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#2-7 職場の特徴が自分に合っているかを考える
2026-09-23 36:45

#2-7 職場の特徴が自分に合っているかを考える

何で仕事がこんなに疲れるか、ということを考える時に、職場の特徴と自分の性質があっているかを考えるといいそうです。ということで、「公務員」「学校」という職場を考えてみました。

音楽のコーナー「めくるめくライナーノーツ」では、ニルヴァーナのライブアルバムを紹介します。久しぶりにニルヴァーナを聴いたら、無理して仕事の自分でいることから解放されたような気がしました。

<大体のチャプター>

適応障害になってから心の体力が落ちた/ 休日を楽しむために平日を生きたい/ 職場の特徴の分類/ 公務員は変化が少なくプロセスとコミュニケーションが多い「野球型」/ 学校現場でプロセスとコミュニケーションが必要な理由/ 学校現場が基本的に保守的な理由/ 殺伐とした雰囲気に敏感なHSP/ 繊細さんと学校現場/ 職場の特徴が自分に合っているかを考える

ニルヴァーナ「Live at Reading」の紹介/ 「最高のライブ」に至るまでの流れ/ カートのパフォーマンス

「大したことない自分でいい」と思わせてくれるニルヴァーナの曲「All Apologies」

お便りフォーム↓

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サマリー

仕事の疲れや適応障害の経験を振り返り、休日のために平日を生きるという考え方がまだ実感できないと語る。職場の特徴を自由度とコミュニケーション量で分類し、学校・公務員の仕事は変化が少なく、手続きや共通理解などのプロセスが多い「野球型」だと説明する。学校の保守性には子どもが各学年を一度しか経験しない事情がある一方、周囲の空気に敏感な人には負担になりやすく、自分に合う職場の特徴を考え直したいと話す。後半はニルヴァーナのライブアルバム『Live at Reading』を紹介し、1992年のレディング・フェスティバルでのカート・コバーンの状態や観客の理解、ライブの構成を取り上げる。最後に「All Apologies」を聴くと、仕事用の自分から解放され、無理に立派でなくてもよいと思えて心が軽くなると語る。

