リスナーリクエスト 映画『ファニーゲーム』これもジャンルシフトなのか……? Listener Request: Funny Games — Is This a Genre Shift Too…?
2026-09-05 1:19:40

リスナーリクエスト 映画『ファニーゲーム』これもジャンルシフトなのか……? Listener Request: Funny Games — Is This a Genre Shift Too…?

"You're on their side, so who will you bet with?" — ポール、『ファニーゲーム』(1997)

ーーーーー

毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。 今回取り上げるのは #ファニーゲーム です🎬

リスナーリクエストでビッグタイトルに取り掛かりました。

名作か、怪作か——いや、そういう言葉の枠組みさえ軽く超えてくる問題作です。映画というフォーマットそのものをぶっ壊してくるハネケ監督の意図は有名なところですが、それを知ったうえでどう読むか、どう受け取るか。それが問われるエピソードになりました。

ただし正直に申し上げると、まこの眠気が完全にピークに達しており、正気を失った状態での語りとなっております。大変申し訳ございません。どこかで補足したい……という気持ちだけはお伝えしておきます。

……反省です。

ーーーーー

podcasterの まこ(@_macobana)が、語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。 語りたい映画なんて尽きることない! エピソードの公開は毎週or隔週となります。

ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。 いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

公式noteもやってます。 https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5

テーマトーク投稿フォームはこちら↓ https://forms.gle/4PT2GBA7TY8vAoCx7

直接のメッセージを送る場合はこちらまで↓ ⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠

これからも番組をよろしくお願いします。


"You're on their side, so who will you bet with?" — Paul, Funny Games (1997)

ーーーーー

Hey there! I'm Mako, your movie talk personality. This episode covers #FunnyGames 🎬

A listener request brought us to one of the big ones.

Masterpiece? Provocation? Neither label quite fits — this is a film that casually dismantles the very framework of what a film is supposed to be. Director Haneke's intent is well-documented, but knowing it doesn't resolve the harder question: what do you do with that knowledge? How do you watch it? That's what this episode tries to work through.

Full disclosure though: Mako's sleepiness had reached catastrophic levels during this recording, and there were stretches where rational thought had largely left the building. Sincere apologies. The desire to do a follow-up somewhere down the line is real.

...Lessons will be learned.

ーーーーー

Podcaster Mako (@_macobana) started out sharing his unfiltered movie opinions on his talk show #Yomoyamakobanashi(#makobana) — and now those conversations have found a home of their own. There's no shortage of films worth talking about! New episodes drop weekly or bi-weekly.

Share your thoughts on Twitter with ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPal — we may feature your tweet on the show!

Check out the official note page: https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5

Submit a topic suggestion here↓ https://forms.gle/4PT2GBA7TY8vAoCx7

Send a direct message here↓ ⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠

Thanks for your continued support of the show!


