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スピーカー 2
そして今日は楽しむ力ってどうやったら身につくんだろう?
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
思って話したいんですが、一応お便りいただいているのを読みますね。
はい、お願いします。
お子さんが学校や習い事、休日の遊びなど何をやっても楽しくないと言います。
もちろん周りの環境調整も大事だと思いますが、
本人が楽しむ力をつけないとこの先やっていけるのかと不安に思っています。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
ということで、保護者さんも子どもが何やっても面白くないって言うとかが。
あるある。本当に言うよ。
スピーカー 1
ありますよね。
スピーカー 2
よく言う。僕も子どもの頃ずっと言ってました。
楽しくないって。
楽しくないって言ってる心がトゲトゲしてる時期もあった。
小学5年生くらいの時。
あの時を思い出しながらこのお悩みを聞いてたんですけども。
前提として楽しくないって言葉を消すのは簡単というか、そこに反応しないとか、
楽しくないってことによる注目の機能をなくしていくとか、
その言葉をなくすことはいろいろ理論でできるんですけど、
そこじゃなくて子ども目線で今回は。
なるほど。
大人がどう関わったらこの言葉が消えるかとかじゃなくて、
本当に子どもが楽しいを見つけるためにどうしたらいいんだっけとか、
そのために周りの大人はどんなことができるんだっけみたいなことを楽しい仕組み研究所の
なるほど。
しゅんすけさんといっしょに考えていきたいなと思っている感じですね。
スピーカー 1
よろしくお願いします。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
スピーカー 1
なんかあれですよね、答えがあってそれをバーンって言うとかっていうよりは、
何だろうねっていうのをいっしょに考えるっていうようなイメージで。
スピーカー 2
まさにそうです。いっしょに考えていきたいですね。
まず楽しくないってお子さんが言うときに何がその子の中で起きてるのかっていうのを
ちょっとみんなで考察してみたいと考えたいですけど。
よく言いません?お子さんとか。
スピーカー 1
楽しくないって。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
あんまり楽しいとか楽しくないとかを言ってない気もしますね。
楽しくない。
楽しくないはあんまり聞かないかもしれないですね。
スピーカー 2
今の質問とかもそうなんですけど、楽しくあらねばならないみたいなのがどっかにあるのかなと思いました。
まずね。
確かに確かに。
楽しい方が個人的にいいし、自分が関わる人が楽しんでる方がいいって確かに思ってるかもしれない。
スピーカー 1
それは思います。
それは僕も思うんだけど、楽しめてない自分みたいなやつをわざわざ定義されてるわけじゃないですか。
っていうことは楽しめてないのは良くないんじゃないかっていう気持ちがあるから、
僕楽しめてないって言っちゃってるのかなって。
スピーカー 2
なるほど。
じゃあ楽しめてない自分は良くないんだって。
そう思ってるから、その状況をどうにかしなきゃいけないみたいな、そういう現れなのかもしれない。
のかなって思いましたちょっと。
確かに。
似てるんですけど、面白くないとかも最近よくSNSとか、おもんないとか。
スピーカー 1
おもんないとか。
スピーカー 2
これ子どもたちもよく言うんですよ。
それおもんないとか言うんですよ。
そこも共通する部分あるのかなって思って。
面白くないとか楽しくないって別に思うだけでいいじゃないですか。
確かに。
でもそこから別に離れていけばいいだけのものを、わざわざその空間で表現するっていうのは何かしらのメッセージは。
スピーカー 1
確かに。
スピーカー 2
なるほど。
それがさっきしゅんすかさんが言った、今の状況楽しめてないの良くないから楽しみたいみたいな要求なのかもしれないし、気持ち悩まれなのかもしれないし、とは思いましたね。
だからどうにかしたいんでしょうね。
どうにかしたいんでしょうね。
この状況を。
なんでどうにかしたいって思ってるかっていうと、不快なんじゃないかなって思うんですよ。
不快。
痛み伴ってる気もしてて、わざわざ表現するっていう。
スピーカー 1
楽しくないんだっていう状態が不快であるっていう。
スピーカー 2
不快であるっていう。
なるほど。
なんで不快かって言うとさっきしゅんすかさんが言ったように、楽しまなきゃいけない状況に楽しめてないっていう自分に。
スピーカー 1
なるほどなるほど。
スピーカー 2
ダメだと思ってるかもしれないし、僕自分の子どもの頃思い出すと、ずっと兄と遊んでるときに毎回かけっこさせられてたんですよ。
兄と遊ぶとき。
で、兄足早いんで何回やっても兄が勝つんですよ。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
で、兄はずっとよっしゃって喜んでるんですよ。
スピーカー 1
はいはいはいはい。
スピーカー 2
で、僕いつも痛いんですよ心が。
スピーカー 1
絶対負けるから。
スピーカー 2
負けてよっしゃとか言われて。
で、足早いねって兄が言われてて。
そんなの見てたときに痛いんですよ心。
だからそれから逃げたいから楽しくないって。
なるほどね。
逃げたって言ってたっていうのを思い出した。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
僕も近い感覚あって。
僕は逆に大人になってからの感覚ですけど、
とある知り合いが、いっしょにスポーツやってる知り合いが、
日本選手権とか大きい大会は出たくないけど、
普段のスポーツいっしょにやるのはめっちゃ好きっていう方がいて、
その人はやっぱガチな舞台になったら、
ちゃんとやらなきゃいけなかったり評価を受けたり、
スピーカー 1
はいはいはい。
スピーカー 2
勝ち負けが生じたりっていう、これがストレスである。
そっちの世界に行くと楽しくない。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
でもスポーツは好きだから。
遊びの時はやるって。
そういう評価軸で勝ち負け決まったり、
無力感を感じさせられるみたいなのが、
楽しくない要因なんじゃないかと。
スピーカー 1
なるほど。
それけっこう近いなと思って、近い考えとしてあるのは、
やらされると楽しくなくなるんじゃないかなっていう気はしてて、
よくゲームやめなくて困ってますみたいな時に、
どうやってゲームをやめさせる、
まあやめさせる人ないんですけど、
やめさせるかって言ったらすっごい簡単で方法は、
ゲームを義務化しちゃうんですよ。
スピーカー 2
あーなんか聞いたことあるなそれ。
スピーカー 1
ありますよね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
それで必ずゲームどんだけやってどういう点数があったかとかを報告させられて、
なんで今日ゲームしたいんだみたいにすると、
すごいゲームしたくなくなるみたいなのがあって、
やんなきゃいけないものになった途端に、
全部楽しくなくなるんじゃないかなっていう気はしていて。
スピーカー 2
なるほどね。
ちょっとそれ何かに似てますね。
仕事?
