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若者に自分と同じ経験を求めても仕方がない
2026-10-25 12:24

若者に自分と同じ経験を求めても仕方がない

世代ギャップの議論をしたパパQラジオの配信はこちら
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はい、どうもこんにちは、たからんです。 今朝ですね、あのー
定期的に配信の活動をしているパパQ っていうラジオトーク、ラジオトークっていうのをやってるんですけども、メンバーと一緒にですね。
それの新しいのが配信されまして、 ちょっと世代間キャップの話をしてますね。
メンバーの方がね、ちょっと50歳になりましたっていうね、おめでとうってところから始まってですね。
なんか50歳になると、自分がこう上の世代に感じていた、変化を好まないっていう世代に自分がなってきたな、みたいな話が、からですね、なんかそういうのって何だろうねっていう話をしたので、
ちょっとね、メンバー間で、30代から私40代で50代くらいの人っていうのがこう、いるメンバーの党なんでね、
ちょっとその辺の気持ちの現れ見れんがあって面白かったなと思ったので、よかったらぜひ概要欄に貼っておくので、聞いてもらえたらなと思います。
そこを受けてちょっと世代ヤップの話をちょっとしようかなと、ちょっと思ったんですけど、世代間キャップっていうのかな、その話題の中でもちょっと例的な話だったんですが、
若い世代っていうのかね、自分たちにとって今の、今のというのかな、どの世代、どの時代でも同じなのかもしれないですけども、
その若い人たちが自分がやってきた苦労というか、苦労だけじゃなくて経験みたいなやつっていうのを経ていないっていうことに抵抗感を感じたりとかこう、小言を言ったりするっていうのって、
結構自分、今の私自身もすごくあるんですよね。今仕事上のところで、中等で入ってきた30歳くらいかな、若い人が入ってきてて、
その人と一緒に仕事をするようになったんだけども、いろいろまだ入ってきたばっかりなんでいろいろ仕事を教えてはいるんですが、
何だろうな、ここのところをこういうふうにもっと考えたらとか、こういうことを習っていって勉強していきたいのかっていうのとか、
自分の中で勝手な期待をしてるんですよ、私がね。勝手な期待だと思うんですよ。それに対してできないって思っちゃって、こうじゃないの、こうじゃないのって言っちゃうんですけども、
だけど、何だろうな、自分はこういうことをやってきたから、今こういうことがわかってるっていうのが前提にあるんですよね。
それが自分の中では自然になっちゃってて、それをやってきてなければ当然わからないこともあると思うし、
多分彼は彼なりに考えてやってくれてるのはわかるんですよね。
それを私が勝手に足りないと思っちゃってる。何として足りないって言ってるかって言ったら、自分と比べてなんですよね。
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ただね、自分と比べてと言っても、自分が同じ年齢だったときにどうだったかっていうと、どうだったかな、全然覚えてないですけど、
全然覚えてないんだけど、覚えてないけど多分差があると思っちゃってるんだな。
自分がこのくらいの年のときにはこういうことをやってたっていうのが無意識感に確実にありますね。
例えばプログラミング的なところの基礎的な考え方みたいなところがないんですよって思っちゃうんですよ、私は、思ってるんですよ、彼に対してね。
だけど、SE、システムエンジニアというかセールスエンジニアというか、ゴリゴリにプログラムやってきた人じゃなければ、やっぱりわからないことっていうのはプログラミングやっていなければわからないんですよね。
私なんか別に大学のときから情報科学科でプログラミングとかも別に先行してやってきてるんで、別に全然好きじゃないんですけどプログラムって。
でもまあわかるわけですよ。そういうのと比べたら多分違うんですよね。
でもちょっと話はちょっとだけずれるんですけど、今プログラムとか別にわかってなくてAIに聞けばコードを書けるじゃないですか。
AIでコードを今は使ってるわけじゃないんですけどね、その仕事上でその人が作ってるわけじゃないんだけど、
そういう時代に減ってくると、自分はこういう風な論理を勉強して理解してやってきたりとか作ってうまくいかなかったりとか、そういうのを経ていろいろ考えたり注意したりということが経験してきた中で培われている
という感覚があるわけですよね。
それを持ってないでこの仕事をするのとかね、そこのところを勉強しないけどもある程度自動的にできちゃう。
それでできたって言えていいの。確かに動くものはできてるけど、それは根っこのところでどうだからっていう説明できるっていう感じのところを思っちゃうわけですよ。
っていうのって、やっぱり自分が上の世代から思われていたようなところと同じことをやってるんだろうなってすごく思うんですよね。
私も自分も携帯電話とかインターネットとか当たり前になってきて、当たり前になってきたって言っても大学入ってからですよ。
インターネットはもうちょっと前からありましたけど、就学ぐらいから始まった感じかなと思うけど、親世代とかね、親までいかなくたってもうちょっと自分の先輩世代っていうのは社会人になってからそういうのが始ま
