はい。
私は神聖病院で働いております。
事務職として働いております。
事務の中でも企画広報を担当しております。
そうですね、かれこれ40年とお布施に通っております。
第2の故郷というぐらい愛着、愛着って言ったら失礼かもしれないんですけども、大好きな街になってきているかなと思います。
はい、ありがとうございます。
第2のっておっしゃってましたけど、普段お住まいなのはお布施ではなく、車で行くばっかり行ったあたりですね。
はい、そうですね。
ちなみに神聖病院さんが、今収録をしているのが5月末ぐらいですけれども、
4月にすごい桜が綺麗な時期があって、それこそ神聖病院さんの裏がほぼほぼ桜で、というわけじゃないだろうけどほぼほぼ桜ぐらい見える桜が多いですよね。
本当にあそこが綺麗で、よく妻と娘と一緒に散歩行ったりとかしてまして、
これを病院でずっと維持しているのがすごいねみたいなことを、妻と話してたんですけど。
季節ごとにいろいろな花、桜から始まってツツジであったり、いろんなもの、ボランティアさんの手で改築の時に植えていただいて、
それが20年以上継がれてきて、20年じゃない、もっと。
改築、新しい病院改築して約20年ぐらい経ちますので、その時に病院の庭が寂しいので、
今おぼせって言うと、自分のお家の庭に入る。
オープンガーデンですね。
はい、そのご自分の家に咲いている花や木やところを持ってきていただいて、
ボランティアさんがそれを植えてくださったということがきっかけで、今もそれが続いています。
そんな前からなんですね。
そんな草木なんです。
そうなんですね。
お庭の一部をボランティアの方々がみたいなお話は何か前うかがったなと思っているような記憶をしているんですけど、
そうか、そんな昔からずっと続いていることなんですね。
そうなんです。
そのボランティア活動も年に2回ぐらい緑花フェスタという形で継続はしています。
イベントみたいな。
そうなんです。
フェスタって代わりに出店とかでたりそういう。
そんな見事なものではないんですけども、ボランティアさんが集まってそれで庭の整備をしたり、
今ではサツマイモの苗を植えて秋に収穫。
サツマイモがあるんだ、そこ。
畑があるんですよね。
確かに。
上の方かな。
そうです、教会寄りの方に畑があって、そこに植えて患者さんがそれを日々水くれをしてくださっています。
そうなんですか。
リハビリの期間で水をくれてくださったり、あとは草を取ったりというところを。
患者さんがやってるんですか。
やっています。
あと月1回にも、月1回ボランティアの日、緑花の日というのがありまして、
ボランティアさんがその日に来て同じように草を取ったりとか。
そうなんだ。
そんな風に。
そうやって続いてるんですね。
続いてるんです。
それこそ散歩してる時に、ここら辺畑なのかな、何だろうね、みたいな話をしたんですけど、
そこまさかジャガイモが植わっているとは。
一角だけなんですけどね。
そうか、なるほど。
本当に患者さんたちの手もあって、きれいに保たれていたり、収穫もできたりというのをしています。
そうなんですね。
実は6月6日に、もしかしたら今年度第1回の緑花フェスタを予定しております。
6月6日の。
土曜日。
もうすぐですね。
来週か。
これ公開まだできないな。
全然全然。
終わった後に多分これは公開されてると思います。
イベントをしたり。
そうなんだ。
毎年6月とかなんですか。
そうですね、5月か6月。
さつまいもの収穫が間に合う前に植える時期に植えて。
なるほどね。
そういうふうに皆さんが関わり合って作られてるんですか。
はい、そんなにいわないですね。
そうかそうか。
ちなみにそういったお庭のあたりの話も、
秋さんは病院に入られた時からそういう状態だったんですか。
あまり記憶がないんですけども、ずいぶん前で。
でも桜がたくさんあったんです。
そうなんだ。
桜はありました。木は大きな木はあって。
当時雷が落ちて桜の木に。
そんなこともありましたね。
ただ小さなツツジだったりというか、
多分そういうものはなかったように記憶しております。
そうなんですね、そうかそうか。
雑木林じゃないけど何か。
管理整備まではまだあまり整っていなかったのかなというような記憶でいます。
そうですか。
今は本当に患者さんが歩ける、
その当時も流歩道があったのかもしれないですね。
病室から庭が見えるような作りになっているんですね、今の建物が。
確かにそういう意味でそうですね。
そのあたりは新築、新しい病棟になって変わったところかなと思います。
そうなんですか。
ああいうふうに町の方々、多分患者さんじゃないとしても散歩してたりとか、
子どもたち遊んでたりするのを時々見たりするんですけど、
そうやって病院が町の中と入り組んでいるというか、
混じってるみたいな感じなのってすごい素敵だなあみたいなことを思いながら、
時折あそこら辺を歩いています。
もっと混じられたらいいなというふうに今考えているんですね。
やっぱり病院というと、病院だからもしかしたら入っちゃいけないとか、
または療養環境上的にうるさくしちゃいけないというような思いで、
だけどもっと子どもたちの声が聞こえたり、いろんな人が庭の中にいると、
それを見るとやっぱり元気になるというところがあるんですね。
確かに。
