【再】#788. 激論,AI時代の英語との向き合い方! --- 青木さん,藤原さ
2026-09-16 37:21

【再】#788. 激論,AI時代の英語との向き合い方! --- 青木さん,藤原さ

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に #対談
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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間に、おもとに、英語の歴史の面白さを伝え、 裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は7月28日金曜日です。皆さんいかがお過ごしでしょうか。 東京は酷暑の日々が続いております。
いやー、きついですね。この暑さ本当に答えるっていう感じなんですけれども、 それでもですね、なんとか生き延びております。
本日も元気にお届けしたいと思うんですけれども、今日はですね、暑さに負けない激論です。 大学院生と大激論しました。そしてこれはですね、非常にタイムリーな話題です。
AI時代の英語との向き合い方ということです。 話している大学院生はもちろん英語学、英語史の専門家なので、
この問題非常にですね、大きくのしかかっているっていうことなんですね。 私こういう議論が大好きなので、大学院でも非常によくするんですけれども、
これをですね、このヘルディオという形でオープンにするっていうのは、もしかしたら初めてかもしれませんね。
これによって議論の日がつくといいなというふうに思っています。 そもそも英語の議論っていうのは国民的な議題ですよね。
これをですね、皮切りに皆さんいろいろと考えていただいて、AI時代の英語、そしてAI時代の英語との向き合い方ということについて、
一人一人が考える時代になってきているんだろうと思います。 上から降ってくる英語教育ではなくて、一人一人が考える英語との向き合い方です。
これについてですね、我々がまずネタを振るということです。 これを皮切りに本当に自由に議論していただければと思っております。
刺激的な議論です。ちょっと長めになっておりますので、時間のあるときにお聞きいただければと思います。
ですが本当に刺激的です。ではお聞きください。
おはようございます。
今日は5人集まっていますので議論、激論の回になりそうなんですが、司会、青木くんにお願いしたいと思います。
今日なんですけれども、今回議論したいことがありまして、これがですね、AI時代の英語との向き合い方。
これは皆さん考えてほしいし、皆さん聞きたい議論なんじゃないかなと思うんですけどね。
03:05
やっぱり今翻訳機とかも発達してますし、JATGBTとかも出てきてますし、
そういう時代にあって、そもそも英語って勉強する意味あるの?って質問もよく我々も受けますし、
こういう時代にあって我々は英語とどういうふうに向き合うのかっていうことに関して、皆さんと議論できたらいいなと思ってこの話題を持ってきたんですけど。
まずメンバーの紹介という。
こないだの音声学のメンバーなんですけど、一人一人お願いします。
じゃあ私から、皆さんこんにちは。経理副会長の青木です。よろしくお願いします。
博士1年の藤原です。よろしくお願いします。
修士1年の寺沢です。よろしくお願いします。
副会長の博士3年のケイトと申します。よろしくお願いします。
まずどこから入るかっていう感じですけど、
皆さんもね、先生、英語の先生とか教えたりする機会あると思うんですけれども、
先生、なんで英語を勉強する必要あるんですか?というのは、本当に出るようになりましたよね。
なりましたね。
さんざん言われますね。
もちろん背景にあるのは、翻訳もある、JPTもある、EPLもあるっていう感じで、
こんな便利なほうがあって、単語を覚えたり文法をやったり、
まだあるんですか?みたいなことを、割と素で聞いてくるっていうか、いう感じですよね。
あれはちょっと攻撃的な質問もあるかもしれないですけどね、個人的に恨みがあったりとか先生に。
だけども、多くなってきたし、これからもどんどん多くなってくるっていうことは予想されますよね。
そうした時の我々の返し、これをスマートに言えないと、我々もなかなか困った立場になるっていうこともあったりするんですが、
なんと答えてますか?っていうところからいきますか?
