こんにちは、そっちゃそです。 この番組そっちゃその語学ラジオでは、語学学習というテーマを軸に、その本質やあり方について哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容をもとに、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など、長ら時間にぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは、今回もポッドキャストのエピソードを開始したいと思います。
今回も英語学習、語学学習に関係する話になるかなと思うんですけど、
多分またいつものように、もっと普遍的、抽象的な話に展開されるのかなと思います。
今回は時間の問題、前回以前のエピソードでも何回か触れたんですけど、
時間があるとか時間がないとか忙しいとか、 現代ならではの悩みについての僕の話をしたいと思います。
時間タイムマネジメント系の話とはまたちょっと違うと思うんですけど、 もっと抽象的な話をしたいと思います。
まず一番触れておきたい大前提として、時間はあるんですよ、時間はあるんですよ。
時間がない、要するに時間はみんな平等で24時間平等ですよってのは別に、 僕以外にもいろんな人が多分言ってますよね。
有名なテッドトークで、まさにその話があるんですけど、 これをまたこのエピソードの概要欄説明欄に載せておくと思うので、
ぜひこちらもご覧ください。
時間があるなしの問題なくて、これはさっき言った通り優先順位の問題なんですよね。
要するに優先順位をつけられない、あれもこれも何もかも中途半端にやってしまう、
人からのお願い事を断れないとかいろいろあって、
取捨選択、ここは切る、ここはやめる、ここは手を出さないっていうのができてないがゆえに、
あるいは世間体とかを気にして何かいいように見せたいがゆえに、
中途半端に比較的どうでもいい部分も手を出してしまうとか、そういうのが時間がないの正体なんですよね。
当然、立場役割上絶対にそれをしなければならないこともありますけど、
それも程度問題で、もし身動き取れないぐらいに固定された予定が固まっているのであれば、
それって根本から見直した方がいい気がしませんか。
そういうのがあって、基本的に時間があるなしの問題なくて、
もっとダイナミックな優先順位の問題で直すとものすごく捉え方が改善するというか、
時間を捻出しようとか時間を節約しようという発想をやめて、
優先順位の問題、何を手に入れて何を切ろうか何を断ろうかという発想にすると、
一歩前進する感じなんですよね。
今回はこの時間がないという話をいかに時間の問題にしないか、
時間がないであるがゆえに時間を作りましょう、時間を節約しましょう、
タイパのコスパの方を頑張りましょうという発想にしないで、
これをバサリ捨てて優先順位の問題にすべて掲げてやっていくというのがいいのではないでしょうか、
今回僕のサジェスションを受け取ってもらうという感じになると思います。
これって本当に人それぞれで、
基本的には好きなことはできるけど嫌いなことはできない、やりにくいっていうのは普通なんですよ。
それを考えて、別に好きなことばっかりやりましょうとかじゃなくて、
そこで自分がやった方がいいこととか、
逆にここは他人に任せるとか、
別にここはどうでもいい部分だから聞き捨てていいなっていうのを考えればいいんじゃないのかなっていうのを僕は考えています。
当然その具体的に何をするかっていう話になると思うんですけど、
これはほとんどの場合って他者との関係性の中で好き嫌いって決まりますよね。
こういう関係も趣味の関係だったら基本的には好ましいこういう関係、楽しいこういう関係に繋がりますし、
あるいは逆にあまりその関係性を維持したくないけど、
なんか都合上それをやらなきゃいけないとかありますよね。
そういうのがあってこういう関係には選べるものと選べないものがありますよね。
と同時に自分でコントロールできるこういう関係もあるはずなんですよね。
これって結構気づいてないというかあまり意識しない人が多いと思うんですけど、
最も典型的なのはネット越しのこういう関係っていうのが、
こういう関係って言っていいのかわからないですけど、
ネット越しの関係性ってすごく切りやすいんですよ。
さっきの冒頭の話と同じで、こちらが振り向けるリソースを減らす、
要するに優先順位を減らしてそれを構ってあげないという状態を作ると優先順位が下がって、
重要な部分の優先順位を相対的に上げられるじゃないですか。
それってすごく嬉しくないですか。
ネット上のこういう関係らしきものっていうのは本当に切りやすいんですよね。
最も典型的なのはSNSですよね。
SNS、ソーシャルメディアって他人とそれこそ繋がっているというような繋がりとか共有とかみんな言いますよね。
それってまさにこういう関係チックじゃないですかね。
それって当然切れますよね。
フォローしている人をフォロー外すとか、ミュートするとかブロックするとかすごくそういうカジュアルに切るじゃないですか。
別に向こうはこちらのことを全く気にかけていないのに、
こっちは向こうのことをすごく気にかけてしまっているという状況ってネットの社会にすごくありそうじゃないですか。
それこそ優先順位の問題で対処した方が良さそうな話じゃないですかね。
キャパオーバーの原因の一つになりそうじゃないですかね。
それを減らすというのがすごく大事な気がしませんかね。
基本的にネットの人含め、みんな人間というのは構ってほしい生物なんですよね。
多くの人ってとにかく自分に構ってほしい、相手してほしい、自分の話を聞いてほしいってみんな思っているがゆえに、
構ってもらえるような言動をしたがるんですよね。
過激なことを言うとか、人々の関心を引くようなことを言うとか、人の関心を集めるような言動をするとか、
みんながやってくるんですけど、それに注意を取られているとこちらの認知リソースが取られちゃいますよね。
