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#68 信じたいものばかり集めて信じるのはよくない、という話
2026-08-10 15:27

#68 信じたいものばかり集めて信じるのはよくない、という話

信じたい信条をサポートする情報ばかりが目に入ってしまい、そればかり覚えてしまう偏りのことを確証バイアスといいます。今回のエピソードでは、語学学習でも確証バイアスの影響を受けてしまうことはよくあることだし、それは誰にとってもマイナスであるから意図的に回避したほうがいい、という話をしています。


【プロフィール】

そっちゃそ(⁠⁠⁠@trans_souta⁠⁠⁠)。フリーランス産業翻訳者。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。ご意見・ご感想は⁠⁠⁠公式HP⁠⁠⁠のお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。ライオン君との共同ホストPodcast番組、『⁠⁠⁠円卓上のイエティ⁠⁠⁠』にもレギュラー出演中。


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サマリー

今回のエピソードでは、自分の信念を支持する情報ばかりを集め、相入れない情報を無視する「確証バイアス」について掘り下げています。語学学習においても、「数ヶ月でペラペラ」といった非現実的な情報が信じられやすいのは、このバイアスが影響していると指摘。アルゴリズムや大衆心理が、短く心地よい情報ばかりを優先させ、真の理解を妨げている現状を問題視します。この偏りを回避するためには、意図的に非効率や無駄を取り入れ、情報と距離を置くことの重要性を提案しています。

