そっか、ありがとうございます。チャーチさんとは、あれ最初のことだっけな、記者会見のときかな?
そうですね。記者会見でお会いさせていただきましたね。
そうです。たぶん3月ぐらいの記者会見のとき、まだ僕が館長になる前だった気がしますけど、
ちょうど館長になる直前に、アルバイトみたいなものを直前にしているとき、
たまたま町長の小宮さんがやっている記者会見、いつもこのテラーさんの多目的室でやっておりますけれども、
そちらの時間に空いていたので参加させてもらったら、
そのときに小宮さんが突然、次の館長ですって皆さんの前で紹介してくれて、どうもみたいな時間がありました。
そのときに確かおしゃべりをしたのが最初でしたね。
そうですね。そこでお会いさせていただきました。
あとは先月グライドさんに取材していただいたりとか、さっきもDVDもらいましたけれども、見るの恥ずかしいなみたいな。
オブセチャンネルという町民の皆さんの取り組みですとか、町の取り組みとか、広報番組ということで
依頼されてずっと何年も何十年も作らせていただいている番組ですけれども、
今回新しく館長に就任されたということで、ぜひ紹介をしてほしいということも、町の意向としてもありましたので、
あらしろさんというのはどんな人なのかとか、どこから来たのかとか、そういったのも放送させていただいて、
思いとかもね、じっくりとちょっと密着でもないですけど、させていただいて放送させていただきましたね。
ぜひちょっと、もう放送は終わっちゃってるんですけど、8月のオモンの時にも再放送しますし、
また図書館でもDVD見れるようになっていると思いますので、またぜひいろんな方に逆に見ていただきたいですね。
確かにな、ちょっとところどころ噛みながら話してるような。
うまく編集しておりますので。
いやー嬉しい。
そうやって館長として始まってすぐに皆さんにいろいろ聞いてもらってありがたいなって、最近とても強く思っております。ありがとうございます。
ちょっとそんなチャーチさんのことをですね、知ってる方ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、知らない方もいらっしゃると思いますので、
自己紹介をお願いしたいなと思っておりますが、よろしいでしょうか。
はい。
じゃあ改めましてグーライトのチャーチ厚子と申します。
地域創造部、メディア推進課の所属で、基本的にはニュースの取材ですとか、あと生中継の対応ですとか、
基本的に番組を作るということを主にさせていただいてます。
なので町民の皆さんですとかいろんな方にはお話しさせていただいて取材をするということが主になってますので、番組を作ってニュースを作ってという形ですね。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ちなみに前も確か伺ったこともなかったような気もしますけど、もともとお生まれはオブセ?
そうです。オブセ町出身です。
ずっとですか?今に至るまで。
20歳ぐらいに東京に1回出まして、12、3年は東京で過ごして、そっちで結婚をして、子供ができたタイミングでオブセに帰ってきて就職をしたという形になります。
そうですね。
7、8年ぐらい前に戻ってきたという形になります。
ちなみにもうちょっと聞きたくなっちゃったんですけど、最初東京に行ったのは学校とかですか?仕事とかですか?
でももうそれで仕事に行ってまして。
なるほど。
そうかそうか。
就職に行ってましたね。
最初はメディアというか、そういうところでいらっしゃったんですか?
もともとは一番最初は英語学校に就職をしまして、いきなり。
英語学校?
就職をして、えいやーと行きまして。
それで一気に東京に行くんですか?
そうです。えいやーと行きまして。
でもそれでそこで知り合ったのが今の旦那ですね、夫になります。
学校でですか?
