以下の話を言語化しました。
- 子供を見てて気づいた成長地続き話
- 自分を見返した時の話
- 一生、いい感じにやっていきたい話
感想
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サマリー
このエピソードでは、「成長は地続きである」というテーマについて、子育ての経験や自身のキャリアを振り返りながら深く掘り下げています。子供の成長を観察する中で、スクリーンタイムの活用とその習慣化、そしてそれが子供の成長過程でどのように自然に組み込まれていくのかという気づきから、人間の成長が段階的ではなく連続的なものであることを実感します。また、自身のキャリアにおいても、子供の頃のような顕著な身体的・精神的成長が少なくなる大人になってから、成長を実感しづらくなることへの不安や、ミッドエイジクライシスに陥る可能性について考察します。さらに、AIの進化によって学習コストが低下した現代において、いかにして自身の専門領域を確立しつつ、新たな分野に挑戦していくか、そして「パッション」や「燃費」といった概念がどのように変化していくのかについても議論が交わされます。最終的には、意図的にバランスを崩し、不確実性を取り入れることで人生を豊かにすること、そして社会課題への貢献といった新たな熱量の源泉を見出すことの重要性が語られます。
オープニングと成長のテーマ提起
こんにちは。言語化.fmは、あんな話やこんな話を、きりんとたての2人でゆるく話しながら、言語化を試みるポッドキャストです。
喉が若干調子悪いんで、だからなんだというわけではないんですが、こんにちは。
あー、あー、あー、声大丈夫かな。
大丈夫?
今日もいい声ってことですね。ありがとうございます。
今日もいい声です。
たてしってさ、あんま喉調子悪いなとか思ったことないな、そういう。
いやー、そうかな。それは調子悪いときに声出してないだけじゃないかな。
そういうことか。なんか俺は、わかんない。人からどう聞こえられてるのかわかんないけど、結構ダメなときといいとき差出ちゃうなーとか思いながら、だから仕事とかも、朝会とかで言うんですよ。
あの、今日、喉の調子終わってる日なんで、あの、怒ってないですっていう。
怒っているように聞こえるってことね、なるほどね。
怒っているように聞こえるかもしれないって自分で思ってる。
あー、あー。
そう、だから怒ってないし、あの、テンションも低いわけじゃないですみたいな。
ただちょっと喉があれで、みたいなこと言うんだけど、なんか、たてしはなんか、別になんか、安定してるなーって今、ふと思ったっていう。
いやー、あの、声ダメなときは人前に出てないかもしれない。
そう、そういう説もあるかもな。そういう説を言うと俺はなんかその、あれかもな、ちょっともうちょっと自粛すべきなのかもしれないけど。
いや、別にいいんじゃない?わかんないけど。
はい、そんなわけで、今日は、なんか、いつぶりかわからん、あの、ゆるいネタしか話してないし話してない気がするんですけど、あの、
なんか、成長って地続きだよねっていう話を言語化したいというか、ゆるっと話せればいいかなっていう気持ちです。
すごい、もう結論から入るみたいなお題ですね。
せやなっていう、答えが返ってきそうな、あれなんですけど。
子育てにおける成長の連続性:スクリーンタイムの事例
いや、なんかね、その、いやこれ、ちょっと若干ずるというか、あの、静かなインターネット、僕ひっそり、みんなひっそりやってると思うんですけど、
それでなんか、ひっそり記事書いたんで、1回自分の中で言語化を試み済みなんですけど、なんか、なんでこんな、この、で、タイトルもまんまこの、
たとえば成長地続きであるっていうタイトルで、あの、ガーってできるように書いたんですけど、なんでこのタイトル思いついたかっていうか、書こうと思ったかっていうと、
その、あの、なんでしょうね、子育てでめっちゃ思ったんですよ。
あの、思ったし思ってきてたことで、何かっていうと、まあ、お子さんいる方はわかるって思いながら聞いてほしいし、お子さんいない方はそうなんだと思いながら聞いていただけばって感じなんですけど、
その、なんだろうな、その、まあ、子育てって、その、なんでしょうね、なんか、まじで正解がなさすぎる領域な気がしてて、まあ、基本的には死なせなければ、まあ、たぶん100点みたいな、まあ、僕はそういう思うことにしてるんですけど、
まあ、死なせなければ、健康に死なせずに生きられれば100点、まあ、虐待しないとかいろいろあげればきれないですけど、とりあえず生きて育てられてるんだったら偉いよねみたいな、
ベースにあったときに、なんかプラスアルファの要素がまあ、あまりに多いのと、あとはなんかその、思考性というか、あの、変数がめちゃくちゃ多いなと思ってて、例えば、じゃあ、その、食生活、野菜、お肉、主食、バランスよく食べたほうが成長にはいいですよね、みたいな話とか、
あとは、教育手法もまあ、山ほどあって、なんかこういう体験をさせるといいですよね、とか、まあ、なんか習い事とかもたぶん念でとってくと、今、なんかダンスか体操が流行ってるらしいんですけど、まあ、将来の運動能力かけてはこれがいいですよね、みたいな、なんかもうキリがないんですよ、マジで、本当にキリがなくて、で、そん中でたぶんおのおのなんか、あの、あんま気にせずにやってる人もいれば、結構神経質にやってる人もいる気がしてて、
僕はなんか、まあ、中間ぐらいかな、みたいな、なんか神経質になる場面もあるけど、でも、なんか現実やっぱ忙しいんで、まあ、できる範囲でやろうか、みたいな気持ちで、あんま真面目に向き合いすぎないように向き合ってるんですけど、まあ、そう、そういう、なんか、この前提において、その、実際だなと思った具体的なエピソードがあって、あの、まあ、一人目を育ててるときに、その、なんでしょうね、
割となんか、その、ちっちゃい月齢のときに、まあ、やっぱ泣くじゃないですか、で、泣いて、まあ、いや、もう、どうしてもしんどいって場面があるときに、あの、いろんなあの手コンテを使うわけですけど、まあ、いわゆるその、スクリーンタイムって、まあ、呼ばれたりするけど、まあ、動画を見せるとかテレビを見せるっていうのを撮ったときに、なんか、めっちゃ泣きやむな、みたいなことに気づいて、いや、その、毎回これはダメだけど、でも、これに、で、いいじゃんじゃないけど、その、
