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RS#6「すごいものを見たい|井原 知一監督」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道
2026-09-03 1:04:51

RS#6「すごいものを見たい|井原 知一監督」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道

AFAP(アファップ)。このプロジェクトは、「バックヤードウルトラ」という競技に魅せられたウルトラランナーたちによる共走と挑戦に光を当てます。「As far as possible 私たちはどこまでいけるのか?」走ることでつながった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。


今回は、RS#6「すごいものを見たい|井原 知一監督」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道

【内容】

日本にバックヤードウルトラという競技を持ち込み、その魅力を文化として根付かせてきた井原知一さん(通称トモさん)。バックヤードの歴史を見てきたトモさんの思い出の名シーンとは。日本代表監督としてサテライト大会の目標を語る。


水野倫太郎/通称・ミチタロウ(Instagram:@michi_bagman_ultrarunner)

昨年のDead Cow Gullyにて、Dead Cow Gullyにて94LAPを記録。BAGMANの愛称で知られ、「走るはつなぐ」をテーマに、海外バックヤード転戦中。


AFAP(Instagram:@afap_ultrarunning)

「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」をテーマに、2025年6月Dead Cow Gullyをきっかけに立ち上がった日本人ウルトラランナーたちによるプロジェクト。当初はドキュメンタリー制作が目的。現在は、大会主催やコミュニティづくりに至るまでバックヤードウルトラや「共走」の魅力を伝える活動を幅広く展開している。


Podcastでは「共走と挑戦のドキュメンタリー」をテーマに、以下のシリーズを配信しています。

・SDシリーズ:Seven-day Project(ミチタロウ7日間への道)

・RS シリーズ= Rising Sun Project(チームジャパン頂点への道)


Documentary映像「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」視聴リンク:https://youtu.be/aY3RQz1ADoM?si=5t8dHO2wnGWrCu2m


編集: 岩崎智之

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サマリー

このエピソードでは、バックヤードウルトラ競技の普及に尽力してきた井原知一監督(トモさん)をゲストに迎え、競技の魅力や日本代表監督としての意気込みについて語られています。トモさんは、2020年に日本にバックヤードウルトラを持ち込み、その普及に貢献してきた立役者です。当初は参加者も少なかったものの、今では多くのランナーが挑戦する人気の競技へと成長しました。番組では、トモさんが語る過去の名シーンや、2026年10月17日に開催される国別対抗戦「サテライト」に向けた日本代表チームの戦略や目標についても詳しく解説されています。 トモさん自身もランナーとしてバックヤードを経験し、その過酷さの中に潜む面白さや、初心者でも挑戦しやすい競技としての側面を語っています。また、トップ選手だけでなく、サポートクルーや観客も一体となって楽しめる競技であることも強調されています。今年のサテライト大会では、日本チームの底上げと、各選手が自身の番号で世界のライバルに勝つという個人戦の要素も重要視されています。コース設定や選手間の助け合いも考慮されており、チーム一丸となって世界一を目指す熱意が語られました。 さらに、バックヤードウルトラの今後の展望として、より多くの人々が気軽に挑戦できるような「ポップな」競技へと発展していく可能性や、チーム戦やキッズ向けの企画など、多様な楽しみ方が提案されています。トモさんは、ランニングを始めたことで人生が変わった自身の経験を踏まえ、リスナーに対して一歩踏み出す勇気を持ち、自身の限界に挑戦することの素晴らしさを伝えています。