だから病院では併設されたというか、保育園があるんですが、
その子どもたち、ミス・パウル保育園。
そうなんだ。
職員の。
職員みなさんの保育園が。
そうなりますね。
ちょうど私娘がゼロ歳で保育園に、ちょうど今月から通い始めているんですけど、
あれ、そんな保育園あったっけなって、職員の方向けですか。
それは僕も知らないですね。
その職員の子どもたちがそこの中庭で遊ぶんですけども、
そこはもう患者さんが窓から見ていて、やっぱり柔らかい表情をされる時を耳にすると、
自分も、自分たちも嬉しいし、そういう声を聞くと。
だから子どもたちとか小学校終わった後とかも、
お家に帰る前に病院の中通って中庭行って遊ぼうってほしいなっていうのがスタッフの思いでもあります。
確かに。いいですね。
ただ緑化フェスタとかも子どもたちとかボランティアさんと、
あとそのご家族とか子どもたちも遊びに来るような企画をもっとやりたいねっていうふうに今考えているんです。
そうなんですね。そうか。
確かに今言われてみて思いましたけど、
僕、この図書館に来たのがつい最近ではありますが、
それまでは本当に東京で12年ぐらい、とある会社にいて働いていたわけですけれども、
もちろんその会社にいた時に、みんな子どもいる人も多かったですけど、
もちろん自分の家の近くで預けてきて、そこに出勤したり、
ただとはいえ出勤ほぼしない会社でもあったので、フルリモートみたいな感じでもあったので、
各家にはいつつ、でもやっぱり保育園に預けたりしている、保育園の幼稚園行ってるじゃないですか。
だから働いている時間の間に子どもたちと接するっていうことが、僕はこれまで一切なかったんですけど、
実際図書館に来てみると、図書館自体そもそも子どもたち結構いるし、
このオブセの図書館、このテラソの特徴の一つにはなる気もしますが、
小学校の真横にあって、運動場の真横にあって、別に合体してるわけではないけど、
旗から見たらなんかもう一緒みたいなエリアにあって、
それこそ午後になると運動場で本当に子どもたちがずっと遊び続けてるので、
それこそ外に出たときに遊びに巻き込んでもらったりすることもあるんですけど。
そういうのを図書館出しそうだよなって最近思ってたんだけれども、
今のお話、病院の中で職員の方々のお子さん方がいると、患者さんの皆さんがニコニコみたいな話を聞くと、
確かにそういう環境に入れるからこそ、なんかちょっと穏やかになれたりとか、
嬉しくなれたりとか、なんかいいなって思えるみたいな瞬間がたくさんあるっていうのが、
なんか本当そうかも、今ちょっと初めて思いました。
今は本当に原島さんのお話聞いてて、今は本当にきらめいてて思ったんですけど、
この間、2、3日前に中庭でリハビリの一環で、テニス、患者さんだけと思ってスタッフと、
きっとテニスの好きな方だと思うんですけど、
庭で?
打つ練習をしていて、そういうのも、声マシーンでリハビリでやってるんですけども、
家族が見たら、なんかいいなって、
お父さんお母さんが、家族が、どんなリハビリをやってるかとか、あまり目にしないかと思うんですよね。
なるほどね、確かに。
そういう姿を、窓の向こうですけどね、普通に見ていられるのって、なんかとてもいいなっていうふうに、
子どもだけじゃなくて、そういう大人や患者さんというところでもその一体感があるというか、
自由さというか、そういうところを感じて、いい場だなって思います。
まだすごく行ったことはないんですけど、
今全国の図書館を見てみると、いろいろ併設されている図書館が増えてるんですよね。
併設というか、本当に建物が一個になっているケースもあれば、横に存在しているともありますけど、
それこそ、小学校の真横のテラスみたいなのもそうですけど、
他には中学校と真横で、
もはや中学校図書館と合体してるみたいなところがあったりとか、
その公共図書館とか、図書館とローリングホームが完全に真横でみたいな感じになってたりするみたいなのは、
なんか結構効くなと思っていて、やっぱりそういうのって何て言うんですかね、
常に同じ場所に人がいるみたいな、その人たちがそこで遊んでるというか、
ゆったりしてるみたいなものがあるだけで、多分他の人たちも聞きやすかったりとかするっていうのが、
いろんな相乗効果があって、そういうことをやってるんだろうなと思っていて、
なんかそういうのいいなって思いましたね。
生活の一部というか、
私たちの、またちょっと病院の目指すところというか、
お家のような病院にしようというようなビジョンもありまして、
そっかー。
そんなとこにもつながるのかな。
お家のようなね。
確かにそれを、なんかあれですね。
浸水病院さんの中にちっちゃい図書館を作ってほしいなって。
いいですね。
実現大変だと思うけど。
賛成だと思います。
それを私たちがやっぱり企画するように。
なるほど、なるほど。
そういう時があればですね、一緒にお手伝いいたします。
お願いします。
ちなみに、ほら、今病院の話とか結構しましたけど、
大木さんご自身としては、この今の病院以外、
その前って他で働いてた場所ってあるんですか?
ないんです。
新生病院一筋と言ったらいい言い方。
一筋なんですね。
ちなみに、病院の中の、
さっき事務職と企画広報でおっしゃってましたけれども、
最初そういう風な病院の中の企画系に行こうみたいな感じだったんですか?