宿題。
宿題ね。
毎日義務化された途端に勉強嫌いになるみたいなことに似てますね。
スピーカー 1
めちゃくちゃ僕それ思ってて、
僕勉強嫌いじゃないんですよ。
嫌いじゃなかったですよずっと。
だから勉強嫌いっていう風な子どもがすごく多いのが、
なぜかなって思ってたんですけど、
やんなきゃいけないになった途端にきっと嫌になっていて、
娘とかも別に子ども、娘を育てるとき、
ずっと勉強は楽しいよって言い続けてきたんですよ。
勉強って楽しいよって。
楽しいじゃん、面白いじゃんって言ってきたけど、
やっぱり勉強嫌いな感じが出たりするんですよね。
何かなって思って、
楽しいって言ってたのに何が楽しくないの?って言うと、
やっぱり宿題が多すぎるとか、
いつまでやんなきゃ怒られるとか、
それが入っちゃうと楽しくなさそうなんですよ。
でも宿題やってるときに、
例えば数学の問題とかで図形考えて分かんないってなったときに、
パパ教えてって言っていっしょに考えるじゃないですか。
そしたらだんだん楽しくなってくるんですよ、娘も。
こっちがいっしょなんじゃない?とか、ここ合同なんじゃない?とか、
っていう話をしてたら楽しくなって分かったみたいになって、
次の問題は私一人でやろうみたいな感じになったりするから、
やっぱりそこだけ見てると、
勉強ってガーンと大きなカテゴリー作って、
これはいつまでにどんだけやらなきゃいけません?とか、
テストがあって、ちゃんと点数が出るんで、
スピーカー 2
成果を出さなければいけません?とか言われたら、
スピーカー 1
なんか嫌になっちゃうみたいな感じが、
全体的にあるのかなって思います。
スピーカー 2
ありそう。
僕、勉強大好きだったんですけど、
定期テスト嫌いだったんですよ。
スピーカー 2
今思ったのが試行錯誤を自分でやれてるというか、やらされてるんじゃなくてやれてる感覚があるなと思って、
例えばじゃあプログラミング始めますっていう時に、
まずすごい難しいコードを覚えてからハードルがあってからスタートじゃなくて、
スプリンギンは限りなくハードルが低くてまず取り掛かれるみたいな。
だけど僕が見たスプリンギンのイベントに参加してる子どもたちはあえてめちゃくちゃめんどくさいことやってた。
知ってた知ってた。
細かいこだわりのある設定とか、ゴールに近づくにつれてどんどんキャラクターがちっちゃくなっていくと謎の設定してる子どもたちとか、
試行錯誤を自らの意思でできるみたいなところはそこの仕組みがあると楽しいになるのかなと思ったりしてすごい面白いですね。
スピーカー 1
そこけっこう大事と思ってますね。
スピーカー 2
試行錯誤、僕子どもの頃思い出すとトレーニングカードゲーム、遊戯王とかデュエルマスターズとか、
カードゲーム大好きであれはデッキ構築を自分で試行錯誤して勝負にいくからそういう感覚なのかなというのか。
スピーカー 1
できたっていう。
スピーカー 2
確かに。カードゲーム思い出すと毎回負けてる友達は確かにすぐにカードゲーム嫌いって言って来なくなる。
確かにね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
僕こういうスモールステップの原則とか言って、とにかく最初は自分ができるってところからスタートして、
それの感覚をつかんでいくと自己交流感、自信が湧いてきて苦手なことにもチャレンジできていくんだみたいなことを言うんですけど、
そうすると必ず社会はそんな甘くないと。苦手なことに立ち向かわなきゃいけないことがたくさんあるんだと。
楽してばっかりだったら楽することばっかり覚えてしまうじゃないかっていう意見もけっこうあるので。
ありますか。
すごい不思議な顔されてますよね。そんなことについてどう思いますか。
え、そうなんだって今思って聞いてる。本当に純粋に不思議そうな顔されてる。
あるよね。言われますよ。
そんな楽ばっかしてって。
社会で通用するのって。
この間まさに新年提案しに行ったら、学校っていうのは大変な中でも自分で発表する力をつけるんだとか、
チャットとか使ってやっちゃう。そんな楽してたら社会で生きていけないぞとかっていうことを。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
これ聞いてないから大丈夫かなって方もいらっしゃったりとかして。
意見としてはあると思うんですけど。
スピーカー 1
意見としてはあるのはわかりますが、僕は全然反対な意見というか思っていて。
スピーカー 2
あんまり言われたこともないんですけど、苦労をしなくていいならしなきゃいいじゃんと思ってます。
スピーカー 1
あえて苦労する意味は全くわからないですね。
社会で通用しないわけないじゃないですか。
スピーカー 2
なんでですか?社会って苦労いっぱいないんですか?
