皆さんのひとときにお邪魔します。 CAM ラジオの次男です。 CAM ラジオは、コーチングを軸にリーダーシップや組織開発、人間関係や生き方まで、さまざまなことについて考えていくラジオです。
本日は、CAM Japan スタッフのノリエルがお送りします。 そして、本日のゲストはですね、
最近、うちの娘がね、誕生日だったんですけども、 娘が大好きなものを覚えててもらっていたのか、
エルサなんですけども、エルサのレゴのブロックを プレゼントしてくれた方、そんな方をお招きしています。
もときさん、よろしくお願いします。 プチ情報、よろしくお願いします。
ちょうどCAMの6周年の当日が、ノリの娘さんの誕生日で、
もともとね、娘さんが来る予定だったけれども、ちょっと当日、
いろいろあって、これ無くなって、みたいので、ちょっと渡すのが遅れちゃったけど、
もともとアイデアは私というよりも妻で、 ノリさんの誕生日だなって言ったら、
じゃあ持ってこいよ、みたいなところで、 めちゃくちゃ余談なんですけど、
妻はもともと、そういうふうに人に渡すとか、あげるとか、 結構そういうのが得意な人とかいれば、
そうじゃない人、全然思いにも浮かばないし、 なんかわざわざいいよ、みたいな、
そういうタイプがいると思うんですけど、 妻は校舎の方で、全然人に何かをあげるとか渡すとかで、
喜びを感じるタイプではなかったんだけども、 妻の前職が保育士をしてた時に、
保育園の園長先生や運営ファミリーで運営されてたんですけど、 ファミリーの人たちはめちゃくちゃ与える心を持ってて、
ことあるごとに、なんかもてなしたり与えたり、 もちろん見返りとかも考えずにというか、
それが喜びの人たちで、 その人たち、3年間くらい働かせてもらって、
そこから人に何かを共有したりあげたりとかするのを、 すごく喜びにだんだんなっていって、
それが、彼女の中の変化があった上での、 パッと思いつきで、
面白いですね、そういう環境や周りの人とか、 関わる人の中で変わってくる。
ありがとうございます。
すごい、ずっとここ数日はそれで遊んでますね。
本当嬉しい。
他にもブロックあるんですけども、 エルサのパックに入ってたブロックでしか遊んでないです。
これ悩んだんだよ。 エルサは決まってた。エルサ関連みたいな。
でもやっぱりエルサ好きを知ってたからさ、 水筒とかありそうだなとか、
これハンカチとかありそう、ワンチャンあるかもなとか、
で、思った時に、遊べて同時に、 まだもしかしたら持ってないかもを狙ったらあれになった。
おっしゃる通り、水筒もあるし、 キックボードみたいなのもあるじゃないですか。
あれもエルサですし。
作戦がハマりましたね。
では本題に入っていけたらと思うんですけども、
今日は久々にCAM本国の方のブログから1個持ってきているんですけども、
タイトルだけちょっと私の方でお伝えしてしまうんですけども、
タイトルがですね、
コーチングを提供することがどのようにコーチ自身の変化を導くか、
というテーマで話していけたらと思います。
CAMっぽいですね。
確かにね、こういうこと書く記事ってあんまないですよね。
日本語にはあんまり見ないなっていう感じがしますね。
コーチングを学んだ人たち、学ぶ場所にもよるかもしれないけど、
でも一定学んだ人たちは提供している人たちはみんな同意するというか、
コーチングを学んでいって、コーチングを提供するようになって、
自分自身もこう変化したなみたいなことは、
どういう変化があったかを挙げつしていくときに共感したりとか、
そうそうそうって思うかなと思いつつ、
でもそれが一般にというか、価値として共有されていないのか、
コーチングを学ぼうと思うきっかけがほとんどの場合は、
自分が成長したいというよりは、
より周りの人たちとのコミュニケーションや部下の育成とか、
家族でのとか、より身につけて使うツールみたいな感じで、
レベルアップみたいな、他者へのインパクトにやっぱり意識が向きがちなので、
あんまり見ないなって思いつつ、
けっこうキャムはそこの部分の一貫性というか、
自分自身の変化や成長と対峙し続けつつ、
コーチングができるっていうことというよりは、
コーチングになるという表現をこちら使いますけど、
コーチングができることとコーチングになることは別で、