なんだろうな、これに頼ろうみたいになった、気づいた場面があって、で、割と頼って育ててきたみたいな、育てたみたいなのがあったんですけど、まあ、とはいえ、なんかまあ、その賛否両論あるので、正解は一旦置いといて、あの、例えばなんかのガイドラインとかだと、まあ、1日2時間以内に動画を収めた方がいいですよね、とか、あとはそのご飯食べるときに、まあ、見せちゃうとご飯が進まないよね、とか、まあ、いろいろその、やっぱ、
デメリットもあるわけで、なんで、まあ、そうなったときに、なんでしょうね、まあ、どっかでその向き合い方を変えるとか、改善するとか、まあ、そのままでいくのか、みたいなのがあると思うんですけど、その、ちっちゃい月のときは、その、なんだろうな、子育ての解決手段として、まあ、スクリーンを活用したんですけど、大きくなっていって、言葉を喋ったり、まあ、自我を持ったり、それこそご飯を食べるようになったときに、なんか、その、
それが、なんか、まあ、いつの間にか、僕ら習慣づけようと思って、それを使ったわけじゃないんだけど、まあ、本人としては、なんか、なんだろうな、その、スクリーンを見るっていうのが、あの、多分、習慣化というか、人生の一部みたいになってて、出会ったときに、まあ、見たいってグズるとか、その、感謝効果とか、見せたくない場面で見たいってなるっていうのがすごいあって、
で、そのときに、なんというか、当たり前なんですけど、なんか、あ、そりゃそうだよなと思って、その、なんだろうな、まあ、1人の人間が、まあ、その、かの、まあ、うちの娘目線、彼女目線で言うと、まあ、生きてく中で、あの、スクリーンがあって、これ面白いぞ、刺激があるぞってなって、で、そのまま、まあ、それと、それと共に成長していくってなると、まあ、それがあるのが当たり前になるとか、まあ、それを知っているって状態で、
で、っていう風になっていくというのは、まあ、なんか、まあ、考えれば当たり前なんだけど、でも、なんか、その、子育ての本とかをいくつか読んだ僕の脳みその、たぶん、捉え方は、あの、なんだろう、例えば、0歳から6ヶ月は、こういう時期で、こういうことがあるんですよ、6ヶ月から1歳まではこういう変化がありますよ、で、1歳から2歳はこんなことがあって、みたいな感じで、なんか、その、セクションで区切って考えて、じゃあ、このセクションどう乗り切ろうかと、このセクションは、まあ、こういうことが起きるんだみたいな、ある程度、なんか、
イメトレとか勉強しながらやっていくってなった中で、そのスクリーンを見せるって行為が、なんか、その、まあ、一旦今の時期はスクリーン見せて、本当にしんどい場面は乗り切ろう、みたいな、たぶん思考でやってたんだけど、でも別に人間ってそんな、じゃあ、ああ、じゃあ、はい、6ヶ月、生後6ヶ月だから、スクリーンはおしまいね、みたいになるわけじゃ全然なくて、
その、あてにまえだけど、なんか、点じゃなくて線なんで、本人にとってはそうじゃないよね、みたいなのがあるなっていうのがすごい、なんか、いや伝わるかわかんないですけど、すごいしみじみと感じたというか、なんか、人間ってこうだよなっていうのをすごいまざまざと感じてて、
スクリーンはわかりやすいんで、たとえの一つとして出したんですけど、まあそういうふうに感じることがすごいたくさん多くて、なんか、おやめ線はこのタイミングではこうだけど、まあまあ今後はやめた方がいいよねっていうものを、なんか、まあ、やったり、まあ逆もあるんですよね、これがいいよねってなんとなく思ったものが、なんか、いつの間にか習慣化してたりとか、なんか、そういうのを見てると、なんか、普通に、なんていうか、その2ヶ月の頃の赤ちゃんの頃の、
まあ、娘と1歳の頃の娘ってちゃんときちんと線でつながってるなと、なんか、思ったんですよね、で、で、なんていうか、っていうのがまあ一つ、で、まあ、記事ではそんなこと書いてるんですけど、まあ、プラス思ったのが、じゃあ、なんか、自分もそうだよなっていうのを、なんか、改めて思って、その、もう、僕らは30、僕は30何歳のとき、
大人になってからの成長実感とミッドエイジクライシス
30、俺何歳のとき、34歳か、はい、もう年齢忘れるぐらいのもう、みそじに入ってきた中で、やっぱこの、例えば、なんか、20、なんか、この1年か、直近1年とか、で、やっぱその、まあ、身長が伸びるわけでもないし、なんか、新しい言語がしゃべれるようになるわけでもないし、その身体的な成長とか精神的な成長とか、環境の変化って、やっぱ、子供のくらべて、頃と比べるとどうしても少ないってなると、その、
なんだろうな、線の傾きが低いのか、なんか、ちょっと、なだらかな坂だからなのかわかんねえけど、あんまりその、なんだろうな、地続きだよねって感覚を持て、持ちづらいなっていうのが、なんか、改めてちょっと考えたこととしてあって、あの、ちゃんと、で、それなんか、ちゃんと考えたほうがいいよなーっていう、漠然とした気持ちもあって、なぜかというと、その、
まあ、それなりに仕事できて、それなりにいろんなことがうまく回って、まあ、34歳で、まあ、このまま10年やればいいかみたいな気持ちで、生きるのも別に全然不正解じゃないし、否定すべきではないんだけど、一方で、まあ、そういうふうにラーナーでやった時に、その、やっぱその、ラーナーのまま、地続いていくわけだから、その、ラーナーのままやったら別にどっかで、じゃあ、
本当はこうなりたかったのにっていうものがあったり、本当はこれ、これを頑張りたかったっていうものがあっても、その、ちゃんと地続きになってるから、まあ、その、10年後になりたい姿に近づけないとか、なんか、うーん、なんだろうな、こうありたかったのに近づけないよなーみたいな、なんか、当たり前のこと言ってるんだけど、改めて思ったというか、はい、この辺がちょっと今フワッとしてますね、フワッとしてるんですけど、うーん、
けっこうしみじみ大事だよなーというか、うーん、1日1日頑張って過ごしていかないと割れるなーみたいな気持ちがあるんですけど、だてしょうはどうですか?
