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#69 時制の一致というルールはない【英語文法】
2026-08-10 12:51

#69 時制の一致というルールはない【英語文法】

このエピソードでは、学校の授業で誰もが一度は耳にしたことがある「時制の一致」というものを、英語の運用においてまったく気にしなくても良い理由を解説しています。


【プロフィール】

そっちゃそ(⁠⁠⁠⁠@trans_souta⁠⁠⁠⁠)。フリーランス産業翻訳者。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。ご意見・ご感想は⁠⁠⁠⁠公式HP⁠⁠⁠⁠のお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。ライオン君との共同ホストPodcast番組、『⁠⁠⁠⁠円卓上のイエティ⁠⁠⁠⁠』にもレギュラー出演中。


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サマリー

このエピソードでは、学校で習う「時制の一致」というルールが英語には存在しないという画期的な視点を提示しています。英語には未来時制がなく、現在時制と過去時制の2つのみを考慮すれば十分であると解説。動詞の形は、話者が「現在の視点から現在の出来事を説明しているのか」、それとも「現在の視点から過去の出来事を振り返って説明しているのか」という、話者の気持ちや視点によって決まることを具体例を交えて説明しています。この本質を理解すれば、時制の一致という複雑なルールを意識する必要はなく、より自然な英語表現が可能になると結論付けています。

