こんにちは、田中嘉人のスタマースタジオです。この番組は、喫音の人、スタマーである私が喫音や喋ることについて、一人であれこれ語っていく番組です。
そしてね、私、キャンプが好きなんですけども、キャンプに10月、全然行けない。行けなかった。
こんなにね、天気がいい日が休日に多かったのに行けないなんてね、悔しいです。悔しい。
もう最高の時期ですよ。これも11月とかになると、もうどんどんどんどん夜とかすごい寒くなっていきますからね。
でも今はね、そういう趣味やりてえっていうパワーがあるんでいいんですよ、これは。ちょっと前向きに考えると。
だからもう適応障害とかね、うつの症状があるときは、もう趣味すら好きなことすらしたくなかったですから。何もしたくないんですからね、そういう時は。
今休日は元気になりましたしね。だからそのね、うつの症状があると休日、土曜日なんか普通希望しかないはずなのにね、土曜の午前中とか。
希望しかないはず。なのにもうその時に、なんか症状が体に出て、もうぐったりして何もできないんですから。
もうそれには戻りたくないですから。そう、だからまあ、キャンプには行けなかったけども行きたいなと。
まだまだ今シーズン中行くぞというパワーがあるので、よしとします。
はい、ということで今日もよろしくお願いします。
はい、それでね、やっぱり私、喫煙とか頭適応障害もやったので、弱さ、きっと弱さが結構ある人なんですよね。
でもね、それをやっぱり忘れ…なんだろう。辛い思い出としては忘れたいんですけど忘れたくないっていう。
ちょっとなんか大事にしたいみたいな気持ちがあるんですよ。
なんでかっていうと、それはやっぱりね、自分と同じような境遇とかの人に対して優しくありたいというね、多分そういう自分でありたいっていう欲求がすごい強いんですよね。
だからまあ、例えば当時喫煙、喫煙めちゃくちゃ悩んでた頃の自分がかけられたくない言葉を、やっぱり僕も同じような境遇の人にかけたくないというね、そういうのがすごいあるんですけど。
そう、だからバンプ・オブ・チキンとか好きなんですよ。レイっていう曲とか大好きなんですけど、その痛みは忘れてもケアはしないとかって言ってくれてて、本当もう泣いちゃいますよね。
やっぱ成長していくっていうか、いろいろ乗り越えていって前に進んでいくと、やっぱり自分の弱さとか痛みとかをただ忘れていくと。
忘れていくから、じゃあもう人に対して、自分がそういう辛さを経験したのに優しくできないとか、そういうことじゃないよと。
これは僕の解釈ですよ。きっと残ってるかなって、そういう痛みとか弱さは。だから大丈夫だよみたいなね。
そうやって言ってくれるんですよね、藤原文太さんは。僕にはそう聞こえてるんですけど。
でもね、やっぱ忘れちゃってるなっていうね。本当に覚えてるっていうその態度みたいなのを自分がしてないか不安なんですよ。
そうで私ね、小学校の先生なんですけど、だからまあね、喫煙だからそういうものを抱えてるこの気持ちがわかる先生に昔からずっとやられたいんです。
でも先生にじゃないんだね、そうなってくると。ちょっとこれ話がこみってくるんで、今は触れないですけど。
要は学校ってやっぱり集団で、集団行動、集団の中で生活していく。なんでかっていうと社会もそうだから。
だから基本的にはみんなで同じ勉強して、今ちょっと変わってきてますけどね。
同じ目標に向かったり、同じ課題をこなしたりしていって、その中で成長していこうと。
それが社会に出るために必要だと、そういう場所だと思うんですよ。でもねやっぱりね、みんなと同じにできない。
あと自分自身が同じじゃない。もちろんみんな違うんですけど、あとはね、ついていけないと。
いや頑張りたいのは山々ですが、ちょっと本当無理、みんなと一緒にみたいな。
