2026-08-31 45:08

THINGMEDIA初の新卒! 衝動のままに駆け抜けた6年|杉本一就(THINGMEDIA株式会社 プロデューサー)

spotify apple_podcasts

今回は、定期的にTHINGMEDIAのメンバーを迎える“社員回”! 

ゲストは、2021年にTHINGMEDIA初の新卒として入社した、THINGMEDIA株式会社プロデューサーの杉本一就さんです。 

コロナ禍で仕事が消えた映像業界に飛び込み、インターンながら会社の中核となる配信事業を任された杉本さん。

生配信の修羅場で培った“エラーの所在を俯瞰して突き止める力”は、現在のプロデュースにどうつながっているのか? 

フォロワー5万人のTikTokクリエイターだった学生時代、配信からゲーム映像部門「CONTINUE」へ移った経緯、そして現在「ΛυΛμε.」で取り組むブランドづくりについても伺います。


📹毎週月曜更新


▼ep.9の主な内容

定期的に身内を迎える“社員回”/THINGMEDIA史上初の新卒/「映像制作・ベンチャー」で検索/メールを送った翌日にZoom面談/初現場は商店街を散策するYouTube撮影/学生時代はフォロワー5万人のTikTokクリエイター/コロナ禍で仕事がなくなった映像業界/インターンに会社の中核事業を任せる/仕事とプライベートを分けない“営み”/入社後にTHINGMEDIAへ適応していった/生配信で磨かれた“システム全体を俯瞰する力”/配信事業からゲーム映像部門「CONTINUE」へ/THINGMEDIA入社6年目/ゲームに携わりながら「ΛυΛμε.」のブランドづくりへ/自称“刺激中毒”/早めに訪れたミドルクライシス/東京ゲームショウへの出展/THINGMEDIAとしての出展を提案した張本人/THINGMEDIAの「挑戦者でいよう」を体現/THINGMEDIAを一番動かしている男/次回は「なぜ、そんなにつくりたいのか?」


▼チャプター 

THINGMEDIA史上初の新卒 

コロナ禍の配信事業に飛び込む 

仕事と暮らしを分けない“営み” 

テクニカルディレクターからプロデューサーへ

会社の“顔”を担ってきた6年 

「ΛυΛμε.」で挑む東京ゲームショウ 


▼番組のフォローをお願いします 

Spotify

Apple Podcasts

YouTube


⚫︎番組ハッシュタグ:#つくラジ

⚫︎制作:THINGMEDIA Inc.

⚫︎採用情報はこちら

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

THINGMEDIA初の新卒である杉本一就さんは、大学4年生の時に「映像制作ベンチャー」で検索し、衝動的に同社にインターンとして参加しました。学生時代にはフォロワー5万人を抱えるTikTokクリエイターとして活動しており、その経験が後の制作への情熱につながっています。 コロナ禍で映像業界の仕事が激減する中、杉本さんは会社の核となる生配信事業に飛び込み、同僚の負傷をきっかけにインターンながら中心的な役割を担うことになります。この修羅場のような経験を通じて、システム全体を俯瞰し、エラーの所在を正確に特定する能力を磨きました。彼は仕事とプライベートの境界を設けず「営み」として捉えることで、THINGMEDIAの環境に自然と適応していきました。 その後、配信事業からゲーム映像部門「CONTINUE」へ転身し、現在はクリエイティブレーベル「ΛυΛμε.」でブランドづくりに挑戦しています。東京ゲームショウへの出展を自ら提案し、Tシャツやキャップなどのアパレル制作、ブースデザインまで手掛けるなど、その活動は多岐にわたります。「刺激中毒」を自称し、30歳を前に「ミドルクライシス」を経験していると語る杉本さんは、常に新しい挑戦を求め、THINGMEDIAの「挑戦者でいよう」という理念を体現する存在です。