バックヤードウルトラの始まりと井原知一監督の紹介
AFAP ACAP このプロジェクトは、バックヤードウルトラという競技に魅せられたウルトラランナーたちによる競争と挑戦に光を当てます。
As far as possible 私たちはどこまで行けるのか、走ることで繋がった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。
はい、プロウルトラランナーの水野道太郎です。 本日は2026年9月の2日になります。
バックヤードウルトラ日本代表世界一への道ということで、10月17日から開催をされるバックヤードウルトラ国別対抗戦、通称サテライトに向けたインタビュー企画。
今回は特別編ということで、スペシャルゲストに来ていただいております。
三原智一さん、通称トモさんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
トモさんお元気ですか?
元気です。
このボットキャストを聞いている方で、トモさんを知らない方はいないとは思うんですが、
簡単な自己紹介と、トモさんにとって今はどういう時期ですか?
目標にしているレースとかそういうのが改めて聞いてみたいと思います。
そうですね。
自分はウルトラランナーとして活躍していながら、100マイル100タイムスを指していて、
今現在84本走り終えて、来週また85本目をイタリアのアオスターという地で、
ソルデジアンという330キロのレースがあるので、それを知る予定です。
普段は同じくプロトレイルランナーとして活動していながら、
ランニングのコーチとかをして整形を立てています。
バックヤードに関しては、2020年から日本に持ち込んで、
運営も携わっているというような感じですかね。
ありがとうございます。
ある意味、日本のバックヤードの生みの親ということで、
ジャパニーズラズと日本のラズという呼ばれ方もしているかなという、
そんなトモさんに今日は来ていただいております。
せっかくトモさんに来ていただいたので、
10月のサテライト大会に向けてという話も伺っていくんですが、
そもそもどういう感じで日本にバックヤードが入ってきたのかとか、
そんな話も聞けたらなというふうに思っています。
認識としては、10月のサテライト大会においては、
代表監督という捉え方であってますでしょうか。
そうですね、肩書きはそんな感じになると思います。
ありがとうございます。
では、いろいろとお話し聞いていきたいなというところなんですけど、
そもそもトモさんがバックヤードウルトラを知ったタイミングっていつぐらいなんですか。
そうですね、2018年とかそこら辺だったんじゃないかと思います。
その時はラズがやっているからという理由で知っていただけで、
あまりパッとしなかったというか、こんなに盛り上がるものだとも思ってなかったですし、
面白さも、バックヤードの面白さも理解していなくて、
ただラズの裏庭でぐるぐる走ってるだけのお遊びという感じです。
で、ある時に、ある時って2019年くらいだったと思うんですけど、
ラズに日本でもやってみないかということで、もう二つ返事でやりますということでやって、
日本に持ち込んだっていうのがきっかけという、知ったきっかけとやり始めたきっかけになります。
二つ返事でラズからバックヤードやらないかと言われて、もうやると答えたっていうことだったんですけど、
日本での初開催と初期の苦労、そして進化
その時は日本に持ち込んだらどういうふうになるだろうみたいなイメージとかってありました?
全くなかったですね。ルールも面白いですし、とりあえずやってみようという感じで持ってきたっていう。
で、初めて開催したのが、確か2020年の2月、すごい寒い時期にやっちゃったんですよね。
で、選手もみんなかなり寒い思いをした記憶があって、そういった面でちょっと2月はないよねっていう話から、
やっぱ11月だよねみたいな話で、そういったアップデートがあったりとか、
当時は参加人数もやっぱり告知しても理解されないんで、
集まる人も少なかったですし、第1回目とかなんて多分10名ぐらいだったんじゃないかなっていうふうに思うんですね。
16名、16名ですかね。
で、その当時の記憶、記録が、一番最初に辞めたのが11周目で、優勝したのが、
縦野さんの42周だったんですよね。
その時も、いや42時間すげえなっていう、
ただただびっくりした記録だった記憶がありますね。
今となっては、この前の木島大和のシルバー大会だと、ほとんどの選手が50周超えるっていう、
6年後に優勝以上の周回数をする選手がゴロゴロ出てきてしまって、そんなことは全く想像もつかなかったですね。
その当時、振り返れば本当に10名ぐらい、16名集まって、東京のグリーンセンターっていうところで開場にしてたんですけども、
そこって、行った人が、行ったことある人は分かると思うんですけど、結構狭いんですよね。
今でも、マックス30名ぐらいかなっていうところ、半分ぐらいの人数だったので、
今となっては各選手がテントを用意して、ストーブ用意して、ベッド用意して、タンス用意して、
本当にちっちゃな家みたいに自分の基地を作るんですけども、その当時はもう本当に、車の人もいれば、
車のトランクをエードにしてる人もいれば、テントでやる人もいれば、テントない人もいれば、みたいな、そんな環境でしたね。
ノウハウが全くなかったんで。
ホモさん自体も、そもそもご自身が見たことも出たこともない大会を、いきなり2020年は、こう、とにかくやってみたっていう。
そうですね。
で、それを田中さんだったり、相談して、ちょっと一緒に、こういうのありますけど、やってみませんかということで、はい。
特に右も左も分からずに、始めた。
場所、場所は必要なんで、場所とか。水回りも必要なんで、水がいい。
ネット関係も必要だし、ネット関係とか。
最低限、ここじゃないかな。
まあその当時、高尾に僕も引っ越してきた頃だったんで、ここがいいんじゃないかなということで、グリーンセンターを選んでやったって感じですね。
最初の運営で特に大変だったところとか、印象的だったことってありますか。
まあ1時間に1回のちっちゃな大会の連続なんで、そことあとは、いつ終わるのかっていうのが分からない。
コロナ運営の面では、ちょっときついというか、分からないところがあったんで、いつまでグリーンセンターを取らなきゃいけないのかとか。
まあその当時の記録も、今となってはね、100時間超えとかあるんですけど、そこまでなかったんで、大体3日ぐらい取ればいいのかなとか、そんな感じだったんですけど。
あと大会当日やってみて、やっぱ2月はすごい寒いんで、特にあそこは寒いんで、それも運営しながら大変だったかなと思います。
