2025-12-07 1:37:49

リスナーリクエスト ナンセンスコメディ映画? 『#スイスアーミーマン』人間関係を結ぶ恐怖の根源とは Listener Pick! “#SwissArmyMan” – The Deep, Strange Fear Behind Human Connection

"I mean, before the Internet, every girl was a lot more special."


ーーーーー


毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。


今回取り上げるのはリスナーリクエストということで『#スイスアーミーマン』です。

いやしかしね。これはデート向けの映画ではないわけですよ。


これをデートで見にいく決断に関しては某リスナーのあなた!・・・脱帽です。


ただナンセンスコメディとは題したものの、テーマは結構生きる上で大事。

哲学的な問い、社会的な問いに正面から?踏み込んだ作品です。


あのダニエルラドクリフくんの迫真の?演技に涙必至?


というわけで僕も今後は公共の場でおならしていこうとおもいます。



ーーーーー


podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

エピソードの公開は毎週or隔週となります。


ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPalツイートをお願いします。

いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。


公式noteもやってます。

https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5


テーマトーク投稿フォームはこちら↓

https://forms.gle/4PT2GBA7TY8vAoCx7


直接のメッセージを送る場合はこちらまで↓

⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠


これからも番組をよろしくお願いします。


"I mean, before the Internet, every girl was a lot more special."


Hey everyone, it’s your movie–rambling buddy Mako.

Today’s pick comes straight from a listener request: #SwissArmyMan.
And let me just say this upfront — this is absolutely not a date movie.
To the particular listener who chose this film for a date… I salute you. Truly. Bold move.

But jokes aside, for all its “nonsense comedy” vibes, the film actually digs into some pretty fundamental stuff about being human.
Philosophical questions, social questions — the kind of things you don’t expect to get hit with between fart jokes and magical corpses, but here we are.

And Daniel Radcliffe? His committed performance?
I mean… you might shed a tear.
(Or shed something. The movie makes you question a lot of bodily functions.)

Anyway, after watching it, I’ve decided I’m going to start farting proudly in public from now on.
Life’s too short to hold everything in, right?

This is Mako (@_macobana), host of the podcast Yomoyama Kobanaashi — a spillover channel for all the movie talk that won’t fit in my main show #ポケ沼.
There’s always more to say, always another film to poke at, and episodes drop weekly or bi-weekly.

Share your thoughts with #リルパル / #ReelPal —
I might read your tweet on the show.

Official note:
https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5

Send in talk-theme submissions here:
https://forms.gle/4PT2GBA7TY8vAoCx7

And for direct messages:
yomoyamakobanashi@gmail.com

Thanks for listening — and see you in the next episode.


