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皆さんのひとときにお邪魔します。 CAM ラジオの次男です。 CAM ラジオは、コーチングを軸にリーダーシップや組織開発、人間関係や生き方まで、様々なことについて考えていくラジオです。
本日は、CAM Japan スタッフのノリエルがお送りします。 そして、本日のゲストは、CAMJapan のですね、運営スタッフ陣の中でですね、
この方はよく、皆さんにですね、予定の確認だったりとか、提出物の期限だったりとか、よく詰められている、そんな方をお招きしております。
もどきさん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、そうですね。確かに、確かにと言いますか、確かにとか言ったら怒られますよね、またね。
自覚がないのか、みたいな。
そうなんですよ。
比較的皆さん、優しいので、初めの頃はあんま言わないんですけど、忙しいだろうしとか、なんかいろいろご配慮くださってくれるんですけど、
私は逆にいろいろ言ってほしいタイプというか、めちゃくちゃ言われてもあんまり、なんなら助かる、ありがとうタイプだったりもするので、
それの度が過ぎると逆にムカつかれると思うんですけど、もうちょっと危機感じゃないけれども。
でも、忘れちゃうことは多かったりして、よくそれを皆さんに詰められ、すいませんってよく皆さんにお伝えしつつ、
でもなんかそれを皆さんが理解してくれている中で、いろいろよりリマインドしてくれるようになったりとか、
あんま言っちゃったら申し訳ないかなみたいなふうに最初皆さんきっと思うんですけど、だんだんそれも思わなくなり、
そんなみんなに助けられながら、結構ある意味賭けだらけじゃないですけど、よくやらかしているそんな私でございます。
目立っちゃうだけだと思うんですけどね、やっぱり、いろんなタスクがあるんでね、量も多いし。
優しい。
でもね、これはリーダーシップとかマネジメントとかの中では、やっぱりボトルネックに私がなってしまうっていうところは、
いろんなところに通じて他の人もそこの役割を担っている人が止まると何も進まないとか、そういうところは結構、
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よくあるあるだったりもするかなというふうに思う中で、みんな本当にいろいろ頑張ってくれて、いろいろやってくれている中で、
私のところでボトルネックになるべく止まらないようにと思いつつ、やっぱり自分が見えている重要度の範囲と、
実際に自分が手をあまりつけていない、また参加していないミーティングとかを受けている中で、
その自分の持っているものと、この方々が投げてくれているものの重要度の優先度とかが見えづらかったりもする中で、
無意識のうちにちょっとそれを後回しにしてしまって、いつつそれ、いやもうちょっとこれ結構大事なんだけど、みたいな言われながら、
そうなんだ、ごめんごめんって言いながら、やらせていただいております。
どうでしょうかね、皆さん。意外な一面を見れたのでしょうか。
意外なんかでも適当そうなイメージあるんじゃないかな。
えー、適当のイメージは僕だと思ってるんですけどね。
あ、ノリが適当、まあラフ感みたいな。
ラフ感。そこになってるのは僕だと思ってます、勝手に。
そこで言うと一番しっかりしてるのって誰なんだろうね。
アスカさん?
