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こんにちは。えっと、今の時代って、スマホのカメラはこう、自撮りのためにあるのが当たり前、みたいなところありますよね。
こんにちは。ええ、まあ、それが普通というか。
ですよね。でもあの、今回資料を送ってくださった方が提供してくれた内容によると、
視者の方にとっては、スマホはあくまで昼飯をとるためのもの、なんだそうです。
昼飯専用ですか。面白いですね。
絶対に顔を出さない。えっと、それどころか声すら出さないっていう。
そうそうそうなんですよ。徹底した顔なし派で。
なぜそこまで徹底して顔なしを貫くのかって考えると、実はその背景には、あの、1990年代のインターネットのちょっと忘れられた歴史が隠されているんですよね。
あ、その部分すごく面白かったです。なんか、今のSNSの感覚だと、顔出ししないのは、ただ恥ずかしいからとか思われがちですけど。
はい。
この視者の方はそうじゃなくて、現代圏がそのニフティサーブとかの、いわゆるパソコン通信時代にあるっていう。
そうなんですよ。あの、当時のネチケットでは、本名を出さずにハンドルネームを使うのが基本でしたから。
ハンドルネーム懐かしい悲劇ですね。
ええ。で、これって悪事を隠すためとかじゃなくて、現実社会の役職とか年齢性別といった属性を、こう、ネットから切り離すための知恵だったんです。
ああ、なるほど。なんか、まるで仮面舞踏会みたいですよね。
仮面舞踏会、いい表現ですね。
大企業の社長も、えっと、小学生も、ネットの入り口に現実の肩書きを置いていくからこそ、純粋に、こう、対等な対話ができたっていうか。
まったくその通りです。それに加えて、あの、当時は技術的な背景もありました。
技術的というと?
はい。回線が今と違って非常に遅くて、接続料金もすごく高かったんです。
ああ、テレ放題とかの時代ですよね。
そうそう。だからこそ、接続に困っている人がいれば直接助けに行ったり、無駄なデータを送らないように回線資源を節約し合うっていう。
へえ。
そういう自治とか助け合いの文化が必然的に生まれていたんですよね。
私たちが知っている今のSNSとは全然違う世界ですね。それがどうして今みたいにその顔出しイコール成功者みたいな空気になっちゃったんでしょうか。
それはやっぱりテクノロジーの進化と、あとは関心のマネタイズが関係していますね。
マネタイズ。お金ですね。
ええ。2004年に、現実の人間関係をそのままネットに持ち込むFacebookが登場して、その翌年にYouTubeが誕生しました。
ここで世界中の人々の注目を集めることが、直接お金とか影響力に直結する仕組みが出来上がったんです。
ああ、なるほど。実名とか顔を売って、個人のブランドを作ることが成功へのパスポートになったわけだ。
そういうことです。
でも、顔を出さなくていいのは気楽で共感するんですけど、正直なところ、今の時代って顔を出して発信するっていうのが、責任から逃げないっていう見方もあるじゃないですか。
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確かにそういう意見は多いですね。
完全な匿名だと、なんか無責任な発信が増えちゃう気もするんですが、その辺はどうなんでしょう。
そこはすごく鋭い視点です。発信の責任をどう担保するかという問題ですね。今回の資料では、日米の新聞文化の違いを引いていて、これが非常に面白いんです。
新聞文化の違いですか。
はい。例えば、アメリカの新聞って記者の個人名をしっかり出して、個人の責任を明確にする文化なんですよね。
バイラインってやつですよね。この記事はこの人が書きましたっていう。
そうです。一方で日本の新聞は会社という組織の責任を重視するので、一般のニュース記事に記者名が出ないことが多いんです。
なるほど。個人の顔を見せることで責任を取るのか、それと組織の看板で責任を取るのかっていう文化的な違いがあるんですね。
これを個人のネット発信に当てはめてみるとすごくわかりやすくて。もし発信する内容が社会的なジャーナリズムであれば、実名や顔出しで責任を負うのが理にかなっています。
はい、確かにそうです。
でも今回の筆者のように特撮とかアニメが好きだって語るような個人的な音声の日記とか雑談であれば、そもそもそこまで重い責任を背負う必要がないわけです。
匿名で十分に機能するんですよね。
ああ、すごく腑に落ちました。発信するコンテンツの性質によって顔出しの必要性って変わるわけですね。
そうなんですよ。
何を発信するかっていうことと、どの時代のネット文化で育ったか、この2つが掛け合わさって、それぞれの心地よい発信スタイルができているんだなと。
ええ、今回資料を送ってくださった方も、ご自身がネットに触れ始めた時代を振り返ってみると、今のSNSとの心地よい距離感が見えてくるかもしれませんね。
私も自分が初めてネットに触れた時のことをちょっと改めて思い出してみようかなと思いました。
それに関連して最後に一つ面白い思考立見をしてみたいんです。
何でしょうか。
現在、メタバースとかアバターの技術って急速に進化していますよね。
はい、バーチャル空間で過ごす人どんどん増えてますもんね。
もしこのままだれもがアバターっていういわば新しいハンドルネームをかぶって活動するようになれば、物理的な自分の顔を出すこと自体が古い時代の異物になる日が来るかもしれないんです。
うわあ、それはなんだかすごく不思議な感覚ですね。
私たちは今、テクノロジーの最先端を突き進んでいるように見えて、実は90年代のあの完全匿名の平等な世界へと回帰している最中だとしたらどうでしょう。
いやー面白いです。最先端の技術が私たちをもう一度あの対等な仮面舞踏会に連れ戻そうとしているのかもしれないということですよね。
この視点、資料を送ってくださった方はどう感じたでしょうか。ぜひ皆さんもゆっくり考えてみてください。
次回の配信もお楽しみに。さよならー。