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4マスから、一人一人がメディアへ、そして円環へ
2026-07-06 16:56

4マスから、一人一人がメディアへ、そして円環へ

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▶話した内容

6月26日SOIL渋谷でStoryHub×東急共催イベントに登壇/深津貴之・小林乙哉・渡邉真洋と4人での前半common裏側実演+後半パネル/情報発信の届き方が20年で3段階に変わった見立て/Phase 1 四マスの時代、企業も個人も四マスに乗るしかなかった/作り手・伝え手・受け手の3項で四マスが伝え手を独占/個人発信も投書・投稿・ハガキ・書籍しか道がなかった/円環が全くなかったわけではないが技術的に細く遅く運用が難しかった/Phase 2 インターネットの時代、一人一人がメディアになった/「一人一人がメディアである」が実感を持って成立するようになった段階/作り手×伝え手の兼務のうち伝え手が誰にでも開かれた/GAFAアルゴリズムが新しい編集権を握る副作用/UGC→PGCの変容という円環らしきものは実装可能になった/ただ多くの発信者にとって反応は「発信の副産物」のままだった/Phase 3 AIの時代、発信するだけでは届かない構造/生成AIが答えを先回りし、コンテンツが素通りされることも/田島将太StoryHub CEO 2026-07-03 noteを補助線に活用/アテンション・エコノミーからコンテキスト・エコノミーへの転換/コンテキストは「力場」でコンテンツを動かすフィールド/編集と編成の二層性、編成が Phase 3 の「調整のダイヤル」/田島「コンテキスト設計」と松浦「円環を回す」は同じ現象の別の言葉/深津・小林・渡邉の議論も全員が「編成・円環」の話に集約/作り手と受け手の区分が薄れていく、企業もユーザーも同じ円の一部/円環さえ回れば良いのではなく円のどこかに縁の主が立つ/血縁・地縁・知縁のフレームワーク、地縁を編成に引き受けているのがcommon/2つのnoteが期せずして同じ景色を別の角度から描いた偶然


▶ソース一覧

[1] 松浦シゲキ「4マスから、一人一人がメディアへ、そして円環へ」 / note / 2026-07-06 / https://note.com/shigekixs/n/nc663fd87b06d

[2] 田島将太(StoryHub株式会社CEO)「コンテキストを設計するのは誰か、AI時代に事業会社が持つ情報流通の強み」 / note / 2026-07-03 / https://note.com/shota_tjm/n/n33b9dae760d5

[3] StoryHub公式「AI時代の企業メディアとストーリーテリング ─ 6/26イベントレポート」 / note / 2026-06-30頃 / https://note.com/storyhub/n/n342cb83f891c

[4] 松浦シゲキ「円を回すのは AI、あいだに立つのは縁の主」 / note / 2026-07-03 / (姉妹論考・note公開版)

[5] 「作り手・伝え手・受け手」フレームワーク / 松浦シゲキ ニュースレター「メディア・コミュニケーション・インサイト」 Vol.1 / 2024-05-31

[6] 「血縁・地縁・知縁」フレームワーク / 松浦シゲキ ニュースレター Vol.5「3つの縁」 / 2024-06-28


▶松浦シゲキのプロフィール

https://my.prairie.cards/u/shigekixs


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サマリー

本エピソードでは、情報発信の届き方が「4マス時代」「一人一人がメディアになるインターネット時代」「AI時代」の3つのフェーズを経てどのように変化してきたかを解説します。フェーズ1では、テレビ、新聞、ラジオ、雑誌の4マスが情報伝達を独占し、個人や企業はそれに依存するしかありませんでした。フェーズ2では、インターネットの普及により、誰もがメディアとなり直接情報発信が可能になりましたが、情報の爆発とアルゴリズムによる新たな編集権の出現という課題も生じました。フェーズ3のAI時代においては、生成AIが答えを先回りするため、単なる発信だけでは情報が届きにくくなっています。この状況に対し、StoryHub CEOの田島将太氏の「コンテキスト・エコノミー」への転換という視点と、松浦氏自身の「円環を回す」という考え方が、情報の「編成」という共通の現象を異なる角度から捉えていることが示されます。企業もユーザーも円環の一部となり、AIはその循環を大規模に回すツールとなります。最終的に、円環を回すだけでなく、その中心に「縁の主」が立つことの重要性が強調され、血縁・地縁・知縁といった繋がりの中で、特に「地縁」を編成のフィールドとして引き受けるcommonのような存在が、AI時代の情報流通において鍵となることが語られます。