感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:16
The Real Friends! The Real Friends! Sit back,relax, and come enjoy! The Real Friends! Herecomes Maco!
【レイル・フレンズ・イン・東京】にようこそ。この番組は話題の新作、往年の名作、謎を聞き作からぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。お相手はパーソナリティのマコと、
新しい良い感じのスーパー戦闘を見つけてウキウキ大間です。よろしくお願いします。 新しい何? 新しい良い感じのスーパー戦闘を見つけてウキウキです。スーパー戦闘って大概どこ行っても同じじゃないですか? 全然違うよ。そんな力強く否定するほど何か思い入れがあるんですね?
僕もスーパー戦闘大好きですから、いろんなところ行っては熱に浸ってる人間なので。 スーパー戦闘で上がる設備、せーので言おうぜ。
上がる設備、はい。 行くよ? はい。 せーの、食堂。 椅子。 椅子ってさ、どこでもあるやんか。 いやいやいや、違うなよ。椅子のクオリティよ。 椅子のクオリティ、ちょっと分かんねえな。
なんていうの、湯上がり、外気浴用とかさ、椅子置いてあるじゃない? あれがさ、白いプラ製のさ、ぺらぺらのさ、どこにでも置いてありそうなやつ。 あのしょうもない海の家に置いてあるやつ? あれはナイルな。
あれはナイルじゃん。 われわれぐらいのバルクになると、ちょっと不安になるたわみ方するしね。 そうそうそう。いつ壊れるかわからないみたいなたわみ方するしね。 お互いにとってよくないのよ。設備側にとっても嫌だし、こっちもちょっと嫌だしっていうところがありますから、あれはあんまり好きじゃないね、確かにね。
五つ目の網網のさ、ハイバッグの椅子で、特にわれわれぐらいのバルクになるとさ、一般的なハイバッグってハイバッグじゃないのよ。 そうね、それはそうね。首落ちるから。 肩甲骨あたりで止まるじゃん。
首落ちるね。 そうそう、だから僕らがちゃんと頭を預けられるハイバッグぐらいの高い背もたれのある椅子で、なおかつ座面がちょっと尻側に斜めになっていて、 沈む感じね。
03:19
そうそう、沈む感じで斜めに座れて、足置きがちょっとあったりするとなお良い。さらにビーチチェアーっぽい網の座るところがないし、ちょっと寝転がるところがあるとなお良い。
もうさ、インフィニティチェアーで良くない? そこなんですよ。僕が新しく見つけたところ、インフィニティチェアーが1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16台。
マジで? すごいね。進める前にインフィニティチェアーって何かってちゃんと説明した方がいいじゃないですか。誰でも知ってる体になってるけど。
誰でも知ってると思うけど。
まあまあ、コールマンが出しているインフィニティチェアーというものがありまして、これもともとアウトドア用のリラクゼーションチェアーとして発売されたやつなんですけども。
普通の肘掛けのハイバックの椅子なんですけども、倒れると、なんて言ったらいいんだろうな。シャザームのマークを横にした感じ。
わからない。
なんて言ったらいいのあれ。膝が曲がって、ケツも曲がって、横にジグザグになる感じの横になり方ができるやつで、
これがすごく体圧が分散されると同時に、うまいこといろんなところの各部位の圧力を抜いてくれるので、普通に横になるよりも非常に楽という。
気分がいいんですね。浮いているかのようなというか浮遊感を味わえる素晴らしい椅子なんですよ。
界隈では非常に人気で、インフィニティシャって言えば通貨で伝わりますよっていうふうな商品なんですけども、それなりにお値段がコールマンにしては張るので。
コールマン最近高いよ取ればと思う。
なんかねちょっとねっていう感じなんですけど、それがなんと十何台も置いてあるという、これ素晴らしいですね。
しかもね、屋上がサウナ兼水風呂兼テントサウナがあるのよ。
06:06
屋上サウナ入って水風呂入ってインフィニティシャがずらっと並んでるわけよ。しかもいつ行っても混んでないの。
知られてないのか。
多分。
あるいはそれに魅力を感じているのがオウマだけかっていう。
それはある可能性はあるけど。
かもしれないけど。
今までホームでずっと行ってたところにね、若干のネコロビースに不満を感じるようになってしまったっていう。
ありませんね。一度ちょっと水準を上げてしまったからね。
そうなんだよ。
いいなあ。
若干ね、いつも行っているところよりもお値段は若干高めではあるんだよ。
いつも行っているところがだいたい1000円ぐらいで入れるところなんだけど、そこだと1時間半のショートタイムで1400円か1500円ぐらいだったかな。
だから多少高め。2時間以上入ると2000円取られるっていう。ちょっとお高めなんだけど。
そのインフィニティチェアはいいんですよ。
なるほどね。インフィニティチェアがあるということも嬉しいんだけど、インフィニティチェアにすっぽんぽんで横になるという、そこにも魅力を感じている節あるよね。
それは絶対そうだってさ、俺結構寝ちゃうことが多いのよ。正確には寝入ってはないんだけど、寝入る前のまどろみの時間あるじゃない?
ありますね。
そういう感じにインフィニティチェアはすぐ慣れるの?全裸で。
あれですね、ビジホンに泊まった時にテンション上がっちゃって、普段の生活の動きを全部全裸でやってるみたいな。そういう解放感ありますからね、銭湯の。
俺それやったことないんですよ。
ビジホンに来るとなぜか、あー疲れた疲れたってとりあえず脱いで、脱いでからテレビつけたりとか歯磨いたりとかさ、全部全裸でやるみたいな。
09:10
それはない。ビジホンは不安なのか、単位値が限界ですね。
そうなんですね。よくわからないところでお互い平行線になりそうなんで、そろそろ本題に行きましょうかね。
そんな感じの楽しいお話が繰り広げられると。
そうなりますね。誰も参加者がいないにも関わらず、全裸で生活を送るという楽しいゲームが始まって。もういいわ、始めます。
マコちゃん朝食に卵食べるわ。
卵食べますけど。
じゃあこのゲーム参加できるよ。
どういうこと?
まあまあ後で。
もう行きます。
はい。
はい、ということで今回のテーマはリスナーリクエスト映画ファニーゲーム。これもジャンルシフトなのか?ということでね。
ジャンルシフトなのかな?
ということで始めていきたいんですけど、今回はリスナーリクエストということで、星宿さんでしたっけね。
からファニーゲームをリクエストいただきました。東大一のムナコソ映画ということで。
他にやることがないんだったら、そんなテンションでやってくれて全然いいですよっていただいたんですけど。
いやいやと、もうここは全力で語らせていただきますよということで。
前回ね、僕見たことあるはずなんですよねとか言ったんですけど、見てみた結果ですね、やっぱ見たことなかったわ。最後まで見ましたけど。
これいつになったら俺が見たことあるシーンになるのかなと思ってたら、見たことあるシーンが来ないまま終わったんで、これは見たことないやつだってなりましたね。
たぶん高校ぐらいの頃に、スイックンか誰かにオススメされた覚えがあるんですよ。
これをオススメするってどういう神経というか、どういう気持ちで進んだの?
尖ってたから。
まだナイフ舐めた時代の。
そうそうそう。尖った高校生はオススメするじゃん、こういうの。
そうだね。俺こういうのも見てる。面白いと思ってるよみたいな。
そうそうそう。っていうところはあるんじゃないかなと思いますけど、それで俺も知ってたので、他の映画と混ざって見た気になってました。
今回だから初見のはずですね、これは。確かにムナクソと言われる理由はうんうんってなりましたね。
12:06
そういえば話戻るんだけどさ、星宿りさんじゃない?
はい。
僕がちょっと前にハマったゲームに液体猫パズルっていうのがあって、しばらくやってたんですけど、確かこのメーカーが星宿りなんだよね。
何猫?
液体猫ゲームっていうね。
まず猫を液体にするなよと。
猫は液体だから。
まあね、クニャっとしてますからね、確かに持ち上げた感じとかもね。分からなくないですけど。
でもちょっとごめんなさい、僕今言われて調べたら、お布団猫バトルっていう。
