結構防災系のメッセージって、2011年以降、割と溢れてるんで。
その観点で言うと、あの広告はすごく淡々と言うべきこと言ってて。
上手い伝え方には、なんかそう、論理的な構造があるっていう。
一回、質問を挟んで、その答えは、みたいな、公文にする。
自分ごとになる。
ハッとしやすいみたいな。
企画書でも結構使います。
作らずにはいられない
シング佐藤、薬師寺の作らずにはいられないラジオ、始まりました。
シングメディアの佐藤和樹と薬師寺多聞です。
この番組は、渋谷の映像スタートアップ、シングメディアがお届けするトークプログラムでございます。
毎回我々が主観で厳選した、究極の作らずにはいられない人、
略して、作り人をゲストにお呼びしてお話を伺っていきます。
はい、今日の作り人は、クリエイティブディレクターであり、コピーライターの井出康隆さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
井出さん、ありがとうございます。
まずは簡単にプロフィールを、これ毎回タコ紹介でやらせていただいてるんで、
僕の方から紹介させていただくと、
シングメディアの新たな採用メッセージを開発していただいた、
コピーライターとして開発していただいた、クリエイティブディレクター。
ありがとうございます。
2004年に白宝堂に入社されて、最初はクリエイティブ職じゃなかったんですよね。
マーケティングだった。
マーケティングだったんですよね。
そこからクリエイティブ転職。
職典と言いますね。
職典か、職典試験を受けて。
社内のクリエイティブテストを受けまして。
で、クリエイティブに移ったのが2008年か。
で、コピーライターとして制作局に配属になり、
その後、数々の仕事を経て、ケトルに。
白宝堂ケトルです。
白宝堂ケトルが2020年の時ですね。
2020年、そのケトルに行くエピソードもありましたから、後でまたお話ししましょう。
はい、ありがとうございます。
で、2025年、去年ですね。
6月に独立されて株式会社イデペンを設立。
で、コピーを軸にCMなどのマスク広告の設計、
ブランド戦略、パーパス、PRの話題化など、
課題解決のために手口を問わない統合プランニングスタイル。
これはケトルの手口に言うと通じる。
通じるというか、ケトルの受け売りということで、
まんま企らせてもらってますね。
で、2022年には佐賀出身でらっしゃるんですけど、
佐賀県の情報発信強化アドバイザーということで、
佐賀県の、佐賀市の市長さんと同級生でらっしゃるんですね。
実はです。幼馴染で、それがご縁で結構いろいろとアドバイスめいた雑談みたいなことでですね、
飲むたびにしてたんですよ。
そうすると、公募が出てですね、情報発信アドバイザー公募されてるということで、
そこに応募して、見事、公式なアドバイザーとして。
へー、すごい。
もう恩返しいですよ、故郷への。
おお、すごい、確かに。
いや、なんか故郷に錦を飾るじゃないけど。
錦を飾るというか、まあ。
ちょっとあれですね、誇り高いですね。
そうなんですよ。
誇らしい。
やっぱりね、これも本当にいろんな相談が来るんですよ。
町づくりから、新しい公園をどう整備したらいいかとかですね、
防災のことをどう伝えたらいいかとかっていうレベルも来ますし、
スポーツ大会で出すお弁当のデザインどれがいいでしょうって相談も来たりとか。
滝に渡る。
めちゃめちゃ働いてます。
めちゃめちゃ働いてますから。
でも、月に1回佐賀に帰る、定期的には帰るんですけど、
仕事で実家に帰れるという。
ああ、そうなんですね。
親孝行のおまけがついてますんで。
すごい、素晴らしい。
防災の話、さっき出ましたけど、過去の主な仕事として、
Yahoo!の防災ゲームを広告。
ちょうどこの高さって、ビルのね、看板広告で。
あれは結構ショーをバンバン撮りまくったやつですよね。
そうですね。
大舐西ですね。
あとは、キリンでも2018年透明なのが欲しいシリーズ。
ダウンロップ想像を追い抜けと書いてありますけど、
あと丸亀製麺とかもありましたし、
あと、ネイチャーアラボか。
ネイチャーアラボです。
ネイチャーアラボとかもちょっと。
そうですね。
ネイチャーアラボさんの人に強さをっていう企業タグラインを書かせてもらって。
はい、そういうのも。
数々のお仕事されてますけど、
その中でどうですかね、印象に残っている仕事とか。
え、全部ですよ。
全部ですけど。
いや、Yahoo!もそうですね。
Yahoo!は本当にすごい、なんかこれでもこれだけすごい目立ってましたけど、
ずっと防災啓蒙広告っていうのをCMとか地道にずっと作ってたんですよ。
Yahoo!さんが。
はい。
何年も啓蒙、やっぱり情報のインフラ化というか、
Yahoo!というものをそういうふうに考えてほしいということで、
ものすごい真面目にずっとやってたんですね。
そしたら、ある時にちょっと試作をおまけでちょっとやりたいみたいなきっかけがあって、
なんかその棚ぼたじゃないですけど、
なんかちょっとやろうかって言ったものの、
なんかきっかけでやったのがこのアウトドアだったんですね。
でも、もともとそんなに大オリエンがあってみたら本当よりは、
いや、全然、もうなんかアイディアないかみたいな感じで。
橋田さんも一緒にやってたじゃないですか。
そうです、そうです、はい。
で、なんか最初にこう、なんか津波が来たところに、
ここまで津波来たよって、本当に被災地にたくさんあるじゃないですか。
あれ東京でやったら面白いんじゃないみたいな話が、なんかの雑談で出てきて、
最初なんかこういろいろこうやってたんですけど、
銀座の隙あばしのソニービルの、旧ソニービルの縦長のバイダーがいたってことで、
ここだったら縦長だし距離も測れる、高さも測れるんでって言って、
橋田さんから夜中の12時ぐらいに電話がかかってきて、
え、夜?
