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#2-8 吃音&適応障害&HSPで身に付けた?能力
2026-09-30 33:24

#2-8 吃音&適応障害&HSPで身に付けた?能力

もともと吃音&HSPだった上に適応障害にもなりました。でも、だからこそ身についたかもしれない「限界の匂いを感じる能力」について語ります。

音楽のコーナーは、スマッシングパンプキンズのギタリスト、ジェームス・イハのファーストソロアルバムの紹介です。

<大体のチャプター>

トルネコの大冒険!/ 吃音&適応障害&HSPで身に付けた能力/ 「がんばらない方がいい」パターンと「がんばった方がいい」パターンの見極めがムズい/ 自分が適応障害になって身をもって知ったこと/ 危険信号を遮る「社会の水準」

ジェームス・イハ「Let it come down」の紹介/ イハが鳴らす、パンプキンズを感じながらもナチュラルな響き/ イハの来日inくるり「京都音楽博覧会」/ ファーストソロアルバム以降のジェームス・イハ

自分の限界もわかるようになってきたけど・・/ キャパギリギリの人や組織が多くなっている時代/ 自ら進んでテキトーであろうとすることが必要?

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サマリー

ゲーム配信で見た『トルネコの大冒険』の話から始まり、吃音・適応障害・HSPの経験を通じて身についた「限界の匂いを感じる能力」について語る。学校では、子どもが甘えているのか本当に限界なのかを見極め、頑張らせるか休ませるかを判断する難しさがある。適応障害を経験したことで、社会や学校が求める水準と個人の容量が合わないと不適応が起きること、無理を続ける危険を実感したという。後半はジェームス・イハの初ソロアルバム『Let It Come Down』を紹介し、スマッシング・パンプキンズを感じさせながらも美しく自然なサウンドを評価する。最後に、限界が見えても無理を止められない現状や、適当でいる意思の必要性について考える。

『トルネコの大冒険』とゲーム配信
こんにちは、田中嘉人のスタマースタジオです。この番組は、吃音の人である私が、吃音や喋ることについて、一人であれこれ語っていく番組です。
はい。
トルネコの大冒険。
すごい。
持ってないんですけどね。
ちょっと今日は、結構真面目な、前もか、結構真面目な話に毎回なっちゃうので、ちょっと楽しい話からしていこうと思って、ちょっとゲームの話をしてみます。
これね、トルネコの大冒険。すごい子供の頃夢中になってやって、リマスターだーって。
トルネコの大冒険もリマスター来たーと思ったんですけど、持ってません。そして買いません。プレステ5も、スイッチ2も持ってませんから。
で、それでね、ゲーム配信を見ちゃうわけです。
カノーエイコーさんのやつですよ。
これね、ずっと見ちゃう。
すごいですよね。で、
これ多分、カノーエイコーさんのスクウェアエニックスの番組で見たんですけど、
配信用のシステムが搭載されてるんですね。
なんか、配信を見てる人が決められるようなシステムを搭載していて、もうこれ、分かってるんですよね。
いやこれ、配信、盛り上がるだろうって。
配信見る人めっちゃいるだろう。配信見るだけで不思議のダンジョンで楽しめるだろうって、これ多分作ってる人分かってるんですよね。
それがすげーと思ってね。
事実、配信見ちゃってるし。
で、あとこれなんかで見たんですけど、そもそもトルネコの大冒険ってすごい戦略的で、
なんかその当時、ローグライクっていう、ダンジョンに何回も潜るみたいなね、そういうゲームに目をつけて、これは来るぞと思った制作人、目をつけた人がいて、
それで、いきなり知らんキャラクターで、知らん世界観で始めても根付いていかないだろうから、
まずはドラクエ4のトルネコからっていう、ドラクエの設定、世界観で、
まず1作作って、本番は2作目の風雷の試練らしいですから。