情報発信の変遷:4マス時代からインターネット時代へ
松浦シゲキの、それでもメディアは面白い。
この番組、それでもメディアは面白いは、メディアコンサルタントで、
コミュニケーションプランナーの松浦シゲキが、
ありとあらゆるメディアの器をこねくり混ぜながら語り尽くします。
さて、今回のテーマは。
はい、みなさんこんにちは。松浦シゲキでございます。
今日はですね、4マスから、一人一人がメディアへ、そして円環へというテーマでお話ししようかなと思います。
情報発信の届き方が、この20年間で3段階に変わってきたというお話をですね、
改めてしてみたいなというふうに思った主題です。
でですね、きっかけはですね、6月26日の金曜日の夜にですね、
渋谷のソイルというところで登壇したイベントがありました。
主催がですね、私もサポートしておりますストリハブで、
共催が東急さん。
テーマが、AI時代の企業メディアとストーリーティリング。
同じテーブルにいたのがね、ギルドの深津さんと、東急コモンの事業責任者の小林さん。
で、ストリハブのCOの渡辺真宏さんという感じで、私もね、
こうやって4人で、だいたいオフライン50人ぐらいの招待制で、
配信も録音もなしという場ではございましたが、
ノート公開されているのでぜひご覧ください。
で、私、ストリハブのエヴァンジリストという立ち位置で、
前半のセッションではね、コモンのね、
ローカルフィールドの裏側、アルゴリズムのチューニング画面を投影しながら、
実演の解説をしたりとか、
後半のパネルディスカッションではね、
メディアを中心にいろいろやられてきた方として、
企業メディアってこれまでどういうふうに存在してきたかという話を振られたところもありますので、
4マス時代からインターネット時代、そしてAI時代までの3段階で、
整理して話しましたという感じです。
で、その場で、時間の都合というわけでもないんですけど、
そこからですね、常に思ってたことというのを、
この2、3ヶ月ぐらいでいろいろまとめてたところの話をちょこっとしたんですけど、
改めてこれは、私の方陣もですね、
この7月から4年目を迎えましたという活躍ですので、
ノートに4マスから1人1人がメディアへ、
そして宴会へという感じで書いておこうかなというふうに思い出して書きまして、
今回のポッドキャストはそこをベースにしながらですね、
さらにですね、面白い補助線を引かせてもらいながらですね、
行こうかなというふうに思います。
その補助線というのはですね、当日一緒に登壇した、
一緒には登壇しないですね、
その会場に来られていた田島さんがですね、
7月3日にコンテキストを設計するのは誰か、
AI時代に事業会社が持つ情報流通の極みという記事を出しておりまして、
これが自分の3フェーズ論とですね、
帰接して同じ景色を別の角度から描いているというところもありましてですね、
はい、田島さんのノート、
概要欄にもリンク貼っておきますので、
興味あったらぜひお読みいただければというふうに思います。
で、まずですね、フェーズ1の話からなんですが、
フェーズ1、4マスの時代です。
はい、インターネットなかった時代です。
企業がですね、生活者に情報を届けたいと思ったら、
テレビ、新聞、ラジオ、雑誌の、いわゆる4マスに取り上げてもらう以外の道が、
ほぼありませんでしたと。
そしてこれは別に企業だけの話ではないですね、
個人が自分の考えを社会に届けたいというふうに思っても、
新聞の当初覧とか、雑誌への投稿とか、
ラジオ番組へのハガキとかね、
書籍を自分で出版する、あるいは、
同人誌、自主生活作の小さな流通、
それしかなかったんですよね。
発信者が誰であれ、4マスの編集判断というところが、
届くかどうかというところを左右していた時代でございます。
で、私のですね、フレームワーク、作り手、伝えて、受け手という話で言いますと、
4マスが伝えてを独占していた時代です。
放送波、販売部、印刷所と、
伝えてが持つ在庫、つまり時間と面積は有限で、
その有限の枠にですね、自分の情報を入れてもらうために、