なんか当時はこうなんですけど、今となってはこれだけの記録が伸びてるとか、選手数も増えてきてみたいなのが全然想像つかなかったって言ってましたけど、
実際こう参加した選手とか、サポートクルーとして現地にいた人たちのリアクションというか、そこら辺はどうだったんですか?
これって面白いっていう感じだったのか、なんかどういう皆さんの受け止め方というか、感想が見られたのかなという。
記憶に残る激闘とバックヤードの面白さ
まあバックヤードの面白いところって、最後の一騎打ちみたいなところもあったりするんですよね。
そこで第1回目は、今いなくなってしまったバックヤード兄さんって言われてた上野さんと縦野さん一騎打ちになったんですよね。
その時にまだ2人続けそうな雰囲気もあったし、なんなら上野さんの方がなんか続くんじゃないかみたいな雰囲気があった中、
ちょっとしばらくずっと起きてたし、自分ちょっと1回ちょっと数時間寝かせてくれって寝に行ったら、
友さん決まりましたみたいな。ここで決まったんだみたいな。
え、それで想定外だったなみたいな感じで。
あれさっきまで元気じゃなかったっけっていうのが突然ピタッと起きたのがびっくりしたし。
で、運営側で大体この人が来るんじゃないかみたいなオッツみたいな。この人勝つんじゃないのみたいな。
オッツもあったんだけど、全然それも当たらないっていうような感じなのも、誰が勝つのかわからないっていうところの面白さもありましたね。
今2026年、バックヤードが日本に持ち込まれてからもう7年、7年目ですかね。
っていう中で、今までの友さん的ハイライトというか、その流れの中で印象に残ってることがちょっとそこら辺も伺えたらなと。
そうですね。2020年の11月にやった時に吉田さんと森森が激戦をするんですけど、
3番手が、3番目に辞めたのはしんさん。
3人が37まで残って、しんさんが37ラップ目で辞めて、そこから17時間前、森森と吉田さんがずっとやり合ってたっていうのはすごく今でも記憶が増えたらしい。
初めてウルトラっていうランニング競技やボクシングみたいな格闘技みたいな感覚になりましたね。
2人で殴り合いはしないんだけど、でもお互い消耗し合っていって、
最後、1ラップ2ラップ目っていうのも森森が5秒とか残して帰ってきて、
でトランジションで5秒で済ましてもう行くみたいな。
トモーズピットじゃなくてラストサムライスタンディングのYouTubeチャンネルがあるんですけど、そこでその激戦っていうのが見れるんですけど、今でも見ても本当に激闘っていうか。
今でも見てもすごい面白い映像なんで、ぜひ見たことない人があれば多分見たらすごい息を飲むぐらいすごい激闘なんで、ぜひ見てほしいんですけど。
その時になんかすごいもの見ちゃったなっていう感覚はありました。
今でも映像では確かに見れるんですけど、あの場に入れてよかったってすごく今でも思ってて。
夜中2時ぐらいに結局吉田さんが54周で終了したんですけど、もう本当にあそこにいた人って多分選手残ってた、辞めたけど残った選手、あとサポーターとボランティア、中田さんがいたんです。
吉田さんのほうは余裕があるんで普通通りに帰ってくるんですけど、もう盛り盛りが帰ってくるのか帰ってこないのかよくわからない。
やっぱあそこは往復のコースなんで、だいたい通った時間で次も間に合わないなみたいな感覚もあるし、これだったらギリ間に合うかみたいな感じで、
選手が通るために頑張れ頑張れみたいな声援が、森の中沈まると声援が続いて、その時寒いんで中田さんも焚き火してるんで煙の匂いの中で頑張れ頑張れって言ってて、
それで盛り盛りが数秒前に、30秒前に帰ってくるとみんなが頑張れ頑張れって言って、スタートライン、ゴールラインを越えるとみんな静けさ、シーンとなって、
森が何をするかみんなですごい集中して見て、何か食ってるフルーツ食べたりしたと思うんですけど、そうすると吉田さんが1分前で余裕持ってスタートライン立てるシーンがあって、
そしてまたスタートの号令があるとみんなでわーって頑張れみたいな、あの統計って今でもちょっと忘れられないですね、なんかこう、新しいうるくらの世界、だから今のバックヤードの面白さっていうのが、あそこから感じられた記憶がありますね。
すごい競技だなっていうのも、ちょっと話が揃えちゃったんですけど。
サテライト大会の歴史と日本チームの現状
いえいえいえいえいえ。ほんとにこう、その激闘の話は、あの、いまだにこう、話として伝え聞くというか、で、あの、映像私ちょっと見たことなかったので見てみます。
はい。
うん、そうだっすね。
なんかそういうふうにこう、なんかとてもこう、ドラマが生まれるというか、また今までのウルトラランニングとか、ランニングのシーンともこう違うような景色がその時こう、あったのかなっていうふうに思うんですけど、
それこそその、サテライトっていうところで言うと、過去、まあ2020年の時から毎年見られてきたかなと思うんですけど、こう、あの年はどうだったとかっていう話もぜひ聞いてみたいんですが。
まあ偶数都市がサテライトなんで、まあ当時2020、で、2022年もサテライトやったし、24年、20、で、今年で26年の4回目になるんですけど、バックヤードを最初持ってきた時にその、全国でやって、47都道府県でやって、で、甲子園みたいに甲子園救助があって、
で、バックヤード甲子園救助があって、そこに47人の優勝者がいて、みたいなところを、それをやってみたいなっていう感じで、あの、まあ各県を少しずつ増やしていって、ここまでやった県って、北から言うと北海道、茨城、新潟、群馬、東京、京都、えー、島根、まああと神奈川。
うん。
で、やってきて、まあ徐々に増やしていって、そういう47都道府県を1日で。
うん。
11月1日ぐらいに開催して、で、まあ優勝者を決めて、で、バックヤード甲子園をやりたいっていう目論みはあったんですよね。
うんうん。
あの、まあ結果、それはなくしました。っていうのは、なぜかというと、やっぱりその年に1回しか日本にバックヤードがないと、バックヤードのレベルが上がらない。
うん。
ということに、まあ運営していく中で気づいたので、今はもう各県バラバラの日程で、やりたいタイミングでやってもらうっていうのがあったんですけども、そのレベルが上がらないっていうところに至ったのも、日本は2020年はそもそも15名集められなかった。
10名しか集まらなかったので、まず処分やらなかったっていうことですね。
うん。
で、2020年でやっと15名集めて、それで4位。
24年も4位。
で、26年という形になるんですよね。
で、その、まあやっぱり各国が、各国って言ってるのも、まあバックヤード自体のレベルがもう年々こうレベルアップしていく中で、やっぱり日本のバックヤードのレベルを上げるためには、その年に1回どっかの県で走るだけだったら、やっぱり強くならないなっていう。
