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#53 意識なんてないから、全部共同創造!「意図の意図」と日常のシンクロ
2026-10-02 45:00

#53 意識なんてないから、全部共同創造!「意図の意図」と日常のシンクロ

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Host

意識/ワンネス/共同創造/意図の意図/コンセプト/シンクロニシティ/日常こそセレモニー

▼今回のテーマ
「意識なんてないから、全部共同創造」。みゆみゆとカガヤキマンが、それぞれの体験を手がかりに、個人の意識や時間の感覚、もっと大きな流れに含まれる「意図の意図」を語ります。

自分だけのコンパスになるコンセプトは、どう仮置きして更新する? 偶然の出会いや日常のシンクロから、何を受け取る? 答えをひとつに決めず、いつもの暮らしに戻っていく二人の対話です。

※本人によるサイケデリック・マッシュルームの体験談を含みます。

▼番組概要:
量子力学の「超ヒモ理論」、古神道の「ヒモロギ(神籬)」、そして「ヒモ男」。このトリプルミーニングから、宇宙スケールの“新しい在り方”を探ります。テーマは「宇宙のヒモになって生きる」。人類愛あふれる宇宙人ヒモコンビが3次元意識を拡張します。「クリエイターと宇宙的視点」「意識の本質」など、ビジネス書では得られない宇宙的叡智と創造の真理を、各界ゲストとの「コズミック対話」で紐解きます。聴けば細胞レベルで意識がアップデート!新感覚・宇宙的クリエイション番組!

▼番組ハッシュタグ:#超実践的ヒモ理論

▼体験談、質問、MCへのメッセージはこちらまで
https://forms.gle/AzkJAE8XhUiFw1Jx6

▼パーソナリティ
須藤美幸(ソーシャルシャーマン/宇宙人):次元を超えた対話を通じて、見えない世界の真理を遊び心たっぷりに解き明かすナビゲーター。時に笑い、時に深く静まりながら、リスナーの意識を新たな領域へ誘う。実態はただのヒモ。
https://chikyuyuei-from.space/

河畠輝(空クリエイター/宇宙人):抽象と具体の行き来でメタ認知を促す思想家芸人カガヤキマン。経営、スタートアップ、エンジェル投資の経験と深い瞑想実践から得た洞察を活かし、論理と直感の調和を体現する。実態はただのヒモ。
https://x.com/kagayakimann


変容プログラム体験記

https://note.com/futurehuman/n/n5b5c0af5d057

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サマリー

みみえと輝きまんが、「意識なんてないから、全部共同創造」というテーマで、個人に固定された意識ではなく、すべてが源やワンネスから分岐してつながっているという感覚を語る。輝きまんは、オレゴン州でのサイケデリック・マッシュルーム体験を通じて、時間や生死への感覚が変わり、体験を急いで他人に伝えようとする意欲が薄れたと話す。そこから、一個人の意図を包む「意図の意図」や大いなるソースの意図に沿うと、シンクロニシティが起こり、物事が無理なく進むという考えに展開する。植物のように目的や意味を説明せず、ただ存在することや、枝葉の道も含めてすべてを肯定する感覚が示される。 後半では、社会で人が安心するフレームや構造化と、変数が増え続ける現代における抽象度の高いコンセプトについて話す。コンセプトは一生固定するものではなく、まず仮置きし、経験に応じて更新する自分のコンパスだと整理される。特別な体験の後も、最終的には日常こそがセレモニーであり、日常の中にサインや答えがあるという。実例として、店を訪れた人物が棚を借りることになった出会いや、直島・安曇野をめぐる人脈のつながりが紹介され、意図の意図に近い流れではシンクロが連続し、展開の速度も増すと語られる。最後に、その流れとのつながり方は一人ひとり異なり、共通の方法ではなく個別化が必要だと述べられる。

