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ストーリーズ人生物語
ここは、STORYS STAND 池尻。
池尻大橋の共同書店に立ち寄った誰かの人生の物語をたどっていく番組です。
今日は、池尻大橋の店主でもある、田中真司さんにお越しいただいてます。
こんにちは。
こんにちは。よろしくお願いします。
田中真司さんのプロフィールを紹介させていただきます。
1979年兵庫県生まれ、東京青山のジュニュラル邸で6年勤めた後、
2009年に上野正人さんと池尻大橋にトロパン東京を開業し、シェフに就任されました。
2010年には、世田谷大田にトロコーヒー&ベーカリーをオープン。
現在は統括シェフ兼パン主席研究員として日々パンの研究に卒身しつつ、
ベーカリーのプロデュースや講習会の講習もこなされています。
ということで、ようこそ池尻のスタジオに。
呼んでいただいてありがとうございます。
パン屋さんを池尻でやられているということで、
我々ストーリースタンドは8月にこのスタジオをオープンしたばかりなんですけども、
前を通りがかった社長さんが見つけていただいて、
ぜひここに田中さんのうちのシェフの人生を並べたいというふうに見出していただいたっていうのが経緯だと。
そうですね、本当にありがとうございます。
早速人生の話を聞いていきたいんですけど、子供の頃はどんなお子さんだったんですか?
僕は裏におじいちゃんおばあちゃんが住んでたっていうのもあって、すごい優しいんですよ。
ちょっと離れたところに母方の祖母だけがいて、妹とよく似た病気の母親のお姉さんが一緒に住んでるんですけど、
そこにすごい愛されて育ってて、やっぱり家族にもすごい愛されてたんで、3人兄弟で真ん中で。
だからその愛情をすごい僕はもう受けてるんで、もう大満足っていう感じなんですよ。
だからそれを分け与える精神っていう感じはもう最初から幼稚園の時から聖書とかで教え込まれてたんで、
僕大好きで、そこの幼稚園がもう牙になってるのは全部そこじゃないですかね。
小学校はもう特攻拒否になってしまってとかがあったんですけど、
幼稚園が好きすぎて逆に行けなくなって、並んでる机とかがあるところに先生が立ってっていうのが苦手で、自由すぎるんで、
そういうのが好きで、小学校にちょっと引いてしまったっていうか、行けなくなってしまって、
本をちゃんとランドセルに入れてみたいなもん、なんかああいうのが息苦しくて、
何がいいやっても言えないような空気感が嫌っていうか、幼稚園と全然違うっていうことだけで行けなくなってっていう感じでしたね。
だから自信がなかったんだとは思うんですけど。
もうね、47歳でしたっけ今年。
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40年前の話を今話しくれてますけど、
すごい覚えてますね。
そうみたいですよね。
悲しいぐらい、行きたいけど行けないっていうか、親も行ってほしそうだけど言わないし、
なんとかしなきゃなと思ってましたね、本当に。
あんなに楽しそうに幼稚園行ってたから余計に親に迷惑かかってるかなと、あの時から思ってましたんで。
脱出したって言っても、なんか友達が救ってくれてるようなとこもあるんですけど、
それでもやっぱりなんとなく行ってるっていう感覚で、休めるんならすぐ休みたい、
そういうのはずっと5年生ぐらいまで続いてましたからね。
休めるものならすぐ休みたいっていう。
学校はなるべく行きたいとは思ってませんでしたね。
私にも今小学生の息子たちがいて、
大人になっても今経験してることって覚えてるのかもしれないなっていうのをすごく強く。
そうですね。
余計になんかその、あの時よくしてくれたことも悪くされたこともよく覚えてますね。
あの時の目ってこういうことやったんだとか、大人がしたことが余計に今になって気付きますね。
よく言ってくれてるけどあの目つきは違ったなとか、
ああいうのは今になってよく覚えてるから、
こういう感じだったんだ、ああいう感じだったんだって形式だったんだとかいうのもよくわかるようになってくるというか、
よりだから鮮明に覚え出すのが、
あの時の幼少期の時のこと自体よりもあっちでやってた時の方が思い出さないんじゃないですかね。
今の方がよく覚えてるんじゃないですかね。
5年生ぐらいまでは学校になかなか行きたくないっていう。
そうですね、行ってはいるんですけど、
なんかこう何にも自信がないんで行きたくないなっていう。
なるべく行きたくない。ちょっとでも熱出ないかなと思いながらでしたね。
だから嫌嫌っていう感じだったんですねやっぱり。
どうやって克服されたんですか。
それも本当に不思議なもんで、
サッカーも補欠、少年サッカー友達がいるから入ってたような流されるような子で、
全然楽しいなと思ってなかったんですけど学校も。
マイク・タイソンはあの時普通の民放でボクシングの試合がやられてて、
衛星放送じゃなくて。
それで父親と一緒に見たっていうのが最初ですかね。
リングに上がる時にパッパッと左のジャブなんですけど、
今考えたらジャブをパパッと出したんですよ。
すごい早くてあの肉体でやってて。
もうかっこよくてもうこうなりたいと思って。
それですごいこう自分はガリガリやったんで。
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あんな風にだったら強くなれたら学校にビビらなくいけるのかなみたいなのはあったんで、
そっから毎日ですね、ボクシングのグッズを買ってもらえないんで、
グローブだけ、おもちゃ屋さんにグローブ売ってたんでそれを買って、
血まみれになるまで毎日木殴ってましたね。
サンドパックも買ってもらえないんで。
血が出ててグローブのところも垂れてくるくらい。
それでも強くなりたいから拳も強くなるって漫画でも書いてたしと。
やってましたね。
初めの一歩みたいな。
毎日それをやりましたね。
拳痛めてても毎日それが良いのか悪いのかわからないですけど、
強くなりたいって呼んで筋トレを目標を紙にペタッと貼って壁に。
毎日腹筋何回とか腕立て何回とか突破したら鉄割れ何回みたいなのをどんどんどんどん増やしていって。
実際本当に不思議なもんで、1年後の体型見た時に全然違うんですよ。
そっからやっと自信持って6年生からは楽しくっていう感じじゃないですかね。
そっからはずっと別に学校はっていう感じでしたけど、
高校の時も悪い学校やったんで、出だしを見捨て1年間友達全くできなくて。
なんかもういじめられてもないんですけど、
学校はボクシングが好きで行ってた学校なんであれでしたけど、