もちろん海外に行けば、いろんなバックヤードがあるので、それは走ればいいんですけれども、海外に行くっていうのはやっぱりしっきりが高いんで。
だから国内で複数経験する。やっぱり経験すると、あのまあ僕もバックヤード1回しかやったことないんですけども、ウルトラランニングにおいても100マイルにおいてもやっぱり経験すると、実力、パフォーマンス以外にもやっぱり経験値が上がる。
経験値が上がるとやっぱりレベルも上がるので、そういった面で国内でも回数を増やした方が日本の全体的なレベルが上がるんじゃないかなということで、そういう方向に切り替えたんですけども。
サテライトもその、2年に1回の大会ですけど、その逆側、奇数都市でビッグっていう個人戦の世界戦っていうのがあって、そこには数々の日本の選手も前から出てるので、それもやっぱりハイライトで、現地には実際に行けなかったんで、ライブでしか見れないんですけど、やっぱあれもかなりのハイライトですよね。
昔は今ほどYouTubeライブも盛んじゃなかったと思うんですけど、ただゴールゲートに映像が残ってるだけだったと思うんですけど、今となってはコース上に映像、ビデオカメラも配置されて、選手がどう動いてるかっていうのも細かくわかるんですけど、
それでも、周回ラップの結果が1時間ごとに上がるんで、そういったのを見ながらも、日本の選手がどこまで海外に通用するのかなっていうのを見るのも一つのハイライトだったんじゃないかなと思います。
それはまた今、どんどんどんどん新たにバックヤードに興味を持った日本のメンバーに継承されていく過程も見てきてますし、はい。
日本人選手の活躍と世界のレベル
やっぱり最初に世界を驚かした日本人バックヤーダーというと、森森さんっていう感じなんですよね。
そうじゃないですかね。またこれも面白くて、吉田さんは森森負けたことないんですよね、国民では。
でも、実際VIXに行ったら森森のほうが結果が長い記録出てるっていうのも、そこら辺もまた面白いですよね。
最初の世界のVIXに森森さんが出場したときって、80いくつまで行ったんでしたっけ?
うん、確かそう、81かになったような記憶がありますね。
で、最後の結構、もうあと何人みたいなところまで残ってて。
何人ぐらい、ラスト3とか4とか、そのぐらいまで行ったんじゃないですかね。
で、その時は確かハベルイス、ハベルイスが優勝した記憶がある。
そしてまた、その2年後のVIXでも森森さんは100の大台を超えるという。
101ラップ。
ちなみに、100って何人超えてるかって、内川くんはわかる?
世界で見せたら。
100ラップ選手層。
100ラップ選手層。
そうですね、多分、世界で今までで20人いるかどうかみたいな。
すごい優勝。
本当神々の領域というか。
あとね、昔VIXは普通にウルトラサイナップから誰でもエントリーできたレベルだったっていう。
そうなんですか。
そういう、もう誰でもエントリーできて、最初の頃なんて多分埋まらなかったと。
認知度も低かったし、面白さが多分ここまで理解されてなかったというか。
バックヤードの面白いのがまた、世界のウルトラで、例えば遠距離を走ろうってなった時に、
いろんな多分走り方があると思うんだけど、ずっと一本の形で歩きながら進む方法も、
途中、睡眠を5、6時間入れながら進む方法もいろいろあると思うんだけど、
なんかバックヤード方式が一番遠くに行けるっていうのもなんか面白いなって。
世界で一番遠くまで行ける、ウルトラのこの、っていうのが、ちょっとそれもなんか面白いなと思います。
最近だとフィルゴアが、アンオフィチュアルだけど、なんだっけ、168だっけ。
はい、プロジェクト168みたいな、言ってましたね。
24で終わると7日間。
7日間。
で、結局140まで行ったんだっけ。
152ですね。
52、すごいね。
ちょっと言葉にならないですよね。
152時間ずっと、毎時間6.7キロ進んだってことは、152×6.7ってことは、1118キロ。
すごいな。
まあちょっと、さっきの話じゃないけど、2020年からしたらちょっと想像つかないっていうか。
初めてのあのバックヤードも、そん、24時間行くか行かないかぐらいの記録だったような。
アメリカで2020、2011年でしたっけ、初めて開催された。
2011年ぐらいで開催されて、それがまあ、こんな話になるとは、ラストにどうだろうと思ってなかったんじゃないかなって。
ランナーとしてのバックヤード経験と戦略
で、こんだけ広がったのはやっぱりコロナの影響だったんじゃないかなって。
うん、確かに確かに。
トモさん自身もランナーとして一度走られたと思うんですけど、
ランナーとして経験したそのバックヤードの面白さとか魅力ってどんなところにありますか。
まず参加しようと思った経緯としては、その、
22年の国別対決の時に、また監督という肩書きで皆さんをまとめるというような感じだったんですけど、
その時に、まあ、一、ウルトラランナーとして自分は100マイロはかなり走ってきてるけど、
バックヤードを走ったことがないので、心の底からこう、頑張れとか、アドバイスができなかったことがすごく悔しくて。
うんうん。
ね、やったこともない人に頑張れって言われても、お前分かってねえだろみたいな。
そうは思わなかったと思うんですけど、選手。
でも、自分の中ではそういったところがやっぱり、いやお前でも分かってないよねみたいな。
こういう状況になった時に、なんて声かけていいのか分からないよねみたいな。
後ろめたさもあって、俺は自分で経験しないとダメだなと。
で、東京大会に、その翌年に出ましたね。
で、その時東京大会で、最初からずっと雨で、記録がなかなか伸びず、自分は確か41か42ラップで優勝って言ったんだけど、
そこまでラップ数伸びず終了という結果でした。
実際その時は、どういう対策とか、戦略で臨んだんですか。
そこまで、やっぱり見てきた、運営して見てきた過程があったんで、
しっかりテント用意して、ストーブも用意して、11月っていう寒い時期なんで、
で、雨降ってたんで、着替えとかもすごい用意して、家の中は物干し座をつけるような感じで、
濡れたら僕のサポートが、それを乾かすっていう作業があって、
常に乾いたウェア、ドライな状態で走れるっていうような快適な環境を作って、
で、大体45分ぐらい回しで走って、40分とか50分回しで、
で、10分かけて、寝て、着替えて、食べてっていう時間にしてっていう作戦で、
で、時間帯によっては、マッサージしてくれるトリートの矢田さんっていう人が来てくれる時間帯があったんで、
その時は寝るべき早く寝るよりして、40分ぐらいで回して、
20分間、バッファー残してマッサージしてもらうっていうような作戦でしたね。
