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RS番外編「この道は世界に通ず」吉沢選手・小松選手と振り返るClint Eastwood遠征(26/8/14〜)
2026-08-30 1:16:52

RS番外編「この道は世界に通ず」吉沢選手・小松選手と振り返るClint Eastwood遠征(26/8/14〜)

AFAP(アファップ)。このプロジェクトは、「バックヤードウルトラ」という競技に魅せられたウルトラランナーたちによる共走と挑戦に光を当てます。「As far as possible 私たちはどこまでいけるのか?」走ることでつながった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。


今回は、RS番外編「この道は世界に通ず」吉沢選手・小松選手と振り返るClint Eastwood遠征(26/8/14〜)

【内容】

2026年8月14日にオーストラリアで開催されたThe Clint Eastwood Last One Standing。

サポートとして参加したミチタロウと、日本人選手を代表ラインまで押し上げる走りをした吉沢選手・小松選手と共に大会を振り返る。

ゲスト:

吉沢協平 

https://www.instagram.com/kando_producer?igsi=NnNza3J5aDlvcm9j

小松広人

https://www.instagram.com/komahiroto?igsi=MWJxdmhtMDB0NzhpMg==


水野倫太郎/通称・ミチタロウ(Instagram:@michi_bagman_ultrarunner)

昨年のDead Cow Gullyにて、Dead Cow Gullyにて94LAPを記録。BAGMANの愛称で知られ、「走るはつなぐ」をテーマに、海外バックヤード転戦中。


AFAP(Instagram:@afap_ultrarunning)

「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」をテーマに、2025年6月Dead Cow Gullyをきっかけに立ち上がった日本人ウルトラランナーたちによるプロジェクト。当初はドキュメンタリー制作が目的。現在は、大会主催やコミュニティづくりに至るまでバックヤードウルトラや「共走」の魅力を伝える活動を幅広く展開している。


Podcastでは「共走と挑戦のドキュメンタリー」をテーマに、以下のシリーズを配信しています。

・SDシリーズ:Seven-day Project(ミチタロウ7日間への道)

・RS シリーズ= Rising Sun Project(チームジャパン頂点への道)


Documentary映像「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」視聴リンク:https://youtu.be/aY3RQz1ADoM?si=5t8dHO2wnGWrCu2m


