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皆さんのひとときにお邪魔します。 CAM ラジオの時間です。 CAM ラジオは、コーチングを軸にリーダーシップや組織開発、人間関係や生き方まで、様々なことについて考えていくラジオです。
今回は、CAM JAPAN ディレクターの浅井本人と共に、休息について考えていきたいと思います。
早速ですけれども、 休んでますか?
という質問から、 元気ですか?みたいな感じの逆パターンですかね。
休んでますか? いかがでしょうかね。すみません、これちょっと1回やりたかったんで、あの最初に入れてみましたけれども。
皆さんいかがでしょう?日常の中で、また1週間の中で、休むこと、皆さんできてますか?
今日、そんなことについて考えていきたいんですけれども、コーチングをしていくにあたって、クライアントさんのビジョンや目標に向かっていくサポートをする中で、時に進んでいきたいが故に、ポジティブな思いが故に、休むこともある意味犠牲にして、睡眠であったりとか休日もある意味犠牲にして、
やっていきたいこと、進んでいきたい方に進んでいくようなことをしていく方も多くいらっしゃると思いますし、またコーチングのトピックの中で、人気って言うとあれですけれども、課題の中でのトップ3に入るのがワーク・ライフ・バランスとか、そういうお話もよくあるんじゃないかなというふうに思います。
また、コーチングだけじゃなくても、日々の中で休むということを、一人一人がどれくらい意識しているか、どんなふうに考えているか、またそういうのも含めて、どういうふうに考えていくことが重要だろうか、みたいなことをちょっとぶつぶつ話しながら考えていきたいと思うんですよね。
このことをちょっと考えるきっかけになったのも、ここ何回か、ここ1ヶ月とかの中で、受講生の中でのコーチングもそうですし、僕自身がある企業のマネージャーをコーチングしている中でも、結構この休息についてのトピックが出てくるんですけれども、その休息についてのトピックが出てくるときに、そのコーチがどんな理解をしているかによって、
このコーチングの中でどうその対話を導いていくか、何を相手に伝えていったり、また相手のどういう部分を拾っていくかがだいぶ変わってくるなというふうに思ったので、皆さんの中で休むってどういうことか、
そんなことをある意味こういう対話をしていきながら一緒に考えていくことで、自分の中で僕が言うことを100%受け入れろという話では全くなくて、そういうのをある意味刺激として、皆さんの中で今休むってことをどう考えているんだろうか、またどう考えていきたいんだろうか、みたいなところを少し一緒に考えていくことができればと思います。
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この休むというトピックをある意味コーチングの中で扱っていくときでもそうなんですけれども、結構皆さん、知識としては結構持っている方が多いんじゃないかなというふうに思います。休むことは大事であってとか、ある意味しっかり休むことで脳や体がしっかりとある意味機能していくということであったりとか。
日常の中でもただ仕事とかそういうところだけじゃなくて、楽しむ余白を作ることはやっぱり重要ということを、いろんなそういうリーダーシップの本であったりとか、自己啓発の本であったりとか、また他の心理学、脳科学とか、ある意味ビジネス書と言われることを結構開くと、いろんなところに書いてあることでもあるのかなというふうに、特にこのご時世ですかね。
昔はもっと何かいろんなものを削って忍耐して努力して進んでみたいなところがあったかもしれませんけれども、今の時代はより研究が進んでいったがゆえにというところですけれども、休むことの重要性ということが多く語られていると思います。
でもじゃあ、多くの人がそのように生きているかと聞かれたら、自分も含めてですね、やっぱりそれを適応していくということはやっぱり難しい。そこにギャップが生まれているというのが、この休息に関する今の理解と、また実際にその行動や活動が追いついていない、ライフスタイルが追いついていないみたいなところのジレンマが生まれているかなと思います。
なので、休息というところのコーチングを行っていって、相手から引き出していったり、また僕からも知見を共有したりしていって、相手の方が思考を深めていくんですけれども、こうやって話すと結構本で読んだことあるとか、知っていることであるけれども全然できてなかったし、頭で知っているけれども自分の心や体が知っていなかった、体験したことがない領域。
なので、余白があると余白の意志向が働くとか、でもそういう体験したことがないから、それをちゃんと優先順位にできていない。本当にそれが自分に最善であるという解釈までは至っていないと。
なので、知識として溜めておいたとしても、それを自分で体験しないと、自分が本当の意味で知っている知識、使える知識として定着していないことになってしまう。本当にそういうことって多くあるなと。
たくさんのインプットを入れたとしても、それを本当に自分で活用して体験して、そして体現していくことで初めてそれを知っているよと言えること。そうだよねって言えることになるということを本当に思います。
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そんな中で、みなさん休息って何だと思いますか?休むことって何だと思いますか?何をもって休んだと言えるのか?また何のために休むのか?目的は何なのか?この辺の問いで結構、問いの理解で構成されているかなというふうに思います。
そもそも休むとは何か?それは人によって違うかと思いますけれども、どんな休み方をするか?時間を作るということなのか?休むとは何かをすることなのか?しないことなのか?何もしないことをすることなのか?そもそも休むとは寝ることなのか?とかわからないですけど、休むとは何か?