スピーカー 1
苦労をしなきゃいけないんですか?社会って。
スピーカー 2
学校ってくくっちゃうとあれですけど、学校教育でよく聞いてた言葉は、苦労して苦労して頑張った先に達成があって。
とかって美学はやっぱり。
スピーカー 1
僕それめっちゃ間違ってると思います。
スピーカー 2
間違ってんだこれ。
聞きたいです。
スピーカー 1
だって苦労しなくてもできた方が良くないですか?
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
達成が目的なら苦労して達成するのと苦労せずに達成するのだったら苦労せずに達成した方がいいですよね。
苦労して達成する意味は何でしょう?
スピーカー 2
僕思ったのは、これだったらしゅんすけさん、確かに言ってるんじゃないかなってやつは、
自分が苦労して得てきたもの。
例えば僕だとポッドキャスト編集だとしたら、その編集を頑張って何時間もかけてやんない人がAI使って編集できますって、
そりゃ力つかないよ、やった方がいいよって言いたくなる。
スピーカー 1
そこはむちゃくちゃ同意なんですけど、
今ポッドキャスト編集をむちゃむちゃ頑張ったのは苦労だったのかってことだと思う。
スピーカー 2
苦労じゃないんだよな。
スピーカー 1
そうなんですよ。
そこが大事で、さっきの楽しいにもつながる気はするんですけど、
やりたくないことを無理にやるっていう苦労はやんない方がいいんですよ。
やりたいことだったりやりたいかどうかわかんないけど、ほっといてもやってしまうことはやったらいいんですよ。
これは誰から見て苦労と認識されるかだけの違いであって、
一番僕は今の課題に対していいソリューションは、
本人は苦労だと思ってないけど、他人は苦労だと思っていることを見つけること。
例えば、いちょさんは本当に楽しかったし、自分がどんどんできるようになってるのも良くて、
ポッドキャストの技術が上がっていって、より良い音になったりとか、
良いストーリーができたりとかが楽しかったからやってたと思うんですよ。
そうすると技術は上がっていくじゃないですか。
苦労っていうふうには本人は思ってなくて、より良くなりたいからやってただけだったのが、
また全くポッドキャストとかがわかんない人が見たら、
あんな面倒くさいことやってるねって思ってるっていう状態だと思うんですよ。
これは良い苦労です。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
ただ、僕はそれを苦労と思っていない。
だけど、もしかしたら先生は良く苦労したなと思っているかもしれない。
頑張って苦労してるなと。時間かけて何回も編集し直して苦労してるねって思ってるかもしれないけど、
当の本人は別に良いのが作りたかったから何回も繰り返しただけであって、苦労しようと思ってしたわけではない。
スピーカー 2
確かにな。
なんとなくわかる気がします。
逆に僕は確かに嫌じゃなくやったんですけど、
その人にとっては苦労になりそうだけど大丈夫かなって思う時もありますね。
はいはいはい。
無理して頑張ろうとしてる人に対して。
だからその人によってって違いますね。
スピーカー 1
人によって違うので。
スピーカー 2
ハードルが。
スピーカー 1
なので僕は無理にすることはしなきゃいいのになって思ってます。
頑張らないとできないことはやらない方がいいと思ってるんですよ。
基本的に。
多少もちろんやらないと生きていけないものもあるので全部とは言わないけど、
ただメインにするような大きなこととか、
仕事にしたりとか勉強にしたりもそうなんですけど、
スピーカー 2
自分が一番時間労力をかけるであろうものが、
頑張らないとやれないことである時点で早く変えた方がいいと思います。
スピーカー 1
小さいうちとか子どもの時にその発見のプロセスなんじゃないかなと思うんですよ。
子どもの時期って。
いやこれ全然できないし、やる気が起こらないし、ダメですってなった時に、
本当だったらこれあなたは向いてなかったんでね、やめようと。
違うことをやった方がいいんじゃないっていうのが僕は先制じゃないかなって本当は思っていて。
ここは苦労してやるべきだ。将来役に立つんだからっていうのは、
間違ってるなって思いながら聞いてました。
スピーカー 2
なるほどなるほど。
じゃあ今楽しくないっていう時に、
例えば楽しむ力をつけようということで、自分でルールを工夫するとか、
いろんなそのことに対する楽しむ方法はあると思うんですよ。
スピーカー 1
はい、思います。
スピーカー 2
だけどっていうよりは、もっと自分が苦労しなくても楽しめるところを見つける努力をした方が、
スピーカー 1
そうですそうです。
スピーカー 2
