありますよね。
どこかに主軸っていうか、中心を置くっていうのは当然だと思うんですけど、
全体として見て、やっぱり飽きがこないっていうのはその通りだと思うんですよね。
自分が研究している時代の英語の、それ以前はどうだったのかということに関心があると同時に、
それ以後どうなったかっていうことにも関心がありますので。
そうですよね、必ず。
そして現代語に関心がない人は、この業界にいないので。
もちろん。
やっぱり通じた流れみたいなものを常に意識しながら、その中で自分は立ち位置としてはこの辺は中心なんだとかいうことかと思うんですよね。
非常にこれは一人一人本当にね、研究者に聞きたいですし、
研究者ならずともリスナーの皆さんも長く聞いておられると、英語からあるいはさらに比較言語学の話もしてますし、
もちろん現代語までの話もしてるので、どの辺りが自分に合うかなとか、一番合うかなみたいなのって、
おぼろげにできてきているっていう方もいるかもしれませんね。
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ぜひ今日の話に引っ掛ける形で、皆さん、今までこの番組なんかを聞いて、英語史のイメージがぼやーっとでもできてきてるんであれば、
どの辺りの時代に関心があるかとか、聞いてみたいですね。
ぜひコメントを寄せていただけますと、
今日はちょっと初期近代の売りが多すぎて、
ちょっとね宣伝が、
だから声援の人怒ってますよ。
今日誰も代表者いないじゃないか。
ある意味現代語だって、英語史の視点から見ると、
時代区分の中での現代英語っていう20世紀以降があるんで、
ここはここで面白いんですよね。
特に世界各地への拡散っていうものなんですかね。
そして多様化している。
多様化みたいなね。そこも含めてやっぱり英語史ですし、
21世紀ももう23年ですしね。
どんどん進んでいくっていう点では、
どのレベルというか、時代でも楽しめると思いますね。
今日は福本先生、そして菊池さんありがとうございました。
ありがとうございました。