いえ、最初入職した時は、
病院に先ほどの保育所、職員のための子供を見る保育所がありました。
そこで働きたいと思って、新生病院に行きたいってしました。
そうしましたら、実はちょうどその年に廃止すると。
今は新しくなってるんですけども、
ああ、そこ今はありますか。
一時もう子供がいないので、
子供だったのか、見るスタッフで入りたいって言ってましたよね。
じゃあ子供かな。
子供がいなかったんですかね。
廃止するっていうことになった。
だけどその年におぶせ町と新生病院で礼サービスを初めて作るということで、
そこで働かないかっていう。
社会人一年目仕事をしないより何かやっぱりしたいし、
そこで礼サービスというところに一年目勤めました。
じゃあ保育士の資格とか取られたりしたんですか。
いや、なかったんです。
ピアノの練習まではしたんですけども、ちょっとそこは挫折しまして。
だけども、子供に関わる仕事がしたいと思ったんです。
そこはあります。
ちなみにその子供に関わる仕事がしたいってどこらへんからお気持ちは来たんですか。
そうですね。
私、中学校の先生に多分影響されたんですよね。
そうなんですか。
私、自分が得意とするものって、動くこととかスポーツというか、
そういうところなんですよね。
何かオツモの方ではなくて。
その時に体育とかそういうのをやりたいなと思っていて、
そこと子供に関わるところというか、
教員までは行かないけど、そういうことをしたいなって思ったんです。
そうなんですか、そっかそっか。
だけど、教員というか一つの専門家でなくて、
みんなを見るというか、小学校とか、
そういうところがいいのかなというふうに最終的に選んで、少し勉強を。
そうなんですか、そっか。
それを聞いてみても、やっぱり入ったら突然でデイサービスか。
なると、体を動かすという面では、子供を相手じゃないにせよ、結構使いますよね。
そっかそっか。
ちなみにそれはデイサービスの方に行くことを打診されて、
実際行くときは、行ってみて最初初日所がどうだったんですか。
行くときに、子供も老人も一緒よって。
一緒かな。
一緒よって言われたんですけど、なぜかそのときにそっかと思ったんですよね。
思ったんですか。何を思ってそっかって思ったんですか。
例えば食事にしたときにも、この子供に考えて出すっていうのと、
高齢の方にっていうところは、つながるものがあるんだと思ったんですよね、何か。
確かにね。
刻み食にするとか、食べやすくペーストにするとか、そういうところが同じかなって。
あとは生まれて最後やっぱり亡くなるときはって、その辺も似てるのかなっていうふうに、
なんとなく多分そう感じたのかな。
確かにね。
自分でできることが最初赤ちゃんのときなくて、
親とか誰かに作ってもらって食べさせてもらったりで、
みんな大人になっていくにしたかったら自分でやりますけど、
確かに老いていくと同時に、そうですよね、だんだんいろんなものが手放していって、
誰かにやってもらうみたいなことになっていくみたいなのは確かにそうですよね。
その当時本当にそんな風に自分が考えられたかというと、本当は思うんですが、
でも、やってもいいかなっていう。
そうなんですか。
どちらかというとポジティブなふうに、ちょっとやりたいですと。
っていうのはもしかしたら、自宅に祖母とかおばあちゃんと同居していたので、
そんな関係があったのかもしれないですね。
なるほど、そっかそっか。
両親に育てられたというより、おばあちゃん子だったというところ。
そうだったんですね。
それはあれですか、ご両親が働いていて。
そうですね。
そうなんですか。
お家に帰るとおばあちゃんがいると。
常におばあちゃんと一緒というか。
ちなみに、おばあ様との関わりというか話の中で、
すごく印象に残っているおばあ様の言葉とか。
言葉ですか。
動きとか。
動き。
動きで思い出すのは、思い出すのは、私姉妹で姉がいるんですけども、
喧嘩をしてると、喧嘩するなって追いかけてくるんですよね、おばあちゃんが。
おばあちゃん腰曲がってるんですよ。
追いかけてくるんですね。
追いかけてくるんですね。
それが行動ではそれが印象的で、
一緒になってそんなことしたなっていうのですね。
あと言葉では、あまり口数は多くはないんです。
どちらかというと、いつも一緒にいる感じ。
言葉で。
一緒にいて。
いるんだ。
いる感じですね。
ただ、その言葉で印象に残っている言葉として、
ちなみに、なんかまあこれは言えたらで全然いいんですけど、
この新生病院にこの期間いる中で、
辞めてやるみたいなことなかったんですか?
それはもちろんありますよ。
そうですか。
ちなみに差し支えのない範囲は全然いいんですけど、
どういうタイミングであったんですか?
そうですね。
今なんでこんな思い出せないでいるのか。
あ、じゃああんまないのかな。
あの、そのとき、こう、カットじゃないけど、
僕は思っていますが、
でも、なんか真剣にはもしかしたら考えたことって、
本当に数回で、それも。
そうなんだ。
そうですね。
そうなんですよ。
その、どちらかというと、あっても、
もう少し続けてみよう。
何か変わるんじゃないか、何かあるんじゃないかっていうところが、
今きっと、その大学をこう、途中で辞めてしまったのも、
やっぱり少し考えが足りなかったところ。
いれば絶対もっといいことだってあったし、
学べたし、友達と思ったところも、
その辺後悔はしたので、
働いてからは、なんかその後悔はもうしたくない、
っていう思いで、
そういうときはあったにせよ、
もうちょっとやってみようかなで、
できたのかなと、ここまで。
なるほどね。
そっか。
なんかすごく個人的につながるというか、
あの、何でしょう、
同じ、近しい感覚を持ったことがあるなと思って。
僕もあの、全職の一個前にもう一つ会社あるんですけど、
最初学生終わってから入った会社。
渋谷にある会社なんですけど、
入って3、4ヶ月で辞めてるんですよ。
3、4ヶ月で辞めて、