コスパいいんじゃないかっていう。
スピーカー 1
そうですそうです。
スピーカー 2
そっかそっか、それはそうかもしれないですね。
確かに。
なんか前回収録した時に、
しゅんすけさんの人生の哲学的な部分で、
世界の幸せの総量が増える。
スピーカー 1
出ましたね。
スピーカー 2
そこを選んでいくみたいな話してたじゃないですか。
そこにも繋がりそうな。
スピーカー 1
でもそうですね、たぶん思います。
やっぱ一番いい状態は、
みんなが無理しない状態なんじゃないかなってたぶんどっかで思ってるんですよね。
なんで無理がいろんなとこで歪みを生んで、
喧嘩になったりするかもしれないし、
うまくいかないとかなったり、
担任が羨ましいとかなったりする、
承認欲求とか繋がったりとかしちゃう、
スピーカー 1
でもそういう方向に教育の指針とかが変わっていくのはめっちゃいいですね。
スピーカー 2
いいと思いますね。
スピーカー 1
けっこういいですよね。文科省が出すやつって。
いつもいいですよね。
スピーカー 2
かなりいいこと言ってますよね。
軍隊教育でとか言われるのを聞くんですけど、
実はめっちゃ変わってる。
アップデートされてきて。
方針もアップデートしてて。
これを言うと、
自分の好きなことだけしか伸びないんじゃないかって言われると思うんですけど、
フロー式理論ってよく言うんですけど、
好きなことを突き詰めていった結果、
そこに付随していろんな思考力とか意識って身についていくじゃないですか。
ここを突き抜けたこの思考のスキーマみたいな、
このピラミッドの突き抜ける経験、突き抜ける力とか、
そこに付随する思考力とかって、
他にもやっぱり転移できるじゃないですか、この感覚って。
だからやっぱり好き得意を見つける努力をするっていうのは、
今なんか改めて腑に落ちて。
スピーカー 1
なんか一個心配だなって思ったのは、
好きとか得意を見つけなければならないってなったら、
今度は苦労する。
見つかりづらい。
スピーカー 2
言葉にしちゃいけないのかな。
好き得意見つけようぜって言っちゃうと、
やらされるんじゃないのか。
スピーカー 1
ギフトになっちゃうんじゃないかっていう心配が今出てきました。
スピーカー 2
すごい良い心配ですね。
じゃあどうしよう。
僕はそうなるとすぐにやっぱり教育者モードというか、
これから生きていくためには好き得意見つけるのが大事なんだ。
これ多分教師言っていくと思うんですよ、5年後。
みんなすぐ指導要領書いてること大事ですよ。
そうなると好きを見つけることをやらされるっていう矛盾が生じる気がしてて。
大人どうしましょうか。
指導要領は先生たちが見て、
伝え方はやっぱり違うようにした方がいいかもしれないですね。
先生たちはみんな好き得意が大事と思ってるけど、
好き得意が大事だから好き得意見つけろとは言わないような仕掛けをしておいた方がいいかもしれないですね。
スピーカー 1
こないだポッドキャストの収録を続きをやったんですよ。
今公開されたやつがちょうど5人でしゃべったやつじゃないですか。
あの後に公開するやつがノリドメテコジョっていうところの人たちが来てしゃべったんですよ。
若手の人たちの話がすごい近くて、
ちょっとしゅんすけさんに相談ありますとか言われて、
スピーカー 2
やりたいことを見つける方法がわからない。
スピーカー 1
やりたいことをやりなさいと。
会社の指針としてやりたいことをやれっていうのが出てる。
好きなことをしていいぞというふうなめちゃくちゃいい会社なんですよ。
とは言われたとして、
そんなこと言われてもやりたいことってどうやったら見つかるんですか?みたいな感じの質問。
スピーカー 2
なるほど。
これはすごい発見をした気がする。
スピーカー 1
同じことが起こるぞって今思います。
スピーカー 2
それはキャリア教育。
日本でもキャリア教育ってあって、
やりたいことを見つけてそれに向かって人生進めていくのが主体的な生き方みたいなのが
例えば定義されたとして、
そしたらやりたいことない人がもしかしたら私ダメなのかもしれないって思う。
スピーカー 2
そんな矛盾も生じますね。
じゃあやりたいことを見つけなければならないっていう。
それって本質じゃない気がしますね。
どうしましょう?見つけちゃった。
スピーカー 1
そう思って、
じゃあどうでしたかって言われたんですけど、
僕別にやりたいこと特にないんですよ。そんなに。
昔から別になかったし。
だけど他から見るとめちゃくちゃやりたいことがあって、
スピーカー 2
それを選んでやってる感じがすごくあるように見えちゃう。
スピーカー 1
別にそんなどうしてもこれやりたいとかがあったことそんなにないんですよね。
じゃあどうやって楽しいことをやろうとしてきた?