THINGMEDIA初の新卒:衝動的な入社とTikTokクリエイター時代
どこでTHINGMEDIAのインタビューを見つけた? 何で検索したら出てきた?
えーと、映像製作ベンチャー。
プライベートと仕事の垣根をきっちり分けたい人って、あんまり向いてないような気がします。
シング佐藤・薬師寺のつくらずにはいられないラジオ、始まりました。
シングメディア佐藤岡崎と薬師寺多聞です。
この番組は映像スタートアップ、シングメディアがお届けするトークプログラムになっております。
毎回、我々が主観で厳選した究極のつくらずにはいられない人、略して作り人をゲストにお呼びしてお話を伺っていきます。
今回は定期的に身内をお迎えする社員会でございます。
今回の作り人、やっぱりシングメディアのみんなも究極の作り人なんで、
その中でプロデューサーゲーム映像事業部の、特に前原さんが話をしてくれたあやめ、そこに所属している杉本一成さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
簡単に僕からささっと杉本君の人となりを紹介します。
1998年、神奈川県生まれ。今何歳?
今28歳。
28歳ですね。
何かかすれてちょっとあれなんですけど、2021年にシングメディア株式会社初の新卒として入社。
テクニカルディレクターとして配信領域を中心に経験を積み、各種ウェブCMやゲームに関連するプロモーション等の制作振興管理を手掛けていらっしゃいます。
はい。
ざっと読みました。
永遠に言われるね、シングメディアの歴史上初の新卒。
一生ついてもある。
一生ついてもある。シングメディアにいる限り。
これいいですよね。取った感じあるよね。
いやもう、美味しいですよね。
最初インターンから入ったんですか?
そうですそうです。インターンで。
どこでシングメディアのインターン見つけた?
ウェブサイト上ですね、ホームページ見て偶然発見した。
何で検索したら出てきた?
えーと、映像制作ベンチャー。
ベンチャーが良かったんだ。
ベンチャーの2、3ページ目にまで潜っていき、そしたらなんかイケてるホームページの会社がある。
そう。
ベンチャーっぽいなっていうホームページのロケットみたいな。
なんだみたいな。
採用してるのかなと思って。
特に書いてなくて。
それもホームページに潜って、どうにか採用ページっぽいとメールして、
翌日面談を。
翌日だったの?
翌日ですよ。
話早い。
当時思い出すと、田中がウェブを作れる人間だったから、戦略上。
田中社長ね。
うちの田中社長ですね。
映像制作界隈がウェブにあんま力を入れてないっていうことを初期に見抜いて、
知る人と知るだし、結局人自体で仕事が成立してしまうから、
割と一般に開いてる会社が、どちらかというとマーケティング寄りという。
そういう人たちが多いから、そこに少し目をつけて、
ちゃんと積極的に、門構えはしっかりしよう。
窓を開けよう。
そういう中で来る人間っていうのは、
比較的フィルターが1個かかった状態で乗り越えてきた人たちだから、
結構変なやつなんじゃないか。
やる気があるやつ。
まんまと。
で、来たんですよ。
来た!みたいな。みんなでワンショットの室で。
かかった!みたいな。
今のオフィスではない。
そっち目線、聞いたことないですからね。
まんまとかかったみたいな。
採用目的のホームページでもあった。
営業でもあったし。
まあそうですね。
一応採用はこちらとか、そういう形をやってた。
だいぶ奥まったところがありましたよ。採用はこちら。
誰も応募してこねえよ、これ。
でも来るんですよ、意外と。
っていう感じで、最初の特に。
最初のほうでしたから。来た!みたいな。
で、次の日ね、多分メンタルで。
コロナ禍でしょ、あれ。
Zoomですね。コロナ禍でZoomで。
日本一のディレクターになるんで、みたいな。
言ってたんです。
懐かしい。
その瞬間、採用!みたいな。
そう。
オンラインミーティング上で、
じゃあ来週みたいな。現場来ないと分かんないから。
来週じゃ撮影あるから。
その時が大学3年生?
大学4年生ですね。
4年生。
一応就活のタイミング。
で、いわゆる就活をあまりちゃんとせず、
ダラッとしていたら、周りが決まり出して。
で、焦り。
それこそね、いろんな大手のプロダクションを。
代理店だったりとか、業界研究はあまりせずに、
いろいろこう、最後のほうに残ってる申し込みに。
申し込んだんですけど、軒並み落ちまして。
しかも多分、送ったのが制作ではなくて、
ディレクションの部門に送ったりしていて。
ざっくりディレクションってことに興味はあったんで。
そしたら、まずその業界研究足りてなく、
プロデュースとディレクションの違いも分からず。
で、乗り込んだら、温かく迎えてくれたっていう。
こっち目線だとかかった、みたいな。
