同い年、同じ会社で働く30代女性2人が、結婚、出産、仕事などなどの様々な女の選択について、
隣の芝生を覗き見しつつ、羨ましがったり、がらなかったりするトークプログラム、となりの芝生はソーブルー。
このポッドキャストは、長野県在住、東京の会社で働く県業コラムニストの月岡ツキと、会社員の吉野がお送りします。
えーとですね、月岡の新刊、今世は母になりませんが、大田出版から、あのー、9月9日に発売なんですけれども、ちょっとこの配信がね、9月9日になるか10日になるかっていうところで、
あの、絶妙なラインでやってるんですけれども、今日か、昨日か、みたいなところで、発売でございます。
おめでとうございます。
全国の書店さん、何卒よろしくお願いします。
ね、もう届いている方もいるのかなっていう感じですよね。
そうだね、予約した人とかだともう届いてたりとか、あとなんか早めにね、ちょっと若干早めに本屋さんに並べてくれるところがあったりとか、
あと私があの先日、あの下北の本屋B&Bでイベントをさせていただいて、その時ちょっと先行販売みたいなのをしたので、
そこでゲットしてくださった方はもうお手元にあるかなっていう。
お疲れ様です。良かったね。
いや、めっちゃいいイベントだったね。ちょっとね、アーカイブとか良かったら、
そうだよね、もう販売してるんだよね。
そう、販売開始したんで、なんかね、かなりね、好評だったし、自分としてもめっちゃいいイベントだったなという。
ちょっと私もアーカイブ見たいな。良いですね。とりあえず無事終わり、良かったですね。
はい、楽しかった。
こっからね、新刊発売して月がまた忙しい時期があった感じだもんね。
まあ、忙しくなってくれるとありがたいなっていうところではあるんですけどね。
なんかさ、本って物理だからさ、物流の具合によってさ、どこの本屋さんにいつ届くとかがさ、違ったりさ、
あとまあ、発行部数によってどれくらい行き渡るかみたいなのとかあるんですけど、
なんかさ、地方の本屋さんとかだとさ、私地方に住んでるわけで、なんか最初に出た本とかさ、発売日に本屋さんに並んでるかなとか思って、
ちょっとそわそわしながらさ、近所の本屋とか行ってさ、並んでねーみたいな時の、最初結構それ悲しかったんだよね、なんか。
並ばないんだ、初日にみたいなのがなんかあったんですけども、最近ね、なんか全然めげなくなってきました。
あ、慣れ。3冊目ですもんね、だいぶつら構えが変わってきましたね。
つら構えが、おおおお、みたいな。そうだろうな、みたいなことがなったりするんですけど、どれくらい届くかっていうところで、よろしくお願いしますなんですけど、
気になってくれてる方ね、よかったら読んでみていただいて、さらによかったら、あの、アマゾンとかのレビューとか、SNSとかに感想を書いてもらえたらすごく、
めちゃくちゃ励みになるので、あとやっぱり今時ね、本って口コミだよりみたいなところあるんで、そこのとこ一つよろしくお願いしますということで、
ここを聴いてくださっているような方はね、ちょっと、あの、我々はね、少なくても多少、悲喜してくれてる人たちなんじゃないかなと思って、
期待して、よろしくお願いします。さくらコメントをよろしくお願いしますっていうところで。
9月26日はね、18時から青山ブックセンターで、今世は母になりません発売記念として、吉野ちゃんとトークイベントをやらせていただきますと。
チケットがね、なんか早くも残り少なくなってきているという情報が入ってまいりましたので。
あ、そうなんですよ。ちょっと何枚かは分かってないんですけども、少ないらしいという情報が。
そう、少ないらしいということだけ見ているっていう。
あの、ABCさんの公式からちょっとリリースが出ていたので。
はい、少ないらしいんで、よろしくお願いします。ちょっと迷っている方は何卒お早めにっていうので。
はい、どうぞよろしくお願いします。先週ね、話す内容とかをちょっと配信で話して、気になってもらえてるかなっていうところなので、
ちょっと枚数少ないという情報があるので、はい、ぜひ気になっている方はどうぞよろしくお願いします。
前回ね、売り切れになっちゃったもんねチケット。
そうですね。ちょっと今回もどうなるかって感じなので。
とにかく当日は私もツッキーもすごい楽しみにしているので、ちょっと緊張、じわじわ緊張はしてきたんですけども、はい、やっていきます。
はい、やっていきたいと思います。よろしくお願いします。チケット詳細は概要欄に書いておきます。
では今日も早速お便りを読んでいきたいと思います。40代前半女性会社員グリーン・アメジストさんからのお便りです。
お二人の小気味のいいトークをいつも楽しく拝聴しているアラフォー一児の母です。
時にハットさせられたり大笑いしたり、お二人の人間味溢れるところも含めて大好きです。
私がお二人のトークを痛快だと感じるのは、バウンダリー自他教会がとても明瞭だからなのかなと勝手に思っています。
私は生育環境や職業を長年看護師をしており、共感する、傾聴するを叩き込まれる環境でした。
の影響もあってか、自分の40年を振り返るとバウンダリーがペラペラだったなぁと感じています。
実母の言動が月さんのお母様に少し似ているところもあり、長男の嫁として地域の中で本当に苦労してきた母への気持ちを整理するのに長い時間がかかりました。
そんな経験もあって、今は娘を育てながら母は母の人生を生きる、あなたはあなたの人生を思い切り楽しんでねというスタンスを意識しています。
最近は嫌われる勇気を読みながら、アドラー心理学の自分の人生を生きるという考え方を少しずつ実践しているところです。
そこでお二人にぜひ伺いたいことがあります。
お二人はバウンダリーをとてもしっかり持っているように感じるのですが、それは幼い頃から自然と身についてきたものなのでしょうか?