仕事の疲れと心の体力
こんにちは、田中嘉人のスタマースタジオです。 この番組は、喫音の人である私が喫音や喋ることについて、あれこれ一人で語っていく番組です。
はい、もうね、仕事が疲れます。 疲れる。で、なんかいろいろその回復させる手段とか、
方法? 言われてますけど、youtube とか見るといっぱい言われてますけど、
なんか結局睡眠だなーっていう、 睡眠より何とかみたいなね、
そういうの言われてますけど、結局僕は睡眠ですね。 で、やっぱ睡眠が足りてない日は、
体も疲れてるんですけど、やっぱりね、心も持たないんですよ。 これわかる人いると思うんですけど、一回適応障害になってからかな?
でももうその前ぐらいから、ちょっと適応障害になる前ぐらいから、 ちょっとおかしかったかもしれないですけど、
心がね、持たない。もう無理ってすぐなっちゃうんですよね。 で、そういう日って不安ばっかりで思い浮かぶというか、
なんか全部できなさそうな、無理じゃんってなって、 あれもこれもできない、でもやんなきゃでもできないっていう、
そうなっちゃうんですよね。 あとそういう時って、朝から晩まで仕事の毎日、これが続くんだなと思うと、
ちょっと絶望しそうになるんですよね。 適応障害の時は絶望してましたね。
もうこれがずっと続くんだ、ここに毎日来るんだ、 毎日これやるんだっていうね。
そうだから、いやもうこれで平気なの?って思ってましたね。 じゃあちょっと最近もそう思いそうになる。
でもやっぱ仕事を生き生きやってる人もいますよね。 もうそこに人生かけられるとか、命かけられる人ね。
すごい生き生き楽しそうにやって、妥協も許さずやってる人ね。 それが生き甲斐みたいな。
でもね、やっぱそうじゃない人もいると思うんですよね。
で、あとなんか、そういうふうに考えてると疲れちゃうから考え方を変えましょうと。
だから、休日のために仕事があるんだよ。 休日を楽しく生きるために仕事があるんだよっていう考え方?
もうなんかで見たんですけど、なかなか実感できないですよね。 土日のためにその他の平日の5日間があると。
そこを充実して過ごすために、平日頑張るんだっていうね。
そういうのもね、情報も聞いたりしましたけど、なかなか難しいですよね。
やっぱ今までの思考というか、それでやっぱ仕事が中心なんですよね。どうしてもまだまだ。
仕事を平日5日間やって、土日で回復して、仕事のために土日を使って回復してまた仕事っていうね。
そういう思考が抜けてない。
そういう長年のね、いろいろ自分が直さなきゃいけないところとかね、課題があるなと思いました。
職場の特徴と学校の「野球型」
そんな感じでね、今日はなんでこんな疲れるのかなっていう。
それがきっとね、喫煙とか自分の性格と関係あると思うんですよ。
ちょっとそういう話をね、していきたいと思います。
で、音楽のコーナーでは、ニルバーナをちょっと紹介したいと思います。よろしくお願いします。
この疲れの正体ですよね。疲れるのの正体。脳疲労なんでしょうね。あと心が疲れる。
よくなんか、ストレスのチェックで、自分の最良で自分の思い通りに自分のペースで仕事ができてると、
仕事の量が適切かっていうのもありますけど、自分の最良で仕事ができてるとストレスが割と少ないとか、そういうのも聞きますけど、
職場にも特徴があると。だから職場が悪いとかじゃなくて、職場の形態というかね、そういう特徴があるっていうのをYouTubeで見たんですよ。
なんかスポーツに例えてましたね。これも何かの本が元らしいですけど、
なんか柔道の団体型とか、陸上競技型とか、サッカー型とか野球型とかね、そういうのを言ってました。
だから営業職とかは、柔道の団体型で、個人の材料が多くて、コミュニケーションが少ない。
自由度が高い分、責任がのんしかかってきて、すごい生活主義になってくるとかね。
だから多分、コミュニケーションの多い少ないと、あと自由かどうかっていうね、その二軸なんですよね、これね。
で、工場勤務とかは、個人でやるからコミュニケーションが少ないし、あと変化も少ないと。
で、いつも同じことをやるから自由度も少ないと。
あとこれが大変だなと思うんですけどね、サッカー型。これ最近のクリエイティブな企業とかですかね。
チームでやっていくからコミュニケーションが多くなると。チームでプロジェクトを達成する的なことですかね。
で、自由な発想が許されると。
で、変化が多い。いつも同じことをやってちゃいけないっていう職場ですよね。新しいものを生み出していかなきゃいけないっていうのをチームでやっていく職場。
これも、僕はこの三つのどれにも当てはまらないなと思います。
ちなみに、学校の先生です。公務員ですね。この三つには当てはまらないなと思って。
サッカー型みたいなチームでやっていって新しいものを作り出していくっていうのに憧れますけど、