企業も個人もクリエイターもですね、
同じ場所で奪い合っていましたと。
広告を買って枠に入る企業と、
把握職人としてね、ラジオ番組に採用されようとする個人と、
手法は違うんですけど、乗るための働きかけという点では、
構造的には同じでございますと。
受け手も基本的に受動ですよね。
テレビつけては流れているものを見る、
新聞を開いたら流れている記事を読む、
ラジオを聞いていたら知らない新聞が流れてくる、
上から下への一方向のフローというのは、
この時代の基本的な構造ですと。
で、後でも触れるんですけど、
ちょっと大事なのは、
円館、円に回るという形で円館、
これラジオ向きじゃないですね、話し言葉向きじゃないですねって、
改めて喋ってみて思ったんですけど、
新聞の図書が紙面に反映されて連載企画になったりとかね、
街頭インタビューの一言が特集を動かしたりとかね、
そんなような報道とかもあるかと思うんですよ。
反応は回路として存在してはいましたけど、
ただ視聴率調査やアンケートで返ってくる反応は、
時間も遅れて荒さも大きくてですね、
それを次の発信に大抵的に織り込むというのは、
ちょっと技術的にも運用的にもかなり難しかった。
今もそうですね。
ぐるぐる回る円館というのはあったけど、
細くて、遅くて、
太く回すにはちょっと特別な工夫がいる感じでしたと。
で、フェーズ2になりますと。
インターネットの時代、
一人一人がメディレイになりましたという段階でございます。
インターネット登場してこの構造がひっくり返りましたと。
テキストで発信するブログ、
動画で発信するYouTube、
音声で発信するポッドキャスト、
企業も個人もクリエイターもですね、
個人サイト、自分のチャンネル、ノート、ニュースレッダー、
様々な手段で受け手に直接、
ダイレクトに届けられるようになりました。
で、一人一人がメディアであるという話で言うと、
この言い方はフェーズ2になって初めて実感を持って成立するようになりましたと。
インターネット始まって約20年、
ほぼほぼしっくりするような感じになってきましたね。
作り手、伝え手の兼務のうち、
伝え手の部分が誰にでも開かれたという感じです。
このフェーズで発信者が手にしたのは、
自力でやれるという感触ですね。
ブランドや自分の考えを知ってもらうこと、
作品を届けたい人に届けること、
これまで4末に間に入ってもらわないとできなかったことが、
自分たちだけで完結できるようになりました。
発信を続けていれば届く人には届く、
このフェーズ2の手応えが
多くの人の発信習慣というところを
作ってきたかなと思います。
AI時代の到来とコンテキスト・エコノミーへの転換
ただ、この民主化、プラット化には副作用がありまして、
伝え手の在庫が無限になった代わりに、
受け手の箇所分時間自体は増えないんですよね。
人間の情報処理能力自体は変わらないのに、
届けられる情報の量が爆発しました。
だから伝えて、つまりプラットフォーム側のアルゴリズムが
限られた受け手の時間を割り当てる主体として
力を持ち始めたんですよ。
4マスの編集権、編成権が消えた代わりに、
GAFAのアルゴリズムが新しい編集権を握った
という構造でございます。
そのおでも、このフェーズ1の一方方向のフロー自体は
残っていました。
ただ、反応を受け取る回路、
コメントとか、いいねとか、シェアとか、
ソーシャルメディアのリアクション、
こういったものはフェーズ1と比べて段違いに増えましたよ。
円管らしきもの、ぐるぐる回るらしきものは
実装しようと思えば実装できるようになりました。
ユーザー投稿コンテンツ、
いわゆるユーザージェネレテッドコンテンツ、
UGCが受けたリアクションでプラットフォームに押し出されて
投稿主がプロクリエイター、つまりPGCに変容していく流れは
まさに反応が次の発信を強化していく円管そのものですね。
ソーシャルメディアで自分の投稿が拾われた個人が
YouTubeやノートのプロクリエイターに育っていく回路
というところは、このフェーズ2の間に
すでに動いているかなというふうに思います。