それとも何かきっかけや経験意識してきたことがあって育ってきたものなのでしょうか?
子育てにも活かしていきたいテーマなので、もしお話しいただけたらとても嬉しいです。これからも配信を楽しみにしています。
とのことでした。ありがとうございます。
ありがとうございます。
最近よく聞く言葉ですよね、バウンダリーって。
お便りもらうまでね、私はほぼ意識せずにこれまで生きてきたなという感じで、ちょっとこれ収録前にツッキーと打ち合わせをするんですけども、その中でも私がバウンダリーを捉えられてなさすぎて、
あんまり意識してなかったかなという感じがありますね。なので、一旦説明をお願いします。
なんか改めて、最近よく聞くなと思うんですけど、改めて意味を調べてみたんですけど、
心理学では、バウンダリーは自分と他者の間に引く目に見えない境界線と説明されます。
私は私、あなたはあなたという違いを守る線であり、自分と他者を区別するものとされています。
身体的な距離だけでなく、感情、時間、お金、価値観など様々な領域にバウンダリーがあります。
とググったら出てきました、ということなんですけれども。
なんか、自宅境界バグってるやつ、みたいな、たまに聞きますよね。
意識して暮らしているかな、みたいなので、吉野ちゃんは意識せずに暮らしているが、グリーンアミューズさんからはバウンダリーがある人のように見えていると。
まあそれは、なんかその通りな気もする。月木はどうですか。私はなんか、まあ、あんだろうなという気はする。
バウンダリーどうでしょうね。なんか、その親の話みたいなのをね、お便りで書いてくださってますけど、
やっぱり自分で言ったら、その親がまず結構規範意識の、親が、なんかこれが規範であるみたいなのを親が持っている。
割と強みに持っている人たちだったんで、だからその親の望んでいるように生きないとちょっと親不幸かな、みたいに。
やっぱ中学生ぐらいから結構悩んでいた記憶があって、自分がやりたいように生きるとすごい親不幸なのかな、みたいな。
具体的に言ったら、なんか、大学とか進学で親のところ離れたりしたら、親不幸かな、とか。
なんか、親が、なんか公務員とかさ、そのお堅い職業についてもらいたい、みたいな感じのことを言っていたこともあったんだけど、そういうの全然興味がなかったので、そういうの嫌だみたいなことを思ったら、親不幸かな、みたいな。
っていうことはすごく悩んでいて、そこになんか反発して生きる中にずっと罪悪感があったんですけど、
でも最近そのようやく自分が望む生き方をしながら、親も大事にするっていうのは両立できるっていうことがわかってきたような気はしてますかね。
親がバウンダリーを、私に対するバウンダリーを引けてなかったっていうことだと思うし、自分がその自分の人生と親の望みを混同しちゃっていて、自分も自分で子供だったっていうのもあるから、バウンダリーっていうものが確立されていなかったのかなっていう気もしますよね。
グリーンアメジストさんもすごい、まあ、母親との関係性が影響がでかそうという感じだよね。
なるほど。それで言うとね、私はね、やっぱね、親に何かをこうしなさいと言われた記憶がちょっとなさすぎてみたいところがあり。
それって本当に親が言ってなかったのか、よひなちゃんが聞く耳を持ってなかったのかで言うと。
どっちもかな。どっちもかな。えっとね、私はね、結構ね、ちっちゃいときにこれなんか、どっかの回で話したような気がするんだけども、なんかお母さん、なんかお母さんのために勉強してるのにみたいなことを言ったときに、たぶん小学生とか中学生とか、結構ちっちゃめのときだったと思うんだけど。
なんか、そのときもうマジで、マジでそういうこと言うのやめてみたいなこと言われたのがね、なんかね、すごいそれだけ覚えてて。
へー。そんなわけないじゃん。お母さんがバウンダリーちゃんとしてる人なのかな?
わかんない。自分は自分、子供は子供みたいな。
意識してるタイプではないね、たぶんね。
自然とそういうタイプっていうことなのかな。
そうそうそう。だから私はあんまり、母親からこうしなさい的なのはなくて、かつ友達とかに対しても、うーん、なんかね、私がバウンダリーがなんかめちゃめちゃだった記憶は、えーとね、その恋愛でメンヘラ化してたときだけだね。それしかない。
恋愛メンヘラ時代はさ、相手をコントロールするとかさ、なんかやってましたか?
