皆さんこんにちは、コミュニケーションディレクターの松浦幸子と赤眼鏡です。
編集者の久保田裕美子と小麦です。
この番組、それでもメディアは面白い!は、2人があらゆるメディアの器をこねくり回す、というテーマでお送りしております。
赤眼鏡さん、忙しいそうな感じですね。
まあそうですね、なんかね、ツイートの量が減るっていうのは基本的にそういうことでもあるし、
いやね、最近本当にね、表現を選んでるな、真面目に管理職やってますよ。
管理職、そうですね、マネージャーになってきますよね、年齢的にも。
やっぱりね、いろいろと会社の規模が報道されているようにですね、シリーズ重ねているところもあったりとかして、人も増えているところもあったりとかするので、
やっぱりね、なかなかフラットの組織って簡単に言いますけど、1人ヘッドがいた後、みんな同じレイヤーだっていうのは、もちろんベンチャーだとね、それがいいと思うんですけど、
400、500人とかになってくるとね、そうは言っても感はあったりとかするので、今チーム戦としての管理職、プレイヤーとしては1割ぐらいかな、みたいな感じですかね。
結構な割合が管理職の仕事になってきてるって感じですね。
プレイヤーならではの現場の実感っていうところは確かに少し薄くなっているところなんですけど、
マネジメントはマネジメントの視点、ちょっと対極的に見れるっていうのは、それはそれでありがたい話なので、
その視点っていうところの部分は大事にしていこうかなとは思っているんですけど、
それで言うと、現場的な話の部分で言うとニュースレターがありますね、小麦の。
そうですね、ニュースレターはとりあえず、ツイッターの方が始めているレビューがインテグレーションしたっていうので、
ツイッターのプロフィーに貼り付けられるっていうのを赤眼鏡がやってるのみたいという感じなんですけど、
じゃあちょっとやってみようかなって設置をして、そこに当たってちょっといろんなことを考えながら、ニュースレターともしかしたらこういうものとなのかなと思って、
でもこれって結局何事もそうですけど、やってみないとわからないなって思ったんで、
ひとまずやってみますっていう宣言をしてから考えようという感じで思ったところですね。
前回の話で、結構ツイッター上でニュースの要約的なものが出てきたりとか、ブログのショートなものが出てきたりとか、
今までニュースピックスのようなクローズドなプラットフォームでやってた解説的なところも、
ツイッター上で結構やられることが増えてるなっていう印象があったっていうのがあって、逆にそこでクローズドなもの、ニュースレターとか、
コミュニティで会話されることの意味みたいなものを考えてみようっていうような意図ではあったっていう感じですね。
ニュースレターやってみて思うと、チャンネルが増えることの弊害みたいなのもあるかなと思っていて、
例えば私だったら小麦.jpっていう母体があり、ノートだとちょっとショートなコラムを書こうと思って全然書けないっていう感じになっており、
このボイシーの発信は音声なので、その時に思ったことを、パートナーが赤眼鏡という名パートナーがいるので、
また壁打ちとしてやりつつ、ニュースレターは何を発信したらいいんだって、
ツイッターも日々思ったことを、頻繁には発信できないですけど、発信してるっていうことでやってるっていう意味では、
チャンネルが増えるごとに自分自身がどういう発信をどういうふうに使い分けなきゃいけないのかっていうふうに考えなきゃいけないっていうところで、
これはおそらくあらゆるインフルエンサーさんが同じことを思っているんじゃないのかなっていう気はしました。
そうですね。これ本当だから、結局のところこの個人が少人数の集まりになっていくみたいな形になると思ってるんですよ。
僕はこの流れで言うと。だからその上で、この前コミュニティがシェアしてましたけど、レゴの話ですね。
路面点っていうか接触面積をやっぱり増やしていかないと、
これから元の価値っていうところの部分が単一の空間だけでスプレッドしていくっていうわけで、広がっていくわけじゃなくて、
あちこちに面を作っていかないと、なかなか本当の意味での本体としてのブランドのコネクションにつながっていかないんだなっていう実感がありますね。
いいこと言いますね。元の発信すべきコンテンツを持っているのが1人っていう単位だと、チャンネルが増えれば増えるほど苦しくなるんですけども、
母体がチームだったらおっしゃる通りチャンネルが増えてもそれに耐えるコンテンツ量っていうのが確保できるっていうことで言うと、
逆に今どんどんチーム化していくっていう流れがもしかしたらあるかもしれないっていうのは同感ですね。
もちろん個人で、例えばTikTokだけで限定されている人っていうのもいるじゃないですか。
ある意味YouTuberがそれに当たるかなっていうのもあると思うので、個人だったらある意味どこか割り切ってこの空間だけにいようっていうのはあるのかもしれない。