それ知らないな。
猫と何かを足さないといけないんですかねっていう。
そうですよね、猫は全然いいですよ。
そうですね。保護した猫が寝ながらバトルするらしいですね。
おー、寝ながら。
可愛らしくもあり、かつ保護猫っていうね。猫のためにメッセージを社会に発信していこうっていう、そういう気概を感じるタイトルですね。
3歳以上なんですか?
何をベースにしてこれを算出した3歳なのかもすごい気になるんで、ぜひちょっとリスナーのみなさんもダウンロードして楽しんでいただければいいんじゃないでしょうかね。
ここまで話せば全然関係ない人だったらいけるよね。
はい、そんなわけでね。今回ファニーゲームを見ましたということで、ファニーゲームは有名なタイトルなので、うちのヘビーリスナーの方からもリアクションはいただいております。
そうですね、ベッチさんから書いてたね。
次回ファニーゲームなのかということで、結構興味を示していただいております。
だけに我々もちょっとあまり滅多なことは言えないというか、ちゃんと期待に応えられるようなトークをしていかないといけないというプレッシャーをさらさら感じておりませんので、好き放題言わせていただきます。
しかも今回Xでやってますからね。
そうなんですよ、今回Xで初めてスペース配信というものをやらせてもらっているんですけど、これがちゃんと聞けてるのかどうかもよく分かってないので。
しかも今誰か聞きに来てる?
誰も来ないでしょ。
誰も来てないんじゃない?
一応始まったよーとかってちょっとコメントしてください。
そうね、何の告知もしてませんからね。
15:02
まあね。
だったとしても発信し続けるという。ここにちょっとロマンを感じてしまうのが、やっぱり昭和王子の悲哀。
早速ですけどね、あれ筋から行きましょうかね。
行きましょうか。
行きますよ、よーいどん。
はい、ということで、ファニーゲームでございます。1997年のオーストリア映画ということでね。
喋ってんのドイツ語だったかな?
ドイツ語で喋ってました。
監督、脚本を務めたのがミヒャエル・ハネケという人物で、後にピアニストという作品で菅野映画祭グランプリを受賞することになる記載でございます。
ただこの作品はですね、衝撃的な展開で菅野国際映画祭で上映された時にはですね、およそ3分の1が席を立つみたいな状況になったらしいと。
何がそんなにムラクソかというとですね、とにかく生産ですね。
舞台は古藩の別荘で、バカンスを楽しむために妻と夫と息子がですね、遊びに来ると自分たちの別荘。
そこにですね、ペーターとパウという2人の若い男が現れるんですけど、最初はなんかこうちょっと親しげに話しかけてくるんですが、
突如として本性を表しですね、理不尽な暴力を与えながら一家を拘束して、ゲームと称する理不尽な暴力と拷問に近いやり取りをずっとし続けると。
しかもそこに何の理由もなくですね、とにかく理屈が通らない相手でもあると。
で、彼らが何者であるのか、また彼らの目的は何なのかということも最後の最後まで全く明かされることがない。
ただただ生産で暴力的なシーン、そして考えようとするね、背景を考えようとする被害者の家族や、あるいは観客たちを嘲笑うかのような取り留めもない話ばかりする犯人たちみたいな。
いったいこの作品が何を我々に提示しているのかというところは、作品が作品だけに語り尽くされているところはあるのですが、一つとしてはやっぱりですね、暴力を楽しむ我々への一つの人差しというか、そんな映画でございます。以上。
今回苦しかったね。 これはね、あらすじを説明しようがないんですね。あらすじがないということがこの映画の特徴でもあるのかなという。
要はストーリーラインというものを完全に排除した作品で、本当に家族を破壊する外部から来た二人と。以上なんですよね。
そうだね。
はい。で、最終的に誰も救われないし、家族は全員死ぬし、まして子供が死ぬという。いわゆるハリウッド映画とかではある種タブー視されていて、全然直接的に描かれないそれが、すごいまっすぐ描かれて、子供の死体も映るみたいな感じなんですね。
18:19
一応これ後に2007年にはアメリカでリメイク、セルフリメイクです。ファニーゲームUSAということで、セリフも一切変わらない作品になったということで。
これね、一旦ちょっとジャブを打った方がいいのかなって思うんだけど、その前に本作はさっきも言ったように語り尽くされちゃってる節があって、監督自身の口からも語られてるみたいなんですね。
だから、こういう作品だよねっていうのを僕らが切った時に、いやそれもうずっと言われとるやろっていう話になっちゃうっていうところは実はあるかもしれないんで、よっぽどのとんでもせず思ってこない限りはみたいなところはあるんですよ。
全然なんか、普通に真面目な話になっちゃった。
全然それでいいのかもしれない。よく言われるのは、観客を共犯にするという構図ですね。
つまりは残虐な映画を見に来る、あるいは人々に起きた悲劇を消費する大衆の見にくさっていうものを、この作品を通じて思いっきり皮肉っているという。
だから、ホラー映画を見に行く時に我々っていうのは、あたかもそこに描かれるドラマとか、そこに描かれる犯人たちの悲しい過去みたいな、そういうものに、いやあそこが良かったよねとか言うかもしれないんだけれども、その実結局我々が消費してるのは人に起きた悲劇なんだよね。
でしかなくて、実際その時代背景を遡るとだいたいダイヤな日が死んだ時期とかに重なってくるらしいんですよ。そういった時期において結局彼女の死っていうものも、その人々のいわゆる好奇心によって消費されるような状況にあり、
結局その人に起きる悲劇っていうものを、その好奇心を満たすためのツールにさえしてしまう大衆の愚かさみたいなものを全力でこっちに突きつけてくると。だからその主人公たちにも人格もいらなければ過去なんていらないわけで、結局どうやら家族が悲劇的なことに巻き込まれるらしいと。
21:15
そんな映画らしいっていうところで足を運んだ人たちに対して、結局お前らが見に来たのはこれだけムナクソ悪いことなんだぞと。ドラマでごまかしてんじゃねえよと。お前らはこういう残虐描写を楽しもうとして見に来てるんだっていうことを突き返してくる。
ホラー映画だとドラマを作るためにいろんな伏線があって、例えばナイフが序盤でボートの中に落ちて、これは反撃が始まるんだと思わせるし、両銃を奪ったママが息を反抗して、犯人のうち一人を倒して、よっしゃ行くぜみたいな感じになるっていう展開はホラー映画だとあるんだけれども。
でもそんなものに観客を逃がすつもりはないわけですよね。
そうだね。
それをやると結局。
リモコンはどこだ!リモコンはどこだ!
何が起きたかと思ったよね、あれね。
びっくりした。
リモコンってどうしたの?
まさかの映画そのものが巻き戻るみたいな。
斬新だったね。
斬新だったね。だからもう完全にその映画の中で描かれる虚構っていうものが虚構に過ぎないっていうことを、あれは一つ出してるのかもしれないけれど、でもその虚構を結局我々は現実のものとして楽しもうとしているよねっていう。
だとしたら君たちは残虐な出来事が現実に起きたとしてもそれを普通に楽しく消費できちゃうんだよねって。
それってすごく気色悪くねっていう。
だから殺人者たちはこっち側に話しかけてくるわけですよ。
君たちはどっちにかけるみたいな。
こいつら全員生きてると思う、死んでると思うみたいな。
僕らに背景なんてない方が楽しいだろうみたいなことをこっち側に語りかけてきて共犯化していくわけですよね。
そんな話が結局もうすでに語られすぎているし、羽毛自身も本作をそのように説明をしていて。
2007年にアメリカでファニーゲームUSAっていうのが撮られた時にも本当に届けたい人のためにもう一回作ったみたいな。
つまりいわゆるトーチャーポルノって呼ばれるような、ただの残虐描写を消費するようなそういうコンテンツを楽しんでいる人たちに対する継承じゃないけれども、
一つのメッセージとしてそれを2007年という段階でアメリカ人に届けようとして、
ファニーゲームUSAを撮ったみたいな背景があるらしいんですよ。
だから僕はこれを見た時に、この作品を見てる間ずっと犯人に対して感じてた嫌悪感が、
24:05
最後の最後でこれを見てる自分自身への嫌悪感なんだなって気づかされる。
いやらしい構成だなと思って、いやらしい監督と思って、そんな感じでいこうかなと思ったら、