携帯見るとかやってたよ、たぶん。
それはバウンダリーない案件。
そうそうそうそう。ただ、それが私、そこしかないんだよ。すごい、非常に局所的な表れ方なんだよね。だから、まあ私の性質としてそうっていう感じではないような気がする。
友達とかに対してもね、あんまりそれが出ることはね、ないね。なんかすごい小学生の時の女子グループでとかは、もしかしたらあったかもしれないけれども。
はいはいはい。
でもね、中学生以降とかではね、あんまない気がする。
友達をコントロールしようとするとか、あとバウンダリーの出方として、まあその他人の不機嫌が自分のせいじゃないかって思っちゃうみたいな。
たぶん結構代表的なものとして、わりと調べるとすぐ出てくるんだけども。
はいはいはい。
でも、周りにこう影響を受けやすいから、自分のせいなんじゃないかとか思っちゃったりとか、周りのこう、具合がこう気になるみたいなのとか。
もう、会話が途切れるとか気になるとかはあるかもしれないけどね、まあそういう感じじゃないかな。ガチで悩んでるみたいな、ガチでそう思ってるとかではないかなって気がするね。
私そのさ、他人の不機嫌を自分のせいだと思っちゃうみたいなやつは、なんかそんなに深刻なやつではないけど、なんかこの回盛り上がってないなみたいな時に、なんか自分が面白いことを言ってないからかもみたいなことを思っちゃうことあるよ。
あーなるほど、あーなるほど。
でなんか余計なことまで喋っちゃうみたいなこともある。
それは私もめっちゃあるくない?
謎の当事者意識というか。
あー、でも私もそれめっちゃあるかな。
それはなんかあれなのかな。え、でもサービス精神とかともまた違うような気がするんだよな、なんか。
なるほど。
でもね、私はね。
私が盛り上げられてないみたいな。
はいはい。私はね、ちなみにね、サービス精神な気がする、私は。
あー、オモロを提供しきれてないみたいな。
そうそうそう、そのなんていうのかな、こう当事者意識はある。
そう、だから謎の当事者意識はあるんだけども、なんか私のせいでみたいな感じよりは、なんかちょっとこう腕をぶん回してしまうみたいな。
俺が盛り上げなーみたいな。
そうそうそう、たぶん。だから私はね、たぶんね、それは私にもその、現れる現象ではあるんだけども。
バウンダリーとはまた違うね。
でもツッキーはバウンダリーが原因で、私は違うとかはたぶんあると思う。どっちもあると思う。
あ、そう。で、私のこの性質なんやねんという話で言うと、やっぱ末っ子?
うんうんうん。
末っ子原因はでかいかも、みたいなとこはあるね。
ちょっとね、私ね、めっちゃ末っ子なんだよ、そのすごくいっぱいいる中での末っ子って感じじゃなくて、なんていうのかな。
お姉ちゃんが結構お姉ちゃんらしいタイプというか、非常に行儀が。
すごいお姉ちゃんらしい人だよね、一回お会いしたけど。
そう、行儀がいいというか、行儀良い目なんですよ。で、私がもうずっと、ずっとなんかこう非常に行儀が悪い感じっていうのがあったり、
あとお父さんのすごい遅くにできた子供だから、お父さんがかなりジーヤ技術だったみたいな話はよくしてると思うんだけども。
とかがあって、結構やっぱ圧倒的末っ子をなんかこうやらせてもらってた感が、この私のタイプの表質の仕方には影響があるような気がしますね。
それで言うと私はさ、兄弟4人いて3番目だからさ、
真ん中長女みたいな感じだよね。
真ん中長女なんで一番なんつーか、勝手にやっとけみたいな感じだったと、私は自認してるんですよ。
親にこれ言ったらなんか怒られそうだと思う。親はいやお前にもちゃんと手をかけただろうみたいなことを主張していきそうだとは思いますけど、
自分の天下って4歳で終わってるんで。
私があの、もてはやされるのって4歳で終わったんで、そこで妹が生まれたので。
だから、勝手にやるというか、他の兄弟がどう出るかによって自分が出方が変わるみたいなっていうのは確実にあったと思うし、
あとね、兄弟の構成もあるけど、そもそも家族が多かったから、9人とかで住んでたから一時期。
自分の存在によって周りをコントロールするってことが不可能なわけですよ。
自分のわがままなんて通るはずがない環境だから、なんか全然後回しにされるみたいな。
ご飯食べたいご飯とかも、いやおじいちゃんがそれ食べたくないやつだからダメみたいなのとかがあったので、
なんかだから周りの様子を伺って、こういう出方をすればなんかいけるかなとか、
なんか生存戦略としてこういうポジションを取った方がいいかなみたいなことは考えるようにはなったと。
なるほどね。
今も他人と接してて、人の出方によってなんか自分の返答を変えようとしてる自分とかに気づいたりするよね。
そうだね、こればっかりは結構生育環境の影響はでかいよね。
同じ環境でもさ、長女なのか次女なのかとかもやっぱあるとか思うし、
なんかこう、こうなんていうのかな、与えられたり、あとなんかそこに自然にある役割とかによって変わったりはするよね。
そうね、いやなんか末っ子羨ましいですよ私は。
そうね、まあ確かに末っ子でなんか嫌だったエピソードみたいなものはないね。
たまにいる、末っ子でもなんか嫌だったことある。
お下がりが。
いる人ね、そうそうお下がりがとかね、いるけど。
あとなんかね、母親がね、末っ子なんだよね。
だからね、それは末っ子の理屈だろうとかって母親と話してて思ったこととかある?全然。
なに?