これもYouTubeで見たのかな?すげーと思って。
それが商売なんだよねっていう。
っていうのを思ったっていうね、そういう話なんですけど、本編の話はゲームに全く関係ありません。
ということで、今日もやっていきたいと思います。よろしくお願いします。
限界の匂いを感じる能力
はい。それでですね、私、喫煙で適応障害にもなって、心の病も経験して、
で、多分なんですけど、最近HSPとかって言われる人がいるわけじゃないですか。
昔はそういう言葉なかったですけど。
で、僕多分昔からそれなんだなーって感じていたり、
実際にネットにある簡単なテストをしたら、結構な繊細さんだったので、
そんな僕がね、身に付けてた特殊能力的なものがあるなーって最近気づいたんですよ。
子どもを頑張らせるか休ませるか
一応学校の先生やってるんですけど、これね、子供の限界がね、ちょっとわかるっていうか感じるようになってきました。
そう、もうこれ以上頑張らせるとやばいよっていう。
もちろんその子によって違うし、そのクラスによって違うんですけど、
これがね、匂いを感じるようになってきましたね。
あと時期によっても違うんですよ。
例えば最近で言うと、シルバーウィークの前、
もうね、身も蓋もないんですけど、簡単に言っちゃってね、クタクタ。
クタクタでね、子供が落ち着かなくてね、わがままを結構言い出しちゃっててね、
秩序を保つのが大変。
先生たちも疲れてる中、そういう落ち着かなくて秩序が崩れ出してる雰囲気の子供たちの集団を指導するから、
もう若干ね、殺気立ってる。目がバキバキですよね。
だからね、みんな限界なんですよ。
天気もね、日照時間すごい少なかったですしね。
それは天気のせいさっていうね、サニーデイサービスのサマーソルジャーっていう曲のね、名フレーズ。
それは天気のせいさ。もちろん天気のせいもね、あると思うんですよ。
これはね、もう本当にね、シルバーウィーク前、直前、もう本当頑張んない方が良かったです。
学校ってね、頑張らせる場所ですから、それじゃいけないんですけど、成長させる場所ですからね。
いやもうね、今じゃないなっていう。
そういうのをすごい思ったんですよね。
あとだから、ちょっと話ずれますけど、
最近なんか、保護者向けに土曜日に授業とかやる自治体とかが壊れますよね。
あれ、なんか教育の日とか言って、絶対やめた方がいい。
リズム崩れますよ。
この前、生態に行ったんですけど、その生態師の人が、ママさんなんですよね、小学生のお子さんを持つママさんとそんな話になりました。
あれ、やめた方がいいっすよね、みたいな。
リズム崩れる、みたいな。
そうなんですよ。
そういうのをね、時期によってもあるんですけど、結構感じるんですよね。
でも分かる先生もたくさんいると思うんですけど、
でも、分からない人も多いなって思うっていうのは、逆パターンがあるんですよ。
何かっていうと、子供が甘えちゃって甘えちゃって、もっと力あるのに、この子頭いいのに、全然甘えちゃってサボってやらないじゃんっていうので、
じゃあどうやって頑張らせようかなっていうね。
基本的にはそっちのパターンが多いんですよ。
そう。
だから多分大体の先生はそっちに張るんですよね。
それで、実はもう限界だったっていうパターンもあるんですよね。
限界でなんか、叩こねたり甘えたり、落ち着かなくなるっていう子供に現れる行動は同じだから、
どっちのだこれって見るんですけど、
いやこれ甘えてるだけだなっていう風に見る先生が多分多いと思うんですよね。
本当に甘えてる時もたくさんありますしね、子供だからね、まだね。
同じ子でも両方のパターンあったりするしね。
でそれで、あーちょっと甘えてるなーって、もっと頑張らせなきゃってなって、
余計精神的に悪くしちゃったり悪影響を及ぼしちゃったり、
なんかもっと反抗するようになったり、もっとわがまま言うようになっちゃったり、動かなくなっちゃったりね。
いろんな反応を示す子がいますけど、もっと悪くなっちゃうパターンが最近多いんじゃないかなと。