00:16
リーグフェンスイントーキョーにようこそ。この番組は話題の新作、往年の名作、謎を聞き取ったらぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムの倫理、宗教、歴史に因果を多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。お相手はパーソナリティのマコと、
――オーマです。よろしくお願いします。
――オリオン座の季節ですか?
――オリオン座の季節ですね。たまんないね。
――そんなたまんないものですかね。
――いや、寒くなってきてさ、仕事帰りに太い夜空を見上げるわけさ。そこには月とオリオン座が静かに僕らを見守ってくれてるわけよ。
――あー、今日、月すごい綺麗でしたけどね、確かに。
――今日、綺麗だった。思わずね、星座標アプリを取り出して、夜空にこうやってこう、やりながら、ベガ、アルタイル、こうやって見てました。
――ベガ、アルタイル、今見れます?
――見れますよ。夏じゃなくても見れるよ。
――結構下の方に見えませんか、今。
――うん、かなり下の方。
――ですよね。
――うんうん、いける。オリオン座も確認した、今日。
――あーはいはいはい。
――やっぱこう、一番こうさ、見つけやすいじゃん、オリオン座って。
――まあそうですね、3連星は。気づいたら目に入るコーディネート。
――あったー!みたいな、思い返せば僕がね、星座に興味を持ったのもオリオン座からかもしれないっていうね。
――僕は依然として興味あんまないですね。
何でしょうかね、何の娯楽もなかったんでしょうけど、星を線で繋いで何かに見える。
わからなくもないんですけど。
――はい。
――いやなんか、なんすか、こと座とか。
――はいはいはい。
――髪の毛座とか。
――髪の毛座はちょっと謎だよね。
――何をどう見たらそれに見えたのかって言ったらちょっと無理あるだろうっていうのは多すぎて。
全くね、ピンとこないんですよ。
星にまつわる神話とかを読むのは好きです。
けど、星を繋いでどうのこうのに、いまだにちょっと入り込めなくて。
03:04
だからなんだろう、プラネタリウムでお話聞くのは好きです。
けど、星空を見てどうこう全くわからないですね。
今年もそれこそつい1,2週間前ぐらいにプラネタリウム行ってきまして。
で、お話聞いてきましたんで。
だからまあ、それは楽しかったですけど。
で、っていう。
で、なんだろう。わーいいお話聞いたなー。
よし、夜空見上げようってならないんですよ。
そこで終わってるんですよ。
いやーいい話聞いたなー。で、もう終了。
お月様は見るけどみたいな感じですね。
――僕としては是非ハエ座を見てほしいなって。
――ハエ座?それ知らないですね、僕。
ちょっとあの、星と星を線で繋いだにしても、
ハエはねえだろうっていう形してんだよ。
ほう。
あのー、まあ、なんか台形みたいな四角形に、
星が2個ぴょんぴょんって繋いだ、
カメレオン座のすぐそばにあるんですけど、
えー、あのー、
四角の部分がハエの胴体っていうのはまだわかる。
100%わかる。
で、そこの一辺から飛び出しているぴょんぴょんっていう
一本の棒があるんですけど、
ハエのどこに見たんだっていう。
明らかにこのハエの絵を照らし合わせても、
何かこう、飛び出すぎて、
お前はこのこれ、
どこに何を見てハエと思ったんだっていう。
これはだからなんか、
イラストが間違ってんじゃない?
なんかさ、やっぱりさ、こんなもんさ、
繋いで喜んでた人たちってさ、
相当昔の人たちだからさ、
その当時に何かに見立てていたものと、
今現在教えられているのが一緒とは限らなくない?
あー、そういうことか。
ハエ座って言うらしいからこんな感じでみたいな。
ハエのイラスト乗っけてるけど、
実際はもっと違ったんじゃねーのかな。
なんかそんな気がしますね、僕はこれを見てると。
だっておかしいもん。
こう擦り合わせた手の先がこう、ぴょって出てるとか。
ね、なんかちょっとこう、
何かしらちょっと違うモチーフというか、
違うポージングなんじゃないすかっていう風に。
ちょっとこれ見てると思っちゃいますね。
そういうことですかね。
06:00
ちょっと皆さんも気になったらぜひ調べてみてください。
一応ですね、僕からもお話を一つだけさせていただきたくて。
っていうのも、
インターネット環境がいまだに治ってないですっていう。
もうちょっとそろそろいい加減にしてほしいんですけど。
本当だよね。
本当にね、2日に一遍は、
某通信会社から進捗状況みたいな感じで、
調査がこういうふうに進んでおりますけど、
依然として原因が不明ですっていう。
もう原因不明がずっと変わらないんですね。
それも、逆に何が起こってんのって感じだよね。
とにかくですね、通信障害が1日の間に複数回不定期に起きるので、
現在もいつ来るともわからないような状況です。
先々恐々としつつ、一応収録をさせていただきますので、
ひょっとすると動画でうまくいかなくなる可能性はあるかなと思っています。
ただ、予測できないことっていうのが実際はよく起きますんで。
そうだね。
今回はそんな予測のできない展開にあふれた映画を見ていこうかなというふうに思いますので、
ぜひ最後まで聞いててください。
もう忘れてるんだろうなと思ってましたね。
というわけで、本日も参りましょう。
はい、ということで本日のテーマは、
ナンセンスコメディ映画 スイスアーミーマン
人間関係を結ぶ恐怖の根源とは。
というわけでね、始めていこうかなと思いますけれども。
元よりですね、今回スイスアーミーマンをお話ししていく運びになりましたけれども、
もともとどういった形でこの作品になったのか、みなさん覚えておいてでしょうか。
はい、どうぞ。
ピーノさん。
そうですね。
ご自身もですね、ポッドキャスト番組運営されていらっしゃいます。
ローテナントのラジオ局のムサノ・ピーノさんからリクエストをいただいたということで。
ありがとうございます。
前回の放送の最後の方で紹介させていただいた感じですよね。
そうだね。
このスイスアーミーマンという作品、結構変わった作品なんですけれども、
こいつをですね、どうやら女性とのデートで見たという、モサ。
モサすぎるだろ。
09:01
モササウルスですね、もうね。
何を思ってこのチョイスをしたのかと。
蓋を開けてみたらって言うほどでもないっていう。
もう蓋を開ける前にもうラベルに書いてあるのよ。
もう明らかにこれは普通じゃない作品だなっていうことが、
一応調べなくてもパッケージを見ればわかるような状況にありながら、
よくまあ選んだなと。
しかも蓋開けたらお下品のお下品ですから。
そうなのよ。シンプルに上品ではない作品なんですね。
売りとしてもっていうところなので、一旦あらすじ紹介しますんで、
ぜひお聞きの皆さんも、これをおデートに鑑賞するのが、
どのぐらいのリスクを抱えているのかについて、ご一緒に考えてください。
じゃあいきましょうか。
今遅延してるんでね、通信がどんな形になるかわからないですけど、いきましょうか。
はい、いきますよ。
ということで今回見たのは、2016年アメリカの映画、スイス・アーミーマンです。
主演を務めたのは実力派のポール・ダノと、
そしてハリーポッターのダニエル・ラドクリフです。
主人公のハンクは無人島に漂着し、助けもないまま絶望して、
今まさに命を自ら断とうとしていました。
ところがそこに波打ち際に打ち寄せられた一体の死体。
後にハンクは彼のことをメニーというふうに名前を付けることになるんですが、
を発見いたします。
はじめは人がいる、助かったと思いきや死体だったのでがっかりしたんですけれども、
なんとこのメニーはお尻から出るおならで、
彼を無人島から脱出させてくれます。
この時点で衝撃的なオープニングなんですけれども、
その後どうやら人がいそうな海岸にたどり着いたハンクは、
一度は自分一人で帰ろうとするのですが、
目に物言わぬ子の死体をどうにかして、
彼のゆかりの人物のところに連れて行ってあげようと考えるようになります。
重い死体を抱えて人里へと向かって歩き始めるハンク。
道中でいつの間にかメニーは話を始めたりだとか、
包囲地震になったり、あるいはウォーターサーバーになったりと、
ありとあらゆる多機能ぶりを発揮して、
いつの間にかハンクはこのメニーと謎の友情を築いていくことになります。
12:02
最終的に人里にたどり着くハンクなのですが、
彼が救われたのか否か、
おそらく見る人によって感想も分かれるのではないでしょうか。
ナンセンスコメディー、笑いながらよく考えてみてください。
これはね、ちょっと何なんだろうねっていう感じで、
ナンセンスコメディーというお話をさせていただきましたが、
コメディーなんだけれども、おそらく切り口によっては、
非常に考えさせられるような要素を持った作品であることは確かです。
そうですね。
確かなんだけれども、ただやっぱり大事なのは側の部分で、
デートで見てどういう空気になるのかがですね、
とてもじゃないけれどもですね、想像するだけでちょっと胃が痛くなるんですけど。
なんかこう、夜になった時にさ、
そういう雰囲気になった時にさ、
コンパスターみたいになっちゃったらもうそれで終わりだよね。
そうですね。
ちょっと整理しておくと、
その目にというこの謎の遺体はまずやっぱりおならでジェット噴射をして、
海を越えられるジェットスキー機能からスタートする。
あの時点でもうだいぶお下品ですし、
水分を欲しているハンクにですね、口から水をゴボゴボと出して、
ウォーターサーバーとして機能する。
この時点でだいぶ心地よい描写ではないのよね。
そうね。だいぶね。
だいぶ。
で、海岸で拾ったポルノ雑誌を見たメニーの股間がですね、激しく動き、
それが包囲地震になっているということに気づくという。
もうね、大丈夫?ダニエル・ラドクリフっていう感じのがいろいろとありまして、
途中、そのハンクは自分の携帯の待ち受けにしている女性に対して、
その死体のメニーが興味を覚えるところから、ちょっと奇妙な状況に陥るんですよね。
なんだっけ、メニーが会いたがるんだっけ。
見たことがあるみたいなことを言い始めるんだっけ。
見たことがあるから、記憶を取り戻そうと頑張った結果、
