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こんにちは、そっちゃそです。この番組、そっちゃその語学ラジオでは、 語学学習というテーマを軸に、その本質やあり方について、哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容をもとに、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など、長な時間にもぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
今回も英語学習系、語学学習系の話をしたいと思うんですけど、
つい前回の動画で、語学学習で一石二鳥、 一つのことをやって二つ以上のこと、
あれも美味しい、これも美味しいみたいな、 そういう状況を作ろうとする、
作ろうとするというか、正確には作りたがるという、 そういうのをやめた方がいい。
逆に、一つのことを分解して細かくして小さくして、 その一つ一つの分解した要素に着目して、
丁寧に、同時じゃなくて丁寧に一つ一つワンバイワンでやっていく方が、 時間をかかる結果ができない、よくなるという話をしました。
前回の動画が気になる方はこちらから先にご覧ください。
今回なんですけど、一石二鳥は狙わない方がいいという話と関連して、
関連するというか、似てるという感じですね。
似てて、特化する、特化すると言いますよね。
何々に特化、TOEICに特化、英検に特化、 スピーキングエーカーに特化ということをよく見聞きすると思うんですけど、
特化というのもちょっと厄介な言葉だと思うんですよね。
今回は、厄介な言葉だろうなと思っている特化というのの、 何を言っているのかという話をしてみたいと思います。
特化というと、すごく合理的な感じがしますよね。
重要な部分がどこかにあって、重要な部分だけに着目して、 重要そうではない部分にあまり気はしない。
そういうふうに考えると、 特化することはすごく良さそうと感じますよね。
目的によってはそれは意味があるんですよ。
例えば、TOEICしかしないという人は、 TOEICに特化してもいいじゃないですか。
英検しかしない、英検2級、英検なんとか級とか、 そういうのにしか興味がないという人は、英検に特化しても十分いいと思うんですけど、
普通に英語学習をする、普通にというのは要するに、 試験に縛られたりしないで、英語でおしゃべりをする、英語でコンテンツを鑑賞するとか、
そういう単に英語を使いたいという素直なモチベーションがある人が、 何かに特化したがるというのはやめた方がいいというのが今回の話の筋になります。
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前回の話は、一石二鳥は良くないという話をしたんですけど、 これと似てますよね。
前回のSNSをまとめると、何か事物があって、 事物って何でもいいですけど、英語学習でも何でもいいですけど、
事物があってそれを丁寧に分解して、丁寧に分解して、 一つ一つ厳密に最後にまとめて、全体を形作るというやり方が王道であるし、
それをやった方がいいというふうに言いましたよね。
前回の流れとしては、まず分析してガッチャンコするという流れを説明したんですけど、
分析をするというのは、確かに特化に似てるんですよね。 特化というのは何かどこかに注目するわけですけど、
分析も確かにどこかに特に極小的、微小的に注目してるんですけど、 全体としてどこかで組み上げるというのが絡みますよね。
さっき分析してガッチャンコと言いましたけど、 ガッチャンコの部分、ここが全体としてまとめるという対応をします。
特化というのは分析と似て非なるもので、 特化というのはどこかに注目して、それ以外は捨てるというのが特化なんですよね。
捨てるというのがキーワードになります。
別にこれは工学学者に限った話なんですけど、 誰かが突然ここからここまでは全部捨てますと言ったら、
素直な感情としてもったいないという感情が湧いてきませんかね。
捨てますというのは、選択肢とか何か貴重なものがあったとして、それを突然やりません、
今後一切目をつけませんと言い出したら、 ちょっと怖いというか、大丈夫かなと思いませんかね。
特化という、TOEICに特化、英検院に特化というのも似たような匂いを感じて、
それを特化、特化と言っちゃうと、それ以外の可能性を全部切り捨てちゃうんですよね。
最初に言いましたけど、普通に英語を使うとき、 英語を使ってコンテンツを鑑賞したり、英語で理解をしたりするときって、
TOEICの幅に当然限定されませんよね。
TOEICっていうのは、文化とか価値観とか歴史とか、 特定の民族集団に偏らないような配慮がなされているんですよね。
特定の民族集団とか文化背景について、 知らないと解けないという問題があったら困るじゃないですか。
すごくフラットですごく淡白で、しかも時代とかにもよらず、 特定の専門知識を知らないと解けないというのがないですし、
アカデミックな要素もないですから、すごくフラットですごく淡白で、
本当にそんな世界は存在するのかっていうぐらい淡白な問題の設定背景があるんですよ。
そうすると結果的に独自のTOEIC世界みたいなのができて、
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そして結果的に使われる語彙とか使われる単語っていうのもすごく狭くなっちゃうんですよね。
これは仕方がないですよね。
ただ一方その対比として、当然現実世界ってもっと複雑ですよね。
TOEICみたいにきれいに英語を発音してくれる人がいるわけじゃないですし、
むしろその人たちの文化や歴史的背景を色濃く反映した表現をしてくれる人の方が多いですよね。
だから現実っていうのはもっとTOEICよりもよっぽど複雑で、言うなればカオスで、
そういうわけがわからない状態の中でうまくやっていくというのは普通の英語学習、英会話、英語の運用なんですけど、
だからすごく差があるんですよね。
今TOEICと普通の英語で対比しましたけど、また特化の話に戻りますけど、
そうするとTOEICに特化することしかしない、
なんかすごく危険というか偏っているなって思いませんか。