固定された個人意識ではなくワンネス
超実践的ヒモ理論〜!
ソーシャルシャーマンのみみえと、クルクリエイターの輝きまんです。
さて、今回は、意識なんてないから、全部共同創造〜!
全部共同創造!
さあ、このタイトルなんだかよく分からないねというところから、あのね、この今回の収録…
そうですよ。
はい、前のエピソード決め始まってましたけれども。
意識なんてないと。
ねえ。
ねえ。
ありそうだけどね、意識とか。
はい、意識ねえ。
ちなみに、あの、ちょっと前提確認からいきましょう。
あの、輝きまにとって意識とはどういうもの、どういうイメージですか?
意識とはどういうイメージ?
ないって言うんだったらね、意識があるとはどういうことですか?
意識があるとは…
一つの意識はないって感じかな。
根に縛られた一つの意識は本当はない。
ほう。根に縛られた一つの意識はない。
ない。
だから、根元とは一つの意識なんだね、すべては。
ああ、あの、ワンネスと呼ばれるような。
ワンネスと呼ばれる、源の世界ですよ。
源があって、全部一つの意識から分岐してるんで。
そういった意味では、自分の意識でもあるけど、他の人の意識でもある。
なんで、そういった意味で意識はない。
一つに縛られた意識はない。
固有の意識はないと。
固有の意識は、固有だと感じてるかもしれないけど、本当は違う。
ってことなんだろうなっていうのをね、あの、体験してきたって話ですね。
マッシュルーム体験と時間・生死の感覚
詳しく聞いていきましょう!
ここまでの話で冒頭、冒頭一発目でね、だいぶ抽象度の高い話から始まっていますけれども、
何を体験してきたんでしょうか?
そうですね、あれ何回目のエピソードだっけ?
まあ一年前も多分同じような話をしてるはずなんですね。
してます。ちょっとタイトルはね、忘れちゃった。
タイトル全然覚えてない。
タイトル何だったかね、でも本当に一年前ぐらいですね。
ちょうど一年前ぐらいですよね。
10月末ぐらいか、多分収録したのは。
そうだね。
まあそうですね、だから去年のその体験をもう一回、もっと濃いやつをしてきたっていう。
はいはい、あの、サイケデリックツアーですね。
サイケデリックキノコツアーですね。
キノコツアーですと。
はい。
2回目、おかわり。
おかわり。
おかわりしに。
おかわりの量もしかも多い。
すごいすごいすごい。
おかわりの量を増やして、あの、オレオン州までおかわりしに。
高いおかわり。
そう、13時間ぐらいかけて。
はいはいはいはい。
おー、今回はね、あの、また、前回の、まあメンバーというかね、一緒に行ってたお一人。
そうね、パーティーが増えたっていう。
パーティー、そうだパーティーが増えてる。
パーティーが増えた。
パーティーが増えてる。だからね、あの、RPGで言ってもちょっと物語が進んでるぐらいの。
あーそうそう、仲間が増えたわけですよ。
仲間が増えてる。4人でね。
4人でそう、パーティーっぽいですよ。
パーティフルメンバーだよって大体。
大体ね。
はいはいはい。行ってね、そうなるとね、また、メンバーが増えたりするとね、そこの、エネルギーとか磁場とか、情報量もね、きっと変わってくるだろうね。
変わってきますからね。
そうなんですよ。
なんかね、前回はこう、すごく喋りたい気持ちになってたんだけど、体験を。
あー体験後に?
体験後に。
はいはいはい。
伝えたいみたいに。
伝えたい。
今別に伝えたくないっていう。
いえいえ、今収録中。
収録中で、今から語るんかなぐらいの。
全然伝えたくないっていう。
そんな伝えたくないっていうのは、伝えたくないっていうのはさ、なんかあるやん、いろいろ伝えたくないにも感覚が。
伝えたくないっていうのは、まだちょっとこう、自分の中で発行中だから、みたいな伝えたくない、みたいなケースもあれば、
もう別に、別になんか人様に聞いてもらわなくてもいいですけど、みたいな。
どっちでもないね。
どっちでもない。
プランC?
プランC?
なんだろうね、この感覚。
発行もした感じもあるし、
人様に、なんだっけ、もう一個。
人様に別に聞かせるような、モチベーションというか、そういうのは特にないよ、みたいな。
そうね。なんだろうな、この感じ。
何かを知るんだろう、みたいな、この気持ちなんだろう。
なんつーんだろう、言わなくても、深いところでも、無意識で伝わってるんじゃないかな、みたいな。
さっきの話みたいな感じ?
そう、さっきの話。
意識を共有してるというか、同じ意識を繋がってる。
別に今ここで言語にして伝える必要もないなって感覚があって。
例えば、シロシビン、シロシビンって今言ったけど、今回のツアーで摂取したマッシュルームの意識の世界はもう時間帯がないわけですよ。