末っ子だからそういうこと言えんだよお前みたいなことを。
はいはいはい。
なんかわがままだなこの人とか思ったりすることもあった。
結局自分が、みたいなことを思ったことあったかね。
今はそのなんていうか、親も人間であって弱いところもあって、っていうのがわかって、
でも自分は親と違う人間だからっていうのもすごいちゃんとわかって、
でその親の気が合うところも合わないところも含めて、
でもなんか優しくしてあげたいなっていう気持ちが結構すごくあるなっていう感じで。
それはなんか何がきっかけでとかっていうのはいろんな複合的な理由があるかもしれないけど、
私はやっぱ結婚して夫がすごい自分のことを理解してくれる人だったから、
そこでなんか精神的に安寧を得たというか安心できる場所があるから、
他人ともなんか、他人というか主に親とかとバウンダリーをしっかり取れるようになったっていうのはあるかもしれないですね。
確かに親が唯一のとかなってるとやっぱり親の機嫌をうかがわざるを得ないみたいなの。
これだからうちの息子とかがどうなるのかなって感じするよね、この私と接していてみたいところは。
懸念としてはどうなりそうっていう懸念があるんですか?
やっぱ私その不機嫌とかやっちゃうので。
不機嫌で相手をコントロールするみたいなやつね。
不機嫌とか、もちろんやんないように意識はしつつも、もうどうしようもなく不機嫌な時っていうのがどうしてもあって、
子供はもうめちゃめちゃ空気読んでいるので、
こいつやべえなーで処理してくれればいいんだけど、子供がもうちょい大きくなっていって。
どうしてもそこを完璧にやるというのができないなっていうのが私があり、このお便りをもらって一番考えたのはそこかな。
私はいいけど、みたいな。
そうそう。
私は他人をコントロール、自他教会が子供と自分の自他教会が曖昧だから、子供をコントロールしたいって思うみたいな感じではないんだよな。
自他教会が、私はね、子供と、たぶん息子とかと自他教会が曖昧になるってパターンも結構いっぱいあると思うんだけども、
その感覚ではないんだよね。単純にちょっと生活がちょっと大変すぎるみたいな感じ。もうちょっと理由は違うような気がするんだけど、
ただ子供がどう受け取るかっていうのは、ひーとかは思うかも。
子供との自他教会がなくなっちゃう親の例で言うと、子供の成績が自分の通知表みたいに思えちゃうとかっていうことだよね。
それは自分はなさそうかなっていうふうに。
いや、もう勉強のことは何もわからないです。私はちょっと学歴中なので。
まだ始まってないもんね。
ちょっと学歴中なところは、ちょっとほんと子供が勉強始めるまでに直さないとなって思っているところはあります。
え、学歴中って直る?
え、わかんない。
私、直んねえと思ってんだよね。
私の学歴中ってそんな激しくないからね。激しくないから。
ネットで人の大学バカにするみたいなことじゃないわけですよね。
ただ、勉強はできたほうがいい。
自分がやってきたっていう自負があるしね。
そうだね。
だから、ちょっと全然あれなんだけど。
ただまあ、今、なんていうのかな。
今日さ、朝さ、保育園に送りに行ったときに、ちょっと息子がなんかすごい大騒ぎして。
なんか私の前でめっちゃ息子怒られてたんだけど、先生に。
で、私もなんかなんならちょっと怒られたんだけど。
普通にうっすーみたいな感じで帰ってきた。反省しろよって感じではあるんだけども。
息子が怒られてた件とかも、なんかもう本当に走り回って、お友達と会って走り回って、なんかすごい長時間走り回って先生を困らせてたみたいな感じ。
で、私はすごいこう戻そうと戻そうと頑張ったんだけど、ちょっとめっちゃイライラしながらめっちゃ頑張ったんだけど、もう全然子供が大暴れしてどうにもならなかったみたいな。
なんかさ、その、そのなんていうのかな。どうしようもない。
どうすればよかったかみたいなことが何もない。
できることは何もありませんでした。
できることは何もありませんでした。はい、怒られましたが。
やれるだけのことはやったがっていう。
そうですね。
放置してたわけじゃないもんね。