基本的に雨、ずっと雨降ってたんで、部屋に帰ります、
洋服脱ぎます、そして着替え直します、そしてすぐ寝ます、
で、起きる2分前にむくっと起きて食べ始めます、
で、テントから出ます、スタートします、みたいな、それをずっと繰り返して、
で、やっぱり、いつ終わるか分からなかったんで、
やっぱり最初から睡眠をとっているっていうのが大事かなと思って、
1週目から、なるべく横になって寝るようにして、みたいな作戦でしたね。
その時、2人になってからは、本当にいつ止めるのか分からなかったんで、
続けたい反面、早く終わらないかな、みたいな。
やっぱりあったりして。
そういう心境になりますよね、たぶんね、センチメンタル。
そうですね。
稲永さんとの一騎打ちというところですね。
稲永さんのね、過去にもやっぱり、アシストとしての迷信。
そうですよね。
あるっていう。
ご本人にこう言われるのは、あれですけど、
アシスト職人的な、絶対嫌ですけど、そんな言われたら。
最後の一人になりたいんだよっていうことかなと思うんですけど。
実際、やられてみて、改めて気づいたバックヤードの面白さとか、
逆に難しさって、どんなところに感じました?
バックヤードの面白さと難しさ、サポートの重要性
面白さは、今はやっぱりね、過酷なイメージがついてるんですけど、
本当にランニング始めて間もない人でも誰でも挑戦できるっていう場所があるっていうのは面白いかなって。
だから本当にランニング始めた人でも自分の限界をチャレンジする。
コースも周回、多くても長くても6.7周回。
場所によってはキストンみたいなところがあるんで。
小さいエリアでできるんで、何かあったとしても安全に楽しめるっていうのもありますし。
トップ選手と、なかなか普通のレースだとトップ選手とずっと一緒に走ることってないと思う。
どっちかって言うと、最初からバーって行ってしまって、ゴール後にいるかいないかぐらいだと思うんですけど、
バックヤードの場合は1時間ごとに仕切り直しなんで、
そういった面ではいろんな選手と走り見ることもできますし、話すこともできますし、
そういったところはやっぱ魅力的かなというふうに思います。
実際トモさんが走られたときも、他の選手と話しするタイミングとかもあったんですか?
そうですね、最初は話す機会はずっとあったんですけど、後半やっぱり話すネタなくなって、
言葉の数が減ってくる場面はあったんですけど、たっぷり話す時間はあると思いますね。
あと、人間の限界ってどこまで続くんだろうっていうのは、まだまだこれから見れるんじゃないかなというふうに思いますね。
あと必ずしも足が速い人が勝つわけではなく。
ほんとそうっすね。
長くなれば長くなるほど、もちろん走力も必要なんだけど、そういった戦略的な部分も必要ですし、
本当に長距離になったら一人でセルフサポートっていうわけにはいかないと思うんで、
ここら辺走らない人でも、ほんとサポートを好きな人も楽しめるんじゃないかなと思いますね。
そうですね。実際そのサポートクルーっていう役割が、100マイルレースとかもありますけど、
なかなか100マイルとかのレースだと応援できるけど、実際サポートするって言っても、なかなかそんなにたくさんも関われないようなこともありますけど、
バックヤードの場合、ほんとにもうF1のピットクルーみたいな感じで、ほんとワンチームでやれるっていう、そこの面白さありますよね。
よく聞くのが、やっぱバックヤードは48時間とかまでが結構きついっていう。
過酷な状況での心理と限界
選手がまだ多いと面白くないというか、少なくなってくるとギャリガイが出てくるみたいなところがある。
どうですかね?
そうですね。やっぱりある程度減ってきた方が、自分だいぶなんかいい感じなんだなみたいな気持ちになれるんですけど、
やっぱりこう、ピット終わるか分からないっていう中で途中、何人残ってるかとか、そこがこう、レースの途中経過を見る一つのポイントになりますけど、
あまりにもこう、みんながたくさん残ってて余裕そうだと、
なんか自分こんなにきついのに、みんな全然余裕なのかなみたいな、なんかそういう不安感というか、
減ってくると、まあそうだよね、みんなつらいしねみたいな、
でもそんな中で、食いしばって踏ん張って頑張ってる自分、今んとこ悪くないのかなみたいな、そういう気持ちになれるっていうのはあるんだと思います。
去年のVIXに出たと思うんだけど、そん時ってもう70ラップ目までほとんどの人が残ってた記憶がある。
そうですね。
あれってどういう心理になる?
いやー、
正直、僕が65で終わって、30番目ぐらいの感じだったんですよ。
なんかもう、ちょっと情けない話で、僕はその時はちょっと心が折れた感じはありましたね。
もう結構体もきつくて、こっからなんか、例えばトップ10とかってもう全然想像できないし、
なんか数字の目標立てるにしても、なんかこう、うーんっていう、なんかそういうのはありましたね。
でも実際、その後も、僕が終わった後ももう丸1日続き、丸2日続きみたいな、いうような感じでしたけど、
見てるとやっぱりみんなしんどそうというか、僕が走ってた時ですら、
あ、この人きつそうだし、なんかまあそろそろ終わるのかな?みたいな思ってた人が、
なんか丸2日後まで走り続けてたりしてて、
それはなんかこう、もう心が折れるとか、なんかつらいとか、そういうあれじゃないじゃんみたいな、
ほんとやめないかどうかだけなのに、そこで自分に負けちゃったなみたいな、
そういうなんか不甲斐なさが残りましたね。
辞めた時はスッキリしてるけど、悔しさまでどのくらい時間かかりました?数時間。
とりあえずもうボロボロになって帰ってきてテントでちょっと目をつむって、
たぶん1時間半ぐらいプッて気絶してて、目覚めたらもう湧き出るように、
もっとあれできたのに、これできたのにっていう、そういう感じでした。
だからやっぱり、バックヤード問わず、
ウルトラにおいてこう、なんだろう、こう、脳にエネルギーが足りないときって、
別人版になっちゃうというか、さっきまでの自分、何だったんだろう、みたいな、
なっちゃうので、体っていうよりも、体がほんとダメだったらたぶん、
ね、終わった後、会場で歩けるようなことできないと思うし、
やっぱり体じゃなくて、結構脳が先に、
ですね。
そこらへんもね、面白い、見てください。
2026年サテライト大会に向けた戦略と目標
ほんとに動力もあるし、メンタルもあるし、
食べる補給、食べないとね、やっぱり、車と一緒でガソリンないと動けないんで、
そういった補給をどういったものをとるのかとか、
夜と昼、食べるものを分けるのかとか、
飲むものとか、暑さのときにはどうすんの、寒いときはどうすんの、雨の日はどうすんのと、