次元数の高いところの。
そう、らしき即是空、空即是色の空の世界の中だと、もう何百年何千年もそれを体験したような、
ラゴジョー・サトルの無量空想を直接食らってるみたいな状況ですね。
感覚としてはね。
イメージとしてね。
イメージとしてはね。
その状況を体験して、そこにいろんな解釈をつけることもできるんだけど、
でも、時間というものがないって全部繋がってるってことを知ると、
別に今伝えなくてもいいというか、
いずれ分かるよ、みたいな。
時間のない世界ではもう分かってるから、みんなもともと一つで繋がってたんで。
ってなると、別に頑張って伝えなくてもいいな、みたいな。
急がなくてもいいというか。
急がなくてもいい。
死んだ後に気づくでしょうし、みんな。
実際に死んでる感じなんで、体験をすると何回も。
セレモニー中でね。
セレモニー中は何回も何回も死んでるんで。
生きてる間に死ぬ必要もないし、
生きてるも死んでるもある意味、一生っちゃ一生。
死ぬということもないって感じですね。
その世界の中では。
肉体をただ離れてるだけなんで。
肉体を離れた後にどうせみんな気づく話なんで。
分かってほしいっていうエゴがあると伝えたいってなるんですよ。
この感覚みんなにシェアしたい、みたいな。
そういうものは起こらない。
伝えようとしないことと大いなる意図
きっとみんな分かるから。
なるほどね。
っていうので、そんな感じですね。
なるほど。
っていう、新しい感覚なんですよ。
新しい感覚なんだ、それは。
新しい感覚かな。
何でもいい、どうでもいい感覚。
先生もともと何でもいい。
1年以上前から何でもいい感覚。
でも、もっとだね。
もっと何でも良くなっちゃった。
何でもいい党の方針になっちゃった。
何だ俺この漢字。何でもいいんだよ。
今回は記事一応書いたんだけど、
多分AIがなかったら書けないね、あれは。
もうあのノートはAIの手が入ってるなと分かる記事でした。
AIがないと書けないです。
そうだよね。
自分で伝えたいという意欲があんまないんで、
ただ感じたものをピックアップして、
自分の感覚と近いものを取捨選択して記事にしたっていう。
記録としてね、自分の。
伝えたいというよりも。
記録ね。
だから別に伝えたい気持ちが今はないです。
おお!そうですか!
なくなっちゃいました。
伝えようとしないからこそ伝わっていくっていうものもね、
あると思いますからね。
自然と広がっていくというか、
伝えようとしていないからこそ、
何て言うんだろうね、
偶発的にというのか、自然現象的に。
さっき言ってたような、
おのおののタイミングでとか、いずれみたいな。
すごくそういう世界観。
いずれっていうものはさ、また、
個々人でのそれぞれのタイミングっていう文脈も一個あるだろうけれどさ、
時代とか社会的なさ、ちょっと風潮とか、
そういうもののいずれもあると僕は思ってまして、
特にさ、芸術家とかさ、
建築家とか、ガウディとか結構いい例なのかなと思うんだけど、
偉人とかさ、
ガウディさんね。
作った作品がさ、
自分が生きている間に、たとえば完成しないとかさ、
自分の死んだ先の世界のことを見据えて、
そこに関わっているみたいな、
そういうものにすごい似た質感を、
私感じましたね、聞いてて。
そうだと思いますわ。
そうだと思います。
そういうことです。
そういうことです。
そういうことなんでしょうね。
伝えずに、ただなんか、
目の前の流れをやっていくというか、
意図すらも、
うん。
しないというか。
うんうんうん。
なんだろうな。
そう、意図を、
タイムウェバーとかで意図を決めるみたいなね。
ある、ありますね。
あると思うんですけど。
フォーカスするのにエネルギーをね、
フォーカスするのに、
どういう意図で調整かけますか、みたいな。
意図を意図しているような。
すごい、なんか言葉遊びみたいな感じになってきましたけど。
意図、
そうだね、意図を意図しているのか。
うーん。
だから、まあでも紐の話になってきますね。
お、紐の話にここから突入。
意図、つまり意図は、
一意識の意図を。
ここで言っている意図は、
インテンションの意図、それとも、
インテンションの意図です。
こっちの意図かと思いました。
あー、どっちの意図。
インテンションの意図ですね。
インテンションの意図ですね。
意図を、
一個人の意識の意図がたくさんあると思うんですよね。
タイムウェーバーとか使う人、
一般的な使い方としては、
そういう一意識の意図、多いとしている。
意図を意図するってなってくると、
もっと多分、多いなる意図に繋がるのかな。