放置してたわけじゃない。放置してたわけではないし、なんで私が怒られるんだろうとはちょっと思ったけど、別にできることは何でもやり、全部やったし。
これ以上どうしろとっていうことだよね。
そうそうそうそう。だから本当、ガチ無傷で帰ってきたんだけど。
それでさ、無傷で帰ってこれるのいいよね。
先生に怒られて恥ずかしくなっちゃったとか、まあ言いたくなる気持ちはわかるけど、特に何も、なんか、あー疲れたとか、時間無駄にしたとかはあるけど。
それでさ、やっぱこんな風に怒られて、お母さんも恥ずかしかったし、なんか、なんでそんな風なのあなたはみたいになっちゃうと、やっぱなんか境界線が。
そうだね。あのね、これ難しいラインなんだけど、めっちゃ脱線してると思うんだけど。
なんかね、保育園でそれやられるのは全然いいんだけど、飲食店とかでやられるのはめっちゃ嫌とかはある。
あ、保育園は教育的指導してくれる人がいるしね。
というかその子供の存在が許されまくってる場所で怒られるのかなとかは、なんか全然ストレスじゃないんだけど、飲食店とかでそれやられると、もう二度と来ないみたいな気持ちはなる。
なるね、なるね。だからまあ、でもそうじて、バウンダリー化と言われると、なんか子供の評価が自分の評価って気持ちになっているわけではない。
飲食店でそれをやられると、私が不快だから不快みたいな感じで、バウンダリーがないからそうなってるかと言われると、そうじゃないような気がするっていうのが現在地、私の子育ての現在地って感じ。
だからすごい娘と接するときに意識してるっていうのは、なんかすごい、なるほどな、わかるなと思ったというか、私がこの後の人生はこの言葉を知っといた方がいいなみたいなのは思いましたね。
お便りいただいて。
これさ、なんか嫌われる勇気の話なんですけども、ちょっと次のテーマが、なんか嫌われる勇気ありますかっていうか、他人に好かれたいと思ってる方ですかっていうところにしていきたいですね。
他人に好かれたいと思ってる。
いや、なんかね、好かれたいって感じじゃないんですよ、私は。
なめられないようにしたいみたいなのはすごい気がする。
ちなみに、万人に好かれたいって思うタイプか、嫌われるのが怖いって思うタイプかで言うと、
嫌われる、万人に好かれるはそもそも不可能だと思っているでしょ。
で、嫌われるのが怖いっていうのは、私のことを嫌ってくる奴は、なんかすげえ嫌な言い方だけど、センスねえなって思うかな。
すげえ嫌な奴みたいな。
大丈夫なタイプってことだね。
でもそれでもさ、なんかさ、ムカつくっていうかさ、落ち込むことはあるよ、それは。
ヤフコメとかに悪口書かれてるのとかさ、見るとやっぱなんか心がヒュッてなるとかはすごいあるけど、
だからそういうのをやっぱり本とか書いてるとさ、すごく目にすることがあるから、それにやっぱりいちいち傷ついちゃうと、もう生きていらんなくなっちゃうっていうのがあるから、
だから、こういうこと言ってる奴らマジセンスねえなっていうふうに思うことで自分を守っているっていうところがあるとは思う。
その、遠めの人間関係じゃなくて近くの人間関係だとどう?友達とか。
なんか学生時代とかだよね、こういうのってさ、なんかさ、今のさ、友人関係ってさ、嫌われるほど近くならないとか、
四六時中一緒にいる学生時代とかの方が、その好かれる嫌われるみたいなのを意識せざるを得ない状況があったような気がしてて、
なんか私は結構学生時代とかの方がこういうことは考えてたなと思ってて。今は距離があるから、なんかここまでいかないなという感じがする。
どういうタイプだった?
高校の時にさ、覚えてるのがさ、一緒のクラスのよく喋るような子たちのうちの一人が、なんか気になってる男の子がいて、
なんかでも、その男の子が私に告白してきたことがあって。
大変なイベント、ビッグ。
ビッグ事件ですね。イベントじゃない、事件。
それで私は、いや、付き合いたいと思ったから、付き合っちゃったことがあって。
知ってたの?その友達が好きなこと知ってたの?
知ってた知ってた。
あー、なんで?
で、え、彼氏が欲しかったから。
その友達とはどうなると思う?
あ、まあいいよ、先喋っていいよね。
もう、はみごにされたよ。
はみごって何?
