まず最初に触れたいのは、やっぱり学習というと、 机上の学習、机の学習、あるいは学校とかスクールみたいに教える人がいて、
教える人の目の前に座ってその人の話を授業中に聞くという、 こういう学習をイメージしますよね。
これは、このモードの学習というのはもちろん時間が要りますよ。
オフラインの場合は現場に行かないといけないですし、 移動しますよね、学校に移動しますよね。
学校に移動して物を準備して、先生が来て定まった時間、 60分とか90分とか、定まった時間にお話を聞いて、また帰宅していって、
これで授業に出ますよね。
それを何回か、週何回とか、週1回、週2回とか、 それを繰り返して授業を昇華していくというのは、
よくある学校の学習じゃないですか、スクールの学習じゃないですか、 英会話学校とかも多分そんな感じですよね。
こういうのは時間はいりますよね。
時間は必要ですし、時間がない場合、忙しい場合、 その人の本業とかライフワークがすごく忙しい場合、
優先順位のもっと高いやるべきことがある場合には、 こういうのはできないとは僕も思います。
ただ繰り返しなんですけど、語学学習のモードっていうのは、 どのようにやり方といったらいいんですけど、モードといいますね。
モードがあって、語学学習のモードっていうのは、 学校スタイル、スクールスタイルだけではないですよね。
もちろん僕が語学学習を学校でやるっていうのは、 決して否定してるわけじゃないんですけど、
そうではないモードっていうのはたくさんあって、 その中にさっき言った10秒、20秒、3発的に考えて語学学習を進めるっていうモードがあるんですよね。
そこをうまく活用すれば、時間がないとか言い訳とか無しにして、 誰でも今すぐすぐに進められるっていうのは僕の意見です。
前回の動画で言った通り、ちょっと考えるっていうのは、 10秒とか20秒ちょっと試行して着想を得るっていうのはちょっと考えるっていう話なんですけど、
これってスクール学校とは対照的ですよね。 何ができたかっていうと、まず時間の幅が全然違いますよね。
10秒、20秒なのか、30分、60分、90分なのかって全然違いますよね。
あともう一つ、時間がまとまっているかっていうのも違います。
90分の授業を5分×18とかにしようと思えばできるかもしれないけど、 それはなんかちょっと変じゃないですか。
5分×18回で17回休憩を算で90分の授業をするってすごくちぐはぐですし、 よくわかんなくなっちゃいますよね。
そういうのがあって、基本的には学校でやるモードっていうのはまとまった時間が必要になります。
分けることはできないですし、分けたら変になるっていうのが学校ですよね。
ポイントは、まずここまでで振れたのはモードが2つ大きくなりましたよね。
90分とかでまとめてやるモードと、 10秒、20秒で散発的にやるモードがあるんですけど、
ポイントは、学校でやるっていうスタイルを普段から試行したり考察したり、 普段日頃から考えてアイディアを出すっていうモードに持ち込むとちょっと変になっちゃうんですよね。
前回の動画で振れたのは、人間はそもそも長時間試行できないっていう前提のもとで話を進めたんですけど、
そこなんですよね。
学校モードになっちゃうとどうしても、 まずまとまった時間ありきで、
例えば1日15分とか1日30分とかそういうまとまった時間ありきで、そこに英語学習を詰めなければいけない、
詰めないといけないっていう、なんかそういう感じになりませんかね、学校試行だと。
それが違うんじゃないかなっていうのは僕の話です。
だいぶ抽象的な話になると思いますけど、僕はそんな感じに思っています。
英語学習っていうと、英語学習をしますっていう、趣味でもなんでもいいですけど、
まず第一に考えるのが、何をするにしてもまとまった時間を確保しなければならない、
そういう結構強烈な思い込みがある人も結構多いと思うんですよね。
これはやっぱり学校とか試験とか資格とかそういうのが、大きなプロジェクトというか、大きなビッグなプロジェクトがあって、