楽しいことって何だったんだろうって思ったら、
一つはやりたくないことをやらないなんじゃないかなって。
さっきの楽しめない、頑張るってこととけっこうつながってくるんですけど、
僕は頑張るって本当は良くないんだと思っていて、
頑張らない状態の方が絶対健全なんですよ。
無理してるってことじゃないですか、頑張るって。
だから自分がやりたくないことをいかにやらないようにするかっていうのを考えてきたんですよね。
やりたいことを見つけるとか、好きなもの何ですかってめっちゃ困るんですよ。
いろいろ何でも好きみたいな感じしちゃうし。
でも嫌いなものは割と言えるんですよ。
嫌なこととか、こんなことを仕事でするのは嫌だとかもけっこうあったりするし、
食べ物とかでもやっぱり食べたくないものとかはあったりする。
でもどうしても食べたいもの1個選べってすごいむずいんですけど。
だからそれって嫌なこと、嫌いなこととか嫌なことって意外とみんなけっこうあるんですよ。
スピーカー 2
それを外していって残ったものは好きになるかもしれないことじゃないですか。
スピーカー 1
これ心理じゃない?
スピーカー 2
それだけはとりあえずやってれば、そのうち特にこれはいいかもとかが出てくる気がしているので。
スピーカー 1
面白いです、めちゃくちゃ。
スピーカー 2
そういう好きなことの見つけ方のほうが楽なんじゃないかなっていうふうには思っている。
スピーカー 1
すごいっすわ。楽と楽しい、同じ感じですね。
スピーカー 2
そうなんですよ。
なりさわしゅんすけさんってよく話す方がいるんですか、ティーチャーで。
その方も好きなことの見つけ方は簡単ですと。
スピーカー 1
それはもう嫌いなことを書き出していくことですと。
スピーカー 2
いっしょだ。
残っていったものが好きなんじゃないかみたいな話があったのと、
グローカルリーダーズっていう番組で宇人くんっていう中学生かな。
中学生の段階で自身のプロダクトを作っている子がいて、エコオブマインドっていう。
その子も今こんだけ主体的にプロジェクト作っているけど、最初はそんな崇高なやりたいものはなかった。
だけどどうしても学校の勉強が嫌だった。
学校の勉強が嫌だ、それから嫌だけど、この嫌なことから逃げて、
どうやったら自分はこの世を楽しく生きていくことができるのか。
先に嫌から逃げることを始めたんですって。
そしたら今のプロジェクト型の学習、アントレプレナーシップ型の学習が合うってことに気づいて、
今すごい羽ばさばさ、羽ばさばさで今活動してて、今学校楽しいって言うんですよ。
将来のプロダクトに向けて、今友達と一生懸命話をして楽しいって言うんですよ。
だから今まではやっぱり逃げるのってダメっていう考え方だったけど、
そこから逃げて逃げて逃げて見つけるみたいなのも一ついいんじゃないかなって今認識が変わった。
スピーカー 1
多分みんな頑張りすぎなんだと思うんですよ。
スピーカー 2
そうなんだな。
僕は頑張らないっていう言葉を提唱したい。
スピーカー 1
大事なんじゃないかなと思ってて。
何ですかね、頑張らないとできないこと、頑張らないと続けられないこととかは、
やっぱり絶対自分の何かを無理させてるわけじゃないですか。
それってやっぱりどっかで破綻しちゃいそうな気はするから、
スピーカー 2
頑張らなくてもできることを見つけるみたいなところが楽しいこととか好きなことを見つける方法というかステップなのかなっていう気がしてきました。
これけっこう大きめの提案なので批判的に検討してみたいんですけど、
人間には回避、その不安とかから逃げると報酬系の脳内物質出るって言われてて、
僕は大勢がいるイベントとか当日になって急に行きたくなくなる、多分誰しもあると思うんですけど、
それは楽しそうっていう反面不安とか緊張とかで逃げたくなるっていう。
これを一度ドタキャンしてキャンセルした時に報酬系の物質がドバッと出る。
だから言ったら回避して気持ちが良くなって、この回避癖がつくっていうのは、
やっぱりよく認知行動量が出てて。
でも結局不安乗り越えていったらもっと楽しかったりするじゃないですか。
今回避するで楽しいことを見つけるっていうのが大事っていうこと。
もう一方、不安とか緊張とか苦悩を乗り越えた先の楽しいみたいなものも大事な気もしてて。
スピーカー 1
大事だと思います。
スピーカー 2
長期的に見たら長期的に実現したいことを達成するためには目の前の不安緊張を乗り越えるみたいなことで。
大人は大事って分かってるじゃないですか。
その辺をどう子どもが乗り越える設計できるだろうみたいなのを。
スピーカー 1
それが教育なんだろうなって気はするんですけど、教えるというよりは、
例えばさっきで前の話に戻ると、ちっちゃな成功体験をどこに仕込んであげるかが大事になってくる気はするし、
ちょっと今話聞いてて僕が言いたかったことと少し違うなと思ったのは、
スピーカー 2
逃げろとは思ってないんですよ。
スピーカー 1
やらなくていいことをやるなに近い。
なんですかね。
スピーカー 2
確かに。
スピーカー 1
例えばみんなの前で集まるところで話をするとかをやりたくないって一瞬思っても、