アスカちんか、まあね。
ユイさんもしっかりしてるよね。
してますね、しっかり。
ちゃんとなんか、テンポよくいろいろ上げてきてくれる。
お願いしたこととか、なんか。
しかも結構、あの、多分ちょっと、なんだろう、しっかり、完璧主義ではないけれども、
でもなんか、しっかりやるタイプだったりもするので、
上げてきてくれるものも全部、しっかり考えられて質がいいみたいな。
ねえ、いいっすよね。
うん。
じゃあ、適当な2人でここは喋って。
そうですね。
あの、今日のテーマもですね、あんまり実は決まってないというか、テーマは決まってるんですけども、
内容はもう本当に何もね、決まってないんで、その適当さが出ちゃうのかもしれないんですけども、
今日のテーマはですね、テーマというか、あの、励まし会になります、皆さん。
なあ。
っていうのは、まあ僕、コーチングね、クラスをやっていくし、またコミュニティでですね、
あの、まあ、ノリの部屋だったりとか勉強会だったりとか、さまざまなところで皆さんとお会いするんですけども、
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まあ、あの、喰らってたりするんですよね。自分のコーチングのあれが、こんなクエントさんがいて難しかった、みたいな感じでですね、
声かけていただけるんですけども、皆さん大丈夫ですよ。
はい。
もうこの一言に尽きてしまうんですけど。
そう、なんか落ち込まなくていいよねっては思うんですけどね、それをちょっと、もうちょっと広げて話していけたらなって思ってます。
この導入の適当さがあるという導入がプラスと出るかマイナスと出るか、絶妙な内容です。
なんか適当なやつに言われてもみたいに思う人がいるかもしれないし、逆にまあこのラフなところから大丈夫だよっていうメッセージが出ることで逆に励まされる人もいるかもしれないし、ちょっとあの頑張って話していきましょうかね。
頑張って話していきたいなと思います。
でもその受講者の方々がいろいろコーチングでチャレンジしてみつつ、CAMのグラウンドルールの中にもカサブタを作りながらやっていきましょうというところで、結構カサブタをしっかり作って、それをそのまんままず出してくれて、その葛藤を持ってきてくれていて、
っていうところはまず、私このブレネ・ブラウンの研究者の方のコメントすごく好きなんですけれども、ちょっと的確に言えないかもしれないんですが、
勇気というコンセプト自体は弱さを感じることなくして存在しえないみたいな。なので、自分が弱さを感じていたり、あーダメだなーとか、あー難しかったなーとか、失敗したなーっていう感覚自体はすごく心地の悪いことではあるけれども、
それはある意味勇気を出したからこそ感じることができているという体験であって、それなくして人の成長もないし前進もなくて。なのでそれは逆にそれが嫌だから、年分いろいろな、例えば簡単な方法を選択してとか、なんかすごく形だけに入っていってとか、
あの方に行くことでは体験しえない深みや学びとか、また勇気を出して挑戦したというプロセスが存在しえない。逆にそれがないとクライアントさん、結構なんか急にしゃべりし始めちゃってますけれども、
コーチングばっかりやり慣れていくと、人の挑戦を励ますことに慣れてしまうんですよね。できるよみたいな。でも、自分がその人の価値にいると、結構私も最近個人的にすごく自分に成長が必要な部分であったりとか、
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葛藤であったりとか、いろんな事業の成長や方向性の中で自分自身が足りないなって思う部分、いろいろ感じることがあって、それの時に、でも自分が日々直面しているクライアントさんであったらもちろん受講生の方々の状況もそうだけども、
この感覚ではしんどいなーってすごく感じていて、でもその感覚からコーチが遠ざかっていけばいくほど、逆に人を励ますことに慣れていたり、自分がでもそこを苦い葛藤、痛みっていうものを直近でっていう、本当にその直近だけじゃなくても数年内ですかね。
体験している経験がないと、なんか危ないなじゃないけれども、いやできるよみたいな、なんか無責任とまでは言わずとも、相手の痛みに本当の意味で共感せず、相手のそれこそポジティブな意味での可能性だけを信じてじゃないけれども、
でも相手が今直面している状況の痛みや葛藤、苦しみみたいなところをある意味ちょっと軽く見てじゃないけれども通り越して相手を励ませてしまうような、そんな状況に簡単になり得るなっていうふうに自分もすごく最近思わされたところであったりもするので、なんかまずそこを通っていること自体をまず自分で褒めるみたいな。