それのためにがっつりやるっていうイメージがあると思うんですよ。
範囲があって、学校なら試験範囲ですよね。定期テストとかの試験範囲で、資格なら教育団体とか、英研団系とか、
そういう大きなビッグな枠組みがあって、それのためにじっくり時間をかけて、
まとまった時間をとってやるっていうのは、ある種の思い込み、本人が自覚しているかどうかは別です。
そうしなければならないという思い込みが多分あると思うんですよね。
テストもそうですけど、定められた時間で、定まった範囲の中で、
所要の条件の中でいかにいいパフォーマンスを出すかっていう、
そういう仕事チックな感じになっちゃうんですよ。仕事も1日何時間とかそういう枠組みがありますよね。
平日から、平日の月曜から金曜まで1日何時間働きますか、そういうのがあるじゃないですか。
所要の条件で頑張るっていう、そういう先入観でか思い込みになっちゃう気がするんですよね、多くの場合で。
こんなふうに仕事とか納期とか納品とか、そういう感覚で仕事チックに英語学習を進めると、
どうしてもやっぱ最初に言ったまとまった時間を確保して、
ここで集中的にやらなければいけないっていう感覚になっちゃう気がするんですよ。
これがまず1つあります。繰り返したんですけど、モードは2つあるんですよ。
学校で学ぶような学校チックなモードと、
3発的に試行してアイデアを出して着想を固めていくっていうモードがあるって言ったんですけど、
前者のモードっていうのは別に悪いわけじゃないんですけど、それは人によってはやりにくいっていうのがまずあります。
学校に行きたくても時間がないっていうのは僕もあると思いますし、
それはできない人はできないと思います。
ここからはその後者のモード、つまり3発的に試行するっていうモードを説明するんですけど、
これは学校チックなやつとは正反対で、個人的で自由で縛りがなくて、
縛りがないっていうのは納期とか納品とかなくて、プロジェクトとかそういう大きな枠組みもないですし、
いつ何をするのも自由ですし、何から手をつけるのも自由ですし、
本当にどのように発展するかも何もかも自由なんですよね。
もう枠組みが一切ないと言ってもいいと思います。
これでやっていく、ちょこちょこ試行して進めていくっていうのは、
英語学習の学校英語チックなモードとは対照的な自由なモード、こういうのがまずあります。
これは計画もありませんから自由に、休みたいときに休めばいいし、
興味が移ったら興味が移ればいいし、また興味が戻ってきたら興味が戻ってきたなりに再開すればいいっていう感じですよね。
これはどこまでも個人的で他人が干渉してこないっていうのがもう一つ特徴があります。
学校の場合って先生がいますよね。
先生がいたり隣に同じようなことを学んでくれたりして、やっぱり集団じゃないですか。
でもこの試行する、考える、やっていくっていうのはあくまでも自分だけの話で個人的で、
誰かに干渉されたり、ヤイのヤイの言われる筋合いも全くありません。
僕は今2つのモードを説明したんですけど、推すというか、推すというか、おすすめの方はやっぱり校舎なんですよね。
学校っていうのは綺麗に地図を立てられた情報をざっと漁る、要するに全体像を眺めるっていう部分にはすごく優秀なんですけど、
やっぱり深みを出すとか深掘りするっていう部分がやっぱり弱いんですよね。
学校とかを使ってスクールとかを使って手軽に早期に全体像を見るっていうのはすごくいいんですけど、やっぱりどこかで限界が来るじゃないですか。
深みを出すとか深掘りするっていうのはやっぱり自分で考えてやっていくっていうのが強いんですよね。
こういうのってやっぱり深みを出すってやっぱり自分主体じゃないですか。
自分でやっていく、自分で進めていくって話じゃないですか。
そういう自由気回りにやっていって、とことん突き詰める部分まで自分が好きなように突き詰めるっていうのはやっぱり個人でやっていこうが強いんですよね。
他者が一切干渉しないっていうのがあるんですよね。