そういうこの気持ちも自分はわかるつもりだったんですよね。
だからみんなが普通に喋れるのに全然、みんなが当たり前にできることができないという苦しさがね、やっぱり知ってるとは思うんですよね。
なんか違うなって、みんなと周りと俺は違うなって。なんか同じじゃないんだなって。
人間って同じでやりたいっていう欲求も強いじゃないですか。そうできない辛さみたいなね。
のはわかってるつもりではあるんですよ。
だから必要に限らず、そういうなんかみんなと違うことによる不安、心配、そういうのもね、
わかって認めていける、受け入れていける人になりたいんですよね。
でもね、もうなかなか慣れないなって。でもこれって仕事柄なのかなと思うんですよ、やっぱり。
別に仕事の内容のせいにするわけじゃないんですけど、やっぱりね、みんなで一緒にとかっていう場所なんですよね、学校ってね。
みんな同じでいって、みんなのこと考えて、それが社会だしね。
でもそういう社会とは変わってきてる気はするけど、でもより個人主義で多様性とか言ってるけど、
やっぱりなんか違う人を排除していくような社会になってきちゃってますよね。
だから大事なのかもしれないですよ、学校の違いを乗り越えてみんなで一緒にいこうみたいなね。
そのメッセージって超難しいと思うんですよ、伝えるの。
まあいいや、話がちょっとずれてるんですけど。
でもやっぱりね、基本的にはみんなで一緒に頑張ろうみたいな、仲間じゃんみたいなね。
で、やっぱりこの、例えば何年生。何年生だったらこれをやっぱり作り出していかないと、
要は周りと同じようにそこはね、基本的なところは成長していかないととか、これができないととかいう側面もある。
実際、基礎的な力とかね、あとコミュニケーションとか人間関係力とかね、
今なんか非認知能力とかっていろいろ言われますけど、そういう力とかね、
は身につけないとやっぱり幸せにはなるのは難しいと。
でもね、それで頑張れ頑張れっていうね、やればできるっていうね、
努力は報われる、夢は叶う。
そういうのを頑張っていった先に自己実現があるんだみたいなね。
それはそうなんですよね。
でもね、それを言っているとき、言わなきゃいけないんですよね。
それ言うのが仕事だから、そういうふうにさせていくのが仕事だから、
そういうふうにやっていくんですけど、そのときね、
なんか喫煙が自分にもあったから、ついていけない弱さもわかる、苦しみもわかるって、
どこかだよって思っちゃうんですよね。
やっぱりね、ちょっと喫煙も気にしなくなってきてて、
ちょっと克服してきてるっぽいからなのかなとかって思っちゃったりするんですけど、
今喋りながらそういうことじゃないのかなってちょっと思いましたけどね。
だから人の気持ち全然わかってなかった。
つまりその弱さや不安とか心配を抱えている人の気持ち、
寄り添うとかって言うけど難しいですよね。
結局先生なんてそんなのわかんないじゃんみたいな、
ふうにね、僕も子供の頃先生に対して思ってたし、
自分もそう思われてるんだろうなって。
でも実際それも正しいよなって、本当にわかんないなって。
まあいいや、これも話がだんだんずれてきましたけど、
そうなんですよ。何がそうなんですよ。
やっぱりね、その人の苦しみはその人しかわからない。
でも寄り添うって受け入れるって何?みたいな。
難しいですよね。
だから弱さを知っていれば人に対して、
そういう同じ苦しみを味わっている人に対して共感できるとも限らない。
これそう思うんですよね、やっぱ結局。
そこは努力なんでしょうね。そういうの関係ないような気がする。
それすごい思うのが、僕も言われたことありますけど、
俺も昔ね、そうだったよ、喫煙だったよと。
でも今は克服した。だから大丈夫だよみたいな。
その言葉、響かなくないですか?