コーチングができることはそれがスキルを使ってフレームワークを使って、
人の変化を導くが一つだけども、
コーチングになるはより人としてコーチングの生き方、
あり方、一貫性、自分自身の変容、柔軟性、謙虚さ、
そんなものを身につけながら変化、変容を自分自身の内側から導いていくみたいな、
それを体験しつつ他者に対峙するみたいなことがあったりするので、
ここはキャムが大事にしていたらキャムらしさが現れる内容だなと思いながら、
それを本国からちょっと持ってきて話せるのが嬉しいなと思っています。
いいですね。キャムらしさが前回のエピソードですよね、ここね。
では、3つのポイントがあるので、そこを一緒に掘っていけたらなって思うんですけども、
ここからもときさんにお願いしてしまおうかな。
いいですよ。
最初3つのポイントだけちょっと共有させてもらいながら、
俺とのりの体験談を交えながらちょっと1回それを紐解いていくことができればなって思うんですけど、
順番に3つ1個ずつっていうよりは3つのポンポンポンと出しながら、
これあるなーみたいな感じでそれぞれしゃべっていく体験談から紐解くと。
皆さんも聞きながらコーチングを学びつつ提供しつつ、共感するなってことがあって、
確かにそう言われてみるとそうだなっていうのもあると思うし、
ちょっと一緒に味わいながら巡らしていければなと思いますが、
3つまずポイントを出すと、ブログで書いてくれていたのは、
コーチングを提供する中でコミュニティや人々に対する理解がまず変わっていくっていうのが1つ目ですね。
そして2つ目がコーチングを提供していく中で、
自分の中で起きている気づきをどのように管理するかが変わっていく。
そして3つ目ですね、コーチングを提供していく中で、
どのように自分自身の責任範囲をマネージするか管理するかが変わっていくみたいなことで、
ちょっとずつ触れていくと。
コミュニティに関しては、コーチングを提供していくと今まであまり対話したことがない人たちとか、
深く関わったことがない分野の人たちや状況のまたポジションの人たちと対話することが増える中で、
違う自分自身にとってはあの人たちとか、
自分の枠の外の人たちという印象から、
よりその中の人たちの思いを理解できたりとか、状況に共感することができたりとかすることで、
自分自身の元々の枠の範囲の外の人たちがもうちょっと身近に感じたり、
そのイメージが自分の中で変わっていったり、
コミュニティや人々と共に生きる、共に伴走するってどういうことなのか。
もっと言うのであれば、それを通してコーチとして自分がある中で、
人や社会とどう共に対峙し生きていくのかっていう概念がちょっと広がっていく、
そんなイメージがあるかなと。
2つ目の気づきの管理みたいなところに関しては、
人と対話していくときに誰かから相談を受けたりとか、
今までコーチングまだ前とかだと、
こうじゃない、ああじゃないみたいな風に、
これ思ったんだけどとか、
なんか普通にアドバイスしたり提供したり対話したりすることがあるけれども、
コーチングの中で気づきっていうものが、
いや自分の中で起きた気づきですね、
コーチが話を聞きながら、
その時にこれって言う必要があるのかなとか、
言う必要があるのであれば、誰がそう伝える必要があるんだろう、
どのようにこの気づきを共有する必要があるんだろうかとか、
どの相手の状況や状態を解釈しつつ、
その中でどのようにこの出し方や関わり方を変えていく必要があるんだろうか、
みたいな風に、こう思ったみたいなことをポンと出すというよりは、
それをどのように管理して対話で使っていくかとか、
そこのポイントが変わっていく。
最後ですね、責任に関しても、
このコーチの責任を考えていく時に、
もちろん目の前の人の変化、クライアントの変化、
またゴールの達成みたいなところに一定責任を共に追いつつですね、
追いつつ、でもどの部分の責任が自分が追うべきもので、
どの部分が本人がそれをしっかり追うことで、
本人の成長につながるんだろうかとか、
より本質的な対話につながっていくんだろうか、
相手にとって本当の意味ではベストなのかとか、
その責任の範囲と誰がどのように、みたいなことが変わっていったり、
この責任とか、そこと向き合う覚悟とかが必要になる時に、
どのように対話し扱っていく必要があるんだろうかとか、