メニーの記憶とハンクの記憶が混同しているっていうところに途中から気づき始めるみたいな。
15:03
そうだよね。
メニーが女性に会いたいと思えば思うほど、人里にたどり着ける可能性が高くなると。
ハンクも考えて、メニーの思いを持続させるために、
この手で様々なクラフトワークをして、メニーの関心を強めるためにやるわけなんですけれども、
その女性ですね、サラは、もともとハンクが片思いをしていた相手だったと。
しかも一度も喋ったことがない。バスで見かけて盗撮した写真で。
そもそも彼女は寄婚者でもありみたいな。
でも本当に一方的な思いだったんだけれども、
まさにサラという女性の庭に到達して、
一度は奇跡の生還となるわけなんですけれども、
メニーは物言わぬ死体になってしまって、
ハンクは死体のメニーを連れ去り、また海岸に戻ってきて、
みんなの前でおならをするっていう映画です。
そして親父はにっこり。
というお話でした。
本当にハートフルですね。
ちょっと軽くジャブを入れながら、
この時点で見てみないと、
どういう熱でこれを描いているのかっていうのが誰もわからないので、
どういうことって思った人は一旦見てくださいと。
この映画こそね、本当に見てから聞いた方がいいと思う。
そうですね。ちょっとなぁという気がしますので、ぜひ。
ちょっとあらすじ紹介はこの辺で、
ジャブを入れつつ、聞いて状況を確認していってください。
じゃあ、いかがですか?
最初にメニーが喋って、ハンクがパニックになって殴るシーンがあるんですけど、
大好きすぎて。
あれはさ、あれはダメだよ。
違う意味で電車で見ちゃダメだもん。声出して笑うから。
絶対吹き出すシーンがある。腹高いで笑う。
もうね、わかりきっているのに笑っちゃうって一番つらいね。
僕、スイスアミーマン見るの3,4回目くらいなんだけど、毎回笑っちゃうんだよ。
18:06
あれはね、カットかかった瞬間お互いに笑いますね。絶対ね。
本当にやめてくれって思いました。あれは。
吹きますわ。いいシーンですね。
一番の名シーンだと思っている。
名シーンです。間違いなく。非常に面白かったです。
僕からも、さっきちょっと言いましたけど、ダニエル・ラドクリフやりすぎだよねっていうのをちょっと言わせていただきたくて。
以前もちょっと言いましたけど、やっぱりハリーポッターという役が強すぎるから、
やっぱりそれは早く消したいよねっていうのは絶対俳優としてはあると思うんですよ。
やっぱりそれが染み付いて離れないイメージとしてね。
あのハリーポッターのダニエル・ラドクリフがあってずっと言われ続けるっていうのは、
結局役によって何者にもならなければならないというか。役者ってそういうものですからね。
それで言うと、長らく演じてきた代表的なキャラクターだからそこに愛着はあれども、
やっぱりちょっとそのイメージを消していく、それを打ち消していくような印象の強い役どころをやるっていうのは、
戦略的にもありだろうなというふうに思うんですけど。
これの前でしたっけね、ダニエル・ラドクリフ。
なんか頭に角入る役やってましたよね。
え?
前かな、後かな。
ハリーポッター。
ホーンズってやつですね。
あ、ホーンズね。
これもまあちょっと、ホラーかと思いきやホラーじゃないみたいな。
ちょっとメタファー的なものを持ったような作品だと思いますけれども。
やっぱりそういうのを通して打却をしようと思ったんでしょうけれども、
うんこちんちんが過ぎるよね。
もうちょっとね、綺麗な身体の脱ぎ方ってあると思うんですよ。
そうそうそうそう。
だって、アン・ハサウェイじゃなくて。
エマ・ワトソンね。
エマ・ワトソン。
彼女は綺麗な身体の脱ぎ方をしたと思いますよ。
はいはいはい。
で、もう本当に美女と野獣あたりで、「おー、向けたね!」っていう感じがしたんですけど、
ダニエル・ラドック・リクルフはさ、向けたらさ、もうなんかもう、ハエ男で出てきたみたいなさ。
まあね、すごいですよね。
まあその思い切りの良さっていうのも一つ話題性になるというか、
そういう称賛もありきでやってるのかなと思いますけど、なかなかぶっ飛んでるなと。
21:00
今ね、調べたらスイス・アーミーマンの前。
はいはいはい。
2015年にですね、気になるのを見つけまして、
はい。
日本劇場未公開の作品。
へえ。
ヴィクター・フランケンシュタインってあるんですよ。
マジ?え、どこ?
え、どこだ?
ヴィクター・フランケンシュタイン?
はい。
日本では劇場公開されるビデオスルーとなったので、主演はジェームズ・マーカボーイですね。
へえ。
カメレオン俳優のジェームズ・マーカボーイが出ていて、
なんとですね、ダニエル・ラドクリフの役どころはイゴールですね。
イゴール?
はい。
また?
イゴールっていうキャラクターが、これ実はまたフランケンシュタインの話になって申し訳ないんですけど、
イアンスだよね?
あの、あれなんですよ。
フランケンシュタインの頭に電極があるっていうのと同じで、
映画版のフランケンシュタインのステレオタイプのうちの一つに、
イゴールという機系の助手がいるっていうのがあるんですよ。
これもう出どころがちょっと謎というか諸説あるらしくて、
なんかなんだっけな、ヤング・フランケンシュタインかな?忘れましたけど、何かから出てくるみたいな。
ちなみに前回僕がお話しした、初代映画フランケンシュタインも機系の助手は出てくるじゃないですか。
なんかね、デケスみたいなやつがいた。
そう、デケスみたいなやつがいて、でもそいつは名前フリッツなんですよ。
ほう、じゃあ違うやつなんだ。
そう、違うやつなんですよ。
でも、後々出来上がったステレオタイプでは、なぜか助手の名前は必ずイゴールなんですよ。
ちなみにイゴールは原作に出てきませんから、確か。
だってデケスがそもそもいないんじゃなかったっけ?
そうそうそうそう。っていうね、そういう感じです。
ちなみにそのセムしてる機系の男の役を、ダニエル・ラドクリフがやってる。
もうやりまくってますね、あらゆるものを。
これすげえ気になるな。2015年のビーストフランケンシュタイン。
イゴールってさ、すごいどうでもいいところに気づいちゃったんだけどさ、
あのペルソナシリーズのイゴールはさ、そこのイゴールから撮ってるのかね?
僕はペルソナシリーズ一つもやってないんですって。
え、ミリシューなの?
前もやったよ、俺そのやり取り。
え、ほんと?
前もやったよ、それ。僕もやってないって。
やってないんだ。
今時というか、イゴールといったらフランケンシュタインぐらいの勢いで結構存在感のある脇役として認知されてますからね。
24:07
すごいね。
いわゆる古典SFキャラクターがいっぱい出てくるお祭り系バトルアクション映画とかでも、だいたいイゴールが出てきます。
確かにそのペルソナのやつのイメージじゃなかったとしても、この目がギョロッとしていて背むしっぽい感じの体をしている羊っぽい感じの役どころみたいなのってよくあるよね。
ね、そうそうそう。で、だいたい名前イゴールですから。
あの、セバスチャンと同じぐらい羊感あるよね。
ちょっと不思議なことがありまして、そんな役どころもやってからの死体メニューという形でしたね。
ダニエル・ラドクフ、よく頑張ってますということでございます。
頑張るじゃん。
他にジャブは?
携帯の充電10%以下強すぎ問題っていうのがありまして。
強かったね。
強かったよね。
しかもあんな携帯の温度をふっくり返したらすぐなくなるだろうって思うんだけどさ。
強かったよね。映画の終盤でSNS見なかったらもうちょっと持ったんじゃないかってぐらいで。
そうですよ。で、僕はそこにも後で触れようかなと思っておりますんで。
ほうほうほう。実は充電機能があったの?
お楽しみにということで。
はい。
僕からもまだありますけど、主演のポール・ダノ。
ハマりすぎてるんですよね。
ポール・ダノって俺なんか他の作品で見たことあるっけなっていうのがわからなかった。
僕地味にこの人大好きで。
僕が彼を認知したのは、スカッパーで見たルビー・スパークスっていう映画なんですね。
へー。知らないですよ。
これがすげえ面白くて。
ポール・ダノが主演なんですよ、確か。ルビー・スパークスも。
で、小説家かなんかなんだよな。
失恋した小説家?だったと思うんですけれども。
いや、失恋したわけじゃないんだっけ。今忘れましたが。
自分が書いた小説の中に出てくる女の子が朝起きたらいるんですよ。
やーば。
で、自分と付き合ってることになってるんですよ。
最高じゃん。
そう。っていう話なんですよね。
27:01
自分の理想を詰め込んだ創作の女性っていうものが、まさに隣にいるっていう状況になって。
でも彼女は自分の創作物であることを認知してないという状態になる。
えー、最高じゃん。
本当にそれって最高なのかなっていうのを描いた、ちょっと変わりらぬのラブコメディで。
この作品においても、ポール・ダノンは若干精神的に弱さを抱えたような役所なんですよね。
そこに立ち向かっていくというか、そういう自分を対象化して、物事を考えて、あるいは葛藤してみたいな姿を見事に演じ切った感じで。
これで、ルビー・スパークスではすごくいい役者さんいるんだなというふうに思ったんですね。
で、その後ですね、ザ・バットマンですね。
え、出てた?
はい。リドラー役ですね。
バットマンシリーズといえば、ティム・バートン版バットマンの後に、クリストファー・ノーラン版のいわゆるダークナイト・トリロジーで、一つ黄金時代を迎えるわけですけど。
その後ですね、がらりと色調をアンバー系に変えて、ザ・バットマンっていうのが新たに作られまして。
いや、その間に一応、ジャスティス・リーグ系が入ってるけど。
確認しないで。リドラーってさ、トゥ・フェイス?
違います。トゥ・フェイスはトゥ・フェイスです。
トゥ・フェイスはトゥ・フェイスか。え、ちょっと待って、リドラーって誰だ?
リドラーといえば、ティム・バートン版でジム・キャリー、我らがジム・キャリーがやってたやつですよ。
え、クエスチョン?
そうそうそう。
出てたっけ?ザ・バットマンにクエスチョンいたっけ?
だから、ティム・バートン版は、いわゆるアメコミ的なというか、ある種、70年、80年代ぐらい、70年代か?
いや、もっと前かもしれないけども、テレビシリーズのアニメバットマンをティム・バートン節で実写化した感じの作風だったんで、