教室にポツンなんですよ。
あれはだから味わったことないような。
だからその時に小説読むようになったっていうのがきっかけですね。
退屈すぎてっていう。
友達が。
友達がいないから食堂行ってしまうから。
僕弁当やったんで弁当でも原料入ったりするキウイだけとかそういうのになるんで。
だからもう誰も近寄ってこないじゃないですか。
たまに顔腫れてる子とかでいよいよ。
いよいよですね。
だからそういうの。
だから5年生以来のちょっとあれでしたけど、
やっぱりちょっと大人には成り出してるんで嫌でしたけど、
なんか一人になる時間すごいある時が良かったなっていう。
本も読むようになってボクシングをもうちょっと深く考えるようになってとか。
友達と遊び回ってたら多分ボクシングも真剣にはやれてなかったんで。
ちょうど良かったかなと思うんですよね。
1年生の時は。
なんかそれをすごい今考えて思いますね。
おもしろいな。
繋がってくるんですね。
役に立ちたいっていうボランティア精神みたいなところから、
この愛情たっぷりで自分が育っているんだっていう風に。
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満足しすぎてるっていう。
そこからの小学校の楽さを感じて打ちしがれたところからボクシングが。
そうですねボクシング。
でおじいちゃんは、僕大好きなおじいちゃんは、
ボクシングとか殴り合いするっていうのをすごい嫌いしてたのは知ってたんで、
言わないですけど止めたりはしないんですけど。
なんかそれ悲しいなと思ってたんで、
勉強しようと思って高校の頭悪い学校なんですけど、
ここだったら勉強で一番なれるかもと思って、
毎日だから教科書読んでたんで。
で兄貴は頭良かったんで、
兄貴にちょっと勉強教えてもらったりとか。
それでボクシングの練習しながらそういう風に勉強もしてってなると、
脳梗塞になっておじいちゃんが倒れたんで、
リハビリが必要になってきてとかなった時に、
いつも介護に神戸と西宮で、
あの時だったらだいたい家からは1時間以上かかるんですけど、
結構1週間に4回ぐらい行ってたんじゃないですかね。
部活終わってそれで行って、
おじいちゃんの介護。
そうそうそうそう。
でそっから戻ってロードワーク行って、
でまた朝ロードワークして学校行って、
でまた部活やって、
でまたおじいちゃんに行ってみたいなのをやるようになって、
でボクシングやっててもっていうのをやっと分かってもらったみたいなところがあったんで嬉しかったですね。
ボクシング大好きだったんですけど、
だんだんとでも挫折しつつあった時だったんで、
おじいちゃんの世話してるっていうのよりも、
ボクシングに目が行ってない時だったのかもわかんないですね。
試合に勝ったり負けたり。
負けた時のあれって、やっぱボクシングってイチイチなんで、
勝ちの価値が全然違うんですよ。
サッカーもやってきたんで分かるんですけど、
いっぱいの重みってすごいんですよ。
気軽に毎週試合とかできないですもんね。
本当に。
多分もう精神的にやられてしまいますね。
原料もついてくるんで。
そういう面ではおじいちゃんのっていうところが結構ポイントになってからの、
原料中に見るものとかで変わっていったっていう感じですかね。
何が変わっていったんですか?
金融労働省とかでやってる、
原料の苦しい時に何も食べれない時に、
パンを作ってる様子っていうのが映ってたんで、
あんまり母親でも口聞いてなかったと思うんですけど、
その時なんかこう作りたいっていう、
自分では作れないんで作りたいって言ったのが首都連が最初なんです。
首都連。
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この原料の苦しみの時に、
この今のトロパンの原型につながる、
初めてのパン作りがあったわけなんですか。
そのきっかけが魔女の卓球日。
魔女の卓球日ですね。
あれはだから高校2年生なんで、
もう冬だから多分そういう本があったんだと思うんですよ。
首都連が載ってる。
そっからですね、なんかハマって近所の人に渡したらすごい嬉しそうでみたいな。
だからもうその頃にはボクシングから若干解放されたかったんですかね。
孤独だし、ずっとそれと付き合って毎日過酷な練習なんで、
やっぱりそこはちょっと脱出したくなってきたのかもがないですね。
多分そのオタク的精神はボクシングに詳しくなりたいはいっぱいあったんですけど、
その競技自体は向いてるかって言ったら多分あんまり向いてないんじゃないかなと思い出してたんで、
高校生の頃?
好きなんですけど、ボクシング自体は好きなんですけど、
多分オタクとしての才能があったんですよ。
調べたりとか、マイク大佐のこと調べるとかああいうのは好きだったんですけど、
多分競技自体は勝ったり負けたりの選手なんで、
そんなに才能がないんじゃないかなと思い出してた時ですね。
だから結構あの世界チャンピオンの情報とか入ってくると、
そのアマチュア時代ももう全勝でみたいなとかよくあるじゃないですか、そのレコードが。
それを見てるとこの勝ったり負けたりに余計自信なくなっていくわけじゃないですか。
なんかやっぱりその自信がないからなんかこう明るい方向に行きたくていいと思って、
職人の道っていうところが素敵に見えたっていうところですね。
そうなんですね。
自信…どうぞどうぞ。
そう、逃げるような感じで行ったようなとこはありますね。
だから第2希望なんでこれだけはと思って、
それもギリギリ師匠に出会うまではちょっとギリギリですけどね。
もうやめろってまで行ってるんで。
だから男の子って第1希望で叶うのがやっぱりかっこいいじゃないですか。
まあまあ掲げた夢をそのまま叶えていくみたいな。
プロ野球選手になりたいってなって。
なるっていうのはやっぱり僕の中ではかっこいいなと思ってたんで、
もう第2希望、これで捨ててたらもう男の子としてみたいなのはあの時代だったんで、
やっぱりありましたね。
やっぱり親に兄弟にっていうのが申し訳ないっていうところまで行ってたんで、
なんとか粘りたいのにもうついていかないというか、心がついていかないというか、
もう嫌になってしまうっていう。
これパン屋さんの話ですか。
パン屋さんもずっと。
パン屋さん始め、だからその覚悟でパン屋さん始めたけど、
それでもほんとやめちゃおうかなっていうところまで行ってたんですか。
もうずっと下働きばっかりなんで、
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ボクシングはまだこう走り込みしてこうしたらやって、