だからそれで、多分頑張らせない方がいいとかっていう方向に教育が行ってるんですけど、
それはそれで間違ってますからね。
頑張れる子もたくさんいますから。
頑張れるのに頑張ってない子も、もったいないなーっていう、もっと能力開花するよっていう、
そういう持ってるぞこの子みたいなね、そういう子もたくさんいますから。
まあ、どっちの方向で行かなきゃいけないとかじゃないんですよ。
ちょうどいい、ちょうどいいところ。
適応障害で知った心の容量
僕もだから昔は頑張らせるタイプの先生でしたね。
なんですけど、最近、だから自分の変化もあるんでしょうね。
適応障害になって、これ本当に限界を越えてやり続けると、
一度や二度限界を越えてやっても大丈夫ですし、むしろ成長につながると思いますけど、
限界を越えてやり続けると、これね、大変なことになるなということがわかったんですよね。
自分の体で身をもって知ったというか。
なので、教育論を語りたいわけじゃないんですけどね、そういうことなんですよ。
だからちょうどいいって難しいんです。
これね、コップの容量があると思うんですよね。人によって、子供によって、僕にもある。
で、その容量を広げていくことが成長な面もあるし、
中に入れる水の質を高めていくっていう、そういう成長の仕方もあると思いますけど、
とにかくね、キャパですよね。キャパがある。
で、そもそも学校とか社会って求められているキャパがあるんですよ。
だから、例えば最低70は入るようにしといてね。
何でかっていうと、学校って毎日集団行動しますよと。他の人がいますよと。
で、勉強するから課題こなしていって、こういう最低限の課題をこなしていこうね。
これ提出しようねとか、これ終わらせようねとかね、これは覚えようねとか、
そのために毎日家でこれ勉強してねとか、学校で毎日これやるよとか。
だからそれやるには最低70は入るようにしとかないと、ちょっときついよと。
そういうのがあるわけですよね。社会もそうですからね。
社会は働くこと。働く、仕事にもよりますし、状況にもよりますけど、
最低でやっぱ70は、70入るようにしてそれだけは働けないとだよみたいなね。
そういうね、そもそも決まった水準があるんですよね。
でも、これ50の人は無理ですよね。その水準達成するの。
50の子は。20や30の子もいますから。
それで多分不適応を起こすんだと思うんですよ。もう限界なんですよね。
で、あとね、この容量が変動しますよね。
季節とか時期とか、体調とかによって上下しますよね。
あとね、これ自分の適応障害で感じたことは、
これ心の病みたいなものになると、この容量減りますね。
減ったなーって思います。年齢によっても減るのかな。
昔はだから辛いこととか大変なことを乗り越えていけば、増えていって余裕ができていくんだろうなーって。
これ前、こういうこと経験したことあるからまた起こっても大丈夫よみたいな。
また起こらないように回避できるよみたいなね、経験があるから。
と思ったんですけど、なんか不安の方が大きくなっちゃって、また起きたらどうしようとか。
また起きたらもうやっていけねーよみたいな。もう無理だわみたいな。
その心配の方が多くなったから、たぶんね、心のその容量、コップの容量ね。
何か辛いことを乗り越えれば鍛えられて上がるっていうわけでもないなって。
だからゲームみたく敵倒せば最大値上がっていくわけじゃないなってちょっと思うんですよ。
僕の場合はね、たぶんその社会とかに働くためのギリギリがちょっとしたかな。
70とか60しかなかったんですよね。50しかなかったかもなー。
無理してたのかもしれない。だから残りの20とかを結構根性とか気持ちでカバーしていたのかもしれません。
コミュニケーションも苦手だし、人と喋ることも、そもそも言葉を人前で発することが苦手だし。
だから子供たちに救われてたところもあるんですけど、そういうのでなんとかカバーしながら70にしてたんですよね。
年齢重ねるにつれて100を求められるようになり、100とか90とか求められるようになり、
