1. 超実践的ヒモ理論〜資本主義に疲れたキミへ〜
  2. #54 私は私でいるしかない!I ..
2026-10-29 37:33

#54 私は私でいるしかない!I am ME!みんな、お遍路に行こう。

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自分らしさ / 他者の期待 / バリキャリ / 四国遍路 / 歩くこと / 関係性


▼今回のテーマ

「残念ながら、自分は自分でいることしかできない」。でもそれって、幸運なことかもしれない。

ミュウミュウが語るのは、かつての“バリキャリ”な自分と、今の自分との違和感。人の期待に応えているつもりが、実は「自分が想像した他者の期待」に応えようとしていたのかも?

そこから話は、カガヤキマンの3泊4日の四国遍路へ。自然、街、お寺、宿での出会い。ひたすら歩くことで、身体やいろいろな関係性の中にいる自分が見えてくる。何が得られるかを決めずに、まず自分の足で体験してみる。ミュウミュウもお遍路に興味津々です。

「私は私、I am me」から始まる、ヒモ的な自分の見つけ方。


超実践的ヒモ理論〜資本主義に疲れたキミへ〜

ミュウミュウとカガヤキマンがお届けします。

#ヒモ理論 #自分らしさ #四国遍路

感想

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サマリー

みゆみゆは、うまくいかないことが続く中で「自分にできるのは自分でいることだけ」と感じ、それが残念であると同時に幸運でもあると語る。かつて約10年のビジネスキャリアで身につけた「バリキャリ女子」の振る舞いを、今も他者の期待に応えるために呼び出そうとするが、早い会話や自己紹介に違和感と負荷を覚えている。その期待は他者の実際の要望というより、自分が想像した「人は私にこうしてほしい」という期待かもしれない。輝きまんは、そこから四国遍路に行くことを勧める。輝きまんが体験した3泊4日の遍路では、朝から1日約20キロ、6〜8時間歩き、空海と一緒に歩くという「同行二人」の考え方や、88カ所の寺を巡る仕組みを味わった。獣道や雨、コンクリートの街、神社、宿での接待、外国人との食卓が交互に現れ、自然・社会・宗教・国際交流を一つの歩行体験に含んでいる。歩くことで、自分がさまざまな関係性の中に現れることや、肉体の疲労も含めて自分を多角的に見られると説明する。遍路は何を得るかが決められておらず、歩くだけだからこそ受け取るものが自由で、リトリートのように外界を切り離さず日常と非日常を統合できるという。最後に、みゆみゆは徳島の1番から12番までを巡る4〜5日・約100キロの半周モデルコースに関心を示し、リスナーと遍路を体験する可能性を話した。

