いや、なんかね、その、いやこれ、ちょっと若干ずるというか、あの、静かなインターネット、僕ひっそり、みんなひっそりやってると思うんですけど、
それでなんか、ひっそり記事書いたんで、1回自分の中で言語化を試み済みなんですけど、なんか、なんでこんな、この、で、タイトルもまんまこの、
たとえば成長地続きであるっていうタイトルで、あの、ガーってできるように書いたんですけど、なんでこのタイトル思いついたかっていうか、書こうと思ったかっていうと、
その、あの、なんでしょうね、子育てでめっちゃ思ったんですよ。
あの、思ったし思ってきてたことで、何かっていうと、まあ、お子さんいる方はわかるって思いながら聞いてほしいし、お子さんいない方はそうなんだと思いながら聞いていただけばって感じなんですけど、
その、なんだろうな、その、まあ、子育てって、その、なんでしょうね、なんか、まじで正解がなさすぎる領域な気がしてて、まあ、基本的には死なせなければ、まあ、たぶん100点みたいな、まあ、僕はそういう思うことにしてるんですけど、
まあ、死なせなければ、健康に死なせずに生きられれば100点、まあ、虐待しないとかいろいろあげればきれないですけど、とりあえず生きて育てられてるんだったら偉いよねみたいな、
ベースにあったときに、なんかプラスアルファの要素がまあ、あまりに多いのと、あとはなんかその、思考性というか、あの、変数がめちゃくちゃ多いなと思ってて、例えば、じゃあ、その、食生活、野菜、お肉、主食、バランスよく食べたほうが成長にはいいですよね、みたいな話とか、
あとは、教育手法もまあ、山ほどあって、なんかこういう体験をさせるといいですよね、とか、まあ、なんか習い事とかもたぶん念でとってくと、今、なんかダンスか体操が流行ってるらしいんですけど、まあ、将来の運動能力かけてはこれがいいですよね、みたいな、なんかもうキリがないんですよ、マジで、本当にキリがなくて、で、そん中でたぶんおのおのなんか、あの、あんま気にせずにやってる人もいれば、結構神経質にやってる人もいる気がしてて、
僕はなんか、まあ、中間ぐらいかな、みたいな、なんか神経質になる場面もあるけど、でも、なんか現実やっぱ忙しいんで、まあ、できる範囲でやろうか、みたいな気持ちで、あんま真面目に向き合いすぎないように向き合ってるんですけど、まあ、そう、そういう、なんか、この前提において、その、実際だなと思った具体的なエピソードがあって、あの、まあ、一人目を育ててるときに、その、なんでしょうね、
割となんか、その、ちっちゃい月齢のときに、まあ、やっぱ泣くじゃないですか、で、泣いて、まあ、いや、もう、どうしてもしんどいって場面があるときに、あの、いろんなあの手コンテを使うわけですけど、まあ、いわゆるその、スクリーンタイムって、まあ、呼ばれたりするけど、まあ、動画を見せるとかテレビを見せるっていうのを撮ったときに、なんか、めっちゃ泣きやむな、みたいなことに気づいて、いや、その、毎回これはダメだけど、でも、これに、で、いいじゃんじゃないけど、その、
なんだろうな、これに頼ろうみたいになった、気づいた場面があって、で、割と頼って育ててきたみたいな、育てたみたいなのがあったんですけど、まあ、とはいえ、なんかまあ、その賛否両論あるので、正解は一旦置いといて、あの、例えばなんかのガイドラインとかだと、まあ、1日2時間以内に動画を収めた方がいいですよね、とか、あとはそのご飯食べるときに、まあ、見せちゃうとご飯が進まないよね、とか、まあ、いろいろその、やっぱ、