編集: 岩崎智之

Aidpo (エイドポーション)オンラインプラットフォーム運営

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AFAP ACAP このプロジェクトは、バックヤードウルトラという競技に魅せられたウルトラランナーたちによる競争と挑戦に光を点ます。
As far as possible 私たちはどこまで行けるのか、走ることで繋がった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えをしていきます。
はい、プロウルトラランナーの水野道太郎です。
本日は2026年8月28日、最近はですね、バックヤードウルトラ日本代表世界一への道ということで、
10月17日から開催をされるバックヤードウルトラ国別対抗戦、通称サテライト大会に向けたインタビュー企画をお届けをしているんですが、
本日は、まあそれのある意味スピンオフみたいな形でもあるんですが、個人のインタビューではなく、
ゲストお二人にお越しをいただいて、直近で8月14日から日本人選手たちが挑戦をしてきたクリントイストウッドラストワンスタンディングという、
オーストラリアのバックヤードウルトラについて振り返りをしていきたいというふうに思います。
それでは安田さん小松さんよろしくお願いします。
お願いします。
よろしくお願いします。
ご無沙汰してますというほどではないんですけど、お二人ともご帰国してから1週間ちょうど経ったぐらいの感じですかね。
そうですね、1週間経った。
どうですか、ご帰国から1週間、いろいろ忙しくされているのかなと思いますけど、体調だったりとか、近況があればお伺いしたいんですけど、小松さんどうですか。
体調はいつものバックヤードウルトラに比べるとダメージが少なくて、体調はいいんですけど、
2週間半オーストラリアに滞在していた付けが仕事の方に回ってきていまして、今そっちを頑張っているところでリカバリー。
お仕事の方がちょっとだいぶ忙しいという。
吉田さんは今笑ってましたけど、吉田さんはどうですか。
そうですね、私は体調的にはそんなに良いも悪いもなく、もちろん多少の疲労感はもちろん残っているんですけども、
ちょうど帰国した翌日も、私が運営しているランニングクラブで一応バックヤード練習会を横浜でやったりということで。
さすがに帰国翌日だったんで、8ラップくらいで。
全然ランニングも普通にやってますし、ただ来週はまた海外のレースが控えているので、
走っても20キロぐらいに収めて、あんまり超長いのはやらないようにもしてます。
吉田さんほどになると、20キロぐらいがちょっと抑えた距離だという。
03:02
あとちょっと別件ですけど、インスタグラム拝見してたら、娘さんのラクロスの応援に行ったりも。
そうですね、ちょうど昨日行ってきまして。
やっぱりエネルギーというか、なんか刺激をもらったりもするんですか?
そうですね、うちの娘もラクロスで、それこそ国内のトップレベルで、高校時代からやってるので。
ある意味、私のライバルでもあるんですね、意外と。
どちらが世界でいい、さっき言った話もあるので。
応援しつつ、いいライバル、親子の家もあるので、お互い刺激。
私の刺激を受けているかは知りませんけど、娘の応援行くことで、私も元気はもらえるので、
ちょっと行けるタイミングで応援は行くようにしてます。
ありがとうございます。
娘からしても、むしろより世界に近いお父さんがいるっていうのは、刺激なんじゃないかなと思うんですけど、
そういう言葉をもらったりとか、そういうことは特にはないんですか?
いや、直接的に、娘から私にそういうのは正直ないので、正直どう思ってるかは聞いたことも、そんな会話もしたことはないので、分かんないです。正直。
いつかちょっと何かのタイミングで聞いてみたいところですけど、今謎のままだと。
そうですね。
ありがとうございます。
それぞれのご家族もよくあるのかなと思いますが、
帰国してきてどうですかという話をしたわけですけど、そもそもクリント・イースト・ウッドの遠征っていうのに行ってきて、
それがどんなものだったかというところもこの後触れていきたいなと思うんですが、
概要で言うと、8月14日からオーストラリアで開催をされたオーストラリアのブリスベンですね。
あれは何ですかね、市民の憩いの公園みたいな感じなんですかね。
そんなとこないのかな。市民の公園みたいな。
すごい郊外って感じではないですもんね。
そうです。結構市内にありますよね。
そんな場所で開かれたバックヤードウルトラということで、タイミングで言うとですね、
冒頭でも言ったサテライト大会、10月の大会に向けた最終代表選考、代表選考っていう位置づけの大会ではないんですけど、
8月15日までに開催をされた大会の記録が、その国ごとのランキングに反映をされて代表メンバーが確定をするという、そんなルールだったので、
8月14スタートはギリギリ滑り込みで記録になるという、そんな位置づけの大会だったかな。
06:01
今回は日本からは4名の選手ですね。吉澤さん、小松さん、桜庭さん、羽賀さん、そしてサポートクルーとしては桜庭さんの個人サポートという形で、
アナザーさん、そして私は全体のというか、皆さんの状況を見ながらサポートできたという形で帯同をしまして、あとは心強い現地メンバーというところで、コールドコースト在住のじゅんさんであったりとか、
あとはひろこさんですね。そしてじゅんさんのお友達のカズさんという3名の日本人の方々にも手伝っていただいて、やってきたという、そんな感じですけど、
クリントイーストウッドの遠征にそもそもなぜ行くことになったのかみたいなところからちょっと振り返っていきたいんですけど、ことの発端は私の認識だと吉澤さんというか、だったのかなと思うんですけど、なんかどういう風な形で今回。
まず経緯としては、今回それこそサテライト入りを目指したお二方ですね、桜庭さんと羽賀さんが、特に桜庭さんとですね、5月の広崎で行われた24時間走のアジアオセアネ選手権のほうで、桜庭さんは日本代表選手として出られてて、
私は大会のスタッフとして参加してたんですけども、ちょうどそのレースが始まる前ぐらいに桜庭さんとちょっと会話をしてくる中で、桜庭さんのほうから、まだちょっとサテライト諦めきれてないんだみたいな話が。
ちょうどクリンティストウッドとか、8月にオーストラリアのバックヤードのレース、シルバーチケットレースがあるっていうのはもちろん私は認識してたので、もし桜庭さんが本気で考えられてるんだったら、私も出場もちょっと検討するし、桜庭さん的にも一緒に行ってくれたらちょっと心強いっていうお話もいただいてた中で、
ちょうど同じ頃に羽賀さんとも同じような言い取りをしてたので、だったらみんなで行ったほうがいいかなみたいな話の中で、ある意味この話題の土台に乗ったみたいなところがそこがきっかけだったかなと思います。
ちょうどあれですもんね。私たちが5月末から6月頭にかけてのデッドカウガリーの遠征に行ってるタイミングだったっていうのもあるんです。
実際はその少し前に話があって、もう一段踏み込んだ話を、それこそ本当にデッドカウガリーの交流コースで、じゅんさんのお家にお邪魔してたときにミーティングをしてという、そういう感じでしたね。
そうですね。
最初は小松さんはあんまり僕は関係ないかなみたいな雰囲気だったようにも思うんですけど、最初日本人メンバーでクリントリスト行くよって聞いたときはどんな印象でしたか?
09:13
いや、なんか別に自分は行くつもりはなかったので、そうですね。
まあでも、いって日本人がそこで最後そういう展開になったら面白そうだなというか、バックヤードがすごい盛り上がりそうだなっていうふうには横で聞いてては思ったんですけど、自分自身はちょっとそこに行くつもりはなくて、
ちょっともうデッドカウガリーでお腹いっぱいでいうか、そんな何度も海外行ってバックヤード走るっていうのをやるもんじゃないなとは思ってはいたので、はい、行くつもりはありませんでした。
なんか今となってはあんまり説得力のないあれですけど、まあまあそういう感じですよね。
その気持ちがちょっと変わったきっかけとか理由はどんなところにあるんですかね?
そうですね、ちょっとデッドカウガリーで1位と2位になったサムとジェイデン、彼らはオーストラリアのサテライトチームを目指して、デッドカウガリーでも75周目指して走るっていうようなことを言っていて、
で、レース中彼らと最後残った時に3人で走って、その時に自分も自己ベスト75だから、そこまで走り切れれば君たちの目標達成できるから、