そういうことを含めて、なんか、まだまだ、開拓の命がありそうですね。
そうですね。
ほんとにこういろんな場面がバックガイドの中だと起こり得て、
実際、トモさんはレースディレクターとして、あとは代表監督として、
いろんな場面、いろんな選手を見てきたと思うんですけど、
今年のサテライトに向けてっていうところで、
こういうところはポイントになるなとか、
逆に過去のサテライトとかで、
教訓として、今年はこういうとこ行かそうみたいな、
そういうご意見もちょっと聞いてみたいんですけど、どうですかね。
ほんとに、去年、前回も、その前々回も思ったのは、やっぱりその、
正直、日本は世界のトップで戦えてたなっていう、
まず、トップレベルであることはもう間違いないかなと思ってます。
プラス、他の国もそうかもしれないですけど、日本のレベルがかなり上がってる。
今年の15名の選手層だら、かなり、もうほんとに、もう、強いと思ってます。
で、やっぱり足りないのは、そのトップ選手の強さじゃなくて、
やっぱ15名の全体の底上げかなっていうふうに思ったり、
もちろん、日本のチームにエース級の選手もいるんですけど、
そのエースに、前回よりもう10周走ってもらうっていうことよりも、
15人それぞれが、あと5周とか10周積み上げれば、
正直、他の国に勝てんじゃないかなっていうふうには思ってます。
で、そこのボーダーラインっていうのが、おそらく1000ラップっていうのが、
一ついい数字になってくるのかなというふうに思ってます。
表彰台、表彰台っていうのはトップ3入る。
で、昨年を超えるためにはまず800、800周超えなきゃいけなくて、
で、表彰台入るんだったらやっぱ1000かなっていうふうに思ってて。
世界一目指すんだったらやっぱり、
1100とか1200ぐらいかなというと、
それがどういうことかっていうと、15名の選手が1人当たり76周、
176ラップ残れば、
まあ1150ぐらいは行くので。
だから、そこまでいかなかったとしても、
本当になんですかね、運営しながらも、
とにかくやっぱり、1人減ると、
もう結構大きいんで、早い段階で減っちゃうと。
その分、ぬれぎぬれが他の選手にかかって、
なので、やっぱりマークしなきゃいけない国は、
ベルギー、オーストラリア、アメリカ、
ニュージーランド、フランスあたりかなっていうふうには思っていて、
そこの15人が、
辞めるまではうちは絶対辞めないんだぞみたいな、
そういった意識と、
あとは各選手、番号が振られてるんで、
俺は、世界の50カ国、何カ国、
今年ちょっと参加できるかわからないんですけど、
例えば50カ国のナンバー4のナンバーワンなんじゃないの。
持ちで、やっぱり各選手には、
そういった部分で、
チーム戦でありながらも、
個人戦っていうのは、
全世界の4番手には俺は負けないんだぞぐらいのモチベーションで。
各番号、順番、1から15番の選手が、
他の15番目、他の14番目、他の10番目には絶対負けねえみたいな、
そういったモチベーションでやってほしいのと、
コース設定と選手間の助け合い
あとは本当にチームとして戦うんで、
今回コースも、前回のシルバーチケットの
ループ型ではなくて、小文字型にしたんですね。
小文字型にした理由としては、
行って帰ってきてピストンみたいなコースなんですよ。
そうすることによって、ループだと、
早い選手を後ろの選手が、
会うことなく終えてしまうので、ループを。
小文字型にしてピストンにした理由としては、
行ってっぽいなんで、早い選手も後ろの状況が分かるし、
声かけもできるので、なので小文字にしたんですけど、
そういったコースも、
なんかあったときに強い選手が、
後ろの選手のちょっと眠い、すっごく猛烈に眠い選手を見つけたら、
こう、起きて起きてるなとか、
確か選手同士の補給の分け合いって確かいいと思ってた。
いいので、そういったところでサポートしてあげたりということで、
コースの面ではそういう、何だろう、
いざ何かあっても支えられるようなコースにはしてるんです。
各国のレベルと日本チームのポテンシャル
トモさんのさっきおっしゃってた、各番号で1位を目指すみたいな、
イメージあれですよね、
剣道とかの団体戦と同じで、
先方がちゃんと勝つみたいな、
次の選手も勝つみたいな、
確かにその発想はシンプルですね。
確かに。
で、コースっていうそこでの助け合いっていうのも、
今回は考えてくださってるというところで、
すごい楽しみだなというところと、
あと実は1個今、面白いデータというか、
ちょっと投影をさせてもらってるんですけど、
トモさん、見えてますか?
配信を見るってボタンも見える。
ですかね。
スプレッドシートを1個共有してるんですけど、
見えますね。
世界の共合国の今回の15人、
合計した数字が今どれぐらいなのかっていうのを、
ちょっとようにまとめてみまして、
さっきおっしゃってたニュージーランドとかフランスはちょっと、
拾ってこれてないんですけど、
一番数が多いのがアメリカで、
1152ラットが15人の合計で、
次がオーストラリアで、
1149。
で、次がベルギーで、
同じく1149。
で、いろいろ物議を醸しましたけど、
ロシアも今年のそのビオトロピカの記録を除いた記録で、
1137っていう記録を持っていて、
そして日本確定したメンバーだと1135っていう形なので、
もしかしたらフランスとかも高いレベルがあるかもしれないんですけど、
割とこのトップ5というかビッグ5みたいなところが優勝争いするのかなと。
ただ面白いのは、
日本からトップのアメリカまで、
もう20ラップないぐらいの差なので、
もう本当にこの差は、
もう当日で全然ひっくり返るというか、
本当に今世界のトップレベルが本当にひしめき合ってるというか、
攻めき合ってるような状態だなっていう。
面白いね。
大会運営と選手サポート
運営側からできること、またちょっと、
9月末なのか10月頭なのか、
ちょっとまだ募集はしてないんですけど、
15名の選手同士のミーティングは行いたいと思ってまして、
そこで会場はもう決まったし、
コースも決まってます。
開催日程も決まってます。
天気はまだ分かりません。
ただ天気が崩れてもいいように、
前回のシルバー大会同様も施設内スタート。
雨が降ってもテントは塗れないという環境。
もし選手によっては晴れてて室内じゃなくて、
テントがいいという人は、
テントを張れる場所も設けているので、
室内でも外で使えるというような環境は用意していて、
トイレっていう懸念点に関しては、
今回は女子がいないので、
男女のトイレだったり、
あと2階のトイレだったり、
コース途中から入れるような環境も作ったり、
あとは折り返し店にもトイレは1つぐらい置こうかなと思っているので、