あんなふざけたキャラクターとふざけた服装だったんですけど、ザ・バットマンはどちらかというと、
クリストファー・ノーランが切り開いた、いわゆるリアル社会派的アメコミ再解釈の世界観線で描かれているんで、
ポール・ダノが演じたリドラーは、もう完全に社会的な弱者として描かれるんですよね。
なんか、あれみたいだね。13日の金曜日みたいな感じの格好だね。
30:06
なんかね、もうすごい、見ててキツくなるんですよ。
えー、全然覚えてないよ。
ぜひもう一回見てください。あ、ポール・ダノ。ポルヤンってなりますし、
しかもやっぱりね、この影を抱えた、辛さを抱えた人を演じるとバケるねみたいな感じなんですよね。
ほんとしんどい悪役です。
ポール・ダノを見てたらさ、ちょこちょこ見た映画に出てきてるんだよね。
はいはいはい。
古いところから言うと、リトル・ミス・サンシャインのお兄ちゃん役だったと思う。
たぶんそこからキャリアがスタートしていく感じだと思いますよ。
あと、カウボーイ&エリアン。
それ俺見てねーわ。
これも名作ですから。
あとはなんだろう。グランドフィナーレも見た気がするけど、出てたか全然覚えてない。
俺もね、それは覚えてないですね。
あと奥者にも出てるんだっていうのがびっくりした。
ポツポツいろいろ出てますけど。
得意とする演技というか、たぶんみんなが彼に求める演技って結構同じような部分があるんじゃないのかなという気がしますね。
それが見事に今回ハマってたなというふうに思ったんで、
ぜひちょっとポール・ダノを満喫するべく、スイス・アーミーマンをご覧になってくださいというお話でした。
いいっすね。
あとなんかあります?
あと2個ほどあるんですけど。
どうぞ。
ハンク美術スタッフになったら大成する説。
やっぱそうよね。クラフト能力が行きすぎてますからね。
行きすぎてるのよ。
しかもその辺のゴミで作ったあのクオリティでさ、しかも紐とかロープとかない状態で、あんな立体を作れる。
しかも推定体重60キロから70キロぐらいあるだろう成人男性を釣り上げるほどの強度のあるロープを作り上げる能力。
そうですね。
最強ですよ、彼。
だからまあ僕が一番感動したのはバスの車窓の景色が流れていくキミックね。
あれすごいよね。
あれってどこでしたね。
ああいうのができる人になりたいっていうのがすごいですね。日頃から思ってますんで。
33:04
あれは非常にいい、かっこいいなって思うシーンでしたね。
いやもう感動ですね。
まさかのジャブかぶりでした。
あ、ジャブかぶり。
そんなもんですかね、僕は正直。
本当?あと一個だけあるんだけど、ハンクの女装、これが初めてじゃない説。
ほう。
なんかさ、慣れてない?
どうなんすかね。
なんかさ、初めてやったにしては、いろんなものをどう作るかが、
まあまあちょっとクラフト能力が高すぎるっていうのはあるにしよう。
そうだね。
ちょっとハマりすぎてないかい?って思って。
なんかお家でやったことありました?みたいなさ。
はいはいはい。
ちょっと感じてしまった、僕は。
なるほどね。それはあるかもしれないでも確かに。
そんな気はしてきますね。
これはちょっとハンク女装初めてじゃない説は親切ですね。
はい、親切ですね。
だから彼がメニューに自分の女装を見せるときに、
もうやめたやめたみたいなふうに言ってるけど、
あれは資材が充実してなさすぎて、
普段の女装よりもクオリティが低すぎるから恥じらっていた可能性があると。
それはあるかもしれない。
あるかもしれないね。
あるかもしれない。
初めてだから恥じらってたとかじゃなくて、
いや本当はこんなもんじゃないっていう思いがあった可能性はあるね確かにね。
言われてみれば。
俺はもっとできるんだっていう。
そうそうそうそう。可能性はありそうですね。
はい。
じゃあそんなところで本題にいきましょうかね。
今日どっちからいきます?
今日は僕からですか?
ですかね。
順番的にね。
はい。
いいんですか?僕からやらしちゃって。
どういうことですか?
台無しにしちゃうかもしれない。
まあ行きましょう。
はい。
スイスアーミーマン。
はい。
もう親切ぶち上げますよ。
まあでもこれ多分親切でもなんでもないというか多分いろんな人言ってると思うんですけど。
はいはいはい。
僕は思いました。映画スイスアーミーマン。
主人公の壮大な妄想説です。
あー。ありますね。
はい。
はいはいはいはい。
まあこの映画に関しては、とりあえずそのもちろんね、ベースになる主張はあったので、
その主張にたどり着くためにも大前提として、この映画において描かれた冒険の数々はほぼほぼ全部ハンクの妄想なんじゃないのかっていう仮説をちょっと立ててですね、
読み解いていきたいなというふうに思うんですね。
36:01
はいはいはい。
そしてなおかつその妄想によってですね、彼が自らというものを再解釈して、コミュニケーションというものを見つめ直していく過程を描いた映画だったんじゃないのかっていうことを言いたいんですね。
だからまあこれこれこうだから妄想だっていう話だけで終わらせる気はないので、一応よく聞いてくださいっていう。
はい。
まずね、僕がなんでそもそもこれハンクの妄想なんじゃないのかっていうふうに思ったかっていうと、まずですね、大間がこの辺分かってるかどうかちょっと微妙なんですけど、
死体って喋んないんですよね。
え?
さらにその死体のおならでジェットスキーってできないんですよ。
え?
まあ言い出したらね、キリがないんですけど、まあ誰でもわかりますけど、いやいやファンタジーだからあれは実際に起きたことなんだよって言ってもいいと思うんだよ。
ファンタジーなの?
いやいやそこはわかるよ。そこはわかってほしいんだけど、ただだとしたらずいぶんこの映画の描写は一貫性が伴わないなというふうに思ってしまうんですね。
もしもあの様々なメニーとハンクが過ごした時に、メニーという死体が起こした奇跡の数々が実際に起きた、つまりこのファンタジー世界において実際に起きたことだとするのであれば、
ラストシーンで警察や父親、あるいは思い人であったサラに追われながらメニーを連れて逃げていくハンクが、この冒険の中で、長い長い冒険の中で、
共に過ごした森をですね、わずか数分のうちに駆け抜けていけるわけがないんですよ。
だからもうこの時点で、そう、ハンクが実際に過ごしていた時間軸であったり、移動距離っていうものが、そもそも現実世界として描かれていなかったんじゃないのかっていうところがそのあたりから見えてくる。
さらに言えば、明らかにあんなに長い間ね、共にアハハフフフやってたら、目にさすがにもっと痛んで腐っていくはずなんですよ。
けどそんなこともないという。だからまあ、どっちつかずなんですよね。ファンタジー世界だから実際に起きたとするのであれば、あの後、死体を連れて逃げようとしても、そもそも重い死体ですからね。
39:00
そんな簡単に、初めの場所まで戻ってこれるはずはなく、もっと違う終わり方で良かったというか、共に逃げようとしても、当然なかなか重くて運べなくて終了みたいな、すぐ捕まりましたみたいな話になるんだけども、
そんなことなくても全部駆け抜けて、今まで作ったものの数々がそこにあってみたいな。これは明らかにハンクが見てきたもの、ハンクが体験してきたもの、そして観客が今まで見つめてきたものっていうものが、
明らかにこの映画世界の中においても現実に起きたことではないというふうに提示してきているとしか思えないというふうに僕は思ったんですね。
ハンク視点では最高の親友ですよね。チューだってできちゃう。何でもできる万能のナイフ。そしてのスイスアーミーマンだったメニーガー。
第三者視点に切り替わるとどう見えるのかみたいなものが、ラストシーンで描かれた描写の数々だったと思うんですけれども。
つまりですね、本作はラストシーンの逃走劇を通して視点をガラッと切り替えることによって、
ハンクが見ていたものと周りがハンクをどう見てきたかっていうものを現実に突きつけることによって、
僕らに対して人からどう見られるかだとか、そしてそれを自分がどう分析するのかみたいなことの難しさっていうものをこっちに提示してるんじゃないのかなというふうに思ったわけですね。
ここは後でもう少し整理して伝えていきます。
じゃあそんなわけで、このズレをですね、この物語はハンクの妄想だったということを一応仮説の一つとして提示しつつ、もう一回振り返っていくと、そもそも無人島にいたのかっていうところから謎があるわけですよ。
どうして無人島にたどり着いたのかが全くわからないし。
オープニングで描かれた無人島はそもそも実在するのかっていうところはちょっとよくわからない。
だとすると、実際はあの無人島って一体何なのかっていうと、無人島って結局コミュニケーションの相手がいないんですよ。
人がいないからね。
あれはハンクの心象風景だったのではないかというふうに仮定して考えていく。
本作においてハンクは圧倒的に人と関係性を作ることができない人間として描かれている。
お父さんとの関係性にもコンプレックスを抱えていて、まともな親子関係が築けていないっていうところが提示されているし、バスでよく見かける女性に声をかけることができない。
42:01
スマホに残されているのは、人に送ろうと思って送れなかったメッセージ。
父親との関係は途絶えがち、家に帰ることもできない。
様々な状況で人と積極的に関わることができないハンクの姿っていうものが描かれていく中で、
オープニングをもう一回見てみると、要は単純に自分が孤立している、孤立無縁の状況にあるっていう彼の心象風景がこの無人島というものに提示されていたんじゃないのかと。
だとしたら彼は本当はただ単純に死のうと思って海岸を歩いていただけだったのかもしれない。
そこで死体を見つけるわけだ。
そこで彼の心にどんなものがよぎったのかっていうふうになんとなく考えてみると、結局のところ、
彼が恐れているのは相手にどう思われるのかということなんですよね。
例えば声をかけることができないね、好きな人に声をかけることができないっていうのも、変な人だと思われたらどうしようだとか、
気持ち悪いと思われたらどうしようという恐怖が前に立っているからこそ行動を起こせないんだけれども、
そんな全てに絶望した彼が死体を見つけた時にこう思ってもおかしくなかったんじゃないのかと。