自分でもやっぱり頑張りたかったから、たぶん結局は自分で自分に100を貸していたっていう感じかもしれませんね。
学校や社会の水準と危険信号
それでやり続けていたら、いろいろ体調に悪い変化が出て、もう無理ってなったわけですよね。
だから本当に、コップの容量を超えて無理し続けること、頑張り続けることはやばいんですね。
そのヤバさをわかったので、あれこの子ちょっともうこれ無理じゃないかとか。
その判断を邪魔してくるのが感覚とかね、せっかくこっちが感覚で感じ取っているのに匂いを嗅ぎ取っているのに、
もうこれもうヤバいやつだって。嗅ぎ取っているのに邪魔してくるのがさっき言った学校とか社会の水準ですよ。
でもこの子何年生なんだからこれができなきゃダメだよなって言って頑張らせる。
方向に行きがち学校って。
でも確かに事実、社会に出るには、社会も70求められるから、それができなきゃダメだから、その考えがもうヤバいよっていう危険信号を遮っちゃうんですよね。
それで今の教育の問題とか、ここでは深入りしませんけど、発生している気がしますね。
だからそういう能力をね、僕は身につけてきたんじゃないのかなと。これを活かしていきたいなと。
難しいんですけどね。頑張らなさすぎても、僕も自分であるんですけど、給食中とかね、仕事休んでる時期あったんですけど、頑張らなすぎてもダメですよね。
もう心の負荷に耐えられなくなっちゃいますから。そうなんですよ。
これも子供も多分一緒でね。負荷がなさすぎても、それはそれで不適応を起こすと思うので。
そもそも大人がね、ちょうどいい塩梅がそこで、すごい頑張りすぎちゃう人と、すごい逃げちゃう人と、ちょうどいい塩梅、大人がまず見つけないとね。
それを、そうしないと子供にそういうのを教えられないですよね。子供を導いてあげられないですよね。
という真面目な話なんですけど、だからちょっとこの身につけた、もうやばいよっていう。
これね、周りがどうこう言ってるけど、周りはこれだけできてこれを求めてきて、これができなきゃいけないよって、もうちょっと頑張るよって言ってくるけど、
君の場合はいい、ちょっと一旦休もうとか、いやそこはいいとか、そういうのを言ってね、ちょっと救ってあげられる先生になりたいなっていう、という話です。
この番組ではお便りも募集しています。番組の感想やツッコミなど何でもいいですので、ぜひ送ってください。
お便りフォームのリンクは概要欄に貼ってあります。送っていただけたらぜひ紹介したいと思います。よろしくお願いします。
ジェームス・イハ『Let It Come Down』
はい、では音楽のコーナーです。
はい、このコーナーは音楽、特にロックが大好きな私がCDアルバムに入っている、カシカルと一緒に入っているライナーノーツを参考にしながら、そのCDアルバムを紹介するコーナーです。
今日紹介するのは、ジェームスイーハーのLet It Come Downというアルバムです。
スマッシングパンプキンズのギタリスト、ジェームスイーハーの初のソロアルバムです。1998年発売ですね。
2012年版を買って、そこに入っていたライナーノーツです。ライナーノーツを書いたのは川尾美香さん。
1997年に書かれたライナーノーツにちょっと追記があって、2011年に書かれたものが少し作り足されているという感じですね。
中にはジェームスイーハー自身による全曲紹介もありますね。
このジェームスイーハーがかっこいいんですよ。
スマッシングパンプキンズも大好きなんですけど、ジェームスイーハーがかっこよくてなんでかっこいいのかなと思ったら、川尾美香さんが原稿化してくれてますね。
ステージに立っている時はバリバリにメイクしてピカピカの衣装。激しくギターをかき鳴らす。
そうじゃない時はひょうひょうとしてるんですよ。ひょうひょうとした佇まいなんですよね。そのギャップがかっこいいなと思うんですけど。
ソロだとこういうアルバムになるんだっていう、すごく美しくて綺麗なんですよね。
メロウでラブリーっていう表現をしてますけど、ライナーノーツでは。