自分も自己ベストで達成して、2人もサテライト決めてっていうような形で喜びを分かっちゃおうみたいな話を走りながらしてたんだけれども、実際に道サロが終わってから3人で走ってて、
その3人の中で自分が一番最初に終わってしまったっていうのがあって、で、そのサムとジェイデンがデッドカウガリーが終わった直後に、彼ら最後サテライトメンバーIDを目指してクリントイーストウッドを走るっていうことを2人が共鳴していて、
その2人が出るのであれば、デッドカウガリーで中途半端な形で終わってしまったものをもう一回一緒に走って、彼らがサテライト出場するっていうようなところのレースに一緒に走ってみて、
なんだかしら自分の方でも彼らに対して貢献できることがあるかもしれないし、自分自身も得られるものあるんじゃないかなっていう気がしていて、それで参加をしました、決めました。
12:03
そういう意味では最初は日本メンバーのサテライトを利用っていうよりは、デッドカウで一緒に走ったジェイデンとサムとの絆みたいなところが要因としては大きかったっていう感じですよね。
そうですね。ちょっと実際にはがさんとさくらばさんもクイントイーストウッドの現地で初めましてで会ったので、ちょっとお会いしたことなくて、お名前とかは知ってましたし、木島ライダーで走られてるときはちょっとちらっと向きかけした程度だったんですけれども、もともとちょっと認識はなかったっていうのもありっていうのはありますね。
ありがとうございます。そんな中でデッドカウからのまた約2ヶ月後にオーストラリアのバックヤードを走るっていうことは、ご自身としてはどんなことが得られそうだなっていうイメージとかはありました?
私自身はデッドカウガリーで動画を見返してみたんですけれども、48時間ぐらいのラップの時点で体がかなり傾いてて、デッドカウガリーのときは怪我明けだったので走り込みがそもそも不足していて、
早めにちょっと自分の体が耐えられなくなったっていうのもあったのかなとは思ったんですけども、ただいずれにせよすごく早い時間で傾いてしまってたので、そのためにそれは絶対修正しないといけないなと思って、
いろいろトレーニングの方法、ランニングの走り方も少し変えたりとか、あとは大きいところだと筋トレを始めて体のコアで再感を支えるっていうようなことをできるようになりたいなと思っていて、
トレーニングの方法をデッドカウガリーから変えました。その変えた結果、自分の体がどれだけ強くなっているのかっていうのを試したかったっていうのはあって、そういう側面はクリティストウッドに参加するにあたってありましたね。狙いというか、意図というか。
じゃあ、改善レースみたいなそんなイメージだったんです。
そうですね。改善したものを検証するみたいな意味合いもちょっとありました。
吉澤さんどうでした?桜庭さんからの、そういう気持ちだったらサポートしたいみたいなことはおっしゃってましたけど、ご自身としての位置づけというか、それこそ9月の6日間総世界選手権はもともと予定が決まってた中で、
そこの8月にバックヤードを入れるっていう、そこの判断に迷いがなかったのかとか、そこらへんどうですか?
15:00
迷いがなかったって言ったらちょっと嘘になるんですけども、やっぱり大きい存在としてはやっぱり桜庭さんからのお話の中で、これまでも本当にたびたび桜庭さんには色々お世話になっているというか、
逆に助けられているシーンっていうのは非常に今後まで何回もあってですね、それの恩返しがしたいという気持ちが非常に強くて、
先ほどの小松さんのサムとゼーレンの話ではないんですけれども、逆にこちらがどれだけお手伝いできるかわからないんですけど、
例えば恩返しというところで言うと、一番直近で言うと木島平の大会のときに、やっぱり私がそれこそ末まで厳しい時間帯を本当に引っ張っていただいて、助けていただいて、
結果私はそれである意味サテライト入りを決めさせていただいたっていうのもあったので、それが一つだったり、
あと過去で言うと、それこそ私が6日間走かな、弘前の。2年前に優勝したときに桜庭さんは24時間の方で優勝されてて、
やっぱりレース中、主目は違い同じコース上の何回も抜きつ抜かれつもあるので、そのときお声掛けしていただいたり、
もっと前で言うとですね、3,4年前のスパルタフロン、ギリシャで行われる、本当にウルトラマラソンの本当に権威あるレースで、桜庭さんは日本最上位で、日本中で最上位で完走されて、
私は途中、TNFでたぶん90キロぐらいでレースを終えてるっていうところの中で、結構そのレース前後から一緒に走ったり、あとレース後も一緒に待ち覧していただいて、
私はかなり落ち込んでたので、そういうのも励ましていただいてたりっていうのもあったりということで、本当にどちらかというと私たちがこれまで助けられてる方が多かったので、
なんとかこのクリンティストウッドで一緒に走らせていただいたり、何かお手伝いできることがあればご一緒に、その場にいるだけでも違うかなというところで、一番桜庭さんのためっていうのが結構大きかったかもしれないですね。
じゃあご自身としての競技として、トレーニングとしてどうこうっていうのはあんまり考えずに決めたっていう感じなんですか?
そこの自分自身っていうところで言うと、やっぱりこの8月っていう時期的な問題はやっぱり日本だと国床というか、本当に35度前後っていう中で、
多分走り込みがするのがかなり特に熱中は難しいかなというところの中で、ある意味南半球で比較的日本に比べたらずっと気温も低く走りやすくて、
18:02
もちろんエースだけじゃなくて、今回で言うと2週間ぐらい滞在させていただいたので、特に小松さんとほぼ一緒に走らせていただきましたけれども、
そういった夏場の走り込みをして、ちょうどもう来週迫ってますけれども、6日完走の世界選手権だったり10月のサテライトに向けて、しっかり8月でさらに足を作っておきたいっていうのがあったので、
そういった個人的なトレーニング強化の意味はありましたね。
ありがとうございます。吉澤さんもポッドキャストやられていて、すでに振り返り、個人のレースの振り返りはされてたかなと思うんですけど、
そのポッドキャストだと、レースっていうよりオーストラリア合宿みたいな一連のものとして総括されてたので、そういう意図だったっていうのはありますし、
より個人の吉澤さんの走りとか戦略みたいなところは、FIND FCのポッドキャストでぜひ聞いていただけたら。
お願いします。
ありがとうございます。
そして、選手陣はそういう形で4名が行くとなった中で、私も選手で行くのって周りから言われたんですけど、サポートで行きますというちょっと新しい代わりをバックヤードとすることになったんですけど、
そうですね、最終的には私が決めましたし、行けるんだったら行きたいけど、現実的にはみたいな気持ちがあった中で、まさに今日来ていただいている吉澤さん、そして小松さんからの後押しっていうのも、
今回私がサポートクルーとしてオーストラリアに行った理由の一つになってるなとは思うんですけど、吉澤さん、小松さんから見て、どんな意図でとか、どういう理由で道太郎もオーストラリア行った方がいいんじゃないみたいなのを言ってくださったのかっていうのを改めて聞いてもいいですか。小松さんどうですか。
そうですね、ちょっといろんな背景があって、状況もいろいろ変わっていく中で、どうしても道太郎にこういう理由で行った方がいいんじゃないみたいなことと、最終的にはちょっといろんなものが変更もあったりとかはしたんだけれども、
逆に言うと道太郎がいないと、ちょっと今回の演出は成り立たなかったなっていうふうに思っていて、現地でやっぱりテント借りたりとか、本当に僕らだけではできないことを、ブリフィレンのバックヤードコミュニティの方々がすごくいろいろやってくださって、
そういうのはちょっと道太郎なしではなかったなっていうふうには思ってはいて、なんか自分たちが道太郎を後押ししたっていうあれはないんだけれども、逆になんかすごく負担をかけてしまったんじゃないかな。
21:18
気持ちの方が僕自分は大きくて、それがちょっと正直なところ。
当初はデトカーガリーで話してたのは、APAPとして今後といった海外に対して日本人選手をアテンドするみたいなことっていうのが、APAPの新しいサービスとか事業につながっていくみたいなこともあるんじゃないかないんじゃないかみたいな話もありましたとは思うんですけども、