強くなり努力したら強くなる。
その努力の仕方が分からないっていうのが一番困ったところでしたね。
その先輩もいないしね。
何をしたらパンって上手になりますかっていうのが分かんないっていう。
またこのテンポ変わった時に、また1から出直しになるんで、分かってないんで。
またそこのやり方を教えてもらって、
でまた移動して、でまたゼロからじゃないですか。
これ大丈夫かなっていう感じはあったんで、
なんか面白くないなと思ったんですよ。
これが繋がるようなことであればすごい面白いなと思うんですけど、
繋がってこないから、それで師匠に会った時に、
この製パン基礎知識っていうので、
やっぱりその考え方は100年経っても変わらない考え方。
でやり方はやっぱり変化していくから、
もう明日には変わるかもしれないっていう。
だからそこを覚えるんじゃなくて、
考え方をマスターするっていうベースのところですよね。
それを教えてもらってからは、ほんと強いですね。
だから海外に行くのも怖くないし、
こういうのも初めて行くお店で、
いきなりセッションができるんじゃないかっていうようなことも、
理解してるとやっぱり強いですね。
でないと、またゼロからだっていう、
まただから一番分かってみたいな気持ちって、
たぶん47になってもそれが分かってなかったら怖かったと思いますね。
小手先技術ではやっぱり怖かったと思います。
田中さんが繰り返し地震の話されるじゃないですか。
小学校も地震がなくていけなかったら地震をね。
ほんとに地震手に入れるの大変だなと思いますよね。
地震をつけていけるようになって、
でボークシングも地震がなくなってやめて、
このパンに関してもう辞めてしまいそうだったけれども、
もしかして地震だったんですか?やっぱり手に入れたものって。
その時製パン、
言ったら重労働じゃないですかパンも。
自分たち仕事でってなった時に、
飲食業って第二の土木って言われるくらい厳しいんですよね。
その中であの時長時間労働じゃないですか。
それ終わった後に僕3時間勉強しようって修行中決めて、
本読んでるっていう。
だからそのアフターでする人ってあんまりいないんですよ。
その現場ではすっごいみんな全員頑張ってるんですけどどの人も。
仕事終わった後にサラリーマンでも何でもそうなんですけど、
アフターでどんだけ勉強してんのって言われたら難しいじゃないですか。
それは今も継続してでやれるようになったきっかけで、
このアフターにするっていうことがとにかく自信になるっていうことですね。
それが最初の10歳からせっかく始めて筋トレを今も47歳までずっと続けられるんですよ。
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だからそれも一つ自信になってるんで、
今はムキムキになりたいからとかそういうことじゃなくて、
言ったらパン屋で必要なものになってくるんで筋肉も。
だからそういうところから考えると、
体ずっと鍛える継続するっていうことが一番の自信なのがそこかっていう感じから、
本読むってなっても人はだいたい読むってなっても30分から1時間アフターでと思ったら、
じゃあ3時間読もうって言う。
人の3倍やったらこの出遅れが取り戻せるんじゃないかと思って、
必死になって自分なりに頭を上がる中で考えてやってきましたね。
どうにかうまくいきたいっていうのが必死やったんで、
もがいてもがいて楽してっていうふうに探してたのかもわからないです。
もうちょっと気持ち楽で何かうまく成功できないかなっていうのが、
そういうのがあるかなと思うから、
しんどいことよりももっと楽なことを探してるから見つからなかったんだ。
わざわざしんどいことってすぐ仕掛けられるのにっていう。
もう今日から始められるのにっていう。
探さなくてよくてもうこれってもう用意されてることを避けてただけで、
じゃあこれを毎日人より3倍やればっていうような単純な発想ですね。
じゃあ絶対に追いついてさらに追い越してっていうのが可能になるかもと思って、
本当に面白くてどんどんどんどん喋れるようになったり、
師匠とファンの会話ができるようになってくるとむちゃくちゃ楽しいっていう。
勉強して一番だからその師匠が喜んでくれるのも、
その成長を見てくれるのも嬉しかったですね。
だからそれが嬉しくて頑張ったとこあるんじゃないですかね。
まずもう本当に目先はもう師匠が喜ぶことっていう感じじゃないですかね。
それぐらいだったんじゃないですかね。頑張ってるきっかけは。
師匠さんとの出会いが本当に田中さんにとって大きなものだったなっていうのは。
僕からしたらすごい雑誌も載ってて、
言ったら僕は日本一だと思ってたんでその頃の。
僕店員じゃないですか。
だいたいその業界ではすごいシェフと一番下の子ってあんまり喋らないですよ。
間が喋ってくれる人になる。
会社でもそうですよね。
多分その組織ってだいたいそうなんですね。
で僕それがびっくりしたのはやっぱり普通に会話してくれる。
一緒に帰ろうよって言ってくれるし、制服を選びに行くもん一緒に。
あの制服屋さんに渋谷までは一緒に青山から歩いて、歩いて行ってくれて。
しかも最初もあの時ヒップホップの格好してたんでダボダボがいいなと思ってたら
これぐらいが絶対動きやすいからって全部もう師匠の。
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言った通りにしたら本当に動きやすくてとかそんな感じでしたね。
だからもう何でもその喫茶店行こうよってそういうことを話してくれること自体があるとも思ってなかったんで。
僕あの時ボクシングやってヒップホップの格好してる。
なんか悪そうなんが前から来ると師匠をちょっと守ってあげるぐらいのことしかできないんで
ちょっと前行きますねとかいいよいいよとかね。
そういうこと起こらないからとか言って。
僕も何か役に立ちたくて何かできることって言ったら腕っぷしでとかいう感じには思ってましたねまだ。
だから頭が悪かった時代って本当にすごいんですよ。
でも何か役に立ちたいんですよ。
だからいつもちょっと後ろ歩いてて変なのができたら前に行ってとかやってましたね。
だからちょっと異常に崇拝、尊敬じゃなくて崇拝になってるっていう感じでしたねもうその師匠は。
拾ってくれたっていう本当捨て犬を拾ってくれたような親みたいなもんなんでむちゃくちゃ嬉しかったですね。
最初はどう貢献すればいいかわからないみたいな前に行くしかないとそれが来たらというところだったところに
これを頑張ればいいんだよっていうのが現れたのがこの師匠の教えの?