デメリットもあるわけで、なんで、まあ、そうなったときに、なんでしょうね、まあ、どっかでその向き合い方を変えるとか、改善するとか、まあ、そのままでいくのか、みたいなのがあると思うんですけど、その、ちっちゃい月のときは、その、なんだろうな、子育ての解決手段として、まあ、スクリーンを活用したんですけど、大きくなっていって、言葉を喋ったり、まあ、自我を持ったり、それこそご飯を食べるようになったときに、なんか、その、
それが、なんか、まあ、いつの間にか、僕ら習慣づけようと思って、それを使ったわけじゃないんだけど、まあ、本人としては、なんか、なんだろうな、その、スクリーンを見るっていうのが、あの、多分、習慣化というか、人生の一部みたいになってて、出会ったときに、まあ、見たいってグズるとか、その、感謝効果とか、見せたくない場面で見たいってなるっていうのがすごいあって、
で、そのときに、なんというか、当たり前なんですけど、なんか、あ、そりゃそうだよなと思って、その、なんだろうな、まあ、1人の人間が、まあ、その、かの、まあ、うちの娘目線、彼女目線で言うと、まあ、生きてく中で、あの、スクリーンがあって、これ面白いぞ、刺激があるぞってなって、で、そのまま、まあ、それと、それと共に成長していくってなると、まあ、それがあるのが当たり前になるとか、まあ、それを知っているって状態で、
で、っていう風になっていくというのは、まあ、なんか、まあ、考えれば当たり前なんだけど、でも、なんか、その、子育ての本とかをいくつか読んだ僕の脳みその、たぶん、捉え方は、あの、なんだろう、例えば、0歳から6ヶ月は、こういう時期で、こういうことがあるんですよ、6ヶ月から1歳まではこういう変化がありますよ、で、1歳から2歳はこんなことがあって、みたいな感じで、なんか、その、セクションで区切って考えて、じゃあ、このセクションどう乗り切ろうかと、このセクションは、まあ、こういうことが起きるんだみたいな、ある程度、なんか、
イメトレとか勉強しながらやっていくってなった中で、そのスクリーンを見せるって行為が、なんか、その、まあ、一旦今の時期はスクリーン見せて、本当にしんどい場面は乗り切ろう、みたいな、たぶん思考でやってたんだけど、でも別に人間ってそんな、じゃあ、ああ、じゃあ、はい、6ヶ月、生後6ヶ月だから、スクリーンはおしまいね、みたいになるわけじゃ全然なくて、
その、あてにまえだけど、なんか、点じゃなくて線なんで、本人にとってはそうじゃないよね、みたいなのがあるなっていうのがすごい、なんか、いや伝わるかわかんないですけど、すごいしみじみと感じたというか、なんか、人間ってこうだよなっていうのをすごいまざまざと感じてて、
スクリーンはわかりやすいんで、たとえの一つとして出したんですけど、まあそういうふうに感じることがすごいたくさん多くて、なんか、おやめ線はこのタイミングではこうだけど、まあまあ今後はやめた方がいいよねっていうものを、なんか、まあ、やったり、まあ逆もあるんですよね、これがいいよねってなんとなく思ったものが、なんか、いつの間にか習慣化してたりとか、なんか、そういうのを見てると、なんか、普通に、なんていうか、その2ヶ月の頃の赤ちゃんの頃の、
まあ、娘と1歳の頃の娘ってちゃんときちんと線でつながってるなと、なんか、思ったんですよね、で、で、なんていうか、っていうのがまあ一つ、で、まあ、記事ではそんなこと書いてるんですけど、まあ、プラス思ったのが、じゃあ、なんか、自分もそうだよなっていうのを、なんか、改めて思って、その、もう、僕らは30、僕は30何歳のとき、
30、俺何歳のとき、34歳か、はい、もう年齢忘れるぐらいのもう、みそじに入ってきた中で、やっぱこの、例えば、なんか、20、なんか、この1年か、直近1年とか、で、やっぱその、まあ、身長が伸びるわけでもないし、なんか、新しい言語がしゃべれるようになるわけでもないし、その身体的な成長とか精神的な成長とか、環境の変化って、やっぱ、子供のくらべて、頃と比べるとどうしても少ないってなると、その、
