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#29 数か月で英語ペラペラをうたう広告はなぜなくならないのか
2026-07-14 12:03

#29 数か月で英語ペラペラをうたう広告はなぜなくならないのか

誰でも数か月でネイティブレベルになれることをうたう、現実離れした広告や訴求は今も昔も履いてい捨てるほど出てきますが、それはなぜでしょうか。「数か月でネイティブレベルのペラペラに」なれることをうたうなかば詐欺まがいの広告が永遠に蔓延しているのはなぜかという素直な疑問を話の開始点にして、それに対する僕の意見を説明しています。


プロフィール:

フリーランス産業翻訳者。新潟県新潟市生まれ。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。愛称は「そっちゃそ」。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。趣味はキャンプ、登山、ドライブ。ご意見・ご感想は公式HPのお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。


YouTubeはこちら:

https://www.youtube.com/@trans_souta

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こんにちは、そっちゃそです。 この番組そっちゃその語学ラジオでは、
語学学習というテーマを軸にその本質やあり方について、 哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容をもとに、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など長な時間にもぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは。今回も語学学習、英語学習系の話になります。
今回も僕がよくやっている、語学学習って何かちょっとおかしな景色があるから、 それを直した方がいいのではなくて、
そういう意見を提示する感じなんですけど、 今回はよく目にする短期間でペラペラにとか、
短期間、具体的には数ヶ月でネイティブ並みとか、 そういうのってすごく昔から今でも見ますよね。
それって当然そんなわけないだろうっていうのは、 圧倒的だいたつの感想だと思うんですけど、実際僕もそう思ってます。
何かそれで変だなというふうに思いませんか。
何でかっていうと、短期間数週間数ヶ月でネイティブレベルに行って、 すごくものすごくそういう訴求を見るんですけど、
それと同時に多くの人はそんなわけないってもう分かってるんですよね。
これってある意味教育がなされてるって感じで、
そういう短期間ペラペラ系の広告訴求を見せられまくった結果、 そんなわけないだろうっていう人が、
ちゃんとそういう真っ当な考え意見になる人がすごく増えてるはずなんですよね、人口が。
ということは、短期間でペラペラみたいな広告を出す人の視点からすると、
これはもうみんな短期間でペラペラなことはもう無理だって分かってるから、 こんなこと言う必要ないし広告費の無駄だなって感じて、
それをやめそうじゃないですか。
効果がないからやめるってことです。
それは本のタイトルとかもそうで、
古代宣伝、過激なタイトル、過激な宣伝文句を使うと逆に、 白けるってのはもう分かってるからやめた方がいいって、
多分広告を出す際でも思うだろうなって思うじゃないですか。
でも実際の景色を見ると、まだあるんですよ、数ペラペラ系の広告っていうのはめちゃくちゃ。
ここはすごく疑問だなって思いませんか。
今回は僕が思う、なぜ数ヶ月でペラペラにっていうのがめちゃくちゃ出てくるのかっていう話をしたいと思います。
03:01
当然まず確認したいのは、需要ありきでそれがあるわけですよね。
さっき数ヶ月で英語がペラペラネイティブになるわけがないって考えてた人の方が圧倒的多数だと言ったんですけど、
多数派であると同時にそうでない人もいるわけですよ。
英語学習で数ヶ月でペラペラになりたいっていう心理になっている人が少なくともいるはずなんですよね。
その人たちが一体何を考えてそう考えに至ったのかっていうのは今回考察したいんですけど、
それって多分そう考えたくなるような心理状況になっちゃってるのではっていうのが僕の意見です。
例えばですよ、これは仮説的意見なんで何か確証があるわけじゃないんですけど、
例えば元々英語学習は数ヶ月でペラペラになるわけがないっていうふうに感じてたが、
そうであってほしいとか、もしかしたらいけるんじゃないかとか、
大きなお金を投下すれば実際にはいけるんじゃないかとか、
そういう淡い希望を持ちたくなるような心理背景になってしまった人って多分いると思うんですよね。
言い換えるというか、シンプルに言うと心が弱ってしまったがゆえに、
そういう心が弱ってない人から見た場合、これは詐欺っぽいなとか、これは嘘だなとか、
そういうのがドライに判断できそうなそういう甘い素急に対して弱くなっちゃっているのではっていうのが僕の意見です。
投機的って言ってもいい、語学学習に対して投機的、投機って投資と投機の投機なんですけど、
投機的になってしまうような心の弱さとか、心の、もしくはその状況に追い込まれてしまっている人が常に一定数いて、
それがゆえに短期間ペラペラ系のサービスとうまく噛み合ってしまっているのではというのが僕の仮説です。
今回の話なんですけど、これですよね。
次なんですけど、なんで心理的に追い込まれる人が一定数常に出てきてしまうのかって、
多分これって、やっぱり前回の話で言ってたような、語学学習を超巨大ビッグプロジェクトのように考えて、
何が何でもでかい成果を出さないといけないというふうに自分で義務感を課しているという、そういう真理がまず発端にあると思います。
例えば、超巨大ビッグプロジェクトにすると当然ビッグな成果を期待しますよね。