そうです本。
先般基礎知識の。
それで毎日のデータとか所定位置とかそういう細かいところどうせんとかいうのも初めてそういう言葉も知ってっていう。
じゃあここにこういうふうに人がいるでしょってこの人はどういうふうに動いたら一番最短距離だろうねとかいう話をして
全部質問とか全部ヒントになるんですよね答えを教えないんですよ。
だから考えるようになるんですよ。
だから師匠の教え方がすごい好きなのは答え今も教えてくれないんですよ。
ずっとヒントのまんまっていうヒントがこうだよとか言って教えてくれるのがむちゃくちゃ好きでやっぱり。
本当に師匠を忘れる日ってこの多分会ってから22年以上経ってるんですけど忘れたことないですね。
毎日何かの話題に出てきますね。
もうそうですね。
それもありがたいです本当に。
本当にもう一番好きな話何って言われたら師匠の話ですかね。
やっぱり嬉しかったんで。
ストーリーズ。
師匠と出会われたのは22歳ぐらいの時と。
そうですね22でもうすぐ20僕4月生まれなんですぐ23なる年に出会いましたね。
じゃあもう四半世紀前の話で。
今池尻でトロパンをオープンして17年目。
そう17年で次18年来年の7月で18年。
18年ということなんでもうすごくね歴史を積んでるわけですけれども。
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そこから今オーブンの講師をやってるんですけど。
FMIという会社なんですけどそのイタリアのUNOXというオーブンメーカーの講師をやるようになって。
より勉強がかかっていき人に知ってもらえるチャンスが増えっていう。
だから今そのFMIの毛利さんという女性の方なんですけど。
その人が僕担当してくれてて。
その人のおかげでずっとうまくそれがファン屋さん業界で知ってもらうきっかけになったっていうので。
あの人の依頼は全部答えたいっていうぐらい今。
勉強したことが全部当たるんで。
勉強をやめなくなったっていうぐらい。
どんどん勉強が進むっていうのは毛利さんという女性の方との出会いで。
なんかその期待されてる分を全部答えたいっていうような風になってから勉強が進むようになって。
トロパンのイメージもそっからやっと業界に知ってもらうっていう感じになりましたね。
あの毛利だけの人しか知らなかったのが業界の人にやっと知ってもらえるきっかけっていうのはもうその機械講師からです。
そっから結構僕の中ではやっぱり。
やっとトロパンを起こして面白いなとかもっと研究してあげたいなっていうのが出てきたんで。
そっからはお客さんの役にもやっと新作を毎日作りみたいなちょっと面白いことができるようになってきたっていう。
言う通りはないんですけどその忙しい期間があったおかげでこんなタイミングでもできるっていう勉強の仕方ができるようになってきたんで。
そこらへんもやっぱり成長じゃないですかね。
集中してやらなくてもちゃんとできるようになってきたっていうのが基礎があってっていうのも。
だからそこらへんからやっぱりどんどんスタッフも入ってくるようになって。
教えがいもあって自分も勉強してる自信があったんでなんかどんどんどんどんスタッフに教えるのも楽しくなってきたところですね。
今はどんどんその独立志願者が入ってくるっていうお店に変わってきました。
そうなんですね。この田中さんとしてもそういう独立志願者大歓迎なんですか。
もうそれがあるとやっぱり強いかなと。
ただもうその今22歳の女の子なんかは通じ町からあの調理師学校から入ってっていう風な子なんかはまだ明確にこんなシェフになりたいとかお店を持ちたいっていうのじゃなくて手に食つけたいぐらいの感じなんです
けど。
でもそれでよくてどんどん僕みたいに選択肢広がってこうなっていって新しい世代たちは新しい世代の選択肢の一つがまた広がっていくのかもしれない。
ただそこには新しい勉強だったりっていうのが付きまとってくるかなっていう感じなんですけど。
なんかそういう世代世代で夢って変わっていくような目的も僕らの時に思ってた。
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僕もだからもうパン屋さんに入ったらパン屋さんを持つっていうこの感覚はちょっと違うなと思ってたんで。
だからこういう風な活動ができるんじゃないかっていう風になってきたんで。
それが若い頃に押し付けなくていいのかなと思っててもっといい面白い業界の広げ方がその子ができるかもしれないっていう期待はありますね。
そういう22歳頃の田中さん自身はそういう独立志願者だったんですか?
それしか大体パン屋さんで母親落差したいっていうのもあったんで母親もパン好きなんで家族でできたらなぐらいには思ってました。
もう全然駆け離れててそこに入れてまだ思ってたんですけど入った瞬間から神戸でお店を戻って持ちたいと思ってたのが全くなくなったのがそこなんですよ。
師匠と出会って勉強するようになって。
本当1日目2日目ぐらいからじゃないですかね。
変われそうと思ってパン屋さんっていうお店っていう小さい夢じゃなくてもっと何か違うことに役に立てそうと思ったのが師匠を見てて思ったんですね。
師匠になりたかったんで師匠になってしまったらもっと役に立てるっていうの。
師匠は喋るのも嫌だし取材受けるのもあんまり好きじゃないしっていうような人だったんで僕もったいないなと思ったんですよ。
僕こんなに腕あってこんなにいろんなこと知ってたらもっと広げたいなと思ったんですよ。
ここまで行ったら自分だったらこうしたいっていうのはまず自分は技術とか足りてないのに師匠を見て師匠になってたらこういう風にしたいなっていうのはイメージつけてましたね。
それが一つボランティアだったんです。
機械講師もやってみたいっていうのはあったんです。
そういうのはもう全然師匠は受けないんで。
ちょっと特殊に変わった人なんだけどね。
孤独な人っていうか孤高の人っていう感じだったんで。
僕はどんどんどんどん積み上げて良くなってきてるんならどんどんどんどん広げたいっていうのはあるんですよ。
お金持ちになりたいとかそういうのは全くなくてなんかもっと役に立てる要素ってどんどんこの勉強した人にしかない広げ方ができるじゃないですか。
多分一番役に立てるっていうこの人便利だなって思ってほしいという一番の便利屋になりたいと思ったんですよ。
便利屋一番の。
この人便利であっちゃこっちゃです。みんなが便利に利用価値があるっていう感じにしてほしかったんですよね。
自分のことを。
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なんかその勉強したことをこれはできないとかじゃなくていろいろやったからこれもできますかっていう風に利用してほしいなっていういろいろ頼み事してほしいなと思ったんですよ。
その当時?
はい。
それいつ頃から思ってるんですか?