確証バイアスの定義と日常例
こんにちは、そっちゃそです。 この番組そっちゃその語学ラジオでは、
語学学習というテーマを軸にその本質やあり方について、 哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容をもとに、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など、長な時間にもぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは。今回も語学学習系の話を、 ラジオ的に学ばらに、ポッドキャストを通じてやってみたいと思います。
今回は、英語学習の真理に関する話を また一つのエピソードにしてまとめたいと思います。
今回は、拡張バイアスというテーマ、 拡張バイアスというキーワードを軸に話をしてみたいと思います。
拡張バイアスというのは、英語学習とか語学学習に限らない 一般的なワードなんですけど、
これはバイアス、要するに心理的に偏ってしまう傾向の一つで、
自分がすでに持っている信念、考え、仮説、心情、 そういうのを支持する情報、サポートする情報ばかりを選択的に集めて、
それと噛み合わない、相入れない情報を、 仮に目に入ったとしても、それを無視してしまう、
見なかったことにしてしまう、もしくは、 勝手に怒りだしてそれに対して反発してしまうとか、
そうなってしまう傾向のことを拡張バイアスと言います。
これは多分、特に小学生とかでよくありますよね。
小学生って、自分の主張を通すときに、 自分にとって都合のいい話ばかりしますよね。
反対されても感情でムキになったりしますよね。 それとほとんど同じです。
これは小学生とかのみならず、大人もそうで、 意識的にせよ、無意識的にせよ、
自分にとって都合のいい情報を喜んでしまう、 もしくは、そういうのばかり記憶に定着して、
意図せず、自分の信頼に都合のいい情報ばかりが 近くに寄ってしまうというのが拡張バイアスですよね。
語学学習における確証バイアスと社会的証明
これって、語学学習でもとてもよくあります。
例えば、これも前回のエピソードで言ったんですけど、
世の中には、数ヶ月で英語ペラペラとか、 数ヶ月でネイティブレベルとか、
そういう明らかに現実を反映しない、 実態とかけ離れた情報、報告コマーシャルってありますよね。
今も昔も、今も昔もそういうのがあって、 衰える気配もありません。
なんでそういうのが湧いてくるかというと、 つまり何が言ったかというと、
なんでその実態とかけ離れた明らかに嘘の情報が 指示されてしまうのかというと、
この拡張バイアスがあると思います。
つまり、数ヶ月でペラペラになるという情報が 真実であってほしいという指示、信頼を持っている人がいて、
それにかなう情報が、この数ヶ月でペラペラに と言った現実ですよね。
これは完全にその拡張バイアスの典型で、 真実性がないにも関わらず指示されるというのは、
そうであってほしいという考えを持つ人が一定数いるから、 こういう情報が湧いてくるわけですよ。
これ、拡張バイアスと同じですよね。
ハロー効果だと言ったりしますけど、 ハロー効果というのは、
都合のいい情報があるから、それに伴って 全然関係ない要素も都合がいいというふうに思われてしまう。
あの人はすごく見慣れが整っているから いい人に違いないとか、
逆にあの人はすごく親切だから、 いい人に違いないとか、
そういう関係ない要素に引っ張られてしまうことが ハロー効果ですけど、これにも似てますよね。
今回の話の本筋は、 拡張バイアスというのは英語学中でもありますよと、
さっき言ったように、英語ペラペラになりますよとか、 そういうのを言ってしまう人がいてかつ、
それを信じてしまう人がすごくたくさんいますと、 それが拡張バイアスですよね。
今回したいのはこの話です。
人は心地よい説明、心地よい説明というのは、 わかった気分になれる説明、
短い説明、物事を端的にはぎれよく言い切って、
すごく心地よい説明というのは、 咀嚼しやすい分正しいというように解釈したんですよ。
これっていわゆる社会的証明とかと似ていて、 社会的証明というのは、
みんなが正しいと思っている情報を 正しいと思ってしまうという感覚ですよね。
これってネットのレビューとか、 大衆の行動心理とかと同じで、
みんなと同じことをするイコール 正しいと思っちゃうんですよね。
ネットのレビューに例えば★5がたくさんあったら、 それってつまりみんなが満足しているというインディケーションじゃないですか。
それを感じるというかそれを確認すると、 これは合っているんだって思っちゃいますよね。
実際に自分が手に取って確認したわけでもないのに。
それと同じで、みんなが理解している情報というのは、 何か正しいと思っちゃうんですよね。
さっきはぎれのいい説明が心地よくて 受け入れられるって言ったんですけど、
これと同じで、再生数とかいいね数とかフォロワー数とか、 そういうのが目に見えますよね。
ネットのコンテンツって。
英語系のコンテンツでもそうで、 この人の言っていることははぎれが良くて明快だし、
かつ、いいねも多いし、再生数も多いし、 フォロワーもこの人は多いってなっちゃう。
それが合っているって思っちゃうんですよね。
これってすごく確証バイアスって感じませんかね。
そういう情報ばかりがこっちに寄ってきちゃうんですよ。
ネットの情報イコール嘘の情報であるっていうのとはまた別で、
ネットというか大衆心理の特徴として、
こちらに寄ってきやすい情報っていうのは心地の良い情報であって、
心地の良い情報っていうのは変わらずしも合っているか違っているかというと、
合っているとは限らないっていう話です。
要するにすごく極論すると、
大衆が間違っている情報を喜んで接しているという状況も十分あるわけですよ。
それがめちゃくちゃまずいよねっていうのが今回言いたいところです。
これって要するにアルゴリズムの問題で、
アルゴリズムと心地よい情報の罠
アルゴリズムの問題って言ってもいいと思います。
アルゴリズムっていうのは、
こちらにとってエンゲージメントとか言ったりしますけど、
ユーザーエンゲージメント、
要するに視聴時間とか再生、
視聴時間の満足度が最大化するような仕組みを作るのがアルゴリズムですよね。
一人に対して時間を奪うわけですよ。
要するにアルゴリズムを使う側、
要するにプラットフォーム側は、
一人のユーザーあたりの箇所分時間を1秒でも多く奪いたいわけですよね。
それをする目的のために、
アルゴリズムという一つの手段を使って、
その一人にとって心地よい情報を流すわけですよ。
当然、ユーザー一人にとって心地よければ、
次の情報も見たくなりますし、
アプリを閉じても、
アプリを閉じても、
次の日にまたアプリを開いて情報を見に来ようという気分になりますよね。
一度満足すれば。
それがSNSなんですよね。
それとあれですよね。
ネットの英語系情報も、
自分にとって心地よい情報がこっちに来やすいんですよね。
英語学習の姿ってそもそもそんな感じでしたっけ?
という感じしませんか。
真実の情報を接種したら、