それはもう語られ尽くしているということがわかって、ちょっとこれ違う切り口でいかないと終わりやんってなったっていうね。
そうだったのね。いやー、まぁでもちょっと揃してるからいいかな。
だから大間流が聞きたいんですよ、ある種。
じゃあジャブからいきましょう。
最初ちょっと褒めていい?
褒めて。
俺ねこの映画すごいと思ったんだけど、
この映画で何よりすごいと思ったのが、和訳が絶妙すぎる。
ほうほうほう。
あのー、ドイツ語は僕一切聞き取れないから、ピノさんに聞かないとわかんないけど。
俺も一個しかわからなかった。
シリベリッシュしか知らなかった。
俺アインツバインしかわからなかった。
で?
で、あのー、トムとジェリー、ポールとペーターとパウルね。
でも途中からコロコロ名前変わるじゃん。
あ、そうね。
まぁとりあえずおでぶちゃんと。
おでぶちゃんね。
おでぶちゃんはやめろ。
二人とも、お父さんとお母さんと子供の和訳は正直どうでもよかったんだけど、
この二人の字幕つけた人、スタンディングオーベーションなんだけど、
日本語のニュアンスで普通のことを喋ってるけれども、イライラさせる日本語ってあるじゃん。
ありますね。
その絶妙なラインをずっとつけ続けてるなっていう。
そういう意味で今回和訳の人すげえなって思った。
やっぱりね、和訳って難しいですからね。
ただ言葉をそのまま置き換えれば成立するわけじゃないもんね。
目で覚える文字数にしながら、その言葉に込められているニュアンスを
一緒に両立させながら翻訳していかないといけないので、
ただの翻訳じゃないという、ただの通訳ではないわけですよね。
そう考えるとね、確かに上手だったのかもしれないですね。
27:01
ジャブね。
ジャブないですか?
ジャブね。
ジャブないんじゃないかな。
あと二つあるんだけど。
お願いします。
すごいどうでもいいジャブなんだけど、でかい肉って興奮するよね。
それはそうよ。一週間かかってようやく食べきれる肉とか最高じゃん。
コストコに売ってるサイズだったじゃん。
ああいうので買いたいね、肉ってね。
ああいうので買いたいよね。
そうなのよ。
あんな乱雑に切りたいよ、俺も。
そうだよ、なんかさ、俺日本に住んでて一番嫌なのはさ、
食べやすいサイズになりましたっていうの大っ嫌いなんだよね。
いい加減にしろよお前っていう。量を減らしましたって言ってくれよ、真っ直ぐ。
食べやすいサイズになりましたじゃねえんだよ。
こっちはもう初めから食べやすいと思っても全部一口で食ってんだよ。
なんなんだ食べやすいサイズって。
食べやすいサイズで俺一番がっかりしてるのは五連のアンパンのやつ。
ああ、はいはいはいはい。
どんどんちっちゃくなってる。
まあそうなのよ。てか薄皮アンパンも一個減ったからね。
え、今4つなの?
4つだよ。
え、まじかよ。
もうね、悲しいですね。
悲しいよ。
どんどんシュリンクしていくからさ。
あれのカスタードクリームのやつあれじゃん。クリームパンのさ。
ありますねありますね。
多分今もしかしたら4個になってるかもしれないけど、
あれの上半分をポホッてやってクリーム食べて、残りの部分を食べるのが好きだった。
お前全部それじゃね?それ。お前全部それだな。全部中食ってるな。本当に。
なんだっけあれ、コーフルとかもそうだしさ。
俺もそうだし。
全部それじゃん。
あれを綺麗に剥がすのが楽しいよね。
ちょっとねじるのがポイントなんだよね。
そうそうそうそう。
どうでもいいわ本当に。
まあまあとにかくね、塊肉は興奮するぜというお話ですね。
あともうね、この映画で一番爆笑したシーンがあって。
ピーター、ペーターの腹立つ馬面の男。
あっちがペーターだっけ?
再登場シーン。
どっちがペーター?
オデムちゃんじゃない方が。
オデムちゃんじゃない方ね。
そうそう。あいつの再登場シーンなんですけど。
ボールコロコロコロって言って転がしてくるじゃん。
その後ボール投げるじゃん。
投げるの下手すぎん?
30:09
肩回ってない人も。
運動できない。
できない奴の投げ方ね。
できない奴の投げ方ですね。
そうね。
まあでもリアルでいいんじゃない?
それ外すわと思って。
でもね、もう一個俺すごく感じたことがありました。
あれですね、子供が死ぬシーンは。
まあさすがに直では映さなかったんですけど、その後死体は映るじゃないですか。
なのに犬の方が配慮して映ってないの何なのっていう。
これマジでね、これ気になりましたね。
子供は打ち殺されてしまうんですよ。
そのシーンは音だけで表現されて、あとはもうべったりついた血糊と、あと床に転がってる体みたいな感じで。
犬は吠えてた声声がキャウンって聞こえなくなった後、ずっと映らないんですよね、別に死体が。
これでね僕はね、ピーノさんが言ってたね、犬が死ぬか死なないかまとめたサイトみたいなのを思い出しましてね。
やっぱり世の中には犬の生き死に異常にこだわる人たちがいるから、子供以上にちょっと描きにくかったんじゃないのかという。
まあね、ちょっと遠目には映ったけどね。
あんな感じで語話表現するんだったら、もっとゴリゴリに映していいんじゃないの?って思うんだけど、それはしないわけですから。
って考えて、子供よりも犬の方が大事みたいな、ちょっとね謎の感じがありましたね。
そんなに犬大事なんですね。
大事なんじゃないですか、犬。犬への熱い思いが。
まあもともとね、山岳が多いから犬との距離感は近いんじゃないですか。
あーそうか狩猟犬もね、あるか。
おそらくね。
ビーグルとか確かドイツとかあっちの方の犬じゃなかったっけ?
ビーグルってそうなの?
なんかあっちのイメージあるけど、ここのイメージあった?
スヌーピーのせいで俺イギリスのイメージしかないけどね。
ちょー違うかもしんない。
いやわかんないっす。
こういうことを検証しないで流していくのがこの番組なのでね。
他になんかジャブありますか?
いやもうないっす。
あ、もうないっすか。
まあちょっと難しいよ。だからね、ほんとね、なんだ、褒め…難しいね。
なんかね、褒めるのが難しい。
褒めようとするとこれ作品全体の話になっていっちゃって。
このシーンが良かったよねとか、このシーンが気になったよねっていうのはちょっと難しくて。
Cって言えば、これはなかなかのぎも抜かれたなシーンで言ったらさっき言ったリモコンもそうなんだけれども。
33:00
子供の死の後の10分近い長回しというかさ、あれはすごかったなと思って。
いやーなかなかできないよね。
しかも10分長回ししてやったのテレビ消すことだけだからね。
そうなのよ。そこがすごいよねっていう。
でもなんか要はそういうことだよねっていうさ。
生産な出来事が起きた後に、要は人が死んだ後にポンポンポンポン次のシーンへと移っていくみたいな。
それがホラー映画の常じゃないですか。
ドドドンって言ってキャーッペーンって言ったらもう次のシーンに移ってるわけで。
ちょ、なになになに。
歯がいる。
バーンって言った瞬間に頭打ち抜かれたようなアクションするのやめて。
今ね、俺の耳元にね、あいつの歯音がしたよ。
プーンって。
プーンが来たのね。
消えてって。
ちょっと今日ね、お互いに集中力が保ててないですね。
そうね、多分この映画見てね、ストレス値が上がる。
多分向き合う気持ちがないのかもしれない。映画に対して。
あまりね。
でもそれだけだから揺さぶられたって音なんだよね。
おそらく。
向き合いたく、しかもそれも羽毛監督の術中にあって、我々は結局。
だからこれと向き合えないっていう自分を突きつけられてるわけですよね。
でもホラー映画は楽しいって言って見てるわけだから。
それってものすごくね、陳腐化してるんだよね、自分たちの中でね。
人の死っていうもの。
そういう自分に気づかされるわけですよ。
これだけリアルに死を描かれるということかな。
だから素晴らしい作品でしたけれども、繰り返し見たくなるような作品ではないですね。
そうだね。
でも1回は見てほしいっていう風に強く勧められる気もするという。
だから本当に不思議な、映画じゃないね。映像作品と呼びたいですね。
そうだね。
アンチ映画っていう位置づけの映画だと思うので、だとしたらこれは映像作品。
映画フリークを名乗る人にこそ1回は見ろって言いたいね。
そんな感じですね。
じゃあ行きますか。
今回は俺か?
前回は?
前回自信ないって言って先にやらなかったっけ?
そうだね。じゃあどうぞ。
じゃあいいですか。
僕今回自信ないというか、さっきマコちゃんがペラペラ言っちゃったところの結論だけ違うっていう話ではあるんだけども。