勉強しだした時にその師匠だったらっていう頭にまだ全然成長してない時にそういうイメージでしたね。
僕は師匠だったらこういう風に僕がこの人みたいな技術持ってたらとか。
技術も今も追いついてないぐらいやっぱりすごかったんですけど。
だから今も反復するようなを大事にしてるのも毎日のことでも一個一個ちゃんとって思ってるのは。
多分そこに追いついてないからなんですよ。
本にしたってもう理論の今もらった本ある程度全部頭に入ってるんですけど。
まだ他のところの科学的なところとかその微生物の勉強なんでまだまだができないじゃないですか。
だから追いついてないからいまだにまだするようになるっていうか。
追いついたらもうやめてしまうんですよ。
だからちょっと高いところに目標やっぱりいつも師匠とかもそうだし。
だからあの師匠で良かったなっていうのは本当そうです。
低い目標じゃなくて良かったなっていう。
こんなっていう。
この高さが自分を頑張らせてもらってるのかなっていう感じです。
この師匠という高い目標をその出会った時から掲げ努力を続けてる。
この日々って楽ではないと思うんですよね。
楽しそうだなって話を聞きながら楽しそうだなって思うけれど楽ではなさそうだなって思うんですけど。
ご自身ではどう思います?自分の人生。
それをルーティンに形式ではなくてルーティン化して意識を張らなくても無意識にできるように。
毎日座って毎日同じ本を開くっていうのは。
僕運動やってきたんで柔軟体操だったり筋トレだったりっていうのと同じような感覚なんですよ。
だからそれなしでいきなりスパーリングしたりはしないじゃないですか。
そういう感覚でずっとそういうことは続けなきゃいけないっていう。
これでもう終わりっていうのが基礎知識にはなくて頭から抜けちゃった時点でまたやり直さないとなんで何回も繰り返し繰り返しなんですよ。
なんか基礎練ってそういうもんじゃないのかなっていう。忘れてはいけないものっていう感じで。
だからそれは運動に例えて本読むっていうことも本当に毎日の習慣化されてるようにしてしまったら
これ当たり前になってくるまでやろうっていう風にして今は当たり前になってるんで。
そういうことが大事なのかなと思いましたね。
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それをまだ意識してやってた時に関してはまだ多分それが身についてないっていう感じに思ってたんで。
開かないと落ち着かないぐらいになっていったら楽しくなってきてるんじゃないですかね。
だから今は楽しんで調べ物してるっていう感じじゃないですかね。
一時は頑張ってるって感じです。ずっと頑張ってる。
18年ぐらい経った。だからそのUNOXのFMIさんの講師やるようになってからじゃないですかね。
次のセミナーも用意されてる。次1ヶ月後にまたここのデモをしますよとか。
その時に新しい情報を与えないとで必死になって勉強するんですよ。
それがまだ頭に入りきってないけどマイクで喋らないと、教えないとじゃないですか。
緊張するからものすごいミスしたくないから頑張るじゃないですか。
最初はそんな感じの恐怖観念みたいなんで頑張ってる感じなんですけど。
それが身について声が上がったりとかいいねって言ってくれることが増えてくると
頑張ることがまた楽しくなったり知識が増えたことを喜んでくれる人がいるって分かってるから頑張るんじゃないですかね。
誰も無視してたら頑張らないんじゃないですかね。
それは思いましたね。
このインプット、今目の前でページ読む1ページでどんな変化が起こるかまでの絵が頭の中で結びつくと
すごく一個一個のインプットが楽しくなるのかなってそういう風に捉えたんですけどどうですか?
そうですね。確かにその絵が思い浮かぶっていうのは本当そうです。
そこまでなかなかいかないからちょっとそこは溜まってる時期で
それが見えた瞬間にはガッと目が開いて楽しめるっていうか
そこを諦めずにずっとやるっていうのも小っちゃい頃からできなかったことが今できるようになったのはこれだなっていうのは
見えてない時ほど今繰り返しが大事なんだなっていう感じは持ってます。
だから先が見えないって言ってて多分それが今チャンスなんだろうなっていう風には捉えられるようになってきましたね。
40越えて。
今日のお話を踏まえると先生も大事なんですかね。師匠を見つけるとか。
本当に多分そこはやっぱり一番求めた方がいいかもしれないです。
自分がなりたいお店選びをするっていうのが夢のために会社があるわけじゃないじゃないですか。
パン屋さんってそういう風に勘違いしがちなんですけどケーキ屋さんとか。
夢のために会社ないっていう頭にまずクールに思っておかないとダメで。
そのお店自体が自分の夢に一番近いところを選ぶべきだと思うんですよ。
だから店を選ぶとか師匠を選ぶっていうのがたぶん修行中の一番大事なポイントになるんじゃないですかね。
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もうこういう人会わないと思ってんのにそこでもこのパン屋さんは好きだからで入ってしまうと絶対続かないですよ。
すべてこの人のお話聞けるっていうような感じでないと下の時って本当に習うじゃないですか。
習う時って本当に疑いもって何も学べないんで。
この人だから神様みたいな感じに僕みたいなが多分何でも学んでいけるっていう感じじゃないですかねその人からは。
田中さんが出会った師匠との関係みたいな。
僕は多分それが他の先輩には全く思ったことがなかったんで伸びなかった時ってそうだったな。
伸びたのはもうちょっと神様みたいな扱いだったんでだから伸びたんじゃないかなと思います。
すべてが信じてしまうって信じて疑わないっていう感じでだから尊敬じゃなく崇拝だったんじゃないですかね。
本当に宗教に入ったようなああいう感じになってる今はもうあの時言ったこともこう間違いもあったんだって分かるんですけど
その時はもう何も見えない状況にした方が伸びやすいっていう感じじゃないですかね。
勝手に見えるようになるじゃないですかまただから見えない時期にしてしまった方がいいんですよ。
だからすごい挫折した子の方がそうなりやすいんじゃないですかね。
だから挫折感が強い人がやっぱりそういうふうに見えなくその人を尊敬してしまって崇拝まで持っていってっていうふうに勝手になっていくんじゃないですかね。
だから端に端に追いやられた人ほどこの人と思ったらちょっとよくしてもらっただけでもわーっていうのが大きいんじゃないですかね。
いいことだと考えてますね。
そうですね僕はもう人に入る時ってそれじゃないと完全に入り込めないと思うんですよね大人になって。
だからそこが子供心なんじゃないですかね。
だから作るものでクリエイティブなものを作るから子供心じゃないそれは計算なんですよ僕らは。