まあまあそうですね。
だし、当時は特に白川とか船月とか、
あの辺が現場やらないと分かんないでしょっていう感覚で
迎え入れた2人くらいいたんですよ、バイトケットに。
そういうテンションだったんで。
その1人みたいな。
もう早く来いよみたいな。
実際やってみてどうだった?
最初はなんかよく分からず、
GoPro持たされ。
初現場。
商店街を散策するという。
YouTubeのね。
YouTubeの撮影ですからね。
やらせてもらってきて。
ああなるほどみたいな。
プロってこういう感じでやってるんやみたいな。
ちょっとでも爪痕残すためにいろんな額を。
それ今のTikTokかっていうか、
TikTokのクリエイターだったんですよ。
学生時代ね。
しかもまあまあ数字いってて。
5万人くらいフォロワー。
すごいんですよ。
その後は今はどうしてるの?
それはもうストップしてるというか、
決してはないですけど辞めていて。
でも当時は大学2、3年生の時に
YouTubeとかまあまあ流行ってた時代で。
YouTuber。
で、なんかTikTokが出始めて。
そっちのプラトンで
なんかおもろいことできないかみたいなのを
やってみたら運良く見てもらえて。
いやすごいですよ。
当時あれだっけ?
あの人なんだっけ?
大骨さんの会社なんだっけ?
鳥肌。
鳥肌が割とそのTikTok気合入れてる時で
そこをTikTok専任の代理店になるみたいな話を
している会社があったんですけど
そこからもね。
ショート受けとかしてた。
普通にだから案件受けてみたら。
クリエイターとしてちゃんとやってるやつなんですよ。
それもあったって思うんですけど
まあそんなのもあんま見ずにね。
とりあえず困ってるから来てみたいな。
なんかその辺のなんかいい引き目なしの
そりゃそうだよね。
子供の遊びだもんねっていう。
そうだよねっていうので。
そうしてもらえたのがなんか
逆に良かったですけどね。
確かに。
コロナ禍の配信事業:修羅場で培われた俯瞰力
ちょうどまじまるか。
配信をね。
やり始めてたところだったんで。
そうですね。シングメディアが。
シャットしたらある意味潰れるか潰れないかを
瀬戸際の時期でしたっけ?
コロナ期で。
もう一気に。
無くなっちゃったんですよね。仕事が。
一気に。
まあどこもそうだったね。
どこもそうだった。
割と大手の界隈周りが多いから結構。
当時葵にまだ僕いたけど
葵も撮影のきなみ中止になっちゃって
やることないから
なんかウェビナーやりますみたいな。
落語みんなで聞きますみたいな。
誰かが有名な話し家さん呼んできて
ウェブ落語のイベントみたいな。
本当に仕事ないですよね。
本当に仕事ない。
割と大手はその期間
必死にやらなくても
やっていける感じがあるけど
こっちはもうそんなこと言ったら
翌々月に死んじゃうんだけどみたいな。
っていうのをあんま知らずに。
あんな知らない中に来てようこそ。
ちょうど現場だからもうあれだよね。
300日ぐらい来たよね。
そうですね。
僕も学校4年生って元々あんま行かないですけど
それに拍車かかるように
完全にリモートだったので
毎日行けるみたいな。
土日も別に行きますみたいな。
プロの映像ってどうやって作ってるんだろうな
っていう作り方とか
そういう雰囲気見たいなと思って
映像業界行こうかなと思って行ったら
廃線っていう。
鋭角に別角度から来たみたいな感じだったよな。
僕も知らなかったし。
マジも怪我して。
マジがいなくなったんで結構骨折しちゃったんですよ。
田中にスケボー連れられて遊びに行ったら。
マジ君って元々プロデューサーね。
OJTというか最初の僕を見てくれた人。
マジなのみでやってた授業だったんで。
マジが焦げて骨折していない。
入院しました。
大怪我する。
しかも3現場くらいあってそこの前だった。
マジ君しかできない。
テクニカルの部分だったから
一応ギリ僕もこの手はできるけど
さすがに3ゲーム回せないみたいな。
いるじゃん。
できるだろう。できるだろう。
やばい会社っすよね。
すごいね。
スターターっぽいですよね。
そんとき感じましたね。
こういうことか。
なんとかするしかないでしょみたいな。
なんとかした?
受けちゃった。
もちろん。
それを強気に大丈夫っすよ。
マジさんなんか休んどいてもらってみたいな。
いない方がマジっすね。
当時ね。
チャンスっていうと。
そうですね。
一個こうやっぱ大学生ってフィルターあるじゃないですか。
そこからもうだいぶ背中見てやってきちゃったんで。
それも半年もいってないですか。
3ヶ月くらい。
あそこでインターンの。
インターンの時期ですよ。
インターンの時期に中学授業任せたんですよ。
無茶苦茶だった。
もうダメだったら諸とも。
そのためのだからもうずっとテストだからオフィスをもうずっと技術テストずっとして。
