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こんにちは。あ、こんにちは。あの、ちょっと想像してみて欲しいんですけど、はい。普通の道を歩いていて、ふと、えーと、角を曲がったら、ええ。誰かが、あの、ごく自然に人魚の肉を食べているみたいな。人魚の肉をですか?そうなんです。でも、周りの人は誰も、こう、気に留めないんですよ。いやー、それは、かなりシュールな光景ですよね。突然そんな場面に出くわしたら、なんか自分の頭がおかしくなったのかなって歌っちゃいそうです。
ですよね。でもこれ実は見慣れた、あの、福島県の郡山市のごく普通の日常風景として描かれているんです。あー、なるほど。はい。ということで本日の深掘りなんですが、ひろひろ氏さんの企画に向けて送ってくださった方が提供してくれた古川秀夫さんの小説、えーと、夏迷宮ですね。こちらの読書感想文の資料を読み解いていこうと思います。
はい、よろしくお願いします。390ページもあるかなり濃密な幻想小説ですよね。
そうなんです。この作品がなぜこれほどまでに読者を引きつけるのか、あの現実の福島の歴史と魔術的リアリズムがどう交差するのかっていう謎をひも解いていくんですが、私も資料を読んでいて、現実と幻想の、なんだろう、境目がわからなくなるような、すごく不思議な感覚になりました。
わかります。先ほどのその氷山市で人魚の肉を食べるとか、あとは第三次世界大戦とか、そういうエピソードが作中では本当にごく普通の現実として描かれているんですよね。これがいわゆる魔術的リアリズムの手法なんです。
あーなるほど。でもこれって単になんか気をてらったファンタジーっていうわけではないんですよね。ちょっと詳しくひも解いていきたいんですけど。
そうですね。ただの異世界設定ではないんです。非常に興味深いのは、魔術的リアリズムの面白さって、なぜその非現実的な出来事がその土地では日常として立ち現れるのかっていうその根拠にあるんですよ。
根拠?
この夏迷宮の場合、福島という土地が実際に抱えているその重層的な歴史とか、人々の無意識に侵伝している痛ましい記憶、それが地下水脈から湧き出すみたいに、現代の風景に染み出しているんですよね。
あー、土地そのものが強烈な記憶を宿っていて、それがふとした瞬間に現実世界に顔を出していると。
まさにそういうことです。
でも、作中ではその歴史的背景について手取り足取り説明してくれるわけではないんですよね。資料を読むとかなり謎めいたまま話が進んでいくというか。
ねえ、そこが絶妙な仕掛けなんですよ。情報をあえて与えすぎないことで、物語の中に空白を作り出しているんです。
空白ですか?
はい。その空白があるからこそ、読者はあれ、なんか変だなと違和感を覚えて、自らその福島の隠された歴史を掘り起こすという能動的な作業に巻き込まれていくわけです。
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なるほど。自分で考えなきゃいけないからこそ引き付けられるんですね。で、ここで重要になってくるのが、ここからが本当に面白いところなんですけど、古代東北の歴史ですよね。
はい、そうです。
特に大和朝廷と東北の先住民である恵美市。恵美市の争い。資料の中で私が一番気になったのが、人間の戦いが真珠を人魚に変えてしまったっていう設定なんです。
ええ。
この因果関係って、歴史的な背景とどう繋がってくるんでしょうか?