なんだろうな、線の傾きが低いのか、なんか、ちょっと、なだらかな坂だからなのかわかんねえけど、あんまりその、なんだろうな、地続きだよねって感覚を持て、持ちづらいなっていうのが、なんか、改めてちょっと考えたこととしてあって、あの、ちゃんと、で、それなんか、ちゃんと考えたほうがいいよなーっていう、漠然とした気持ちもあって、なぜかというと、その、
まあ、それなりに仕事できて、それなりにいろんなことがうまく回って、まあ、34歳で、まあ、このまま10年やればいいかみたいな気持ちで、生きるのも別に全然不正解じゃないし、否定すべきではないんだけど、一方で、まあ、そういうふうにラーナーでやった時に、その、やっぱその、ラーナーのまま、地続いていくわけだから、その、ラーナーのままやったら別にどっかで、じゃあ、
本当はこうなりたかったのにっていうものがあったり、本当はこれ、これを頑張りたかったっていうものがあっても、その、ちゃんと地続きになってるから、まあ、その、10年後になりたい姿に近づけないとか、なんか、うーん、なんだろうな、こうありたかったのに近づけないよなーみたいな、なんか、当たり前のこと言ってるんだけど、改めて思ったというか、はい、この辺がちょっと今フワッとしてますね、フワッとしてるんですけど、うーん、
けっこうしみじみ大事だよなーというか、うーん、1日1日頑張って過ごしていかないと割れるなーみたいな気持ちがあるんですけど、だてしょうはどうですか?
なんか途中まで、あのー、いやー、言いたいこと言ってる、俺の言いたいこと言ってるなーと思って、聞いてたんだけど、途端に、一番最後に途端にこれは、あのー、いわゆるミッドエイジクライシスではないかという、あのー、発言が出ましたけど、はい。
ミッドエイジクライシス、はい。
我々世代がこれから陥っていく、あのー、このままおじさんになってたときに、なんかあんま自分は成長してる感がないなーっていう日に陥るっていう、典型的な、あのー、まあ典型的っていうのは別に僕は陥ってないんですけど、あのー、ちょっと、ちょっと年上の人たちが、なんかそうなっている様子をなんか見てきて、あー、そうなっちゃうんだねーって思ってたやつ。
へへへ、なるほどね。言葉だけ聞いたことあったけどね。ああ、そういう意味なんですね。
あー、まあなんか、あのー、なんていうか、そうだね、まさに、なんか、ほんとは40とか50代ぐらいの人が陥るらしいんだけど、なんか近年若年化してるっていう話もあって、あのー、要は自分のキャリアとか、そういった、この先の人生に対してこう不安を抱くやつ。
たしかに、ミッドエイジクライシスなのか、俺は。ドンピシャ言語があったら、ミッドエイジクライシスなのかもしれない。
どう、まあ、でもミッドエイジクライシスに、わかんない、なんか感覚としては、この、なんか適当に手元でググって見た感覚、意味を見た感覚としては、あのー、ならできたらミッドエイジクライシスに陥るよなって感じの方が、感覚としては近いのかな、どうなんだろう。
どうなんだろうね、なんかその、なんでそうなっちゃうのかとか、どうするものなのか、よく知らないんだけど、なったことがないから。
でもなんか、あの、なんだろう、漠然とした不安みたいなものは別にまだないと思うから、なんか、あのー、どっちかと言うと転ばる先の杖をどう備えるかっていう感覚なんだと思うんだけど。
そうね、またなんかその、なんだろうな、いやでもなんか、当たり前のことを当たり前にやりたいっていう感覚なのかもしれない、その、なんていうか、