そうすると今Twitterが取っている戦術っていうのは、もちろんオープンなタイムラインがあるんだけど、クローズな場所もありますよ。
今はそれでいうと課金もできるような形にするじゃないですか。お金払ってスペースを利くっていうところもメニューとして出てきたりとかしたので、
一応Twitterっていうある程度とはいえオープンなんだけど閉じられた空間も用意するのでそこに来てもらって、
それでその中だけでマネタリズムっていかなくて、Twitterは割と個人っていうところにターゲットを縛ってやるんだったらそれはそうかなと思いますね。
そうですね、全体としてクリエイターエコノミーの話もしましたけれども、個人が稼ぐっていうことっていうのが一つ大きく出てきているところで、
それに合わせてTwitterも変わっていこうというところが見られるということで、
スペース音声コンテンツに対しての課金ですとか、NFTもちょこちょこニュースになっていたりしますけど、これから取り入れていかれたりとか、
投げ銭もそうですね、暗号さんでビットコインで投げ銭できるみたいなものが取り入れられたりとか、徐々に徐々に今まであったような広告だけでマネタリズムしていくというよりは、
長い動画だとね、ある意味、例えばYouTubeのインサイトとか見てると上がったり下がったりとか、リーダーストのコメントとか複数あったりとかするのがあるので、そこの判断は難しいところもあるし、やっぱりとはいえYouTubeもね、もう古いサービスですからね。
言ったってね、まあまあ10年先週のサービスだったりとかするので、やっぱりベースが検索するんですね。
能動的に検索して当たっていくのは、もちろんその検索の精度は素晴らしいものがありますし、一回コンテンツにたどり着けさえすればそればっかり流してくれる。
それはそれで気持ちいいんだけど、でも結局選ばしてるんですよね。
テレビで僕はYouTubeを見ることが多いです。
で、何にしようかなーみたいな形で、地上波のテレビはやっぱりそこで選択しないよなーと思ってYouTubeを開くじゃないですか。
でもね、やっぱりテレビに負けるところで言うと、テレビはやっぱり1の下に見えちけないんですよ。
4を押したら似てますよ。やっぱりボタン一つで言っても決まってるところがあるから、それがテレビの強み。
YouTubeはね、上下左右で、もちろん最近上の方に例えば音楽とかドラマとかニュースとかっていうのがあって、選ぼうと思えば選べるんだけど、
で、ちょっとないとね、もうね、ボタンを押す回数が増えるわけですよ、上下の。
うん。じゃあ1回なんですよね。
そうですね。いや、そこは本当に感じるところで、やっぱり何だろうな。
時間、暇つぶしって言葉はあんまり良くないんで、エンタメって言い換えてもいいんですけど、
エンタメの究極ってやっぱり選ばないことじゃないですか。
自分でやっぱり何もせずに楽しい時間を過ごせるっていうことが最高で、
ちょっとこれ全然違う話そうでは思い出したんですけど、緊急事態宣言が明けて、
どこかに泊まりに旅行に行って、行くっていうところがあるんですけど、
インクルーシブ、全部インクルーシブなホテルですよっていうホテルがあってですね、
それは何かというと、朝ごはんも夕食もドリンクも、
全てこの値段で全部インクルーシブで提供させていただきますっていうので、
すごい良いなと思ったのは、何でもエンタテインメントですね、
プールなのかカラオケなのか卓球なのか何でもこの値段で全部インクルーシブになっているのは、
プランというかそういうホテルがあるんですよ。
選ばないっていうことの贅沢さってすげーなって考えなくていいっていうのって、
すごい今求められていることのような感じがしたっていう話で、
とりあえずここで払っておけば、例えば星野リゾートって有名ですけど、
行けばアクティビティがあるじゃないですか、それも別に値段がないので、
値段がないというか全部インクルーシブ。
込み込みですからね。
込み込みなので、行きたいものに行けばいいっていう感じなんだけど、
ここに値段があることによって、非常にどうしようかなって選ぶっていうことが出てくるんで、
今一度、昔のJDBのパックプランじゃないですけど、
選べることが増えてきた限り、受動体験、選んでくれてる、
すべて全部これでOKみたいなワンプライズみたいなものの、
気持ちよさっていうのが逆に増しちゃってるなみたいな話なんですけど。
なるほどな、僕旅行行くときに旅館のところに泊まるとですね、
たまにマッサージを選択したくなるときがあるんですよ。
私ドライブ好きなので、車でわりと長距離ドライブした後にたどり着くことがあるので、
お値段見るわけですよ、どうしようかな、都内で受けるのと一緒で、
都内はね、マッサージも自分の体の当たり外れがあるから、
ちょっと選んで、僕は自分の体に合ってる人のところばっかり行くんですけど、
旅先で似たようなお値段払って、当たり外れだったら嫌じゃないですか。