はい、先生だった。
旦那さんが先生だった。
はいはいはい。
知り合ってという形。
なるほど。
あ、じゃああれですか、旦那さんは先生として行くというわけではなく。
はい、違いますね。
学校にスタッフとしてっていう。
そうですそうです。
へー。
英語学校のスタッフとして働いて、そこで先生をしていた今の夫に知り合いまして。
へー。
そこからです。
そこから。
そこからですね。
そこから始まったんですね。
はいそこから。
へー。
そっか。
ちなみに英語をやってみよう、使ってみよう、そして仕事っていうのは、いつぐらいから英語についての意識というか。
なんでしょうね。
やってみようって。
でもほんと、たぶんなんとなく10代、もともと好きだったんですよね。
うんうんうん。
小中、中高か。
へー。
授業として。
そうそうですね。
それで、なんとなくこれからの時代英語やっておいた方がいいよなーっていう記憶はたぶん学生時代からあって。
はいはいはい。
なんか英語やりたいな、勉強したいなーと思っていて。
うんうん。
はい。それで、そう、たまたま。
そうなんですか。
っていう感じですかね。
すごいね、たまたまの割に一気に飛ぶじゃないですか。
そうですね。
長野でやろうとかなかったんですかね。
長野でやろうっていうのは、あんまり、なんかなんとなくね、一回出たかったんですよ。
あーそうなんですね。
そう、あの、こう、長野県から一回出たかったっていうのは、はい。
へー。
ありまして、そう。
たまたまちょっと姉も東京の大学にいたので、その時に。
あーそうなんだ、はいはい。
なので、ちょっと転がる形で。
あっ、なるほどね。
ちょっと一緒に住まわせてっていうような。
そっかそっか、お姉さんいたら確かに行きやすい路上は。
そうですよね、そうですね。
へー。
はい、あの、なので、あの、一人暮らしのこのね、ワンディー系ぐらいのところに二人で住んで、みたいなような時代でしたね。
いいですね、あの、20代頭ぐらいの感じで。
そうそうそうそう、そんな時代を過ごしましたね。
ちなみに東京はどこら辺にいらっしゃったんですか。
え、結構でもてんてんとしましたね。
ふー。
あの、府中市とか、あと。
府中ですか。
はい、高円寺もいましたね、高円寺もね。
中央線ですね。
はい。
最後の方は、結婚してちょっと子供ができたようなところは、埼玉のちょっと郊外に行きまして。
なかなかね、ちょっと子育ての環境ではないかなと思って。
ふーん。
えー、郊外ね、埼玉のギリギリ、東京の近くにはいましたけど、そう行っていて。
はいはいはい。
でもやっぱり、子育てするなら、こういう自然豊かなところがいいよねっていうのはなんとなくこう一致をしていて。
ふーん。
で、まあ、里帰りはするじゃないですか。
年末年始とかにこっちには戻ってくるので。
母親さんの時には。
はいはい。
こういうところがいいよね、空気おいしいよね、遊ばせるところもあるし、周りを気にせずね、アパートで住んでるそういうギスギスした環境じゃないところで子育てをしたいねっていうことで。
じゃあこっち来ようかっていうことで。
そうなんですか。
8年前に。
そうなん。
生まれてからなんですね。
そうですね、1年1歳ぐらいになってから上の子が戻ってきましたね。
じゃあ、今僕娘が9ヶ月なんで。
興味があるのが、何をやりきった感覚だったんですか。
遊びもそうですし、興味あることは全部やったかな。東京でできること。
もちろんね、なんかそういう最新のものを買えたりとか、そういうお店の数だったり、おいしいものだったりとかっていうのは日々変わっていくし、興味はたくさんあるのかなと思うんですけど。
今こういう子供ができて、今のこういう生活、家族を守っていく立場になると、
今そういう東京には求めるものあまりないというか。
そうなんですね。
だからもう別に未練がないというか、と言ったら何かおかしいんですけど、
こっちには未練がないというか、もう十分私たちがやりたいことはここにあるみたいな。
なるほどね。
確かにそれって何でしょうね。
子供がいないで全然感覚違うかもなって、娘が生まれて思うようになりましたね。
多分全然違うと思いますね。
自分がね、本当に楽しむんだったら、絶対そういう都会の方がいいと思うんですよ。
いろいろお店もあるし楽しいし。
そういう立場じゃなくなってからは、自分のことより子供っていう立場になってからは、
自然だったり遊びに行ける場所、公園とかっていうのを求めるようになってからは、
全然お布施の方が過ごしやすいですし。
そうですよね。
そうは言っても、ちょっと1時間行けばいろんなとこはあるわけなので、全然不便もしないですしね。
確かに。僕、先々、2ヶ月前ぐらいに、2ヶ月ちょっと前か、入住してきたわけですけど、
すごい新鮮だった言葉の一つが、ちょっと行けば何でもみたいな話で、
ほら、ここの土地柄、四方八方、土地があるから、移動すれば上下左右どこでも何でもあるじゃないですか。
そうですね。
それは僕、結構新鮮だったんですよ。
っていうのが、結構僕、なんだかんだ海沿いとかにいたことが結構多くて、
秋田で生まれたときも秋田の一番日本海側、一番北の方にいたし、
直近は神奈川県の図志市ってところにいたんですけど、海沿いなんで、南とか下全部海だからないし、
去年、僕8ヶ月ぐらい沖縄に住んでたんですよ。
妻の実家に里側出産にくっついていってて、沖縄なんてもうなんか、海じゃないですか。
いいですね。
良かったけど、走って行ける範囲がすごい限定的。
なので、あと文化も変わらないから、こっちってちょっと走ったら新潟があって、ちょっと走ったら長野も結構やっぱね、
北か真ん中か南かって全然文化違うし。
そうですね。
ちょっと行ったら東京の方近づいていけるし、
別にどっちが良い悪いじゃないけど、こっちはこっちですごいいろんな動き方があるんだなって感じました。
そうなんですよね。拠点じゃないですけど、冬は山にもすぐ行けるし、本当に海も行けるし、
本当に過ごしやすいなと思いますよね。
行きやすいと思います。どこにどこにでもね。
そんな感じがしましたね。
まだ暮らしてちょっとですけど、行ってない場所が多いというよりかは、行ってる場所が少なすぎる。
ちらほらと家族で開拓したいなと思ってるんですけど。
なるほどな、そっか。
ちなみに、お布施に戻ってきたわけじゃないですか。
東京に出る前にいらっしゃったときと戻ってきたときで、
もちろん家族の状態も違えば、お年齢も違ったり、考え方も違っているのもあると思うんですけど、
見えるお布施の景色が違いましたか?どういうところが違いましたか?