例えば、僕その、まあ、僕らは体に気をつけなきゃいけない年齢になってますけど、その、もう今日はドーナツ食べていいやみたいな、やっちゃうけど、やっちゃうけど、あの、そういうことをとるじゃないですか。
うん、俺も食べた今日ドーナツ。
食べてた。うまいんだよな、ドーナツマジで。
あれはね、まあ、その、まあ、あれの凶悪さは置いといて、その、そう、そう、そういう行動をとった時に、なんかそれをよしとしないとすると、あまりにしんどいんだけど、でもなんか、よしとしすぎてる時も自分はあるなっていうか、で、
それを、その、よしとしすぎた時の世界線を自分の子供に見てるみたいな感じなのかな、でも、いや、別に自分の子供はよしとしすぎてないんだけど、でも、よしとしすぎた時にここまで転がるんだろうなっていう想像をすごい子供を見ながらしやすいっていうのがかかって、じゃあ、なんか、今食べてるドーナツは、
うーん、ダメじゃないけど、ダメじゃないけど、とか、なんか、うーん、勉強とき、まあ、キャッチアップとかは別にやってるか、そんな別に不安感じてないけど、うーん、なんかその、筋トレとかそういうところを、まあまあ、振り返ると自分やれてないなとは思わないけど、なんか気を抜かずにやっていきたいなみたいな感じに近いかな。
うん。
いやー、そのフレーズ、超好きかも、超好きかも、そうだね、いや、わかる、いやー、そういう、ねー、そんな、なんか、うん、完璧な計画をね、立ててみるんだけど、まあ、だいたいうまくいかないじゃないですか、だから、それをね、ちゃんと、やった、やって目標を達成してる人を見るとやっぱすごいなって思うんだけども、もし、まあ、自分もそうありたいなと思う憧れはあるんだけども、まあ、
どこまで行ってもやっぱり、人の本質はそこだなと思うんで、まあ、人っていうか、少なくも自分はそうだので、まあ、できないことはできないわ、できない年になったわな、みたいなところは出てきてるんだけど、でも、なんていうか、それって、あの、自分の周りにある360度、すべての物事をこう、完璧にやろうとすると、ちょっとさすがにしんどいと思うんだけど、
あの、この領域だけは絶対的にもう、あの、自分はこう、完璧にできるとか、あの、思った通りに何かができる、みたいな領域が、まあ、一個でもあったとして、まあ、それが我々にとっては仕事なのかもしれないですけど、
仕事っていうか、まあ、自分の専門分野かもしれないですけど、まあ、それが今、一個あるだけで、あの、僕の場合はここはちょっとあきらめちゃってるので、あの、
いや、でも、わかる。
ってことだと思うんだよな。
なんか、人ごとに、たぶんバランスとか配分みたいなのは絶対あるよな、その正解は絶対なくて、その、まあ、モチベーションとかパーソナリティにもすごく依存すると思うけど、
いや、だから、その、だでしが今言った一通りのこともめっちゃわかるというか、あの、僕はなんというか、あの、自己肯定、まあ、自己評価たぶん低めなんで、
たぶん定期的、今はもうね、だいぶ、もう30代になったからだいぶなくなってると思うけど、20代とかは定期的にその、なんだろうな、ちゃんと使用期というか、
あの、インプット、計画立ててこういうインプットしてとか、
わかるわかる。
こういう生活をしてとか、で、あの、うまく回るときもあるし、そこを雑すときもあるけど、でもなんかやっぱどっかで、あの、無理してるんでしょうね、自分に合わないペースでやってて、
で、どっかでその、燃え尽きじゃないけど、なんか、スプラトゥーン6時間やったなみたいな、タイミング、なんかそういうのに落ちて、まあ、元に戻るとまで言わないけど、なんかそういうのあって、