つまりは死体は何も考えないんだから、死体とだったら僕はまともな関係性を構築できるのかもしれない。
だとしたらオープニングのあのおならジェットスキーっていうのは、
彼がその仮説にたどり着いた時の解放感だったんじゃないのかということなんですね。
え、待ってと、今俺はもう誰とも関係を築けない、無人島に住んでいるかのような状況で、
もう今まさに死のうと思っていたけれども、目の前で今まさにでき死して死んで、
この波打ち際に打ち寄せられていた死体を見て、もう自分と同じじゃないかって思うわけです。
さらにこいつは死体なんだから喋ることもないはずだから自分と分かり合えるのかもしれないっていうふうに。
そこで気づいた瞬間彼の心はジェットスキーに乗ってですね、海を気持ちよく旅したんじゃないのかというふうに思うわけです。
だから結局物語のスタートの地点っていうのは無人島じゃなくて、まさに海岸だったんじゃないのかなっていうふうにちょっと思えるわけですね。
まあその死体との、要するに動かない死体と関係性を結ぼうとする彼の物語がここから始まっていくんですけど、
この作品がナンセンスコメディだから、こういうものと比較するのは非常に本当に意識してるかどうかわからないんだけれども、
実際コミュニケーションというものに障害を抱えてしまった結果、死体と関係を結ぼうとするっていうことに陥った
45:03
実在の人物ってやっぱ何人かいるんですよね、有名な事件でも。
最近ネットフリックスで取り上げられてたのはエドゲインっていう人で、
彼なんかは殺人鬼でもあるんでちょっとあれですけれども、死体を掘り起こして死体を使って家具を作ったりだとか、
そんなことしていた人物。他にもお墓から遺体を盗んできて、遺体と共同生活を送っていた人とかも結構出てきたりしていて、
ある意味ではこのハンク自身もそういう心理状態に近いような状況にひょっとするとあったのかもしれない。
しかも彼は人を傷つけるようなタイプの人間ではなかったんだけれども、
本当にコミュニケーションを自分が構築できないというコンプレックスが行き着くところまで行ってしまって、メニーとの奇妙な生活を送っていくことになると。
どんなに自分が気持ち悪いと思われそうだったとしても、死体相手だったら別にそんな怖さはないからいくらでもぶつけられるよねっていうことで、
メニーと一緒になんとなくの共同生活を送って森の中で楽しく暮らすわけですよ。
ただ、その時間の間隔すらもそもそもねじ曲がっているから、妄想の世界でね。
だから電池が切れなくてもある種当たり前なのかもしれないと。
なるほどね。
はい。だからこの作品において様々な歪みが存在しているんだけれども、それは結局のところ、彼のクラフト能力が圧倒的すぎてよくわからなくはなってくるんだけれども。
だとすると短時間でよく作ったなって話になっちゃうもんね。
だったらひょっとすると、いっそ彼は一度家に帰って行ってもおかしくないのかもしれないと。
もう彼は遺体としか関係を結べないわけだから。
だからもうあそこで描かれていたのは、僕らはあくまで遭難したハンクが遺体を連れて、人里を目指す話を見ていたはずなんだけれども、
その日彼はそもそも人とのコミュニケーションを恐れているから、ある意味ではメニーというこの遺体を見つけて、メニーという遺体と共にセルフカウンセリングを行っている状態だった。
別に彼はある意味では本当の遭難者ではなかったのかもしれないっていうふうなイメージすら湧いてくる。
結果的にですね、彼自身は一番この関係を結びたい人間として父親っていうものが本当あるんだけれども、結局執着してるのはサラなんだよね。
だからサラの家のすぐ裏手の森で死体と一緒に遊んでるっていう、とんでもないホラーなんですけど。
とんでもないホラーなんですけど、そういう状況があったわけですよねっていうふうに考えることができるんじゃないのかなというふうに思います。
メニーとの関係性っていうものをここで改めて見てみると、ギブアンドテイクが成り立ってるんだよね。
48:09
ハンクはメニーの手足になる。つまりメニーを運んであげるっていうふうな役割をずっとしていて、世界のことを教えていくっていうふうな役割を担ってる。
一方でメニーはハンクの生命術を助けてくれるという便利な機能を持ってる。水を出してくれる。
おならで移動ができたり、コンパスになったりとか、もろもろいろいろありますよね。おちんちんがコンパスになったりとかね。いろいろありますけれども。
これってある意味では、これもさっきも言ったとおり、これも所詮ハンクの妄想なわけですよ。
だとすると結局彼の心理的な要求、欲求っていうものがメニーとの関係性に見えてくる。
つまりは誰かの役に立ちたいし、同時に自分のことも自分の役に立つように動いてほしい。
人とギブアンドテイクの関係性を築きたい。対等な関係を作りたいっていうふうなイメージがそこに込められているんじゃないのかと。
現実のハンクはおそらくはあのクラフトワークを見ても多分手先は器用だし、なおかつメニーとの関わり方を見ていると面倒見もいい。
自分が何かをしてあげたい。決してテイカーじゃなくて誰かに何かを施したいっていうふうなそういう要求は、
欲求はすごく強く持っているような人間なんだけれども、対人コミュニケーションがそもそもうまくいかないから、その良さを全く社会に生かすことができずに、
自分のいいところを仮に出そうとしてもきっと気持ち悪いって思われてしまうんじゃないかっていう気持ちが先に立って体が動かないっていうふうな状況におそらくあった。
だから遺体であるメニーとの関係性の中で、自分の欲求を妄想の中で解消していたんじゃないのかなっていうふうなことがなんとなく見えてくるのかなというふうに思います。
この映画ですごく象徴的に描かれるのがおならなんですよね。
おならはハンクにとっては非常に恥の象徴であって、決して人には見せられないもの。だからこそメニーの目につかないところでおならをし続けるわけですよね。
本作においては恋人の前でおならはできないみたいな、人前でおならをするっていうのは恥ずかしいからそれを隠してやるんだけれども、
メニーはそんなことに対してですね、なんで好きな人に隠し事をするんだみたいな、そんな話をしていくわけじゃないですか。
おならなんて最高じゃねえかみたいな。君の体が生きてる証拠なんだからみたいな。そんな話をしてくれて、おお、みたいな。
そういう考え方あるんか。よし、これも明日からおならしようとはならないんだけど。
でもあの言葉の中で一体何を言ってるのかって言ったら、要するにおならもメタファーですよねと。
51:07
つまりは人から隠したい部分、自分の恥ずかしい部分っていうのを隠していくことっていうのが、果たしてコミュニケーションの中で本当に重要な儀礼なのかプロトコルなのかっていうことなんじゃないのかなって思うんですね。
恥ずかしい部分を隠すことっていうのは他人から自分を守ることでもあるっていうふうには言えるのかもしれないんだけれども、それが行き過ぎると結局自分の全てをさらけ出すことができなくなってしまう。
誰とも本音で繋がれなくなってしまう。そんな感じがしてきますよねと。そこでハンクを見てみると、やっぱりハンクも同じで、人に嫌われるかもしれないから、だったら人と関わりを持たない方がいい。
本当は繋がりたい相手なんだけれども、結局そもそも声をかけるをしない方を選んでしまう。これは恥をかかないために一切を放棄する行為であって、結局そういった恥をかくリスクっていうものを積極的に受け入れない限り、僕らは人との関係性を構築することができないんだよと。
だったらいいじゃないか恥をかいてもと。もっと人前で恥をかくことを恐れずに、どんどんどんどん人前でおならしようじゃないかと。いうことがこのおならを通したコミュニケーションのあり方についての本作が提示する最も強いメッセージだったんじゃないのかなというふうに思うんですね。
その視点においてラストシーンを改めて考えてみると、ラストシーンはハンクがみんな見てくれって言って、みんなの前でおならをするんですよね。
おならするだけじゃなくて、結局あそこでハンクが、メニーはちゃんと生きてるんだ、死体なんかじゃないんだみたいなことをいろいろ言ってくるんだけれども、ハンクが今までメニーの前で、メニーは結局は死体でしかないわけですから。
この作品がハンクの妄想だったのとすれば、あくまで死体でしかないわけですから、メニーと話をする、つまりは自分自身と会話をしていく、メニーという死体に投影した自分自身と対話をしていく中で、彼がたどり着いた自分自身の思いをみんなに向けて発信をする場面だったわけですよね。
自分がどれだけ孤独だったのか、そして人の目をどれだけ恐れてきたのか、どれだけ人から気持ち悪いと思われることを恐れてきたのかっていうのを、すべてを正直にさらけ出した瞬間なわけじゃないですか。
だからそれでいうと、非常にハンクの頑張ったねっていうシーンなんだけど、ただやっぱり現象だけを見ると完全にヤバい男なわけですよね。死体と一緒にものづくりをして、仲良く盗撮するぐらい好きだったけど、結局何の関係もない女性の家の裏山で遊んでるっていう。
54:28
これはね、もう完全にヤベェ奴なんだけども、完全にヤベェ奴なんだけども、目にはどう頑張ったってただの死体でしかないし、だからお父さんだったりね、サラもリアクション的にも、あれが正しいリアクションなわけですよ。
何言ってんだこいつはと、完全にヤベェ奴じゃないかっていうふうなリアクションなんだけれども、でもあのシーンっていうのはそのハンクが、人からどう見られようが自分自身はこうだったんだ、僕にはこう見えているんだっていう、自分自身の要はビジョンですよね。
人からどう見られるかじゃない、自分が何を見ているのかを人に伝えるっていうことがとても大切なんだ。つまりあのシーンはまさにハンクが一世一代のおならをしたシーンなんですよ。
っていうふうに考えると、理解されないかもしれないとか気持ち悪いと思われるかもしれないみたいな恐怖から乗り越えて、自分自身をさらけ出すことってすごく価値があることじゃんっていうふうに、僕らもあそこで思わされるんじゃないのかなっていうふうに思うんですね。