それで全職の会社の立ち上げに参画するみたいな感じ。
で、それは24歳とかぐらいでしたけど、
なんかその前の会社、最初に入った会社を辞めたときに、
なんかすごくポジティブな気持ちで辞めた面もある気もするし、
一方なんかちょっと逃げた気がするみたいな、
なんかそういう気持ちもあったなと思ってて、
ゆえに全職いるとき、
まあ会社立ち上げからずっと中年教ぐらいいる中で、
本当に会社潰れそうとかっていうタイミングがもう量産あったので、
まあそれだけじゃないですけど、
まああのいろんなタイミングで、
もう逃げたいとか辞めたいとか、
あの逃亡したいみたいなことは思ったことはもうたくさん、
めちゃめちゃあれたくさんありましたけど、
遠くに逃亡したいみたいです。
もはや途中で、
いやなんかインドとかに逃げようかなって思ったことも何度もあるんですけど、
ただ結局いたのって、
結局やっぱやってることというか、
願ってるビジョンみたいなものだったりとか、
願ってる作りたい未来みたいな、
本当にすごい、
まあそれはやりたいと思ってきたし、
むしろそれを一緒に考えようというか、
一緒に何でしょうね、
自分も主体として作ってきたっていう感覚もすごく強かったし、
やっぱ好きだよねみたいな感じで、
まあ逃げるということはせず、
でもやっぱり昔逃げたような気もするみたいな意識がありながら、
やっぱそうじゃないよねみたいなところもあったなっていうのは、
自分の記憶というか体験、経験上あって、
なんか今牧さんが言ってくれたこともなんか、
いやそうだよなみたいな、
いや確かにこれが仮に、
僕も今こうやって図書館長をしてますけど、
前の会社を逃げたという感覚を持って館長になったら、
なんかすごい良くないというか、
なんかそういう感覚って何でしょうね、
僕がここで館長をやらせてもらっている中での、
いろいろな取り組みとか活動に反映されちゃうだろうな、
みたいな気がすごいしてて、
ただまあ今僕逃げた感覚ゼロなんですよ、
前の会社でいうと、
まあやり切った感じもするし、
むしろなんか今も前の会社のみんなとよく話しながら、
前の会社の人たちもうちょっと、
もうしばらくしたら図書館のいろいろなやつに巻き込んで、
一緒にやろうかなみたいな思ったり、
もはやスピンアウトして、
なんか近しいことを別の場所でやりに来たぐらいの感覚があったりするので、
なんかそういう感覚でいるのはありがたいな、
みたいなことも今聞きながらすごく思いましたね。
ちなみにそういえば、
その文脈の中で一応シェアしておこうと思いましたけど、
僕がこうやって牧さんとつながったのも、
荒木さんとつながったからなんですけど、
荒木さんと結局つながったのも、
もともと僕がいた会社のサービスを新生病院さんが扱ってくれたみたいな、
僕は当時担当というかそこら辺いなかったので、
関わったことはなかったんですけど、
もううちじゃないか、
前の会社の何人かもこの町に、
新生病院さんにも何回か行ったりとかしてて、
なのである意味クライアントだったみたいな感じで、
そこから当時クライアント側として、
サービスを利用してくださる方々として荒木さんだったり、
そりゃ荒木さんもリアルに座ってくれたみたいな感じで、
最初会してくれてとても衝撃を受けました。
なんか嬉しいなと思いました。
つながりでしたね。
でも本当に荒木さん、たまたまここに来た方が紹介してくれてお会いしましたけど、
しばらく新生病院の方と接触するタイミングがなかったら、
正直思ってたのはどこかでもこの足で突撃しようかなと思ったんですよ。
あそこにいた人ですみたいな。
そう思ったらすぐにそんな機会が来たので嬉しいなと思います。
ちなみに今日この時間が、今ここまで病院だったりとか、
荒木さんのことについて伺ってきましたけど、
ちょっとこの番組も今誰かと話してみたい一冊について、
町の方、住んでる方、働いてる方、お家する漁業しながら、
そんな一冊についてお話を聞いていく、
おしゃべりをしていくみたいなことも大事にしたいなとやっていきたいなと思っているので、
そんな話もですね、今ここからしていきたいなというふうに思っておりますけれども、よろしいでしょうか。
そんな一冊、もともと事前に何かそういった誰かと話してみたい一冊ってなると、
どんな本がありますか?みたいなことはもともと事前に相談はしていたんですけど、
今日はどんな本を持ってきていただいているのか教えていただいてもよろしいでしょうか。
はい、では持ってきました。
ジャジャン!
なるほどね。
ありがとうございます。
随分考えました。本当に考えました。
ちなみにどういうポイントを考えたんですか?
自分が影響があった本。
影響があった本。
影響が、はい。これによって影響された。内容ではないかもしれないけども、
その時期の今考えた時に心に残った本です。
それと、誰かに今読んでた、紹介した時に、穏やかな気持ちでというか、
何か今って情報がいっぱいあるし、
そんな中で少し頭だったり休めてほしいというか、
そんな思い出があります。
なるほど。そういった点で選んでくれたんですね。
影響があったというと、誰かがそれを読むから、誰から気持ちになっていくという、
そう2つがあったんですね。
はい。
なるほど、なるほど。
ちなみに、これなんかすごい興味があるのが、
誰かと話してみたい一冊っていう話をした時に、
自分への影響とか、他の方が穏やかにっていうところを
意識して選んでくれると思うんですけど、
多分人によっては誰かと話してみたい一冊を
最近読んでる本にする人でもいるかもしれないし、
あたまた何か、何でしょうね、影響を与えたとかじゃないんだけど、
誰かがすごい読み聞かせしてくれ続けた本とか、
いろんな軸がある気がするんですよ。
その中で牧さんが自分への影響と、
他の方がこれ読んだら穏やかにってところを選んでくれた、
その視点を選んでくれたのは、
どういうところからやってきたのかがすごい興味だったんですけど、
どんなふうに思います?