これはこれで海の苦しみがあるだろうなと思いますね。あとコミュニケーションも取らなきゃいけないからめんどくさいしね。
で、僕、公務員、学校の先生は何かというと多分野球型なんですよね。
で、変化が少ないですね。毎年同じことをやるから。で、慣例があるし、慣習があるし、例年通りっていうのがやっぱり好まれるんで。
下手に変えると、すごい叩かれるっていうか嫌がられますね。
で、コミュニケーションが多いですよね。プロセスが多いんですよね。
結構プロセスを大事にしたいっていう、過程を大事にしたいっていうのが先生方にあるので、
学校現場の手続きと保守性
悪いとかじゃなくてね、職場が悪いとかじゃなくて、いろんな段階を踏まなきゃいけないんですよね。何か提案するときも。
いろんな人に許可を取らなきゃいけないっていう。
だからルール的なものとか手続きが多くなってくるんですよね。
だから気を使うんですよ。
変化があんまなくて新しいことができないのにコミュニケーションばっかり多いっていう、ちょっと悪い言い方をするとそうなっちゃうんですけど、
これがね、嫌なんですよね。
っていうことに十何年、もう15、6年やって気づいたんですよ。
そう、だからね、コミュニケーションが多すぎなんですよね。
だから本当によく若い時、喫音がすごい気にしてた時、よくやってたなって。
学校全体が関わる行事とかやる主任だったりしたんですけど、昔。
よくいろんな人に声かけて寝回しして、案考えて、頭使って案考えて、小さな会議にかけてまた直し。
でまたなんか学年主義の先生とかに聞いて、これでいいですかって聞いて、運営委員会みたいなのがあるんですよね。
職員会議の前段階の主任級の先生が集まる会議があるんですけど、その会議で提案しまた直し、職員会議で決定しみたいな。
よくやってたなって。かなりコミュニケーションと段階踏んで、心も頭も疲れてたと思うんですけど。
これね、よくやってましたよ、昔の僕は。
そうだからこれをね、今もやらなきゃいけない職場と自分の立場なんですけどね。
これが、いやもう良くないってなっちゃってますね、最近は。
でも良くないんですよ。なぜならプロセスを大事にするから。
どういう風に決めて、先生方みんなが分かっていて納得してる状態じゃないと、子供にね、ちゃんと伝えられず。
あと足並みがずれるっていうことが学校は嫌がりますからね。子供の指導に影響してくるんですよね。
先生たちが言ってることが違ったら子供は嫌じゃないですか。どっちだよみたいな。結局ダメなの?いいの?みたいな。
そうならないようにするためにも、共通理解をしながら進めていく、積み上げていくっていうのが、学校の職場っていうのは大事なんですよね。
だからそうすると自然とプロセスとかが多くなっていくんですよね。コミュニケーションも多くなっていく。
これがね、最近しんどいと。でもこれ、そうじゃない方がいいかって言うとそうじゃないんですよ。なんだこれ。
コミュニケーションを減らしちゃって、共通理解の機会とかも減らしちゃって、みんながちゃんと分かってない状態で足並みが揃ってない状態で、
それを子供に指導するとかってなると、もうね、学校ぐちゃぐちゃになってきますね。
先生たちによって微妙に言ってることとかニュアンスとかテンションが違うと、子供が感じ取るんで、もう乱れてきますね。
ルール守れなくなってきますね。そうすると秩序が保たれなくなっちゃって、いろんな問題が起こり出す温床になりますからね。
だからね、必要なことなんですけど、もうちょっと最近ついていくのは、それについていけない感じが自分でしちゃってますね。
疲れてる時ね、もうダメだって。
あとね、学校、暗黙の了解が多いんですよね。ルールが多いって言ったんですけど、
そのルールがちゃんと明文化されてるかといえば、そうでもないと。
こういうものだとか、あとは雰囲気が学校によって違ったりして、この先生が納得してないと進まないとか、やっぱり声のでかい小さいがあるんですよね。
あとなんか新しいことがそもそも決まらないですね。手続きが多い。
あとやっぱり毎年繰り返し何かやって、繰り返し同じようなことをやって積み重ねていくっていうスタイルなので、
そもそも新しいことを始めることとか変えることにアレルギーが職場や先生方の雰囲気としてありますね。
でもね、それはしょうがないんですよ。なぜなら子供にとってはその学年のことって一回しかないから、
だから例えば1年生の子は2年生になったらこれができるっていうのはあるんですよね。
変えちゃうと、あと無くしちゃうと、最近業務の効率化とかって言ってるから急に無くなっちゃうと、
なんかお兄ちゃんとかお姉ちゃんあれやったのに私はできないのかみたいなことになっちゃうんですよね。