当たりだったら絶対いいんだけど、ただそれがもう既に込み込みで入っているのである。
だったらもう全然、受けますか受けませんかぐらいしか選択肢がないじゃないですか、
その瞬間。だったらもうそれを受けますよみたいな。
結局この話って、お金を払うっていう決断って結構な意思力、
ビルパワーを使う行為なんで、だからこそサブスクリプションみたいなものが
流行ったりするっていうところはあるっていうところだと思うんですけど、
メディア消費っていうことに対していくと、やっぱりこの自動的になっている
っていうところですね、本当パッシブな体験っていうもの自体が
メインストリームになっているっていうことをよくよく意識しないと、
なんかそのユーザーにとって、この方がいいだろうって言って
選択肢を提示しがちなんですよね。でも究極にはその選択肢を
適切にこう提示してあげて、それがこれだって思ってもらえるっていうのが
最高の体験じゃないですか。
だからそれを裏返すと、Twitterで何でも揃ってますよ。
Facebookで何でも揃ってますよって状態に今なってるっていうのは
まさにそれです。Twitterに入っていれば選択肢なしにニュースレターとか
他のサービスとか選ばなくていいですから、これありますからね。
課金したいんでしょ、これありますよ。音声サービスももちろんあります。
音声サービス課金したいんですよね、これあります。っていう形の
どんどんパッケージ型の、だってスラックもそうですね、それで言うと
どんどんどんどんビジネスコミュニケーションの必要な要素が
昔はいろいろアドホックですけど、スナイプコミュニケーションは
スラックのいいところなんですけど、ガンガン楽になってますからね、
それで言うとそこらへんの。
そうですね、だからこうなってくると逆に
なんか自分たちが作るコンテンツっていうもので
もっともっと、えっと、なんて言うんだろうな
尖っていかなきゃいけないなっていう感じがするっていう
やっぱりこっちの方が相性がいいよねって言って
Facebookはそういう意味ではそのレイヤーとして機能しない
っていうところでニュースピックスは縦に垂直統合しなきゃ
いけなかったんだろうなみたいなことを想像した感じですね
一方で最近気になっていることでいくと
前から問題視していて多分
コメントしにくいと思うんですけど
ニュースピックスとノートフォロワー数の意味のなさっていう
問題にしたくて
Facebookって言うても
届く数とフォロワー数が比例していると思うんですけど
ノートとニュースピックスは
正直比例しとらんっていう問題があって
さっきのYouTubeも比例しなくなってきてるよね
チャンネル登録数と実際に消費される再生回数って
比例しなくなってきてるよねっていう話があったりして
比例すると比例するものと比例しないものの
差を私最近始めた
顧問編集という仕事ではやっぱりソーシャルキャピタル
なんですよねフォロワーって引いた書籍のあるものって
なんでソーシャルキャピタルをどこに
貯金をするのかというか
どこに貯めておくのかどの銀行を選ぶのかっていうことについて言うと
もう今のところツイッター一択になっちゃってるなって
感じがしていて
TikTokとか割と
Instagram、今日問題視はしてますけどInstagramっていうのは
非対称性があるSNSとしては
まだ有効だなと見ているんですけど
ビジネスマンだったらツイッター一択になってないか疑惑があって
そこについてコメントしづらいとは思うんですけど
赤目がるとどう思うんだろうなってところはありますか
それはそもそものツイッター
そもそものツイッターになると言ってもさっき言ったように
モノの世界観じゃないですかモノユニバースの世界観じゃないですか
グローバリーも含めてのフォローがあるじゃないですか
それこそTwiceのアカウントとか国境を超えて
みたいな形の部分のフォロワーになると思うから
そもそもその思想があった上でのフォローになるので
それが主張になるのは当たり前かなって
いうのはあると思うんですよ
非常にいい話ですよ
ニュースピックスはニュースピックスの価値観という
閉じこもったフィールドの中での
ソーシャルキャピタリーの積み上げ
ノートっていう限られた空間でのキャピタリーのつなぎ合いは
ニュースピックスの中だけで何かを成し遂げようとするんだったら
それはアリだと思う
ノートの世界観で積み上げるんだったら
それはアリだと思う
ニュースピックスの中だけで何かを成し遂げようとするんだったら
ノートの世界観で積み上げるんだったら
それはアリだと思う
前にクラブハウスで話したときも
クラブハウスは一応そういう意味での数的なところは出してるけど
数を見せないようにしてるっていうのも話があったじゃないですか
結局のところ
言ったってセグメントが狭まっている中の部分で言うと
数の暴力でインペレーションをやるよりかはどちらかというと
コンテンツのエンゲージの部分でそれを露出していった方が