またタイトルつけるの忘れちゃった。
今つけていいよ。
36:05
もう追いつかないからいいや。
わかりました。
さっきもちょこちょこ話出てるんだけど、このバニーゲームの感想ってそもそも2つに割れるんじゃないかなと思ってて。
マコちゃんがさっきから言うように二度ともう見ねえぞっていう人か、そういう映画でしょみたいな感じでさらっと割り切るタイプ。
あ、ふーん、こういう切り口ねえぐらいの多分人。
でもこの面白いのが、やっぱ二度と見たくないって言ってる人の理由が大体暴力そのものがエグいからとかっていう理由じゃなくて、
血の量とかじゃないところでもう見たくないって言ってるっていうところがすごく面白いなっていうところなんでね。
この映画の本質って、暴力を描いた作品とか、
監督が暴力のチンプサみたいなところを言ってるっていうところもそうだと思うんですけども、
でも監督が言ってるところも一歩ちょっと浅い気がしてて僕は。
もう一歩突き詰めると、相手の行動には理解できる理由があって、それを物語としてつかめるはずだという、
僕らの心理的な前提を壊してくる映画だからこそ、もう見たくないっていう人が生まれるんではないかなと。
だから僕たちが人を理解するっていう時にやっていることっていうことはこういうことだよねっていうところを、
どんどんどんどん突きつけている映画なんではないかなというところを、今日ちょっと話をしたいなと思っております。
まず腹立つ理由の話なんですけども、見てる間ずっとイライラするわけじゃないですか、この映画。
そうですね。
特に馬面の方、大学生の時にすげえ嫌いだったやつにすごい似ててさ。
ごめん、俺別にそんな具体的な人物と重ねてイライラしてたわけじゃないから。そこちょっと違うな。
見た目もそうだし、こいつならこういうこと言うっていう感じで、中身までちょっと似ててね。
余計ちょっとイライラしちゃったんだけど、思い出して。そうそう、こいつこういうやつなんだよみたいな。
まあまあまあ、大成人よりこういうやつはあなたのそばにもいるんだろうと思うけども。
まあでもその苛立ちっていうのは、恐怖感からくる苛立ちでもちょっと違うし、話が通じないわけでもないと。
話は通じてないっていうところもちょっと正確じゃなくて、話はできてるのよ。
39:05
そうね。
会話はできてるんだけれども、正確にもし言うのであれば、話を通じさせるための土台作りをさせてもらえないっていうのが、
多分この映画での苛立ちの中心だと思うね。普通のサプリスペンスだったら、
小坂真子ちゃんが言ってくれたように、例えば犯人の目的は金がなのか、恨みがあるのかとか、
あるいは僧の時みたいに病気で復讐がどうのこうのっていう話なのかとか。
それが分かった瞬間見てるこっちは少し落ち着くわけさ。
怖いなとか、こいつうぜえなって思ったとしても、まあでもそういうバックボーンがあってのこういう話なんだなっていうふうに把握できると。
だけどもこの映画っていうのは、そこを一切こちら側に渡してくれない話。
しかもこれ、僕らと同じように、被害者一家もずっと同じ目線に立っているわけさ。
母親のあの人は、名前わかんなくなっちゃったけど、繰り返し何が目的なんだとか、
お父さんはお金なら渡す、なんちゃらかんちゃらみたいなことを言って、どうしてこんなことをするんだみたいなことを言ってくるんですけども、
これは恐怖の叫びとある子供に交渉をしようとしている材料でもあったよね。
しかも情報収集のタイミングでもあったわけさ。
動機さえわかれば、そこに条件を出せるかもしれないとか、回避する術があるかもしれないっていう、そういう話をしてるけれども、
名前すらわからない。動機もわからない。
何をしたいかもわからない、みたいなことがずっと終始続いているっていうような感じなんだよね。
先ほど監督の話でも言ってたと思うんだけど、
このファニーゲーム、その理由なき暴力みたいなところの生産さを描いたって言ってたよね、確かね。
でもこれが僕にとってはない気がして、
だってパウルはちゃんと説明してるんだよね、全部。
なんて?
だって僕らが面白くないでしょとか、何々をする理由。
むしろ喋りすぎるぐらいずっと説明すると。
このおデブちゃんに対しても、甘えがされて育った中流確定の子でドラッグ漬けなんだ、みたいな。
今でも僕が裏でやっていたぜ、みたいなことを言ったりとか。
ゲイの家庭で育ったなんちゃらかんちゃらみたいなことを、いろいろいろいろ喋り通すんだけれども、
42:08
最後は知らんけどみたいな感じで、どっちでもいいけどね、みたいな感じで終わらせてくると。
名前もトムとジェリーとか言ったりとか、ペーターとパウルって言ったりとか、
あとなんか名前あった気がするんだけど忘れちゃった。
その場のノリでどんどん思ってると。
だから情報はいっぱい出てくるんだけれども、
その情報をつなげれば一貫した人物像にたどり着けられるはずだっていうような、
人間の傾向みたいなところがずっと奪われ続けてると。
だからこれが情報ゼロの状態。
こいつ何なんだってわかんない状況よりも余計立ちが悪くて、
こちら側をずっと混乱させてくるっていうものがあると。
そこで何がこんなにも僕らをイライラさせるんだっていうところを学術的に見ていくと、
おそらく心理学の道具を借りていくと、三つ当てはまるものがあって、
一つは原因帰属、もう一つは認識完結欲求、
あとその三つ目は予測可能性っていうところのこの三つがあるんですけれども、
この原因帰属っていうのが誰かの行動を見たとき、
行動をそのまんま受け取ることって人間はしないんですよね。
必ず人間っていうのは何でそれを行ってるのかなっていうのを推測するっていう段階が
必ず挟み込まれるわけさ。
例えば僕とマコちゃんが出会ったときに、
マコちゃんが挨拶をせずに出動りをしたと。
そしたらあいつはもしかしたら忙しかったのかもしれないとか、
うんこしたかったからトイレに急いでたんだとか、
その理由を必ず返すと経験が悪かったのかもしれないとかっていうことを
自動的に脳みその中で繰り返しやってると。
なんか自分にとって不利益だったりとか、
あるいは利益があるような行動をする人にはそれだけの理由があって、
だからこそその行動をしたんだっていうような思い込みが
必ず人間にはあると。
もう一つ、認知的完結欲求っていうところなんですけれども、
人間の癖として、
チューブラリンな状態であることが一番ストレスに感じるんですね。
一つの答えに落ち着くっていうところになれば、
その理由が悪いにしろ良いにしろ落ち着くっていうところがある。
たぶん想像つきやすいのが病気かな。
よく医者から原因不明ですって言われるとすごくわかんないんだけれども、
45:00
それが癌です。
癌自体はすごくショックなことかもしれないけれども、
癌っていうことがわかったらちょっと落ち着くみたいなことってあると思う。
考えの時間が長ければ長いほどすごくストレスに感じるし、
何とかしてくれっていうような欲求が強くなってくると。
ファニーゲームはずっとこれを引き延ばしてくる話で、
答えを出させないようにしていて、
しかもこれが答えかもってなったところで、
全部どんどん返しにしてくるということがされている。
3つ目の予測可能性と言うとしたら制御感っていうところなんですけれども、
動機がわかる相手っていうのは、次の行動を読めるっていうことになってきて、
読めれば交渉できる、避けられてるとか情報できるっていうことがあって、
自分で少しコントロールできるかもしれないっていうふうに自分が思うことっていうところがある。
逆に言うと、動機が定まらない相手にはこれを全部使えないと。
だから理解できないっていうのが、
あの家族における自分の精神を自分で左右できないっていうところに直結すると。
僕らもこの人たちがなんでこういう行動をやってるのかとか、
どうやったら避けられるのかとか、
どういうストーリー展開になればこの家族は助かるのかっていうところが
ずっとチューブラリーにされるからコントロールできていないっていうところが出てくると。
だからそれが怒りだったり苛立ちっていうところにずっと繋がっていると。
たぶんこれは、今からする話に関しては、
たぶん映画業界の中でもしかしたらいっぱいされていることかもしれないので
さらっといくんだけれども、
この構造の話で言うと、人間の対象理解と言っちゃうけども、
理解をする上での失敗のフェーズっていうのを
3つの段階でやってるんじゃないかなと思っていて。