橋田さんってケトルのね、元ケトルの人で、
元ケトルの人で、もう確認されてますけどね。
電話がかかってきて、ただ1週間しかないと。
だからもう、
あ、提案まで1週間。
井出くん今から見に行きなさいってなって。
見に行きなさい。
俺は見に行くけどみたいな感じで喋ってたんで、
いや僕も行きますとか言って、
タクシー飛ばして銀座まで行ってそっから見上げて、
16.7メートルなんですね、到達点が。
16.7メートル、あそこかとかって見上げたらめちゃくちゃ怖いんですよ、みんな。
高すぎて。
あそこまで津波来たってここにめちゃくちゃ恐ろしく書いてあったら、
めっちゃ怖いなと思って。
恐怖訴求しようと思ってたんですよ、最初。
ここまで来ました、軽傷ならずというか。
実際見上げに行ったらめちゃくちゃ怖いので、
その時点で。
ここまで来たぞって脅かすような広告はまずいなと。
怖いから。
だから結構丁寧に手紙みたいなのがいいかなと思ったんですけど、
橋田さんが文章を読んでいく途中に、
この赤い線費ってここまで来たっていうのを文章の途中に入れたらなんか面白いんじゃないっていうアイディアが出てきて、
なるほどと思って、
その場でずっとこう、大変ですよあれ。
縦長の媒体に合うように文章を書かなきゃいけないんで、
本当にちょうどこの高さにちょうどこの高さが来るように書かなきゃいけないんですよ。
縦に読んだらラブレターになってるみたいなことを。
そんな余裕ないです。
むしろそっちのほうが目立っちゃう、縦長だし。
そんでもうその区形をですね、パーポにその同じ比率の箱を作って、
全部こう文字組み自分でやって、
で、なんかその現場の想像力というかまさに、
なんかその怖くもなきゃいけないし怖すぎてもいけないから、
なんか文章のそのトーンというか感じをつかむためにこの現場で考えなきゃと思って、
3回ぐらいそこにいたいって。
あの目の前でずっともう模写してんのかっていうぐらい。
見上げながら。
絵描きみたいな。
絵描きみたいな。
みんなあの僕の手元見て、ビル見てみたいな。
知らない人が。
みたいなことはありました。
僕らその前にも震災の時にGoogleさんのお仕事でご一緒したじゃないですか。
未来への記憶っていう風に。
何か自分たちができることないかとかGoogleができることないかということで、
皆さんでアイディア出し合ってやったと思うんですけど、
こういう啓蒙の広告もそうなんですけど、
ふざけることは当然できないし、
その被災にあった方たちの気持ちにも寄り添わなきゃいけないし、
でも言うべきこと言わなきゃいけないってすごい難しいですよね。
クリエイティブとして、センサイオブセンサイみたいな。
一番に考えなきゃいけないのは被災された方の気持ちを傷つけないということで、
第二にそれを知らない人にハッとさせるってことが必要なんですけど、
ハッとさせ方が難しいんですよね。
結構防災系のメッセージって2011年以降はわりと溢れてるので、
なんかね、既視感が出ちゃうんですよね。
聞いたことあるとかね。
だから広告として斬新な尖ったメッセージにしながら、
でも尖りすぎたら傷つけちゃうかもしれないし、
もともと伝えたいことから大きく外れることもできないし、
だからなんか繊細だけど広告としての新しさをどこか作らなきゃいけないみたいな、
めちゃくちゃ難しいですね。
差し加減がめちゃくちゃ難しいなって。
だからそれで、その観点で言うと広告はすごく淡々と言うべきこと言ってて、
温度がすごくフラットだったって思ってたね。
どっちにも触れてないっていう。
酸性でもアルカリ性でもないみたいな。
中性な感じ?