響かないだろうって思っちゃうんですよね。
だって、あなたと僕は違うのでってちょっとひねくれてるからね、僕はね。
ほんとそう思っちゃう。
てか余計心配になる?いやいや、克服できないよっていう。
なんかキラキラしてる姿を見せられても、ちょっと希望は持てないよねって。
だから子供とかに対しても、いや昔はそうだったんだよって。
でもね、今は大丈夫になったからね。君も大丈夫だよって。
言えないなっていう。余計自信なくさせると余計不安にさせないみたいな、ちょっと思うんですよね。
だってその苦しんでる時っていうのは、本当にもうどうにもならないって思ってるわけだから、
そういう苦しみから解放された自分を想像できないから苦しんでるわけであって。
そういう人にね、みんな乗り越えてるからとか、僕が乗り越えられたからとか、君も大丈夫って言っちゃって。
何言ってるかわかんないですよね。
は?っていう。その理論何?みたいな。
まあまあいいや。でもねやっぱりね、僕もなんだかんだそうなのかなとちょっと思ったりするんですけど、
学校の先生たちって、やっぱね必ずしも勝ち組じゃないんですよね。
なんだけど、やっぱね、挫折を乗り越えてきた人たち、メンタル強めというかね、
そういう人たちが多いと思うんですよ。頑張れちゃう。それでできた。何とかなった。
やればできるようになった。相当努力をしてるわけですよね。相当努力ができちゃう。
そういう人たち。だから倒れても倒れても立ち上がるし、できなければできるまでやるしみたいな。
そういう強さを持ってる人がなってる。それはいいと思うんですよね。
だってそういう人たちじゃないと、そういうやればできる的なメッセージって伝わんないから。
でもね、そういう人たちばっかりでもね、そういうメッセージばっかり言われすぎてもね、
本当に頑張れない人っていうか、そういう人はね、辛いと思うんですよね。
そういう場所って行きたくねえって思っちゃうじゃないですか。
もちろん今の世の中に必要だと思うんですよね。必要。
そういう、だって頑張んなかったら、何もできるようにならなかったら、楽しくないし嬉しくないしね。
努力してできるようになったっていうものも必要だし、能力として必要だし、そういう経験も必要。
なんだけどね、やっぱり今ね、どんどん頑張ればなんとかなるっていう世の中じゃなくなっているので、
頑張って頑張って達成して嬉しいっていうね、繰り返しがしづらい。しづらいと思う。
でも、頑張らないともっとなんとかならなくなっちゃうから、やるしかないんですけど、
でもね、やっぱ相当頑張って、「ふぅ、あぶね、できた!」みたいな。
それがね、嬉しくない時も僕の経験じゃあるなと思うんですよね。
めちゃくちゃやってできても、その出来た時の喜びに苦労の方が勝っちゃうっていうパターンも、僕個人的にはあります。
だからね、やっぱり折れない心を作るんだとか、そういう強さを根付けてあげるんだみたいな。
まあでも、できればそれが一番いいですよね。なんだけど、できないこともあると思うんですよ。
そういう人へ、じゃあどういうふうにケアしていくか、どういう言葉をかけるか、どういう方向に導くか。
そういうのもね、かなり必要だなと思うんですよ。だから、ただ頑張ればいいとか夢を叶うとかっていう努力が報われる的なね。
そういう言葉が必要とされる時代じゃないのかもしれないなと思ったりします。
でもそういうね、本当に清々しい言葉が響いてほしいですけどね。
それを響かせることができる人もいると思うけど、でもこの世の中でいろんな人が欲しがってるのはそっちじゃないのかなとも思ったりしますね。
じゃあ何言ってあげればいいんだって思いますけど、あれかな、ダメでもいい的な言葉かな。
そのままでいいじゃないけど、変わらなくていいじゃないけど、そういうのですかね。
そういうのを言うためには、人間の弱さとか、絶望感とか無力感とか、そういう痛みをちゃんと覚えてた方がいいと思うんですよね。
あとあれかな、そういう役割分担かな。そういうことを言う人も必要ってことですかね。
やればできるっていう人も必要だし、もういいよやんなくてって、もうよく頑張ったって、大丈夫だよって、ちょっと他の方法探そうとか、両方必要ですからね。
ということで、やっぱり弱さとかは、あれですか、弱さイコール自分かな、もう。
その弱さがあるから、一人しかない自分でいられるみたいな。
そこってそうなのかな。だからその弱さがあるからこそ、痛みを知っているからこそ言えるメッセージっていうのが、その人なのかな。
だとしたら、やっぱりね、パンプオブチキン、藤原本夫さん、言うように消えないでほしいですよね、そういうのは。
そういう弱さとか痛みは。
で、ちゃんと忘れても残っているかもしれないけど、覚えていたい。
そういう話です。
この番組ではお便りも募集しております。番組の感想やツッコミ、なんでもいいですので、送っていただけると嬉しいです。