なんか途中まで、あのー、いやー、言いたいこと言ってる、俺の言いたいこと言ってるなーと思って、聞いてたんだけど、途端に、一番最後に途端にこれは、あのー、いわゆるミッドエイジクライシスではないかという、あのー、発言が出ましたけど、はい。
ミッドエイジクライシス、はい。
我々世代がこれから陥っていく、あのー、このままおじさんになってたときに、なんかあんま自分は成長してる感がないなーっていう日に陥るっていう、典型的な、あのー、まあ典型的っていうのは別に僕は陥ってないんですけど、あのー、ちょっと、ちょっと年上の人たちが、なんかそうなっている様子をなんか見てきて、あー、そうなっちゃうんだねーって思ってたやつ。
へへへ、なるほどね。言葉だけ聞いたことあったけどね。ああ、そういう意味なんですね。
あー、まあなんか、あのー、なんていうか、そうだね、まさに、なんか、ほんとは40とか50代ぐらいの人が陥るらしいんだけど、なんか近年若年化してるっていう話もあって、あのー、要は自分のキャリアとか、そういった、この先の人生に対してこう不安を抱くやつ。
たしかに、ミッドエイジクライシスなのか、俺は。ドンピシャ言語があったら、ミッドエイジクライシスなのかもしれない。
どう、まあ、でもミッドエイジクライシスに、わかんない、なんか感覚としては、この、なんか適当に手元でググって見た感覚、意味を見た感覚としては、あのー、ならできたらミッドエイジクライシスに陥るよなって感じの方が、感覚としては近いのかな、どうなんだろう。
どうなんだろうね、なんかその、なんでそうなっちゃうのかとか、どうするものなのか、よく知らないんだけど、なったことがないから。
でもなんか、あの、なんだろう、漠然とした不安みたいなものは別にまだないと思うから、なんか、あのー、どっちかと言うと転ばる先の杖をどう備えるかっていう感覚なんだと思うんだけど。
そうね、またなんかその、なんだろうな、いやでもなんか、当たり前のことを当たり前にやりたいっていう感覚なのかもしれない、その、なんていうか、
例えば、僕その、まあ、僕らは体に気をつけなきゃいけない年齢になってますけど、その、もう今日はドーナツ食べていいやみたいな、やっちゃうけど、やっちゃうけど、あの、そういうことをとるじゃないですか。
うん、俺も食べた今日ドーナツ。
食べてた。うまいんだよな、ドーナツマジで。
あれはね、まあ、その、まあ、あれの凶悪さは置いといて、その、そう、そう、そういう行動をとった時に、なんかそれをよしとしないとすると、あまりにしんどいんだけど、でもなんか、よしとしすぎてる時も自分はあるなっていうか、で、
それを、その、よしとしすぎた時の世界線を自分の子供に見てるみたいな感じなのかな、でも、いや、別に自分の子供はよしとしすぎてないんだけど、でも、よしとしすぎた時にここまで転がるんだろうなっていう想像をすごい子供を見ながらしやすいっていうのがかかって、じゃあ、なんか、今食べてるドーナツは、
うーん、ダメじゃないけど、ダメじゃないけど、とか、なんか、うーん、勉強とき、まあ、キャッチアップとかは別にやってるか、そんな別に不安感じてないけど、うーん、なんかその、筋トレとかそういうところを、まあまあ、振り返ると自分やれてないなとは思わないけど、なんか気を抜かずにやっていきたいなみたいな感じに近いかな。
うん。
バランスを崩し、人生を豊かにする挑戦
いやー、そのフレーズ、超好きかも、超好きかも、そうだね、いや、わかる、いやー、そういう、ねー、そんな、なんか、うん、完璧な計画をね、立ててみるんだけど、まあ、だいたいうまくいかないじゃないですか、だから、それをね、ちゃんと、やった、やって目標を達成してる人を見るとやっぱすごいなって思うんだけども、もし、まあ、自分もそうありたいなと思う憧れはあるんだけども、まあ、
どこまで行ってもやっぱり、人の本質はそこだなと思うんで、まあ、人っていうか、少なくも自分はそうだので、まあ、できないことはできないわ、できない年になったわな、みたいなところは出てきてるんだけど、でも、なんていうか、それって、あの、自分の周りにある360度、すべての物事をこう、完璧にやろうとすると、ちょっとさすがにしんどいと思うんだけど、
あの、この領域だけは絶対的にもう、あの、自分はこう、完璧にできるとか、あの、思った通りに何かができる、みたいな領域が、まあ、一個でもあったとして、まあ、それが我々にとっては仕事なのかもしれないですけど、
仕事っていうか、まあ、自分の専門分野かもしれないですけど、まあ、それが今、一個あるだけで、あの、僕の場合はここはちょっとあきらめちゃってるので、あの、
いや、でも、わかる。
ってことだと思うんだよな。
なんか、人ごとに、たぶんバランスとか配分みたいなのは絶対あるよな、その正解は絶対なくて、その、まあ、モチベーションとかパーソナリティにもすごく依存すると思うけど、
いや、だから、その、だでしが今言った一通りのこともめっちゃわかるというか、あの、僕はなんというか、あの、自己肯定、まあ、自己評価たぶん低めなんで、