だから、そういうのを何回か繰り返して、今は全く、そのさっきのフレーズが超素敵、その、人間はそんなに合理的にできない、ほんと、ほんとその通り、その、頭ではわかってる、
俺も今日なんか、なんなら今日めっちゃ疲れて、もう結構ゴロゴロしてたけど、あの、その、ね、このスケーム時間で記事読めるなーみたいな、思いながら、あの、スパイダーソリティアをやるみたいな、そう、そうなんだよな、そういう気持ちなんだよな、
そう、だからなんか、この成長の続きだなと思って、なんか自分を見つめ直した時に、なんか、あんま別に自己否定の気持ちには落ちてなくて、でもなんかその、まあなんか、ダーティッシュの話聞いて思ったけど、それなりに自分なりのバランスを見つけて、見つけられてるんだなっていうのを、ちょっと再発見した感があるかもな、
ダメ、ダメだとはあんま思ってないかもな。
いや、でもさ、まあそれを、それはそう、それはそうで、まあそこ、それを踏まえて、踏まえてですよ、あの、こっからまだ人生長いんで、まあ少なくとも30年から50年くらいは生きると思うんですよ。
そうですね。
あの、こう、大病をね、患るとちょっとわからないですけど、まあ、ってなった時にさ、もうそんな落ち着きに入っていいのかなっていうさ、なんつーの、そのバランスを崩してやろうっていう野心がまああるじゃないですか。
野心はある。
うん。なんかその、20代の時って、まあ極めて不安定だったと思うんですよ。
うん。
あの、そういう危うさってあるじゃないですか、あの、それこそ自己肯定感を得たいとか、こうなんかこう投げ物買いに投げたいみたいな、
うんうん。
あの、それは、さっきさっきのことはまだ不安定っていうか、不安定っていうのはその、いい意味でも悪い意味でも不安定だから、あの、そういうふうになると思うんですけど、
うん。
まあ、我々世代になってくると、まあ家庭ができて仕事もなんかいい感じになってきて、まあある程度お金にもよるもあって、こう落ち着く要素しかないと思うんですけど、
うんうん。
なんかその、一度しかないこの人生を、
うん。
こう、エンジョイしたいなと思ったら、まあもちろん安定なとこにいて楽しいって言うのもまあ、あることはまあ前提なんですけど、
うんうん。
まあ、いかにこう丁寧にそのバランスを崩して、
うん。
不確定にするかっていうところなんじゃないかなって最近思うんですよ。
なるほどね。
うん。
確かにね。
たぶん、意図して崩さないと崩れないもんね。
そうなのよ。
なんかその、ねえ、それこそ、なんか誘われたら飲み会何でも行きますみたいなイエスマンみたいなさ、まあ僕はそういう時代は結構長かったんですけど、
うんうん。
あの、なんかこう、外的な要因でこう自分をこうゆるゆる動かしてくれるのって、だんだんやっぱり年取るとなくなってくるなと思ってて、
うーん。
逆にもう自分から動いていかないとなんかないと思うんだよね。
うーん、確かにね。
うん。
いや、本当にそうな気はするね。
周りが、まあみんなで落ち着いていくもんね、その。
そうそうそうそう。
世代がちゃんと当たり前だけスライドしてって。
そう。
そうするとやっぱ感性、環境にこう感性みたいなものを与えちゃって、こうやっぱり強いあの力を加えないとなかなか動かない。
うんうんうん。
すごい摩擦があって動かないみたいな感じがやっぱ強くなってく気がしていて。
確かに。
いやあ、そこをなんか崩しに行きたいかどうか多分個々人による。
まあね、もちろんその崩し、どれくらい崩したいかは個々人によるけど、でもなんか完全に動かずに座ってると体が固くなってしまうかのように、
あの動かしていないとやっぱりだんだんあの錆びてくると思うんだよね、そういうのって。
うんうん。