だから全然変わらないとか、新しいことが決まらないとか、毎年同じことやってるとかっていうのを批判できないんですよ。
それは子供のためには毎年同じことをやってあげないと、子供は一回しかないからね、その学年でやることは。
だからそうしないと何年生になったらあれをやりたいんだって思ってた子がないの?とかってなっちゃうんですよね。
先生たちからしたら毎年同じことやってるけど子供たちからしたら違うんですよね。
だからもう組織が悪いとか雰囲気が悪いとかそういうんじゃなくて、しょうがないんですよ。
変化を嫌うっていうそのマインドはしょうがない。そういう場所なんですよね。
だから誰も責められないんですけど、自分勝手な気持ちで言わせてもらうともう飽きてきちゃったのかな。
あとやっぱね、コミュニケーションが多いっていうのはね、だるいというかね。
いちいちお伺い立てたり、誰々先生の顔色気にするとか、一言言っとかなきゃだなとか、声かけておかなきゃかなとか、
この会議で説明しなきゃだなとか、どんな言い方、それなら何の仕事でも一緒ですかね。
そういうのがね、もうめんどくさくてね。だからやっぱ、喫音関係ないかもしれないですね。
でもそういうときに説明するときに、喫音とかも昔は気にしてましたし、あと声かけるときかな。声かけるときがね、なんかね気にしちゃうんですよね。
繊細さと自分に合う職場
もう常にみんな忙しそうで、結構ね、学校現場って殺伐としてるんですよね。
そういう空気がね、よく感じちゃうんですよね。僕は周りが気になっちゃうので。あとHSP的なね、そういうところ、そういう気質も僕はあるので。
だからそういう繊細めな人にはね、結構苦しい職場かもしれないですね、学校の先生っていうのは。
だからまぁ、話変えていきますけど、教育自習の学生とか来て、結構ね、繊細だと学校の先生はきつい。
でもね、繊細さも求められるんですよね。繊細な方が、親の心配とか子供の心配とか、
ここ気にすんだろうなとか、こういうの嫌がるんだろうなとか、これが不安なんだろうなっていう、
こういう先生がこういうテンションでこういうふうに物を言うと、きっとこの子はこう感じるだろうなとか、
そういうのを想像できるんですよ。だからね、繊細さんの方がいいときもある。
でもね、やっぱりその人のためには、その人の働きやすさとかのためには繊細だときついですね。
いろんなことが気になっちゃうときつい。これね、そうなんですよ。
というね、だからまあ、一時期適応障害のピークの時はもう転職してって思ってましたけど、
職場の特徴、よく考えなきゃダメですよね、きっとね。
だから本当ね、コミュニケーションが少なくて、ってなってくると営業とかになるんだ。
でも営業でもあれですよね、同僚とのコミュニケーションはないけれども、お客さんとのコミュニケーションはいっぱいあるわけだからね。
でも大変だしね、生活主義になってもきついし。
で、サッカー型のクリエイティブなところに入っても多分役に立たないだろうしなとか思っちゃったり。
結局コミュニケーション多いからそれもめんどくさくなっちゃったり。
一回ね、サッカー型とまでは行かないんですけど、どんどん変化して変えていこうみたいな学校に行ったことあるんですよね。
どんどん新しいものを作っていこう、時代変わってるんだからみたいな。
でもね、きつかった。きつかったですね、そこもね。
毎年何かゼロから作り上げていくっていうのはきついんですよ。
で、子どもの方にも積み上がらないんですよね。
だから子ども成長したなとかね、学年上がってシーズン変わって子ども成長したなとかね、あんま思わなかったんですよね、その学校は。
やっぱね、同じことを、同じっていうか似たようなことを毎年やって積み上げていった方が学校っていう職場は子どもも先生も成長してやりがいが生まれるんでしょうね。
だからやっぱ学校はね、そういう野球型というか、変化が少ないというかね。
で、プロセスを大事にするでいいんでしょうね。そういうのが好きな人がやっぱ先生やってるんでしょうね。
だからちょっとね、僕はその文化がちょっともうなぁと、ちょっともうなぁって思ってきちゃったんですけど、
まあ他にできることもないしね、ちょっと考えていきますけど、そういう自分についてよく考えますね、この歳になるとね。
今まではもちろん自分に合ってることも学校の先生の仕事にはたくさんあったと思うんですけど、合ってないこともすごい頑張ってきたんですよね。
でももう、また考え直す時期に来てるなっていう。そうすると自分、なんかいい方法を見つかったりすると自分も生きやすくなる、働きやすくなる。
それこそ休日のために仕事をできるようになっていくかなと思うんですけど、そういう風になりたいなっていう。
だから本当に自分に合ってるところにいるっていうのはやっぱ難しいなっていうね、そういう話ですかね。