誰からいきますか?これは。
私から。
まずい。
実は、自分はそういう翻訳機とかに対しては、そんな否定的ではなくて、むしろ全然使っていっていいんじゃないかっていうふうに思っている立場なんですね。
ただ、やっぱりそれを前提にした教育とかも必要になってくる時代なんじゃないかなと思っていて、
やっぱり翻訳機で日本語を入れて英語を出しましたって言っても、やっぱりその英語表現が微妙にずれてる時とか、翻訳がうまくいってない時とかだってあるわけじゃないですか。
やっぱりそれをそのまま私の英語ですって言って出すわけにもいかないので、
06:01
そういった出力に対して自分でチェックをする、こういった能力っていうものを培っていくってことにシフトチェンジしていくっていうのもありなんじゃないかなと思っていて、
もちろん個人的にこうするメリットもあると思っていて、
英語の学習ってやっぱりすごく時間かかるわけじゃないですか。
本当に何年も何年も地道にやって、やっとこう少しずつできるようになってくるものだと思うんですけど、
正直それがAIとか翻訳にとって変わってもらえるのであれば、その空いた時間っていうのはもうちょっと別のことに咲くことだってできると思うんですよね。
やっぱり専門的なことをしっかり学んで、それを発信する手助けをそういったツールにやってもらうっていうあり方、
それを前提にするのは危ないかもしれないですけど、そういったことも視野に入れてAIとうまく向き合っていくっていう、
そういったやり方とか教育っていうのもあっていいのかなっていうふうに私は考えてますね。
使いこなす派っていうことですかね。うまく使うっていうことに割とポジティブな未来を見ているっていうAIにっていうことかと思いますけどね。
ただもう全部任せるわけにはいかないのでっていう向き合い方を含めたあり方ですよね。
多分ネットリテラシーとかも今はね、いろいろと向き合い方を教えようみたいな流れあるわけじゃないですか。
例えばフェイクニュースに流されないようにするとか、そういったSNSとの向き合い方みたいなのを学校の授業でやろうって言ってますけど、
英語っていうのもそういった側面を取り込んで、いかに翻訳機とか使いながらやっていくかっていう視点の授業もあっていいんじゃないかなって思いますね。
実際そういうタイプの授業をされている、始めている先生なんかも聞きますよね、現場でもね。
私も割とそれは同じような方向性で考えてるかなと思っているところはありますね。
他皆さんどうでしょうか。
けいさんいかがでしょうか。
だいたいあおきくんに割と言われちゃったんですけど。
私もそうですね、使いこなしていったほうがいいんじゃないか。
使いこなす際に技術を獲得して、どこが間違ってるか、どこが正しいかっていう判断をしたほうがいいんじゃないかっていうスタンスで普段授業をやってるんですけれども、
機械とか翻訳だけじゃなくていろいろスマホが出て、パソコンもすごい高等化して、セルフレージも出てみたいな時代で、
皆さんだいぶ、私も含めてなんですけど、使いこなせてると思ってるけど実は振り回されてるみたいな部分がやっぱりあると思うので、
絶対チャットGPTとかもね、DeepLとかもそういう傾向が強いんじゃないかなと、どっかしら振り回される部分があるんじゃないかなと。
09:02
それの部分をしっかりと見極めていこう。
どこに間違ってる部分があるかとか、正しい部分があるかってのを獲得するために、英語の授業はしっかりと文法とか学んでいったほうがいいんじゃないかなというふうに思っています。
似てますよね、確かに考え方としては。
藤原くんいかがでしょうか。
僕も結構そういう技術とかは好きなので、結構肯定的な立場ではありますし、どっちみち禁止することは多分無理なので、
使うなって言っても、使うやつは使うよってなると、やっぱり語学っていうものの意義、やる意味っていうのをもう一回考えないといけないなと。
そこね、大きい問題が急に降りかかったというか、本当は常に考えていなければいけないんだけど、濁せてたものがいよいよ濁せなくなったぞっていうところはありますよね。
この先立つ議論も実は大学院の授業の中でしてたんですが、そこに最終的に行き着いたっていうか、語学の意義かっていう。
我々それでね、やってるわけですからね。
存在意義なんだって言われてるようなもんでね。
いやーって感じになっちゃうわけなんですが。
寺澤さんいかがでしょう。
英語を教えるっていう側からすると、機会を通して何かコミュニケーションするんじゃなくて、自分で英語を使って話したり読んだりした方が楽しいじゃないって言いたい気持ちはあるんですけど、