僕は僕のままでいいんじゃないのかとか、あるいはその恥ずかしさを超えても一緒にいてくれる人を見つけるためにはやっぱり恥ずかしい部分をさらけ出さなきゃいけないんじゃないのかみたいなことを、あのシーンで僕らは感じることができるんじゃないかなっていうふうに思うんですね。
本当のラストシーンで、メニーが結局みんなが見守る中でですね、強烈なおならをしながら海に飛び出していくわけじゃないですか。それをハンクのお父さんとお父さんは似合って笑いながら爽やかに見送るわけですよね。
爽やかにね。
で、サラの方はね、依然としてどんびきした顔で見守ってるわけですよね。
あれも結局、最後の最後で、死体はメニーは本当にちゃんと生きてたんだっていうふうに見る人もいるのかもしれないんだけれども。
僕はやっぱりそうは思ってなくて。
やっぱりあくまでメニーは死体でしかなかったろうと。
あのシーンで、海へと流されていくメニーの死体が、あたかも旅立っていく何かに見えていた人と、やっぱりただ死体が流されていったものを眺めていた人の表情の違いなんじゃないのかなっていうふうに思うんですよね。
57:13
だとすると、子供も笑ってたっていうのも意味深いね。
そうそうそうそう。っていうふうに考えると、やっぱり人によって見え方っていうのは違うわけで、その見え方の違いっていうものも当然あるわけだから、
それを乗り越えた先でね、僕らはコミュニケーションっていうものを組み立てていかないといけないんだよねと。
だからこそコミュニケーションって難しいし、
でもだからこそ、それでもなお分かり合えた時の喜びっていうものがあるんじゃないのかと。
そんなことを、この謎の死体メニーを通して語ってくるのが本作だったんじゃないのかなっていうふうに思ってます。
という今回はですね、サクッとまとめてみました。
多分ピーノさんは今の奥さんの前の彼女っていう話だったので、おそらくこの元カナの前でおならができなかったのかもしれないですね。
そうですね。おそらくおならができないままだったんだろうなというふうに思いますけど。
で、おそらく多分奥さんの前でおならができたからこそ結婚できたのかもしれないですね。
それもそうかもしれないですね。
でもまあ、着眼点はすごくいいですよね。
うんこおしっこじゃなくてやっぱおならっていうさ、恥ずかしいっていう気持ちに一番直結するけれども、
でもやっぱり自然と出るものだし、それは当たり前だよねっていうところの本当に絶妙なラインがおならだったなっていうふうに思うし。
で、なんていうのかな。おならを隠れてするときって、なんでこんなに、なんでこんなことにこんな気遣ってんだろうって一瞬思うんだよね、やっぱみんな。
まあ確かに。
だからおトイレに行って、大なり小なりですね、用を足すことは、まあだってそうしないと後々困るわけじゃない。
だから別に、そうそうそう。後々困るから、だってね、同じ空間で生活しててさ、いきなりその場でうんちしたら自分が困るからね、お尻気持ち悪いしとか、汚れ物増えるしとか思うから、それはトイレ行くときに何やってんだろう、俺とはならないじゃん。
でもなんか楽しいことしてて、なんかおなら出そうだなって思ったときに、わざわざトイレに行っておならをこうさ、ちょっとお尻をね、両手でこうやってお尻ちょっとキュッて開いて、ちょっと音が出ないように配慮しながら、スーってガスを抜く瞬間の、何やってんだろう、俺、みたいな。
1:00:17
その感じあるじゃんっていう。
確かに。逆にこの家でさ、何も気にせずに思いっきり音を立てたときの気持ち良さってのはないよね。
そうだね。あるじゃないの。で、なんかそういう気心が知れてるとしても全然おかしくないよね。でもそうじゃないとすごくためらいがあるよねっていう点で言えば、おならっていうこの題材というかね、着眼点が実に秀逸だったなっていうのをすごく感じましたね。
確かにね。確かに。まこちゃんの前だったらたぶんいくらでもするもん。
おなら?
うん。
平気でどでかくできるってこと?
たぶん全然。何の気にし、あの、あ、ごめんとも言わないと思う。
たぶんいけちゃうよ。
って言って。
なんか今ね、すごい電波乱れててね。
あのー、どのぐらいでかいおならをする気でいるのかすごい怖いんですけど。
止まった?止まったね。
このおならの話をしているタイミングであの通信障害が起きるのやめてほしいですね。
ちょっと僕の本心のオケがね、今完全に。
もう全く怖いんですけど、すごいおならするのかなこの人。
帰ってこないね。
聞こえなくなっちゃいましたね。
聞こえなくなっちゃいましたね。
15キロ。
おかえり。
はい。
ビデオ切ってみて。
切る?切った。
切った?
切ったよ今。
俺の方ではなぜか。
あ、オッケーですね。
今ちょうどおならの話をしているところで途切れたんで。
1:03:05
どのぐらいでかいおならをするつもりでいるのかわからなくて、すごい恐怖に怯えてたんですけど。
あのー、返事がないから本気で呆れてるのかと思ってさ、ちょっと僕はそれを忘れてるみたいな。
なんだったら思う。
いきなりおならの話になったときにね、孫ちゃんの前でならって言った瞬間に通信障害が起きたんで。
マジでおならで通信が乱れたのかなってちょっと思いましたね。
いやもうそこで止まったからさ、孫ちゃんの前では何も気にしないかもしれないって言って、
孫ちゃんがずっと止まってるのに気づかずに、
え、こいつなんか固まってやがるっていうのしか見えなかったから、
あ、やべ、マジでドン引きされたって思ってさ、
いやいやでも、あのさすがにみたいな。
ちょっと取り繕っちゃうみたいな。
ちょっと躊躇った、今。
そしてまた止まったね。
まあそんな感じですね。
本作なかなかいい作品だなというふうには非常に思いましたし、
えー、何だろうな、いろいろと感じるところはあったんですけど、
でもなんか僕の中ではそこで落ちちゃったんで、
なんかそれ以上の考えが生まれなかったので、
ぜひちょっと大間の、大間はどう見たのかっていうのをすごく聞いてみたいですよ。
なるほど。
はい。
僕なんですけど、
今回多分いろんな深い読み取りに関しては孫ちゃんが全部やってくれるだろうというお任せ案で、
ほう。
またね別の映画と重ねてみたんですよ。
お、いいですね。
スイスアーミーマン。
はい。
逆転版、千と千尋の神隠し説。
またわけわかんないこと言い出したこいつ。
でもね、え?と思うじゃない?
いや思いますよ。
おならで海を渡る死体の話と、
日本アニメの金字塔、
最近までトップを走り続けてきた作品との、
並べるってもう気が狂ったのかって言われそうなんですけど、
この二作すごくね、共通してる点があって、
何かというと、
空っぽな存在に出会った主人公が変化していく物語という点で、
全くの同一の構造を持ってるんですよ。
ほう。
で、さらにすごいのが、
主人公の成長の方向が完全に逆方向で進むっていう点も面白いなと思ってて。
ほう。
今回ちょっと鏡合わせになってるような、
1:06:00
千と千尋の物語と、
スイスアミマについてちょっと深掘りをしていきたいなと思っております。
お願いします。
で、スイスアミマはさっき2分間で言ってくれたから、
千と千尋を軽くちょっと振り返っていくと、
千尋が家族旅行中に、
家族旅行じゃない、引っ越し中に異世界へと。
いきなり大嘘から入りましたね。
千尋ちゃん元気でねって言った。
二度と帰らない家族旅行だよって。
やべえやつ。
メニューになっちまう。
家族の引っ越し中に異世界に迷い込むと。
両親が物体にされて、
ユバーバが支配するこのユウヤで働くことになっていくと。
で、そこでいろいろやった時に、
出会うのがカオナシという存在だった。
カオナシというのが、
いろんな人の欲望を吸い込んだりとか、
吸収していくことで暴走していって、
千尋の前に立ち上がる影の存在として現れると。
で、いろいろなんやかんやあって、
ラストでは千尋は現実世界への帰還をしますよっていうようなお話だったんですけど、
一見全く違う映画なんですけども、
さっきも言ったように一つのキーワードでつながっていて、
空っぽの存在がいるよっていうところでつながっているんですね。
で、千尋にはカオナシがいる。
ハンクにはメニーがいるっていうところで、
ここが結構面白くて、
まずカオナシから見ていくんですけれども、
カオナシは人の欲望を吸い込んでいく空っぽの存在。
で、あの黒い体で表情の読めない白い仮面をつけて、
で、近づくと食べられちゃったりするっていうようなところで、
で、夕焼けの中でいろんな欲望に触れるたんびに、
カオナシはどんどんどんどん膨れ上がっていって、
歪んでいくっていうような構造になってるんですけれども、
で、カオナシが何かっていうと社会が生み出した影そのものなんですね。
で、誰かに評価されたいだったりとか認められたいだったりとか、
金持ちになりたいとか、いっぱいご飯を食べたいとかっていうような、
欲望の権限みたいな存在。
だから、しかもそれが自発的なものっていうよりかは、
人の欲望を吸収していくとか、人と比較した欲望っていうところが大きい。
外側の力を吸収して暴走していくっていうような存在になってる。
で、一方メニーの方なんですけれども、
記憶だったりとかがなくて個人における空っぽっていうところが、
メニーだったのかなと思っていて、
メニーっていうのは最初から最後まで誰かを害するために
取り入れようっていうことはまずしないんですね。
むしろハンクの心っていうのを映し返す存在として、
1:09:00
さっきマコちゃんが言ってくれたように存在してきたと。
ハンクが抱えてた寂しさだったりとか言えなかった言葉だったりとか、
恋心だったりとかっていうのがメニーが代弁できるような存在として存在してる。
メニーは外側の欲望っていうよりかは、
自分の本音を鏡のように見せることによって、
ハンクの心のありようっていうのを呼び覚ますっていうような存在になってた。
整理するとすると、顔なしが社会的欲望。
メニーが個人的な本音だったり欲望っていうところを映し出していて、
空っぽであるっていうところに関しては、二人とも共通はしているんだけれども、
この働き方っていうのが正反対になってる。
これでも逆転万世の城っていうところの土台ができていくんだけども、
さらに主人公の存在たちっていうのも逆転していて、
千と千尋で言われていた課題っていうのは何かっていうと、
他者との距離の取り方っていうところがあった。
千尋っていうのはいろんな経験を乗り越えていきながら、