子供心で作ってるわけじゃなくてちゃんとした計算があって作ってるんですよ。
だからその働くっていうことの習う時の時その師匠と出会った時とかの時にどんだけ子供に戻れるかっていうところじゃないですかね。
ボクシングを上手になりたいとかサッカーを上手になりたいっていうあの一番輝いてる時の一瞬の思いっていうところはどうやって持っていけるかなっていうのは大人では持っていけないんですよ。
ちょっと考えてしまうんですよ。
それが邪魔するんですよ。
だからもう本当に子供に戻れるかどうかなんですよあそこは。
夢持つってそういうことだと思うんですよ。
そこの部分が一番大切じゃないですかね。
その教えてもらわなきゃできない時期に教えてもらってない子っていうのは多分才能でこういう世界って持っていけないと思うんですよね。
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音楽の世界とかではないんで。
才能じゃないんですよね。
これってまずそのボクシングでもそうなんですけどトレーナーなしで強くなるなんて無理なんでそりゃアホ扱いされても習うんですよ。
だからそういう世界なんだと思うんですよね。
まず習わないとできない仕事っていう感じなんでそこに関して割り切れてるかどうかっていうのは大事ですよね。
この割り切りっていうのはもうなんだことは全てやってみよう取り入れてみようっていう素直さとか。
自分の考えが甘いから今その位置にいるっていう風に思えてないっていうのがまずいかなと思いますね。
だからまずは全部信じてそれをやってみるっていう。
全部信じて嘘ついてるわけじゃないっていう人につくべきやと思うんで。
それが素晴らしいか素晴らしくないかじゃなくて全部その正しいこと言ってくれてる人にやれば
多分そんだけやる人もいないんで立派にはなれるんじゃないですかね。
だから全部100聞いた方がいいですよね。
これぞという師匠を見つけたら弟子入りして信じてやれと。
だからいっぱい雑誌でもいいしなんか情報集めて僕はもう1年間そこの師匠のところ通ってたんで。
通ってた。それは弟子入りして前の話。
もうスタッフ募集かかるまでずっとポケットに履歴書入れてビリビリになってましたけどね。
思いが強すぎて。
だからそういう思いはすごい一番入りたかった会社だったんで。
もういつでもチャンスがあればと思って思ってましたね。
そこは募集が出るまでは出さなかったんですか履歴書は。
門前払い覚悟で行く。
何回かは声かけてみたんですけどやっぱり全然それは。
渋いなと。
どれくらいできるんですかって聞かれて何もできないんで。
もう販売の人にお断りですよね。
だからもう持ってんのが1年も持ってたらもうビリビリでしたね汗で。
そうですか。ポケット入れてたんですね。
ポケットにその取り入れっていつでも出せる。
まあまあ手ぶらの日でも持っていけるようにということで。
ちょっと常識なかったですけどね。
これも破天荒なエピソードだなって思いますけど。
でもまあ思いはあったんで。
さっき計算でパン作ってる話されてたじゃないですか。
それはめっちゃうまいパンを計算でということですね。
食に対しての計算ですね。
そうなんですね。
今のトロパンのお店池尻のここからすぐ近所の。
あそこに行くと今おっしゃってたこだわりとかは見て取れる場になってる。
そうですね多分形から味から意外に細かいところで言うとサンドイッチの塗る場所とかまで。
サンドイッチの塗る場所。
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マスタードとか。
ああいう端々にちゃんと置いて感じやすくとか。
言ったらこのクロワッサン生地で挟んだりアップルパイとか作る時もそうなんですけど。
下の生地が薄かったりミートパイも。
で具材がすぐ当たるようにしてたり。
っていうのはサンドイッチにしたって下が薄めでとか。
そういうのをすごい1個1個見たら細かいとこのこだわりはめちゃくちゃ強く出してるんで。
だからよそよりもそこが細かいから多分美味しいって言ってくれる人が増えてるのかなっていう感じがありますね。
細かいんですよ。
だから1あって5じゃなくて1ある1個のことに対して10個こだわりあってちっちゃい。
だからそれが一つになってる方がやっぱり。
だからその細かさをお客さん見せると食欲なくなるじゃないですか。
だから何も考えてませんにしたいんですよ。
お客さんが食べに来る人らには僕何も考えてこれやってるんですみたいな感じがいいんです。
それはかっこよさみたいなところもあるんですか。
自分の。
美学的な話なのか。
美学的なものかもわからないです。
なんか僕あんまり食のこだわり。
まあ僕は食の人なんでそういうシェフの話聞きたいとかはいろいろありますけど。
僕一般的に思ったのはやっぱりうんちゅくとかこだわりあんまりしゃべられると鬱陶しいなと思って。
食欲なくなるなっていうのが一番あるんですよね。
自由に食べたいなっていうのがあったんで。
なんか一番おいしいのってこうポーッと放り込んでて何も考えてないけど実はおいしかったねってだから運んでたんだねっていうような感じがいいかなって考えて食べるものでもないんで。
なんかそういう何百円の世界のものを芸術みたいな扱いしたらダメだなとは僕は思ってるんですよ。
僕らが試作してる時は作品なんですよ。
でも商品になった時点であれはもう全然美術と全然関係ないんですよ。商品なんですよ。
何百円の芸術ないんで。
だからそこを職人を勘違いしたらダメなんですよね。
安いものを作ってるっていう。
ただ試作する時には自分の作品なんですよね。
だからレシピ一つ一つは僕の作品にはなってるんですけど。
でもそれをお客さん側が作品と思ってほしくないんですよ。
本当においしいパンねっていうような感じでいいんですよ。
警戒させたくないんですよ。
胃が萎縮したら絶対おいしくないんですよ。どんなおいしい料理も。
そういうのだけはなんかやっぱりちょっと下町根性出ますかね。やっぱり関西の。
なんかそこは優しくしたいっていうか。
何も考えてないようで作ってる感じで。
詳しく知りたいって言ったらこんだけ喋ることあるんで。
知りたい人にはもちろん喋りますしっていう感じです。
だから何を求めて買いに来てるかなっていうふうに
45:00
やっぱりこっちで判断できるような人になりたいなとは思ってますね。
誰にでも彼でもありがた迷惑のように
全部詳しく喋るっていうのは違うかなと思ってて。
この人は求めてるなっていうところにはドンピシャで
それはやらなきゃいけないことだと思うんですけど。
たぶん求めてない人もいると思うんですよね。
そこもやっぱり人それぞれで判断していかないとというのが
お客さん全部一緒じゃないっていうところですね。
ちなみに私はたくさん今
うんち食って言ったらあれかもしれないですけど
パンのこだわりの話を聞いて食欲が止まらない。
本当ですか?