そして何をもって休んだと言えるのか?ちょっと頭がすっきりしたとか、体の痛みが取れたとか、そういうところですかね。何をもって休んだと言えるのか?また何のために休むのか?
休むことは例えば仕事の合間とか一番最後の選択肢になることが人にとっては多いですね。全部やることやって時間が残ったら休むみたいな人が多いですよね。それは何のために休むのかっていうところの位置付けによって変わってくると思います。優先順位ですかね。
なので、休みの日があって、休みの日は休むためにあるけれども、お子さんがいて家族で遊ぶとか、友人との約束があってとか、やらなきゃいけない仕事がちょっと溜まっててとか、他にも将来の自分のやっていきたいことに関する統治のために勉強して、コーチングということも皆さんにとってそういうこともあると思いますけれども、コーチングをしていくことでみたいなところで。
そしてそれがリフレッシュになる人もいますよね。それで何のために休むのかみたいなところの中で、それを全部やって最後にちょっと時間あったら少し体を休めるとか何かするとか。
皆さんの中での休むとはそもそも何か。また何をもって休んだと言えるのか。そして休む目的は何かみたいなところはどんなふうに考えているでしょうか。ちょっとそれぞれ考えてみていただいて、少し自分の中でこう考えてるなぁみたいなところを思い浮かべていただければと思います。
なんかそんな順番でちょっと話していくと、そもそも休むとは何かみたいなところでいくと、僕自身は休むことの休み方みたいな表現ですかね。
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僕自身は3つの分野で考えているなというふうに思います。自分にもいつもそれを問いかけますし、コーチングの中でもその聞き方をよくします。
というのは、頭が休む必要があるのか、心が休む必要があるのか、また体が休む必要があるのか。その中の2つの中の全部なのか。そういうところですけれども、どこが今休む必要があるんだろうかというところですかね。
頭が休む必要があったら、思考が一番休まる休み方をしていくと。思考が休まる休み方は人によって変わってくると思います。
頭の中をいろいろ整理して紙の上に書いてみることで、何か頭がすっきりして空になるじゃないですけれども、清算されていくと言いますか。そういう形で頭がすっきりして休むという形になる人もいれば、本当にボーッとする時間と言いますか。
サウナとかもそうですよね。頭の中を少し空っぽにする時間であったり、焚き火を眺めるとか、無心で何かちょっとゲームをするとか、なるべくそういうデバイス系は僕はお勧めしないですけれども、散歩をするとか。
人によって思考を休めていくというところ。思考を休めるのも意図的に思考を休めないと休まるところに行かないということがよくあるかと思います。
なので、その思考がバーッと動いている中でも、思考を休めるんだ、休めるための時間なんだというふうにするときに、なるべく思考、頭を使わない、考えない。また、何か頭が他のところに行くとか仕事のことを考え始めようとしたら、いやそれはちょっと横に置いておこうという形で、自分の中で思考を休めるということに集中する時間としてある意味切り分けて使っていくというところですね。
思考を休めるという時に皆さんは自分にとって何が思考が休まる時間なのか、そういうことを自分の中である引き出しとして持っておいたり、また休むということを選択していく中でも、その休み方をその時その時自分に問いかけていくような考えていくというのが重要かと思います。
また、心が休まるためにはというところですけれども、友達と楽しいことをパーッと遊んでくるとか、そういうふうに発散してアクティブに動いていくことで、心が満たされる、心が豊かになる時間もあると思いますし、逆に何か心が落ち着いていくことのために、また何かのストーリーやアートや
そういう何かしらに触れる機会を通して、心がある意味そっちに動かされて、自分の心が満たされていく。イメージとしては、減っているところに何かを注ぐみたいなこともそうかもしれませんが、何か新しいものに触れていくことで、自分の中にあった心の中にちょっと泥が溜まっていたら、それが入れ替わっていくといいますか、
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フレッシュな何かしら自分が影響を受けたい心が喜ぶ何かに触れていくときに、それがパーッと出ていって、そして心が満たされるといいますか、良い状態に入れ替わるみたいな感じですかね。