たぶん定期的、今はもうね、だいぶ、もう30代になったからだいぶなくなってると思うけど、20代とかは定期的にその、なんだろうな、ちゃんと使用期というか、
あの、インプット、計画立ててこういうインプットしてとか、
わかるわかる。
こういう生活をしてとか、で、あの、うまく回るときもあるし、そこを雑すときもあるけど、でもなんかやっぱどっかで、あの、無理してるんでしょうね、自分に合わないペースでやってて、
で、どっかでその、燃え尽きじゃないけど、なんか、スプラトゥーン6時間やったなみたいな、タイミング、なんかそういうのに落ちて、まあ、元に戻るとまで言わないけど、なんかそういうのあって、
だから、そういうのを何回か繰り返して、今は全く、そのさっきのフレーズが超素敵、その、人間はそんなに合理的にできない、ほんと、ほんとその通り、その、頭ではわかってる、
俺も今日なんか、なんなら今日めっちゃ疲れて、もう結構ゴロゴロしてたけど、あの、その、ね、このスケーム時間で記事読めるなーみたいな、思いながら、あの、スパイダーソリティアをやるみたいな、そう、そうなんだよな、そういう気持ちなんだよな、
そう、だからなんか、この成長の続きだなと思って、なんか自分を見つめ直した時に、なんか、あんま別に自己否定の気持ちには落ちてなくて、でもなんかその、まあなんか、ダーティッシュの話聞いて思ったけど、それなりに自分なりのバランスを見つけて、見つけられてるんだなっていうのを、ちょっと再発見した感があるかもな、
ダメ、ダメだとはあんま思ってないかもな。
いや、でもさ、まあそれを、それはそう、それはそうで、まあそこ、それを踏まえて、踏まえてですよ、あの、こっからまだ人生長いんで、まあ少なくとも30年から50年くらいは生きると思うんですよ。
そうですね。
あの、こう、大病をね、患るとちょっとわからないですけど、まあ、ってなった時にさ、もうそんな落ち着きに入っていいのかなっていうさ、なんつーの、そのバランスを崩してやろうっていう野心がまああるじゃないですか。
野心はある。
うん。なんかその、20代の時って、まあ極めて不安定だったと思うんですよ。
うん。
あの、そういう危うさってあるじゃないですか、あの、それこそ自己肯定感を得たいとか、こうなんかこう投げ物買いに投げたいみたいな、
うんうん。
あの、それは、さっきさっきのことはまだ不安定っていうか、不安定っていうのはその、いい意味でも悪い意味でも不安定だから、あの、そういうふうになると思うんですけど、
うん。
まあ、我々世代になってくると、まあ家庭ができて仕事もなんかいい感じになってきて、まあある程度お金にもよるもあって、こう落ち着く要素しかないと思うんですけど、
うんうん。
なんかその、一度しかないこの人生を、
うん。
こう、エンジョイしたいなと思ったら、まあもちろん安定なとこにいて楽しいって言うのもまあ、あることはまあ前提なんですけど、
うんうん。
まあ、いかにこう丁寧にそのバランスを崩して、
うん。
不確定にするかっていうところなんじゃないかなって最近思うんですよ。
なるほどね。
うん。
確かにね。
AI時代のクラフトと専門領域の確立
たぶん、意図して崩さないと崩れないもんね。
そうなのよ。
なんかその、ねえ、それこそ、なんか誘われたら飲み会何でも行きますみたいなイエスマンみたいなさ、まあ僕はそういう時代は結構長かったんですけど、
うんうん。
あの、なんかこう、外的な要因でこう自分をこうゆるゆる動かしてくれるのって、だんだんやっぱり年取るとなくなってくるなと思ってて、
うーん。
逆にもう自分から動いていかないとなんかないと思うんだよね。
うーん、確かにね。
うん。
いや、本当にそうな気はするね。
周りが、まあみんなで落ち着いていくもんね、その。
そうそうそうそう。
世代がちゃんと当たり前だけスライドしてって。
そう。
そうするとやっぱ感性、環境にこう感性みたいなものを与えちゃって、こうやっぱり強いあの力を加えないとなかなか動かない。
うんうんうん。
すごい摩擦があって動かないみたいな感じがやっぱ強くなってく気がしていて。
確かに。
いやあ、そこをなんか崩しに行きたいかどうか多分個々人による。
まあね、もちろんその崩し、どれくらい崩したいかは個々人によるけど、でもなんか完全に動かずに座ってると体が固くなってしまうかのように、
あの動かしていないとやっぱりだんだんあの錆びてくると思うんだよね、そういうのって。
うんうん。
なんか俺は多分崩せんなら、いやなんか崩したいというよりかは、そのなんだろうな、野心を捨ててないみたいな部分はある気はしていて、いやあ、そうね。
なんていうか、イメージ的に言うとこう、だんだん揺れ幅がなくなってきててこう止まろうとしてるんだけど、
なんか昔は結構もうなんか倒れちゃうんじゃないかっていうぐらいすごい振り子がこう動いてたんだけど、まあそれがだんだんこう振幅が小さくなって、
大人しくなってきたんだけど、まあそれをちょっとちょんちょんちょんちょんってやって揺らし続けるというか、そういうのが多分いるんだろうと。