ジェームスイーハー本人も、スマッシングパンプキンズのサウンドへの反動からこういうアルバムを作ったんだって自分で言ってますね。
今週の一節ですね。
自分の声、歌、使うコードの癖なども全て知り尽くした上で、無理せず自分のやりたいことをできる範囲内で作り上げているからこそ、メロディ、サウンド、ボーカル、ハーモニーとそのどれもが違和感なくマッチしてこんなにもナチュラルな響きを持っているのだ。
カラカラカラカラカラ。
という一節ですね。赤尾美香さんの。
でもね、これすごくスマッシングパンプキンズのリフも感じるんですよ。
で、セカンドアルバム、この再発売かな、このファーストジェームスイーハーソロの再発売が出たのは2012年ですけど、
2012年にセカンドアルバムがね、ジェームスイーハーソロのセカンドアルバムもリリースされてますね。
それももちろん持ってるんですけど、セカンドアルバムの方がよりメロでラブリーっていう感じですよね。
そのビューティフルというかね、そういうイメージね。
それがセカンドアルバムの方がより感じて、ファーストアルバムもメロディアスなんですけど、
ちょっとね、リフとかがね、スマパンを感じるんですよね。
そこが好きですね。
スマッシングパンプキンズのギタリフとか、すごい、これなんていうんですか、
ダークでメランコリーな感じ。
あの感じがね、すごいかっこいいなと思うんですよね。
それを箱着とかにして、もっとメロディアスにシンプルにストレートにすると、こうなるんだっていう。
スマッシングパンプキンズもかなりメロディアスですけどね。
そこからディストーションとか取っちゃうとこうなるんだっていう。
そういうのをね、すごい感じるアルバムです。
で、これ、セカンドアルバムが出た時かな、2010、多分このアルバムを買った時とか、
違う、このアルバムを買う前だ。
このアルバムを買う前にクーリーが主催の京都音楽博覧会というのに行ったんですよ。
そこでジェームスイーハーが来てたんですよ。
結構なおじいさんだなって思った記憶があるんですけど、
そうだ、その後これを買ったんだと思います、多分。
だからジェームスイーハー見たんですよね、目撃したんですよね。
やっぱ印象に残ってるのはね、ジェームスイーハーが登場する前のクーリーの佐藤雅一さんのMCかな。
確か紹介したんですよね。
そこでちょっとふざけて、「お前らスマパンって知ってるか?」みたいな言ってたのをすごい覚えてます。
スマパンは知ってたんですけどね。
このジェームスイーハーのこのファーストアルバムはその時知らなかったですからね。
聞いたらもう全然違うじゃん。
だけどスマパンを感じるっていう、こんなに美しいんだみたいなね。
そういう衝撃を受けたアルバムです。
で、一応ジェームスイーハーのその後から現在も調べたんですけど、
スマッシングパンプキンズは2000年に解散してますね。
2006年には再結成されるんですけど、そこにジェームスイーハーは参加してません。
その後に出たオセアニアっていうスマパンのアルバムは買ったんですけど、
そこはビリコーが一人しかオリジナルメンバーがいないのかな。
でも今ジェームスイーハーはスマパン、スマパンでスマッシングパンプキンズにいます。
確か2018年頃から。
で、アルバムをそこから何枚か出してますね。
そうでね、2025年去年ね、スマッシングパンプキンズが何日しましたよね。
これね、チケット取ろうか迷ってトライしなかったんですけど、
トライしとけばよかったなっていう、そういうのをね、
やっぱジェームスイーハーのギターとか聴くとね、思いますよね。
ちょっと後悔してますね。
でもジェームスイーハーあれですね、最近知ったことですけど、
映画のリンダリンダリンダのその音楽作ってたなんて知らなかった。
リンダリンダリンダ見たんですよ、DVD借りて昔。
あれジェームスイーハーの曲たちだったんだっていう、もう一回見たくなりましたね。
そう、でも今サブスクでサウンドトラックだけだったら聴けますけどね、だから聴いてますけど、
やっぱね、映画のどういうシーンでどんな曲が使われてるんだろうなってるんだろうっていうのはね、