いうことはやっぱ、自分もその中を通りつつすごく最近考えさせられましたね。
うーん、まあ、やっぱ何事も難しいですよね。
ね、なんか必ず、なんか進みたい方向に向かって歩んでると思うんですけども、うーん、まあそこに向かっていっていること自体がやっぱり素敵だなって思うしっていうところですよね。
うんうん。
ね。
ね。
まずベースとしてそこは、ね。
そうベース。
思いましたよね。
そこから先。
うん。
なんかちょっとですね、角度違うんですけど、皆さん考えすぎなんじゃないかとかも思ったりもしますね。
うーん。
っていうのは、コーチングにおいての話になってしまうんですけども、なんかまあ様々なね、講師のコーチングだったりとか、YouTubeのコーチングだったりとか、他の人のコーチングとか見ていくときに、
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なんか皆さん圧倒される感じがあるんですけども、いやまあ極論関係ないですよね、そっちね、そっちねっていうか、あのもちろん模範にするのはいいんですけども、
でもあなたがやりたいコーチング多分これじゃないと思うしなとか、
なんかその、何、周りじゃなくて、自分がどうありたいかみたいなところにフォーカスしてったら、なんか落ち込むんですけど、何ですかね、でもこれ僕のタイプなんですかね、進んでいけると言いますか、
はい、なので、まあでもいつも言ってます僕、あのいや、あのこれは僕は僕なのでとか、この人はこの人なので、この人の良さがあり、もちろん皆さんにもありますよねっていうのは、いつも励ましとしてはするんですけども、
はい、そこが一番思うかもしれないですね。
考えすぎだよって、考えすぎ、ちょっとごめんなさい、表現が合ってないと思うんですけども、なんか考えるところ違うよみたいな感じですかね。
その他者と比較して、とかまた理想の自分とその人が本当に生きる自分のコーチドウが乖離している場合もあると思います。
っていうその、なんかその自分の中でこういうコーチがすごいコーチみたいな、とか自分はこういうコーチになりたいみたいなところがすごく遠かったりちょっと斜め45度だったりするときに、やっぱ結局その葛藤や痛みっていうところはその理想とのギャップや自分の中でそれが他者であったとしても自分の理想像であったとしても、
そことの乖離で生まれる葛藤や苦しみだったりするので、これはゴール設定とか目標設定論的なところでもよく言われるんですけど、
自分の理想をすごく強く置きすぎてっていう表現が正しいかわかんないんですけど、そればっか見ているときにその人は日々また継続的に苦しみながら生きていく。
幸福度が下がっていくっていう。なのでもちろん目標設定しながらそれに対してワクワクを感じたりとかやる気を感じたりとかモチベーションエネルギー感を感じるために目標ってあるので、
それはそれを持つことはいいんですけれども、その目標が目的になって今との自分と対峙できなくなっている時点になっていったときにその本質的な今大切にするべきこと、今の自分の感情を授与しとかまた対峙しとか、
そして今自分ができていることに意識を向けとか、今自分にある環境に感謝を向けとか、そういうところで今に地に足をつけてっていう表現が正しいのかわかんないんですけど、今を生きるっていうそこの絶妙なテンション、バランス感といいますか、そこが損なわれていくことがあって、
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そうすると本末転倒っていう表現は正しくはないけれども、でもコーチングって目の前の人の今の現在を尊重しながらとか、そこと対峙しながら相手の同時に願いを言語化しつつ、そこに向かっていくことをサポートする、そのプロセスの中でも必要な心やその人のあり方の状態もある意味一緒に考え対峙していきながら、
その人の今のベストな一番向き合うべきこと、もしかしたらその苦しみと向き合うことがその人にとって必要なプロセスかもしれない。私が最近通ったようにですね、成長のためには成長のための痛みが伴うので、直面するべき苦しみがあるので、それを規定とかないものにすることでは全くないけれども、それも含め受容し今の自分を認めていくという心の器や幅みたいなことが、
クライアントにそれを提供するためにコーチを求められる、みたいなことは言ってあるかなと。それをめちゃくちゃ雑にまとめると、そんな考えなくていいんじゃない?っていう話になるってことですよね。