ひたすらロールプレイっていうか。
ここは消えない、どこがミスだみたいな。
やってそのまま現場行くみたいな。
毎日やってましたよ。
それまでは配信じゃなくてゲーム映像とかが主流だった?
いやいやもう全然立ち上げの時期なんで。
まだいろんな仕事とかとにかくなんでもやるぞみたいな。
中でなくなっちゃったんで。
むしろもっとない。
島野さんから5000円の配信仕事を受けてからなんで。
この中でアーティスト呼んでライブしようみたいな。
そんなノリでしょ。
入った瞬間から配信でしたね。映像じゃなくて。
入った瞬間からそうだからそういう感じなんだなって思って始めた。
意味に違和感なく。
背景とかあんま気にしてないっていうか分からなかった。
そのキャッシュフローがやばいとか。
社会人経験もないわけだから。
そういうもんだと。
今はこのライブ配信をやってるんだっていう。
いや本当ですよ。
それを一緒に駆け抜けてると。
それっぽいね。
でもなんか割とあったよね。
なんか思い出せば配信じゃないんですけどみたいな。
やりたいことね。
やりたい配信じゃない。
中核なのに。
比較的クリティカルな感じ。
どうするのみたいな。
卒業もそろそろだよみたいな。
人生そうなんじゃないですか。
はいはい。
会社としては配信やってほしいなと思ってるわけだよね。
絶妙だったですね。僕も配信でこのまま行くのもなとか思ってたし。
技術屋の中にプロデューサーがいるっていう立ち回りの上手さで
比較的仕事を取ってきてたから。
このままどうするんだよね。テンションもありながら。
コロナも落ち着いてき始めだったから。
結構いい顧客関係を回復し始めてきたから。
どうしようみたいなのは薄々ある中で
配信じゃあんまないんですけどみたいな。
配信ならもう入らないと。
まあ入ってるかもしんないけどね。
比較的鼻の中は不安みたいな。
不安はありましたね。
これをずっとやんのかみたいな。
毎日近いですからね。
3日に1回みたいなね。
余裕で。
1日はしごとかありましたもんね。
はしごしてたんですよ。
何の配信やってたの?
TSUTAYAさんからね。
やりましたね。
株主総会とか。
ウェビナーとか。
ずっとカメラとかね。
エンタメもあれば過体の周り。
毎日って言ってたの?
そうっすね。
ずっと。
それはそれで面白そうだね。
いやもう結構RPGでしたよ。
よくわからなかった。配信自体も。
1日1日生きるのに必至感はありましたね。
そういう意味では面白いし。
先を考えなければすごく刺激はありましたけど。
先を考えたね。
先を考えた瞬間にあれ?
あれ?
いいんだっけ?
あんまり言うとあれですけど。
休みとか。
何もなかったもんね。
あんまり考えてなかったから。
何の決まりもなかった?
なかった。
現場入ったから行くよみたいな。
やってたらずっと休みねえなみたいな。
ふと悪いに返る瞬間はありますよね。
ある意味暴殺っていうので。
考えを。
曇ってる感じはありましたけど。
僕もそういう時に新しい機材とか買っちゃったやつでね。
一緒に試そうよみたいな。
いっぱいやってたんですよ。
配信ないから試そうよみたいな。
それもいいっすねみたいな。
かっけーっすねみたいな。
やってるとそれ休みないよね。
それが休みだもんね。
休みの使い方が。
そうですね。
機材テストみたいな。
仕事と暮らしを分けない「営み」:THINGMEDIAへの適応
そんなにプライベートと仕事をあんまりセパレートしてっていう考えでは元々あんまりないんで。
そういう意味ではある意味マッチはしてたんすけどね。
そもそも今でも当時だろうが今だろうが
プライベートと仕事の垣根をきっちり分けたい人ってあんまり向いてないような気がするよね。
それはそうだと思いますよね。
本人が辛くなっちゃうよね多分ね。
でもあれですよね。
僕前原会を聞いてた。
さっき聞いてたんですけど。
タモンさんが言ってましたね。
一貫してる感じ。
垣根というか営みって言ってましたよね。
ワードとして。
もはや僕はそういう感じですけど。
生きてるみたいな。
すごい分かります。
生きてた。
めっちゃ分かります分かります。
やってるみたいな。
朝起きて歯磨いてみたいなのと結構同列。
分かります分かります。
なんか仕事しようって思って。
さあ仕事だっていうよりは。
やってない。
それめっちゃ分かりますね。
お腹空いたからお昼ご飯作ろうみたいな。
分かります。
資料作んなきゃみたいな。
そうそうそうそう。
打ち合わせがあるから資料作んなきゃっていう。
それだけっていうね。
でもこれはだからあれですよね。
変に隠すっていうかいい環境だなんだっていうのはもちろん良くしようという努力もあるし。
それぞれがちゃんと休めるようなことを無限にするから別にしないようにしてるけど。
実際のところいろいろ自分でやりだすと。