まず、自分らしいっていうところかな。
きっとこの題名言ったりしたらズコッとなっちゃうかもしれないですけど、
みなさんがおいそこかよっていうこと、そこが私なのかなって。
例えば、もちろんいろんな本で、
じゃあ私がドラッグを出したら。笑えますよね。
出したら、おいおいだし、お前が語れるのかというか、
私らしくないし、
自分らしく紹介というか、変わったっていうか、
まずそこ、自分も伝えたいっていうところです。
自分も伝えたいね、なるほど。
そのままというか、
もしかしたらこれ本当恥ずかしくて、もっとまともなのないのかよと。
いやいやいやいや、もう最高ですよ。
かもしれないんですけど、これが私なんですっていう。
戻りました。
これが私なんですね。
いろいろ言ってきて、やっぱりこれにしようかな、これにしようかなと思ったんですけども。
最高ですね。
ちなみに、まだ2つ目どうぞ。
いいですよね。
いや、まだタイトルじゃなかったから後で言おうと思って。
2つ目はどうぞ。
2つ目はこれだっていうところですよね。
これを例えば、誰か図書館に置いて、時に手に取ってほしいと思ったんです。
置いた本を自分が選んでこれを進める本を誰かに手に取ってほしい。
そう考えた時に、やっぱり心穏やかにというか、そんな気持ちで、
いつも疲れてる、いろんな情報の中でもうちょっと静かにというか穏やかに、
そしてなんとなく温かいような気持ちで読んでほしいな、手に取ってほしいと思ったところが。
で、こうあると迷ったりとか、懐かしい思いになる人が多いのかなって、そんな思いでした。
なんか聞いてもらえてすごい嬉しかったんです。
そうなんだ。
なるほど。
それって選んでくれたんですね。
それでいうと、前のおじさんに話したことがちょっと記憶が定かじゃないですけど、
今回このポッドキャストにゲストで来ていただいている方にそれぞれ1冊なり2冊とか出してもらってますけど、
ポッドキャストの音源を公開した後に、皆さんが出してくれた本を置いていく書棚を作りたいと思ってたんですよ。
ずっとっていうよりかは、たぶん徐々にポッドキャストのゲストの方が回数が増えてくると、
最初は少なくても、だんだん増えてくると書棚も永遠には増やせないので、
複数人ぐらいで人数が増えてきたら最初の人からアウトしていくみたいな感じだと思うんですけど、
やりたいなと思ってたんで、そういう置くことまでイメージしてくれたんだって思ってびっくりしました。
じゃあ改めてその本のタイトルを教えていただけよろしいでしょうか。
はい。
冷静と情熱の間。
なんかそれをさっき、まきさんがこれを挙げてくれた理由のところで、
自分らしいらしさっていう話をしてくれたじゃないですか。
それを聞くと、そしてタイトルを読み上げてくれたのを聞きながら思ったのが、
まきさんにおける冷静と、まきさんにおける情熱って何なんだろう。
そしてその間とは何なんだろう。
すごい聞いてみたい気持ちだったんですけど、すごい抽象的な質問になりますが、
まきさんにとっての冷静さってどういうもの?
その当時思ったんじゃなくて、今でいいですよね。
冷静って相手の思いを聞くこと。
静かに自分の思いは止めて相手の思いを聞くことかなっていう風に。
相手の思いを聞くことなんですか。
そうなんだ。面白い、そうなんですね。
それは、例えば冷静ってどういうものなのかって聞いたときに、
もちろん人によって全然感覚違うと思うんですけど、
極論言ったら青い感じみたいな、そういうのを思い出す人もいるかもしれないし、
なんか静かであることとか、
寡黙でじっとそこに座り続けているみたいな感じのことを思う人もいるかもしれないなって思ったときに、
まきさんが今言ってくれたこと、聞くって言ってくれてましたけど、
それはまきさん的に、
どういうときに冷静のイメージを形成してこられたんだろうか、
今すごい興味が出ましたね。
実はこの今の青いっていうところも、
本当に冷静のレール、冷たいっていうところで青をイメージするっていうのもあって、
その反対の情熱だったらやっぱり赤じゃないですか。
私今この本もね、持ってきていただいてるやつが本当に赤と青の2冊がありますね。
そこで、情熱って自分の思いをこう伝えていくものだと、
その対比としてというかその中で、
この自分のことだけじゃなくて、
自分の思いをちょっと止めといて、冷静に聞くっていうか、
相手がどんなふうに考えてるか、自分をまず止めて聞くっていうところにいたんですよ。
へー、そうなんだ。
そこの冷静の方は聞くこと、相手の思いを聞くことで、
情熱が自分の思いを伝えることって言ってくれてましたけど、
聞く、伝えるは確かにそうかもみたいなことを聞きながら思ったのと同時に、
そこの辺ってもどっちともに中心にあるのが思いじゃないですか。
多分思いって、気に目に心の思いなのかな。
その思いを伝える、聞くっていう冷静と情熱どっちともにその思いっていうものを持ってるのが、
なんかそうなんだと思って。
聞いてみたら確かにそういう考え方もあるなって聞きながら思ったんですけど、
仮に僕が冷静と情熱をそれぞれどういう感覚なのか概念なのかみたいなものを言語化しようとしたときに、
誰かの思いっていうものをどっちともに出すかっていうと、
僕は多分そういう言語化をしないような気がしてて。
すごいなんかそれを聞いて、
そっか冷静と情熱どっちもその思いっていうのが中心に森さんの中にあるんだなっていうのが、
僕なりになんか今面白いところ。
ちなみに沢木さんとしての例えば直近すごい大事にしている思いって何ですかって聞かれたら、
大事にしている思いですね。
そうそう思い。思い強すぎちゃっても伝わらないし、
相手の思いを聞くに言ってもらわないとわからない。
それもありますよね。
言ってもらわないとわからないところがあるので、直近の思いですよね。
もう一回あの思いで直近で。
沢木さんが大事にしている思い、直近のね。
極論直近じゃなくてもいいんですけど、一番思い出しやすいもので、
沢木さんの心の中に持っている大事な思いみたいなものをイメージしてみると、
どんなものが出てくるのかなっていうのが興味があったんですよね。
情熱が強すぎちゃって、いろんなところに好奇心があったり、
これ飲んだのって思いすぎちゃって、自分がこの情熱を前に出しすぎてしまう、
思いを前に出しすぎていると、相手のことを聞かなくなってしまったり、
対話もできなくなるというか、そういうことがあるので、
相手のことも考えながら自分のことも伝えていく。
でも自分のこともきちんと伝えないと、相手のことも聞きながら自分のことも、
本当のその答えっていうのは、ちょっと自分が遠慮しちゃったら聞けないままになってしまいますね。
例えば何かちょっと言われたときに、
それって自分はそうじゃないんだけども、どうそう言われたかっていうことっていうのは、
ちゃんと聞かないと、何でかっていう際にわからないですね。
でもそこを多くは我慢をしてしまうような気がするんです。
そういう話を、どちらかを責めるとかではなくて、
何か本当に双方が思ったことって何だったんだろうっていう、
そういう一番両方の思いっていうのを大事にした対話をしたい。
うまく言えなくてすみません。
質問の答えになってますね。
もちろんもちろん。そういう中、対話を大事にしたいって思って、いつぐらいから思ってたんですか?