いつの間にか心地よいインフルエンサーの言説に振り回されて、
何をやっているのか自分でもわからないようになっちゃいますよね。
もともとそういうことをしたかったんですか?
それが問題だなと思います。
短い説明の限界と長い説明の重要性
簡潔にと言ったじゃないですか、
簡潔に喋ること、短くはぎりよく喋ることが心地よい情報で、
それが大衆から受け入れられやすいと言ったんですけど、
それってやっぱり変ですよね。
僕はそれは逆だと思っていて、
何が言いたかったかというと当たり前なんですよ。
よく考えると当たり前です。
例えば、1分、1分、1分、1分、2分、数分でいいや、
数分喋って、
仮に数分の説明をしてその説明をされた人が理解できなかった場合に、
どうなりますかね。
その後の選択肢は色々あると思うんですけど、
話を短くするか、
あるいは逆に話を長くするかなんですよね。
話を短くすると当然、
簡単なところだけかいつまで説明するので、
結果的には分かったような気分は作れると思うんですけど、
それって元のメッセージを削ぎ落としてしまいますよね。
簡略化して誰も分かりやすく理解できるようにしてしまうと、
本来の言いたかったことを妥協して言っちゃいますよね。
それがどうなんだろうなって話です。
もう1個は話を長くすることなんですね。
説明というのは情報量ですから、
説明を長くすれば情報量が増えますよね。
情報量を増やせば手がかりも増えますから、
基本的には情報量が少ない場合よりも、
理解の程度は深まるはずなんですよ。
本来であれば情報を伝えるようとして、
情報が伝わらなかった時にすべきことっていうのは、
情報量をもっと増やすことですよね。
具体例の量を増やすとか、
同じ主張を別の角度で説明するとか、
言い換えるとか、そういう技を使って、
もともと言いたかったことをさらに補強するように、
サポートするように、説明の情報量を増やすというのが
王道じゃないですか。
これをするのが通常なんですけど、
なぜかネットって、
分かりやすい情報イコール短い情報というふうに
頭が固まっちゃってるんですよね。
これってすごく良くないですよね。
世の中の問題とか世の中の関心というのは、
そんな一言で説明できるわけないじゃないですか。
なぜ、本当は長く説明すべきところを
短く説明してしまうこと、
そしてなおかつそれが喜ばれてしまうというのは、
情報を理解するということが
フォーカスが入っているわけじゃなくて、
情報を理解した気分になること、
ドーパミンヒットして、やった嬉しいっていう
いい気分になること自体が
メインの目的、主目的になっちゃってしまって
人生が家に困ってるわけですよ。
そうですよね。
大学とか高校って授業がありますけど、
授業って普通60分とか90分とか
すごく長い時間しますよね。
なぜ90分も話をするかというと、
90分話をしないと足りないからなんですよ。
90分でも足りないと言っていると思います。
そういうのを考えると、
説明というのは基本的に長くしないと伝わらないし、
長くしても伝わらないこともあるというのは
すごく大事だと思うんですよね。
情報過多時代における確証バイアスの問題点
それを邪魔するのが拡張バイアスなんですよ。
拡張バイアスは、ここまでで触れたように、
こうであってほしいという、
もともとの心情ありきで、
それを一言、肯定するような発言ばかりを
集めてしまうというのが拡張バイアスですよね。
これってネットの情報、
ネットの時代、AIの時代がうんとなっていますけど、
それで誰でも簡単に情報が手に入るようになりましたね。
よく言うじゃないですか。
誰でもスマホ一つでネットにつながって、
情報はいつでも取得できますよとよく言われますけど、
これと別の論点に、取得はできるんですけど、
そこに行こうとしない、
もしくは向こうから情報が目に入ってきても、
それを無視したり軽視したり、
逆に反発したりしてしまったりするんですよ。
これがすごく問題ですよね。
だからエコーチェンバーとか言ったりするやつですよね。
世の中って分かった気分にさせる動画、
分かった気分にさせるコンテンツが
すごく多くなってきてしまったんですよね。
それは時代背景的にも、
極端に短いコンテンツを大量に生産して、
大量に届けやすくなったっていう、
そういう時代背景もあると思うんですけど、
とにかく情報を伝える、
情報をしっかり尺を取って伝えるっていうのが
不利になって、
なおかつ短い情報で分かったような気分にさせる
っていうやり方がすごく対等してしまったっていうのが
すごく問題だと思います。
確証バイアスを回避するための行動
これってじゃあどうすればいいのってありますよね。
毎日毎日ショート動画ばっか見て
ドーパミンヒットしていい気分になって終わりって
やっぱり嫌じゃないですか。
それで何も発展しないですし、
気分が高揚するだけで本当に何もならないんですよね。
何をすれば良さそうかっていうのは、
個人がどうするかなんですけど、
これはいろいろありますよね。
ネットデトックス、インターネットデトックスをする
っていうのも一つの手段ですけど、
これはちょっとやりすぎですよね。
ネットありきで今社会は動いてますから、
ちょっと現実的じゃないですよね。
じゃあ何をすればいいかっていうと、
やっぱちょっと距離を置く程度問題で、
例えばスマホを携帯しないで出かけるとか、
あえてスマホを使わないで
自分の力で手足を動かして
いろいろやってみるっていうのをやると
いいんじゃないかなというふうに思います。
時間を短くして効率的に理解しようとするよりも、
時間を逆ですよ。
時間をたっぷりとって非効率非合理、
無駄を積極的に取り入れるって言ってもいいと思うんですけど、
そういう逆の動きをすると、
いいのではないでしょうかっていうふうに僕は感じています。
ポッドキャストとかはまさにそうですよね。
ポッドキャストってファスト消費、
大量生産、大量消費のカルチャーとは正反対じゃないですか。
正解を求めてポッドキャストを聞く人って
多分あんまりいないですよね。
ポッドキャストを長くすること、
30分1時間のコンテンツが当たり前ですし、
これもまさに無駄や非合理を積極的に取り入れる手段の一つとして、
ポッドキャストを聞くとかもありだと思います。
今回は拡張バイアスっていうテーマを軸に、
人は自分にとって都合のいい情報ばかりを摂取してしまうから、
それをうまく回避するような動き、
仕組み工夫っていうのを自分の方から組み込んだ方がいいし、
それは語学学中でも同様に言えることであるというふうな話をしてみました。
まとめと今後の案内
次回のコンテンツ、次回のポッドキャストエピソードも
ぜひよろしくお願いします。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
noteやkindleでもこのラジオで扱っている内容をより体系的に整理したコンテンツを発信しています。
さらに深く学びたい方は概要欄からぜひチェックしてください。
それではまた次回お会いしましょう。
15:27

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