ビッグな成果を期待すると大抵の場合、それとは大きく期待の外れな結果になりますよね。
で、がっかりしますよね。
そうすると、本当はですよ、本当は成果が出たはずなんですよ。
語学学習をして成果が出るなんてありえないですから。
何か英単語を一つ覚えたらそれは成果ですから、語学学習を何かして成果が出たら出ないというのはありえないんですけど、
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ビッグなプロジェクト、ビッグな計画、ビッグな目標を立ててしまったがゆえに、
小さな成果が見えにくくなってしまって無視してしまうがゆえに成果が出ないと思ってしまうんですよね。
そうすると、時間を無駄にしたとか労力を無駄にしたとか、労力が水の泡になったとか、本当は違うんですけど思っちゃうんですよ。
そうすると何が起きるかというと、もっとドラスティックなことをしなきゃいけないと思いませんかね。
思う人は出てきませんかね。もっと大きなアクション、もっと大きな行動、もっと大きなドラスティックな投資をして、
今までの水の泡の努力を取り返してやろうというふうにそういうシーンになると多分一定数出てくると思うんですよ。
そういう人たちが流れ着く先がさっきの短期間でペラペラにというサービスになるのかなと僕は考えています。
ここにはさっき言ったように、まず大前提というかことの発端にはやっぱりプロジェクトをデカくしすぎているというのがあると思います。
こうでなければならないという異常な素材化した義務感や責務の感覚が出てきてしまって、
そこを発端にして自分でコンプレックスを作って自分のコンプレックスを解消、勝手に作ったコンプレックスを解消するためにどうしても心が陶器的になって、
結果数ヶ月でペラペラにという、普通にドライに考えればそんなわけないだろうという判断できそうな情報にもなびいてしまうという流れなんじゃないのかなと僕は考えています。
当然それは良くないですよね。僕はいつも地味にやるのが英語学習である。地味に長期的にマイペースでやったりやらなかったりを繰り返すのは素直な普通の英語学習であると言ってるんですけど、そこなんですよね。
こういうのとこういうのがあって、僕はあまり自分に期待しすぎないでやっていくっていうのをすごく推してるんですけど、
それはその理由の一つに、ビッグにすぎるとこんな風によく分からない、本来行きたかった場所じゃないところに行ってしまうっていうのがあると思います。
ここでもう一つやめるっていう話ですよね。さっきプロジェクトをビッグにしすぎて、やめたくてもやめられない、やめてしまったら努力が水沢になってしまうから嫌だっていう、いわゆるサンクコストってあるやつなんですけど、
これがことを複雑にする原因の一つですよね。これってやめるっていうアクションをすれば一瞬で解決するじゃないですか。
英語学習をしました、飽きました、なんか疲れました、あるいは別の言語に興味がつりましたってなるときに、素直に即座にやめるっていうアクションをドラインできればそれでいいんですけど、
それができないが故に変な方向に行っちゃうわけですよね。別に語学学習をしたけど飽きたって別に全然変なことないんですよね。
さっきも言ったんですけど、もしビッグなプロジェクトにしないで単なる小さな興味関心を埋める活動っていうそういう個人的で小さな活動に収めれば、
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それはその程度の規模の話じゃないですか。やめようがやめまえば自分の勝ちですよね。
もう一つは語学学習って別に他人にやれやれと言われてやることじゃないですし、何か煽られたり不安がられたりした結果、
世間が語学学習しないとやばいみたいなそういう雰囲気を出しているからやりますっていう、そういう感じではないっていうのは僕はいつも言ってたんですけど、これと同じですよね。
とにかく完全に自分でやるやらないは周りの雰囲気とかノリに対応されずに、自分の何となくの判断でやっていくっていうのがすごく大事になるのであって僕は考えています。
カジノみたいですよね。カジノってゲームをするじゃないですか。お金をかけて。カジノって大きな賭けをするときってやっぱどうしても陶器的になりますよね。
最初はたぶんみんなちょこちょこかけると思うんですけど、やっぱ負けが続いてマイナスが続くとやっぱ大きな賭けをして超決にしたくなるっていう心理が働くと思うんですよね。それとすごく似てると思います。
小さな負けが続けば続くほどやっぱプラスに転じるためにはやっぱ大きくビッグにかけて、ビッグに勝たないといけないというシーンになりますよね。
それと同じだと思います。語学学習をするとき、別にビッグに勝利しないといけないという義務感は全然ないっていうのがまず繰り返していたかったところです。
最後になるんですけど、これは語学学習に限って話じゃないと思うんですけど、心が陶器的になってしまうっていうのは様々な局面で良くないと思うんですよね。
プラスに転じたい、マイナスが蓄積したからプラスにしたいっていうのは大抵の場合うまくいかないそうじゃないですか。
じゃなくて、そもそもマイナスを作ってもいいじゃないかっていう心理で、マイナスを作っておしまいにしても別にいいのではというのは僕の意見で。
語学学習に関して言えば、全然ビッグなプロジェクトにしない方がいいと思うんですよね。
それが今回言ったような心が弱くなって、その結果本来であれば簡単に回避できそうな詐欺的なサービスに流れちゃうというのがあるのではというのが僕の今回の話の筋になります。
今回は以上になります。次回の動画もぜひよろしくお願いいたします。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
noteやkindleでもこのラジオで扱っている内容をより体験的に整理したコンテンツを発信しています。
さらに深く学びたい方は概要欄からぜひチェックしてみてください。
それではまた次回お会いしましょう。
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