なんか俺は多分崩せんなら、いやなんか崩したいというよりかは、そのなんだろうな、野心を捨ててないみたいな部分はある気はしていて、いやあ、そうね。
なんていうか、イメージ的に言うとこう、だんだん揺れ幅がなくなってきててこう止まろうとしてるんだけど、
なんか昔は結構もうなんか倒れちゃうんじゃないかっていうぐらいすごい振り子がこう動いてたんだけど、まあそれがだんだんこう振幅が小さくなって、
大人しくなってきたんだけど、まあそれをちょっとちょんちょんちょんちょんってやって揺らし続けるというか、そういうのが多分いるんだろうと。
確かにね、いやなんかさっき話しながら思い出してたけど、新卒の頃とかはめちゃくちゃ勉強できてたなぁとか思いながらさっき話してて、
それはもう、私が言ったように不安定であり、なんか野心が大きく、
あの社内のダメなエンジニア絶対殺すまで新卒みたいな、めちゃくちゃな状態だったからできたわけであって、
じゃあ今同じ気持ちを持てるかというと、別になんかそんなモチベーションとか、
自分を動かすテコの場みたいなのがないというか、そういう部分はある気がするから、それを、かつそれが自然発生しなくなってきてるっていうのがめっちゃマジ、確かにって感じがするので、
そうだね、確かにね。またやっぱりいろんな経験積んできてるから、昔は自分を動かしてくれたものが、今はそんなに動かされないみたいなのもある気はするよね、普通に。
あると思うんだよね。やっぱそれが、すいませんね、毎回AIを持ち出してて感じなんですけど、
AIを使うといろいろこう全能感が得られるじゃないですか。最近読んだどっかの記事で、これすごくいいなと思ったのは、結構AI使うと何でもできるし、それで何でも作れると思うんだけど、
でもやっぱ最後にクラフトを一個維持するっていうことは極めて重要だなと思ってて、クラフトって呼んでるのは自分の専門領域に対する職人魂みたいな。
ここの領域に関してはもう絶対的にAIより俺が正しいっていうような、その柱を持って、そこはぶらさないみたいな。
そこは絶対に俺の方が正しいから、AIが何言ってるか、ここは悪いけどこうだ、こうですね、みたいな境地を持っておくべきだなと思ってて。
で、それがあってこそ周りに広がっていけるし、サイクル自分はそこがあるから、ちょっとこっちに飛び出してみて、まあダメだったらちょっと戻ってくればいいかなっていうのがすごくやりやすくなった。
具体的には僕はIOSから専門だけど、例えばウェブのフロントエンドちょっと作ってみようかな、AI使って作ってみようかなとか、
もう全部フルスタックに全部一人で作り上げてみようかなとか、ちょっとビジネスやってみようかなとか、だからそういうことをやっても、そのクラフトさえあればこうなんか戻ってこれるみたいな。
なるほどね。いいね、その年をとっていろいろ身につけた分、昔はなんか心腹大きくしてそのままなんかネジ外れてどっか飛び寄るぐらい不安定だったかもしんないけど、
まあ今はそのきちんと芯を刺した上でそれができるっていうのはあるかなって。
で、まあこれも例えとして適切かわかんないけど、あの、そうやって入れてる振り子の間にこうピンを刺すと、そこに引っかかって予想だけしないような動きをするじゃないですか。
まあいわゆるカオス理論ってやつですけど、まあ実はなんかこう糸を垂らしてこう振り回すよりも、間にこうピンを打って動きを変えた方が物事はこう複雑にワーってなってくれるっていうのをあえて使ってみると、
なんか実はそういうものが1個、2個、3個と増えていくと、いろいろ予想だけしないものが出来上がって面白いのではないかって思ってるんですよね。
うーん、なるほどね。いやあ、ほな、具体的にだてしが実践してるそういうのある?