やっとかなきゃいけないこととかもね。
多々あるじゃないですか。
先にやっといたほうがいいとか。
そういう意味では自分で能動的とか主体的となってちゃんとスケジュールも整理もすればね。
っていうことをするんだけど。
今の話はよりさらに超越した話じゃないですか。
そんなことよりも生きてる。
生きてる。
ごちゃごちゃうるさい。生きてるから。
生きてたらなんかするじゃん。
そういう人間が向いてるとかマッチするんだろうなとは思います。
変に垣根を作るというよりは。
その当時と今で感覚変わったこととかあります?
インターの時とかですか。
新入社員の時。
概ね思ってた通りになってる?
いや、思ってた結果にはなってないですけど。
それはいい意味で。
もともと父親がスーツ着て遅くまで帰ってきて仕事してる姿が
結構ブラックな会社っていうので大変そうだなって思ってたんですよ。
自分はそうはなりたくないっていうのを結構父親に強く言ってたんですよ。
そしたら単純にスーツはまず着たくないみたいな
クリエイティブな自由なところに行きたいっていうので
こういう業界とかを選んでみたら
簡単に超えてくるブラックさみたいな。
想像してたブラックだよなって。
ちょっと。
僕がブラックと捉えてないからいいんですけど
ある種、第三者から見たらシンプルにブラックっていう部分もあると思うんですよ。
それを普通だったら嫌だから辞めてると思うんですよね。
そういうあのまんまの感覚だったら。
入社するときとか特に嫌だと思ってはいたんでずっと。
楽しい一方でしんどいなっていう。
今々、それこそ多音さんの営みじゃないですけど
そういう感覚に自然と慣れてきてるのは
シングルメディアの環境のおかげなのか
そういう人が多いから感化されてるのかわかんないですけど
そういう人間にさせられたというか
なっていったという表現が正しいのかわかんないですけど
そういう意味で感謝してますよねっていう。
適応してったらそうだった。
逆にもうちょっと慣らしながら行く会社さんもあるじゃないですか。
一般的には多分そっちの方がEasyモードで入らして
比較的中盤になると結構きつくなってくる人生の軌道とか
いろんなことを気にしてしまう意味。
それって一番育ってきた時期に
より抜けやすいというか考え方が一つなんですけどね。
それって最初の方がきつい方が
比較的わからないですけど気づくのも早いし
その上で自分に何を実装していくかとか考えた方が
より別に自分の選択をどういう道に進もうか
よくない?みたいな考えのもとをやってました。
本当かな。
言語化してみたらそういうことだね。
振り返ると。
ただそうやってだからもう気を使いながらやるっていうよりは
来いよっていうかついて来いよの方に
行く行くって方の人が向いている
業界って言いますよあえて。業界じゃないですよ。
自ら何やってるのかって絡めにいかないところで
教えてくれない人とか。
教えてくれると思ったら全然教えてくれないから
あの手この手で確認の機会を受け取ったりとか
自分がやってみたんですけどどうですかと思ってって
ようやく言い出してくれるとか
そういう感じだと思ったりもするので
それはそういう思いのもとをやってました。
言わせてもらいますけど。
考えてなかったほうがいいじゃないですか。
考えてないように見えるけど。
一番進捗として
ある種何も固まってない時に入って
くぐり抜けてる人なんで
そういう意味ではすごい変な人かもしれない。
一番変な人かもしれない。
変かもしれない。
その時にいたのは岡地杉本くんの上は何人くらいいたの?
6、7、8人くらいいたんだね。
みんなプロデューサーで。
自分は配信のテクニカルみたいな
技術者かみたいな
そこの違和感みたいなのも
入社前くらいに
ん?みたいな。
何の会社なんだここはみたいな。
しかも思い出せば
結構プロデューサーを僕は排出しようとか
育成というか
いろんな人を入れてプロデューサーしてきた自分というか
しようと思ってたんで
テクニカルってどうやってプロデューサーするんだっけって
俺の方が思った。
何が基準なんだっけ?
配信からゲーム映像部門「CONTINUE」への転身
技術必要なんだよ。
そうだよね。
もちろん理解は必要じゃないですか。
どういうこう
僕配信やってて田本さんとかにやるかもしれないですけど
良かったことって
次も問われるかもしれないですけど
どこでエラーが出てるかっていうことを
しっかり俯瞰にして
なんていうんだっけ
ハイセンスっていうか
システムを作るんですよ
これ作れるようになると
何かエラーがあった時に
ここの区域間で起きたかっていうのが
明確にするというか
それできてない人って
最初から再起動し始めちゃったりとか
どこのケーブルがおかしいとか
特定ができなくて処置ができないんですよ
これって配信の時って
1秒が戦いという感じなので