そういう側面、道太郎にとってすごくプラスの側面があったかって言われると、それよりも多分出た選手たちにとってすごく道太郎がいたことっていうのがプラスになった結果になったというか。
そんな風にはちょっと違和感を感じているのも正直なところで、本当にありがたい限りで、改めてお礼をお伝えさせていただきます。
ありがとうございます。
そう言っていただけるのはすごいありがたいなというとこですけど、吉澤さん目線で言うとどうですか。
大間さんが言った通りなのか、なんかもう少しまた違う見方が吉澤さん的にはあるのかとか。
それで言うとですね、意味合いとしては小松さんと一緒かなと思うんですけども、どちらかというと私の逆の言い方をすると、やっぱりプロランナーとして水野道太郎くん、それからそれに紐づくアファップの、ある意味今後のプロってついてるから、やっぱり職業としての礎になるようなプロジェクトになればいいかなっていうところで、
当然今回、どちらかというと先行投資みたいな形の、水野道太郎くんにとっては取り組みかなっていう中で、非常にいい機会になるかなって、ちょっと後腰っていう言い方がいいのかわかんないんですけども、行くのがやっぱりベターではないかなっていうのは思ってたので。
それがきっかけで今後、これでもちろん終わるんじゃなくて、オーストラリアなのか海外なのか、小松さん言われたようにアテンダーとしてという形の立場として活動していく中で、一つの事例というかパイロットケースみたいな形になればいいかなと思ってます。
で、やっぱり先ほど小松さん言われたようにサポート面というところで言ったら、やっぱり特に装備面ですかね。
24:02
店と拠点の装備っていう部分では、やっぱり水野道太郎くんいなかったら、拠点ができなかったので、そこは本当に私も小松さん同意はありがたいし、本当に助かったなと思っているので、ありがとうございました。
ありがとうございます。
お役に立てていただけたらすごい嬉しいですし、実際おっしゃるように、私にとってものすごく私自身に学びのあるというか、今後にもつながる、本当に礎になる体験をさせていただいたので、改めてむしろ私の方からお二人にも感謝を伝えたいなというところではあります。改めてありがとうございました。
ありがとうございます。
っていうとなんかもう締めくくりみたいな感じですけど、まだまだ遠征は始まってないよというところなんですけど、そもそも今回は、レースは8月14日なんですけど、8月第1週にはお二人がオーストラリア入流して、いわばゴールドコースト合宿っていう形になってたと思うんですけど、そこはどんなエピソードがあったのかとか、
実は私は直接は知らない立場なので、ぜひ二人で楽しかったこととか、あんなトラブルあったねとか、そんな話を聞けたらいいなと思うんですけど。どうでしょう、お二人ともニコニコされてますか。
吉田さんよりも自分はちょっと数日早く入ったんですけども、吉田さんが来る前からずっと毎日30キロぐらい走ってっていうのをやって、吉田さんが交流してからも30キロ40キロみたいな形で走ったりとかいうようなことをやっていて、レースに向けて2日前ぐらいからはもう別に走らなくてもいいよねみたいな。
あさってから好きなだけ走れるしみたいな感じで、ボリュームは落としたものの、走り込みは結構レースのテーパリングみたいなものをあんまり気にせずに、結構距離をガンガン積んでいくっていうようなことをやってましたね。
生活自体は本当にすごくシンプルで走って、お互い時間が空いたときには仕事して、時間を合わせられるタイミングでちょっとじゅんさんに街のほうをいろいろ連れて行ってもらって、いろんなものを見させてもらったりとかして、ご飯も自分たちで用意をして食べるみたいな。
今日は何食べようかっていうようなことをあれしながら。夜は少しお酒を飲みながら、いろんな話をしてっていうような形で、ランナーにとってすごい夢のような時間を過ごしていただいたというか、すごくシンプルで毎日やることがシンプルで。
自分は日常で生活している中でやらなきゃいけないこととかっていうのが結構そぎ落とされて、ランニングするにあたり大抵限のことで、臨機を使わなければいけないっていうような状態で過ごせたっていうような形で、すごく楽しい日々でしたね。
27:24
吉田さんから見るとどうでした?
そうですね。私の場合は、どちらかというとオーストラリア入りする前から若干7月中間でいっぱい、結構体調があんまりずっと良くないと続いていて、後半にかけてだいぶ良くはなってきてたんですけど、やっぱりオーストラリア入った、本当に渡航直前ぐらいもあんまり体が動かすのもしんどいくらいな状態になって、
オーストラリア入りして、早速着いて小松さんとジョグとか練習していく中で、徐々に徐々に体調は逆に良くなってきたっていう、もちろん気候的な部分もあると思うんですけれども、そこが逆に行って良かったなっていうところですね、まず体調面的に。
レースも控えてたんで、そんなに無理をせずっていうところで、1個トラブルがあったとしたら、小松さんと何キロだろう、4、50キロ走ろうと思った日に、私ハンガーノックになっちゃって、アメタンしか持たないで走っててですね、途中あんまりこっちみたいに当然自販機とかコンビニがすぐあるわけでもないので、途中でもうへばってしまってですね、
途中からもう歩きになっちまって、思ったところまで行けなかったっていうのが、ちょっと小松さんに迷惑かけちゃったんですけど。
結局、最後それで吉澤さんがストップしてからは、なんかちょっともう走れないからっていうので、なんかビーチを2人で裸になって歩いてっていう、野郎2人で綺麗な吉原ゴールドコーストのビーチを、砂浜を何キロか歩くみたいなことをしました。
なんか、外して、本当にこうなんていうんだろう、メンタル的にはすごくリラックスした、日常というか日々を過ごせたの、本当にストレスがなかったので、そこは本当に吉原さん小松さんのおかげだと思いますし、
あとやっぱりこう、あと現地のひろこさんとかね、いろいろ応援していただいてる方ですけれども、とのコミュニケーションとか、本当に人とのお出会いですとか環境面で非常にリラックスして、先ほど言った体調面はどんどんよくなってきたっていうのがありましたね。
ゴールドコーストで、ひろこさんたちと一緒に走ったとこ、なんか吉原さんと、ちょっと冬だったんですけど、海に入りました。レースの走り終わった後に、裸になって、
30:05
ライブしました。
ひろこさんたちみんなで走り終わった後に、真浜みんなで行って話してて、泳いできないよって言われて、えーっていうような感じだったんですけど、まあでもとりあえず、とりあえずゴールドコーストまで来たんだし、海に入らない、もったいないから行くかっていう形で、
あのー、服を脱いで、靴も脱いで、2人で泳ぎました。
寒くはなかったんですか。
いや、そんな冷たく、我慢できないほど冷たくはなかった。
水の中の方が暖かいような、上がってきた感じだったかなと。
なんか、ほんと青春ですね。
おじさんの青春だもんね。
でもゴールドコーストはなんかすごく、ゴールドコーストだけに言える話ではないのかもしれないけれども、なんかランニングする場所がすごく整備されてるというか、
国土が広いこともあって、車とかが入れない道で、なんかひろこさんとかデュオンさんに連れてっていただいたのがレイルトレイルっていう、
もともと鉄道が通ってたところを、もう使わなくなった鉄道の跡をトレイルみたいな形で繋いでいってっていうような道を、
30キロぐらいの道なんですけども、なんかランナーとか、もちろん歩く人もいたり、電車に乗ってる人もいたりっていうような形で、
木がもうずっと左右にあって、ある程度日陰の中で走り続けられるっていうような、そういうコースとかもあったりとかして、
日本だと信号を気にせずに走れるような場所ってすごく、特に東京とかは限られていて、
公共、代々木公園、駒沢公園とか、そういったところはランナーであふれ返ってるっていうような状況だけども、
オーストラリアのゴールドコーストってすごく走りやすい道がたくさんあって、なんかランナーにとってはすごくいい場所だなっていうふうに感じましたね。
本当にパラダイスみたいな時間だったと。
そうですね。
そんな、合宿からのレース本番が来るというか、実質的には前日に後から来た日本メンバーと合流をしてということになったんですけど、
そこまでのリラックスしてというか、非常にシンプルな生活だったって言ってたんですけど、
なんか日本メンバーと合流して、なんか変わったこととかありました?
吉田さんどうですか?