その結果や成果を見ていく時に、
それって誰の責任から生まれた成果なのか、
相手が対峙したゆえに生まれたことなのか、
自分がコーチと優秀だから、
これは自分の成果であって称号だ、みたいな風に捉えてしまうのかとか、
その辺の責任の範囲や相手との関わり方の距離感みたいなところが
変わっていくみたいなことですね。
順番気にせずノリの中で聞きながら巡ること、感じること、
キーワードから拾ってもいいですけど。
まずコーチングにすぐ影響したのは、
2番と言いますか、気づきをどのように管理していくかみたいなのは、
まず一番最初に自分を変えてくれたところだなっていうのはありますね。
自分はコミュニケーションの中で思いやりを持ちたいって思いながら、
ずっと過ごしてきたわけですけども、
思ったことに対してどう出せばいいんだろうみたいなところが、
今まで分からなかったのが結構あって、
分からないからこそストレートに言うしかないみたいな感じだったので、
そのストレートになるがゆえに、
やっぱちょっと雰囲気乱しちゃったなみたいなことだったりとか、
コーチングの中でもその直感をそのまま使っていくときに、
ちょっと強すぎたかなっていうふうに思うこともある中で、
ここはすごく磨かれているなっていう印象ですかね。
コーチングならではの独特な関わり方というか、
こんなこと今感じたんだけども聞いてみてどうですかみたいなことって、
それを相手に渡すというよりは、
テーブルの真ん中に置くみたいな表現を私たちは使ったりしますけど、
そのテーブル真ん中に置きつつ、それをどう思うか、
そのこと自体を相手は受け取るかどうかではなくて、
それを聞いてみて本人の中でどんな思考が巡ったりとか、
全然違う、それ聞いてみてもうちょっとこっちかも、ちょっと違うなとか、
それが刺激となって本人の中での思考が進む材料として、
自分の気づきを扱っていく。
相手に伝えるものというよりも、材料として相手の思考を促すきっかけを作るみたいな、
その関わり方が変わっていくとか、
その認識がその気づきを共有するということの意図がそういうふうに変わっていくと、
こっちもあまり傷つかないというか、別にこれを理解してほしいみたいなふうに頑張って伝えようとするんじゃなくて、
本人の中では今何が起きてて、
この自分の中で起きている気づきがどのように相手の思考を促していって、
それ故にどのような方向に対話が進んでいくかみたいなことをある意味観察する側に
コーチが向いていくみたいなのはすごくコーチングを学んでいく中で、
コーチの変化や成長を促していく。
それがコーチングの中だけじゃなくて、人と対戦するときに、
相手の中にあるものを尊重したり、相手のプロセスを尊重するみたいなふうに繋がって、
コミュニケーションしやすくなるというか、生きやすくなるというか、
そんな感じもありますよね。
そうですね。本当におっしゃる通りでコーチング以外でも、
ライブコミュニケーションが楽になったなという印象ですよね。
一例で言うと、どういうときにそれを感じます?
働いててもミーティングのときに思うこととかも、
なんですかね、一回出してみるみたいなのは。
僕は絶対やらなかったので、そういうの。
思っててもあんまり言わない方だったので、
そこが一回出してみて、それがどうなるか。
自分がどうっていうよりは場がどうなっていくかみたいな視点で
投げるようになったなというのは思いますね。
意見を言うというわけじゃないんですけども、
テーブルの真ん中に置く感じなんですけども、それこそ。
それによってミーティングの、
自分の向き合い方も変わったんじゃないかなとは思います。
それ聞いてて、ふと思い出したのが、
ちょうど昨日受講生からの質問であったのが、
コーチがコーチングを学んでる人がですね、
別にコーチングの文脈じゃなくて、
普通に仕事の文脈の中で、ミーティングの中でそれこそとかで、
コーチングを学んでるからこういうことを感じたんだけど聞いてみてどう?
みたいなふうになった時に、相手がその問いかけられ方とか
問いかけの意図を理解してないと、
気づきの共有ではなくて、それこそアドバイスとか、
鵜呑みにしてしまったりとか、これどう反応すればいいんだろうって、
違う方に思考が向いてしまったりとかしてしまうことがあって、
その辺、どのように関わっていくのがいいと思いますか?