確かにね、いやなんかさっき話しながら思い出してたけど、新卒の頃とかはめちゃくちゃ勉強できてたなぁとか思いながらさっき話してて、
それはもう、私が言ったように不安定であり、なんか野心が大きく、
あの社内のダメなエンジニア絶対殺すまで新卒みたいな、めちゃくちゃな状態だったからできたわけであって、
じゃあ今同じ気持ちを持てるかというと、別になんかそんなモチベーションとか、
自分を動かすテコの場みたいなのがないというか、そういう部分はある気がするから、それを、かつそれが自然発生しなくなってきてるっていうのがめっちゃマジ、確かにって感じがするので、
そうだね、確かにね。またやっぱりいろんな経験積んできてるから、昔は自分を動かしてくれたものが、今はそんなに動かされないみたいなのもある気はするよね、普通に。
あると思うんだよね。やっぱそれが、すいませんね、毎回AIを持ち出してて感じなんですけど、
AIを使うといろいろこう全能感が得られるじゃないですか。最近読んだどっかの記事で、これすごくいいなと思ったのは、結構AI使うと何でもできるし、それで何でも作れると思うんだけど、
でもやっぱ最後にクラフトを一個維持するっていうことは極めて重要だなと思ってて、クラフトって呼んでるのは自分の専門領域に対する職人魂みたいな。
ここの領域に関してはもう絶対的にAIより俺が正しいっていうような、その柱を持って、そこはぶらさないみたいな。
そこは絶対に俺の方が正しいから、AIが何言ってるか、ここは悪いけどこうだ、こうですね、みたいな境地を持っておくべきだなと思ってて。
で、それがあってこそ周りに広がっていけるし、サイクル自分はそこがあるから、ちょっとこっちに飛び出してみて、まあダメだったらちょっと戻ってくればいいかなっていうのがすごくやりやすくなった。
具体的には僕はIOSから専門だけど、例えばウェブのフロントエンドちょっと作ってみようかな、AI使って作ってみようかなとか、
もう全部フルスタックに全部一人で作り上げてみようかなとか、ちょっとビジネスやってみようかなとか、だからそういうことをやっても、そのクラフトさえあればこうなんか戻ってこれるみたいな。
なるほどね。いいね、その年をとっていろいろ身につけた分、昔はなんか心腹大きくしてそのままなんかネジ外れてどっか飛び寄るぐらい不安定だったかもしんないけど、
まあ今はそのきちんと芯を刺した上でそれができるっていうのはあるかなって。
で、まあこれも例えとして適切かわかんないけど、あの、そうやって入れてる振り子の間にこうピンを刺すと、そこに引っかかって予想だけしないような動きをするじゃないですか。
まあいわゆるカオス理論ってやつですけど、まあ実はなんかこう糸を垂らしてこう振り回すよりも、間にこうピンを打って動きを変えた方が物事はこう複雑にワーってなってくれるっていうのをあえて使ってみると、
なんか実はそういうものが1個、2個、3個と増えていくと、いろいろ予想だけしないものが出来上がって面白いのではないかって思ってるんですよね。
意図的に領域をはみ出す挑戦と環境構築
うーん、なるほどね。いやあ、ほな、具体的にだてしが実践してるそういうのある?
実践してるので言うと、まあ仕事は最近だからいろんな領域にこう首を突っ込むようになって、あの、今までまあここはiOSだからなんて、まあ自分でこう線を引いて、まあここから先はまあもちわもちわでこう入らなくていいかなって思ってたところに、まあなんというか中途半端に首を突っ込めるようになっちゃったわけですよ、予測のハードルが下がったんで。
それで、自分は実装してないけど、まあ実装するなら技術的にはこういう件がいるよねっていうのを、やっぱり言いやすくなったんだよね。
なぜならiOSではこうだったから、まあだいたい同じようなプロトコルで動いているとしたら、まあ多分これはこうなっているべきだよなっていうのをこう提示して、でそれが、あの、なんていうかAIとかに対して裏付けできるようになったので、
なんかそれでこう影響しやすくなったので、今は実は、あの、Windowsのアプリとかも書いてるんですよ。
うーん、すごい。いやー、いいね。めちゃくちゃいい。なんかその自分の領域をはみ出るみたいなのは、意図してはみ出るみたいなのは結構、あの、ふりこちょんちょんの方法としてめちゃくちゃ。
そうそうそうそう。
再現性も高いし、AIもあって。
で、ダメだったら別に引っ込めばいいから、あの、なんかそのちょっかいをかけるっていうとちょっと言い方あれだけど、そのふりこにちょっかいをかけるためにその、ね、あの、とりあえずこうやってみるみたいな、そこのハードがめっちゃ下がったなと思って。
いやー、そうだねー。またなんか、これもう毎回毎回話してるけど、それができる環境に入れるかどうかみたいなのも大事かもねー。
だし、あの、環境って結局自分が作ってるみたいなところもあると思ってて、もちろん周りも作ってくれてるんだけど、その、ある程度自分がこう動いたり動いても、それをこう、なんていうか、まあいいのか悪いのかはともかく、まあやってみなはれっていう感じの空気を出せるかどうか。