基本的にネット、特にネットが象徴的だと思うんですけど、人の話は聞かなくてもいいんですよ。
ネット越しに誰か偉そうな人が、僕はよくインフルエンサー的な人という言葉を使っているんですけど、
ネットのインフルエンサー的な人がこちらに構ってほしい。
インフルエンサーってむしろ逆でこちらが構ってあげるという立場なんですよね。
だから構ってほしいというか故に、あれこれ、こちらに投げかけてくるインフルエンサーがいるわけで、
その人には構ってあげないのがいいというのがまず一つあります。
それはここまで出てきた話と全く同じで、こちらのリソースを守る、保護する、防御するというのがあります。
これはネットの話ですけど、ネットじゃない場合でもそうですよね。
一言他人ごと自分のことでないと割り切れる場合って結構ありますよね。
それってこっちが情けをかけてあげるような場面じゃない時とか、
別にそれはあなたの課題、あなたの問題ですよねという感じで課題の分離をきっちりできる場合、
要するに自分の課題じゃなくて相手の課題である時にそれにあまり過干渉をせずに、
まあ頑張ってねぐらいの一言がきておしまいっていうそういう状態を作ることで何かできそうじゃないですか。
課題の死にってよくアドラー心理学の嫌われる勇気のやつで出てくる話ですけど、
それと同じで構ってあげなくてもいい状況って結構オフラインというかリアルな場でも結構あるんですよね。
そこを見極めてこれは自分の課題ではないというふうに判断できる場合には、
たとえ困っている人がいたとしても、その人が中心的に解決すべき問題であるのであれば、
それは無理にこちら監視をする必要はないというんですよね。
もちろんヘルプを求められている場合には別ですけど、
無駄に気にかけてあげる必要はないんじゃないのっていうのは僕は考えています。
ここまでの話からわかるように、
基本的に時間がある時間がないという問題設定は根本的に間違っていて、
それは基本的には優先順位の問題であると言ったんですけど、
これは心理の問題、認知の問題とやっぱり関連させることができますよね。
優先順位っていうのはランキングが客観的に決まるわけじゃなくて、
本人主観で決めるものですよね。主観というのは心じゃないですか。
これがいい、これがしたい、これが重要であるというのを決めるのは要するに心の問題であって、
それはその人しかわからないんですよね。
だからここは重要である、ここは心底どうでもいい、
ここは本当に気にかける必要はないっていうのを決めるのはその人本人であって、
客観的ランキングで勝手に決まっていくわけないんですよね。
これが課題設定の問題というふうに読み替えてもいいはずですよね。
それができなくて、それで何もかもが重要に見えてしまう、
何もかもにケアしなきゃいけないように見えてしまうといわゆる忙しいという状態になるわけですよね。
忙しいというのは心がなくなっていると書きますよね。
心がなくなっている多忙であると言うんじゃないですか。
それって何もかもが重要に見えてしまう。
要するに注意三万の気が散って、
あっちもこっちも手をつけなきゃいけないように見えてしまうというのは心がなくなっている状態じゃないですか。
それがいわゆる時間がないの正体内側なんじゃないのかなというふうに僕は考えています。
優先順位の話にまとめるんですけど、
僕が言いたいのは優先順位はダイナミック動的な要素なんですよね。
要するに固定されたランキングじゃなくて、状況状況に応じてランキングが変動するんですよね。
今日はこれをしたいとか、明日はこれをしたいとか、要するに気分で変わりますよね。
さっき優先順位は心の問題、主観の問題と言いましたけど、全くそれと同じことを言うんですけど、
要するに気分じゃない、きらたく言うとそれは気分の問題と言ってもいいと思いますよね。
だから明日の自分が今日の自分と違うというのは当然あり得る話で、
これが重要であるというふうに言ったとしても、別にその重要であると思った要素にしがみつく必要は別にないわけですよ。
やることを絞るとか特化するってよく言いますけど、そういったのはまた違うんですよね。
人生は長いわけで、気分や関心というのはやっぱりライフステージ的なやつに応じて変化するのが普通ですから、
そこであまり気にかけるというか、一度決めたことにこだわるって言っては全然ありません。
これまさに語学学習でも言えることで、語学学習ってみんながみんなTOEICなんとか点を取るぞっていうふうに計画したら、
それを達成する意地でも達成してやろうというふうにそういうしがみつく、当初の目標にしがみつくという人がすごく多いように僕は見えるんですけど、
ここにしがみつかなくてもいいじゃないかというふうに思うんですよね。
気分で変えてもいいと思いますし、もっと言うと語学って何を学ぶ、何の言語をいつ学ぶかというのが本当にわからないので、
そこは本当に臨機応変に、なんか今これが面白そうだからやろうとか、今はタイ語が面白そうだからタイ語をやってみようとか、
逆にタイ語飽きたからタイ語をやめようとか、そういうのがダイナミックに変化してもいいじゃないですか。
そこに当初の話を守るとかそういうのはやっぱり入ってこないですよね。
ここなんですよね。
優先順位はまた最後に同じことを言うんですけど、優先順位はダイナミックであり主観であり、そして本人しかわからないというのがやっぱりあります。
そこを固めないと他人が重要と思っていることは必ずしも自分にとって重要とは限らないですよね。
逆に私から言うと、だから他人が重要だぞって思っている、これが重要ですよ、これが大事ですよ、これやりましょう、あれやりましょうって言ってくるのに振り回されてしまうってことは、
それとなわち自分の主観で何が重要かを決めてないっていう状態であるとどうかじゃないですかっていう話なんですよね。
それをするとさっき冒頭の話に戻りますけど、優先順位が決まるが家に多忙にならない、心が知らない、心が忙しくならないっていう状態を作ることができるわけですよ。
自分の意思決定に他人、赤の他人の意向を混ぜないっていうふうに言っておいております。