この番組ではお便りも募集しております。
番組の感想やツッコミなど何でも構いませんので、ぜひお便りを送っていただけたらと思います。
送っていただいたら紹介したいと思いますので、よろしくお願いします。
お便りフォームのURLは概要欄に貼ってあるので、そちらからぜひ送ってください。
ニルヴァーナ『Live at Reading』
では続いて音楽のコーナーに行きたいと思います。
めくるめくライナーノーツ
今日はね、ニルバーナーのライブアルバムを紹介したいと思います。
とても有名なんですけど、ニルバーナーのライブアットレディングです。
これね、2009年頃に買ったと思うんですよ、多分。
だからカートがなくなってから15年が経ったという風にライナーノーツには書いてありますけど、ちょうどそのくらいの時期ですね。
ライナーノーツを書いたのは大隆俊一さんという方です。
このニルバーナー、アルバム3枚ありますけど、このライブアットレディング、レディングフェスティバルというフェスのヘッドライナーとして取りを務めた。
92年8月30日のレディングフェスティバルで3日間のフェスの最終日の取りを務めたと。
この日出演したのは、メルヴィンズ、ヘブメントなどですね。
あとティーンエッジファンクラブとかもね、出演してます。
そのステージの取り。
でもこの時、日本はまだフェスはそんなに盛んじゃなかったですからね。
まだなかったかな、フジロックとかも。
一応CDの収録尺が78分だったので、いろいろライブをカットしての78分だと思うので。
すごくフェスだけど長いライブ。
今の常識からしたらね、当時はこういう感じだったのかもしれないですけど、24曲一応収録されています。
でもDVD版も一緒についていて、DVDは25曲入ってますね。
1曲だけラブバズというカバー曲がDVD版では聴けると。
DVDの方だと、ちょっとした曲間の様子とかね、MCとかそういうのも分かりますよね。
CDの方の紹介なんですけれども、
今週の一説ですね。
このライブがすごい良いライブだったっていう、そういう物語の一説なんですけど読みます。
今週の一説。
クリスが言うように最高のライブとなったのは、こうしたカート・ディシリの体調の良さと、音楽性をしっかりと受け止めていた観客という二つの要素が合致したからだろう。
このライバートレーディングっていうアルバムは、一つのコンサートを最初から最後までほとんど収録したっていうので、
金字塔と言っても良いようなライブアルバムになっています。
ニルバーナのね。
結構コンピレーションのライブ音源はいっぱいあるんです。
いっぱいっていうか、調べたら何個かあるみたいで、中にはベースのクリスが選んだ音源を集めたやつとかね、ライブの音源を集めたやつとかもあるみたいですね。
あとやっぱり一つのコンサートを最初から最後まで通して収録したっていうのは、もう一個は葬壁をなすもう一つは、やっぱりMTB Unpluggedですよね。
ニューヨーク。MTB Unplugged in New York。これはカートのCの5ヶ月前に収録された奇跡のライブと言われてますね。
そっちの方が先に発売されていて、このライバートレーディングは2009年の発売となります。
音が良いですね。やっぱりデジタルリマスターしてあるからね。
何の話だっけ。
そういうライブの最初から最後までっていうライブ一本の音源としてはMTB Unplugged inNew Yorkとこのライバートレーディングが葬壁をなしますかね、ニルバーナのライブアルバムで言うと。
先ほどの今日の一節のように、まずこのライブの時にすごく状態がニルバーナ良かったんですよね。
それがライナーノーズから分かるんですけれども、一応時期的にはセカンドアルバムのNevermindの後で、サードアルバムのIn Uteroの前って感じですね。
このレーディングフェスティバルのライブでも3曲ぐらいIn Uteroから、後にIn Uteroに収められるAll Apologiesとか3曲ほどやってますね。
このセカンドアルバムがすごいですよね、ニルバーナのNevermindはね。
これがすごくて、その後にいろいろあってカートは結婚し、結婚するんだけど、コートニーラブの方、2人はゴシップの餌食にされちゃうわけですよね。
特にコートニーラブがバッシングされていくという状態でカートもヘロイン中毒がひどくなっていく。
で、そんな中コートニーが妊娠。妊娠中にヘロイン使ったとかなんかすごい言われちゃって。
バッシングは激しさを増していくんですけど、この娘のフランシスが誕生したのもきっかけとなって、カートは25日間麻薬を断つためリハビリ施設へ入院したと。
で、そんな感じでクリーンになった状態で初めて観客の前に登場したのがこの92年8月30日、レディングフェスティバル。