それもありがたいですね。
うんちクッキー言ったら普通下がりますけどね。
でも聞けば聞こえる。
それは食べてみたいって。
それが数百円で手に入るならぜひと。
僕は思っちゃいますよ。
そうですね。
数百円でそれを喜ばすためにこんなに考えてっていうのは
たぶんお客さんが勝手にこれ頑張ってるんだろうなって
思ってくれたらいいんですけど
僕らの仕事をもらった時に
いつも結果出ないのにそれまでに頑張ったっていう人
あんまり好きじゃなくて
その過程を喋ってしまう人
まだその結果出てないのに
それでもう言い訳しようと思ってんなってなるから
僕はそういう人生嫌だなと思ってて
だからそういうのと一緒で
お客さんがこの人がたぶん頑張って
こういうのってこういう風に思いついたんですか
とかいうところに入ってくると思うんですよね
だからそういう時に自分の努力も
少し喋れるんじゃないかと思うんですよ
でない限りは努力って結構
同じ業種の人以外には喋ってはいけないような
一般の人には喋ってはいけないような
ジャンルかなと思ってるんですよ
重たいなってなるんで
お客さんってアミューズメントパーク行ってるような
楽しみで来るようなお店だと思ってるんで
そういう気分にさせてはいけないんじゃないか
と思うんですよね
だから子供が昔のパン屋さんみたいに
握りしめて来れるくらいの
今はそんなお金の値段も
少なくなってきてはいるんですけど
子供だけで来れるような
のがパン屋さんのいいとこかなと思ってるんで
だから居心地がいいようにしてあげないとと思うと
ちょっと小難しいようなパンが増えてくると
そういう風になってこないから
親とだけ
親だけが来るっていう風になるんで
それもパン屋さんと違うなと思うんですよ
買ってきてって言われて買ってくるぐらいのもんやと思うんで
好きなの自分で選んでいいよみたいな
そうそうそう1個選んでいいよっていうのが
おーそれ買ってきたかー
それ3つ?みたいな
あると思うんだよね
あると思います
なんかお父さんとかお母さんやったら
それがわかるんじゃないですかね
子供も思い出になるしと思って
48:01
そういうのちっちゃい
そのパン屋さんに一人で行ったとかも
大人なのに結構気さくに喋ってくれたことも
たぶん大人になってみれば
結構会わせてくれてたんだとか
いろんなことがわかるようになるんじゃないですかね
そうですね
一生懸命自分が大人の人に
スターウォーズのライトセイバーの色の説明とかを
あの人めちゃくちゃ聞いてくれてたなとかっていうのは
今思い出しますね子供を見ていて
そうですよね
素晴らしい大人いますよね
僕らが気づかないだけで
虫の話を一生懸命聞いてくれたりっていう
鬼山の話をしてたりとか
銀山がどうだこうだとか
とにかくトンボの色が綺麗でとか
セビの色が綺麗でとか
思ったのを
おじいさんやおばあさんにすっごい喋ってましたから
それをうんうんって聞いてくれたり
高台はああだよって教えてくれる人
面倒くさがらずに素晴らしいなと思うんですよね
ちょっとだから
余裕がある人じゃないと無理なのかなと思ったんですよね
子供の話をしっかり聞くっていうのは
流してる人の方が多いかなと思うんで
だからそういうのって受け止める人って
よっぽどゆとりがないと
時間配分がうまくやれてる人じゃないと
ゆったりと時間を設けて
聞いてあげれないんじゃないですかね
ストーリーズ
この南米っていうのはいつから興味を持ちだったんですか?
そうですねまずは
20代に読んだチェゲバラの本ですね
チェゲバラに興味を持ってて
そっからホセムヒカさんですね
ホセムヒカさんの本を読んで
どんどんどんどんやっぱりこっちの
そっちの南米の
情報をどんどんどんどん
映画でも
意外にブラジルのシティオブゴッドとか
ちょっとスラムのところの
色とか人の
生き様みたいなのって
熱くて日本に比べて
映画からとかテレビのドキュメンタリーから
伝わってくる向こうの人の目って
貧しいのにすごい豊かな感じっていうのがあったんで
それを実際見てみたいっていうのが一番でしたね
いつどこに行ったっていう旅の話なんですか?
そうですね2022年の9月から半年間で
アルゼンチンからスタートして
大体8カ国ぐらい
陸路で大体回るっていうのを
200万持って
半年間嫁さんと
二人の旅で行こうかなっていうのが
もう何にもノープランでっていう感じでした
そうなんですね2022年
ちょうどコロナの終わりかけぐらいじゃないですかね
実際行ってみてどうでしたか?
51:01
本当に危ないっていうよりかは
どっちか言ったら
人があったかいっていうのが一番でしたね
日本の僕が
おばあちゃんとかから聞いてる
助け合いの戦後の
っていう感じの日本の感じが
向こうにはずっと今も近所の人の付き合いとかも残ってて
素晴らしかったですね
旅人を家呼んでくれてとか
そういうあったかい人たちが多くて
食事もみんなでする文化だったんで
なんかすごい孤独感ってすごい少なく
僕ら旅人でもほとんど一人になる時間ない
っていうような感じだったんで
すごい楽しい面白いっていう
まだまだ知りたいっていうところしかなかったですね
その時43だったんで
日本人でなかなか夫婦で陸路で
貧乏旅してる頃はいなかったんで
ユースホステルで出会う人たちもやっぱり
ただヨーロッパの人は
歳いってからも60代の人も
バックパッカーでやってたんで
この人って結構楽しいなって思いましたね
この歳だからこれできないみたいなのが
全然制限なくやれてるのが
結構勉強になりましたからね
そういうのはユースホステルで
いろいろ会った人と喋るだけで
そういう出会いもあったし
アルゼンチンとかから始まった
南米の人たちだけじゃなくて
日本人含めヨーロッパの人とか
いろんな人と出会いがあって
刺激を受けたっていうのが
日本人はやっぱり少ないんですよね
ヨーロッパとかに行った時に
ホステルで会う人たちって
もっと会ってたんですけど
ほぼ会わないっていう感じで
ずっと聞いてましたから
メキシコあたりからですかね
結構日本人とかコロンビアの辺からは
結構こう
久しぶりに日本人だとか
日本語で喋れるっていうのは
ありましたけどほとんど会ってないですかね
下の方では
言葉は
現地にいた時は何語で話してたんですか
単語のスペイン語とか
英語も僕は頭の悪くはこうやったんで
英語もほとんどできないんで
だからもう日本語混じり
ジェスチャー混じりで
その都度地球の歩き方
全部に持っていってたんで
都度置いていかないと思い
それを単語みたいなのがあるんで
やっぱり調べて
飛んで行く現地の人と喋ってる間に
覚えていくものとかもあったんで
ちょっとずつ
日常会話ぐらいはできるようになったんで
楽しかったですね
もっと会話できたらいいなと思いましたけど
安倍の話と
尊敬する大人の話にあったので
ぜひムヒカ元大統領
ウルガイの元大統領で
世界一貧しい大統領っていう
54:02
コンセプト
心は無二色の大統領ですよね
だから貧しいっていうのは
お金は与えられても
自分が使える額を
自分で制限して
学校とかに配るじゃないですか
これ以上持たなくていい
樽を知るっていうところが
あの人の素晴らしいところじゃないですかね
ウルガイを訪れた時に
ムヒカ大統領に
2時間ぐらい