最近ですよ、きっと。
最近なんですか。
何かきっかけがあったんですか?
それこそもしかしたら、
エイルで学んだことなのかなって。
私はあれ衝撃的というか、もっと早くやったらよかったと思って。
本当に聞くでも耳の、耳辺の聞くと本名前の聞くとではっていうところで、
それがやっぱり難しかったんですよ。
難しかったんだ。
耳辺の聞くの方、話を聞くって、人の話を聞くってやっぱり苦手だな。
好きなことばっかり、自分の好きなことばっかり言ったり、自分がこう思うっていうことばかり言ってしまって、
相手のことを聞いてないというのを本当にその時わかったんですよね。
そこは今ふと思い出すと、そんなことあったなっていうふうに。
そうなんですね。
なんかすごい僕が仕込んだような回答を。
本当ですね。
いえいえ。
全然万全ではないですが。
僕の前にいた会社がいろんな人たちのお話を聞くサービスをやっていて、
聞いてもらう時間がもっといろんな人に広がったらいいなって思いながら会社をやってた。
それを新セブンインターが使ってくれたってことで、
今のお話を聞いてみると、
このマキさんの会をオープン公開をしたら、
僕が元にいた会社のみんなにバラまこうと思いました。
みんな喜ぶと思う。
本当ですか。本当に心に残ってます。
そうなんですか。
そうなんだ。
ちなみにそれを、こんな思いを伝える、聞くってことを中心、大事にしながら対話をしていくってことを、
マキさんが意識をしてから、何かマキさんから見える景色、日々の環境というか景色というか世界って、
何か変わったことはありました?
それとも何か変わらないことに気付くこともあると思いますけど、
そういった変わっていること、むしろ変わったことに気付いたところあたりみたいなものがあれば聞いてみたいなと思ったんですけど。
皆さんの話し方とか聞き方、あまり意識したことはなかったんですが、
やはり聞くを上手にできる人との聞き方って違うなっていうのも、
そうなんだ。
違うんです。
違うんですか。
それを感じます。
この人の真似をしたらいいんだなっていう、
今までは本当にそんなことを思いもしなかったんですけど、
上手な人っているんだなっていうのは分かります。
そこに同じようにできるかっていうのはまだまだ訓練中で、
だけどそこが意識するようになったのが自分が変わったところでもあるのか。
確かに僕も比較的どっちかっていうと聞くことに対して意識をしている人間だとは思いますが、
やっぱりそういう意識をし続けて生きてたりすると、
いろんな人の聞き方をすごい記憶する部分に、
別にそういうの学んでる場合に置いといて、
この人めっちゃ聞いてるなっていうことをその人のことすごく覚えてる気もするし、
例えば何でしょう、ポッドキャストとかも聞いたりすると、
やっぱりポッドキャストってどっちだって話すか聞くかみたいなことをずっとしてる人たちなので、
すごい聞くのめちゃめちゃ上手な方とかすごいたくさんいて、
すごい勉強になるんですよね。
例えば僕のですね、
ちなみに僕、万歳じゃないですが、
個人でずっと2年くらいやってる自分のポッドキャストがあって、
そちらを始めるときのきっかけの一つかなが、
タクラムっていう会社、東京にある会社がやってるタクラムラジオっていうラジオ、
ポッドキャストがあるんです。
そちらの番組のメインパーソナリティみたいな方が、
それも本当にいろんなゲスト呼んでいろんなおしゃべりをしているんですけど、
その会社がデザインのことをやっているので、
いろんな方を呼んでデザインについて話しているみたいなポッドキャストなんですが、
そのメインパーソナリティの渡辺幸太郎さんって方がいて、
何年くらいかな、自衛部でずっとそれやってたんですけど、
それをずっと聞きながら生活をした時期があって、
めちゃめちゃ聞くんですよ。聞かれるんです。
それはすごく心地よくて、
こういう風な聞き方、方法というよりかは、
こういう風な人間でありたいなみたいな。
そうなんですね。
すごい思ったんですよ。
それが去年かな、終わっちゃって個人的に悲しかったんですけど、
今でも時々アーカイブ残ってるから聞き直したりとかしてて、
そういうのって意識向ければ向けるほど素敵なあり方って言ったりかな、
そこの方ってすごいたくさんいらっしゃるから、
そういう方々が周りにいて勉強させてもらい続けてるな、
いつも思ってるなっていうのを今の牧さんの話を伺って思いましたね。
本当に意識するかしないかでこんなに違うなんて。
そうですね。確かに。
ちなみに今こんな冷静と情熱の定義の話から書いちゃったんですけど、
ちなみにこの本は脇さんのどのタイミングで読んだ?
20代の後半ぐらいですね、30ちょっと前ぐらいの頃だと思います。
その頃、もともとそういうなんていうんですか、
本というか調節なりみたいなものは結構読まれたんですか?
学生の頃はあまり読まなかったですね。
読まなかった。社会人になってからやはり少し読むようになったんです。
まず小説から入るようになりました。
そうなんですか。
映画を見て、映画から入っていいなと思って小説を読むとかでした。
そうなんですね。
ちなみにこの冷静と情熱の間は、それを手に取った日のことは覚えたんですか?