で、自分もそれ、その空気をちょっと感じ取りながらもう、行けるとこまで一旦自分で行ってみるみたいな。で、そのプロセスで、まあ人を巻き込んだほうが実はもっと遠くまで行けますよねってなったらちょっと人を呼んでこうちょっとやるとか、だからそういう仕事の仕方ができるようになったなと思ってて、あのー、そう昔は、あのiOSチームの中でタスクをこうわきわけして、
あのー、それをやってこう、あー、iOSのアプリがこうできてよかったねーって、まあ確かにそれで評価もされていたので、まあその時代はそれでよかったと思うんですけど、なんかもう、自分はできるだけいろんなことをすぐやって、こう大きくしたいなっていう発想になって、なんかそこ外側にこうどんどんどんどん行きたいなって思うようになったので、
最近はそういう動き方をしているのが、まあ楽しいし、結果新しいものにいっぱい触れられて楽しいかなと思って。
うーん、なるほどね。いやー、めちゃくちゃいいねー。いやー、これはなんか、それぞれと今みたいに、今日話したような意識づけで振りこう揺らすみたいなことはしてないけど、結果的にめっちゃ揺れてるパターンだなー。
うん。
なんかセキュリティーに、なぜか、なぜかほぼセキュリティエンジン転向みたいなパターンとか、いやー、まあでもなー、でもさー、そのはみ出た後もさ、そのソフトウェア開発という文明国においてはさ、結構、なんていうか、言うてもある程度の点数出せるじゃないですか、僕たち。
出せるね。
10点とかにはならないというか。
ならない。
4、50点はまあまず取れる。で、まあ6、70点なら、まあそこでちょっと腕を磨いてインプットしていけば、下10点も別に全然有名じゃないみたいな。
うん。
なんかで、その、だった時に、なんか、あの、自分が今日話しながら思ったのは、いやー10点も取れねえかもなー、でもやってみたいなみたいなのを、まあ見つけられたらいいなみたいな気持ちはちょっと。
うん。
それはね、めちゃくちゃ近脈だと思ってて。
まあその、もちろん、その、なんだろうな、さすがにこう、古の技術を掘っていくみたいなのはちょっと、完全に趣味の領域だと思うんだけど。
なんか近脈かもって、10点しか今は出せないけど近脈かもしれないと思ったら、それは突き進んだ方がいいよね。
間違いないね。
うん。
そうね。
パッションの変化と燃費の良い働き方
いやー、いやー、それで言うと、なんか、なんか話がだんだん脱線してる気がせんのかな。
すいません、広げております。
いや、違う違う違う。
僕もあれなんですけど、その最近、あの、教養としての会計っていう本を読みまして、
うん。
あの、興味のある方ぜひって感じなんですけど、まあ要するにそのBSとかPLって呼ばれるようなものを、
あの、なんか読めるようになろうっていう、ちょっと超ざっくりだけど、めっちゃ英訳するとそういう本で、
まあ読めるようになろうっていうのは文字通りっていうか、なんか本質的に会計ってこういうことをしていて、
こういう部分を見ると会社のこういう部分がわかって、で、ここがわかるとじゃあ経営の評価できますよねとか、
文章ごとはこういうことが起きてるっていうのが数字から見えますよみたいなの、かなりわかりやすく書いてくれてる本で、
あの、なんだろうな、めっちゃ会計の知識ゼロだし、あの、なんですけど、まあめっちゃ読みやすい本なんですけど、
それ読んで思ったのが、なんか会社経営おもろいなみたいなことを思って、で、この本で書いたことを実践したりやりたいなと思ったけど、
いやでも、なんかビジネスとかやるの超大変そうというか、でも面白そうだなみたいな思えたのは、ちょっと一個直近の金脈だなっていうのを思い出しましたっていう報告です。
いや、まあそういうのあるよね。というか、今まで、なんていうか、隣の芝を見てて、なんか良さそうだけどと思って手を出さなかった食わず嫌いな領域が、
なんか結局ね、AIとか、まあ要は調べ物をするコストがすごく下がったので、なんかそういうね、まあじゃあとりあえず募金の勉強すればいいんだなみたいな、
こう勘の付け方とか、当たりの付け方とか、なんか実際にこう勉強するときの、ぶっちゃけ教材ですら今AIで作れるみたいな。
そうだね。
そういう風になったら、もうそこまでやられたら、あとやるしかないので、もうやればいいと思うんだよね。
いやー、確かにそう思うと別にソフトウェア開発じゃなくて、もう全てにおいてハードルが下がったと言っても過言じゃないよね。
だし、なんかむしろソフトウェアはどんどんこれからもう枯れるっていうか、もう誰でもできるようになっちゃう、コモディティ化しちゃうので、
まあそうなると、なんか他の専門領域をどこに立てるかっていうのはあるんだけど、でも我々はソフトウェアエンジニアとしてこれまでやってきて、
まあその辺の当たりのつけ方は知っているのでっていうのを自分に言い聞かせて、