歴史を振り返るとですね、恵美市は中央政権である大和朝廷によって征服されて、同化させられていったわけです。
はい。
つまり彼らの文化とか声っていうのは、勝者が書く正史、正しい歴史からは完全に消されてしまったんですよね。
ああ、勝者の歴史には残れないと。
そうなんです。ただ、歴史書から消されたからといって、その土地で生きた人々の無念とか、記憶まで消え去るわけではないですよね。
確かに。
その封殺された行為が、正史の枠に収まりきらなくて、人魚っていう異形の存在とか、神話に姿を変えて、物語の中に封筆しているんだと考えられます。
うわあ、なるほど。記録として残せないからこそ、神話とか呪いみたいなメタファーとして、その土地に残り続けるわけですか。
非常に鋭い視点ですね。だからこそ、犬の神獣がイナワシロンと呼ばれていることにも深い意味があるんです。
イナワシロン。あの、イナワシロ子のイナワシロンですよね。
イナワシロンという地名の響きには、アイヌ語のルーツがあるという説も存在しているんですが、エミシとか北方文化の記憶を、あえてそのまま神獣の名前に宿らせているんですよ。
ああ、なるほど。
これは土地が歴史の暴却、圧力に粉を洗っている姿とも言えますね。
その過去の記憶が現代にどう現れるかっていう部分で、私が一番ハッとしたのが、歴史上の英雄、サカナミタムラマロンの扱いです。
エミシを討伐したハルモニじゃないですか。彼が、なんとタムラマロンという着ぐるみ姿で登場しますよね。
ああ、そうですね。強烈なインパクトですよね。
はい。最初は、なんで歴史像の偉人がゆるキャラみたいになっているの?ってすごく戸惑ったんです。
でもちょっと待ってください。これってもしかして…。
はい、どうしたんですか?
あの、着ぐるみ自体が中身が空っぽの抜け殻だからですか?
現代のシャーマンの器というか、古代の霊を卸すための媒体として機能しているとか?
いや、その解釈素晴らしいですね。まさにそれがこの作品を貫く最大のキーワード、ウツホ。
ウツホ。
つまり空洞という概念に直結するんです。
空洞、空っぽの空間ですか?
ええ。日本古来の考え方ではですね、神とか霊的なものっていうのは、その中身のない空っぽの器にこそ引き寄せられて。
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宿ると。
そうなんです。着ぐるみに人が入って初めてキャラクターとして命を吹き込まれるように、行き場を失った古代の記憶もウツホを見つけて現代に支えられようとするんです。
ってことは、この夏明宮という本の表紙自体が中央が真っ暗なデザインになっているのももしかして?
もちろん偶然ではないと思います。あの真っ暗な空間もまた読者の想像力とか古代の記憶を吸い込むためのウツホとして機能しているんですよね。
へえ、すごい。
さらに言えばですね、かつて氷山にあった地上の湖の跡地に井上雷司湖の水を引いたっていう歴史的事実がありますよね。
はい、ありましたね。
この水が抜けて空洞になった巨大な地下空間、これこそが古代の神話や記憶をため込むブラックホールの役割を果たしているわけです。
なんか鳥肌が立ちました。都市の下にある物理的な空洞と歴史書の空白、そして草ぐるみという空っぽのウツホ、これらすべてが過去の記憶を受信するアンテナとして全部つながっているんですね。
そういうことです。つまりどういうことでしょうか。
どういうことでしょう。
送ってくださった方が提供してくれたこの読書感想文が示しているように、この小説の体験程390ページを読み終えても実は終わらないんです。
終わらない。
まだ足りないって感じるのは、読者自身がこのウツホにジミラスの想像力を注ぎ込んで、失われたつながりを現実世界で発見し続けるっていう終わりのないプロセスにすでに足を踏み入れた証拠なんですよ。
読書って作者から与えられるものを受け取るだけじゃないんですね。私たち読者もまた過去の記憶を現代につなぐためのウツホというか、器の一部になっているようなそんな感覚ですね。
本当にそうですね。もしかすると、送ってくださった方が明日、普段何気なく歩いているその見慣れた道路の下とか、街角で見かける愛らしいご当地キャラクターの中にも、まだ誰も気づいていない古代の記憶や神話が息をもそめて、次に入るべきウツホをじっと待っているのかもしれませんよ。
うわぁ、明日からの街の景色が全然違って見えそうです。というわけで、次回の配信もお楽しみに。さようならー。