どんなお店で、どんなタイミングで、どんなきっかけで。
多分これ図書館で借りたんだと思います。
図書館に入りびだってたことがあって。
図書館ですか。それは地元の?
地元だったと思います。
そうですか、そうですか。
夜遅くまで行けるところがあって、本でなくて静かにできるところだったんですよね。
そうなんですか。
数は少ないけれども新刊ってあって、いつも借りられてるんです。
そこで手にした気がします。
この本は映画が先でなくて、本が先でした。
そうですよね、映画とですよね。
普段は映画から入ることが多かったけど、これは本から入った?
それはだんだん映画から本に入って、本を読む機会が多くなってきたからですね。
ゆっくりそっち側に移行したんですね。
癖ができてきたというか、楽しい楽しいになっていった時期が。
乗ってたんですね。
そう、乗ってました。それこそ新刊を読もうというか。
本に乗ってたんですね。
本って今もそうですし、その時もそうだと思うんですけど、いくらでもたくさん本が出るじゃないですか。
その中でこの本を手に取ったのは何なんでしょうね。
ちょっと訂正です。新刊だったんじゃなかったんですね。
多分この赤と青で同じ題名、タイトルで赤と青の本があったんですね。
その時もこのデザインですか?
そうです。大きさがカードで。
それで何で同じタイトルで違うのっていうところにも。
確かに。違うところってあります?
表紙上は色しか見ようと背景の写真デザインが若干違いますけど、文字は何にも変わらないんですよね。
なんでだろうって思うところがあるんですね。
作者さんが違うだけか。
それで、えくにかおりさんのはよく読んでいたので。
他の本を。
他の本を読んでいたので、親と思って、じゃあ青いのはっていうところで。
それで、ちょっと好きな作家さんでもあるので、ちょっと読んでみようっていうところも。
あと冷静と情熱って何みたいな。その間。
そっか、えくにさんの方から入っているんですね。
そこもあります。
そっか、確かに読んだことある著者の方で。
かつ、なんか色が違う。タイトル一緒みたいな。
じゃあ赤読んだ後に青、この辻さんのほうも嫌いではないと。
ここから初めてだったのかもしれないですけども、ちょっと何が違うのか知りたくなった。
そこですね。
面白い、ありがとう。
でもそう思うと、やっぱり想定で手に取るってありますよね。
手に取る。
単純に表紙がやたらかっこいいとかかわいいから、手に取ってみて、
それで結果的に読まない本もあるし、やたら読むようになるみたいなのもありますし。
取るかどうかの調整とか。
確かに確かに。
それを手に取ってみて、どんなことを覚えてますか、最初読んだときの感覚。
本ですね。
本の中身。
ここに行きたい、そういうことに。
この本のここに行きたい、見たい。
場所どこでしたっけ。
イタリアだったんです。
イタリアはどこか。
ミラノとフィレンツ。
フィレンツに行きたいと。
ミラノは違った。
ミラノは。
どっちだかというとフィレンツに行きたい。
フィレンツの出てくるのがドーモの教会ですね。
そこに行きたいと強く思ったんです。
見たい。
へー。
そうなんだ。
これ恋愛の話じゃないですから。
そこではないといけないんです。
それがあって盛り上げてその場所かもしれないんですけども、
ここに行ってみたいっていうのは強く。
へー。
この未来30代、30のちょっと。
はいはいはい。
ちなみに行ってみたいっていうのはどこら辺でもある。
この本の。
行ってみたいと思った理由。
その描写みたいな。
はいはい。
このちょっとどの前なのか後の方かわからないんですけども、
この描かれている中にその風景とか情景が出てくるんですね。
もうそこで、もうそこからですね。
なんて言ったら。
イタリアっていうところに惹かれたのかもしれないです。
海外っていうところかもしれないです。
それが初めて印象に残っているのがイタリアであっただけであって、
それが違う国だったら違ったのかもしれないです。
アプリからあったかもしれない。
海外旅行するということがあまり、
その年代と言いますか、休みを長く取れるっていうところがやっぱり、
今とはちょっと違うかな。
いけないわけじゃないんですけど、
少し取りにくいところがあったかなと。
そんな時にちょうど10年、10年の永年金属のお休みは1週間もらえるんですよ。
そういうの当時からあったんですか。
そうあったんです。
それでその1週間をどう使うかを考えてたタイミングでもあったかもしれないです。
それが全然1年違ったらもしかしたら行くとかじゃなく、かもしれないですね。
かもしれないです。そのタイミングがあったのかもしれないですね。
そうなった。
どこにしようかと思っている時にもしかしたらここでイタリアが出てきて、
フィリンツが出てきて行きたいってなったのかなという、
遥か昔の方。
ちなみにこの本って僕さっき読んだことないんですけど、
青と赤の違いはどういう違いなんですか。
この作者の、この物語の中には恋愛なので女性と男性、主人公2人出てきます。
そのそれぞれの男性女性の目線から見たもの。
主役が違うんだ。
赤は女性の目線で見たもの。
青は男性の目線で見たもの。
私は赤の女性の目線から見た主人公の。
お先に読んでたのか。
お先に読んで、そうすると余計に、じゃあ男性の相手はどう思ってたのか。
それがすれ違ってしまうところに、もっと言葉、もっと伝えればいいのに。
言葉が足りない。
もっとこう言えばいいのにっていうのも、そこにもつながったのかもしれない。
確かにね。思いを聞く、伝える。
面白い。
いやいやいや、面白いな。
こう考えたことなかったですけど、こう聞かれると、自分がこう思ってたんだなって改めて考えますね。
ちなみに検定は行ったんですよね。
はい、それでその10年勤続したということでお休みが取れるので、そこで夢のイタリア8日間っていうツアーで。
いいツアー名ですね。
そのツアー名ももうぴったりだと思って、これは行きなさいと言っていると思って。
そっか、面白いな。
もうこれは自分、行かなきゃいけないものだと思って、一人で、そのツアーは。
当初は一緒に行く方がいたんですけども、何人かで一緒に。
で、一抜け余ってるから一緒に行かないって誘われたんですね。実は自分からのところでなくて。
で、誘われて是非行きたいっていうところが行ったものの、皆さん行かれなくなってしまったんです。
あなたどうするってなって、私は一人で行きたいっていう風に何故か言えた?