これはもう一回リンダリンダリンダは見たいですね。
調べたらサブスクでないんですよ。
だから中古を買うかレンタルか、それ探すのも楽しいかもしれないですね。
はい、ということでちょっと最後話がずれましたが、今日はジェームスイーハーのファーストソロアルバムレッドイットカムダウンを紹介しました。
めくるめくライナーノーツでした。
限界を抱える時代と適当に生きる意思
はい、ということで限界がね、わかるようになってきたのは良かったのかな。
そうこれ同時に自分の限界もちょっとわかるようになってきましたからね。
でもね、自分の限界はわかるようになってきたんですけど、無理してる自分を止めることはできないんですよ。
今無理してるなって。
でもこれもうやるしかないじゃんっていう、手抜けないじゃんっていうね。
それはなんか思いながらやってる時がありますね。
あとなんかでもこれ限界迎えてるなっていう教師やってて、子供もこの先生もこの学校も今ちょっと悲鳴を実は上げてるなっていうのが
ちょっと昔からでも感じていたのかもしれない。今思うと。
なんかどんどん時代がキツキツになっていくのがね、人々のキャパがパンパンになっていくのをよく感じていました。
でも最近も体験というか、それはね酷くなる一方、大変ですよね。
みんなマップアップしてるっていう、求められるもの水準は上がっていくけど、それと同じように成長しないっすもんね。こっちは人間はね。
だからあれじゃないですか、物価は上がっていくけど給料も同じように上がらないよねみたいな。
なんかそれとすごい似てる。なんか雰囲気的にも似てるような気がします。もう無理っていうね。
でも学校の先生っていうのはもう無理を乗り越えてきた人たちなんですよ。
決してね、勝ち組っていう人種ではないかもしれないけれども、限界とか壁を乗り越えてきた人たち。
失敗がないわけではないけれども、失敗を乗り越えてきた人たちが結構なってるからね。
やっぱりね、無理しちゃうし、自分が無理しちゃうし、無理させちゃうんですよね。
これがね、ちょっとが。でもまあ頑張らせないも違うんですよね。これが難しい。頑張らないも違いますからね。
っていうね、限界がちょっと見える能力をどう生かしていったらいいか。
これでも生かした方がいいと思うんですよね。自分で。この子が走ってるオーラも限界なんだなっていう。
これはね、生かしていった方が絶対に誰かのためになるような気がします。
もっとね、でも実はいるんですかね。もっとこの限界が見える人、これ以上頑張りすぎたらっていうのがちょうどいいところで見える人がいっぱいいると、なんかもっと世の中行きやすくなりますかね。
まあでも世の中的に、そこは越えてもらわないと困るんだよみたいなところが上がってますよね。どんどんどんどん。
そういう意味で、許されない世の中だし、こうあるべきここまでやってくれってこれじゃダメだっていうのがどんどん強くなって息苦しくなってるんですかね。
いやー、それに飲み込まれないのも難しいけど、でもなんかもっとチャランポランで適当で何も考えなくていいっていう、そういう説もありますよね。
だから周りはこうあるべきっていうのを求めてくるというか見せてくるので、いやいや適当でいいんだっていう、チャランポランでいいんだよっていう意思を強く持っていなきゃいけない。
これどういうことっていう、それってチャランポランじゃないじゃんっていう話になってきますけど、わけわからない時代ですね本当に。
適当であるという確固たる意思を持つっていう、それはもうよくわかんない、もう何周もしちゃってるっていうね。
なので深く考えないようにすることも大事かもしれません。
ということで今週もこの辺で終わりたいと思います。
ここまで聞いてくださった方、もしいましたら本当にありがとうございます。とても嬉しいです。
では終わります。田中よしとのスタマーススタジオでした。ありがとうございました。
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