そうです。そういうことです。すごいですね。そこまで話してくれるの。でもそういうことですよね。なんかこの姿勢はコーチとしても生きるというか、コーチとしてクライアントに提供するものにも影響していくよねってこの、すいません、ちょっと大きくなっちゃってますけども、そのコーチングで落ち込むこのプロセスは、
その苦しみの体験は皆さんのその生き方や考え方に、なんかアップデートしてくれるものと言いますかね。そんなことを思いますよね。
でもそう思った時に、大丈夫ってノリが思えるその理由というか、なぜそれを大丈夫と言えるのか、またそのノリが今まで通ってきたプロセスの中で、結果的にこうなったからみたいなことも、例えばコーチングでプロセスを信頼するみたいなことも、なんか今相手は何を言っているのか、どんな背景でこの発言をしているのかわからなくてもとか、
相手の置かれている状況が、今自分が知っている状況とはすごく程遠い、例えば経営をしたことない経営者の話を聞いている時に、なんかいろんな用語とか出てきているとか、その人からはわからないけれども、でも何なら慶長にしっかり振っていきながら、相手の表情はその思いとかそこに寄り添っていきながら対応していくときに、背景がわからずともプロセスに信頼していって、どしっとそこに構えているときにコーチングが結果的にうまくいくっていう、
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経験を何度もしていくと、相手の課題解決を頑張ってしようとしなくてもいいんだ、課題解決のために背景の理解と、そしてそこに対する重要な分析と、そこに対する資材や解決策の提示とか、それを別にコーチがしなくても可能性はクライアントの中にあるから大丈夫なんだ、みたいな、なんかその体験をしていったことでプロセスに信頼するということが重ねていって、
その感覚が身になっていったのと同じように、このコーチング学習者がプロセスの中で葛藤する部分、それがどんなふうに、少なくともノリのN1の話の中では乗り越えられていったから、その乗り越えた先にいる状態から見ると大丈夫って言えるのか、
そのなんか、どんなとこがノリにとっては越えるプロセスやポイントだったのか、みたいなことをちょっと紐解くと、どんなキーワードやイメージが出てきます?
いや、それはですね、結局周りの人の励ましだったんじゃないかなって今思うんですけども、
なんか僕一人では多分それやっぱたどり着けなかったなって思っていて、やっぱ苦しいんですよね。
で、僕はね、一番最初通ったのはもときさんとの比較なんですよ、自分ともときさんとの比較。
で、それはもうすっごい差があったんですよね。
そういう中でも、なんすかね、ポイントは…
いや、二つなのかな。やっぱり一つ目は…
二つですかね、すいません。やっぱり励ましだなと思っていて、そこを…
なんて言いたいんですかね、ちょっと翻訳していただきたいんですけど。
結局ですね、受け止めてくれる人たちがいるっていう、安心・安全の場があるっていう確信ですかね、が一つ。
それが励ましにもつながってたりするんですけども。
で、二つ目は、やっぱり自分がどうありたいんだっけっていうのを、ただ模索し続ける。
そこの二つかなって思ってます。
広げがいのある二つだなと。
でも、順序的に触れやすい校舎の方からちょっと広げると、自分どうありたいんだっけの模索の中には、
それこそあり方のありたい部分もあれば、現状のせいの今の葛藤とかそういうものがあるときにそれをどう扱っていたかとか、
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あとはなんか、このスキル足りないんだよな、ここはできなかったなみたいな、よりすごくめちゃくちゃドゥイングの話もあれば。
どんなプロセスがそこの中に、自分どうありたいんだっけの中に含まれ、超えていったかみたいなことで言うと。
あのー、そうですよね。
ごめんなさい、真ん中忘れてしまったんですけど、ドゥイングとビーングの紐付けはやっぱり必要だなって思ってます。
なんか自分が、僕のお話だとやっぱり思いやりを表現したいっていうお話なんですけども、
じゃあ、傾聴や問いにおいて思いやりとは何か。
で、自分のその思いやりっていう表現は、最初の方やっぱり全然言語化できなくてですね、なんとなくだったんですけども、
じゃあそこがコーチング学ぶ中でですね、コーチ的ライフスタイルの中にクライアントの可能性を信じるとかあると思うんですけども、
そこがまあ、どんどん思いやりという表現がどんどんいろんな形で分かってきてですね、具体の。
もうちょっと具体的になっていって、それがスキルになって、より具体的な問いだったりとかも、
これって可能性を信じている問いなのかどうかっていうのを自分に問い続けていく。