そこがすごい磨かれたんですけど
リアルタイムだからね
これ普通に制作の仕事でも同じじゃないですか
どこのエラーが起きてるのか
っていうことを特定するために
仕事としてプロジェクトを俯瞰で見て
どこが一番仮に炎上してたりするところに
自分も行ったりとか
それで円滑に回すっていうと
結構配信はいい意味で
それを物理的に
普通にしなきゃいけない
あれ超いい経験だった
本番が嫌で嫌で
いやーそうですよね
手具合がいつ起きるか分かんないからね
ずっとだから大丈夫ですよねって言われても
大丈夫だと思いますよ
と思うとしか言えません
こっちは色々やってますからね
嫌で嫌でほんと途中から
すごい負担かかってましたね
心臓を鍛えられたから
心臓がとにかく
心臓とこのギュッて立ち上がる
ギュッていう
何か起きた時のザザッてノイズが
こっちのせいなのか
お尻がちょっと上がるんですよみんな
なんでこれチェックしてもらわなかったのとかね
なんで再起動しなかったんだよみたいな
再起動しちゃって配信始めちゃうと
このパソコン落としちゃうと
メインのLINEが閉ざえちゃうとか
URLを配信し直しなきゃいけない
みたいなことがあるんですよ
ここをずっと頑張れ
触れない
一時期一番やばかったのが
Macって電力とかあるんですよ
ありましたね
電圧が触れる
電圧って結構危機察してる
簡単に言うと
供給電力が足りないんですよ
そのままやっちゃったことがあって
ゆるゆると100%から下がっていくんですよ
それ気づかなかったよね
普段できてたから
ハブの線路供給
それがね
しくった時とかも何回もしくりました
電源切れてる
なんでこんなこと起きるの
バッテリーがどんどんどんどん
繋いでんのに
繋いでて完璧とかやって
みんなで見差し確認して
本番迎えて
しかも長時間なんですよ
大体2時間とかやるんで
え?
言ったら黒色って
お前
すぐスクラットの元に行って
すいませんもうちょっと
一回蓋閉じてもらっていいですか
ちょっとトラブルで5分だけ
トラブル対応ばかり
やばいしあの時期を多分ね
ドラマにすると超面白いんですよ
ずっと
その距離感でやってた
シーンが入ってからあんま記憶いないかな
そうっすね
インターノが
ずっとなんかザコ寝して
配信に費やした日々があり
その後はいつから配信じゃないことし始めるの
多分ね2年目になる前ぐらいに
勝津の話かな
勝津ってゲームディレクターのね
コンティニュー立ててる前ですからね
コンティニュー立ち上げ
コンティニューがコンティニューという名前に
まだなってない時
なってない時に入ってて配信やって
配信が割と引い付いてきた頃に
多分コンティニュー立ち上げてるんで
その時期CXブースで多分多本さんにも話したんですけど
結構多額的にやってた時に
そのコンティニューの当時代表だった勝津が
当時っていうか今もだけど
多分杉本欲しいって言い出したんですよ
人事に結構
あいつを欲しいから配信から外してくれたりとか
あって一回なんか揉めたというか
あったよね
何かきっかけあったの?勝津君との絡みが
コンティニューっていう部署が
ゲームを中心にやっていくみたいなのは
普通になんか聞いて
僕はもう普通にゲーム大好きなんで
いいなーって思ってたんですよ
いいなーって思ってたけど
会社の構造上なんか声をかけられて
整理してそこに所属みたいなフローだと
何か思い込んでたんですよねその時は
だから自分からやりたいですとか
今言うても配信の目の前の仕事もあるしみたいなので
何かこうくすぶってはいたんですけど
それで勝津さんに何か言った時があったんですかね
たぶんね
いいっすねみたいな
ゲームめっちゃいいっすねっていう
でそのちょっと前にインターの時も
勝津さんの仕事のちょっとお手伝いとか見学も
させてもらったことあったんで
早見木道のやつだ
そうそうそう
とかいろいろあったんで
勝津さんのすごさも知ってたし
ゲームに対する知見のすごさとか
今までこう彼がバイト時代とかに
いろいろくぐってきたこととかも聞いてはいたので
一緒にそういうとこ行けたら楽しいだろうなっていうのは
なんか言ったポロッと言ったんだと思うんですよねたぶん
でもしかしたら勝津さんから
勝津さんに会ったのかもしれないですね
やりましたよ結構
本人もやりたいって言ってるみたいな
杉本さんに聞いたら確かにやりたいって言いました
自分の素質ってあるし
それでね結構配信
一番割を食ったのは勝吾かマジかどっちかだけどね
その時配信やってたのは勝吾君とマジ君と
あとはマジがどちらかというと
クラウント向きの仕事をしてた時の
少し人がね
簡単に言うと自分の元にいい人材が欲しいよっていう
時ではあったんで
そんな中で勝津がさらおうとする
自粛にどうしてもなってしまうという言い方一つなんですけど
必要な戦力をね
それで結構どうするみたいなのはあったけど
