どこでTHINGMEDIAのインタビューを見つけた? 何で検索したら出てきた?
えーと、映像製作ベンチャー。
プライベートと仕事の垣根をきっちり分けたい人って、あんまり向いてないような気がします。
シング佐藤・薬師寺のつくらずにはいられないラジオ、始まりました。
シングメディア佐藤岡崎と薬師寺多聞です。
この番組は映像スタートアップ、シングメディアがお届けするトークプログラムになっております。
毎回、我々が主観で厳選した究極のつくらずにはいられない人、略して作り人をゲストにお呼びしてお話を伺っていきます。
今回は定期的に身内をお迎えする社員会でございます。
今回の作り人、やっぱりシングメディアのみんなも究極の作り人なんで、
その中でプロデューサーゲーム映像事業部の、特に前原さんが話をしてくれたあやめ、そこに所属している杉本一成さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
簡単に僕からささっと杉本君の人となりを紹介します。
1998年、神奈川県生まれ。今何歳?
今28歳。
28歳ですね。
何かかすれてちょっとあれなんですけど、2021年にシングメディア株式会社初の新卒として入社。
テクニカルディレクターとして配信領域を中心に経験を積み、各種ウェブCMやゲームに関連するプロモーション等の制作振興管理を手掛けていらっしゃいます。
はい。
ざっと読みました。
永遠に言われるね、シングメディアの歴史上初の新卒。
一生ついてもある。
一生ついてもある。シングメディアにいる限り。
これいいですよね。取った感じあるよね。
いやもう、美味しいですよね。
最初インターンから入ったんですか?
そうですそうです。インターンで。
どこでシングメディアのインターン見つけた?
ウェブサイト上ですね、ホームページ見て偶然発見した。
何で検索したら出てきた?
えーと、映像制作ベンチャー。
ベンチャーが良かったんだ。
ベンチャーの2、3ページ目にまで潜っていき、そしたらなんかイケてるホームページの会社がある。
そう。
ベンチャーっぽいなっていうホームページのロケットみたいな。
なんだみたいな。
採用してるのかなと思って。
特に書いてなくて。
それもホームページに潜って、どうにか採用ページっぽいとメールして、
翌日面談を。
翌日だったの?
翌日ですよ。
話早い。
当時思い出すと、田中がウェブを作れる人間だったから、戦略上。
田中社長ね。
うちの田中社長ですね。
映像制作界隈がウェブにあんま力を入れてないっていうことを初期に見抜いて、
知る人と知るだし、結局人自体で仕事が成立してしまうから、
割と一般に開いてる会社が、どちらかというとマーケティング寄りという。
そういう人たちが多いから、そこに少し目をつけて、
ちゃんと積極的に、門構えはしっかりしよう。
窓を開けよう。
そういう中で来る人間っていうのは、
比較的フィルターが1個かかった状態で乗り越えてきた人たちだから、
結構変なやつなんじゃないか。
やる気があるやつ。
まんまと。
で、来たんですよ。
来た!みたいな。みんなでワンショットの室で。
かかった!みたいな。
今のオフィスではない。
そっち目線、聞いたことないですからね。
まんまとかかったみたいな。
採用目的のホームページでもあった。
営業でもあったし。
まあそうですね。
一応採用はこちらとか、そういう形をやってた。
だいぶ奥まったところがありましたよ。採用はこちら。
誰も応募してこねえよ、これ。
でも来るんですよ、意外と。
っていう感じで、最初の特に。
最初のほうでしたから。来た!みたいな。
で、次の日ね、多分メンタルで。
コロナ禍でしょ、あれ。
Zoomですね。コロナ禍でZoomで。
日本一のディレクターになるんで、みたいな。
言ってたんです。
懐かしい。
その瞬間、採用!みたいな。
そう。
オンラインミーティング上で、
じゃあ来週みたいな。現場来ないと分かんないから。
来週じゃ撮影あるから。
その時が大学3年生?