一個人の意図があって、
その意図を包括する意図がある。
はいはい。
本来はその意図の意図までいくと、
本当の意味での、多いなる意識の意図になる。
全てが繋がってる。
大元のソースとか。
そう、ソースの意図。
そういうニュアンスだよね。
そこの意図が、
自分の下のレイヤーの意図と一致すると、
いい流れに乗れるんじゃないかな。
いい流れに乗れるっていうのは、
先生のお得意なシンクロニシティとか。
そう、シンクロニシティとか。
今日、私の解説が割れながら、
そういうことだと思うんですよ。
でもそうだよね。
大いなるソースとしての意図。
私もちょっと分かんないけど、
大ズレすることっていうのは、
基本的に、
神の御手の上で生きている我々は、
あんまりないのかなというふうには、
私は感じてるんだけど、
本流の糸と、意味を持たずに存在する植物
それでも多少の樹形図のところで、
本筋なのかちょい回り道なのかぐらいの、
たぶん物はあるのかなと思うんだけど、
もっとも本筋。
例えば、
今ちょうど目の前に、
これパキラと言うんですかね、植物。
植物の水を吸っていくのにも、
本流と枝葉の流れとかがあったりしたときに、
本流に近ければ近いほど、
流れが後押しがより、
ストレートスムーズであるとか早いとか、
ポポポポポポンみたいな、
枝葉のところだとまだちょっと流れとしては、
少し細かったりとか、
本流の後の後みたいな、
2番手3番手みたいな感じのところがあるから、
本流のところに近かったりすると、
おそらくシンコニシティが加速していったり、
それは大いなる総数の糸、
さっきの話で言うと糸とどれだけ、
一つになっているかっていう感じなのかな、
イメージとしては。
そうですね。
そうなるとね。
そうなると物事は無理なく進むっていう感覚がね。
そうだね。
自然界に存在しているいわゆる植物とか、
自然と本当に同じあり方になっていると思う。
だと思いますわ。
そうなってくると説明も別にしたくなくなるというか。
そうだね。だって植物語らないもんね。
語らないもん。
俺さーみたいな。
俺今日もさーみたいに言わないもん。
言わない。
ただある。
ただにこうね、ただ構成してるだけだから。
そうそう。そこに意味もないからね。
意味もない。
ただそうである。
目的も意味もない。そこで。
そのね、見た側の、基本的には人間だと思うけど、
解釈があったりとかね、するだけで。
そこに事実としては、構成をしている。
だからもうそれでいいんですよ。
それでいいんです。
そのままでいいんです。
そのままでいい。
だから、そうね、だからその、糸の糸さえ体感覚に落とし込めば、
もう目的も意味もいらないんだろうなって。
うん、そうだね。
何もいらなくなるんですよ。
糸の糸が腐に落ちると。
またあの、私の大好きなジューギューズの誰もいなくなった瞬間みたいな話を見た。
8番目かね、7番目ぐらいにありますけど。
だから、そうだね、日常に戻りますね、本当に。
最終的にね。
糸の糸、そう、だからもう結局何でもいいから。
うん。
だからすべてがOKになるというか。
そうだね。
さっきの枝葉の糸とかも、まあそれもそれで。
うん、そうだね。
いいでしょうみたいな。
なんかこう、我々人間のさ、生きている世界ではさ、便宜情報ネガティブとかポジティブとかさ、
いろんな評価があるじゃん。
なんかそれすらも許されているというか、
なんかあの、無限、もともとが無限の中で、あえて有限を作り出すクリエイティビティとか、
場合によっては遊びなのか、体験?体験が近いかなっていうのをしているものだと思っていて、
それがなんか、さっき例えた話だと、ちょっとなんか大筋の本流の糸からは、
ちょっとかなりだいぶ離れているかもしれない枝葉のところだったとしても、
それすらもう、無限の想像を想像するって世界観の中であえて有限っていうものを作り出しているから、
結局有限を作り出せるっていうことは、もう無限の想像者ってことだよねみたいな、ちょっとパラドックスっぽいけど。
そうなると本当に、文字通り何でも丸みたいな。
何でもいいの。
丸。
何でもいいです。
抽象的なフレームと変化するコンセプト
この感覚はね、ちょっとこう、言葉で理解するのとね、体感覚で腹落ちしているのとではね、またちょっとこう、距離感があるイメージなんですけど、
私もね、すべてを腹落ちしているとは思わないけど、なんかそんなふうには感じますね。
そうですね。これの腹落ちが深まっちゃったんですよ。
あら。深まっちゃった。
そうすると本当に、なんだろうね、社会で生きづらくなりますね、たぶん。
まあ、そうだろうね。
あの、説明をしなくなると。
わかるわ。