とはいってもやっぱりAIだったり翻訳機だったりそういうのが絶対なくならないですし、使って便利なところもあるので、やっぱり青木さんやケイさんがおっしゃってたようにどう使うのか、
機械で出力されて出てきたものが本当に正しいのかどうかっていうのを見極める目はやっぱり人間が持っていないといけないなっていうのは一つありますし、
あとはここで話しているメンバーは英語そのものにすごく興味関心があって、
英語について考えると思うんですけど、言語って考えるとツールなので、人間が英語を使ってあるいは翻訳機とかAIを使ってその言語を使って何をするのか、
何を調べたいのか、何を知りたいのか、何を発信していくのかっていうところが今のところは人間が機械に勝てるというか、人間でしかできないことなのかなっていうふうに考えています。
今聞いてて思ったのは、確かにツール、コミュニケーションのツールっていうことなんですが、言葉ってもう一つ重要なツール、機能、社会的な機能っていうのがあって、話している人が何者かとか、
12:02
誰に対してどういう口調で話しているのかとか、そういったものをプラスアルファの部分を伝える働きがあると思うんですよ。
その時に機械が介入してくることで、良いところと悪いところっていうのがあると思って、例えば万人に通じる英語が出力されるんであれば、それはネイティブなのかノンネイティブなのかも見分けがつかない。
これは良いことも多いと思うんですよ。
10分なりそうなのでチャプターを継ぎます。
すみません、唐突だったんですけれども、社会的な概念があって、話しているのが男か女かとか、どういう職業に就いているかとか、あるいはネイティブかノンネイティブかみたいなことも、
少なくとも例えば翻訳機にかけて出てくる出力からは分からないという点では、そういうパラメーターが関与しない、あるいは関与すべきではないような中立的な議論とかの際にはとても役に立つということもある一方で、
逆に執事を表に出したい、どこどこ出身ですということをアピールしたい時には、そういうものは使えなくなるという、良い面と悪い面というのが、機械だからこその人間が届かない部分もあれば、機械だからこそ人間を超えられるというか、限界を超えられるようなところもあったりするのかなというのをちょっと思ったんですけどね。
良くも悪くも平べったいところがあるんですよね。平べったさって使い用によっては便利だし、別の使い用によっては本当につまんないしっていう、平べったいのが悪いことじゃないんですよね。
論文とかはね、そういうプレーンな文章で書くっていうのが大事ですもんね。
そうですよね。そういう点ではね、今何の話でしたっけ?英語とAI。
AI時代の英語との向き合い方っていう話だったんですけど、語学の意味は何だろうっていうとおりに転換していきました。
大きい話になったということですよね。これ、皆さんも仮の答えの段階かもしれませんが、これ一言ずつ言ってみます?語学の意義。英語に限らずですよね。
英語でも、例えば日本語の古文だって一種の古文、語学と考えることもできるので、何語でもいいんですが、母語以外のものを学習するっていうことの意義っていうことですよね。
全部翻訳プログラム、アルゴリズム入れれば、どの言語でも相番翻訳可能になるわけで。
その場合の人間が時間を費やして、エネルギーを費やして、言語を学ぶことの意味っていうのはどのあたりでしょうかね。念頭にあるのは英語教育っていうことが多いと思うんですが、われわれ大きくどうでしょうかね。
15:09
どうなんですかね。結局、個々に役に立つ場面っていうのはあるかもしれないし、個々人にとって有用であるっていう側面はあると思うんですよ。
例えば、古文を学ぶにしたって、大学で日本文学とか古典やりたいって人にとっては古文は意義あることだと思うし、英語教育でもやっぱり海外に行きたいですとか、そういう人にとってはちゃんとそうやってスピーキングを含めて、
AIに頼らない力を学習していくっていうのは意義あることだと思うけれども、ただ、万人に通ずる意義っていうものがあるかって言われると、私はちょっと難しいかなっていう感じ。
やっぱり一人一人が自分の目標の中にどういう風に英語っていうものを位置づけていくかっていうことによって、やっぱり変動するものかなとは思いますね。だから結構難しいなとは思います。
そうですね。確かに個人的な意義はと問われれば、我々ね、多分面白いからとかここに関心があったからでいいんですけど、なぜ問題になるかっていうと、個人的じゃ済まない問題なんですよと。
英語って義務教育になってるでしょみたいな、やっぱり社会全体、万人みたいな話が前提にあって、なんで勉強することになってるんですか?