結果だから行ったよね
結果そうですねコンティニュー設立みたいな発表の少し後ですかね
そこにお手伝いみたいなところから
勝さんと二人で現場行って
いろんなプロダクションに行って
ゲームをしっかり考えながら撮るとか編集するとか
それもまたプロデュースっていうものからはまた遠い
ある種技術側の手に食系のものだったので
ガサツですね
またねテクニカルから
そこで俺も多分思ったんですよ
また杉本遠のいたなみたいな感覚としてね
あくまでマジとか庄保のところにいれば
比較的制作進行やプロデュースのところもやれたけど
そっち行くか
まあいっかね
本人的にはそれは本意?不本意?どっちだったの?
プロデューサーになりたかったの?
本意だったんですよその時は
あんまりプロデューサーというものの
仕事の内容もあんまりまだ
意味わかんない
捉えきれてなかったと思うんですよね
それがもともとTikTokやってたっていうところもあって
ディレクションとかそういう作る
自分で触って作るっていうところに
なんかすごいテンションが上がるっていうのが
昔からあったので
そういう意味では直感的にもう
プロデュースって方じゃないものに
行ってたのかもしれないですね
まあしかもできそうっていう
イメージが湧くんだろうね
どちらかというと自分が手おかしい
頭おかしいやってる方
それもあったんで
まあ結構コンティニュー
よっしゃ行くぞって時だったし
ある意味ちょうどよく波が来たっていう
そうですね
「ΛυΛμε.」でのブランドづくりと東京ゲームショウへの挑戦
相当だって忙しかったでしょかなり
その時も休みなく
でも良かったのは多分
配信の時もそうですけど
結構会社の顔になるところをやってるんですよ
経験上というか
シング行くぞって時とコンティニューやるぞって時の
この時をやってるんで
結構そういう意味では慣れてるよね
なんかこううちの中核みたいな
感覚は
メインストリーム
まあそうですね
肝入り
今の杉本は結構面白いと思いますよ逆に
前原さんとかすごいベタボメしてたもんね
ベタボメしてたよ
そんなに?
今朝上がったやつはまだ見れてないですけど
そんなに?
こちょあるごとに
嬉しいですけどね
なんなんすかねあの漢字は
なんかまず杉本くんの名前が出るんだよね
本当ですか
可愛がってる
可愛がりつつ気使いつつという
そういう印象を受けますけどね僕は
今の今はどういう仕事をしている?
確かに
今の杉本5年目?
5年目?ん?
6年目?
6年目にある
6年目にある
6年目
怖いですね
経ちましたね
いい歳ですよね
30手前ですからね
すごいっすよね
今は引き続きねゲームの
色々ありましたけどコンティニューの話
細かい話ありますけど
変わらずゲームに携わることは
させてもらってますけど
その一方でちょっと
アヤメっていうところに戻ってきますけど
前原さん率いる
アヤメというチームの
もうちょっとゲームを
自宅という形でやることとは一個別で
アヤメというチーム
クリエイティブレーベル
クリエイティブレーベルというものとして
売っていくというか
自分らをブランディングしていくみたいな感覚
なのかなと思ってるんですけど
そういうブランド作りっていうんですかね
っていうところを今は
並行してやらせてもらってますけど
ぶっちゃけてるかどうやってるか
やってて
アヤメの方ですか
僕は
これも僕は手を挙げてやらせてくださいっていうと
またやってるんですけど
今の僕としてはものすごく今やりたいことの
結構ど真ん中だなっていう風には思ってるんですね
別にゲームがつまんなくなったとかそういうことじゃなくて
もちろん天職であると思うんですよ
ゲーム好きで
仕事以外のところでもゲームずっとやってるから
ものすごく天職だと思いつつ
でもそれを一生かけて
引退するまでやっていくのかっていうところでの
狭いジャンルの中での広がりというよりかは
結構自分は少しアクションの部分もあったりするので
いろいろチャレンジしたいっていう
一個刺激中毒的なところもあるんで
そこでアヤメというところでは
今までチャレンジしたことないような
物理でTシャツを作るとか
データじゃないものだったりとか
いろんなブランディングっていうところもよくわかんないし
でもその手探り感が昔の配信だったりとか
画札にどんなところにちょっと似てるのかもしれないなと思うんで
結構今
会社の言われたことをやるというよりかは
割と今30代手前特有の
自分についての悩みというか
自分の人生をどう終わらせるか
どう死にたいかみたいなのを結構考えるんですよ
ちょうど来る時ですよ
30くらいの記録来る
どういう風にしていくかみたいなことを考えると
どう死んでいくかは
考えたことなかったな20代の時
よく30超えると転職がしにくくなるとか
今は結構転職当たり前になってるけど