なんだろう、だからこう、例えば本とかで、いろんな独自の理論を喋ってる本とかあるじゃないですか。
うん。あるね。持論をね、みなさん。
すごい難しいフレームとかに。
あるね、あるね。
そういうのも見てても、まあ、そうだね、そうだね。
わかります。
一言の抽象化された言葉で片付けちゃうみたいな。
はいはいはい。
でもその言語化と構造化が人々には刺さるんですよね。
そうだね。
言語化と構造化って、この現世では。
わかりやすいものには安心するからね。
逆に未知とか不確定とか捉えようもないものには、それが安全か危険かが判断しづらいから基本的に一回危険アラートがなる。
確かにね。
そうだと思う。
そうだよね。
難しいよね。完全に構造化フレーム化するっていうことは、やっぱり難しいっていう表現にしとこうかな。
なんか、どうしてもそのさ、構造化する人とかさ、フレーム化する人の視点と捉えている感覚を通して出てくるものであるから。
なんかそれをなんか、全員に共通して、全員に共通する汎用的なものっていうのは、人ないんじゃないかなと思うんです。
うーん、そうね。
まあ、なんだろうな、現実の社会を生きる上で人に説明するにあたってのフレームで全部当てはめるのは難しいかもしれないですね。
だから紐理論ぐらい抽象化すれば。
そうだね。
全てに当てはまる。
全ては紐であった。
それぐらい抽象化すればその理論は当てはまる。
全てをもう包括していくとね。それはもうカバー範囲がこんな…
カバー範囲がすごいから。
そうなんだよ。
そうなんです。
そうなんだよね。
なんだ、一般的な世の中、研修とかで習ったそういうフレームあるよね。
あるね。
ちょっとパッと思い出せないけど。
3Cとかそういうやつ。
マイケルポーターだっけ?
そうそう。
4Pとかね。
そうそう、4Pとかあるよ。
5Pとか。
はいはいはい、コバイファネルとかね。
はいはい。
あるよ。
いっぱいあるよね。
あるよあるよ。
ああいうやつですよ、みんなが安心するのは。
そうだよ。
それはある種あれかもね。
何て言うんだろう、何かを判断する時の参照物であり、
ちょっとその参照物としては、私があくまでも個人的に感じてるのは、ちょっと正解っぽいっていうか。
そこを言っとけば、まあ大丈夫だろうみたいな感じだと思うんだけど。
そう思います。
でもちょっとこう、さっきの意識の領域とかさ、またちょっとこう、
なんかそういう、もう前提としてそもそも捉えようのないというか、
人によって捉え方と対策がダイバーシティみたいな感じのものだと、正解というものがそもそも存在しなかったりするじゃないですか。
そうですね。
もう全部が丸だから。
全部が丸。
そう。ってなると、フレームというかなんか、その人の体験とか腹落ちをしている人×その人の表現みたいなものだと、
なんか内容はすごい理解できてはいないと思うけど、なんか感じるわみたいなことは、
ある気がする。
そうだね。その人の経験とか。
そうそう。教科書的な内容として理解するのと、まさにこのポッドキャストですよ。実践です。
実践です。
やっぱ実践ありきだと思うんです。
フレームも時代を表してますよね。
時代を表してる。
その時々フレームが流行ってフレームが違うというか。
あー確かにね。
MBAとかが前世紀の頃はね、そういうわかりやすいマーケティングのフレームが流行っていたと。
でも変数が少ないですよ。昔の方が。
そうだね。
変数が少ないけど、時代が変わるにつれて4Cだったものが6Cになって。
あれ増えてるみたいな。
どんどんC増えていくみたいな。
世の中の変数が増えたからフレームもそれに合わせてちょっと改変されてる。
改変されてるね。アルファベットが1個増えてたりとかね。
でそのフレーム通りに進めよう。
実は時代の変化が遅いときはそれでいいんですよね。
フレーム通りに社会が少ない変数で動いてる。
そうだね。
でも今の時代は変数が無限に毎年増えちゃうから。
爆増。
だからフレームの意味があんまない。
そうだね。
多分最近流行るフレームとかもすごく抽象的なフレーム。
最近どういうフレーム流行ってるんだろうね。
わかんない。
まだあなたのアクセスしてないから。
昨日この場でイベントしてたんですけど、その方の出版した本の内容がコンセプチュアルワークみたいな。
コンセプトを持てみたいな。結構抽象的。
だいぶね。
それがフレームと言われるぐらいのものに今の時代はなってるんだなっていう。
すべては紐であるぐらいの抽象度の高いフレームが多分人に刺さる。
でも何かしらの型みたいなものとしてパッケージすることに人は安心する。
そうだね。枠がちょっと決まっている。
なんとなくね。なんとなく枠あるけど。