みたいな、そんな質問をいただいたりしたんですけど、
今、ノリが出してくれた例もそうだけど、
こちら側がそれに慣れていくのもそうだし、
そのプロセスの中で、ちゃんと問いを受け取る側の、
教育っていうとすごく強く感じるけれども、
問いの受け取り方や、問いを投げかけられた時に
どのように思考を巡らすと、この問いが意図している
対話の形を作っていけるか、みたいな。
あれはコーチングの簡単な説明であったりとか、
また、これって別にアドバイスがそういうことをしてるわけじゃなくて、
心から、これ聞いてみて、あなたが今どんなことが巡るかを
そのまま出していいことなんだよとか、
それは刺激として使っているだけであって、
これについて本当にどう思う?って、
その問いに答える必要はなくて、
それ聞いてみて、こんなことも受かりました、
こんなことも受かりました、みたいな風に自由に話していいんだよ
っていうことがアグリメント取れていないと、
相手もちょっとわたわたしちゃったり、
逆にどうすればいいんだろう?みたいなのが生まれちゃうので、
でもそこもコーチとして成長していくときに、
自信を持ってそういうものを伝えていったり、
場を作っていったり、人がそのように対話していくことをサポートしたり、
みたいにできるようになっていくのはすごくあるなあ、
というのが思いますね。
そう思います。
枕言葉はすごく重要ですね、確かに。
めちゃくちゃ重要だよね。
同じ問いを投げても枕言葉次第で全然その問いの方が変わるみたいな。
逆に混乱させるみたいなね、ありますよね。
いいですね。
気づきの管理の仕方っていうのが一つ。
自分は結構コミュニティの理解、
コミュニティや他者の理解が深まるは、
もともとそれを目的にしていなかったけど、
それを通して自分がすごい成長したなって、
自分で言うのもなんだけど、すごく思うようになったかなあ。
そうなんですね。
やっぱり無意識の中で自分の知っている世界の範囲の中だけで
人をジャッジしたりとかしていくことってすごくしていて、
SNSなんかもそれの宝庫というか、
本当に相手のこと知らないのにめちゃくちゃディスったりとか、
ジャッジしたりとか、外から物言ったりとか。
言いたくなる気持ちも分かるっていうか、そう見えるよねとか。
でもコーチングでいろんな人と対話していくと、
でもこの人もそう言いたくて言ってるわけじゃないかもしれないしとか、
言い方が悪いだけで思いは純粋かもしれないしとか、
極論この人が今このような思考状態になっていることは、
この人の過去の経験とか出会ってきた人々であったりとか、
受けてきた仕打ちというか、影響によってこういう思考状態、
ロールモデルとか良い関わりを受けたことがない人が
それを提供するってことは難しかったりするので、
自分の体験したことのある最大の促進的安全、また豊かな関わりの最大しか
自分は提供できないみたいなことを前提に置くのであれば、
もちろんそれで人が傷ついたり、良くないことが起きていたら良くないけど、
同時に一概に全部この人が悪いとか、わけじゃなくて、
自分も同じ環境で育っていたら同じ状態になっていただろうなとも思うし、
その相手の立場に立ったらすごく自分もそれ以下になる可能性も全然あるし、
みたいなところがいろんな人と対話するときに想像できるようになったり、
受け止めることができる中で、自分の人生の中でも、
はぁ?って思うようなことが目の前で起きたり、そういうことを言われたとしても、
それにイラッとする、そのままイラッとするというよりは、
なんでこうだったんだろうなっていう好奇心にちょっと向くように。
もちろんはぁ?って思ったらはぁ?って思うけど、
なにこいつ、みたいな。思うことは全然あるけど、
でも、一度立ち止まって考えて巡らせるみたいなことは、
コーチングを提供するようになって、すごく変わったなって、
自分で言うのもなんですが、思いますね。
いや、意外ですね。
なんか、もともとそこ、なんすかね、もときさんは、
トレーニング、トレーニングって言い方なんですけど、向き合い続けて、
コーチング学ぶ前からそんなイメージがあったんですけど、
でもコーチングを通してだったりとか、
身がかり、学んでいったって感じなんですかね。
そうね。行って、もちろん大学時代、いろんな海外だったんで、
友達は中東の友達とか、ラテンの友達とか、
いろんな人たちともほぼ共同生活をしながら、
対話しながら、ぶつかりながらってしてたから、
多様な価値観の後ろにはそれぞれの文化や背景があって、
みたいなことは言ってあったものの、
でも同時に、やっぱりこれって諸刃の剣で、
自分の信念やビジョンや価値観や大切にしたいこと、
社会に伝えたいことが大きければ大きいほどというか、
強ければ強いほど、それに準じないというか、
枠に当てはまらない、また逆にその逆をしている、
自分がこれを社会に見たいと思っているものと逆をしている人を見ると、
やっぱ、ダメだなあいつみたいなのとか、
分かってねえなあみたいなふうにすぐジャッジしちゃう、
みたいなことが起きていくので、
そのバランスというか、その辺はすごく鍛えられたというか、
コーチング、さっき冒頭に触れたように、
いつも話さない人と話す機会があったり、
自分のサークルの外の人たちと話す機会が
結構多いので、
それはすごく自分自身の成長や学びにつながったなあというのは
めっちゃ思いますね。
確かに。
なるほど。
ですね。