一つは被害者による犯人理解の失敗。
一家はなんでそうやるんだっていうことを何回も繰り返して聞くけども、
結局理由は何かいろいろ言ったけどわかんないっていう状況っていうところが一つ。
もう一つはちょっとメタ的なんだけども、
観客による犯人理解ができないっていう状況もさっき言った通りで。
あと、観客による映画そのものの理解っていうところができないんじゃないかっていうところがこの3つ目。
僕たちはこの映画を見ようとするとき、犯人のルールも映画のストーリーに盛り込んで理解しようとしていくと。
最初のナイフがあんなに印象的に残ってたら、
足跡が逃げるときにやって、ズボンを脱いだら足跡が消えるからこの子は助かるんじゃないかとか、
48:02
そういうようなものっていうところが文脈として理解ができるようになるっていうところもあるし、
ホラー映画というジャンルでくくったとしたら、
絶対最後はどっかで助かる人が出てくるんだろうなっていうような文法でこの映画を見ようとするみたいな。
結局いろんな目線で見たときに、映画自体もキャラクターも何もかもが理解できないっていうところで、
僕らはずっとイライラさせられてるんじゃないかと。
そもそも僕たちで他人を理解するときに、その人をありのまま受け取ってるわけじゃなくて、
断片的な行動を拾って時系列で並べてみたりとか、因果関係で繋げてみたりとかして、
自分の中のイメージ像を作って、ようやくそれを相手に投影することで、
この人はこういうタイプの人間なんだなっていうことを言うようになると。
これってもう人がずっと昔からずっとやってる方法で、
ものすごく便利な方法っていうよりかは、それ以上の方法が人間を編み出してないわけだから、
これなしでは他人と付き合うっていうことがそもそもできてはいないんだけれども。
問題になってくるのは、その人物像、自分の中で固めた人物像っていうのが、
何その顔。
すごい楽しい顔してる。
興味深いなと思って聞いてます。
スクショ撮ってXにアップして、その顔、腹立つ。
今何とも言えない顔してる。
あと5分ぐらいで終わらせるからちょっと聞いて。
ちゃんと聞いてるよ。
問題は、自分が想像した人物像っていうのは、
あくまで自分が作った仮説だっていうことを、
その人物像を作り上げた自分自身が忘れるっていうことが一番の問題なのね。
だから人に期待したりとか、人を理解したっていうふうな勘違いをした時には、
何が起こってるかっていうと、この人はこういう人物像であるはずだっていうところが出てくると。
これが一番はっきり出てくるのは、文化の違う相手を理解しようとする時だと思うよね。
この文化では家族を大事にするとか、この地域の人はあんまり感情を顔に出さないとか、
あるいはこの宗教文化の人ではこういう理由でこういう行動をしているみたいな、
こういう説明とかって手がかりとしてはすごく有効になるんだけれども、
でも同時に相手を予測可能にして、自分の枠に当てはめようとするっていうような行動でもあると。
51:02
相手がその説明から外れた行動をしたらどうなるかっていうと、
本来で言えば自分の作ったイメージ像っていうのを修正すればいい話なんだけれども、
でも実際起こるのはそうじゃないことが多くて、
あいつはなんかあの文化に反してるやつなんだとか、あるいは本音を隠してるんじゃないかとか、
この文化だったらこうなんだから、あいつなんか変な行動してる、なんか怪しいぞみたいな、
あるいはこっちの価値観を全然理解してくれないじゃないかみたいな、
相手側に問題を置くっていうことが起こると。
だからその異文化への反応とか、あるいは他社の特に文化圏が違う人への反応っていうのが、
自分の説明が適応しなかった時に結構怒りが湧くんじゃないかと。
ファニーゲームの中で一貫して、さっき和訳がすげえと思ったっていうところなんですけども、
基本的に彼らって嫌な言葉っていうのをあんまり吐いてはいないんですよ。
たびたびちょこちょこ挟むけど、基本物越しは丁寧だし、言葉遣いも丁寧だし、
相手の神経を逆撫でするっていう以外は、言葉だけ羅列していったら非常に丁寧なやり取りがされていると。
だから分かり合えるかもしれないっていう言語を使ってると分かり合えないっていうところが言ってると。
だから対照理解っていうものをするときに、理解することはいいことではあるんだけれども、
それってそもそも自分の自己像を相手に押し付けてるんだよねっていうところを、
自分がちゃんと理解しておかなきゃいけないっていうところと、
その理解外の行動をしたときに、相手側に責があるわけではない可能性はあるよね。
自分が押し付けてたイメージが違ったんだよとかっていうところに、
修正をする、枠組みを変えるっていうことが必要になってくるっていうことを結構突きつけてくる映画なのかなと。
そういう時点で言うと、自分が普段どうやって他人を理解しようとしているのかっていうやり方の失敗例だったりとか、
失敗させるやり方っていうのをずっと見させられる不快さっていうのがあるから、
この映画っていうのはすごく不快になってるんじゃないかっていうのが今回の僕のお話でございました。
大人コミュニケーションにおける破綻の様をいろんなバージョンで見てるみたいな感じですか?
破綻のバージョンをいろんな場面で見させてると同時に、ほらお前そうやってたでしょっていう。
54:05
自分が疲れたくないところをずっと疲れ続けるから嫌になるみたいな。そういうことがあるんじゃないかなっていう話です。
残虐描写を焦点とするにはそもそもそのシーンが少なすぎるもんね。
それで言うとコミュニケーションがうまくいかないことごとくどんどん悪化していくっていうところのハラハラ感と、
分かり合うための努力ができない環境の気持ち悪さとかもろもろありますよね。
嫌な空気をずっと作り続けて映画が終わっていくっていうのはすごく斬新だったなというふうにはすごく思ったんで。
なるほどね。
この映画を見て僕らはちょっと自己内省をしなきゃいけないんだなっていう。そういう意味ではものすごくこの映画すごく興味深かったですね。
なるほど。
まあね、そうは言っても本当にね、しんどい作品なんで多分それなりに元気な時に見ないとダメですね。
そうだね。
落ち込んだ時に見るとテレビ画面確実に割りますから。
そうね。本当は観客への告発であり、暴力を見に来たお前が悪いぞっていう風な主張は監督本人が言ってるみたいなんで、ある程度間違いない。
ただその暴力が生まれる背景みたいな仕組みとしてね、なんかこうコミュニケーションのあり方を問うみたいな読み方もできるんだろうなというふうにはちょっと今思いましたんで良かったなと。
ただまあ今55分なんでね。
しゃべりすぎちゃった。
いや全然いいですよ。いつものことですから全然問題ないんですけど。
それ全然問題ないんですけど。
じゃあちょっとね、僕もなるべく短くお話しようかなと思いますが、今回はね自信があるかないかで言ったらまああるかな。
タイトルに自信があります。中宮佐藤貴。
じゃあいきます。
映画、ファニーゲーム、ポール&ペーパー。
ペーパーじゃねえか。
ポール&ペーパー、令和のドパガキ説。
ドパガキ?
ドパガキですねこれは。これはもう泣く子も黙るドパガキ映画でした。
なんかあれ、岩垣とか。
うーん違う。
違う?
ドパガキですね。
ガキデカとかの説か?
57:00
ガキデカでもないですね。ドパガキでございます。
ドパガキはですね、Googleさんで調べると出てきます。
ドーパミンですね。脳内放出系を刺激するホルモンですけど、ドーパミン中毒のガキっていうのをまとめた言葉らしいですね。
そんな言葉があるの?
ショート動画やスマホゲームなどの強い刺激に慣れて常に次の刺激を求めてしまうことで集中力が低下した若年層などを揶揄する言葉らしいんですけど。
これはちょっとキャッチーだからそう言っただけでちょっとずれはしますが、少なからずそういう節があるんじゃないかなというふうに思っているんですね。
まずですね、この映画は被害者と加害者の対比から始まっていきますよね。
被害者たちは別荘に移動する間もオペラを聴いて、その歌手が誰なのかというのを当てるゲームをしていて、非常に高い水準の教育を受けてきた人間であることがわかると。
対して加害者のポールとペーターは、もう素材も名前も目的も何もわからない。完全なノーバディですね。何者でもない若者として登場してくれると。
僕はそこから、上の世代と子供の世代の間に生まれている溝みたいなものが主題になってくるんじゃないかなと思いながらこのシーンを見つめていたんですよね。