すごいですよね。海外に行くって言って誘われていいんだが、他みんな行かないって言われた。今でもないと思うんですけど。
そこで行ったらいけないのかなと思ったんですけど、これは行かなきゃいけないタイミングっていうのが。
まあ1週間ですからね、確かに。
私、この夢のイタリア8日間でしたね。これはもうその通りだと思って。話せない。
一人なんていうのは、さすがにそんな旅をしたことがなかったので、とってもそれも外国、勇気倍、とっても行ったんですけども。
でもそれが良かった。それがもう人生を変えたじゃないんですけど、大きく私を旅行にしたと言いますか。
そうなんですね。そのフィレンテでのすごい気持ちが残っているとか印象が残っているものはどんなのか。
この物語の中でも30歳の誕生日にこのフィレンテで。
30なんですか?
30なんです。
ちょうど。
その通りなんです。
私みたいな。
はい。
この物語の中で約束したのは学生の頃なので、20歳の頃ですよね。
10年後の30歳の誕生日の時にフィレンツェのドーモで会おうというか、そういう約束をした物語。
そういう約束をしてたんですね。
約束をして。
してみたいですね。
してみたいですよね。
してみたいですね。
それがあって、行ったりは行かないという話がありました。私はもうじき30です。
約束。
約束。
これは行かなければ。
いいだ。
なのでそこにそんな話があったので、その場所にも行ってみたい。
そうなんですね。
それはドーモ。
現実の場所なんだ。
はい。で、ドーモに登る。これをしてみる。
登ったらあれですか、もうちょっと見晴らしがいい感じで見えるんですか、街が。
いやー。
そういうわけではない。
それは違う広場で見ても同じように見えた気がするんですけども、ここに来たっていうことで興奮していたような気が。
なんか僕すごいそういう自分がすごい行きたい場所に行った時に、行く前と後でなんか世界が違って見えるみたいなことってあるよなって思ってるタイプなんですけど。
わきさんの聞いて聞いてみたくなったのが、何か世界は変わりましたか。
自分にとってですね。
自分にとって。
あの、こんな世界があるんだというか、例えば私、海を見た時に自分のなんか考えてることちっちゃいなって思うんですよね。
そんな時にフレンチの景色を見た時に、こんな景色見たことないし、外国だからなのかもしれないけども、なんかもっと違うものがあるんじゃない、いろんなところに。
自分が見えないもの、それをもっと見てみたいし、っていう、行きたいどこかに。
そういうふうに、この小さいところに、小さいところのというか、いろんなところにやっぱり見るようにしていかなきゃいけないんだっていうふうに変わったのかなっていう世界観が。
これそんな変化が、きっかけがあったんですね。
なんか今の聞いてると、若干僕が恥ずかしくなったんですけど。
何かっていうと、僕イタリア1回だけ行ったことがあって、主にミラノにいたの。
今回、あげられなかったミラノに。
ミラノ、それは大学院の時に研究周りでミラノに数週間行ったことがあって、研究周りばっかりしてた結果、他あんまり行けずだったんですけど。
その時の僕に残っている記憶は、すんごいつらかった。
あとは、緊急でね、大変だったっていうのと、
なんですかね、ヤオラご飯が美味しかったみたいな。
パスタってこんな種類あるんだとか、パスタこんな旨いんだみたいな、っていう記憶しかない自分が恥ずかしくなりました。
いやいや、でも食事も大事なので、そこで美味しいって思う、そこも大事だと思います。
美味しくなかった、逆に記憶に残りますし。
残りますよね、残ってる。
人生で初めてだったんですよね、日本食いらないかもって。
そのくらい美味しいと。
他の国行った時、絶対日本食って思ってましたけど、
イタリア、ミラノでは一回、期間の問題かもしれないけど、と思って、感動した記憶がありますね。
イタリアは見るところもいいし、食事も行った時は美味しく感じたし、
陽気さだったり、飲み物とかもね、普通に食事しながら、
昼でもワイン飲んだりとか、水の代わりにワインとか、
そういう雰囲気、そういうところがいいなって。
自分が解放されるというか、
解放されたんだ。
そうですね、それを思いました。
外国に行くとこんなに好奇心が旺盛になるというか、
こんなになんでか、こんなことなかったなって思ったのかも。
なるほどね。
いやー、来てては嬉しい。
ちっちゃな喜び。
そういう喜びみたいなものって、
他の人からしたら別に感じなかったりすることもあるじゃないですか。
でも自分しか感じないけれども、
すごい強く残っている喜びって自分にしかない喜びだと思うから、
そういうのが常に自分の中に残っているのも素敵なことだし嬉しいことだし、
そういうのがあって生きていると、
意外とそれに近しい喜びを日々の中に見つけたりすると、
嬉しくなったりとかしますし。
今のまきさんが聞いて思ったのは、
多分そういう喜びみたいなものはそれぞれ違うものがあるけど、
もっといろんな人の喜びみたいな話を聞けるといいなって思ったし、
聞けたらいいなって思いながら、
このホットキャストを始めたような気がするなみたいなことをちょっと思ったりしました。
結構いい時間だなと思っておりまして、