大学4年生ですね。
4年生。
一応就活のタイミング。
で、いわゆる就活をあまりちゃんとせず、
ダラッとしていたら、周りが決まり出して。
で、焦り。
それこそね、いろんな大手のプロダクションを。
代理店だったりとか、業界研究はあまりせずに、
いろいろこう、最後のほうに残ってる申し込みに。
申し込んだんですけど、軒並み落ちまして。
しかも多分、送ったのが制作ではなくて、
ディレクションの部門に送ったりしていて。
ざっくりディレクションってことに興味はあったんで。
そしたら、まずその業界研究足りてなく、
プロデュースとディレクションの違いも分からず。
で、乗り込んだら、温かく迎えてくれたっていう。
こっち目線だとかかった、みたいな。
まあまあそうですね。
だし、当時は特に白川とか船月とか、
あの辺が現場やらないと分かんないでしょっていう感覚で
迎え入れた2人くらいいたんですよ、バイトケットに。
そういうテンションだったんで。
その1人みたいな。
もう早く来いよみたいな。
実際やってみてどうだった?
最初はなんかよく分からず、
GoPro持たされ。
初現場。
商店街を散策するという。
YouTubeのね。
YouTubeの撮影ですからね。
やらせてもらってきて。
ああなるほどみたいな。
プロってこういう感じでやってるんやみたいな。
ちょっとでも爪痕残すためにいろんな額を。
それ今のTikTokかっていうか、
TikTokのクリエイターだったんですよ。
学生時代ね。
しかもまあまあ数字いってて。
5万人くらいフォロワー。
すごいんですよ。
その後は今はどうしてるの?
それはもうストップしてるというか、
決してはないですけど辞めていて。
でも当時は大学2、3年生の時に
YouTubeとかまあまあ流行ってた時代で。
YouTuber。
で、なんかTikTokが出始めて。
そっちのプラトンで
なんかおもろいことできないかみたいなのを
やってみたら運良く見てもらえて。
いやすごいですよ。
当時あれだっけ?
あの人なんだっけ?
大骨さんの会社なんだっけ?
鳥肌。
鳥肌が割とそのTikTok気合入れてる時で
そこをTikTok専任の代理店になるみたいな話を
している会社があったんですけど
そこからもね。
ショート受けとかしてた。
普通にだから案件受けてみたら。
クリエイターとしてちゃんとやってるやつなんですよ。
それもあったって思うんですけど
まあそんなのもあんま見ずにね。
とりあえず困ってるから来てみたいな。
なんかその辺のなんかいい引き目なしの
そりゃそうだよね。
子供の遊びだもんねっていう。
そうだよねっていうので。
そうしてもらえたのがなんか
逆に良かったですけどね。
確かに。
そんなにプライベートと仕事をあんまりセパレートしてっていう考えでは元々あんまりないんで。
そういう意味ではある意味マッチはしてたんすけどね。
そもそも今でも当時だろうが今だろうが
プライベートと仕事の垣根をきっちり分けたい人ってあんまり向いてないような気がするよね。
それはそうだと思いますよね。
本人が辛くなっちゃうよね多分ね。
でもあれですよね。
僕前原会を聞いてた。
さっき聞いてたんですけど。
タモンさんが言ってましたね。
一貫してる感じ。
垣根というか営みって言ってましたよね。
ワードとして。
もはや僕はそういう感じですけど。
生きてるみたいな。
すごい分かります。
生きてた。
めっちゃ分かります分かります。
やってるみたいな。
朝起きて歯磨いてみたいなのと結構同列。
分かります分かります。
なんか仕事しようって思って。
さあ仕事だっていうよりは。
やってない。
それめっちゃ分かりますね。
お腹空いたからお昼ご飯作ろうみたいな。
分かります。
資料作んなきゃみたいな。
そうそうそうそう。
打ち合わせがあるから資料作んなきゃっていう。
それだけっていうね。
でもこれはだからあれですよね。
変に隠すっていうかいい環境だなんだっていうのはもちろん良くしようという努力もあるし。
それぞれがちゃんと休めるようなことを無限にするから別にしないようにしてるけど。
実際のところいろいろ自分でやりだすと。
やっとかなきゃいけないこととかもね。
多々あるじゃないですか。
先にやっといたほうがいいとか。
そういう意味では自分で能動的とか主体的となってちゃんとスケジュールも整理もすればね。
っていうことをするんだけど。
今の話はよりさらに超越した話じゃないですか。
そんなことよりも生きてる。
生きてる。
ごちゃごちゃうるさい。生きてるから。
生きてたらなんかするじゃん。
そういう人間が向いてるとかマッチするんだろうなとは思います。
変に垣根を作るというよりは。
その当時と今で感覚変わったこととかあります?