でも大きな目線で見たらやりたい方向に入ってるじゃないですか。
だからやりたいことは全部逃げて回避すればいいじゃんっていうよりは、
スピーカー 2
無理しなきゃできないことを継続するってことをやめた方がいいんじゃないですかね。
なるほど。単発ではそれに超えるのは大事じゃないですかね。
スピーカー 1
単発はやることはもちろん必要だし、別にそれをやらない方法を考えても全然ありだと思うんですよ。
だけど、サボりたいとかやりたくないじゃないんですよね。
そこが頑張らないっていうとけっこう誤解されちゃう気がするんですけど。
スピーカー 2
整理できましたかなり。
例えばこのAという取り組み、毎日縄跳び100回する。
毎日縄跳び100回するっていうのがまずやりたくないですと。
だけどこれをやった先にジャンプ力が上がって、
僕でいうと小学校の時代バレーボールしてたからバレーボールでスパイクめっちゃ強く打てる。
その先に向かってるんだったらやった方がいいし、
もしこの縄跳び100回がそこの先に何もないのだとしたら、
これはやめた方がいいっていう。
本当にただ嫌だだけだったら。
だからこの目の前の自称に対して、この先にちゃんとその子にやりたいことが好きがあるかっていうのを
いっしょに検討する作業は大人できそうな気もしましたね。
スピーカー 1
そこまで考えるとやっぱりもう一個考えちゃうのは、
そのいいスパイクをがっつりジャンプして打てるようになるために、
本当に縄跳び100回やるのかって思っちゃう。
スピーカー 2
確かに。別なり方でいいじゃんっていうやつ。
スピーカー 1
僕が思ってる頑張らないとかやらないっていうのは、
それ自体をやめるってことじゃなくて、別のルートあるんじゃないって思っているっていうところ。
スピーカー 2
やばいな。神回じゃないですか。
神回じゃないですか。
そこまでやっぱり伴奏大事ですね。
スピーカー 1
伴奏大事ですね。
スピーカー 2
大事。だし、本当に縄跳び100回大事だってなったら、
じゃあ10回からやってみようってやってて、
そうですそうです。
有能感を感じるとか。
そうですそうですそうです。
そうか。別ルートでできないだろうかは常に頭の中に持っておきたいですね。
スピーカー 1
やんなくて済むならやんなくていいじゃんって思ってるんで。
確かにあれですね。
スピーカー 1
今やれることは今やれ、明日に先延ばしするのはどんどんやれみたいなことをよく言うじゃないですか。
自己啓発系のやつ。
スピーカー 2
ありますよたまに。
スピーカー 1
僕あれも違うって思ってて。
先送りできるなら先送りした方がいいと思ってるんですよ。
やんなくてもなんとかなるってことじゃないですか。
結局やんなくて済むかもしれないなら先送りした方が絶対得じゃないですか。
その間別のことで言うし。
嫌だなとかやらなきゃだなっていう思いもしなくていいし。
だけどそれをやらないとさっきアルカさん言ってたやりたいことっていうところにつながってて、
これをやらないと絶対次のステップに行けないんだったらやりゃいいじゃんと思って。
でも割とどんなことでも先にやれ先にやれみたいな感じがあって、
スピーカー 2
それは行きづらそうだなって思って。
もう一つ視点気になる。
とはいえなあとび100回が何につながるか分かってなくても、
それをやったら見えてくるものあるじゃん。
乗り越えようよ頑張ろうよみたいなことに対してはどう思うんですか。
例えばどんなの。
なあとびで言うとそうやけど。
質より量みたいなの言うよね。
まず量をこなしてそこに見える。
将来なんて見えづらいんだからまず目の前のこと全力でやってみたらって。
量まずやって。
それがスポーツでもそうだし仕事でもよくあると思うんです。
あと勉強でもね。このプリントじゃあもうまずやってみようよ。
スピーカー 1
でもそれはそういう一面は絶対あると思うんですけど、
でもそれって絶対それによって何かがあるわけじゃないですか。
スピーカー 2
何か得るものが。
スピーカー 1
それを教えてほしいですよね。
大人になったら分かるんだから今頑張っとけとかは大人の怠慢じゃないかなって気がします。
スピーカー 2
えー好き。
確かに確かにそこの努力は大人もするべきですよね。
そんな努力を強いるんだとしたらそれは誠実だな。
例えば実際にあって量を失ければならない。
到達できない境地っていうのは絶対あるじゃないですか。
例えば2年生の頃の算数をひたすらこなしていくっていうのは数の暗黙値っていって
それをできてるかできてないかで数を扱うときの感覚が全然変わるみたいな。
そういうのはあって。
それを盲目的にやらせるんじゃなくて
これをいっぱいこなすことによってこんな問題が解けるんだよみたいなことを
示してあげるのは先に生きるものとしては。
そうそうそれは重要ですね。
スピーカー 1
もしかしたらちっちゃすぎて理解できないのかもしれないけどやっぱり言ってほしい。
僕今の話小学校の時に言われたらもうちょっと計算やってた可能性はある。
なぜやるかがわかったらやれるタイプだったんで。
スピーカー 2
すごいな。
スピーカー 1
あとはもう一個言うとせっかくそういう大人たちとか先人たちじゃないですか我々。