なんでそれに対する答えが難しいというか、青くんの考える万人にっていうのはそもそも前提がおかしいんではないかみたいなことに通じますかね。
そうですね。義務教育でやらせてる以上はね、やっぱりある程度社会全体にどれほど益があるか有益かっていう視点を入れていかないと、
じゃあやっぱりやりたい奴だけやってればいいじゃんっていう反論がくらって終わっちゃうんで、そことのせめぎ合いですよね。
そうですよね。万人にわかってもらえるような数字では出ない。簡単に出ないですからね。経済効果とかで出るのかって言うとよくわかんないですもんね。
この問題どうですか?けいさん。
そうですね。義務教育とかの話は青木くんがしてくれたので、私はちょっと違うことを述べさせていただくと、
言語を学ぶっていうことはそもそも文化を学ぶことじゃないかなと私は思っていて、
例えば日本だったら雨に関する言葉が何十種類も何百種類もあるっていう文化で、それは雨が多いから。
他の言語だと雨はこういう何種類しかないんだよっていうところからでも文化をそのまま学ぶだけじゃなくて、
言語の面から見つめ直すっていう新たな視点ができるかなと思うんですよね。
日本語で生きていて、日本社会だけで生きていてっていうと、日本語だけで暮らしていくことは可能だと思うんですけど、
18:02
これからの時代そうもいかなくなってくる場面が多いんじゃないかなと。
多文化共生とかいろいろ移民の方とかもいらっしゃるでしょうし、
そのための訓練というか他の文化を受け入れる下地みたいなのを作っていくのが、
語学を学ぶっていうのの大まかな意義じゃないかなというふうに私は考えています。
なるほどね。また異なる視点から、ただすごく分かりますよね、話聞くと。
そういう側面はあって、文化への入り口としての語学学習。
それを使いこなせるかどうかというのは、どちらかというとその場合2番目ぐらいになって、
むしろ前面に出てくるのは異文化理解のための入り口としての語学。
これは確かにね、その通りだと思いますよね。
個人的に義務教育の話をしたのも、結局その実用的か否かっていうのが今結構大事な視点になってるじゃないですか。
英語を学ぶのは実用的ですかとか、もっと実用的なツールがあるからこそ、
じゃあ今度翻訳機ってその実用性の問題っていうところをどうしても私は念頭に置いてたので、
そこで異文化理解という話が出てきたのは、一応頭にはありはあったんですけど、
やっぱりそっちの方面で考えてたので、やっぱりそういう視点もやっぱりありだなって思ったし、
かつ移民の問題とか考えてくれば、異文化理解っていうのも決して捨てたもんじゃない重要な問題になってくるなって思ったんで、
そう考えてくるとね、そこはすごく意義ある部分なのかなって。
はい、じゃあ藤原さんいきましょうか。
そうですね、僕は語学は結構好きな方なんですけど、
なんで好きかっていうと、その語学を通して自分の母語、僕だと日本語ですけど、日本語を相対化してみることができるというか、
僕は結構小学校とか中学校の時は国語の授業で文法とかやるじゃないですか、国文法みたいな、
あんまり面白いなとは思わなかったので、
これ、だって俺日本人やし、日本人なんだから日本語の文法は分かって当たり前なんだからやらなくていいじゃんって思ってたんですけど、
中学とかに上がって英語を勉強して、英語だと文法を勉強しないとどうにもいかないので文法を勉強すると、
そうすると、あ、主語とか動詞の組み合わせ方って大事なんだなっていうことに気づいて、
それを学んでから、じゃあいざ自分が日本語の文章を書こうとした時に、
じゃあ日本語を書いた時に、主語と述語が合ってないことになると、
あ、これなんか日本語として、言葉としてこの構成は変だなっていうことに気づけるようになるというか、
21:06
これって英語とかを勉強して、主語とか述語とかそういう文の構造みたいなところをしっかりと勉強してなかったら、
多分そういうことに気づかなかったんじゃないかなと思うので、
そういうのを通して、英語を通して自分の日本語力も向上していくという。
ありますね。語彙なんかも英語字典で日本語のこんな難しい言葉あるのかって知ったとか、