はぶられたよ。
で、そのはぶられたうちの一人に、お前は取り返しのつかない罪を犯したみたいなことを言われて。
大変だ。
まあだよ、まあだよなとは思ったんだけど、その時はさ、なんか自分が子供だったからそうしたのかなっていう風に思ってたけど、
なんかやっぱ自分の願望と他人に嫌われることだったら自分の願望を取っちゃう人間なの?っていうのを今思いました。
結構ね、そういうやつ少ない気がする。
なんか自分で喋ってて怖いなって思ったけど。
結構レベル高い気がする、その話。
その話結構レベル高い気がする。私ですらやるかどうかわからない。
高校の時だからね、でそのさ、なんか別に超仲良い子とかってわけでもなかったから別に良くないとか思っちゃったんだけど。
まあそれはな。
なんかだから、未熟でしたっていうのはありつつ、でも自分の根底にやっぱりその、
願望優先。
人から嫌われるよりも願望優先のところがあって。
だってさ、人から嫌われるのが怖かったらさ、本とか書いて売らないわけなんですよ。
っていうのはあると思う。
いや、でもかなりその、オーガニックな。
あれね、プリミティブな体験だよね。
あの、月はほんと、ずっとそうなのかもしれないって思ったかも。
いいね、いいね、なかなかできる話じゃない?今の話。
だからなんか思いやりがないかったんだろうね、あの時は。
まあでもその思いやりが自分の願望よりも優先されるべきかどうかって言われたら。
だって別にさ、あのさ、払い捨てのために付き合ったとかじゃないわけじゃん。
普通彼氏欲しいから付き合ったってことでしょ?
そう、そんなに私のことを好いてくれてるなら付き合うかって思ったっていう感じ。
まあそんなダメかねって、大人になると思うより。
友達の彼氏取ったとかじゃないじゃん。
そうだね、そうだね。
まあでも、高校時代だったら重罪ではあるけど。
マジで重罪だったよ。重罪、重罪。
ちょっと重罪ではあるけど。笑っちゃうけど。
全然重罪だった。
そうだね、なるほどね。
だからその男の子がさ、その時は結構モテる男の子だったからさ、他にもその子のことを好きな女子とかがいて、
他の自分の彼氏のことを好きだった女子とかになんかストーキングとかされたことある?
すごい大変そう。
それって他人に嫌われてるわけじゃん、かなり。
そうだね。
でも、なんかくだらねーことやってんなぐらいだった、その時は。
なるほどね。
ちょっと疑いようのない感じで今、はい。
でも別にさ、自分、私がサイコパスとかそういう人の気持ちがわからないとかっていうことじゃなくて、
なんかでも申し訳ないけど、私はこれがしたいからそのようにするんだよなーみたいなっていうところが。
そうだね、ちょっと高校時代はこう絶妙にサイコパス。
高校時代だったら多分サイコパス認定されちゃうと思うけど。
人間じゃねーみたいな。
まあまあまあまあまあ。
自分の根底にはそういう一面があるということかなと思いますが。
私のね、学生時代で言うとね、結構ねやっぱね、こう人から好かれる、みんなから好かれるっていうことなんで、なんか早めに諦めた記憶があって。
諦めたというか、そういう願望としてあんまりなかった記憶があって。
でもね、理由が思い出せないんだよね。なんでなんだろう、なんでそう思ったんだろう、なんでそういうことを思ってたんだろう。
自然発生的。
ただ、なんか昔から私のある欲求としては、なんか学生時代とかの方がひどかったと思うんだけど、なんかこうやっぱね、なんていうのかな、常にこうヒリヒリすることを言いたいっていうのがあって、多分。
芸人?
まあ、面白いとかより、面白いももちろんあるんだけど、でもこれってすごい恥ずかしい、もう本当非常に中二の話。目立ちたいとかとも多分一緒なので、だいたい一緒なので。
ただ発言として、この凡庸みたいなのをすごい嫌うっていう、ごり中二の話なんだけど。めちゃめちゃ中二の話なんだけど。
まあでも分からんでもない。
だからそういう意識があり、かつ強かったので、だからやっぱ自分の根底に嫌われる勇気はなんか普通にありますという、ありますっていう感じが。
嫌われる勇気、あります。
ありますって感じがある。全然ぶっちゃけ全然あるなという感じはあるね。で、今その、嫌われる勇気のちょっと内容とか確認しつつ、これはちょっと濁すんですけど、確認したところ、私には嫌われる勇気はありますという感じがあるかな。
なんかあんまり、それよりもなんかつまんないって思われる方が、みたいなニュアンスが多分ね、ずっと昔からある。
すごい、面白マターで生きてるんだね。昔から。
つまんないことを、つまんない、なんか、別に今は違うよというか、別に当時は。
でもさ、今もさ、真実中なのはさ、真実が面白いと思ってるからじゃん。
そうだね、そうだね、そうだね、その、なんていうかな、取り繕った、こう平らにならした。
丸いの嫌いだもんね。
丸いの嫌いかもしれない。許さないみたいな。
あるかもしれない。
だねー。
ヒリヒリ、台本今眺めてるけど、ヒリヒリすることを言いたいって書いてある。
カトゥーンみたいなね、キャーみたいな感じ。
すごいね。
恥ずかしいね。
カトゥーンみたいな生き方。
だからやっぱ、その、自他教会が曖昧って、すごいなんか、他人のことを考えられる人の状態だなって思って。