環境面ではなるべく走りやすいというところは見たいと思っていて、
あとはそのミーティング次第で、
選手が何を食べたいとかっていう要望があれば、
そういったものはなるべく要望を聞いた上で用意して、
走りやすい環境っていうのはなるべく作ってあげたいなというふうに思いますし、
その中でもさっき話に出た、
現在の世界のレベルが1150ぐらいのレベルで、
日本も負けてないんで、
そこら辺含めて、
過去にバックヤードのサテライトを経験している吉田さんをはじめ、
いろんなメンバー、2階目の人とか3階目の人とか4階目の人がいるんで、
そこら辺のアドバイスももらいながら指揮を高めたいなとは思っています。
あと、毎回毎回1時間ごとに鐘を鳴らすんですけど、
その時にモチベーションになるようなネタ、
国々の情報とかっていうのは、
みんなが走ってる1時間の間、なるべく調べて、
ちょっとモチベーションになるような情報はお伝えして、
そして1人でも多くラップ稼いでもらえたら嬉しいなと思ってますね。
日本代表チームへのメッセージとテーマ
ありがとうございます。
本当に心強いサポートをいただけそうだということで、
今回の大会に、ある意味作戦名みたいなテーマとかをつけるとしたら、
トモさんはどういうものをつけますか?
青岳の原監督じゃないですけど。
青岳は何をつけてるの?
青岳はワクワク大作戦とかそういう系ですよね、確か。
もうちょっとひねってた気がするんですけど。
作戦名じゃなくてもいいんですけど、テーマですね。
日本代表チームのテーマを敢えて監督として決めるとしたら。
やっぱり作戦名とかないですけど、
トップ3には輝いてほしいなとは思いますね。
実力的に、あの記録から見てもできるところにあるんで、
本当に一人一人が自分の絶賢番号と同じ絶賢番号の他の国に勝てば、
勝てると思う。勝てるんですよね、要は。
だから一人一人そこを目指して頑張ってほしいですし、
自分たちがこう、何ですかね、
おじいちゃんとか、女性いないからおばあちゃんにはならないんですけど、
おじいちゃんになった時に自分の孫が、
うちのじいちゃんがこういうすごい大会で、
国別ですごい人を広げたんだよっていうのが武勇伝になるような、
なんか走りをしてほしいですね。
バックになった時が初め、
なんていうんですか、バックヤードって、
辛くなってからがバックヤードみたいな。
最初のうちは楽なんですけど、そこで、
どう個人のウルトラランナーとして頑張れるかっていうのと、
あとチームもサポートして有力があるような戦いができる人がいるのか、
分からないんですけど、
そういった人を見たいですね。厚い戦いは見たいですね。
ほんとその苦しさは必ずやってくるっていう、
楽しむ力とバックヤードの魅力
そういう中で、
ともさんがTDT今年終わったタイミングのSNSの投稿で、
やっぱ楽しむ力っていうのが大事だというか、
その凄さが人間の持つ、
素晴らしさの一つだったようなことをおっしゃってたかなと思うんですけど、
バックヤードを本当に苦しくなってからのどう楽しむんだみたいな、
そういうところってありますよね。
やっぱり夢中になってる人にはどんな努力しても勝てないですからね。
辛くなってからは、そんなこともキレイことは言ってられないかもしれないんですけど、
それ含めてやっぱりバックヤードで、
それを望んでる部分も多分選手にはあると思うんですよね。
その終わりが来るのはわかってるんで、バックヤードは。
最後の人以外は。
なので、おそらく辞める時っていうのが、
すごく苦しんで辞めると思うんですよね。
もちろん怪我とか、
選手生命に関わるような辞め方っていうのもしてほしくないですし、
でもそれはメンタル的なものである。
ぜひ思う存分苦しんで楽しんでほしいですね。
本当になんだろう、このスタテライトって、
バックヤード自体があんまりまだ、ウルトラランニング自体はメジャーなスポーツじゃないじゃないですか。
サッカーとかバスケみたいに。
でも、ここで集まってトップレベルで今やってる人たちって、
自分にとっては野球大谷翔平とか、そういったレベルの人たちが集まってると思うんですよ。
実体世界とも戦ってますし、世界を劣らす。
そういう人たちがいるんだっていうことと、
そういう人たちと一緒に競技できていて、
そういった人たちの戦いを間近で見れるっていうのは、すごく僕は幸せだなと思うんで。
だからニッチなスポーツをやりながらも、そういった世界大会なので、
ちょっとどんな記録が出るか、
ありがとうございます。熱いメッセージを。
きっと私も含めてですけど、代表メンバーもこのトモさんの言葉というかを聞いたら、
モチベーションがかなり上がるかなと思いますし、
当日が楽しみになるんじゃないかなと思うので、
本当にお時間を取っていただいて改めてありがたいなというところです。
今後の日本バックヤードの展望と多様な楽しみ方
最後というか、もう一つ踏み込んで聞いてみたいのが、
バックヤードのサテライトが今年10月にはあるんですけど、
またその後も11月に国内のバックヤードがあったりとか、
今後の日本のバックヤードが盛り上がっていくために、
どんなことができるのかなとか、そういうことも私自身も考えてるんですけど、
トモさんなりの今後の日本バックヤードの展望みたいなものってあったりされますか。
そうですね。今、悩みじゃないですけど、やっぱり過酷というイメージがあるので、
もちろんね、自分の究極を追い求めると過酷な方向に行くんですけど、
でもやっぱり入り口は敷居が低いので楽しいので、何ならマラソンよりも距離が短いので。
マラソンを走るよりも敷居が低いなと思って。
マラソンを走りたけ6周くらいすればマラソンになるし。
なので、間口はすごく広いし、敷居も低いので、
どんどんいろんな方々が入ってきて楽しんでもらえばいいかなというふうに思いますね。
あと、今じゃ無差別級で誰が強いのか。
フィル・ゴアが恐らく今強いんでしょうけど。
フィル・ゴアは強いんでしょうけど、でも70代でどれくらいできるのか。
60代でどれくらい走れるのかっていう。
そういったレベル、そういった横軸も入ってみるとまた面白いんじゃないかなと思いますし。
あと何なら国内でサテライトやっても面白いかなというふうには思います。
1人で走るのはちょっと嫌だけど、チーム戦だったらチームのために頑張れるみたいな。
5人選抜して、1つの会場で。
ギャルっていうのはやったことないんですけど、
やってみたらこの駅伝文化とかタスキを繋ぐ文化からしてみたら、
なんかちょっと熱い気持ちで楽しめるんじゃないかなっていうのは思いますね。
あとは岩崎さんがやってるハベックパッケージもあります。
いろんな形で楽しめると思うんですよね。
そういったのもいいんじゃないかなと思いますね。