いろんな教育の理論とかもわかってるわけだからゲーム理論とかもあるわけだし
なのでそれを示した上でどうせやるなら楽しくできる方法はやっぱり提供してほしい。
スピーカー 1
ほんとやな。
競争も一個の方法かもしれないしこんだけやったら何か出てくるとかもあるかもしれないし
問題がだんだんその人のちょうどいいように難しくなっていって達成感が得られるでもいいし
何でもいいので続けたくなる要素はやっぱり用意したいなって思いますね。
スピーカー 2
そうやな。
なんで世の中は苦労とかが見解されてるんでしょうね。
スピーカー 1
わかんないですけど自分が苦労してきたから人にはもうやらせたいんじゃないですか。
スピーカー 2
でも苦労した成功体験をお相手にもしてほしいっていう感覚があるんでしょうね。
大谷翔平選手、例えば一郎選手とか毎日同じことずっと繰り返してるじゃないですか。
そのエピソードだけを聞くと一郎選手もすごく辛いことを毎日やってきて
その成果なんじゃないかなっていうふうに思うけど
一郎選手とか大谷翔平選手って休日もトレーニングするらしくて
切り替えしなくて大丈夫なんですかって言ってもそもそも苦じゃないからみたいな話するじゃないですか。
だからあのエピソードを苦労して乗り越えたって捉えるんじゃなくて
しゅんすけさんが言うようにそもそもそれが苦労じゃなくて
続けられることがだから続けられたみたいな。
そのメガネは大事そうですね。
じゃあ学校の勉強がそもそも全部苦みたいな子にとっては
スピーカー 1
それを強いられるってのはやっぱり辛いですね。
難しいなともどもやっぱり一人の先生が何十人も教えなきゃいけない中で
それぞれの子たちに全部ベストな方法を出すとかは難しいよねとは思うんで
なんか部外者が勝手なことを言ってるんだろうなというふうには思ってはいるんですけど
ただどうせやるならその辛いのを我慢しろっていうことを強いるよりは
辛さを楽しさに転換する方法を提供するであったりとか
そうじゃない方法を先にやるとか
スピーカー 2
なんかあるんじゃないかなって気はしてしまうっていうのは
もう今まで教員時代の行動がいっぱい反省してきて涙が出てきて
楽しくないっていう子に対して楽しむ意志が大事だ
楽しむのは力だと
その力をつけなきゃいけないんだっていうような自分の言葉が出てきて辛いですね
スピーカー 1
僕はまだ楽しむ力大事だと思ってるけどそれは自分がそう生きたいから
スピーカー 2
強要はしない方がいいなって思いました
楽しむ力っていうのは精神論的な話じゃなくて
人種も多分わかると思うけど
いろんな仕組みによってその力がついていくというか
だから耐えて楽しむんだっていう脳に言い聞かせるんじゃなくて
自分は違うところで楽しめないだろうかとか
もっと違う方法で楽しめないだろうかっていうのを考えていくみたいなベクトルだと
いっしょにやっていけそうな気はしましたね
スピーカー 1
一個考え方としていいかもって思ったのが
楽しくないとか楽しめてないとかっていうこと言われた時に
今その人がどの状態かっていうと
まだ楽しめてないだけの状態だと思う
なぜかというと
これ楽しむじゃなくて成功の話を聞かれた時に答えたりすることでもあるんですけど
僕いろんなところで講演したりすると絶対聞かれる質問があって
今までにどんな失敗をしましたか
スピーカー 1
その失敗エピソードと失敗の苦労話を聞きたいですとかって言われるんですよ
みんな失敗好きなんだなって思うんですけど
スピーカー 2
だいたい僕そういう時に失敗したことないんでって答えるんですよね
スピーカー 1
大変なこといっぱいあったししんどいこともいっぱいあったけど
失敗したことはないです
なぜなら失敗っていうのは
本人が失敗だと認識した時に初めて生まれる現象だと思っているので
スピーカー 2
僕はまだ失敗してないだけです
スピーカー 1
自分で失敗したと認識してないんで失敗してないだけですと
だからいろんなこと自体は成功するまでの途中でしかないと認識しているので
失敗したことはないけど成功もしてないという状態ですよと
なので失敗のエピソードって言われるとなかなかしゃべれないし
失敗って難しいなと思うけど
大変だったこととかうまくいかなかったことの話はできますよ
っていうふうな話をしたりとかするんですよ
いっしょだなって思ったのは楽しむってなんだって思った時に
これ自分が楽しいと思った時が初めて楽しいなんだよなと思って
そりゃ人に今あなた楽しいですねとか言われる話じゃないじゃないですか
で旗から見てつまんなそうだなって思ってたら
本人めっちゃ楽しみなことも絶対あるわけですよ
って思ったら楽しいって結局本人の認識の問題だなってなったら
楽しめてないって言ってる人はまだ楽しめてないだけなんだなって思って
じゃあまだ楽しめてないだけだったら楽しめるようにすればいいだけなので
やってることが楽しいか楽しくないかは関係なくて
楽しいものじゃなかっただけかもしれないし
楽しみ方がまだ分かってないだけなのかもしれない
だから楽しむための途中なんだなっていう認識すると
楽しみ方がもしかしたら見つかるかもって思いました
分かりました?