僕とかですと好きな映画を見たりとか、グレイテストショーマンとか好きですけれども、そういう映画を見たりとか、僕は聖書とか読むので、聖書を読んで心の状態をそっちに合わせていったりとか、そうすることで自分の心が健康な状態、嬉しい状態、豊かな状態に近づいていくということがあるかと思います。
何かをしないことというよりもある意味、心を休ませるためには何かをすること、心が豊かな状態になるために必要な活動をするというのが、心が休まっていく、良い状態にチューニングされていく、そういうアクティビティになるのかなと思いますかね。
そして体が休む必要があると、心も頭も元気だけど体が疲れていると、そういう時には何を皆さんしますかね。寝るとかも一番定番ですよね。
僕がんばん浴とか温泉大好きなので、がんばん浴に行って体をほぐしていくとか、整体に行ったりマッサージに行ったりとか、少しライトな筋トレをしていくとかもそうですよね。
コンディショニングに近いですかね。しっかりとウェイトとかやっちゃうと、休息というよりは逆に固めていくことになるので、ストレッチとかも含めてコンディショニング、ライトなエクササイズを、
油酸素をメインにしていくとかもそうですよね。そういう体が休みを求めているか。皆さんにとって休むってどういうことなのか、何をすることなのか、どんな状態なのか、そういうところが一つポイントかと思います。
そして何をもって休んだと言えるのか、二つ目の質問ですけれども、これいかがでしょうかね。皆さん何をもって休んだと言えるのか。よくコーチングの学びをしていく中でも旗とはかりとあって、これははかりの部分になるかと思うんですけれども、一番皆さん苦戦しますよね。
はかりが何か捉えづらいみたいなところが皆さんあると思うんですけれども、何をもって休んだと言えるのか。そうですね。そもそも休む目的に結局つながってくるのかもしれないですね。
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何のために休むのかというところにもつながってくると思います。僕はこのことを考えるときによく使う例が、健康の基準みたいなところをすごく考えた時期がありましたっていう話をするんですね。
学生時代、大学生時代ですけれども、もともと僕のバックグラウンドがスポーツ医療のバックグラウンドを持っていて、アスリートの治療とかリハビリをするスポーツの医療スタッフみたいなことをしていたんですけれども、なのでアスリートのコンディショニングや体を調節したり怪我したところを幹部を治療していったりする中で、
アスリートって本当に肉体的パフォーマンスを最大限に発揮するために全てのコンディションを整えてそこに向かっていくということをするんだなということを身近で見ていました。それが思考や心のコンディショニングもまたもちろん体のコンディショニングも全部真偽体みたいなところですよね。
していくことでパフォーマンスにつながっていくと。それを見るときに、人の健康な状態の基準って一般的にはすごく本当の基準よりも低くなってしまっているんだなということをすごく考えさせられたことがありました。
一般の人に健康ですかみたいに聞いたときに、健康の基準は多くの人にとっては痛みがなかったり日常生活に支障がなければ自分はそれなりに健康と言うと思います。なので、ネガティブがないみたいなところですかね。今の日常に支障がないみたいなところがある意味健康の基準、一般的な健康の基準の中、共通理解みたいなところですね。
WHOの話とはまた基準とはまた別の話で、一般的にどう考えているかみたいなところ。概念的なところですかね。でも、アスリートとかを見ていくときに、あ、体ってこういう、そもそも設計、体の機能や設計から考えたときに、設計には意図があって、その意図がある意味体現される、発揮されるところがある意味その設計、
設計が初めて生きる前提条件みたいなところになると思うんですけれども、体のことを言うのであれば、ある意味体も心も思考もすごく健康、ネガティブじゃないだけじゃなくて、体もすごく動ける状態や適度な伸縮性ですかね、ストレッチがちゃんとできていて、しゃがめる。
今、ほんと最近しゃがめない人とかいるんですよね。びっくりします。コンビニの前でしゃがんでいた学生時代を過ごしていた方もいらっしゃるかもしれませんが、いわゆるヤンキー座りみたいなやつが、僕もそういうトレーナーとかやってた時期あるので、じゃあちょっとしゃがんでみましょう。しゃがめてしゃがめないっていう。