ただ、ポールとペーターの服装は結構綺麗めにまとまっていて、いかにもこれから一緒にゴルフを回りますみたいな感じ。
なのにこんなことが起きるんだってことはちょっとびっくりなんですけれども。
だからまあ、だとしたら、裕福で素養のある人間と、そうでない者たちとの応酬を描きたいわけじゃ実はなくて、
こいつらも別にお金に困ってるかどうかは実はわからないわけですから。目的もわからないわけですしね。
だからここって実は対比されてるわけではないのかなって思ったので、
じゃあこの彼らの白いズボンと白いポロシャツみたいな、一見すごく高度な社会的な地位で持って飯を食ってきた若者なのかなみたいなふうに思うと、
ちょっともたげてくる思いがあって、それがSNSとかの誹謗中傷なんですよね。
よくあるのはやっぱりものすごく過激なことがつぶやかれ続けるから、気になってというかね、その被害届を出して開示請求をしたところ、
結局その開示請求で出てきたのは何の変哲もない30代のサラリーマンだったりすると。
1:00:01
これって結構あれだよねっていう。
彼らは自分の投稿が誹謗中傷になるとは認識してなかったみたいなふうに答えたりもするわけで、
自分の行動で人が傷つくこともイメージできてないわけですよ。
そういう当たり前であるというふうに我々が思うようなことが当たり前にできない人たちっていうのも、
実はサラリーマンとしていい服着て、スーツを着て、上下揃えて一応何万かするスーツを着て仕事してるわけですから、
これってある意味では人間がどういう性質を持ってるのかなんて、
肩書きだったり世代だったりで判断できるわけないよねみたいなことをちょっと示していいんじゃないのかなっていう気がするんですね。
どんなに見た目として綺麗にまとめていても彼らの中にある悪意はそこから読み取ることができないわけですから。
こいつらの嫌な感じ、やっぱり背景が見えないことですよね。徹底的に背景が全く見えないわけですよ。
自由に関しても先ほどオマが言ってくれた通り今はぐらかすばかりで。
結局最終的にそういう連中が何をし始めるかっていうと、売れなくなったら自分の身の上話で身を切り始めるみたいなのがありますが。
そういう殺人者たちに感動のドラマみたいな老いたちみたいなルールがあると、結局そこでごまかせちゃうよねっていう。
それはさせませんよっていうところはさっき説明した通りなのかなと思います。
だからこそ、全く空虚な殺人者っていうものを置くことによって、その見る側に対してこの殺戮っていうものが本当に何の意味も持ってないんだよっていうことを示す役割になっているのかなというふうに思いました。
で、ドパ書きにつなげないといけないと言いますけれども、今動画文化ってショートリールブームへと移行してますよね。
長い時間の動画すらもうめんどくさくて見ない人が増えてきたから、せいぜい長くて2分から3分ぐらいの短い動画を作って、それが共有されていくっていうふうな状況にあるわけですよ。
本作では途中でリモコンが押されて巻き戻るみたいなシーンがあったりするんだけれども、
さっき一番初めにも語ったように、あれってすごく丁寧に振って丁寧に準備してるにもかかわらず、あの二人がそれをあっさり破って捨てたり、機能させなくなったりするわけですよ。
あれって、まさに分かり合えないというか、それでその後何が起きるかというか、どんな展開があればいいのかっていうことをあの二人の若者は気にしてないんでね、全くね。
なぜなら別にそれで得られるものがないからなんですよ。別に他人が何を考えようが何をしようが、実際彼らには何の興味もなくて、
1:03:08
単純にこの映画という尺の中で家族をいかに殷算に殺せるかっていうことしか頭にないわけですよね。
そこが、そうなんていうかな、ドパ書きだなっていう。
特にドパ書き味を感じるのは、その結局さ、興味がない動画なんでスワイプすればいいっていう文化なんですよ。
それでいうと彼らが丁寧にこの映画という尺の中で機能するように配置されたボートの中のナイフとか、
あるいは領主を奪って殺すシーンとかを巻き戻したり、お届け物をしてそれで済ませてしまうっていうところが、すごいなんかちょっと響くんじゃないのかなっていう気がしてるんですね。
ナイフの捨て方とかもそうですよ、ボートに乗ってたナイフ。ものすごい適当に捨てるじゃないですか。
あれって動画アプリとかでタイムライン見てるときに、ちょっとでもつまんないと思ったら指一本で次ってポイって捨てるような仕草とすごく似てるような気がして、
全くその背景を気にしてないというか、全く興味がなかったらいつ切り捨ててもいいみたいな、そういうテンションで生きてる感じが、
意外と1990年代の作品ですけど、2020年代の今に意外と刺さるんじゃないのかなっていう気がしていますよということですね。
言いたいこといっぱいあったんだけど、眠くて頭が寝ちゃったから何にも出てこないんで今。
そうだね、いつにも増して眠そうな語り口をだよ。
そうですね、すごい眠いですよ、全東洋が寝てるんで。
ちょっとね、メモをちょっと読みます。いきますよ。
読みますと難しいじゃん。
ちょっと現代との接続でお話をすると、TikTokとかショート動画の世界っていうのは、コンテンツの良し悪しよりも短くて分かりやすくてセンセーショナルであることが優先されますよね。
結果として、ロワーク的なコンテンツはどこまでもロワーク的に繊維化していくわけだ。
だから今、くったらねえ不良コンテンツみたいなものが切り抜きに大量に流れて、それを見て不良に憧れるバカどもがいっぱい増えてるわけですよね。
それもまさに一つの側面だと思うわけですよ。
本来は丁寧に積み上げた果てに訪れるドラマっていうものをみんなが見守ってそこに感動していたはずなんだけれども、
この現代におけるTikTokやショート動画みたいなコンテンツ文化っていうものにおいては、そういう丁寧な積み重ねによって作られるドラマっていうものは真っ先に切り捨てられるわけですよ。
1:06:10
そんなのどうでもいい、結果があればいいというね。
だからポールやペーターにとっては他人の人生だったり、あるいは自分自身の身の上話だったりっていうものも、深く別に関与するべき対象ではない。
別にそんなものはどうでもいいわけで、いつでも取り替え可能で、別にどんな身の上話でもいいわけで、消費して終わる部分でしかない。
消費する気すらないわけですよね。
そういうスタンスなわけですよ。
これってまさに令和のドバガキと呼ばれる人たちが、こういうふうな大人になるんじゃないかって言われてるようなものをまさに指し示している感じがしてくるわけですね。
ただこの作品で最も面白いのは、そういう別に細部はどうでもいいと、それ以外の目的であるところの、人を殺すということさえできればいいみたいな、
ポールやペーターの最悪なスタンスっていうものと、カメラっていうものが正反対に動いているっていうところ。
つまりは、彼らは全く興味がないんだけれども、カメラだけはずっと追い続けるわけだよね。
彼らは子供を殺したらすぐ去っちゃうわけなんですけれども、カメラはずっと生産の状況を映し続けるわけですよ。
本当に10分間くらいですよね。
あれは一体何してるのかって言ったら、あそこは結局観客への急断シーンであって、
あそこでカットして次の展開に繋げていくだとか、それを全くしないわけですよね。
本当のホラーだったらあの後に何度でも展開を組めるし、でもそれを一切しないで10分間その生産の状況というものを見せ続けていくという。
あれが結局、普段動画を見ていて、僕らもちょっとでも展開が読めたら、
あるいはもうちょっと自分に合わないなと思ったら、ピッてスワイプしてもう見なかったことにするというか、
次の興味へと移っていく我々の残念なところ。
残念な集中一切できないような、そういう残念なドパガキ的な心理っていうものをさせねえよって言ってるっていう。
そんなものをさせねえと、お前らが見に来たようなこういう語話表現なんだっていうところをこっちに見せつけてくれてるんじゃないかなということですね。
スワイプ文化にどっぷりハマっていって、次から次へと流れてくる刺激的な動画になれてくると、
身体破壊、いわゆるボディホラーですね。あるいは陰惨な猟奇的な暴力を扱うような作品っていうものも、
ものすごくライトなテンション、ライトな姿勢で消費することができてしまっている。
1:09:04