確かに確かに。
なんとなくの枠はみんな欲しいんだなって。
そうだね。お絵描きしたりする時に小さい子が描くようなやつってさ、もともと線とかが描かれている中で、絵の具この範囲で塗ってみようみたいな感じとかだとわかるけどさ、真っ白な紙渡されて自由に描いていいよって言うとちょっと困惑したりする人とかもいたりする。
そう思います。
私はそっちの方が合うタイプなのでちょっと違うんですけど。
仮置きするコンセプトを人生のコンパスに
そうなんでしょうね。
なるほどね。確かにね。
会社勤めとかそういう今までちゃんとした道を歩んでいる人ほどフレームを欲しがるというか。
そうだね。だってレールに乗るみたいな言葉あるやん。
ある。
レールってもう形そのものやん。乗ったらそこで進んでいって正しい正解を求めていくみたいな。
それもそれでいいんですけどね。
いいと思います。
楽しいですから。
それも楽しいし、それが自分にフィットしていて、心地いいというか、ストレスを感じながらもそれが自分に合っているんだったら本当にいいと思う。
だってもう用意されているから。
そうだね。用意されているからね。
ただそれでこれまでは来たけれども、何かの表紙でレールが途中でなくなっちゃったりとか、分岐しちゃったりとか、
別の交通手段に切り替える必要があるみたいな何かの出来事によって、そのレールじゃないことを歩まざるを得なくなったり、
もしくは自らのタイミングで歩むことになった時には、軌道という考え方が全然別物になっちゃうというか。
そうですね。
正解を誰かが教えてくれるものでは全然なくなってきちゃうというか、みんな分かんないみたいな。
そうね。だからそういう、このコンセプトみたいなものの話だと、レールは一本道。
軌道とかもある。コンセプトは割とこう、
球体みたいな。
球体みたいな。
割と何でもいけるというか、コンセプトを持て。という風に僕は解釈したんですけど。
すごいな、岡本太郎みたいな。岡本太郎のコンセプトを持てみたいな。
本当?岡本太郎みたいな。
コンセプトじゃなかったかな。でも何とかを持てみたいな。タイトルで岡本太郎も言ってたような気がします。
だから、何でもいいと言いながらも、多分自分の中にもコンセプトがあるんだろうなっていう。
そうだろうね。
何でもいい、どうでもいいなんだけど基本。何でもいい、どうでもいいと言いながらも、何かしらがないと多分死んじゃうんだろうね。
そうだろうね。何の選択もしなくなるもんね。
悪の世界でいいからね。
生きる必要なくなるから。
すごく包括しつつ、抽象度の高い何かを持つことが大事なんだなっていう。
コンパスになってくれる気がするな、そういうのがあると。
そういうものがあるんでしょうね、多分。
そうだね。
意図の意図。
意図の意図。
意図の意図に沿って生きるみたいなのが今の自分の中でのコンセプトかもしれない。
コンセプトはね、今の話で感じたけど、一回決めたら生涯添い遂げる系ではないからね。
こんな感じかなっていうふうに思ったら、さらにそこからね、また磨かれて、
マーケティングのフレームがだんだんアップデートされていくのと同じようにコンセプト自体がブラッシュアップされていくから、
一回仮置きしてみるとすごくね。
そうだね、仮置きが大事ってことですね。
名乗るの大事というふうに私も最近言われましたから。
ああ、そうね。
なので、看板をまず持ってみるっていうのは。
まあ、なんかね、こう、かたどらないといけないもんね。人と対面するときは。
そうだね。
なんか、何でも、本当に何でもよかったりするとさ、もう形を維持するのなくていいからさ。
そうなのよ。
うん、何でもよかったりするけれど。
でもやっぱりなんかこういうものがいい、それは自分の中で意識化されていないものだとしても、
あると思ってる、いわゆる意図してるところにエネルギーがピューって集まってきたりとか、
そういう形にはなっていくから。
見かしらの形を示す必要がある。
示す必要がある。
それは、やっぱりなんかこう、生きているものとしての特権であり醍醐味なのかなという気がする。
ねえ、自己紹介で、あなたは私で、私はあなたです。
やばい奴だよね。
やばい奴だよね。
って言われたらもう、やばいもんね。
やばいよ。
気をつけて。
気をつけて。
信仰宗教でしかないもん。
ポリス来ちゃうかもしれないから。
宗教味も出てくるし、ちょっと危険だから。
危険だよね。
あえてね、個体として分かれているっていうゲームルールがあるから、この世界は。
そうなのよ。
ダメよ皆さんも、あなたは私とか言っちゃったら。
幻世でのルールなんだよね、それは。
分離してるということが。