前はねそういうより色っぽかったし
転職するんだったら30前にしなきゃとか
自分の行く道ディレクションを
そろそろ決めて絞っていかなきゃみたいな
色々やってられるのも20代が経ったぜみたいなのが
あったりするのかなという意味での
そういういわゆる一般的に言われてることの
なんちゃら商工軍的なことだとは思いつつ
ミドル・クライスみたいな
そうそうそうそう
ミドル・クライスってまたちょっと
もうちょっと上の人じゃないですか
それの早めに生きてると
そういう意味で自分の人生を広げてくれる挑戦を
今あやめでは色々できているのかなというところは
結構自分本位ですけど
こうあるなっていう風に思ってて
めちゃめちゃ楽しいですね
具体的にはあやめでどんなことやっているんですか
直近だとゲームショー
東京ゲームショーっていうところに
出展という形を取ってるので
その物販ブースで出展するんですけど
そこで販売するもの
例えばTシャツだったりとか
キャップだったりとか
ちょっとアパレルなものを今作っていたりして
そのデザインだったり
実際に作るデータを自分で作ってみたりとか
っていうことだったりですかね
あとはゲームショーに出展するブースのデザインも
僕がやらせてもらっていて
今その施工会社さんと一緒に取り組んでいるところだったりとか
今ゲームショーを全部
僕がやりますというところで
責任者としてはやっているところですね
直近で言うと
出展しようって言ったのは杉本だったもんね
前の
シングメディアとしての出展
その時から不思議というか
あるんですよね
確かにあったのか
今回だとあやめレーベルではあるけど
シングメディアとして出展する
そうですね
だから結構
割とここでおねがいさんも含めて会話するけど
ここですからね
本当のこの要求は
発信源は
事実
割とそれを
おねがいさん自身は経営会議のパトカーでも
言ってくれるんですけど
結構ある意味
風当たりは
割ときつい時もあるじゃん
はいありますね
いろいろ
本当に前原さんすごいなって思うのは
杉本との制御はしないですよね
そうだね
だからこいつですよ
実は
実はね
田本さんにも一番発狂したね
今日も通じて
責任取るのが前原さんの仕事です
攻撃的で使いましょう
責任取るのが前原さんの仕事
うまみは俺が
責任は前原が
うまみ
でもそれはやっぱり
いい話で
そろそろ第1エピソード前半終わると思うんですけど
それぐらい
自分がやりたいってことを
全力でというかやるぞっていう
ある種勝負というか
一緒にやろうぜっていう
状況
自分で作り出したこと
唯一のというか
先駆者でもあるので
それがシングが掲げてる
挑戦者でいようと
それを体現してる人間なんで
相当エゴですからね
相当エゴかも
最近気づいた
相当エゴ強いかも
エゴイストかも
そりゃそうだよなあそこで育ってたら
カズキさんの血ですから
結論はそうなんですよ
やりたいことをやってるもんね
でもタモンさんも
割と過去回結構
言ってる一貫してるのは
ちょっと言葉はあれですけど
どうせ仕事だし
死ぬわけじゃないしとか
比較的その難しいことをやってば
向こうも難しい
ってくれるしとか
比較的思い詰めるっていうよりは
やってダメだなやめろ
そうそう
ぐらいの
きちごと感というか
営み感があるので
そういう思いでやってたいわけですよ
別に本当に究極
死ぬほどまで
すごく思い余るというよりは
一緒にやろうよみたいな
失敗する前提でやらないと
もちろんそうですよ
もちろんそうですけど
いいイメージを持ってるんだったら
やっちゃったほうがいいでしょみたいな
こいつですからね
ほんとに
スクラッジで
言いたかったのはそうかもしれない
バラされた
この男はね
一番動かしてますよ
シングメディアは
いろんな人が悩んでますよ
仕事さん
この間も悩んでましたよねみんな
みんなで
ややめの話とか
悩ましく
うつる
言い方なんですよねあれもね
一つ難しいなって思った
僕も僕で思ったところです
杉本ですからね
こいつを引っ張り出さないと多分
こうやって時代の
大戦争というか
みたいになっちゃう時あるじゃん
そうですね
そういうことね
僕的には
比較的2回目
後半ではその件を詰めたい
詰められるの?
この後
掘っていい?
なんでそんなにやりたいのか
そういう方に
なんでそんなの作りたいのか
掘っていきたいですよね
というところで
杉本のせいということで
責任をね
前原さんのせいか
責任を取るのは前原さんのせい
それが仕事です
いやこんだけよく育ちましたね
6年目の
育ってしまったね
僕はその思いで
育ってますけどね
俺が育ってたんだよ
そんなことはどうしたの
というわけで
40分くらい経ちました
早いですね
今回のゲストは
シングエリアのプロデューサー
杉本一太さんでした
ありがとうございました
45:08

コメント

スクロール