なんか、私って多分ずっと自分のことを考えてるんだよね。
自他の教会はちゃんと惹かれている中で、自分のことを基本的に考えている。
そうだね。自分、だから自己中とかナルシストとかの方が私は近いと思いますね。
そっか。
ただ、なんか。
ナルシストって多分自他教会ちゃんとしてるもんね。
かね。
大発見。
わかんないけどね。
大発見かな。
そうだね。だから、別に他人を何かしらにするとか、他人に興味がないとは私は全然思わないんだけども。
確かにツッキーが言うように、自分の願望優先みたいなところはすごく強いかもしれない。
喋ってて思ったけど、そういうさ、高校の時とかさ、中学校の時とかもさ、なんか周りの子どもたちはみんなバカだと思ってたからさ、
別に嫌われても、別にこいつらに好かれる価値がないみたいに思ってたから、教室でなんか一人で本とか読んでたりとかしてたっていうのがあるんですけど、
職場だと私嫌われる勇気がないとか思ったりする。
何でなんだろうね。
なんか価値がないと思われるのが怖いとかさ。
周りがみんなバカじゃないからなのかね。
バカじゃないからだと思う。
非常に嫌な言い方するけど、それが理由の可能性もあるな。
この中で使えない人間だと認定されるのが怖すぎるとか思ったりは全然あるから、
だからスラックでさ、絵文字がついてない人とかのことをさ、見てさ、なんか怒られてるのかなとかさ、なんか不快な思いをさせちゃったかなとかっていうのは全然思ったことあるよ。
たしかにね、なんか学生時代の感じと、
まあ実力主義みたいなところが乗ってきて、また別なのかね。社会が、個々。
そうだね。学校とかだと並列だもんね。
能力の優劣みたいなのが乗ってくる。
ないもんね。
でも私思い出したけどすごい、学生時代マジでリアルに、4回ぐらい全部別の友達から協調性がなさすぎるでブチギレられてる。
4回はさ、そうだったんだろうね。
そうだね。
どういうことなの?協調性がなくて怒られるっていうのはさ。
普通になんか、友達と遊んでて帰っちゃうとか。
ああ。
なんで帰っちゃうの?疲れちゃったから。
普通に他にやりたいことがあるから。
協調性ね。
でもずっとこれ。ずっとこれ。
もう本当に、行きたくない飲み会行きたくないからっていう理由で断るとか、社会人になってからもやるし。
でもさ、行きたくない飲み会断れる人ってバウンダリー人材じゃない?
そうだね。ある人材だよね。私行きたくないのめちゃめちゃ断れる。
だからさ、学校とかってさ、ある種そのバウンダリーを溶かしてさ、みんな一緒みたいな、ツレション行くみたいな、それが仲良しの証みたいなのあるよね。
ツレション一番嫌いだった。てかね、私友達とお昼ご飯一緒に食べることすら嫌だった。
あ、思い出した。固定のメンバーで昼ご飯を食べるっていうのがね、もう嫌で。
あ、不快だった。わかる。この時間何?って思ってた。
めっちゃ嫌で、普通に辞めてた。寝てた。昼。
でもさ、それがずっともなわけじゃん。あの頃の世界で言うとさ。
まあね。まあでも、友人関係がこう、まあ私なりに確立してたとかもあるのかな、なんか。一人じゃなかったからできたんだよね、それって。とは今考えても。
完全に一人ではない、帰る場所があるからできたってこと。
あ、そうそうそうそうそう。あと自分なりに、そういうキャラ設定みたいなのは多分すごい一生懸命してたと思う。よっちゃんはそういう子、みたいなのを非常にこう、熱心にそのキャラ付けをしていたような気が。
それでも許されるように許されるようにっていうふうに自分で頑張ってたような気がする。
あ、でもなんか賢いね。そういう人になっちゃったほうが早いもんね。
本当に嫌だったんだよね。多分その、なんていうのかな。だからさ、なんかこの間よりすな聞いててさ、なんか職場のランチの会話がつまんないみたいな回があったんですよ。ちょっと雑まとめなので全然探してみてほしいんですけど。
だからやっぱつまんないランチに付き合うってことを人生でほぼしたことがない。
しなくて済む環境を選んできてるっていうことか。
選んできてるもあるし、作ってきてるっていうのもあるし、あとなんかもう深いすぎてね、できないんだよね多分。
あの、できないとかもある。できないことってできないじゃん。
でもさ、例えばさ、そういうことをやってなんぼみたいなところだとさ、できないじゃなくてやってっていうふうになったりする。
でもさ、ランチを一緒に食べるってさ、絶妙に他人から強制されたくない?
えー、でもそういう職場あるんじゃない?
あ、もちろん会社が出してくれる、会社が金を出してくれるランチは喜んでどこにでもホイホイついていくので、まあそれは大丈夫なんだけど。
あんのかな?一緒にランチ食べましょうってルールあんのかな?
ルールっていうか、それ以外選択肢がないってことあると思うよ。地方とかさ、別に外に食べに行くみたいなこともできないしみたいな。
えー、でもさ、公園で食べるとかができんじゃないのかな?
でもなんかその、あのまあ、ひょんなところから自分の本の宣伝になっちゃいますけど。
今世は母になれませんの中で、その地方の子供がいない方が職場でのランチが苦痛っていう話があるじゃないですか。
あれは外に行けないんだよね。だから学校の先生とか無理じゃない?