インターの時とかですか。
新入社員の時。
概ね思ってた通りになってる?
いや、思ってた結果にはなってないですけど。
それはいい意味で。
もともと父親がスーツ着て遅くまで帰ってきて仕事してる姿が
結構ブラックな会社っていうので大変そうだなって思ってたんですよ。
自分はそうはなりたくないっていうのを結構父親に強く言ってたんですよ。
そしたら単純にスーツはまず着たくないみたいな
クリエイティブな自由なところに行きたいっていうので
こういう業界とかを選んでみたら
簡単に超えてくるブラックさみたいな。
想像してたブラックだよなって。
ちょっと。
僕がブラックと捉えてないからいいんですけど
ある種、第三者から見たらシンプルにブラックっていう部分もあると思うんですよ。
それを普通だったら嫌だから辞めてると思うんですよね。
そういうあのまんまの感覚だったら。
入社するときとか特に嫌だと思ってはいたんでずっと。
楽しい一方でしんどいなっていう。
今々、それこそ多音さんの営みじゃないですけど
そういう感覚に自然と慣れてきてるのは
シングルメディアの環境のおかげなのか
そういう人が多いから感化されてるのかわかんないですけど
そういう人間にさせられたというか
なっていったという表現が正しいのかわかんないですけど
そういう意味で感謝してますよねっていう。
適応してったらそうだった。
逆にもうちょっと慣らしながら行く会社さんもあるじゃないですか。
一般的には多分そっちの方がEasyモードで入らして
比較的中盤になると結構きつくなってくる人生の軌道とか
いろんなことを気にしてしまう意味。
それって一番育ってきた時期に
より抜けやすいというか考え方が一つなんですけどね。
それって最初の方がきつい方が
比較的わからないですけど気づくのも早いし
その上で自分に何を実装していくかとか考えた方が
より別に自分の選択をどういう道に進もうか
よくない?みたいな考えのもとをやってました。
本当かな。
言語化してみたらそういうことだね。
振り返ると。
ただそうやってだからもう気を使いながらやるっていうよりは
来いよっていうかついて来いよの方に
行く行くって方の人が向いている
業界って言いますよあえて。業界じゃないですよ。
自ら何やってるのかって絡めにいかないところで
教えてくれない人とか。
教えてくれると思ったら全然教えてくれないから
あの手この手で確認の機会を受け取ったりとか
自分がやってみたんですけどどうですかと思ってって
ようやく言い出してくれるとか
そういう感じだと思ったりもするので
それはそういう思いのもとをやってました。
言わせてもらいますけど。
考えてなかったほうがいいじゃないですか。
考えてないように見えるけど。
一番進捗として
ある種何も固まってない時に入って
くぐり抜けてる人なんで
そういう意味ではすごい変な人かもしれない。
一番変な人かもしれない。
変かもしれない。
その時にいたのは岡地杉本くんの上は何人くらいいたの?
6、7、8人くらいいたんだね。
みんなプロデューサーで。
自分は配信のテクニカルみたいな
技術者かみたいな
そこの違和感みたいなのも
入社前くらいに
ん?みたいな。
何の会社なんだここはみたいな。
しかも思い出せば
結構プロデューサーを僕は排出しようとか
育成というか
いろんな人を入れてプロデューサーしてきた自分というか
しようと思ってたんで
テクニカルってどうやってプロデューサーするんだっけって
俺の方が思った。
何が基準なんだっけ?