いうことってやっぱザラですし、英語を鏡として自分が普段使っている日本語とかについても反省を促されるっていうか、
それは常にありますよね。では、寺沙さん。
はい。もうお三方にたくさんお話を伺ってしまったので、どうしようかなと思ってるんですが、
私は言葉はいろんなものの見方考え方の入り口だと思っていて、
自分の言葉、母語と外国語っていう観点で見れば、外国学習をすることによって、
日本語との違いに気づいて、英語ってこういうものなんだな、
自分の母語の日本語はこうなんだなっていうのが気づけますし、
あとは異文化っていう計算の見方で考えれば、日本語にしかない表現っていうのも、
例えばいただきますとか、行ってきますとか、そういう表現があるってことも知れますし、
逆に外国の文化、外国語にしかないものっていうのも気づくことができると思うんですよね。
あとは言葉に限らずとも、英語の授業をしていると、
言葉に関することだけじゃなくて、それこそ科学の話ですとか、ひょっとするとAIの話ですとか、
言語に限らずいろんな分野の話を英語を通して学ぶってことは授業でするので、
教養って言ってしまったら、なんだかちんぷな表現かもしれないですけど、
いろんなことを知る入り口としての英語っていうのはあってもいいんじゃないかな、
義務教育としてあってもいいんじゃないかなとは思います。
なるほど、それぞれですね、やっぱり考え方ありますよね。
全て納得するというか、自分の中にもある理由、
なんで勉強するんですかと言われたときに、答えの選択肢にあるものが出てきたんですけど、
皆さんの口から聞くとやっぱりね、それぞれの思いっていうのがあってっていうのがすごい伝わって、
すごく楽しかったですね。
私自身もね、一言言っておこうかなというところ、全て賛同するということなんですけれども、
いくつか答え方ある中で、まだこれまで触れられてこなかったということと、
24:01
私の中で順位が割と高いかなと思っている一つはですね、
学びそのものがそもそも楽しいというか喜びなんですというスタンスなんですね。
なので、基本的に人間って学んで成長することにそもそも快感を感じるっていうかね、
そこに苦痛も伴うんで、その苦痛の方が大きいと思っちゃうとやっぱり勉強大変になるんですけど、
そこは分かるんですけど、学ぶことが結構重要っていうか、それ自体がもう意義なのかなと。
で、その場合、じゃあなんで語学の意義っていう今回話じゃないですか、英語の意義とか、
そこには答えられなくて、英語とか語学も学びの一種であって、
だからその一種として大事なんだっていう言い方。
だから英語である必要はないっていうのは僕、実は考え方で、
だからなんで英語を学ぶ必要があるんですかっていう答えには多分直接答えてない、
ちょっと逃げた、大きすぎる答えになってるのかもしれないんですけど、
そこはありますかね、英語も学べばその喜びがあるし、
他何でもいいですよ、数学でもいいし、理科でも何でもいいと思うんですけど、
その一つとして英語があるっていう見方なんで、
多分義務教育の先生、英語の先生としてあまり答えになってないんでダメだと思うんですよ。
大学でやってるようなもん。
なんで英語なんですかって言われても答えられてないんで、今の。
学びが大事で、何でも好きなことやってくださいみたいなことになっちゃうんで、
英語の先生としてはちょっと弱いっていうか無責任な感じになっちゃうんで、
たぶん義務教育とかの英語の先生にはなっていないっていうところはあるんじゃないかと、
自己分析してるんですけど、大学レベルでっていうか。
いろいろな観点があると思うんですが、
締めで青木くんいかがですかね、今日の議論。
私が最初振ったところなんでね、あれなんですけど、
話聞いててまた1個思ったのが、
AIを使いこなすための英語力っていうのがあるんじゃないかっていう。
ありますね。
っていうのもたまに耳にするんですけど、
チャットGBTとかでも日本語で質問するより英語で質問した方が精度が高いっていう。
いますね。
実際そうだと思う。私もいじってますけど、英語の方が精度が高いこと多いですね。
それなんでだろうって考えたときに、
一つはAIの開発の主導がアメリカとかにあるっていうのはあると思うんですけど、