まあソフトウェア界隈には若干こう旗を立てながらもうちょっとずつこう離れていって、
まあ次のその専門分野にお探しに行って、で、そこからまたソフトウェアの畑を眺めてみて、
ああじゃあここでこうやればこれできるんじゃねみたいな、そういう動き方が多分求められてると思うんだよね。
うん、そうだね、いやその感覚はめっちゃわかるな。
いやーそうなんですよね、コモディティ化するでしょうね。
いやー、おもろい時代やな。
うん、そうね。
いやー、これであと30年食っていけるかな。
まあ食っていけないと思うよ、あの多分働き方はあと2,3回ぐらい変わるもんだと思ってやってた方がいいと思うし、
ぶっちゃけ10年前と今でAIが出る前ですら全然ね、あの言語の、あの言語機能も随分と変わっているし、
あのマシンスペックは良くなっているし、でそこからさらにAIが来てまた働き方が変わってってなってるはずなんで、
そうね。
少なくとも20年前、なんかこうやってオンラインでシームレスに会話することは、
まああの携帯電話でいくらいしかできなかったような気がするんで、
まあそのくらいやっぱ変わるんだよね。
そうね、またなんか食っていける分野としてはもう一つその、なんだろう、
家庭と仕事のバランス、そしてAIの活用
安定しすぎずに程よく、なんだろうな、ゆっくりこう止めずに生きていくみたいなのも。
まあ私さ、多分最初の話聞いてる感じだとその自分の中のその優先度が多分、
仕事が一番上だったのが家庭がこう優先されるようになって、
まあ私今育休してると思うから、
まあその時に家庭が最優先みたいになった時の、
あのなんだろう、その言い出す振り子は本当に仕事なのかみたいなところが多分あって、
まあそっちをいだしつづけたいんだけろうでも、
今いらっしゃるのは家庭なんだよね、みたいなときに、
どうやってそれをなんかその仕事にフルベッドしなくてもいいように、
その辺をやっていきたいのかっていうところに、
俺は本質があるんだと思うんだけど、違うかな。
まあ無意識かではそういう、そういう気持ちがないかと言われると、
ないと言うと嘘になるって感じかな。
でもなんか、そこを一人目が生まれて育ててる時は結構そこはちょっと、
なんだろうな、悩むじゃないけど、
なんかその、やっぱ箇所分時間がシンプルに減るんで、
いやー、でもなんか上手いこと、自分の中では折り合いついてるかも。
なんか最初は箇所分時間減って、
休日にコードを変え、自分アプリ作るみたいなのはほぼ無理だなみたいな、
当時はAIがなかったんで、無理になったなーみたいなとか、
なんでしょうね、仕事の選択肢はそんなには減らないと思うけど、
すぐに大胆な意思決定をするとかは結構負荷が高いよねみたいな、
例えば転職するとかジョブチェーンするとかっていうのあったけど、
でもなんか自分の中ではその辺は折り合いついて、だからその、
言語化むずいけど、
ただその、この家庭という様子も直近では振り子大きく揺らしてる存在の一つだなっていうのを、
ちょっと思ったなって感じがするな。
なんか割と折り合いつけてるわ。
みんな折り合いつけてると思うんだけど。
そうだね。
今は、
昔だ折り合いをつけてると思う。
今は家庭こういう風に、
いらして、それ自体がその刺激というか、
安定からずれ、安定からずれみたいになってる部分もあるし、
その分仕事はじゃあ、この辺は軸足置いてやるけど、
それこそAIはそこでめっちゃ助かってるね。
直近とかと、さっき言った週末自分アプリみたいなのも、
片手で抱っこしながらバーってやって、
マイクボタン押してバーって指示出しとかできるから、
調べ物とかもめちゃくちゃハードル下がったし、
その辺は本当にありがてぇって感じはするね。
上手いことやってますわ。
上手いことやってんだと思うよ。
上手いことやってるわ。
上手いことやってないと思ってこの主力を始めたわけではないんだけど、
話せば話せば意外とちゃんとやってるなっていう。
意図して振り子揺らすもの探すっていうのは、
いい言語家だったなぁ。やっていきたいですね。
そうだよな、マジで。
成長を実感し、前に進むためのヒント
ミッドエイジクライシスになる気持ちがちょっと分かったかもしれない。
なんかあれだよね、体験会みたいな感じだね。
ミッドエイジクライシス体験会。
でもいい体験会な気はするな。
その時が来ても、これかって。
結局は不安になっても、
折り合いをつけて前に進むより他ないので、
その時に、これからどんどん歳をとり、できることも減っていくのかもしれないんですけど、
その時に何を捨てて何を残すかっていうことを多分やっていくんでしょうね。
そうだね。
あとは僕らと同じぐらいとか、僕らより若い人は別に。
でも備えるっていうのも違うしな。
毎日必死に生きて、たまにサボってドーナツ食べましょうって感じだな。
ぶっちゃけさ、共感できなかった部分はさ、
若い人のほうが吸収が早いみたいなことを言ってると思うんだけどさ、
別にあんま変わんないと思うんだよね。
吸収が早いとは思ってないけどさ。
なんだっけ、勉強してるだけ?