ここが今今回の動画で一番痛かったところです。
捨てる時に捨てられる方っていうのは結構面白いことが入ったじゃないですか、さっきの対比で言うと。
文化とか歴史とかその価値観の色濃く反映した部分っていうのはやっぱり面白いと感じますよね。
そこがTOEICにはないので、やっぱり現実世界とTOEIC世界が乖離するっていうのはどうしても起きちゃうんですよね。
そこを捨てちゃう、見なかったことにする、見ないことにするっていうのはすごくドラスティックというか、ちょっと大胆すぎませんかね。
それが一つ痛かったところです。
確かに捨てるっていうのは、ここはやめたとかここはしないっていうのは確かに大事なんですけど、
それって別に最初の最初にする必要ないですよね。
まず全体像を見て、全体像を見てここはあまり重要にならなそうだっていうのを判断して切っていくっていうのはいいんですけど、
突然私はTOEICしかありませんって言い出して、TOEIC以外には一切目を向けないとすごく禁止眼的になって、
逆に学びを回収できる部分に立ち会っても学びを回収しないっていう風になりませんか。
ここはTOEICに出ないから関係ありませんとかいう風にやって捨てると、学びのチャンスを自ら奪っている感じがしませんかね。
それが冒頭でも言ったすごく良いとか悪いとかでもったいないという感情の原因になると思います。
オプションっていうのは選択肢のことですよね。
オプションっていうのは持っているだけで価値があるっていう風にみんなされてますよね。
株式の取引とかもそうで、株式の取引っていうのはオプションっていうのもオプション取引っていうのがあって、
買う権利とか売る権利っていうのを買うっていうのがあるんですよね。
それを手元に置いておいても、もちろん権利なんで権利は行使するしないもその人たちですけど、
行使しますって言ったら権利を行使できるオプションっていうのが取引されているんです。
それ自体に価格がついて値段がついて活発な取引がされているんですけど、これと同じでオプションっていうのはそれ自体に価値があるんですよね。
だから特化しちゃうと、特化して何かに特化して特化してない方を捨てちゃうと、
自分が特化してない側で回収できるかもしれなかった価値とかを捨てちゃうんですよね。
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オプションを破棄しちゃうんですよね。これってすごくもったいなくないですか。
そういうのがあります。特化、特化、特化ってしちゃう人はすごく一点集中してかっこいいイメージがあるんですけど、
素直に受け入れることができそうな部分です。オプションを捨てちゃうとか捨てているんじゃないかっていうイメージがあります。
それが今回言いたかったところです。特化したくなるって言いましたけど、
目の前に数ヶ月とか数週間、数ヶ月とかそういう割と比較的短期間のスパンで何かを達成したいっていう、
そういう焦りみたいな感情があると思うんですよね。
それが物事を特化したくなる要因の一つだと思います。
これはご自身の経験からも分かると思うんですけど、何かを急ぐ、何かを焦る、何か物事を一つのことに集中して必死になって頑張る。
確かにそれっぽいんですけど、大抵の場合って逆に効率が悪くなりませんか。
余裕が失われるとミスも出ますし、自分が何をやっているかもよく分からなくなりますし、
結果的に何かよく分からない、ただただ騒がしい状況を作って終わりましたっていう状況になったりしたことって誰にでもあると思うんですよね。
それってやっぱり良くないじゃないですか。
人を焦ると見えなくなるっていうのは全てだと思いますよね。
ろうそく問題の話は前にもしたと思うんですけど、ろうそく問題と同じで焦ると焦ったり意識が凝り固まったり、要するにトーイックが詰めていく感じで意識が凝り固まってそれ以外のものが見えなくなるほどパフォーマンスが悪くなるのが普通なんですよね。
やっぱりゆとりを差し込む、選択肢を吟味してそれをすぐに捨てない、もしかしたら何かに発展するかもっていうそういう意識を持って選択肢を捨てないで、特化しないで何かをやっていくっていうのはすごく意味があるというか便利であるように僕は考えています。
繰り返したんですけど、特化イコール捨てるですよね。特化するイコール捨てるって言ってますから、捨てるイコールもったいないですよね。
だから何でもかんでもここだけやります、ここ以外はやりませんって言っちゃうと、正確にはそのように従うっていう心の癖、心の習慣みたいなものが出てきてしまうっていうのは、要するにその背景には焦ってるとか短期間で何かをしなきゃいけない状況にまで追い詰められてるっていうのが裏側背景としてあると思います。
それってやっぱり長い目で見るとあんまり良い結果には発展しないですよね。だから、とにかく特化特化って言いたがる心の癖が出てき始めたらそれは余裕がなくなってる、自分の中で余裕がなくなってる証拠、インディケーションだなっていうふうに思って、オプションは絶対全ですから、とにかくゆとりを捨てない、余裕を捨てないっていうのはすごく誰にとっても役立つアドバイスなんじゃないかなっていうふうに思っています。
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今回は前回した語学学習で一石二鳥を狙わない方がいいよっていう話の続編で引き続きでした。前回の話と対比すると、分析して理屈的に統合するって言ったけど、メタ的に全体像を把握するっていうのも同時に必要なんですよね。
それができなくなってしまうのが、メタ的な視点を失ってしまうのが特化っていうワードで、確かに特化はかっこいいんですけど、やっぱりどこかで視野が狭くなっちゃうなっていうのがあります。特化するにしても全体像を把握するっていう仕事は絶対に必要で、そこをうまく利害をつけるというか両輪をうまく活かしていくっていう感じがすごく必要になるんじゃないかなっていうふうに僕は考えています。
今回の話は以上になります。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
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それではまた次回お会いしましょう。