そうですね、やっぱり二方、特に桜庭さん、羽賀さん、そして新社道路君ということで、
やっぱりこう、なんですかね、やっぱりこう人が日本人が多いっていうことでも非常に心強いことだと思いますし、
33:07
あとはいよいよレースだなっていうところの、緊張感までいかないですけども、なんかちょっと逆にワクワク感、
明日から始まるのを楽しもうと思ってたので、レース自体も。そういうちょっと気持ちにはなりましたね。
小松さんどうですか?
そうですね、なんか、あのー、自分も吉田さんと一緒で、なんかいよいよレースが始まるっていうところ。
あと桜庭さん、羽賀さんとは、初めましてではあったんですけど、
まあ穴澤さんももちろん、初めましてでしたけど、
まあ皆さん、すごくいい方だったので、なんかあんまりそのいろいろ、初対面の方に気を使って、
なんか恥じらなきゃいけないとか、そういうのはなさそうな感じではあったので、すごくリラックス的でしたね。
我々は、デッドカウの後に現地のコースを試走して、
雰囲気とかもある程度分かった状態で、今回迎えたかなと思うんですけど、
試走の時と、実際レースで人が集まってくるっていう時の会場の雰囲気の違いとか、
そこらへんどうですか?吉田さんなんか。
そうですね、まあ試走した時が本当に、我々と散歩してる人ぐらいっていうところだったので、
今回多分出場者が200人弱ぐらいだったのかな、最終的に。
そうですね。
というところで、やっぱりオーストラリアのバックヤードの中としては、比較的小規模だと思うんですね。
それでもやっぱりあれだけの人数いるっていうのは、日本のバックヤードだとあんまり見られない光景だったりするところで、
どちらかというとお祭り的な要素もある、フェス感ですかね、
みたいなのは、人数の多さで感じ取れる会場になったなっていうのはありました。
実際結構、私はバチバチ感みたいなものを感じたんですけど、
そこらへん小松さんとかはどう見てました?
自分の中で走ってる時は、そんなにバチバチしてる感じは感じなかったですね。
なんか出てこないと変わらず、バチバチしてるような雰囲気は自分は感じなかったんだけど、
レース前日の場所取りが若干バチバチ感あったなと私は思ったんですけど。
そこらへんどうですか?
それは確かに、どうだったね。
あのね、私たち一番最初に現地で話しかけてくれた女性が、
なあち、なてなちさん。
なあちさん。
はい。蓋を開けてみたら、前年の優勝者だったんですかね。
36:02
女性ですけど、ラストワンスタンディングに輝いているという方だったのもあり、
最初すごい名古屋だなと思ったら、
場所取りが設営開始の時間よりもだいぶ前から来ていて、
でもここは譲らないからね、バリの雰囲気を。
確かに。
はい、そんな感じでしたけど。
私は72時間今回は走るから、なんかサポートよろしくねみたいな感じで。
そうですね。
言われましたけど。
全然似てない。
あなたが私のアテンドするのよ、ぐらいのそんなテンションでしたよ。
ああね、助けてね。
他になんかその、前日の設営で会った人とか、
なんか印象的だったエピソードとかありますか。
吉澤さんどうですか。
やっぱりお隣の、やっぱり上段の剣道ですかね。
やっぱりあの、大抵というか、
一番こう、我々以外のとこで言うと一番充実した体制というか、
いうのを組み出してたので、
実際そのレース中もそうだったと思いますし、
やっぱりちょっと一番、拠点として、
ランナーもそうですけど、意識すべきところだったのかなと。
バチバチしてたかとは別にして、
一番意識したテントではありますね。
上段ヌクヌクというニュージーランド出身の選手。
で、サポートがライアン・クロフォードっていう、
自身も95ラップですかね、記録を持ってる。
オーストラリアだとかなりこう、トップランナーっていう、
見た目が怖いですよね。
で、本当はそのナーチさんと私たちの間にちょっとスペースがあったら、
もうすかさず、ここいいだろうみたいな感じで、
ぐいぐいっと来た感じで、そんなのもあったなと。
小松さんどうですか、前日他に印象的だった、出会いとか。
そうですね、あとは、
日本人とオーストラリア人の女性記録更新した佐藤優子さんに前日お会いして、
あれ日本人の方ですかって言って声かけられて、
で、私もオーストラリア住んでるんですって言って、
で、いろいろ話して、その優子さんも
72時間目指して知ろうと思ってるんだよね、みたいな話があったりとか、
優子さんと一緒にいらしていたことは、
もうすでに75時間の記録を持ってて、
オーストラリアのサテライトメンバーもほぼ確定してるっていうような状態。
で、さっき話のあった上段は、
ちょっと話したら、100時間目指して走るみたいなことを確か話をしていて、
39:02
なんか、前評判に比べるとすごくレベル高い選手が集まってるレースだなっていう印象があって、
なんか、このレースは結構長く続くような予感がちょっとしたっていうような感じでしたね。
結構強い選手がたくさんいるんだなっていう印象はありました。
その実力っていうところもそうですし、結構意欲が高いというか、
例えばその優子さんであったりとかなーちさんもそうですけど、
ベストで言うとなーちさんで51、優子さんはもともと40っていうところから、
70人まで目指すんだっていう、優子さん曰く、いや口だけでしたよみたいなことを言ってましたけど、
でもなんかこう、めらっとこう、見える心の炎みたいなのが、
そういう選手が結構いたなーっていうのは私も思いました。
なんかレース当日はあんまり感じなかったけど、前日の方がバチバチしてた感じは。
そうですよね。
その場所取り含めて。
あとね、なんかね、デッドカウガリーで一緒に走ったローアンとか、
今回貸し出しとかやってくれたりとかして、
そういう人たちもね、なんかすごい優しかったよね。
そうですね。
彼らと本当にデッドカウガリーでちょっと走っただけだったけれども、
なんかすごく君たち日本人のために僕らができることあったらみたいな形で、
君たちの力になれること嬉しいよみたいな形で、
コメントのメッセージとかもくれたりとかしたりとかして、
実際にね、みんなで、オーストラリアのブリスボンのランニングコミュニティのみんなで協力しながら
日本人をサポートするみたいな感じのあれをすごく感じて、
本当にコミュニティとしてすごい、なんかいいなっていうふうに思ったし、
彼らの優しさみたいなものが心を打たれるものがありました。
ですね。
実際、今回テントを4つ貸し出していただいて、
会場の中で一番大きい、大がかりなテントにさせてもらって、
で、皆さん覗く人覗く人、
ワオ、ナイスオーガナイゼィングみたいな、
なんかすごいしっかりしてるねみたいなことを、
ね、我々からすると全部それをほぼ貸していただいてるので、
本当にその方々のおかげだなっていうところでしたけど、
かなり安心してレース当日迎えられたかなという感じですけど、
42:00
実際レースが始まってからっていうのは、
選手の目線でどういうふうに感じてたかっていうのを聞いてみたいんですけど、
当日はそこまでバチバチしてなかったってことですけど、
バックヤードの振り返りをどうしていくかっていうとあれですけど、
だいたい1日、最初の24時間ぐらいまでの雰囲気とか、
記憶に残ってるエピソードとかがあれば伺いたいんですけど、
吉田さんどうでしょう。
そうですね、まずレース始まってからっていうところで言うと、
やっぱり最初は人数が200人近くっていう中で、
誰がどうっていうのも正直わちゃわちゃしてるので、
逃げてなかったんですけど、
だいたい半日ぐらい過ぎてくる辺りぐらいからは結構減りだして、
24時間自体では結構少なくなってたかなと思うんですけど、
だいたい24時間ぐらいの中に残ってるぐらいのメンツを結構観察してて、
どういう走り方、ペーシングしてるのかとかは、
特にオーストラリア人の皆さんの走りは見て、
もちろん今名前が上がったような方々含めてですね、
誰が最後の方まで行くのかなみたいな、ちょっと見つつ、
あと個人的には、やっぱり非常に丁寧に走るように。
特に1日目、2日目、48時間ぐらいまでは、
ある意味、本当に丁寧に丁寧にっていうのをちょっと意識して、
ペーシングをして、
たぶんヤマニラルでオーロを3日目に備えてるっていうのが、
2日目まであったかなっていう感じですかね、自分としては。
それこそDead Cowの時、肝になってしまった、
序盤の最初の日の熱さっていうのも、
ポッドキャストでもおっしゃってましたけど、
そこも乗り越えてっていう感じでしたね。