なので、いつも僕、こういう質問していいんですかって言われるんですけども、
それはあなたがクライアントさんにどうなってほしいかから始まりますよねって。
そうやって、いいか悪いかは決めれますよって返すんですけども、そのまんま。
そこのドゥイングと自分のありたいビーングの紐付けかなっていうふうに思います。
それを考えないと、その周りにあるドゥイングだけ見ても、全然自分のビーングにつながらないくないかってなるんですよ。
はい。それはただの型を学ぶ、まあそれも重要なんですけども、
そこから出るには、自分らしさっていうのを表現するには、すごい必要かなと思います。
そこでいくと、なんか1個浮かぶ問いが、まあ、でもっていう表現をあえて使うから、
でも、その後の探求を自分でしつつ、でもコーチングを実際にしているときに、
うまくいかなかったとか、相手が満足しなかったとか、
他者や実態の評価のときに、まだそれが成果として、また相手の満足も含めて成果として上がっていないときのプロセスがあるときに、
それってノリの中では、自分の中で大切にしたいことを大切にし続け、自分のスタイルを磨いていく、
その途上のプロセスと、実際に成果が出ていて相手から感謝されたり、もっと欲しいと思ってもらえるような、
コーチとして独立していくとか、副業としてやっていくとか、そういうことを思ったときに、
そこのプロセスってどんなふうな関係性なのか、順序なのか、プロセスなのかでいくとありますね。
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それ、バランス感覚が良くないとダメですよね。
そのバランス感覚はすごく重要だなって思うんですけども、
やっぱりですね、これどっかのラジオでも話したと思うんですけど、
僕、そのコーチングの振り返りのときにですね、必ず3つの方向で考えるんですけども、
自分がありたい姿にどれだけ慣れてたかと、クライアントさんがどれだけ受けた感覚ですね、
良かったのか悪かったのか、それを素直に聞くと、あとその身ですね、
とは言いつつ、クライアントさんが満足してなかったかもしれないけども、1ヶ月後には結果として変わってたとか、
そこの身も見ていただきたいなって思ってます。
そこのバランス感覚はすっごく重要ですね。
なのでその結果がない、クライアントさんの耳だけに傾けたら自分っていうのがなくなってしまうし、
自分っていうものが強くなりすぎるとクライアントさんの思いって聞こえなくなってしまうし、
でも結果も重要ですよねっていう、すいませんちょっとごちゃごちゃってなりましたけど、
その3つの軸で僕は自分を励ますのと同時にレベルアップしなきゃいけないよっていう、
ことも自分にも言ってましたし、そのバランス感覚は持ってましたね。
持ってましたねというか意識してました。
でもそんな感じじゃないですか。
確かにそのバランスが今言ってくれたように、クライアントの現在の評価とか、
自分自身がそのコーチングセッションに対してしている評価、そこも乖離があることも結構あって、
相手は良かった、話して良かったって言ってても自分がうまくいかなかったと思ってたら、
結構悩んでいるっていう状態も結構あるなと思うんですけど、
でもどちらにしてもワンセッションのコーチングの中での実際の自己評価と他者評価みたいなこと。
でまたその先で実際どう変化していったか、何が見ていたかみたいなところの視点。
でもそっちだけ、そっちが裸なんだけども8割とかになってしまって2割が自分の軸とか、
だともうすごくシーソーだったらバランスが崩れていて、
そうするとダメだダメだのループになって自分のビーングにそれが侵食してくるんですよね。
自分はまだ出来てない、ダメだ、焦り、不安。
じゃあもっとドゥイングしなきゃ、もっとスキルを得なきゃ、もっと経験を積まなければ自分はダメなんだという
他者やその実際の自分のパフォーマンスの自己評価。
それがダメだはそれこそ自分の理想や誰かと比較して自分はまだダメだっていうところから来るメッセージだとあった時に、
永遠に自分の在り方の方にマイナスのネガティブな否定を送り続けるサイクルが生まれていってしまうみたいな。
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でもそれが6,4くらいというか、パフォーマンスとかまた他者の満足度とか、
またそこから生まれていった身の変化とか。
そこの部分を4くらいでオープンに心持ちつつも、でも自分は今どう自分を大切にできていたり、
自分が大切にしたいことがドゥイングとビーの繋がりで何が必要なのかとか。
そこを6でアンカリングじゃないけれどもしっかり持っていく時に結果的にその4のところも繋がっていくし、