そうですね。でも多分全然違かったと思いますね。
20歳ぐらいで出て、本当に世界が狭かったので、
もともと嫌だと思って、何もなくて嫌だと思ってたので、
その当時は。
もっと便利に過ごしたいって思ってたので。
でも逆に出てみて、やっぱり、これが良かったんだみたいなのは感じますよね。
本当に山一つ通っても、天気の良い日にはすごい綺麗。
とくしん豪華がよく見えるとか、
当たり前の風景かもしれないけど、それがすごいありがたいというか、
っていうのはやっぱり、出て分かるというか、
この空気もそうですけど、
冷たい寒い空気でもすごい新鮮でとか、
一つ一つにありがたみが感じたというか、
ありがたみだったんですね。
それが普通、普段、当たり前のことがすごいありがたいということを感じましたね。
そうなんだ。
そんな中で、とはいえ、なんかちょっと、
なんかなーって思ってる面とかってあったりするんですか?
多分全国どこに住もうが、絶対誰でもあると思うんですけど。
なんだろう。
オブジェ町って狭いし、
知り合いの知り合いは必ず知り合いみたいなぐらいの、
つながりが、よく言えばすごくやっぱり、
コミュニケーションというかコミュニティがしっかりあって、
みんなとつながっていてっていう。
裏表な感じですよね。
はい。けど、その分、
全部ツツ抜けかなみたいな。
私もそうっすね。
ちょっと恥ずかしいことなんかね、
そこはちょっと見ててほしくないなというようなところも全部ツツ抜けなので、
あそこにいたよねみたいなのがね。
ありますよね。
そういうのが、時にはね。
いやー、それ確かにな。
だって我々子供たちの保育園が一緒なわけで、
そうなんですよね。
時より朝あったしね。
そうですね。
ありますよね。
いろんな方がたくさんいるから面白いなと思ってますけど、
僕も暮らしてみて、本当に関係性が近いのがすごく面白いな、楽しいなって思うところもあるし、
ネガティブなわけでは別にないけど、
恥ずかしくなることは確かにあるかもなと思って、
最近あの図書館に来た方に話を聞けられて、
僕は話したことない方ですよ。
館長さんですよねみたいな、
そうです、よろしくお願いしますみたいな話をしてきに、
最近スルーやりましたよね、
私たち今数日に1回いますねみたいな感じで、
いちご1分ぐらい見てませんでしたねって言われて、
見ましたみたいな。
そう、恥ずかしいんですよ。
そういうことですよね。
いちごで食べようか迷ったんですが高いかな、どっちかなって思ったんですよねみたいな。
見てて、見られたくないちょっとした瞬間がね、
誰かから見られてるみたいな。
そういうのがありますよね。
ありますよね。
あれやってたよね、この前とかって言われた。
ちょっと恥ずかしいみたいな。
確かに、最近どっかでこけたんですけど、
こけた瞬間誰か見られてました。
後から言われました。
こけてなかったんですよ。
助けてよみたいな。
後から言われるんです。
でもそれ、他の地域だとそこまでないかもしれないけど、
そういうのがあるからある意味、
お互い支え合えるみたいなところもきっとあるんだろうな、
すごく来てみてすごく思います。
そうですね、逆にみんな困った人がいれば、
助け合ったり、これいいよとか、
たくさん物ができたからあげるよとか、
そういう物をもらったりとか、
家庭さえ作りすぎちゃった物をどうぞとかっていうのは、
日常、茶飯事にあるので、
そういったつながりっていうのはありがたいし嬉しいし、
そういうのはすごくいいかなと思いますよね。