実践してるので言うと、まあ仕事は最近だからいろんな領域にこう首を突っ込むようになって、あの、今までまあここはiOSだからなんて、まあ自分でこう線を引いて、まあここから先はまあもちわもちわでこう入らなくていいかなって思ってたところに、まあなんというか中途半端に首を突っ込めるようになっちゃったわけですよ、予測のハードルが下がったんで。
それで、自分は実装してないけど、まあ実装するなら技術的にはこういう件がいるよねっていうのを、やっぱり言いやすくなったんだよね。
なぜならiOSではこうだったから、まあだいたい同じようなプロトコルで動いているとしたら、まあ多分これはこうなっているべきだよなっていうのをこう提示して、でそれが、あの、なんていうかAIとかに対して裏付けできるようになったので、
なんかそれでこう影響しやすくなったので、今は実は、あの、Windowsのアプリとかも書いてるんですよ。
うーん、すごい。いやー、いいね。めちゃくちゃいい。なんかその自分の領域をはみ出るみたいなのは、意図してはみ出るみたいなのは結構、あの、ふりこちょんちょんの方法としてめちゃくちゃ。
そうそうそうそう。
再現性も高いし、AIもあって。
で、ダメだったら別に引っ込めばいいから、あの、なんかそのちょっかいをかけるっていうとちょっと言い方あれだけど、そのふりこにちょっかいをかけるためにその、ね、あの、とりあえずこうやってみるみたいな、そこのハードがめっちゃ下がったなと思って。
いやー、そうだねー。またなんか、これもう毎回毎回話してるけど、それができる環境に入れるかどうかみたいなのも大事かもねー。
だし、あの、環境って結局自分が作ってるみたいなところもあると思ってて、もちろん周りも作ってくれてるんだけど、その、ある程度自分がこう動いたり動いても、それをこう、なんていうか、まあいいのか悪いのかはともかく、まあやってみなはれっていう感じの空気を出せるかどうか。
で、自分もそれ、その空気をちょっと感じ取りながらもう、行けるとこまで一旦自分で行ってみるみたいな。で、そのプロセスで、まあ人を巻き込んだほうが実はもっと遠くまで行けますよねってなったらちょっと人を呼んでこうちょっとやるとか、だからそういう仕事の仕方ができるようになったなと思ってて、あのー、そう昔は、あのiOSチームの中でタスクをこうわきわけして、
あのー、それをやってこう、あー、iOSのアプリがこうできてよかったねーって、まあ確かにそれで評価もされていたので、まあその時代はそれでよかったと思うんですけど、なんかもう、自分はできるだけいろんなことをすぐやって、こう大きくしたいなっていう発想になって、なんかそこ外側にこうどんどんどんどん行きたいなって思うようになったので、
最近はそういう動き方をしているのが、まあ楽しいし、結果新しいものにいっぱい触れられて楽しいかなと思って。
うーん、なるほどね。いやー、めちゃくちゃいいねー。いやー、これはなんか、それぞれと今みたいに、今日話したような意識づけで振りこう揺らすみたいなことはしてないけど、結果的にめっちゃ揺れてるパターンだなー。
うん。
なんかセキュリティーに、なぜか、なぜかほぼセキュリティエンジン転向みたいなパターンとか、いやー、まあでもなー、でもさー、そのはみ出た後もさ、そのソフトウェア開発という文明国においてはさ、結構、なんていうか、言うてもある程度の点数出せるじゃないですか、僕たち。
出せるね。
10点とかにはならないというか。
ならない。
4、50点はまあまず取れる。で、まあ6、70点なら、まあそこでちょっと腕を磨いてインプットしていけば、下10点も別に全然有名じゃないみたいな。
うん。
なんかで、その、だった時に、なんか、あの、自分が今日話しながら思ったのは、いやー10点も取れねえかもなー、でもやってみたいなみたいなのを、まあ見つけられたらいいなみたいな気持ちはちょっと。
うん。
それはね、めちゃくちゃ近脈だと思ってて。