逆に6も、6の自分のビーングのところも4のところから受けたインプットや視点、葛藤で6のところもつかまっていくし、
スパイラルとしてポジティブな成長に繋がっていくスパイラルになっていく。
だからそこのバランスが違うと違う方向の成長になっていってしまって、
マイナスの、なので結局自分のパフォーマンスの評価が自分のアイデンティティや価値っていうコーチングのもともとの考え方とは真逆の、
ありのままであなたが存在しているだけで価値があるっていう表現とは違うプロセスで自分の成長を生み出していってしまうことになる。
なので結果的に違う存在になってしまって、そのコーチ像として違う価値観を持つ。
また価値観の中で、違う価値観の中で育った自分のコーチ像になってしまうみたいなことは一つ言えることかなと思いましたね。
ちょっと長くなってしまうんですけども、さっきの励ましに繋がるんですけども、
結局その自分のありたい姿に負のスパイラルが始まってた時に、やっぱりそこを脱していくのは一人じゃ難しいかなって思ってます。
もちろん一人でできることもあると思うんですけども、やっぱりそこは人になるのかなって周りの人の助けが必要なのかなって思っていて、
僕はなのでそのバランス、もちろん頑張って取ろうとはしてたけども、やっぱ苦しい時は何回もあったので、
そういった時に、それこそもときさんだったりとか、さまざまな他の学んでいく人たちと共にですね、そこを励まし合いながら進んでこれたなっていうのは思いますね。
それをするたびに自分のあり方ってこうでいいんだよねとか、そんなことも確認しながら、もちろんドゥイングのところもフィードバックもらったりすることももちろんありますしっていうのは、
そういう風に繋がっていくかなって感じですかね。
うん、そうだよね。
だからさっきの話してくれた大きく2つみたいなところは、その前者の方の安心・安全な関係性やコミュニティの中で大丈夫と思えるプロセス、
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大丈夫と思いつつ同時に学びを深めていく中で発展していって、ちゃんと全部がまとまっていくというか、
自分の高知像とまた成果も生まれていって、相手も感謝してくれて、そこに価値を人が感じてくれてっていうことに繋がっていく状態に結果的に到達していく。
その時に思うのが、コミュニティそういう風に自分を認めてくれている人は結構クラスの中にも、またクラスの中で1人2人とか、また他のクラスに会った人たちはいると思うんですよね。
そうですね。
で、その自分のセーフティスペースみたいな、その人との繋がりをセーフティスペースだとする時に、それをちゃんと取りに行くことや作りに行く。そこからちゃんと影響を受けに行くこと。
自分のこれがセーフティスペースだから、こうなった時にはちゃんとそこで話を聞いてもらうとか、自分の思いの丈をトロしながら励ましを受けに行く。
そして励ましをもらった時にそれを自分の心に染み込ませていく。ちゃんと励まされる。自分の心が励まされるところまでそれを聞いていくとか。
なので意図的にそのセーフティスペースを作りに行き、取りに行き、選択していくことが、多分コーチングの学習プロセスの中で一番大事なことと言っても過言ではないかも。
それを自分が受け取れると、クライアントに対して自分がそういう存在であれる。相手にとってのセーフティスペースに自分があり続けることができるので、その連鎖というか。
でも自分がまずそれを受け取り、ありのままで愛されというか受け入れられというか励まされ尊重されみたいなことを大事なことをリマインドしてもらって、それを自分に染み込ませて。
ああちょっとなんか肩いろいろ乗ってたけど、なんかすごく落ち込んでたけど、でもちょっと前向いて頑張ろう。この人が、こういう人たちがいてくれてるから、自分が頑張れるみたいな体感をしていくことって何よりも大事かもなって思いますかね。
もうそれが本当に一番大事ですね。僕はそれやってもらったんですよ。その僕からは取りに行けなくてですね、内向的でシャイで、まあ皆さんわかるのかな、そういうタイプなんですけども、それを繋がり続けてくれた人たちがいるので、いや本当感謝だなって今思いますね、そういう意味ではね。
今はだからそれを、まあそういう場になれたらいいなっていう願いはありますけどね、自分自身がね。
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いかがでしょう、大丈夫っていう励まし感みたいなところでしたけれども、なんか喋ってみつつ、改めて皆さんに対して言葉にしたいこととか、どんなものあります?