社会における欲望とか、社会における人々との距離の置き方だったりとか、
巻き込まれないための力っていうところを学んでいく。
家は欲望の世界で、権力だったり、食欲だったり、金銭だったり、商人だったり、
いろんな欲望たちがあるんだけれども、千尋が成長していく中で、
こんな混沌の中でも自分を保つ能力を身につけていったっていうことができるからこそ、
顔なしに飲み込まれずに済んだ。
千尋の成長っていうのは、社会へと立ち向かっていったりとか、
社会の中で生きていくために必要だった能力を成長させていくっていうところが、
千と千尋での成長だった。
一方、ハンクなんですけれども、自分との距離の置き方っていうのを学んでるんだよね。
ハンクは自分の本音っていうところから、逃避行動をずっと続けてきた男なわけさ。
他者の視線っていうのが怖いっていう自分を見てる。
恥ずかしいっていうところが自分を支配してたりとか。
だからこそ、自分との距離っていうのをうまく取れないからこそ、
自分の思いっていうのを表出できないし、伝えることもできない。
だから彼が本当にちゃんと学ぶべきだったのは、社会への適応の仕方というよりかは、
自分と向き合うための勇気が必要だったんじゃないかと。
今回、いろんな冒険を乗り越えてきて、
ハンクが手に入れた鍵ってのがあるのがこの目に。
さっきもももかちゃんが言ったように、死体が喋るわけないっていうところから、
1:12:04
死体が本音を映し返すっていうところを通して、
自分の恋愛の仕方だったりとか、寂しさの扱い方だったりとか、
あるいは他人との親密な距離の取り方とか、
あるいは自分の価値って何があるんだろうっていうところの見つけ方っていうところを、
うまく目にが鏡合わせに合わせることで引き出してくれている。
そこに少しずつハンクが気づくからこそ、
ハンクと目にの記憶っていうのがごっちゃになっていって、
自分ってここだったんだっていうところに最後気づいていく。
だから最後の能力っていうのが、メニーとハンクの能力の、
記憶の同一化っていうのが行われていったから、
だんだんとハンクと目にっていうものが鏡合わせの存在じゃなくて、
同じ化していくっていうところが多分キーだと思ったよね。
だからこのハンクの成長っていうのが、自分を遠ざけることで社会から遠ざかっていたからこそ、
自分との距離の取り方を気づくことで社会に戻っていけるようにというよりかは、
むしろ自分が自分であるということを気づくための成長だったと。
だから方向性は千尋に関しては、他者との距離を取ることを学んでいる。
一方でハンクに関しては、自分との距離を測っていくことを学んでいる。
だからこの成長のベクトルが完全に反転している状況になるわけさ。
さらにこの旅の構造っていうところも逆転現象が起きていて、
千尋は異世界から現実へ帰る旅だった。
だから社会風紀の物語なわけさ。
ハンクっていうのが現実から自分への内側に帰る旅。
だから社会に戻るかどうかっていうか、自分として生きるかどうかっていうところの物語になっている。
2人とも帰るっていうために行っていた旅だけども、帰る方向が真逆になっていて、
千尋は社会に帰っていく。
だけどもハンクは社会からある意味ドロップアウトしたような自分っていうところを拾い直して生きていくっていうところに、
また逆転構造がここで起こっていて、
やっぱり外側か内側かっていうところでも逆転が起こってるなと。
ラストの意味っていうところも逆転が起こってて、
千尋は現実に帰って社会に溶け込むように暮らしていきましょうね。
いろんなことの経験をしたんだけども、それは心の内にしまわれていって、
千尋は前を向いて未来へ進み出すっていうような、
社会への再統合みたいなところがエンディングとして描かれてたと思うんだけれども、
1:15:00
ハンクの場合、自分との距離の詰め方だったりとか、
自分との距離の見つめ方っていうところは成長していったんだけれども、
社会へ戻った瞬間、目に理解不能なものとして拒絶されるわけじゃない。
なんで死体を持って歩いてるんだみたいな。
ハンクの本心だったりとか、ハンクの思いっていうところは他者に通用しない思いだったと。
でもハンク自身はそこでも折れなくて、笑われても否定されても、
自分の本音っていうところを信じ抜いて生きるっていうところに帰結できたと。
だから、さっき真子ちゃんがいろいろ言ってくれたように、
このおならっていうのが本音を解放するっていうところの象徴になってくれたのではないかなと。
だから結論としては、千と千尋は社会の影と向き合うような物語。
スイスアーミーマンっていうのは自分の影と向き合う物語っていうところで、
二人の主人公千尋とハンスっていうのは、その空っぽな顔なしであったりとか目に出会った瞬間に、
人生が動き出して、だけどその方向が真逆だったよね。
千尋は社会に向かって成長して、ハンクは自分に戻っていくと。
で、成長していくっていうところが丁寧に描かれていたので、
これはもう逆転版千と千尋といっても過言ではないのではないかと思っております。
過言ではないかもしれないですね。
はぁー。
でも、それこそね。ピーノさんが生きて帰りし物語っていうのは、
物語構造の最も古典的で良き、スタンダードな構図みたいなことも言ってたと思いますけど。
確かに、よくよく整理してみると、スイス・アーミーマンもそういう構図と言えなくはないわな、という気はしますね。
その行き手の部分が見えないというところがさ、本作の面白さだよね。
なぜ彼はここまで追い詰められてしまったのか、そして帰るとしたら一体どこに帰っていくのかという。
結局、遺体というものを使って、自分の内面に行って、もう一度戻ってくるっていうふうな。
そんな感じなのかなと。いろいろ考えてみますけど。
先ほどの土地披露自体が、俺もう全然記憶がさ、残らない作品だから。
じゃあ今度、これでやろう。
嫌です。嫌です。
1:18:02
それこそね、あれですよ。なんちゃらかんちゃらとか見たじゃないですか。
君たちはどう生きるか。
全然覚えてないじゃん。
あの手の描写は、それこそね、もうちょっと疲れてしまったんですよ。
ただ、君たちはどう生きるかを見たことで、僕の中で千と千尋の神隠しの評価がもう爆上がりしましたね。
あれでもまだわかりやすかったなって。
もう行くとこまで行っちゃったんだなって思っちゃいましたんで、千と千尋っていい作品だったんだなっていうふうに思いましたから。
千と千尋はまあ10年後ぐらいに扱いましょうかね。
はい。
でも本当にね、本作はそうですね、成長の物語だし。
その成長っていうものは別に、他者から認められる成長でなくていいよねっていうところがあるから、
なんか気持ちよく見守れました。
説教臭くない。
しかもこの、さっきまこちゃんがチラッと言ってくれたところなんだけどさ、
そのハンクが非常に面倒見がいいけど、人とのコミュニケーションは取れないよねっていうふうに言ってくれたんだけども、
これもハンクの心情を非常に表してるなと思ってて。
これ心理学用語でオーバーアダプテーションって言うんだけども、過剰適応っていうところの典型になっていて、
人から受けた傷だったりとか事故のネガティブイメージが強い人ほど、人に迷惑をかけたりとかっていうことを非常に恐れるので、
人に過剰に何かを手助けをしたりとかをすることで、自分の価値を確かめようとするみたいな心理適応があって。
その過剰適応の裏側には何があるかっていうと、本音が言うのが怖いとか、嫌われるのが怖いとか、距離の取り方がわかんないとか、
あるいは依存してくれるぐらい役に立つんだったら、そっちの方がいいよねみたいな。
だから典型的に弱者男性って言われる人たちに非常に多いタイプなんですけど、どうした?何か聞くよ?みたいな。
あの言葉の裏側には、あなたの役に立つので私のことを承認してくださいねっていう、自分への承認欲求が強く出てくるっていうことがあったりもするんで。
それはでもあれじゃない?ドシタンはもうワンチャン狙いじゃん。
1:21:05
どっちかっていうと投げ銭する人たちでしょ?
投げ銭する人たちもそうだし、でもドシタンの方も結局は私はあなたに優しくしています。だからあなたは私に体を提供すべきですっていう。
そういう他人の役に立つことで自分に何をくれるんですかっていう。そこだからそんな変わりはしないよね。
とすると、その最後のおならのシーンは別に他人に何もあげてないけれども、自分は自分で承認できてるっていうところに立てたっていう風になってたから、
ハンクのそこの過剰適応っていうところから出したっていうところがうまく描かれてたんじゃないかなと。
そうね。やっぱりやりたいことははっきりしてる分、その辺はすごく綺麗に描いてくれてた気がするんで。
あんまり今回考えをまとめていく流れで苦労はないというか、自然とこういうことなんだろうなっていうふうに論で読みながら見て楽しむことができたっていうのはすごく良かったなと思ってます。
だから何だろう、難解じゃないんですよこの作品。千と千尋は難解です。
なんだこれから始まっていかないといけないんで。本作に関しては確かになんだこれなんですけど、
なんだこれの種類が理解ができなくて盗惑するというよりは、ちんちんが動いて盗惑するの方なんで、別にそんなに深刻な悩みではないんですよ。
結構しっかりセリフでみんなが説明してくれるから、必要以上に頭を悩ませる必要がないという。
ただただ見て、ああ素敵だなとか、ほっこりできてしまう。
なんでこんな意味不明な死体の映画を見てほっこりできるんだろうっていうのが結構面白い体験なので、ちょっとねみんなに本当に見てほしいなというふうに思いましたね。
そうですね。でも一個ね、僕これちょっとまこちゃんとも話したいなと思ってたんだけど、ラストシーンでちょっと未だに解釈がわからないっていうところがあって。
親父のにっこりの意味。そこだけ僕わかんない。
僕は、首都川向けたねっていう。
親だからこそ、変な方向性にはいったけど、こいつはこいつで成長できたぞみたいなところが、
1:24:02
嬉しくもあり、社会的にちょっと恥ずかしくもありみたいな。だからその満面の笑みというよりかはちょっとこう、ひき笑いというか、中途半端スマイルだったから、そういうことなのかな。
そうね。なんかそんな、プラスな笑顔だったよね、あれは。