ただし、その発信の主軸として設計して回し続けるのは
まだ運用のコストとしてはちょっと高い。
多くの発信者にとってこの円管ぐるぐる回るというのは
特別な工夫の対象で、反応そのものは発信の副産物のままで
まだまだ終わっているかなという感じです。
そして、走行しているうちにフェーズ3になりました。
AIの時代です。
発信だけでは届かない。
そして円管というのが自分が今置いている見立てだったりします。
なんでかというと、
生成AIが答えを吐き出してしまう時代になったんですよね。
ここまでのフェーズ1、フェーズ2では
受け手が何かを知りたいと思ったら
4マスなり温度メディアに検索エンジンなりを経由して
発信者の情報にたどり着いていたんですよ。
ところが今、受け手がAIに聞いた瞬間に
答えらしきものが即座に返ってきちゃいます。
発信者が丁寧に作ってきたコンテンツは
AIの返答の材料として使われることもあれば
参照されずに素通りされることもありますね。
この時、発信者が困るのは
発信するという行為の聞き方が急に鈍くなってきています。
フェーズ2のように良いブログを書いて
良いYouTubeを出して、良いポッドキャストを配信して
それで届く人には届くという
信じていた前提が今崩れています。
一人一人がメディアであるの後半
だから発信を続ければ
何だかんだ言って届くという部分が
成立しなくなりつつあるというのが今現況ですね。
ここで田島さんのノートを補助線として
聞かせてください。
田島さん、ストリーハブのCEOですね。
7月3日にコンテキストを設計するのは誰か
AI自体に事業会社が持つ情報率の極みという
強みという記事を出しております。
この記事めちゃくちゃ面白いんですけど
田島さんは同じ現象をアテンションエコノミーから
コンテキストエコノミーへの転換という
言い方で描いているんですね。
田島さんの整理だと1990年代から現代まで
興味を引くタイトルでクリックさせて
滞在させて広告表示させるという
アテンションエコノミーが
メディアビジネスの基盤だったと。
ところがLLMの急速な発展によって
AIがインターネット上のトラフィックに
占める割合が高まると何が起こるか。
コンテンツを直接読むのは人間ではなく
AIになっていきます。
パブリッシャーが仕込んだ
アテンション最適化の工夫は
AIという仲介者によって薄められて
書き換えられると田島さんは書いております。
そして面白いのは
ここからコンテキストという力場
力の場という言い方をしたことなんです。
コンテキストとはコンテンツという粒子を
動かすためのフィールドみたいなものですね。
ユーザーの視線がフィールドに
ポテンシャルの交配を生んで
コンテキストの設計次第で
コンテンツが自然に流通する。
そして田島さんはメディア企業では
事業会社の方がビジネスモデルと
オーディエンスを最初から手元に持っている分
コンテキスト設計に固有の強みがあると書いております。
もう一段田島さんの記事で
自分がグッと来た話がありまして
編集と編成の二層性という話です。
多くのフォンドメディアは編集
つまり記事を制作するところに注力するけど
編成、つまりどのコンテンツを
誰に何の順序で届けるかというところまで
自社で握る事例は少ないんですよね。
テレビの月曜夜9時
雑誌のレイアウト、ニュースアプリのアルゴリズム
これ全部編成です。
このストーリーハブの共同では
オンドコンテンツと外部の有料コンテンツを
編成方針でプレントしているという話で
私そこを受けようとやっているところもあります。
なぜこの話が
自分の3フェーズ論と接続するかというと
フェーズ3で発信者が
向き合わないといけないのは
まさにこの編成なんですよ。
田島さんの言う編成
どのコンテンツを誰に何の順序で届けるかというのは
自分がこのイベントの前半セッションで実演した
調整のダイヤルそのものなんですよ。
コモンのローカルフィードで
カテゴリの倍率を落として地域情報を上げる
というあの操作は
まさに編成の操作なんです。
自分の3フェーズ論の言い方だと