分かれているか、分かれていないとできないことをわざわざやるために来ている。
本当にそうなんだ。
分かれてなくていいんだったらもうね、死んじゃうのが一番早いので。
一番早い。
肉体を手放しちゃうのが早いので、あえて分かれていることによるメリットがむちゃくちゃあるということですね。
これを突き詰めていくと、もうどうでもいいんですよ、結局。
いろいろと探求した結果、宗教図になっちゃうんですよね。
日常こそがセレモニー
でしょ?
結局、要は腹落ち感が毎回違うんだけど。
腹落ち感が毎回深まってるんだけど、結局は日常を生きる。
日常をただ生きる、本当そうだよね。
ただそれでしかないっていうことだから、深める必要はないと思いました。
そう思いますよ。
深める必要はない。
そう思います。
深めようとか深めるってなると、自分はまだ到達できてない領域があるっていう前提だと思うけど、
多分、球体的なイメージが確かに円みたいな感じで、深さみたいな概念じゃないものとかだったりするとね。
そうね。深さ。腹落ち感かな。
そうだね。腹落ち感は、私は日常こそがセレモニーだと思うんですよ。
日常こそが神であると。
日常にすべてのジブリでいう子供みたいなさ、神様がそこに寄せかけて、はぁ?みたいな感じで、
メッセージとかサインをはもしまくりマクリスティなんですけど、
フィールドにもうすべて答えとかを用意されていて、それにみんなそれぞれが色のタイミングとか、演技とかの計らいによって何かしらを築いていく。
だから、わざわざ深めようとか、何か特別な体験をしなければ得られないものではないっていう。
ではないです。
日常にすべてがあるっていうのは、私もいい腹落ちしたとは思ってないけれども、
でもやっぱり日常はそういうものらしいとか、なんだろうなぁみたいなところから始まって、
なんか気づけばそういう意識になってきたなっていう感じだから。
そうですね。
特別なことではやっぱりないっていう。
そうですね。そう思います。
ただそこの、そこに触れることで早まる感じは。
そうですね。ちょっとチップ埋められるのか、自分の中で何かその回路が開通した状態で日常に。
もう従業主ですよやっぱり。
ドアを一回開いて。
一回ばらけて日常にまた帰っていくと。
まだ違う感覚。一緒なんだけど、なんかこう受け取ってるものが違う感じ。
そうだね。
早くなる感じが。
それはあると思う。
出会いから生まれる共同創造とシンクロ
だってこの間も、この間ここ来た時さ、人立ってたじゃないですか、目の前に。
目の前に人立ってた。ちょっとなんかこう、わーみたいな感じが見てましたよね。
説明が足りないよ。
言い方がね、中をちょっと気になってる人が。
ご来訪の方がいたじゃないですか。
ご来訪の方がね、いらっしゃって。
その方がいたんで、ちょっとお話しして。
なんか案内。案内というか、ちょっと説明して。
あの時さ、道路またいで反対側の対岸口でさ、ずーっと見えてたね、なんかもう。
ユーザー調査。
結構怖かったけどね。
こんな風に見られてるなんて、絶対あの人気づいてない。
絶対思ってないけど、まあそうね。
そうだね。
で、その後ね、お話をされて、そこからね、あのミラクルなシンクロニシティがあったわけで。
そこからそのまま、棚を借りてくださることになって。
で、その後、次の日ここでまたお話ししたんですよ。
次の日もいらっしゃった。
いらっしゃって、もうちょっと詳しい話をね、して。
で、話してたら、このビル、一階が飲食禁止なんですね。
当初はちょっとスナックにしようみたいな計画もあって。
でも、大谷さんがNGだと。
ちょっと飲食場みたいな。
みたいなこう、まあ事情があって。
で、その方とちょっと話してて。
で、そういえばここの、家というかこの物件。
うちの昔のスタッフが所有してるんですよ。
え?え?え?
所有してる、まあ結構いけじの物件を何個もこう。
へー。
たぶんここもその一つですみたいな。
へー。
で、今度会うから、なんか話しときますみたいな。
すごい、力関係の新たなこの角度からいける人が。
でも、すごくない?
すごいね。
そんなことあるって思う。
最初さ、一番最初のファーストエンカウントの時にはさ、近くでお店やっててみたいな。
その時点でもまあまあ結構珍しいことじゃん。
珍しいこと。
うん。で、その日に借りてくれて。これだけでもさ、わーシンクロ日記みたいな。
追いで来るわけ。
追いが来たわけ。
そんなことあると思ってた。
すごいね。
確率としてやばくない?
確率としてやばい。
いやー。
こんなことがね、よく起こるんですよ。
あら。
共同創造ってやつですか?
共同創造です。
共同創造。で、もう一個、おとといか。