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空気椅子から下に行けない。もう座ることに慣れすぎていて、仕事でずっと座ってパソコンとかやっていると、寝癖とかになってくるのは一つですけれども、同時に筋肉が硬直しちゃって、空気椅子の状態よりも下に行けないっていう。びっくりしますね。
話が逸れましたね。ヤンキー時代を懐かしく思い浮かべていただける方は嬉しいことですけれども。そういうことじゃなくて、体のもともとの機能。例えばしゃがむことでジャンプが高くできるとか、速く走るためにとか。
それと同じように、そもそも人がパフォーマンスを発揮していくにあたって休むっていうことは、プラスアルファで重要なことというよりは前提条件みたいなところがすごくあると思います。
なので、そもそもパフォーマンスを発揮するということに関する概念であったりとか、健康の概念だったり、そもそも何をもって生きていると言えるのかって生きるの概念とか、本当にいろんな見方ができると思いますけれども、何をもって休んだと言えるのかっていうところに関して言うのであれば、
しっかりと自分の思考や心や体が自分が持っているポテンシャルを発揮できる分まで整えられていることで初めて休んだと言えると。
なので、頭がいっぱいであったり、すごく疲労、慢性的な頭が疲れているとか、すごく思考が散漫しているとか、なんか一つのことに集中しようとすると他のことを考えてしまうとか、なんかそういうまた心のことで言うのであれば、
なんかある意味無意味なことというか、自分の中で生産、自分の考えの中での生産性にひも付かないことをしようとすると、心がザワザワしたりイライラしてくるとかもそうですね。
なので、例えば他の人の話を永遠と聞かされるみたいなところで、やりたいことあるのにとか、これが何のためにやってるんだみたいなところで、そのある意味生産性につながらない活動はイライラするとかも健康の基準からは少し外れている状態ですね。
とか、体、肉体的にも、ただ痛みがないとかだけじゃなくて、体のがすっかりと伸びているというか、ところもそうですし、適度な筋肉がついている、またエクササイズを適度にしていくことで、心拍であったりとか、また血流であったりとか、さまざまな領域においてうまく活動できる状態になっている、酸素がちゃんと送られていることもそうですし、
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鉄分が十分あることで、気持ちもまた体もまた思考も一日を通してしっかりと動いていく、酸素がちゃんと供給されるということですよね、であったりとか、さまざまなことがあると思うんですけれども、そもそも人が持っている、また私たち一人一人が持っているポテンシャルがしっかり休んでいないと発揮されない状態になっている。
ほとんどの人は、多分この社会の9割以上の人たちは、多分慢性的疲労な状態だと思います。
なので、休むということは2つ目にもつながってますからね、目的というところですけれども、何を持って休んだと言えるのかというところですけれども、本当に全ての領域が良い状態になっているところまで休んで初めて休んだと言えるし、またそれがある意味、自分がパフォーマンス発揮していく、最大限自分の命を使っていく、最大限自分が生きていく、
どんなビジョンに向かうにしても、どんな活動をするにしても、例えば子育てにしても、本当に子育て中のお母さんとかですと、自分の時間を取るということが難しいだけじゃなくて罪悪感を感じるという方がすごく多いんですけど、罪悪感を感じることも多いですし、また思考にもよげられないという方も多いですね。
5分あったら洗い物をしたりとか、これをもう1回洗濯機回したりとか、そういうふうなやることに追われてってあるんですけれども、休むって誰のためかって思うときに、自分のためと思っていると休めないけれども、休むことって周りの人のためであって、また人生のためであるというふうに思います。
休んでないと周りの人にちょっと迷惑かけたりイライラして、人に当たってしまったりとかするので、何のために、誰のために休むかと思うときに、お互いのために、夫婦とかでしたり、また仕事だったら仕事の中でパフォーマンス発揮するためにしっかり休んでくださいというのもそうですし、その人の人生に寄り添うのであれば、その人の健康や喜びのために休んでいく。
休息がなくなっていくと心がだんだん固くなっていくので、喜びを感じることも少なくなっていくし、逆に悲しみとかイライラを感じることも少なくなっていく。心の触れ幅が減っていくんですけれども、本当に淡々と生きていて、それをもって本当に生きたと言えるんだろうか。