それはもうすでにトーチャーポルノっていう言葉によってタイトルが付けられて、非常に問題視されている状況ではあるんだけれども、
でもその実、結局ホラー映画って季節を問わず出ているし、夏の季節になったらそれはそれでものすごく人が入ったりするわけじゃないですか。
そこだけはずっと変わらないわけなんですよね。
ポールとペーターがやっていることっていうのは、そのまま僕らが普段コンテンツと向き合うときに、
いろんなものをないがしろにして、とりあえず結論こういうものが見たい、実現すればいいんだっていうふうなスタンスとものすごく被ってくる。
だから1990年代に作られた作品であるとはいえ、このポールとペーターに身を重ねることができるのは、実は我々おじさん世代だけではなくて、
今のスワイプ文化にどっぷりはまった若者たちも完全に共感することができるようなキャラクターになっているんじゃないのかということを僕はすごく言いたかったわけですね。
なんていうのかな、格差への恨みに対する反抗とかそういう理由も全くないし、
ただの暇つぶしで人を傷つけることができる人間っていうものが出てきて、そして人を傷つけると。
それだけあれば十分、別にそこに深い人間ドラマを噛ませる必要なんて全然なくて、ただそういう衝撃的なものを見て、うわなんかすごいものを見たって思ってしまうような、
そのドパガキ感っていうものがポールやペーターから見ることができるので、今の時代で見ても全く古さを感じないっていうところがあるのかなということですね。
だから要は令和のドパガキみたいなことを言って、若者たちを敵に回したいわけじゃなくて、我々おじさんたちも含めて今人間っていうのはもう令和のドパガキ色に染まりつつあるわけですよ。
だから基本報酬系だから、何かやったことに対して帰ってくるものがないと気が落ち着かないわけですよね。
なんかそういうスタンスで生きてる我々に対して、いやいや違う野郎っていう風に言ってくれてるような作品なので、令和に見ても楽しめるんじゃないのかなということでございました。
次回は絶対に僕から語ります。何も言えなかった。眠すぎて今どういうスタンスで何を喋ってるのか全く把握できてないので。
同じこと何回か繰り返して。
そうですね。ポールとペーターはドパガキだよって言いたいんだけど、それだけじゃなくて我々観客もそのポールとペーターを見ながら自分自身のドパガキっぷりに苛まれるっていうのがこの作品だと思うんですね。
僕の説もそうだし、まこちゃんの説もそうだし、結局観客の視点であったりとか、観客の癖であったりとかっていうところを暴く作品みたいな、そういう側面をやっぱり監督が意図してそういう風に作ってるっていうところはあるんだろうけど、多分そういう作品だよね。
1:12:17
だからこそこのムラクソだったりとかも見る価値のないっていうような映画っていう風に評されて、見る価値のないっていう風なことを言ってる人たちは特になんだけど、おそらくその自分自身を内省っていうのを拒否した人たちっていうところになってくるのかなと思うと、内省したい人ほど見た方がいいね。
そうね。だからまあ誰に感情移入するのかっていうところもありますね。
そうだね。
はじめは確かに被害者に心を惹かれるというか、頑張れみたいな風に思うんだけど、でもその日後半になればなるほど、あれっていうね、結局僕らが見たかったものって別に彼らの安全じゃなかったのかもしれないと思わされた瞬間に、うわーって思うという。
そうね。最後の方とかも逆にお母さんとかお父さんに苛立ち始めてしまう自分すらいるもんね。なんでこうしねえんだよみたいな。
そうね。なんで大体骨折れてるのに無理して歩いたり座ったりするんだよみたいな。もう絶対安静でようになってるよみたいなね。
あれ膝じゃない? 膝なんだあれ。
だって固定してたのって大体肌で固定してたから、膝パキョンってやってられたんじゃない?
膝サラパキョンなのかね。
たぶん。
なんかちょっともうよくわかんないですね。
そう考えるとパウルの運動神経はいいのかもしれない。あの一瞬で膝をゴルフのパッと。
わかんない。
ゴルフのボールでスパーンってやるんでしょ。
あいつセンスあるよ。
そうね。怖いわ。あれ当たんないからね。ゴルフの球って本当に。
ゴルフはね、一生できる気しない。
まぁまぁまぁまぁ。今回こんなんでいいんですかね。すいません。
大丈夫。
大丈夫だよね。
リモコンパートも僕はすぐ巻き戻したりできるインスタントに完全に人ごととして物語を楽しむことができ、かつ人ごととして物語を簡単にスキップできてしまう我々をものすごくコラーって言ってくれてるような気がするんで。
1:15:02
なんかちょっと作品に迷った時はね定期的に見返したいなというふうに思いました。
絶対見返さないでしょ。
5年周期。
5年周期ぐらいでまた。5年後のリルヴァルでまたやりますか。
そうですね。それが一番だと思います。
そんなところでよろしいですかね。何か言い残したことがあれば。
そうですね。今回の映画でまた新たにルールが追加されました。
ルールナンバー4。水目の別荘には止まるな。
語りたいものがある。好きでたまらないものがある。それならもう話すしかない。
気になったもの、ハマったもの、人生をちょっと楽しくしてくれる者たちを持ち寄って本気で語り倒す30分。
笑えてちょっとためになって、たまに明日何か書いたくなる。
毎週日曜更新俺たちの物語。まこと大間でお送りいたします。
でも僕らはね、残虐描写を見に来てるから止まってくれなきゃ困るのよ。
結局そうなのよ。なんかもうワクワクしちゃってたなっていうことに結局突きつけられちゃうんだよね。
ボートシーンでちょっとナイフが落ちたところが意味深に描かれたりとかさ。
犬の声聞こえなくなったあたりで、これはもう終盤にものすごいチェイスがあるんだろうなみたいなさ。
感じになっちゃってる自分っていうのを。
はい、負けーって言ってくるみたいなさ。
そこなんじゃね。
僕ら反省が足りないのかもしれない。ホラーという作品に対する。
反省。
ホラーを作る際に、ホラーというものを見るっていうことがいかに滑稽かっていうものをもっと反省してみた方がいいかもしれない。
そうね。ホラーを見ることっていうのが完全にエンタメの主流まで今やきつつあるから。
本当に新作といえばホラーみたいな感じになっちゃってるんで。
ホラー作品って本当はこういうふうに評価されてて、こういうふうに見られてるんだよっていうことを知っていた方がいいのかもしれないなと思うので。
じゃあファニーゲームはぜひ、これ必理集ですリルバルの。
必ず見ましょうっていう感じで、ぜひぜひ見てみてください。
僕はもう今回全然納得できてないんで、いずれ目が覚めてるときに一人でもいいから僕が組んできた説をもう一回語りたいなってくらいですね。
悔しいです。
インターミッションですかね。
そうですね。インターミッションか何か活用していずれはやるかもしれませんので、ぜひお楽しみください。
1:18:05
じゃあ。
もう一回ちょっと反省をするためにも、次回はキャビンですかね。
そうですね。次回はキャビン、現代はキャビンインザウッドっていうね、これをやっていきたいと思いますので、ぜひ皆さんお楽しみに。
じゃあ終わりましょうか。
はい。
ということでお聞きいただきましたのはリールフレンズイン東京、今回は真夏のホラー企画ではなくリスナーリクエスト。
リクエスト、兼ホラー企画。
ファニーゲーム、これもジャンルシフトなのか?でございました。
いいんだよね。これもジャンルシフトってことだよね。
ホラーだと思って見始めたら、観客をコテンパンに悪く言う作品だったっていうことがわかるんで。
そうだね。
ということで番組では特報フォームを通じて寄せられた感想やリクエストを実際に番組のテーマや構成に反映しながら制作しております。
面白かった、ここは引っかかったなど、短い言葉でも大歓迎です。
また、Xでハッシュタグリルパルをつけたポストも受け取っております。
いただいた声は番組の中でご紹介させていただくこともありますので、ぜひあなたの声をお届けください。
公式Xアカウントはリールフレンズイン東京で検索・フォローもよろしくお願いします。
リールフレンズイン東京はアップル・ポッドキャストをはじめとする主要なポッドキャスタブリで配信中です。
本日のお相手は誠。
大間でした。
それじゃ、またねー。
またねー。
リールフレンズイン東京は世界中の映画愛好者たちが一緒に来ています。
01:19:40

コメント

スクロール