うん、プラスだったと思う。
っていうふうに思うと、まあ、
首都川向けたっていう意味なのかなっていうふうに、僕はすごく肯定的に受け入れましたね、あの映像。
先にも述べた通り、僕からするとあれはやっぱあくまで妄想でしかないから、あの時みんなが見てたのはただ波に揺られて流れていくメニューの主体だったと思うんですよ。
で、それを見ながら親父がニヤッとするっていうのは、まあ、
死体なんかと遊んでて意味不明で気持ち悪い息子なんだけれども、それを通して何かこう、掴んだものがあったんだな、こいつはという。
そこでようやく彼はたぶん子供に寄り添ったんじゃないのかなっていうちょっと温かい解釈をしてますね。
なるほど。
あそこまで壊滅的な関係なのに、流れていく死体だけ見て、ニッコリもう仲良しとはならないと思うけど。
無理だろうね。
それは無理だろうと思いますけど、なんかこう、死体との共同生活で何か変わったんだろうなっていうことだけは確かに実感したのかもしれないし、笑ってる場合かよとも思うけどね。
まあでも、男子三日泡なんとか。
かつもくせよみたいなですね。
みたいないうことなんだろうね、たぶんね。
はい、そんな気がしますね。
はい。
でも少なからず、あれだけの人数、そんなに大した人数じゃないんだけど、そういう人数を前に語ってる息子を見たのが初めてだったのかもしれないよね。
ああ、でもそれはあるかもしれないね。
そのぐらい、本当に深刻なコミュニケーションができない子供で、親父も深刻なぐらいそれを許せない虐待の要素を持つ親だったんだろうし、それで言うと、あれだけの大身を切った息子っていうところに対する安心みたいなものがあの笑顔に出ていたんじゃないかなという気もしてきますね。
なるほどね。
あと、すごくドブに捨てたどうでもいい説を1分ぐらいで説明していい?
はい、お願いします。
あのドブに即行で捨てた説の一つに、ハンク・ネクロマンサー説っていうのがあって。
1:27:00
いらないですね。
親父に役に立たないとかっていうふうにずっとなじられてたみたいなことを言ってたんだけど、ここから完全に僕の妄想です。
なかなかネクロマンサーとしての性格を表さないハンクに、苛立ちを覚えてたと。
一連の家庭を見て、海に旅立っていくメニーを見て、こいつ、開花しやがったっていう笑みみたいな。
どういうことやねん。
ネクロマンサーはね、中二病の方々が何よりも愛する薬食ですからね。
日本だと何が復活するんでしょうね。
粉ですね。
せめて人玉を操りたいですけどね。
ネクロマンスする物体があまりないからね、日本の場合はね。
すぐ燃えちゃうんだよね。
ペットですら火葬するからね。
ほんとですよね。ペット攻めたりみたいなものはありません。
面白い映画でございました、ほんとに。
そうですね。面白い映画だったと同時に、再確認しておきたいのはデートで見る映画ではないということですね。
ピンクさん、ごめんなさいね。
いろいろ言いましたけど、デートで見るべきではないことだけは確かだということがはっきりわかりました。
はっきりわかりました。
そこに関してはぜひ悔いを改めていただければなと思います。
そんなところでいいですか?
そうですね。
そっちは何か言いそびれたことでも何かしらあれば。
そうですね。
まあちょっと冬も近づいてきたので、一言でちょっと締めていきたいんですけども。
おわかりいただけただろうか。
あなたの裏ディアにも、ハンクは来るのかもしれない。
後半がいらんのよ。
そうね、おわかりいただけただろうかで十分よ。
僕らの世代だったらそれを言っただけで、はいはい心霊特番年になりますから。
そのフレーズを逆に他にいつ使うんだろうってね。
それだけで心霊ってなっちゃうからさ。
いい迷惑なんですけど。
すごいよね。
おわかりいただけただろうか。
だいたいわからないように流してくるからね。
いやいやいや、何もないでしょみたいな。
だいたいスロー再生とかね、普通に再生始まる。
すっごい荒い感じでさ、「え?これ本当?」みたいな感じになるね。
1:30:03
で、映るかなって思った瞬間に、「えー!?」っていうスタジオのリアクションとともにCMに入る。
わかったよ、演出も。毎回この演出だよ、みたいなね。ありましたね。
でもまあ、人の死を描きつつも、決して深刻にならないというか、
ライトなテンションで進んでいく。
それでいて、ちゃんと最終的に考えさせる、みたいな。
なかなか起伏の作り方が面白かったなというふうに思いましたね。
よかったと思う、本当に。
ただのコメディというわけでもないけど、しっかりコメディとしてはあらかしてくれる。
哲学的な問いを自分なりに考えてみることができるかもしれないし、考えなくてもいいかもしれない。
そういう点でも非常にグラデーションに富んだ面白い作品だったなと思いました。
こんな感じでね、ピーノさんもぜひ納得していただいて。
ちょっとね、まだお便りが来てますんで、他のも紹介しようかなと思ってるんですけどいいですか?
はい、お願いいたします。
どれを紹介しようかなってぐらいなんですけど。
今は何百通とおいてんの?
そう、何百通とあるんでね。
これを紹介しようかな。
じゃあ、お名前から。
鍋さんです。
鍋さん?
鍋さん、どうも初めまして。鍋と申します。
初めまして。
いつも深夜に大型トラックの車内で移動中に配置をさせていただいております。
あら、運送屋さんなんですね。
そうですね。
いやー、本当にありがとうございます、いつも。
ラジオの時間のラストシーンに出てくる感じですよね。
ちょっと思い浮かべちゃいますけど。
鍋だからね。
ですよね、鍋。
え?
ご本人?
まさか?
はい、ということで。
鍋さん、たぶん僕らのツイッターのアカウントの投稿をほぼほぼ100%近くリポストしてくださってる方じゃないですかね。
あの鍋さん?
じゃないですか。
マジ?
ごめんなさい、全然違ったらごめんなさい。
いつも応援ありがとうございます。
ありがとうございます。
続きですけど。
映画鑑賞については、最近は趣味のバイクやキャンプに行く時間すら録に撮れないほどに日の間がないので見ていませんが、学生時代はよく見ていました。
学がないせいか、映画を鑑賞してもいろいろと考察をするという行為が滅法苦手でして、
1:33:04
なんで、もっぱら何も考えなくていいアクション映画くらいしか見てませんでしたが。
まあ、アクション映画は最高のコンテンツですから。
素晴らしいよ。大好きよ。
本当ですよね。
いずれアクション映画全般に触れていきたいですよね。
僕らも。
エクスペンダブル2。
もうちょっと往年の名作に行きたいなと思ってますけどね。
それにしてもお二方の様々な角度からの考察はとても興味深く、いつも関心させられ鋭いつくみには笑わさせてもらっています。
ありがとうございます。
こんなしょぼくれた説でよかったら本当にいくらでも。
毎回ちょっと意味不明なことしか言ってない気がしますけれども、ついてきてくださってありがとうございます。
今回お二方にリクエストしたいのは、こんな私でも何度も見返したい映画がありまして、
ティム・ロビンス主演のジェイコブズ・ラダとフランシス・フォード・コップラ監督の地獄の目視録です。
私にはお二方のような深い考察はとてもできないので、ぜひどちらかだけでもお二方に語っていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
ホラーじゃん。
失礼いたしましたということでした。
ホラーじゃん。
ジェイコブズ・ラダ。
あれ、なんか、あれじゃなかったっけ?お風呂入ってるシーンのやつじゃなかったっけ?
ですかね。サイコスリラー映画ですね。
あの、なんか切った葉っぱの形態のやつだよね。
切った葉っぱ?
え、そんなんじゃなかったっけ?なんかさ。
そんなんじゃなかったっけ?
なんか獅子切断された男みたいなの出てこなかったっけ?
やだー。俺これね、見てないかもしんないわ。
なんとなく。
地獄の目視録の方は見ましたんでね。
はいはいはい。
じゃあジェイコブズ・ラダですかね。
えーっと、ちょっと待ってね。今調べてるんですけど、おそらく見れません。
ユーネクストでしか見れないですかね。
はい。
つらいですね。じゃあ地獄の目視録ですか?
地獄の目視録はアマブラで300円っぽいですね。
ほんと?
うん。
有料ですか。まあいいんじゃないですか。
地獄の目視録僕見たことないかもしんないわ。
地獄の目視録は絶対見なきゃねっていう映画の一つだと思いますんで。
見ましょう。じゃあ地獄の目視録を。
じゃあやりますか。
ちょっとなべさんの深夜の運転がですね、
おろそかになるぐらい楽しいエピソードにしますんで。
ちゃんとあるため、無事故で行きましょうか。
無事故に収まる感じで行きますんで。
1:36:02
楽しい時間をお約束できるように頑張りたいと思います。
いやー、まだこれでもお便りごく一部なので、
ぜひ皆さんもどんどん送ってください。
そうですね。
あと今、細田守監督作品をやるためにアンケートを募集中なので、
今のところ回答者僕一名っていう。
100%ですね。
100%僕一名。
あれじゃない?単位パーセントじゃなくて票なんじゃない?
あ、そういうこと?
100票入ったんじゃないですかね。
100票入ったのか。
そういうことだと思いますよ僕。
じゃあいけるか。
そうですね。
どんなに時間が過ぎても、合計値が100票から変わらなくなるという不思議な現象が起きそうですけど。
それはさておきですね。
ぜひぜひ、皆さんもたくさんリクエストをお送りください。
じゃあ閉めてよろしいですかね。
お願いいたします。
はい、ということでお聞きいただきましたのは、
リールフレンズイン東京ナンセンスコメディ映画スイスアーミン人間関係を結ぶ恐怖の根源とはでした。
番組では皆様からのご感想をお待ちしております。
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本日のお会いとは誠、
大間でした。
それじゃあ、またね。
リールフレンズイン トキヨー
where movie lovers from around the world come together.
01:37:49

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