スピーカー 2
めちゃくちゃ僕は不倫をつけます
道みたいなのが出てて楽しい方向と楽しくない方向に
二分してるんじゃなくて楽しいゴールがあると
今楽しくないのはそのゴールまでたどり着いてないプロセスなんだみたいな
イメージを持つとその子への見方変わりそうです
今楽しくないかわいそうとかじゃなくて
今途中だからどうやってそこまでたどり着こうかみたいな
そんな伴奏の仕方になりそうやな
しかもゴールの先にまた楽しくないもありそうですしね
スピーカー 1
ありそう
スピーカー 2
ゴールが楽しいだけじゃなくてそこも変わっていきそうな
スピーカー 1
そこに行ったら今度は違う楽しいがあっちに見えたりとかするかもしれないし
どんどん変わっていきそうですよね
スピーカー 2
面白いですね
結論とかではないですがいろんな認識のアップデートありました
ありましたねいろいろあったね
なんか楽しくないことやらんどこって思った
スピーカー 1
本当にそう思います
これは僕のポッドキャストを聞いてもらうと大変だった話ちょっとしてるんですけど
それなりに大変なことがあったんですよ会社が大変だったりとか
スピーカー 2
その時って何にも楽しくなかったんですよ
何も楽しくないしむしろ楽しんじゃいけないんだって思い込んでたんですよ
スピーカー 1
自分が今そんな楽しんでいいような状況じゃないんだって自分に言っていて
休むこともしちゃいけないと思ってたから休みも取っちゃいけないと思ってたし
学校とか絶対ダメでしょと思ってたし
楽しんじゃいけないって自分でなぜ思ってたのかって本当に思うぐらいそういう時期があって
でもその時は本当にいろんなことがうまくいかないことが多かったんですよ
そこから一旦全部やめたってなって諦めたというか
さっき楽しいことしかやらないって言ったのと同じ心境になって
仕事も楽しいことか楽しい人かどっちか楽しい人とするか楽しいことなのかどっちかしかやらんと思って
スピーカー 2
そこからそういえば俺そういう人だったじゃんって思った
スピーカー 1
あれなんで今まで楽しいことしかしてなかったのに
急に楽しくなっちゃいけないみたいな風になってたんだろうって
余裕がないとそうなっちゃうんですけど
そういうところからこれはもう意識的に楽しいことしかしないってした方がいいんじゃないかって思うようになって
そこからいろいろがやっぱり好転していて
のでこの年末年始僕がずっとけっこう何もしてなかったんですけど
スプリンギンの次の展開をずっと考えてたんで楽しかったんですけど
それをやりながら思ったのが多分今までだったらとはいえ
会社をやっぱり継続させるためにはちょっと違う仕事も取ったりとか
いつまでどれぐらいの売上げあげなきゃとかを年末には考えがちだったんですけど
考えなかったし考えないようにしようとしてたなと思って
だったら別に売上げとか全然どうでもいいって言ったら色んな人が怒られちゃうけど
そこを悩んだところで大して変わらない結果は
だったら本当に楽しいなって思えることだけをやってる状態が
多分周りに良い影響を与えるに違いないなと思ってて
スピーカー 2
そこで職業を中村俊介にしようと思ってて
スピーカー 1
なんか楽しい中村俊介がいたらそれで仕事お金
色んなものが生まれていくに違いないと信じて
ご機嫌でいいように近いかもしれないけどそういう状態が実はめちゃくちゃ
結果的には良い方向に進むんじゃないかなって思ってて
楽しいこと以外はせんとこって思ってて
スピーカー 2
楽しんじゃいけないって思ってた時は周りにもそういうちょっと厳しいというか
スピーカー 1
周りからしたら出てたかもしれないけど
もうなんか自責がきつかったんですよ
自分を責める実際そうだし会社が調子悪くなるのは社長のせいなわけだし
いろんな判断が誤ったから良くないことになってるに決まってるので
でももちろんみんなからは俊介のせいだって言われるじゃないですか
言われますよでもそうだなって思うしっていうのがあったから
自分は今そんなことしちゃいけないんだっていうふうにだんだんなって
スピーカー 2
これもう僕らも実感を伴って理解してるのが
ティーチャーティーチャーの遥人氏このロールをつけてた時って本当に
辛い時期があって
不登校の子たちの学びのサポートをしてる遥
これ困ってる人の力になりたいんだから
自分が幸せになってはいけないんじゃないか
うまく支援集められなくてティーチャーティーチャーが面白くなくて
子どもたちの学びもサポートできてないのに自分が幸せであってはずがない
だから勤めもなく働くっていうロール時期があったんですよ
結局役職をつけられるとか福田遥からティーチャーティーチャー遥になった瞬間に