もっとどうやって遊ぶかっていうよりは自由だっていうところでもありますね。
またチーム戦やれば、通常どおりのバックヤードのルールに従ってやれば、
チーム戦でもやりながらも個人の記録も残る。
確かに。面白いですね。
その形式ってどうなんですかね。
例えば1会場というか、5人1チーム作って自分たちの6.7キロ決めて走るっていうのを、
日本中で希望のあるチーム分繋いでやるみたいなことって、
実際やったら正式記録として認められるんですかね。
残りますよね。もうルールはバックヤードでやれば。
選手ボールフェアは走り始めたらサポートしてもいいっていうので、
特になんか引っかかるようなことは考えられないとか。
面白いですね、それ。確かに。
あと今の発想で言うと、普通に団体戦もありってことですよね。
団体戦もある。
高尾とかそういうとこもありますけど、なんかチームエントリーみたいな、
儲けたら3人チーム、3人申し込んで、チーム同士で対抗戦みたいなこともできたり。
3人の最高得点の人が優勝みたいなのもありんじゃないかなって。
本当、いろんなアイディアとかいろんな楽しみ方はまだまだ提案できそうだし、
実現できそうですね。
あと、イシャロ君がやろうとしてるキッズ向けのバックヤードも面白い。
そうです。はい。
いろんな形で広がってくれればいいかなっていう。
もっとなんかこう、ポップな感じになってくれればいいかなっていう。
そうですね。
ありがとうございます。
モンムスみたいな子たちが入ってくるような競技になってくると面白いっていう。
確かに。アイドルユニットみたいな。
アイドルユニットみたいな。で、応援する人たちもこうね。
おたげみたいな。
おたげみたいな応援が入ってくると、これは面白いんじゃないかなっていう感じですね。
ありがとうございます。
注目選手とモチベーション
最後にまたワクワクする話を聞かせていただいてありがとうございます。
せっかくなんで、岩崎さんからもなんかご質問とかあったりしますか。
この場面でトモさんに聞いてみたいこととか。
はい。
今裏で、この後のインタビュー企画の日程を調整してたんですけど、
この後まだインタビュー企画続くんですけど、
トモさんが注目している選手とか、この人にこういうことを聞いてみたいとかありますか。
全員、15名全員に聞いてみたいのは、どんなモチベーションで走っているかっていう。
それは聞いてみたいですね。
もう単純に最後の一番になって、VIXXの優先権を貰いにいくことなのか。
一丸として優勝することがモチベーションなのか。
それなのか、やっぱり女強いメンバーで走る機会なかなかないから、
やっぱり自分の自己ベストを狙うのがモチベーションなのか。
そのモチベーションって、何かしら15名の中で日本選抜で走るって、
わざわざつらいことを。
楽しいんで、楽しいけども、
最後の究極はつらいところまでやる、そんなモチベーション一体なのか。
ちょっと一人一人聞いてみたいですね。
10年後の自分の成長のために、今は踏み台として来るのか。
ちょっとわかんないですけど、そういうのはちょっと興味ありですね、僕としては。
ありがとう。さっそく聞いてみたいと思います。
ありがとうございます。
選手とファンへのメッセージ
では、お時間もあると思うので、ちょっと最後に質問にしようかなというふうに思います。
今回のエッジソードを通していろいろ言って、お話いただいてるとは思うんですけど、
改めてバックヤードサテライト大会に向けてということで、
10月17日の本番まであともう50日切ってるという感じですが、
選手の皆さんへのメッセージ、あとはバックヤードファンというか、
選手としてではない形でバックヤードに注目していただいてる方々へのメッセージをそれぞれいただけたらなと。
まず選手へのメッセージからぜひお願いしたいです。
今回自分、最終的に残るのは一人だと思うんですよね。
15名のうちで各国バックヤードルールでやるんで、
なので一人残るんですけども、こんなに強いチームって、
たぶん今までの日本のチームの中で一番強い15名の集団なんで、
おそらく、よくある例が、サテライトで全選手がPBでいたみたいなことなんですけど、
なので全力で走ってほしいなっていうのはまず思うので、
そのためにもう50日ってなると、あんまりもう練習も、
あともう20日、30日くらい練習したらもう残り20日はテーパーリングになってしまうので、
あんまり練習やりすぎず、怪我しないように、
最高のコンディションで最高の舞台に立てるようにしてほしいなというふうに思います。
これからリスナーの方たちに関しては、
やっぱり僕は知ることを通してすごい人生が変わったんで、
僕のきっかけは前の会社でダイエット企画で走り始めたことがきっかけなんですけど、
どんな形でもランニングは楽しいですし、
きついってイメージはあるかもしれないんですけど、きつさの中にやっぱり楽しさがあるんで、
平凡だとやっぱり楽しいに結びつかない気がして、
つらいイコール、ちょっとつらいイコール、ちょっと楽しいイコール、
すごいつらいイコール、すごい楽しいイコールみたいな、
なんかそういう因と用みたいなところがあるような気がします。
走れることをきっかけに、ちょっとフラットバックヤード一周やってみたことがきっかけで、
想像もしなかったことが待ってるかもしれないので、
少なくとも僕はダイエットを始めて、1日5キロ走り始めた、
最初は歩き始めた、そこから歩く、走れるようになったんですけど、
それが17年前で、まさか自分がウルトラを84本、1084本走って、
サラリーマンを辞めてコーチをやってるなんて、その当時は思いもしなかったんですけど、
なぜかといったら走り始めたきっかけで、
ランニングの楽しさも知ったし、いろんな人との出会いがあって、
その出会いの中でいろんなことを教えてもらって、
ランニングの楽しさも教えてもらって、
こんな楽しいレースがあるよとか、教えてもらったりとか、
そういった身体が成長していくとともに、
ランニングのコミュニティの中で成長できた部分があると思うので、
もし面白そうだなと思ったら、ぜひ走ってみて、
つまらなかったらつまらなかったでそれでもいいですし、
楽しかったら楽しかったら続けて、
ぜひその一歩を踏み出してほしいなと思います。
夢、夢とかってみんな語るかもしれないんですけど、
その夢って自分の家の玄関がその入り口なんで、
それを開けないと夢には届かないんで、
ぜひその玄関を開けて、一歩勇気を出してやっていただければと思います。
おはようございます。
トムさん本日は本当にありがとうございました。
引き続きよろしくお願いします。
ありがとうございます。
01:04:51

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