っていうので、まずカートの状態が良かった。良くなっていた時だったっていうね。
で、あとね、観客も5万人くらいいたらしいんですけど、観客もすごく理解がある。ニルバーナに理解がある。
そういう良い理想的な観客でのステージになったっていう風に、ベースのクリスが後に言っていたらしいです。
だから最初にこのライブのDVDを見るとわかるんですけど、カート・コ・バーンは車椅子に乗って白衣みたいなの着て、病人ですよみたいな、っていう冗談ですよね。
もう病人だと世間で言われていたから、病気の噂があったから、赤になりますね、ライナーノーツにも。
カートは病気の噂をひにくるように医者の白衣を着て、老婆のようなカツラをかぶり車椅子に乗って登場するっていうね、そういう演出もあったり、
あとこのライナーノーツからは、最後の曲の後、すごい満足そうにカートがステージに降りてくるというのを書いてあります。
最後の曲の後に聖状況永遠なりのグランジバージョンが聴けますよね、グランジバージョンって書いてありますけど、まあ単音で演奏しているだけ、単音でメロディ弾いているだけですけどね、ギターでね。
ジミー・ヘンドリックスに捧げるように聖状況永遠なりのグランジバージョンが奏でられ、最後にはカートがステージ下にまで降りてくる姿が見られるっていうね。
だから一番いい時の、すごくいい時のライブアルバムということで、音もいいですし、すごくニルバーナーのパワーとか音楽の良さとか、月並みですけど、そういうのが感じられるアルバムになっていると思います。
今日はニルバーナーのライブアルバム、ライブアトレーディングを紹介しました。めくるめくライナーノートでした。
「All Apologies」がくれる解放感
まあ仕事でね、こう疲れるねっていう話を前半にしたんですけど、やっぱりね、まあ仕事の時の自分は普段のその自分とはもちろん違うわけですよね。
それが結構近いと行きづらくなかったりすると思うんですけど、ほとんどの人はね、まあ無理してると思うんですよね。ほとんどでもないか。結構な人はね、無理して仕事モードの自分になっていると。
本来は、まあ私なんかはね、先生をやっていますので、本来そんなね、すごい良い人間じゃないですから、どうしようもない人間ですからなんて思っちゃう時が、若い時はたくさんありました。
今でもふとそう思うんですけど、今の方がそういうふうに思わないようにしなきゃみたいなね、そういうなんかスイッチも働いちゃってますよね。
そんな時にね、このニルバーナのね、僕はオールアポロジーズっていう曲が好きなんですけど、それを聴くとね、もう本当なんか、まあ本当曲のタイトルからしてそうなんですけど、許されるなーって思って、ほっとするんですよね。
あのイントロ聴くと、本当ごめんなさいみたいな。もう俺はそんな、この程度の人間ですよと。本当すいませんねみたいな。ああ、全部俺のせいですからみたいな。ああ、全部どうせ俺が悪いですからみたいな。
まあでもそんなもんな人間なんで、そもそもみたいな。っていう気持ちになって、投げやりなのかな。まあ全部どうでもいいじゃないけど、全部どうでもよくなるっていうか、素になれるというか。
オールアポロジーズ異役すると本当悪かったねって。はいはい悪かったですよみたいな。どうせ俺でしょみたいな。っていうその気持ちになって、スッとするというか。
仕事とかで無理してできなくてもいいんだなっていうね。社会的に無理してそういう認められなくてもいいんだなっていう。もともとそういう人間じゃねえしみたいなね。そういうのをちょっと思えると、心が軽くなるんですよね。
確かですよ、このライバートレーディングのDVD、多分何回も見てないんですよね。でもその中のワンシーンか他の映像かわかんないけど、カートからサインもらう少年が映ってて、僕のヒーローだみたいなことを言ってるんですけど。
ちょっとグッときますよね。このオールアポロジーズは最後ね、こういう一節で終わります。散々もう全部俺の過ちだよって、俺が全部罰を受けるよって。そういう散々言ってるんですけど。
俺はお前だったらいいのになとかさ。散々言ってるんですけど、最後の一節で何回もリフレインで繰り返されるところで、俺たちはみんな何者にも勝るかけがえのない存在って最後言うんですよね。
この歌詞の意味を当時考えましたね。ミルバーナ、やっぱり特別なバンドですよね。カートコバーン。ということで今日もこの辺で終わりたいと思います。
ここまで聴いてくださった人、もしいましたら本当にありがとうございます。そしていつも聞いてくださっている方もいるようで本当に嬉しいです。どうもありがとうございます。
それでは、田中義人のスタマースタジオでした。どうもありがとうございました。
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