文体はそうですね。
ニュースの原稿みたいなのを意識して、中立的な立場みたいな。
結果あれが全部報道ステーションで読んでもらったんですよ。
あれはめっちゃ嬉しかったですね。
自分のコピーが全国ネットで読まれる。
当然のこともコピーライターからしたら当然のことだよっていう話だと思うんですけど、
コピーライターってよくわからない人にとって、
こういうことまで狙いを入れ込んで作ってるんですよね、当然ね。
今の要するに独語感とか、いろんな人への配慮であるとか、
そういった全部を含めてものすごい狭い中というか、
身動きの取れないような状況の中で言葉を紡いでいくみたいな仕事なわけですよね。
そうですね。そういうことにしておきます。
本当そうです。
結果オーライみたいなのもあるんですか?
それもあります。今の時代。
逆にどんだけPRで狙って話題化を狙っても、
もう大滑りすることも何度もやっぱりありますし、結構大変ですね今ね。
前回、前々回か、ゲストだった関根光彩さんも、
やっぱり狙いすぎるとすぐ透けて見えるから、
透けて見えるものは自分が好きじゃないからやらないように心がけてるっていう。
そうですよね。
それはありますよね。
同じですね。
全部説明しきっちゃうと、そこで止まっちゃうんですよね。
情報がちょっと足りないぐらいのものの方が、
結構これってどういう意味なんだろうと。
ここに自分の解釈を添えてツイートされるとか、
みたいなことが起こりやすいんですけど、
でも広告としては完成させないといけないんで、
広告とPRの狭間っていうのは本当にバランスが難しいですよね。
広告主というかクライアントに対して、
その後どう動くか分からないですけどやってみましょうって言えないですもんね。
そうなんですよ。
結果ってすごいあれなんですよね。
どこまでシビアに考えるものなんですか?
結果ですか?
KPI的な?
逆ですよ。
結果のために表現という手段があるから、
表現を作ることが目的になりがちだと思ってて、
昔の僕に言ってますけど、
これを完成させて納品させると、そこがゴールだって思いがちなんですけど、
本当はそれが世に出たときにどういうふうなことが起こるかとか、
現象が何か起きるはずで、
その現象の方を作りたいからこそ、
その最短の手段としての表現があるっていう。
本当はこういうふうに考えなきゃいけないはずなんですよね。
だからCMがあって届けばいいものっていうふうに考えるのか、
それともこれはあんまりお金がメディア費がないからPRでXにポンと投稿されたときに、
誰かに話題化するものでなければいけないっていう目的があったとしたら、
そういう手段としての言葉とかたたずまいにすべきなので。
なるほど。
というですね。
昔の自分に手をつけたのはどういうことですか?
昔は自分が作りたいものを作りたいと思ってやってたんで。
もちろんそれは良かれと思って、
これの企画に合うものっていう、
折り絵に合うものっていうふうにはするか。
もちろん。
表現、これかっこいいだろっていう気持ちでこうやろうとしてたから、
かっこよければ話題になるよねみたいなぐらいのことで。
あんまり出口とかその広告との出会いの瞬間とかはあんまり意識してなかったから。
どこで変わったんですか?
やっぱり結構このヤフーが大きかったですよね。
なるほど。
やっぱりレスポンスありきの広告だったので、
これ作るときまではそういう表現自体を一生懸命作りましたけど、
想像を超えた、
僕覚えてるんですけど休みの日に最初出て、
1日中ずっと当時ツイッターを貼ってたんですよ。
エゴサして。
エゴサずっとしてたらもう鳴り止まなくて、
もう次から次へとどんどん行ってっていう体験がやっぱりすごくて、
これはだからなんか表現を通じたら世の中には反応があるものなんだと。
その反応の方を想像しながらものを作るんだけダメだなっていうのを思ったっていうのが結構。
それが現体系になってきて。
現体系になってきました。
現体系って大事ですよ。
大事ですね。
もう満足しました僕は。
言葉を作る人ではないというか、現象を作るための言葉でやるから。
たまたま僕がコピーライターだから、そういう言葉でやるのが得意なだけでなくて、