あー、なるほど。
外に行くみたいな選択肢がそもそもないとか。
えっと、ツッキーが言ってることもわかるし、多分そういうシチュエーションが多分あるんだと思うんだけども、そのできないの感覚が私とツッキーでも多分ちょっと違う気がする。
私はできなくてもやるっていうのがちょっと多分ある気がする。できないっていう環境がありそうっていうのもすごいわかる。
わかるんだけど、私はやっちゃいけないシチュエーションでもやる女なので。
それと私は多分やらなきゃいけない環境だったら、多分やる、合わせちゃう方に行くとは思うね。
なんでやらずに入れるの?
自分の苦痛が上回るからだと思いますね。
あ、そこだから、私と植野ちゃんの違いはそこだと思うなと。
そうだね、そうだね。でも私ってそうじゃない?
知ってるでしょ、あなた。
あ、まあうん。やらないよね。
やらないでしょ。
やったほうがいいんじゃないかなと思うこともあるけど、やらないのが植野ちゃんだなと思う。
最近そういう環境になかなかならないけど、まあでもやらないね、多分ね。
すごい、だからそこが違いだなと。
私はだからその友達が気になってる人に告白されて付き合った際がある人間だが、
そういう環境だったら順応させてしまうのはあると。
待って、でも今。
多分合わせると思う。
喋ってて思ってたけど、ちょっと飯っていう別の事案で。
あ、あと飯大事だもんね。
飯大事だと思う。
嫌な飯嫌だもんね。
確かに別にトイレなら行くとか、買い物は別に全然ほいほい付き合うとかあるから、飯っていう別の。
飯の話をだからやめよう。飯はわかりにくくなる。
飯の話だとちょっとわかりづらい。
別ベクトルができちゃう。
そうだね。
なるほどね。面白いね、これすごい。
まあ、ツッキーも私も奇妙な話をしてしまいましたが。
奇妙な話をしてしまいましたが。
でも私が逆にさ、他人のことはコントロールできないみたいな気持ちが強いせいで、
なんか基本、なんか逆にそのバウンダリーというか距離を取り過ぎてるせいで、なんか冷たいっぽくて嫌だなっていうふうに思ったりはするわけ。
ツッキーがその思うのって何なんだろうね。
えー、だからなんかその他人に対するパッションの足りなさというか。
なんだろう、思いやりがないのからこうなるのかな?
でもさ、人から言われたことないでしょ、それ。
言われたことはない。でもなんていうのかな、期待しなさすぎ?みたいな。
人に期待をしてないっていうことが、その人にはこういうことができるっていうことを信じてないっていうことで、
なんか能力を低く見積もってるのかなとかっていうふうに思ったりして、
なんか私って人を見下してるから期待してないのかなとか思ったりしちゃうんだよね。
見下しなの?なんか見下しと期待しない、だいぶ違う気がする、私の。
どうせあなたにはこういうコミュニケーション無理でしょみたいに思ってるってことなのかなとか思ったりして、
自分ってすげえ嫌なやつとか思ったりするんですけど。
なんか自分に加害をしてきたやつとかを見下すけど、見下すとして。
なんかすげえアンチコメントとか多分もらってるだろうが、そいつのことは見下すとして。
まあでもそうじゃない限り、そんなもんじゃないという気もするけどね、どうなんだろうね。
他人のことをどうしてやることもできないっていう、私にできることは特にそんなにないみたいなスタンスが、
なんかさ、もっとあなたにはこうあってほしいみたいな、このようにできるはずみたいな、
相手に前向けなことを信じるみたいなことができてないからなんじゃないかなみたいな、
すぐに距離を取りすぎてるんじゃないかみたいに思う。
でもなんかさ、今話してて思ったんだけど、新卒育成とかさ、育成しない限り、なんかそれを思うシチュエーションってだいぶ少ないなと思った。
まあ子供に対しては思うけど、少なくない?
なんかちょっとなんかさ、そのコミュニケーションの取り方どうなの?みたいなさ、友達とかがいたとしてさ、
その人に対して、まあこの人に言ったところでどうせわかんないだろうから、いっかみたいな。
マジレスを手加減するみたいなことね。
私が教えてあげたとて、みたいな。
ああ、それ私ガンガン言ってるから、なるほど。私はね、確かにナチュラル期待しがち人間なんだよ。
なんかね、人に対して期待をやめようっていう言説も、なんか、まあ時と場合によるなって思ってるタイプなので、私はね。
だからなんかすぐ諦め、他人をすぐに諦めすぎなのでは?みたいな。
っていうのがあって、それがなんか、なんか見方によってはすごくバウンダリーがちゃんとしてる人だね。
相手をコントロールしようとしてないねっていうふうに見えるかもしれないけど、なんかパッションが薄いんじゃね?みたいな。
っていうのはなんかちょっとコンプレックスかもしれないね。
なるほどね、はいはいはい。
ちょっといろんな話が出ましたが、結構どうやったらこうなれるかの部分は、ちょっとあんまりないので。