ったとかそういう言葉ってあるわけですよね。
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そういうのに比べたら全然楽になってるじゃんっていうかね、全然ググって知ってるだけじゃんみたいなとかね、言いたくなると思うんで、そりゃそうだよなというふうに思うんですけど。
でも、何だろうな、それで悪いかっていうと、多分、良くも悪くも、上の人たちが感じて培ってきたものっていうのは感じられてないなと思うけども、
でも目的として何かをする、何かが出来上がってるっていうことを達成するために時間短く結果を得ることができてるっていう点は、悪いとは思えない点があると思うんですよね。
一番思うのはね、炊飯器、炊飯器、一番思うというか分かりやすく言うと、炊飯器で米炊くってもうガチャガチャって米ぐちゃぐちゃ研いでピッて押していつでもご飯食べられるじゃないですか。
あれ本気で考えたら、米をちゃんと何で研いで釜でどうやって引き加減を組みでやってっていうのが本当の米を炊くことだって言われたとして、
その苦労とかどういう風にやったら米ができるのかとか知らずにピッてやってご飯ができた、それご飯ができたと言えるのかって言われたら、ご飯はできてるよねって言いたくなると思うんですよ、自分は。
それでいいんだもんなって。そこまで確かに美味しいお米とか何かあるかもしれないけども、料亭のご飯作るわけじゃないし、
トンボだらけで二人でやってちょい忙しい中でこんなことやってるってできないよりも、ご飯ピッてやってご飯はできるっていうのが前提っていう風になって今生活を回してるってこと自体に悪いと思ってもないわけです
よね。
自分が若い世代とかに対してはしょってるって思うことって、多分自分が思ってるほどに重要じゃないかもしれないって思ったりしてます。
大事なものもあるんだろうけども、知ってたら一つの素養としていいかもしれないけど、体制に影響はないと言いますか、簡単にできて悪いことはないって思ってもいいんだろうなって思いますね。
その分違うところに考えを巡らすことができる。違うところに能力を回すことができるっていう風にするから、例えば本当に米を炊くってことにすごい能力とか考えとかっていうのを費やさなくてよくなったから、
家事専門に専業主婦、専業主婦というかね、昭和の時代の専業主婦だと米炊飯器を使ってるわけだからね、もっと昔の家族総出で家事をして一日かけて米炊いてみたいなことをやってた時代と比べたらピッてご飯ができる
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ことによって他の仕事とか他のことに力を回すことができるようになってるわけですよね。
子供とかも別に家事をしないで学校に行って勉強するとかってことができるとか、そういうことだから楽をしてるということっていうのはなるべく大らかにと言いますか、自分はそう感じちゃうんだなっていう風に留めてお
いて、
その分違うことをやってもらおうという気持ちになった方がいいのかなと、そんなことをちょっと思いましたね。
私もだんだんとそういう若い人たちっていうのは本当に若い人たちとして見えるんですよ。20代、30代いったら若い人たちに見えてくるんですね、10代とかね。
そういうエリアに入ってきたので、やっぱりポパキオの配信の中でも言ったんですけど、これからは自分がただ培ってきたものだけに固執するんじゃなくて、若い人たちの方が知っていることがある。
若い人たちの方がというか、その人その人が知っていることがあるから、それで自分にもあるから、対等にっていうんですかね、相手から学ぶ、自分からも学んでもらうっていうか、その相乗効果で生きていくっていう
考え方っていうので、
単純に長く生きてたからとか、いろいろずっとやってたから、ただアドバンテージがあるとか偉いとかそういうことじゃないっていう風な感覚でいきたいなというのは思いますね。
年取っている人間として一つあるとすれば、少し視野とか視座っていうのかな、その分見てきたものがある、時代の変化を見てきたとかね、これだけは絶対に若い人たちよりも感じられているところだと思うんですよ。
彼らが生まれる前のところから、彼らが生まれた瞬間から、やっと大人になっていくまでっていう今までのところの世の中とか世界とか自分の変化っていうのを感じてきているわけだから、そういう変化があったり
とか、ものっていうのは世の中あるよねぐらいのところの感覚っていうのはあるんだよねっていう話はできると思うんで、
そういうところで、年長者としての良さっていうのを発揮できればいいんじゃないかと、そんな風に思いました。
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ここからは次、うるさいおじさん、老人になっていかないように気を付けていきたいなと思います。
今日はそんなところで、今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
私の後ろには新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な気づきのある毎日となりますように。
タカランでした。それではまた会いましょう。
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