ただそれだけじゃなくて、
AIを動かすための背景にあるベータっていうものが、
やっぱり英語がベースになっているっていうのが大きいんじゃないかなと思っていて、
27:00
やっぱり英語って本当に世界中に広がっていて、
英語史で言われるように本当に世界の国際語になって、
いろんな場面で使われるわけじゃないですか。
当然学問の世界でも英語は使われるし、
本当に日本語とか諸々の言語と比較したときに、
英語っていう言語で蓄えられている情報量ってのが圧倒的に多いと思うんですよね。
比較にならないでしょうね。
だからそういう背景があって、
やっぱりAIの精度、英語の方が高いっていうのもあるのかなって思うし、
そう考えていくと、
AIを使うために英語をまた勉強しなきゃいけないっていう側面も出てくるんじゃないかなっていうところはあるのと、
ただやっぱりなんで英語にそんなに学術的であったり、
いろんな情報とかデータ詰まってるかって考えれば、
これは英語史の問題じゃないですか。
やっぱり結局AIの問題考えていくにしたって、
そこの背景には英語が世界語、国際語として地位を高めてきたっていう、
英語帝国主義的な極めて英語しまったというか、
英語史的な話題が実は背景に潜んでるんじゃないかなって。
その完全に延長で今、
AIが独り勝ちしてるっていうのは、英語が独り勝ちしているっていうことと関係していて、
なんで英語が独り勝ちかっていうと、
そういうことですよね。
今話してくれたような歴史、
英米の覇権国家による近代に築き上げたね、
一心みたいなもので、まさに英語しまったなんですよね。
なので、英語よりも英語史を勉強した方がいいんじゃないか。
そんな方がいいかな。
英語もいいんですけど、皆さんやられてますけど、
なんで英語を勉強するんですか?じゃなくて、
なんで英語史を勉強するんですか?ぐらいの世の中になってほしいですよね。
今違う意味で聞かれますね。
なんで英語史なんてやってるんですか?
これが基本的な中学生の口から出るような、
なんで英語史は勉強しなければいけないんでしょうか?だったら、
答えられそうな気が我々はする。
なんで英語を勉強しなきゃいけないかは、
答えられなかったってことですかね、我々。
どうなんだろう。もっといい答えはあるのかもしれないんですけど。
これは英語関係者一人一人に考えていただきたいというか、議論したいんですよね。
すごく面白い議論でしたね。
長丁場になっちゃいましたけど、
ずるずると話を聞いていたら30分になっちゃいますね。
30:02
これまたこの手の議論というか、
第2弾、第3弾やっていければと思いますね。
皆さん参加いただきましてありがとうございました。
ありがとうございました。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
議論に参加してもらいました4人にも引き続き残ってもらってですね、
先ほど大体アフタートークも含めて終わったかなということなんですが、
なんとなく次のチャプターを回していました。
何か言い残したことっていうか、
次の論題とか関係する何かありますかね。
自由にカジュアルに。
今は英語とAIっていう広く英語っていう話にしてましたけど、
もうちょっと踏み込んで私たち学問の側からすれば、
言語研究とAIっていう議論はもう一つあるかもしれないですね。
大きいですね。
そもそもがAIのまとかに今騒がれているChatGPTは言語技術っていうかね、
エンジニアリングっていうことなので、
当然ある意味では言語研究の賜物。
アプローチは言語研究でもいろいろあって、
我々とはだいぶ性格が異なるんだけれども、
そういった意味では割と仲間同士みたいなところの議論になるのかな。
言葉をどう見るかというところですけどね。
それもおいおいっていうか、大きいね。
大きいテーマで雲掴むような話ですけれども、
他どうですかね。
AIかける。我々の部屋に近いところで。
AIって画像の判別みたいなのがすごい得意みたいな。
そうですよね。
つづりとかをたくさん勉強させたら、
写本の写真を撮ったらそのまま全部文字起こししてくれたりして。
今ね、日本語だとKuzushijiのアプリがあって、