そうですね。やっぱり私の一番の暑さっていうとこで言うと、
今三浦くんがおっしゃっていただいたように、
前回のネットの話題で本当に、
一桁ラップで終わるという惨事があったんですけど、
それに向けては国内でも暑い中、
初日潤下の対策というか、
30度超える中、日中とか、
かなり走り込みをした期間もあったりしたので、
そこは生きたかなっていうのと、
それこそ三浦くんにもサポートで、
いろいろ冷却的な対応をしてもらったので、
そこはすごく助かったし、
ある意味、それが抗争して、
ありわゆる暑い時間帯は、
特に苦もなく乗り越えられたかなっていうのが、
今回の大きい収穫の一つではあるかなと思いますね。
コマさんどうですか、最初の24時間目ぐらいまでは。
45:03
そうですね。自分は結構比較的リラックスして、
ただ、いつもの最初の24時間と変わらず、
時間が経つのがひたすら長いっていうのを、
我慢しなきゃいけないのと、
あとは結構デッドカウガーリーで一緒に走った人も、
中にいたりとか、
デッドカウ見てたよみたいな形で声をかけて、
触れた人がいたりとか、
結構いろんな人と自分は片言の英語で話をして、
そうですね、結構いろんな人と話させてもらって、
すれ違いがすごい多いところだったから、
そのすれ違いのために、
その人の声をいろいろ、
はい、グッジョブみたいな感じで、
声かけ合ってみたいなことをしたりとか、
あといろんな選手の人がいろんな走り方をしているのを、
結構見るのが面白いなっていうふうに。
序盤ちょっとポコッと下るところがあるんだけども、
ナーチとかは一緒に走ってたときに、
ここは歩いて下った方がダメージ少ないから、
歩いた方がいいよみたいな感じで教えてくれたりとか。
うん、そうね。
あとユコさんとスコット一緒に走っているときに、
結構彼らは序盤前の方に行くんだけども、
帰り残り1キロぐらいは歩いてたりとかして、
その歩いていくところは一緒に少しおしゃべりしながら、
本当に序盤の方に一緒に歩かせてもらったりとかして、
ここでこう歩いてもこの時間に戻って、
ダメージはこうなんだみたいな形で、
こういう走り方もあるんだなっていうことも、
学びになったりとか、
そんなことをちょっと覚えてますね。
デッドカウンに比べて、
ダメージはあと少なかった印象があります。
一日では。
そこから先は長いわけですけど、
ご自身にとって、
ちょっと乗り越えなきゃいけない、
ちょっと苦しい時間が来たなみたいな、
タイミングとかがあったら聞いてみたいんですけど、
コマさんどうですか。
苦しさを、なんだろう、
そうね、足の痛みが、
最初の24時間はそんなに苦しいって思う場面はなかったかな。
1時間1時間やってけば乗り越えられるからっていうのに、
ちょっとそこから先は苦しい場面はいくつもあったんですけど、
最初の24時間に関しては苦しい場面はそんなに、
48:00
いつもに比べて、
だいぶでも時間に対する考え方がすごい重要っていうか、
まず12時間。
12時間の後は18時間。
18時間終わったら20時間。
20時間終わったら次、
23時間とか。
23時間終わったらもうあと1時間で24時間だっていう。
24時間終わると、
次6時間走ったら30時間とかっていう風に、
結構小分けに、
なんだろう、
果てしなく長く感じるものを、
小分けに区切りがあるっていうような感じで意識すると、
なんかデッドガウの時に感じたような絶望感、
24時間の中で、
最初24時間の絶望感みたいなものは若干なくて、
なんかポンポンポンポンクリアしていけるような印象は、
長かったけれどもね、
時間を感じた。
実際苦しい局面、
レース全体でいうと、
どこら辺で来たっていう、
そもそもそんなに苦しくなかったのかっていうところですけど、
吉田さんどうですか。
前半通じて、
例えば、
どっかが痛んだりとか、
それこそ内臓がやられてるとかっていう、
いわゆる身体的な疾患っていうのは、
まずゼロに等しいっていうねと、
やっぱり私の場合、
距離耐性が多分日本語くらいでも屈指だと思ってる。
やっぱり時間走で、
それこそ10日間とかで、
1200キロとか走ってるからすると、
距離的には400、500キロって、
ちょっとバグった話になるかもしれないけど、
そこまでこう、
むっちゃ長い距離とかっては思えないので、
そこの辺の体力的な部分とかっていうのは、
何の今回も苦労というか、
聞きてきたものはなかったんですけど、
唯一あったとしたら、
ちょうど2日目の晩ですかね、
スイマが一番きつい時間帯が、
多分40から45ラップ目ぐらいの、
5時間ぐらいですかね。
ちょうど2日目の深夜帯っていうのが、
ほんとスイマが取れなくて、
そこはそれこそ、
小松さんと桜庭さんが、
ほぼセットで走られてたので、
そこに一応混ぜていただいて、
どちらかと言うとその時間は、
助けていただいて、引っ張っていただいたっていうところですかね。
そこぐらいですかね、
一番きつかったっていう場面は。
あとは終わるまで、
そこまで本当にダメになるとか、
ここ痛いとか、
無理だみたいな感じは、
一度も訪れなかったっていうのがありますね、今回は。
小松さんどうですか。
自分が多分50時間過ぎたあたりぐらいが、
51:00
ちょっと一回きつかった。
それがちょっとなぜきつかったかっていうと、
おそらく30時間ぐらいのところから、
ずっと桜庭さんとパックで走ってたんですよね。
桜庭さんが気持ち的にも、
ちょっと弱気なことを発言されてたりとか、
出力もかなり落ちてたのは、
自分もすごく感じて、
ちょっとサポートしていかないと、
多分サテライトの基準までは乗れないなっていう風には、
と思って一緒に行きましょうっていう話をして、
ずっと一緒に走ってたんですけれども、
それがしばらく経って50時間過ぎたあたりに、
ずっと気にしながら走らないといけないっていうのを
見受けてたときに、
自分のペースで走らないことに
すごく潰されそうになってしまった
時間帯があって、
実際にペースを合わせながら
出力を抑えていかないといけないので、
自分自身の休憩をもっと取りたいなっていう風に
思ったときに、
そこで出力を上げることができないっていう
葛藤があって、
それが感じた瞬間でしたね。
自分でコントロールできない中で走り続けると、
それによって潰されちゃうっていうこともあるな
っていう風には思って、
そのときに思ったのが、
吉田さんとか3日目は結構日中元気に走られてたので、
吉田さんにお願いして、
桜庭さんを引っ張るのを3、4時間やってもらえませんか
っていう風にお願いできればよかったんですけども、
そういうのはお願いできなかったっていうのが、
そういう風に自分を苦しめてしまった
要因の一つかなという風に思っていて、
でもこれもすごくいい経験だったなと思っていて、
たぶん今後同じようなことがあったら、
誰かに助けをお願いすることもできるし、
自分も誰か一人にずっと引っ張ってもらうっていうよりは、
もし引っ張ってもらう側の立場になったときには、
引っ張ってもらうのを定期的に3時間に1回とか4時間に1回、
別の方にお願いするとかっていうようなことをしたりとか
っていうようなことであったりとか、
そういったことができると間違ってきそうだなっていう風には
思ったりとかしましたね。
あとは60時間ぐらいで雨が降り始めた頃に、
ちょっと自分も眠気がもう本当に何やっても取れなくて、
それは2番目の夜ではなくて3番目の夜ですね。
もう何やっても眠気が取れなくてもうフラフラして、
54:03
それこそタイミングでゆう子さんに一緒に行きましょうっていうような形で
支えられながら走って、
なんとか戻ってきた仲介もちょっとあったりとかっていう。
そこがきつかった。
この2つがちょっとペイントインスタントでは
きつかったかな、きつかった時間帯。
4かなっていう風に思いました。
ちなみに途中からもうアイシングしながら行く、
氷で冷やしながら行くって言って、
結構カーフカバーですかね、
直接氷入れたりとか腰周りに入れたりとかってしてたと思うんですけど、
そこはそんなに痛いは痛かったけど、
そんなに大きなご自身の中でトラブルって言うほどでもなかったって感じですか?
バックヤードで言う痛みがどんどん増えていくじゃないですか。
足の痛みとか重さとかどんどん増えていって、
そこからもうある程度増えないピークの状態まで来てて、
全然走れるんだけれども、
足は結構疲労が溜まっている状態、筋疲労が溜まっている状態。
でも氷とか入れるとだいぶ楽になるから、
自分はもう氷できるだけ足周りに入れて、