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続いては音楽のコーナーです。めくるめくLiner Notes。
このコーナーはCDアルバム、主にロックですけど、CDアルバムをそこに入っているLiner Notesの文章を元に、大いに参考にして紹介していくというコーナーです。
今日紹介するのはザバーブですね。ザバーブのセカンドアルバム、ノーザンソウル。これを紹介したいと思います。
まずこのザバーブですけども、ザバーブは3度の解散と2度の再結成を繰り返している。
現在は活動休止ですけど、実質解散状態ですね。
調べたら、セカンドアルバムをリリースした後に1回解散している。
1996年翌年には早くも再結成を果たしている。
で、3rdアルバムを出した後に2度目の解散。で、また4枚目のアルバム、4thをリリースした後、また解散しているという感じですよね。
このアルバムで言うと、やっぱり一番有名なのは3rdアルバムですね。
これがやっぱり名盤になっている。1st、2ndよりポップになって、オーケストラとかも取り入れてみたいな。
そういう英国ロック史に残る名盤となったのが3rdアルバムなんですけどね。
今日はこの2ndアルバムを紹介したいと思います。
ノーザンソウル。
なんで2ndアルバム紹介かっていうと、近所のリサイクルショップで発見したからです。
もうそれだけ。それで聞いたからなんですけど。
でね、1stアルバムがすごいこのサイケデリックなんですよ。サイケデリック。
で、2ndアルバムはどうなのかというと、っていうのが今日の一説ですね。
音楽そのものの中に存在するある種のグルーヴやスイングをセッションやインプロビゼーションすることによって作り出すこと。
これこそがバーグのニューアルバムのタイトルに現れている真の意味なのだと思う。
ノーザンソウル。魂の叫びと言ったら少々大げさかもしれないが。
これ書いたのは小林雅宏さんです。
だからね、なんていうんですかね。
このザバーブの魂みたいなものが感じられるっていうふうに小林さんは言っているんですよね。
だから多分順番に1stアルバムから振り返っていくんですよ。
これね、ライナーノーツは。
まず1stアルバムはすごくサイケデリックな曲。
ザバーブもブリッドポップのオアシスと同時期のバンドですよね。
進行は深かったとかって調べたらありますけどね、オアシスとね。
そうそう。
で、やっぱり1stアルバムはすごくサイケデリックでスペーシーでフリーキーなダンスミュージックが好きだとフロントマンのリチャード・アッシュクローフとは言っているんですけど、
このダンスミュージックも小林さんはロックとかファンクとかソウルとか古典的な音楽をダンスミュージックにしたやつじゃないよって言ってます。
そういうのはストーンローゼスやハッピーマンデスやプライマルスクリームがやってると。
そうじゃないダンスミュージックだって言ってますね。
もっとそういうのよりもオールドスクールなサウンドだと言ってます。
だからあれみたいですね。やっぱり今日の一節じゃないですけど、グルーヴをセッションとかインプロビゼーションっていうのは即興演奏ですよね。
即興演奏の中で作り上げていくよっていう職人的な作り方をしてるんですよね。
だからエレクトロニックの力を借りてるわけでもなく、本当にセッションの中で生み出していくみたいな。
これあれですよね。だから2曲目のタイトルがThis Is Musicですよ。
これかっこいいですね。そういうのに現れてるんですかね。
こういう感じで例えられてもいます。
そうそう、最初にノーザンソウルっていうとカーティス・メイフィールドとかスティービー・ワンダーとかそういうアーティストが思い浮かぶと小林さんは言ってると。
カーティス・メイフィールドと同じような魂が感じられると言ってますね。
あと他のミュージシャンに例えてるところで言うと、なんかね、プライマルスクリームのギブアウト・ギブアップみたいなアルバムでもあるし、
あとこのビートルズのアビーロードのような個性豊かな曲が収録されてるというふうにも言ってますね。
確かに曲を聴いてみると、すごくポップになったやつとかシンプルになった曲もあるんですけど、やっぱりファーストみたいなサイケデリック調の曲もありますよね。
サイケデリック色がすごく強い曲もあって、やっぱりサードアルバムもすごくいいんですけど、完成されてて洗練されてる感じがサードアルバムはするんですけど、
大物感というかね、すごいあるんですけど、やっぱりこのセカンドアルバム面白いんですよね、ザ・バーブは。
最後の方に小林雅宏さんこうやって書いてますね。
職人的ともいえるロックの古典的なプロセスに眠っている魔法のような演奏をやりたかったのである。
だからそういうところが魂。魂を感じるんでしょうね。
はい、というね、もしかしたら全部のアルバムちゃんと聞いたわけじゃないんですけど、ザ・バーブのアルバムの中で一番ザ・バーブっていうバンドを感じる1枚かもしれません。