心の柔らかさ、豊かさなくして、本当に人生終わるときに生きたと言えるんだろうか。経営者側やその場を作る側として、そのような心を固くしていったり、疲労を通してその人の家庭が壊れていったりとかしていくとか、本当にいっぱいあると思うんですけれども、本当にたくさんストーリーが聞きますね。
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仕事で疲れすぎて家庭が壊れていくっていう。それに加担してしまうような環境を作っていくことは本当に価値あることなんだろうか、みたいなところですかね。
そして自分が休まない選択を、休むことに気遅れすることは本当にそれは良いことなんだろうかと言いますか。休むことを犠牲にしていろんなことをしようとするとか、これやらなきゃいけない、あれやらなきゃいけないからと悪性が働くことって本当に良いことなんだろうか。
みたいなところは問いとしてすごく考える価値のあることかなというふうに思います。
そもそも休むとは何かというところや、何をもって休んだというのか、休む目的みたいなところでなんとなく話し始めてみましたけれども、もう一つ僕はよく使う研究があるんですが、テキサスのヒューストン大学のソーシャルワークの学部の研究教授のブレネ・ブラウンという人がいるんですけれども、
その方の研究の中で心豊かに生きるウェルビーングの指標みたいなところの10項目の中の一つにおいて、その休息ということはあるんですけれども、休息を大切にすること、その休息を大切にすることを深掘っていくときにそれを妨げる価値観みたいなところが言語化されてきました。
それは何かというと、忙しさや生産性が高いことに価値を感じるというマインドセットですね。そのマインドセットでどういう考え方をする人かというと、自己価値、自分の価値ですね。自分の価値はどれほど多く持っているかであり、生産性の高さで決まっていくと。
なので、いろんなタスクをたくさん持っている、やることはいっぱいあるとか、また生産性が高いということで自分の価値は決まっていく。なので、すごく多くのことを生産性高く仕事できるとか、日常の中で全部凝縮して、最近はコスパならぬタイパーみたいなのがありますよね。
時間で、中で効率的に活動していくということ。それもここの価値観をある意味助長することだと思いますけれども、その生産性が高かったり忙しいことに価値を感じる。やることがたくさんあるけれども時間が足りなすぎてto-doリスト以外のことをすることにストレスを感じてしまうとかもそういうマインドだそうですね。
自分がやりたいこと、やるべきこと、それ以外やることにストレスを感じてしまう。
究極の日本的な言葉は家族サービスってやつですよね。家族サービスを僕初めて聞いたときにびっくりしましたよね。家族サービスっていう言葉ってなんだ?家族にサービスをするという概念自体がすごく不思議だなというふうに僕自身は思った。
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特に海外が長かったのでその価値観のギャップにっていうところですかね。それをすごく否定するということではなくて、でもその価値観がすごく日本的で不思議だなと。
なので家族と共に時間を過ごす家族が喜ぶことを一緒にしていくということはある意味自分の時間を切り売りしてある意味我慢じゃないですけれども何か提供するそこに自分が与えていくみたいな。
自分の喜びではないということですよね。なのでここのやることがたくさんありすぎてストレスを感じるというところも一つあるかと思います。またもう1時間頑張ろう睡眠不足は週末に取り返せばいいみたいなところで何かその休み休息を犠牲にしてまた後でそれを取り返すという姿勢の中で何かをしていくみたいなところですね。
まあでもこの忙しさのマウントとか生産性のマウントってめちゃくちゃ多くないですか。やっぱ先週はもうほんと忙しくてもう全然ご飯を食べる暇もなかったみたいな。それはなんか大変だったみたいな感じだけどなんかそれをなんかちょっとすごいだろうじゃないですけど。
なんかそんな風に語ることってなんかあるなぁと思うんですけれども。よくよく考えてみるとそれ僕前考えたんですけれどもなんか自分の忙しさをひけらかすことって逆にちょっと恥ずかしいことなのかなって思っていて。
まあ違う見方をするのであればリーダーシップという表現がある中リーダーシップはまずセルフマネジメントから始まるとセルフリーダーシップから始まると。なので自分の体や心思考を自分でちゃんとコンディションを整えて自分がリーダーシップを発揮していくために重要なところまで必要な状態まで自分が自制をして持っていくことができる。