ピークをなんかやったりとかしてましたね。
これはハビー・ルイスがいつもやってて、
それで自分もちょっと真似してやったら、
本当にこれ足の痛み軽減されるわと思いながら、
デスポーでもちょっとやったんですけど、
今後も足が重くなってきたタイミングとかは氷入れたりとかできたらいいかなという風に。
なんか冗談が途中、
アキレス腱が痛いって言ってペーストが落ち始めたときに、
一緒にちょっと走ったときに、自分の氷を持ってたから、
冗談の靴下とかに入れたりとか、開けたりとかしてました。
でもあれは本当に氷たくさんもらって助かりましたね。
全然氷があれば足が重いけれども、
重いながら痛みを我慢して走るよりも全然出力が上がるし、
上げようと思えば上げられるし、
なんかあの時はこうしたのに、
今後氷ちょっと大量に使いそうだから、
用意してほしいみたいなことを話して。
夜はちょっと効くかったですね。
寒くなってきたときに氷が。
レイウェア着ながら氷で配信して。
ありがとうございます。
そういう氷の威力というか、
57:03
そんなに良いブースターになるっていうのは、
身をもって実証していただいたというところで。
私もちょっと、
またサテライトは10月でどうなのかはあるんですけど、
それよりも貴重な一個の材料として考えてみたいなと思いました。
ありがとうございます。
そんな中でレースの結末としては、
65ラップで日本人5人が全員、
結果として同時に辞めたわけじゃないんですけど、
その週で結果として全員が終わったことになったということなんですけど、
お二人はその時の状況とか、
どんな心境だったかとか、
どうですか?
吉田さんから。
そうですね、まず、
それこそ桜庭さん、阿賀さんでいうと、
クリアラインが64ラップですかね。
っていうところをまずクリアして、
それも確か桜庭さんとかでいうと、
たぶん57、8分とかっていう時間帯で、
その時は私もついてたので、桜庭さんにっていう時間帯で戻って、
すぐリスタートみたいな65ラップに入ったっていうところだったので、
そこはもうある意味私も一瞬安心をして、
65ラップ自体は、
それは小松さんも一緒だったと思うんですけども、
安心しながら走ったような記憶はありますね。
で、実際その65ラップの中で、
桜庭さんもどちらか元気になったような気がしてて。
どちらかというと、
どうしますか?みたいな途中で話しながら会って、
その時の話を言うと、
桜庭さんはこの集会で終わりにしようかなみたいな、
桜庭さんの方から話させたりしてはいたので、
あと、羽賀さんはもうある意味スタスタ、
結構いいピッチで刻まれてたので、
羽賀さんはもうちょっと走りたいのかなっていうのと、
桜庭さんはこれでおしまいするのかなっていう、
ちょっとお二人のこっちの印象ですけど、
いうところで言うと、
じゃあ次どうしようかなっていうのは、
まだ65ラップ走ってる時点では、
ちょっとまだ自分の中でも決めかねてて、
走ったかね。
あとはオーストラリアの方で言うと、
わしは多分72とか3ぐらい、
どこまで目指してるのかなと思ってたんですよ、
まだその時は。
まだ68とか9っていうのが、
ある意味ボーダーになりそうっていう認識じゃなくて、
もうちょっと上のとこだったので、
自分の中では72、3ぐらいまでは、
1:00:02
行こうかなとは思ってたんですね、もともと。
多分そこがラインかなと思ってたので。
なので、そして戻ってきて、
65終わっていて、
そこでちょっとみんな、
改めて話し始めたというか、
ちょっとあれか、ゆうこさんが、
ちょっと辞めます的なことを言って、
で、その時わしも辞めようかなと思ったんですよね、一緒に。
でも時間もなかったのでバタバタして、
とりあえず一旦スタートを切ったっていうのが、
65、6ラップ目。
それで小松さんと走り始めたっていうのがあるので、
あとは小松さんと聞いていただいてですね。
小松さん目線の65、
そして66に向かったっていう、
その場面を振り返るとどうですか?
そうですね。
ちょっと自分も、
64だか65が終わるタイミングで、
ゆうこさんから、
ゆうこさんも終わりにするし、
サムとジェイレンも、
サテライトが決まったら終わりにする、
彼らはつもりで69まで行くって言ってるけれども、
日本チームはどうしますか?
もしその後サム、ジェイレンと一緒に、
最後のラストワンになるまで、
走り続けるっていうことでも全然いいと思うし、
っていうような話を受けて、
その話を受ける前までは、
特に途中でやめるっていう選択肢はあまりなくて、
行けるところまで行くスタイルでは行こうと思ってたんですよね。
でも、
そうなんだよな。
このレースの中で、
誰もラストワンとか目立ってないのかと思った時に、
自分自身の中で走る理由っていうのが、
本当になくなってしまった。
なくなったわけではないけど、
意味合いがすごく薄くなってしまったのは、
正直なところで、
すごくどうしたらいいんだろうっていうのを、
思いながら走ってたんですよね。
もちろん眠さもあったし、
3日目、さっきも話したとおり、
3日目の晩はかなり自分も眠くて、
出力落ちてたので、
この眠さをでも超えられたらまだ全然行けるなっていう感覚はありつつ、
やっぱり、
眠いと冷静な判断ができなくて、
バックヤードってやっぱり、
楽な方に流されるなっていうふうには、
すごい思って、
やっぱり理由がないと続けられないっていうのは、
身をもってそこで体感しましたね。
本当はね、最低でもサムとジェイレンと、
1:03:01
別途カルで果たせなかった約束を果たしに来たんだから、
彼らと最後まで行くっていうのが、
あれだったの、
不自由のような気はしたんだけれども、
ただ、
ちょっと続けられなかったな。
アドライブがあるし、
そこに疲労を残さないようにした方がいいのかなっていう思いもあったりとか、
いろんなことを迷い始めると、
もう脳みそは眠い状態で正常に判断できず、
楽な方に流される。
やっぱり辞める理由をつけてダメだなっていうふうに改めて思って、
そこに負けないような強い気持ちを持ち続けられるように
マインドセットしていくっていうのが
サテライトに向けてもすごく大事なんだろうなというふうには今思います。
これも、でももう、
僕が辞めたっていうこと自体は
曲げられない事実なので、
これは正解にしていくしかないかなっていう気はするので、
サテライトはこの時の選択を活かして、
自分が満足できるかっていうのを
出せばいいかなというふうには思ってはいるんですよね、今。
若干のその、後悔じゃないですけど、
なんかモヤモヤみたいなのは、
ご自身の中に残ったってことですよね。
そうですね、残りましたね。
それはこう今帰国して1週間経っても、
そういう要因というか、
もうやっと感は、
まだ若干の飢えずにいる感じなんですか。
いやいや、そんなことは全然なくて、
もうポジティブに、
これを正解にしていくしかないので、
後悔してもしょうがないし、
全然もう、さっきも伝えた通り、
この時にこういう経験であったり、
判断をしたっていうことが、
サテライトの中でプラスに働いて、
自分が満足できるところまで走れればっていう風に思ってます。
後悔とか、後悔の念に駆られ続けて、
っていうのはないです。
良かったです。
吉澤さんはどうですか。
ちょっとその66ラップ目、
さんといろいろ話しながらっていうところで言うと、
私もある意味辞める理由を、
私からも言ってるんですね。
大きく2つあって、
やっぱり私も来週、
6日間の世界選手権が控えてるっていうのがあるので、
そこに向けた、ある意味調整、
ステップレースの一つでも位置づけてはいたので、
それ以上もちろん走れることはできたと思うんですけど、
それが控えてるっていうのが一つと、
あとやっぱりかなり雨で、
もう水たまりのコースになってたので、
足の部分の部分とかが、
それまでのサービスとは全然違う様子を想定していたっていうのもあったり、
やっぱり低温になってきてるっていうのがあるので、
今までせっかくある意味ダメージなく進めてきたレースで、
最後にある意味ちょっとしたダメージになるのもちょっと嫌だなっていうのも、
1:06:05
それはたぶん確か小松さんにお話ししたと思うんですけど、
ある意味続ける理由よりは、
辞める理由としてが大きかったっていうのがあるかもしれないね。
でもそれもやっぱりこう、
ある意味今後に向けた前向きな判断と思って、
僕は全然後悔もしてないですし、
判断は正しかったなって今でも思ってはいますね。
ただ、今帰ってきて思うのが、