はじめに:時制の一致は存在しない
こんにちは、そっちゃそです。 この番組そっちゃその語学ラジオでは、
語学学習というテーマを軸にその本質やあり方について、 哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともと YouTube に公開した内容をもとに、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など長な時間にもぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
今日は、時制の一致というルールは存在しないという話をしたいと思います。
時制の一致の具体例とその本質
そんなものはないというのが今回のメッセージの内容なんですけど、 それを詳しく説明したいと思います。
この時制の一致と言われる場合の具体例を一つ簡単に説明すると、
例えばですけど、 昨日僕は鉛筆が欲しいと言ったという和文があったとして、
これを英訳する場合って、鉛筆が欲しいって I want a pencil ですよね。
I want a pencil.
で、昨日言った yesterday I said that ですから、これを合体すると多分、
yesterday I said that I want a pencil って言いたくなると思うんですけど、
ここで時制の一致になるものが登場して、
I want じゃなくて I wanted にしましょうみたいな話が出てくるんですよ。
Yesterday I said that I wanted a pencil にしましょうねっていう話です。
ただこれは別にルール上そうなるわけじゃなくて、
こうするのが普通なんですよね。
だから時制の一致という話なしでも、
鉛筆が欲しいの例文を表現する時には、
wanted のフォルナーが普通なんですよ。
これの話を今回したいと思います。
英語に未来時制は存在しない
この話を進める上で一つ前提があるんですけど、
英語に未来理性というものは存在しないということです。
未来理性というものはないと言うと、
多分、I will の will とか、
be going、I'm going to 何とかみたいな形を未来形だ、
これが未来形であるというふうに言いたくなると思うんですけど、
これらは未来形ではありません。
というのも、
will っていうのは、
その時の意思、その時の主体の主体、主語ですね。
主語が意思を持っている、意思を有しているっていうのを表現する、
主語の意思、気持ちが表れている助動詞であり、
be going to っていうのは、
これはどう見ても現在進行形ですよね。
現在形、現在形って言ったら現在姿勢ですから。
で、be going to っていうのはちょっと丁寧に説明すると、
何かしらの方向性、
to の方に、方向性に現在向かっているっていう、
そういう状態を表しています。
で、この will も be going to も、
対象に向けられた視線というのは紛れもない現在、
つまり現在の視点から現在の対象に向かって視点が向けられているので、
紛れもない現在形になります。
ですので、時勢がどうのこうのっていうふうに考えるときには、
現在時勢と過去時勢、
これをこの2つだけを考えればいいことになります。
話者の視点と時制の選択
それでは本題の時勢の位置の話に戻ります。
で、冒頭の鉛筆欲しいの文章、
鉛筆欲しいの例文で、
want がダメでwanted にするのが良いという話をしましたが、
何でこうなるかというと、
さっきの視点の話から分かることです。
分かることですというか、
視点の話を考慮するとそうなるのが当たり前なんですよね。
基本的に、基本的にというか例外なく、
話者が話しているのは常に現在からの視点です。
過去の視点から何かを話すことというのは不可能ですよね。
何かをしゃべるときには、
常に基準が今の現在の基準に軸足があって、
そこから現在の出来事を記述したり、
もしくは昔あった過去の出来事を現在の視点から説明する、
これ以外できないんですよね。
もしくは、現在の視点から現在の方向性を説明する、
過去の時点のその時の方向性を説明する、
そういう足というかバリエーションが豊富にあるんですけど、
ざっくり言うと、現在から現在を説明する、
現在から過去を説明する、これ以外存在しないんです。
もちろんその階層の階のレイヤーに複数のサブカテゴリーがありますけど、
2パターン、現在から過去、現在から現在というのが一番最上位2パターンになります。
鉛筆欲しいの例文の場合も、現在から過去を説明するわけですから、
これってどういう心情かというと、
昨日私は、現在からですよ、現在の視点から、
昨日私は鉛筆が、間違えた、昨日私は何か言いました。
そして何を言ったかというと、
その時に、過去の時に鉛筆が欲しいという感情がありましたよというのを、
現在から過去という人に説明しているだけです。
これなんで、I wanted じゃなくて I want にしてはいけない理由っていうのは、
いけないというか、しない理由は、
私はの視点が、現在にこの文の場合は及んでないんですよ。
昨日のことを説明しているだけですよね。
私はの気持ちが、昨日モードになっているんですよ。
過去を説明するモードになっていて、
そのモードで淡々と説明しているだけ。
そういう極めてシンプルなんですよ。
だから、I wanted じゃなくて I wanted にしましょうという話です。
複合的な視点と時制の運用
今のように、現在の視点から過去の出来事を説明する場合、
必ず全部過去形にしなければいけないということはありません。
というのも、現在から過去を説明する話と、現在から現在を説明する話が
同時に存在してもいい話じゃないですか。
そういう説明の方法があっても全く問題ないですよね。
例えば、私は昨日ランチを食べたことを覚えていますよ。
これって現在から現在の視点、現在から過去の視点が
混在してますけど、これは全然OKなんですよね。
まず主説、つまりメインのメッセージで、
例えばですけど、
覚えてるよっていうのはまさに今のことじゃないですか。
今から今に説明している。
それは、今の姿、現在の状態をありのままに説明するという
極めて明快な主張ですよね。
かつ、過去にその視点を向けて、
昨日ランチを食べましたよっていう情報を
現在から過去の視点に向かって説明しています。
これは可能な動作ですよね。
例えますと、現在からの視点っていうのは常に一定です。
開始点、基準点、視点のオリジンっていうのは絶対に変わらないんですよね。
現在から現代に説明する場合と、現在から過去の昔の出来事、
距離感を持って説明するのが違くて、
それだけの話なんですよ、本当に。
時勢の位置っていうのは考えなくてもいいんですよ。
もう一つ追加で説明すると、
冒頭で未来系はないという話をしましたが、
未来系に関する話もちょっと触れた。
未来系じゃないな。
未来性に関する話もしたいと思います。
例えば、現在から現在への視点とか、
現在から過去への視点っていう話と全く共通していて、
違いはサブカテゴリの違いだけですね。
まず、これって時勢と層っていう言い方をするんですけど、
普通の現在系、普通の過去系っていうのは単純ですよね。
それに対して、亜種がありまして、
それが現在系、過去系にそれぞれ進行、完了、完了、進行っていう層が存在します。
英語では未来を表現するときに、
その時点での動作の進行方向性を説明するという手段で、
未来を表現します。
この場合ってどうなるかっていうと、
例えば、I'm going toとI was going toって、
どっちも現在進行系と過去進行系ですよね。
これってどうなってるかっていうと、
現在から現在に向かって視線が向けられていますよと。
視線が向けられたきの動作が、
継続中、発生中ですよっていうことを意味します。
Be going toの場合は、
どういう方向性に向かっていますよっていう、
発生中ですよっていうのを表します。
Was going toの場合は、
これが現在から過去への視線で、
その対象が、
どう何かその方向に進んでいますよっていう表現をします。
これはあくまでも、
冒頭の現在から現在、現在から過去への視線のアシュで、
本質的には全く同じです。
時制の一致のルールは不要:話者の気持ちが重要
改めて時制の位置のルールはないっていう話を説明しましたが、
これって時制の位置のルールを気にしなくてもいいんですよね。
気にするのは和社の気持ちだけを気にすればいいんですよね。
和社が現在の姿、
今の姿をありのままに説明しているモードなのか、
モードっていうのは気持ちと言ってもいいと思います。
現在の姿をありのままに説明しているモードなのか、
それとも距離感を持って、
昔の出来事、過去の出来事を距離感を持って振り返り、
それを説明しているのかっていう、
その違いだけを理解すればいいわけですよ。
この気持ちを、和社の気持ちを実語の部分に反映させれば、
それは正しい映画になるんですよ。
だから時制の位置のルール上、
謝りですみたいなそういうよくわからない事態には絶対ならないんです。
だから結論的には、
時制の位置っていうルールはないと。
かつ、和社の気持ちを視点に、
和社の気持ちを反映すれば、
時制のどうのこうのみたいな変な話は考えなくてもよいですよ、
っていうのが今回のメッセージになります。
エンディング
以上です。ご視聴ありがとうございました。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
ノートやKindleでも、このラジオで扱っている内容をより耐久的に整理したコンテンツを発信しています。
さらに深く学びたい方は、概要欄から是非チェックしてみてください。
それではまた次回お会いしましょう。
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