そのスキルもリーダーシップの中である意味一番初めに必要なスキルですね。人を変えるとか導くよりも自分が自分をまず導くスキルがなくしてどう人を導けるのであろうかみたいなところですけれども。
そういうことを思うときにこの忙しさがひけらかすようなところがあったときにまず自分が自分のマネジメントできていないということのある意味現れ自分の中あんまり良くないところ恥ずかしいところと言いますか至らないところをそれを人にそのまんまひけらかしているかのようで。
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なんか僕はすごくそれにいつも違和感を感じるんですけれどもそれってなんか自分が自分のことを兼ねできないって言ってるのと一緒じゃんみたいな。なんか食べ過ぎて太っちゃいましたみたいなことをなんかすごくなんですかね嬉しそうに話すみたいな。
でも本当にそれがなんかそれが体の中でそれを自分が受け入れているのは全然いいんですけれども、それで例えば糖尿病になったりとかなんかそういう支障が生まれるほどにそうなってしまう。つまりそれはある意味自分がでも自生をするっていう選択をしなくてということになるので、それはある意味自業自得っていうとあれですけれどもなんか自分でコンディションを整えることが重要であるみたいなところだと思うんですが。
同じようで忙しすぎて大変でみたいなところである意味そこをちゃんと自分でコントロールする対話が人とできなかったり自分がそこに人に言えなかったりまたそれを自分が大切にしていなかったりしているみたいなところである意味アドレナリンが出てなんかそれを価値と脳が錯覚してしまうみたいなところはあると思うんですけれども。
でも本当の意味で人が自分の人生をしっかりと生きていく豊かに生きていくというところにおいては休息というものはオプションではなくてマストなものであって何者にも変えることができない前提条件であるというところはある意味研究が表しているところでもあるので。
そのマインドセットがやっぱり休むことを阻んでいるというのがその研究で見えたというのはすごく面白いことだなと。
すごく耳が痛いなというふうに思いますけれども同時に考えさせられまたその休息をある意味人生の中心に置いていく最後の選択肢とか時間があったらじゃなくて自分がある意味生きるということにおいて前提条件においてまたパフォーマンス発揮するということを前提条件において一人一人が休息を取れるような家族だったら家族会議をしてそういう順番を持っていくとか
そういうふうなことを重要にすることを中心に置くことでみんながハッピーなウェルな人生を過ごしていくことができるその優先順位がまず大事であるみたいなところがこの休息ということの考え方の少なくとも僕が思う部分の話であってまた
コーチングを提供していて導いていくときに前回でちょっとお話のつながるかもしれないですが主観的価値と本質的価値みたいなところでその人が目指していきたいところに関して進んでいくにあたって
主観的価値ですよねゴールを目指していくとそこに達成していくと同時に本質的価値みたいなところで本当にその人にとって良い状態ウェルな状態みたいなところその人がより良いその人らしさに近づいていくというところ
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健康に近づいていくということも含まれますねそういうところが本質的価値であるときにこの休息という理解をどのようにコーチがしているかによって
主観的価値は追いつつもその本質的価値をある意味から離れていくような対話をしてしまうこともありますし同時にどういうふうに人が休むかということをサポートしていくにあたっても自分の中で休息に関して休むということに関しての思考の整理ができていないと
コーチングも少し乱雑なコーチングになっていくとあるので皆さんの中で休むってどういうふうに考えているか何をもって休んだと言えるのか休む目的は何かそして自分の中で優先順位ってどういうものだと思っているんだろうか
今日お話ししたことをちょっと刺激として捉えつつそれを元に皆さんちょっと考えてみていただく中でそれを先ほどちょっと話したように自分がそれをどれくらい体現できるかというところにも進んでいくような
そんなきっかけにしていただければなというふうに思います
CAMは2005年にアメリカにて設立され3000人以上のプロコーチを輩出してきたICF認定コーチングスクールです
CAMやその日本支部であるCAMジャパンについて知りたい方はcamjapan.jpで検索ください
それではまた次回お会いしましょう