ワンチャン勝っといても良かったかなって。
多分、連々走れたと思うので。
よく言えばちょっと、
オーストラリアのシルバーチケットレースなんで、
日本人が勝っちゃうのはちょっと微妙かもしれないですけど、
やっぱこう、勝つことっていうのも経験としては重要なことだと思う。
そうですね。
そもそも一人を決めるっていうレースの趣旨ではあるので、
っていうのはちょっと、
欲的なところで言うと、
思っちゃったりしてます。
バックヤードっていうレースにおいて、
勝てるチャンスっていうのも、
毎回毎回あるわけでもなかったり、
そういう中でね、吉澤さんは、
ジュンさんなんか言ってましたけど、
ちょっと今回の吉澤さんはもう、
ちょっともう、
他の選手とはちょっと突き抜けてるなみたいな。
まあまあ、そんな、
今思うと勝ってもよかったかもという、
そんなのもある。
ありがとうございます。
まあとはいえ、まあレースは終わってしまい、
まあっていうところなんで、
その後の話をしていきたいなと思うんですけど、
実際終わって、
まあ終わったのが深夜の2時とか3時だったので、
まあ明け方までは、
まあそれぞれなんとか夜を越してということで、
吉澤さんと小松さんは、
ちょっと主催者に頼んで温かい部屋で、
寝させてもらったり、
そんなこともあったわけですけど、
翌日、
結構あっという間にもう、
我々が最後のテントみたいな感じになって、
でもそんな中で、
いろいろテントを貸してくれてた、
クリスとかローアンとか、
あとはゆうこさんたちも戻ってきたわけですけど、
そのレース後の交流みたいなのはどうでした?
吉澤さん。
そうですね、
まあ特にテントを貸してくれた、
クリスとローアンあたりは、
本当に手伝いもしてくれましたし、
ザックもいましたね。
ザックもいました、そうですね。
そんなに多く会話はしなかったんですけど、
本当に今回でいうと、
彼らがいなかったら成立しなかったっていうと、
本当に感謝というか、
私なんかあんまり英語をしゃべれる方じゃないんで、
軽い挨拶ぐらいにはなってしまったかもしれないんですけど、
1:09:00
その辺のある意味お礼というか、
できたっていうとこと、
やっぱりあっちの方々とコミュニケーションを取る時間を、
いろいろ作れたっていうのは、
今後にも活かせると思いますし、
やっぱりまたオーストラリアのレース出たいなっていう気持ちにも、
またなったので、
いい機会がなったかなと思います。
ありがとうございます。
小松さんどうですか?
そうですね、
レース終わった後って、
バックヤードレース終わった後って、
本当になんか、
ハッピータイムが回ってる感じで、
レースをそれぞれ振り返ったりとか、
ケントを称え合ったりっていうのができる、
すごく楽しい時間で、
バックヤード終わった後って、
やっぱりそれが、
デッドカーガリングもそうだし、
すごくあるなっていうふうに思って、
今回はそれはすごく感じましたね。
でも、
それと、
そうなんだけれども、
新しく発見があったというか、
すごいなと思ったのは、
クリスとか、
サムのテントとかも勝たせてたじゃないですか。
仲間のテントも勝たせたり、
彼らに勝たせて届けてあげるみたいなことを、
やってたと思うんですけども、
あいつまだ勝たせに来てないのか、
じゃあ俺が勝たせて、
テントを届けていってやる、
ぐらいな感じでやってたと思うんだけども、
ああいう、
すごいチーム感というか、
コミュニティとしての結束が、
めちゃくちゃ強いなっていうふうに、
オーストラリアのバックヤードの人たちは思っていて、
そういうのがすごい素晴らしいなっていうふうに、
勝手に思った感じですね。
本当に、
あれバークの人たちの結束力なんですかね。
そうなんですかね。
サム、家近いの?って聞いたらクリスに。
そんなすごい近いわけでもないみたいな感じで言ってて。
すごいな。
それは僕も思いました。
ペギアもすごいしね。
一瞬でも何もなくなるみたいな。
慣れても痛いよね、こういうね。
本当っすね。
日本人とオーストラリア人の一番の違いは、
ああいうキャンプ慣れというか、
機材慣れが全然違うなっていう。
そうだよね。
本当でもね、
とてもこう、
いろいろそういう前後の、
オーストラリア人たちの要素も含めて、
学びというか、
刺激のある旅だったのかなと思ってますし、
その後いろいろ、
少し日本チームで日を改めて観光したりとか、
現地のランニングショップを訪ねたりとか、
またバークメンバーがソーシャルランをやってくれたりとか、
ちょっとね、振り返りたいことはいろいろあるんですけど、
意外ともう時間が結構来てしまったというところで、
次のサテライトへの抱負とか、
1:12:03
そういうところはそれぞれの個別のインタビューで聞けたらなと思っているので、
今回も収録というところで、
最後それぞれお一言ずついただきたいなと思うんですけど、
本当に印象に残っていることでもいいですし、
これを踏まえて今後こうしたいとかでもいいですし、
何か今回の最後にというところでお言葉をいただけたらなと。
吉澤さんどうでしょう。
そうですね、やっぱり全体を通じてっていうところで言うと、
やっぱりこれだけの人数で、
ある意味チームジャパンという枠組みの中で、
みんなで過ごせたし戦えたっていうのが、
その中でも今回で言うと5人か、三谷六郎君含めて、
全員がサテライトメンバーっていうことになって、
10月これを生かさないと意味がないかなと思っているので、
体制面とか、
さっき小松さんが言われた伴奏するタイミングとか、
サポートとかっていうのをしっかり体系化して、
今後はチームで完全に戦っていくっていうレースになる。
それを生かせる場になったと思いますし、
生かさなくちゃいけないって思って、
今回、
それで言うとあと10名かのメンバーさんと一緒に15名で、
ぜひ今回の一つの教訓として、
ナレッジできればいいのかななんて思っているので、
頑張っていきたいなと思います。
ありがとうございます。頑張っていきましょう。
そして小松さんどうでしょう。
そうですね。
サテライトの抱負とかそういうのはまた別にして、
やっぱりデッドカウンターガーリーもそうだけど、
すごい良い経験ができた。
墓場に持っていける思い出をいくつ作れるか。
本で言うダイビーツゼロみたいなところで語られているようなことって、
自分でもこんな思い出がたくさんできたらいいなとは思うんだけれども、
デッドカウンターガーリーもそうだし、
今回のクリンテイストウッドも墓場に持っていけるぐらいの、
やっぱりすごい良い思い出ができたなっていう風に思って、
羽賀さんとかも今まで出たレースの中で一番面白かったっていう風におっしゃられてたし、
たくらばさんもすごく熱い思いを
持っていただいているような印象がすごくあったりもしましたし、
それぞれか、たくらばさん、羽賀さん初めてバックヤードの海外のレースに出たりって、
多分初めてだと思うんだけど、
そこで、僕らはデッドカウンターガーリーに出たりとかしたときに、
そういう世界を見たりとか体験したりっていうのはあったと思うんだけど、
そういうのを体験してくれた人が増えたっていうのがすごい嬉しいし、
1:15:04
今後もいろんな人と、別に海外に出なくても分かち合えるのかもしれないけれども、
そういう濃密な時間を分かち合えるような場所っていうのを、
ぜひアップアップで作ってもらって、
僕らは羽賀湾に持っていけるような思い出をたくさん作れたらいいなという風に思っているんですけれども、
でも本当に人の優しさに触れ、
レースを走った人たちの熱い思いに触れ、
心の動いた旅でしたね。
本当に関わっていただいた皆さんは本当にお礼を言っても言い切れない。
オーストラリアの人たちは本当に日本に来たら、すごい彼らを歓迎したい気持ちもある。
そうですね。
あと多分、いろいろ海外の旅行事情とかに繋がりますけど、
今オーストラリアの方々はすごい日本に来てくれやすい状況なのかなと思います。
ありますよね。
いついつ行く予定だよみたいなことを言ってる人たちがちらほらいたりして、
またこの出会いが繋がっていくんだということで、
今後も楽しみにしていきたいなという風に思います。
本日一緒に振り返り収録をしていただいて、ためてありがとうございました。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
01:16:52

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