これが円間、円が回るという話になります。
発信者がアウトプットを出す
受け手が反応する
その反応がAIに拾われて
次の答えの精度を変える
次の受け手がAIに聞くとき
その反応が織り込まれた答えが返ってくる
発信者はその答えを受けて
また発信を挑戦する。
この一連の動きは
もう一方向で描ける絵ではなくなってきているんですよ。
円間、円が回るとして
設計しないと
そもそも回らない構造になっています。
つまり
円環の設計と「縁の主」の重要性
田島さんがコンテキストを設計するといい
自分が円間を回す
円の輪を回すと言っているのは
実は同じ現象を別の言葉で描いている。
田島さんは編成の設計から入る
自分は発信と反応のループから入るみたいな感じです。
でも指しているものは同じでございます。
そしてですね
面白いのは
6月26日のイベントの登壇の場で
結果的にイベントの登壇者全員が
この編成と円間の話に
集約されていったんですよね。
深津さんが
ユーザーの税に寄りかからない設計と言っていたのも
小林さんが
コモンは地域ソーシャルメディアのようなサービスで
ニュース発信後に
住民の投稿が波及する現象を
当初から狙っていたと言っていたのも
あとも渡辺さんが
企業が自ら語らなければ
絵以外に企業について
語ってしまう時代と言っていたのも
全部このフェーズ3の
編成円間をどう設計するかの
話になります。
自分は
最後に
作り手と受け手という区分自体が薄れていくのではないかと
薙ぎかけました。
企業もユーザーも
この円間の循環の一部となり
相互に影響を与えながら回っていきます。
AIは
その回っていく円を
人的だけでは難しかった規模で
回すためのツールになります。
この見立てを
田島さんが編成と事業会社の強み
という別の切り口で書いていた
というのが
私的には
ちょっと面白かったなという感じです。
締めに向けて
もう一つだけ大事な話を
円間さえ回せば良いわけではないんですよね。
田島さんも自分も
これは共通しているんですけど
円間の中に本当にこれは合っているのかと言える
主体が入っている必要があるんですよ。
自分は
円の主という
表現をしております。
血円
土地の円、地円
汁円
血円は親族の繋がり
地円は
土地の繋がり
土地の円は土地の繋がり
汁円、地円というのは知識や興味
関心で結ばれている繋がりで
ソーシャルメディアが可視化
相互効果してきた新しい円かなと思っています。
古文で活性する
情報はまさにこの土地の円
のところにあるかなと
特定の域に住んでいる人同士で
似た話題が回るというのは
この土地の円が生きているからで
この土地の円を編成の
フィールドに引き受けているのが東京さんが
古文でやっていることなんです。
田島さんの記事の
言い方だと事業会社のビジネスモデルと
オーディエンスの一致性が
アテンション最適化よりも信頼性を
生むということになります。自分の
言い方だと円間のどこかにこの
円の主が立っている状態を
作るということになります。挿したようなものは
同じですね。
フェーズ3このAIの時代
発信するだけでは届かない時代の始まりです。
この円間を回す設計と
円間のどこかに立つ
円の主
この2つが多分これから発信を続けて
いく全ての人、いや
人だけには限らないですよね。メディアこと
にとって避けられない話題になって
いくかなという風に思っております。
自分の書いた
立場と書いた時世図として
同じ景色を別の角度から
描いているという感じで
出てきておりまして
私的にはこのフェーズ3に
確かに何かが動いている
ということを
ある意味立証しているんじゃないかなという風に
思っています。答えはそれぞれの現場で
それぞれ円間の回し方を
試しながら模索していくしかないんですけど
こういうのを
引き続き一緒に考えて
いければかなという風には
思っております。
ここまで
お聞きいただきましてありがとうございました。
また来週でございます。松浦茂樹でした。
16:56

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