まあその、もちろん、その、なんだろうな、さすがにこう、古の技術を掘っていくみたいなのはちょっと、完全に趣味の領域だと思うんだけど。
なんか近脈かもって、10点しか今は出せないけど近脈かもしれないと思ったら、それは突き進んだ方がいいよね。
間違いないね。
うん。
そうね。
いやー、いやー、それで言うと、なんか、なんか話がだんだん脱線してる気がせんのかな。
すいません、広げております。
いや、違う違う違う。
僕もあれなんですけど、その最近、あの、教養としての会計っていう本を読みまして、
うん。
あの、興味のある方ぜひって感じなんですけど、まあ要するにそのBSとかPLって呼ばれるようなものを、
あの、なんか読めるようになろうっていう、ちょっと超ざっくりだけど、めっちゃ英訳するとそういう本で、
まあ読めるようになろうっていうのは文字通りっていうか、なんか本質的に会計ってこういうことをしていて、
こういう部分を見ると会社のこういう部分がわかって、で、ここがわかるとじゃあ経営の評価できますよねとか、
文章ごとはこういうことが起きてるっていうのが数字から見えますよみたいなの、かなりわかりやすく書いてくれてる本で、
あの、なんだろうな、めっちゃ会計の知識ゼロだし、あの、なんですけど、まあめっちゃ読みやすい本なんですけど、
それ読んで思ったのが、なんか会社経営おもろいなみたいなことを思って、で、この本で書いたことを実践したりやりたいなと思ったけど、
いやでも、なんかビジネスとかやるの超大変そうというか、でも面白そうだなみたいな思えたのは、ちょっと一個直近の金脈だなっていうのを思い出しましたっていう報告です。
いや、まあそういうのあるよね。というか、今まで、なんていうか、隣の芝を見てて、なんか良さそうだけどと思って手を出さなかった食わず嫌いな領域が、
なんか結局ね、AIとか、まあ要は調べ物をするコストがすごく下がったので、なんかそういうね、まあじゃあとりあえず募金の勉強すればいいんだなみたいな、
こう勘の付け方とか、当たりの付け方とか、なんか実際にこう勉強するときの、ぶっちゃけ教材ですら今AIで作れるみたいな。
そうだね。
そういう風になったら、もうそこまでやられたら、あとやるしかないので、もうやればいいと思うんだよね。
いやー、確かにそう思うと別にソフトウェア開発じゃなくて、もう全てにおいてハードルが下がったと言っても過言じゃないよね。
だし、なんかむしろソフトウェアはどんどんこれからもう枯れるっていうか、もう誰でもできるようになっちゃう、コモディティ化しちゃうので、
まあそうなると、なんか他の専門領域をどこに立てるかっていうのはあるんだけど、でも我々はソフトウェアエンジニアとしてこれまでやってきて、
まあその辺の当たりのつけ方は知っているのでっていうのを自分に言い聞かせて、
まあソフトウェア界隈には若干こう旗を立てながらもうちょっとずつこう離れていって、
まあ次のその専門分野にお探しに行って、で、そこからまたソフトウェアの畑を眺めてみて、
ああじゃあここでこうやればこれできるんじゃねみたいな、そういう動き方が多分求められてると思うんだよね。
うん、そうだね、いやその感覚はめっちゃわかるな。
いやーそうなんですよね、コモディティ化するでしょうね。
いやー、おもろい時代やな。
うん、そうね。
いやー、これであと30年食っていけるかな。
まあ食っていけないと思うよ、あの多分働き方はあと2,3回ぐらい変わるもんだと思ってやってた方がいいと思うし、
ぶっちゃけ10年前と今でAIが出る前ですら全然ね、あの言語の、あの言語機能も随分と変わっているし、
あのマシンスペックは良くなっているし、でそこからさらにAIが来てまた働き方が変わってってなってるはずなんで、
そうね。
少なくとも20年前、なんかこうやってオンラインでシームレスに会話することは、
まああの携帯電話でいくらいしかできなかったような気がするんで、
まあそのくらいやっぱ変わるんだよね。
そうね、またなんか食っていける分野としてはもう一つその、なんだろう、