とりあえず結構実現可能なんじゃないでしょうかね。
かすれててよく読めないところとかも、
そういうので保管してくれたりすると、
すごいありがたいのかなと。
ありがたいですね。
どういうツールがあったらありがたいかみたいな話。
これも面白いかもしれないですね。
結構実現できるかもしれないですね、今の技術だと。
そういうのありますよね。
あとやっぱりね、
これね、みんなで実はやりたいかもと思ったことがあって、
ChatGPTに古い英語を教育させるとか、
33:07
われわれが研究者として知りたい答えを出してくれるようなものを育てるみたいな。
どっちかというと期待するというよりは、
われわれが主体となってどんどん情報を投げ込んで、
今どこまで何をどうデータ管理してるのかって、
オープンAI社とかそこはブラックなんで、
なかなかあれですけど、
例えばこの技術が一般的になって、
そういうふうにデータを読ませて、
それをもとに入ってくれるみたいなことがあったりすると、
いいのかなと、面白いかなと思ったりはしますよね。
一回個人的にやってみたんですけど、
英語字の知識を正しく吐き出すように訂正してくださいってコメントを出して、
入力して出力、正しい答えが出るまで出力をさせまくるみたいなことをやってたんですけど、
一回同じブラウザの中だと正しい答えは最終的にたどり着くんですけど、
ブラウザを閉じてもう一回やると全く間違ってない。
ゼロに戻っちゃう。
そこらへんは考えなきゃなと。
そういうこと。
けいさんがやったようなことをちょっといじったりして、
どこまで英語字わかってるかなみたいな。
てかわかってるかどうかを判断できるのって、
英語字分野しかないので、専門的に。
それで試して、ある種性能を判断するみたいなところは結構やってますけどね。
みなさんもいじって、面白いことが起こっていたらGPTとか。
結構面白いですよね。
面白いです。
そこそこ直す箇所が毎回違うとか。
そうそう。
そこを今度直してくれるなみたいなところがありますね。
これね、前も言ったかもしれませんが、
死因変化のところでこれは大分院推移によるものですみたいなのが出てきたり、
これどう考えても違うでしょとか言う。
突っ込みがいがあるのが。
で、他は全部当てたりするの。
95点ぐらい取れてる。
だけど、その5点が、
これ学生のテストだったらそこ1点だけでももう0点だよみたいなぐらいの大ぼけかます。
重要なところ。
そうそう。
あったりするのが面白かったりはしますよね。
母院って言ってるのにね。
なんであれ。
死因って言ってるのに大分院推移が関わってみたいな。
そこが面白かったりしますけどね。
いじって慣れて体制をつけていくっていうのもある程度必要なのかなと思ったりする。
今日この頃なんですけどね。
当然半信半疑ではかなりありますよね。
皆さんもこんな感じで、
AI時代にまさに向き合わなければいけないっていうことなんですが、
最後に寺田さん。
36:02
今の議論を聞いてて思ったんですけど、
言葉って人間が作ったものじゃないですか。
人間が生きていく中で育まれて変化していったものだと思うんですけど、
AIも一応人間が作ったものじゃないですか。
人間が作った機械に人間と同じような思考になるように、
もしくは専門家が持ってる栄養の知識を持った機械になるように育ててるっていう、
人間が作ったものに、AIに人間が振り回されつつ、
人間が作ったAIと同行しようとしてるのが面白いなと思いました。
振り回されるっていう立場は多分あるでしょうね。
前半にありましたっけ、こういう議論。振り回し議論。
振り回されないように使いこなしていく。
ありますよね。
最初使いこなすのに一生懸命のときでどうしても振り回されちゃう。
それを手懐けると振り回せる側になるっていうことの、
新しい技術ってそれの繰り返しのような気はしないでもないですけどね。
議論尽きないですね。延々とふたふたついちゃうんで、
今日はここら辺で一回切りましょうかね。
皆さんありがとうございました。
ありがとうございました。
37:21

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