そうそう、だから例えば、いや、なんかね、もうちょっと補足すると、
僕が昔の思考でいうと、
じゃあなんかWebの勉強めっちゃしてWeb強いままになろうと思った時に、
じゃあ毎日Webアプリ書こう、MDNドキュメント読んで、
いろいろやろう、本をいっぱい読もうみたいな。
つんどくばーって消化するみたいなことを決めた時に、
新卒1年目は1年ぐらいそれを継続できた。
めっちゃ本読んだし、めっちゃインプットもアウトプットもばーってして、
割と行動づけの日々を送るみたいにできたけど、
新卒4年目でじゃあ同じことできたかっていうと、
多分できないし、できてなかったなっていう感じ。
で、なんでできなかったかっていうと、
新卒1年目ほど、さっき言った持ち主はなんでもいいですけど、
周りを絶対見返すとか、知識ゼロの状態だから上げてかなきゃみたいな、
そういうモチベーションがあったけど、5年目になると、
別に周りからある程度認められてるとか、
そもそもWebエンジニア、Web領域では80点台かなみたいな時に、
残りの20点を死ぬ気で埋めるよりは、
別の領域をやるとか、
そもそも仕事以外のことに楽しみを見つけてそっちに時間を割くとか、
スプラトゥーンやるとか、わかんないですけど、
なんかその相対的に優先地位が変わるというか、
モチベーションが下がるはちょっと違うんだけど、
なんか厳選がなくなるっていう感覚かなっていう感じかな。
社会課題への貢献と新たな熱量の源泉
じゃあパッションじゃないですか、やっぱり。
あー、パッションかも。
パッションめっちゃしっくりくる。
いやー、たぶん確かにね、パッションそういう意味だったらわかるわ。
一つのものに思いっきり向き合える熱量は、
確かに1回小さくなると大きくするの大変かもね。
てかなんか小さくなるのは悪いことじゃない気はしていて。
まあそれもそうそう、そうだと思う。
そこである程度やりきったとか満足してるから小さくなってるのであって、
なんか振り子を揺らすエンジンの一つな気はするんだよね、パッション。
そうだね、こうなんか寝る間も惜しいんで、
こう没頭したいみたいなことが今あるかっていうと、
まあそこは逆にあのネズミAIがやってくれるしなみたいな。
そうだね、俺らのパッションをAIが代行する。
まあでもやっぱりパッションの部分はやっぱり大体できないと思うんだよね。
別にAIがパッションを持ってやってるわけではないので。
そうだね。
まあむしろこうちゃんと規則正しい生活をすること、
そうやって精神面をクリアに保つことの方が多分大事だと思うんだけど、
まあそういうことじゃなくて普通に、
まあ多分AIが出てきてワクワクしたような気持ち。
これちょっともう革命的だからめっちゃ使い倒してやろうみたいな時に、
手当たり次第わかんないから何でもやってみるみたいなパッションのかけ方と、
ある程度何をすればいいかは見当がつくので、
まあここだけ試せば一旦使えるかなみたいなレバレッジを利かせるっていうか、
そこってもう経験値じゃないですか。
そうなった時のパッションは確かに外から見た時は近いそうだけど、
でも結果出てくるものはレバレッジかけたほうがはるかに良かったねみたいなことはあるわけであって、
それを踏まえてどこにその熱量を傾けていくかっていう。
そうだね。
確かに。
自分の得意領域あるいはその周辺に関しては燃費が良くなってるって話はあるかも。
燃費が良いっていうのは良い表現だね。燃費が良いんだわだから。
昔ほどあいつ絶対倒すみたいなパッションがなくても別に十分やれるっていうか。
そうだね。
でもその代わりに別の一足跳びの領域とかで、
いやこれはパッション持てるぞみたいなのが見つけられるとまあいいよねみたいな感覚かもな。
僕は今それは多分社会課題を解くことにすごく熱量を傾く、
少なくともこの5年ぐらいは傾けているので、
いろいろ作ってはいるけど実際に解けているかって考えるとまだちょっと道が遠いわなみたいな部分はあるんだけど、
そこに使うとも貢献できてるってだけで割と仕事の喜びがあるというか。
それはすごく満たされてる感じはするかな。
いやーいい話やな。
まとめと成長への継続的な意識
僕は、まあでも直近は家庭のほうがパッションはやっぱ、
家庭はちょっとまたちょっと違う感じがするね。パッションっていうか、
ガソリン入れないと回んないからガソリン入れるしかねえみたいな感じ。
みわとりたまんかんはちょっとあるけど、まあまあまあ。
いやーいいね。
いやーなんかいいっすね。
いやーやっていきましょうよって感じがする。
まあでももともとの最初のトピックに戻ると、成長は実続きだよねって。
俺最初は自分の話から入るのかなと思ったら、子供の話から入ったところを見ると、
ああ、なんかそういうふうに精神面がやっぱり親になっていくんやなっていう、
そういう成長を感じたんですけどね。
ありがとうございます。
人の親になって4年目突入しちゃったんで。
ああ、そうね。
いやでもなんか、親としてっていうか、子から学ぶことが多いって感じがする。
ああ、それはいいよね。
なんか、めっちゃタイマーだけど、なんか人間って成長するんだなみたいな。
いやーこんな、やっぱできるようになっていくスピードが段違いだから、そういういい刺激かもしれないですね、それは。
たまにすごいピュアでまとえたことを言ってきたりすると、はっとするよね。
ああ、子供があったこと?
子供が、そうそうそう。
そうだね、いや、そうなんだよね。
いやー、わかる。
いやー、しみしみ、しみしみするな。
そんな感じですか、今日は。
はい、そんなとこですかね。
はい、いやー、あざす、いつも。
めちゃくちゃ、僕は満足度高く。
まあまあまあ、はい。
最近、視聴者を置いてきぼりにしてるんだろうなと思いながら、こう会話をしてるんだけど、
まあでも、これってもともとそういうコンセプトなんで、皆さんは置いてきぼりにされないようにしがみつくことによって、
成長という糧が得られるのではないでしょうか。
あの、奮いにかけていくスタイル。
いや、でもマジで、視聴者に、視聴者、聞いてくれる方に、これが受けるかもなと思って選んだことないから、マジでもう試してる気はするわ。
いやー、なんかね、あとまあまあまあ、つず、つず、つず、そうですね、だらだら、だらだらというか、続けてることが最大の、きっとお返しでしょうという気持ちで。
いやー、はい。
じゃあ、そんな感じで、今回は、成長実技であるという話を言語化しました。
はい。
皆さん、さよなら。
さよなら。
49:08
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