そうですよね。なんか、そう先ほど言ってくれましたが、絶対一人二人はね、この人と、あの相互コーチングね、お互いにね、ミッションの中で会ったりとかしていく中で見つかると思うんですよね。
ぜひその方とは連絡取り続けてほしいなっていうのと、もしいなければ、CAMの運営スタッフ陣にぜひ声かけていただきたいなっていうふうに思いますし、
なんかそれ1回だけじゃなくていいかなって思ってて、何回も声かけてくださいっていう、僕らも声かけていきたいんですけども、
はい、それは場としてご用意してたりも頑張ってしてるんですが、はい、なんかそこには一緒に向き合っていきたいなって思いますので、っていう感じですかね。
そうですね。そう、このように私たちが言葉にするのは、もちろんコーチングの中心に相手の可能性を信じるっていうのがあって、
そしてそれは自分の可能性をまず信じるところから始まっていくっていうプロセスがあって、でも自分の可能性を信じることって自分一人ではできないっていうのを本当に体験してきてるし、今も思うし、
私たちも全然できないし、脳機が遅れて怒られるし、詰められるし、でもその裏にいつも自分を信じてくれていたりとか、できてない自分がいてはダメだなって自分、私も思いますし、思うときに、
でも私はあなたはこういうとこが素晴らしいと思うとこがあるって、本当にあなたの持っているものや存在やそういうところは本当に私は信じてるからって言ってくれる仲間がいて、やっと今壊れてる、あり続けられてるっていう。
なので一定、人は相互依存関係というか、ポジティブな意味での、でなければ成立しないと、それゆえに成立する状態が豊かなと思いますし、なので私たちも一人は立てない存在し、成長できないし、頑張れないし、落ち込むし、
でもそのプロセスも人と共に、人に励ましの循環があるときに、その関係性自体が豊かであって、それも通して自分も成長するし、相手も一緒にそれを共有できていること自体に価値があるかなって思うので、なんか勇気いると思うんですけど、ぜひお互いにリーチアウトなんですかね、声かけて、連絡取って、
励ましをもらいに行って、そして変わらず私たちも皆さん大丈夫、できるって思ってますし、それを伝え続けていける存在で私たちもあり続けられればな、みたいなふうに思ってますかね。
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いいですね。いいですね。いや、なんか、大丈夫だよって最初始まったんですけど、あの、ちょっと言い方強く聞こえるかもしれないんですけども、最大の励ましとして、いや、僕らいるんで大丈夫ですって言いたいかもしれないですね、そういう意味では。
キャムというものがいるんで大丈夫ですっていう、はい、そんなこと思いますね。
いいですね。なんかその、皆さんこれ伝わってるかわかんないんですけど、ノリここへの思いめちゃくちゃ強いんですよ。皆さんにこれ本当にずっと伝えたくて。
でもあんまり、なんか自分の思いを言葉にすること、今まで多くしてくるタイプではなかったので、でもなんかもうふつふつとこれがすごくずっとあって、それをしっかりと今、言葉にするところに彼の中でも、なんですかね、しっくり感というか挑戦も含めて、そうあることが今プロセスとしてある中で。
なんかこれはもう、なんですかね、溜められてる、ずっと溜められてきてるマグマのようなと言いますか、皆さんへの思いでありエールであり、私たちがいるからっていうところには、なんですかね、軽さというよりは本当に心から来る励ましや、皆さんへの思いとして伝えたいっていう思いをずっと言ってきてるんで、
そこはぜひ、何か心に届く人や響く人がいたら、ぜひノリに声をかけたり、他のキャンプの運営メンバーでもいいし、一緒にそこは探求しながら、一緒に進んでいくってことができたらいいなというふうに思いますかね。
はい、では今日はこの辺で終えていけたらなというふうに思います。ありがとうございました。また次のエピソードでお会いしましょう。
CAMは2005年にアメリカにて設立され、3000人以上のプロコーチを輩出してきたICFにてコーチングスクールです。CAMやその日本支部であるCAM JAPANについて知りたい方は、camjapan.jpで検索ください。
それではまた次回お会いしましょう。