ペットボトルのキャップで作った
手作りのキャップで作った
ベンチみたいなんで
それで腰掛けて
嫁さんと3人で
座って喋ってくれて
頭撫でられて
土のついた手で触って
汚れも大事にしてるんで
帽子1回もそこから洗えずで
かぶれずでっていう状態ですね
ちょっとやっぱり
隣で座って
いつも優しいサンタクロースみたいな
イメージっていう風に
見られがちなんですけど
トゥパマロスって
闘争をやってた時代があるんで
だからやっぱり
今も結構
なんていうんですかね
戦うと
なんていうんですかね
言ったらいいんかな
戦う人っていうのは
変わってないのかなっていう
名が
もう亡くなられましたけど
僕らは亡くなる1年前ぐらいじゃないですか
最後まで多分
戦いの姿勢は変えてないですね
みんなの平和のためにっていう
そこがすごく大きいんじゃないですかね
贅沢を取っ払ってっていうところじゃないですかね
贅沢って
すごいいいじゃないですか
ゆとりがあるっていうことも贅沢じゃないですか
あの人のは別に
ストイックでもなんでもないことなんだけど
もうこれで足りてるから
みんなで楽しもうかっていうところになってくるから
なんかそこら辺が
ムヒカさんに会って
一番
勉強になったところっていうか
豊かってそこにないよっていうことを
どんどんどんどん
通訳さん返してなんですけど
目見ててその話が
どんどん入ってくると
なんかそれがすごい
僕の中で
もっと豊かを考えないとなっていうふうには
なってきましたね
その
樽をして人に分け与える
分け与えることが
またか
なんだよみたいなお話だとすると
田中さんが幼稚園の頃から
キリスト教の教えで
できたものと
多いに重なるものがあるのかな
まあでもそういう考え方が
多分好きだから
多分ムヒカ大統領のことも
好きになってるんだと思うんですよね
だから幼稚園が大好きっていうのも
57:01
それが一番じゃないですかね
多分その満足してる人が
僕らはもう
片親になってるんでそんなに
満足って言われたら
って言うんですけどもう十分愛されたし
っていうのがあるから親父死んだ時には
愛されてるんでっていう
だから
そこに祖父も
向いてってなってくると
よりじゃないですかね
僕はもう愛されまくってるから
っていうのがあったんで
何か人にしてあげたいっていうのは
常にやっぱり持つようになったのは
家族に愛されてることが
一番じゃないですかね
お金持ちであるとか
そういう旅行どこ行ったとか
何もなしで
ただその家族がいるっていう
家族に愛されてるっていうのが
一番幸せなんじゃないですかね
そうかもしれないですね
もちろんいろんな家族がいて
いろんな家族の形ってあると思うんですけど
あの
自分は満たされているって
認識できた時ってきっと
すごい
幸せですよね
幸せですよね多分
いや
大統領との
出会いの話もそうですけれども
むひかさんの5本は
この池尻の本棚に
そうですね
出したいですけどサイン入ってるからと思って
入ってないやつは
入ってないやつね
まだ買ってこない
そうかもしれないですね
サイン本を読むのはちょっとあれかもしれないですけども
拝見したいですけどね
そうペペって書いてくれてて
その向こうでホセっていうのは
ペペっていうあだ名が
そうなんですね
ペペペペって呼ばれてる大統領ですね
今日はたっぷり
田中さんの
人生のお話を
楽しかったかもわからないですけど
私は大変楽しみましたし
なんか
いろんなこと思いました
あとはもう単純に帰ったら
家族を抱きしめようって思いましたね
そうですね
一番たぶん子供の成長に
一番いいんじゃないかなっていう
なんかその
一番つらいのって
家族といるのに流されることじゃないですかね
携帯見ながら喋られたりとか
ああいうのが一番
僕はたぶんつらいと感じると思うんです
耳が痛いですね
とても耳が痛いですね
僕もだから
嫁さんしかいないんですけど
子供いないんですけど
嫁さんとも20何年なんですよ
今も
仕事みたいで嫌って
言う人もいるかもわからないですけど
僕30分
iphoneも置いたりテレビもつけずに
喋るだけの時間
コミュニケーション取るって
意外にないんでそれを
作ってるっていう感じですかね
なんかその
今までこうやってて一番やだ
やっぱりこう
テレビ見ながらとか
他のことしながら喋ってる時って
嫁さんもこっちの
言ったのに聞いてなかったみたいな
1:00:01
こっちも
介護の人の名前言ってるのに
覚えてなかったみたいな
あるじゃないですか
介護の人の名前全部言えるって
状態になったり
相手のことをすごい理解できるから
なんかその
不安がどんどんなくなるっていうか
どんどんどんどん積み上げて
そういうもんだなと思って
夫婦ってどんどんちょっと
ないがしろになりがちかなと思うんで
そこら辺をもう一回
他は自由に
一人一人で動いたらいいんですけど
30分1日1回
話すっていうのはしてますね
そういうのがないと
全部流しながら話してるのは
全部で3時間4時間
あったなって思うんで
それなしにしようと思って
なんかわざわざ仕事みたいだけど
でもよく分かるようになって
よかったなっていう感じです
僕はなんか
30分だけでこんなに
ある程度のことが分かるんだ
っていう
その人の理解はできないように
しつつけど
この人の仕事やったり
今思ってることやったりっていうのは
理解できるだけで全然違うかなっていう感じですね
安心感も全然変わりますし
こっちの
なるほどな
それも仕事みたいで
嫌だって言われるかもしれないですけど
ちょっと方法を考えて
スマホ置いて散歩しようとか
そういうのあるかもしれないですね
それすごい良いと思いますね
そういうのはできたらいいなと思いました
便利になればなるほど
ちょっと不幸になる部分があるんで
そこの不便に
公園を
子供連れて行くときなんかは
置いていくだけで
子供の顔全然見方が違うかもわからないですね
そうですね
暇だしなと思ってたら
じゃあこれ見ろかってなったら
いろんなことを気づくかもわからないね
そうかもしれないですね
きっとそうなんですよ
面白そうですよねそういうのも
本当にだから
日常の身の周りに
小さな幸せもいっぱいあるし
潜んでますよね
そういうのの積み重ねこそが
多分本当に大きな幸せだし
頑張っていろんなことを勉強する
原動力にもなるし
それが田中さんを突き動かしている
満たしているものの正体なのかなって
そうですね
小さい積み重ねですよね
集めたものが結局
自分の中では小さい幸せが
ものすごい幸せになってる
っていう感じですね
いっぱい持っておくといいですよね
そうですね
今日はそういう
人生を楽しく生きていくためのヒントが
たくさんあったと思うので
よかったですね
ぜひぜひ
聞いていただいた方は
池尻のスタジオももちろんですけど
その前に
東海オンエアも
ぜひ来てほしいですね
寄っていただいて
こだわりをどうまぶしているか
薄く薄くしているか
どうなさないようにしているか
確かめていただいて
1:03:01
答え合わせができる材料になると思いますし
ぜひまたここに来て
お話をしていただいて
このアップデートを
気が付いていただけたらなと
こちらこそありがとうございました
ありがとうございました