おとといも、3年ぶり。もともと自分のクライアントで、その人は直島に住んでて。
コーチングのクライアントで。
で、久々に2年ぶりくらいかな、連絡があって。
ちょっと、何時でもしましょうみたいな。
で、その方は直島でコミンカみたいなのを始めるみたいな。
で、人を呼ぶみたいなね、そういう場を作るっていう。
それだけでもね、今やってる授業との親和性が高いんですけど。
確かに。
それプラス、ちょっと紹介したい人がいると。
紐の香りがしますね、非常に。
紹介してもらったら、その人も結構、我々の共通の知り合いの合図若松の有機農業で村作ってる。
ゲストにも出てもらった。
ひもしべ初回ゲストの宇野剛太さんですね。
そうそう、宇野剛太さんとかね。
めちゃくちゃ似たようなことをしていて。
で、なおかつ、そういった生活を7年ぐらいしてました。
で、今はちょっとそれが失敗して、あずみ野で似たようなことをまた。
あずみ野。
そう。で、あずみ野というワードに言われてるわけですよ。
あずみ野に移住するかもしれませんみたいなことを言われてて、違う経緯でね。
あなた?
そう、私。
あなた。
はいはいはい。
全くご縁がなかったですよ、あずみ野と。
聞いたことないね。
そしたら急にそんなあずみ野の人が現れて。
サインだね。
しかも似たようなことをしてる。
はいはいはいはい。
近いね、なんかこう。
めっちゃ近いでしょ。
近いね。
そしたらオンラインで一回話しましょうって言ったら、いやいやいやもう来週対面に会いましょうみたいになって、ここ来るんですよ。
出た出た、このあの紐が流れにめちゃくちゃなってるときのスピード感ね。わかるよ。
一人ひとり異なる意図の意図とのつながり方
っていうことが今起こってるんです。
あらー。
で、ここからまた何かが発展するんだろうね。
んでしょうね。
そう、だから伊藤の伊藤とこうなんか近しくなると、こういうわけのわからんシンクロがたくさんこう。
他にもね、あと2、3個あったと思うんだけど。
あら。
もう覚えてないんですよね。
他にもあった?吉野。
シンクロだらけだ。
ちょっと思い出したら言います。
はい。これもうね、たぶんね、あの聞いているリスナーの皆さんの声をちょっと代弁させてもらうけど、
え、だったら自分も伊藤の伊藤と繋がりたいみたいな人が、たぶんね、気になっちゃうと思うんですよ。
気になっちゃうでしょうね。
どうやったら繋がれるんですか?もう本当に誰って感じだけど。
気になると思うんですよね。
うん。そんなリスナーさんに是非。
もう、ちょっと今ひもミドルなのかな?
ちょっとLINEがもう分かんない。
ひもミドルなんじゃないですか。分かんないけど。
プレマスターにしとく?
分かんない。自分でもね、分かんない。
あー。
ダインとかも分かんないです。
あー。
ダイン分解。
ダインもなし。
ひも先生としましょう。
ひも先生からちょっと、もしそういうふうに言われたならどう答える?
えー。難しいね。難しいですね。
難しいよ。
やっぱりその、仏教のお坊さんの説法をする側の気持ちになっちゃう。感覚としてはね。
じゃあ説法をお願いします。
多分ね、パーソナライズしないといけないんだと。
あー、そうだね。
一人一人。
はいはいはい。でもじゃあ共通化して語れるものではない?
多分ないんじゃない?
あー。
まあ、さっきね、冒頭の話と一緒ですよ。エラ波を楽しんでる人もいれば。
そうだね。
ね、道に近い人もいたりする。
そうだね。
ここに、これによって。
確かにね。
もっとエラ波楽しんじゃいなっていう場合もあるし。
確かに。
そしたらエラ波ちぎれちゃってこっち来るみたいなこともあるし。
確かに確かに。
これしかもご本人が認識していることと、状況が全然違うみたいなこともあるもんね。
ある。
本人はまだ何かやった方がいいんですかって言ってるのに、もう全然あなた順調ですみたいなケースとかもあったりするしね。
あると思います。
じゃあぜひ先生のセッション。
お願いします。
そうですね。毎朝メジジングで。
お散歩。
無料コーチングしてるんで。
お散歩式でやってらっしゃるって。
お散歩式で。
はい。
っていう感じですかね。
ですかね。
随分語りましたね今日は。
随分語りましたね。
気がついたら語ることはないといいって。
ねえそう。今日は随分で輝きマンがよう話すなと思いましたけれども。
やっぱり語ろうとしてないからね。
語ろうとしてないからなのか。
語ろうとしてないと、流れで出てくるものが。
どういうことなんでしょうね。
流れのままに。
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