「自分でいることしかできない」という感覚
超実践的ヒモ理論。ソーシャルシャーマンのみゆみゆと、クークリエイターの輝きまんです。
さて、今回のテーマは、私は私I am MEというテーマでございます。
でございます。これは?
今回、私です。
持ち込みです。
私の持ち込みです。
私、ここ最近、正確にはこの2、3日なんですけど、思うところありまして、
自分にできることは、自分でいることしかないのではないかというふうに、ちょっとうっそら感じ始めておりまして、
最初、ぱっと自分の中に浮かんだフレーズは、残念ながら自分でいることしかできないなと、まず思ったわけです。
それは、自分の中で、どうにかしようとか、こうしようみたいなことがあったときに、うまくいかないことが続いていたように感じていたわけなんですけれども、
そうなってくると、だんだん静かに手が上がってくるわけね。
いろいろ思いつくことはやってみたけれど、ちょっとお手上げかもしれないなというふうに、どうしたって自分の中で諦めつつあるわけです。
そうなったときに、残念ながら自分は自分でいることしかできないな、なんで残念ながらって思ってるんだろうな、みたいなものも考えて、
残念ながら自分は自分であることしかできないなと同時に、幸運なことに自分は自分でいることしかできないんだな、みたいなものも感じていて、
だんだん、昔からこさえてきた、私ってこういうものみたいなものとかが、樹皮がはがれるみたいな感じで、
あ、置いてきちゃった、みたいな感じのところから、あまりにも自分にとって当たり前だったものが、だんだん浮上してくるというか、あらわになってくる。
自分でこういうところあったなとか、こうだなみたいなものが、誰かとの関わりのときに、周りの人は私に対してむしろそっちの方をよく見ている、みたいなこととかにも気づいて、
こういうところがあって、こういうところすごい特徴的だよねとか、でも、当の本人にとってはあまりにも当たり前すぎてたりとか、あとはちょっとそういうの抑えなきゃなとか、やってたんだけど、
なんかもうそれしか残ってないっていうか、それしかないなーみたいなものを感じ、私は私、I am me、ということが今ここにあるっていう。
なるほどね。
はい、感覚の部分がすごく多くて、かつ、体験として自分が味わっていったり経験していくのは、今まさに進行中でこれからっていう感覚もあるんだけど、私はそういうことを感じておりましたところ、
なるほどね。
このね、収録前のときに、ひも先輩のかがやきまんから、大変路行ってきたらいいよというふうに言われたので、大変路の話もね、今日はぜひ聞きたいなと思ってます。
大変路、そっかーそうですよね。
はい。
バリキャリ時代の自分と今の違和感
ちなみに何が残念ながらだったの?
残念ながら?何が残念ながら?
あ、やだ、コーチング。
確かに。
残念ながらか。
なんだろうな、ちょっと俺っちに問うてみるね。
今感じましたのは、きたいぞ、こういうふるまいとか、こういう自分って、私はこのきたいっていうものはさ、昔は人からのきたいっていう表現をしていたんだけど、普通に。
でも今は、人からのきたいって言っているものって、もとをたどると自分が想像している、人は私に対してこういうのを求めてるんじゃないか、期待してるんじゃないかっていう、結局自分自身によるきたいだと思ってる
んだけど、
それに対しても残念ながら、それはちょっと難しいなってなってきている感じがあるんだよね。
例えば、私、一応ビジネス的なキャリアが10年ぐらいございまして、このポッドキャストのプロフィールにも、たぶん書かれているのかな、バリキャリ女子みたいな感じとかね、そんな時代があったわけなんですけれ
ども、
今でも私の中に、バリキャリ女子としての自分像っていうものはいるわけです。こういう振る舞い、こういう自分、こうあるべきと思って生きていた時代の自分がね。
で、その自分が今でもビジネス的なコミュニケーションとか関わりとかのシーンにちょっと触れたりすると、このモードでいかなきゃみたいな感じで飛び出していくわけ、私のバリキャリ女子が。
でも、やっぱり違和感がもう同時にあるんだよね、今の自分にとっては。
なんかこう、もう癖というか、体の感覚としてかつてやっていたような感じだから、そういうビジネス的な自己紹介の時の自分のテンプレートのやつを喋ろうとするときに、口がなんかもう前みたいにうまく回らなくなって
いるとか、結構早いテンポのコミュニケーションのラリーとか。
かつてだったら、もう本当になんかクイズ早押し回答みたいな感じでパーンって叩いて、バーンって回答するみたいなことが、もうできないというか回路がもう変わっちゃって、この辺で見ている自分が、
あ、かつてやっていたけれども、今はやっぱりそこに対して負荷が、そのスタイルに負荷があるんだな、みたいなものも思って。
私の中で、前はできてたから、まあいざとなればちょっと少し引っ張り出したら、またそういうのを演じることができるだろうとか、そういうバリキャリ的なね、雰囲気を。
でも、それはもう残念ながら、本当に難しいんだなって自分自身に感じているところが、残念ながら、私はもうこの今の私でいることしかできないって思ってるのかなっていう気がする。
で、他者からね、今の自分がどう見えているのかっていうのは、その本人に確認しないと、もう絶対にわからないことだけれども、私の中の物語としては、すごいもうガチーと作ったバリキャリじゃないと、やっぱ自分は
ビジネスの中で居場所がないっていうふうに思っている、そういう信念も存在するから、
うわ、なんかこいつ上手く喋れてねえとか思われてるんじゃないかとか、いろんなそういうところからね、期待、難しいわーみたいなことを感じている最中なんですわ。
はいはいはい。
はい。
そういうことね。
うん。
周りのがどう見てるかっていう。
うん。
そこの期待に合わせにいこうとしてる自分がまだいるって感じなのかな?
そうだね。あると思う。あると思うし、これからもその癖は出てくることはあるかなとは思う。
うん。
でも、その癖があるっていうことには気づいているっていう。
そういうことね。
うん。
3泊4日・1日20キロの四国遍路
やっぱあれだね、おへんろへ行くといいね。
あ、来たここで。
その心をね、聞いてみたいね。
おへんろへ行くといいかもしれないかな、その質感がもしかしたら。
ヒントはありそう。
あ、おへんろね。
最近ね、おへんろ、先生行かれたということで。
おへんろ、そう、おととい3泊4日かで、1日間、1日20キロぐらい歩いて、
朝の6時ぐらいに起きて、7時に出発して、4時ぐらいに着くみたいな目的地に。
だから、6、8時間ぐらい歩くのか。
で、おへんろそのものは、もともと空海が修行してた旅路とか寺が88カ所あって、
実際に修行してるかどうかわかんないんだけど、そういうふうに伝えられていて。
で、その寺を一個一個巡るっていうのがおへんろなんだよね。
で、おへんろで、棒持ってこう、おへんろもあるじゃん。
棒と白い服着てると思うけど。
で、あの棒も、あの棒が空海さんらしくて。
棒そのものが?
棒そのものは空海。だから、同行2人って書いてあるの、棒に。
へー。
空海と一緒に歩いてるんだよっていう設定なんだよね、あれ。
そういう設定なんだ。
そうそう、そういう設定で一緒に歩くと。
で、ひたすら歩くわけですよ。
もう歩くしかしないから、何の特別なこともないんだけど、
この歩くという営みと、日をまたいて、宿に泊まったりすることもあるんだけど、
その、もうほんと、もうやんなくてもいいことだよね、全部。
そうだよね。
ただ、歩く。何で歩いてるのかわからん。でも歩くだけっていう。
でもこの行為の中にもいろんなことが結構詰まっていて。
自然・社会・国際交流を歩いて体験する
でも歩く道も、獣道みたいな森の中で神聖なもののけ姫みたいな森も歩くわけですよ、3時間とか。
うんうんうん、3時間。
そこを歩いたと思ったら、次普通のコンクリートの、この社会の、作ってきた文明を感じながら歩いたりとか、
それをまた2、3時間歩くみたいな。
で、それを経たら次は神社に行って、壮大な神社を見て、スピリチュアリティを感じる。
と思いきや、その日はホームステイみたいな感じで、宿望がいっぱいあるんだけど。
宿望に泊まると、そこにいるおかみさん。おかみさんっていうほどの旅館ではないけど、ちゃんともてなしてくれる人がいて。
で、それはお接待っていうのかな。お接待してくれるんだよね。
おフェンドの服着てるだけですごい、街の中で果物くれたりするわけ。
おフェンドしてる人イコールも空海みたいな感じだから。
自分がもうある意味、神聖なものなんだよね、歩いてる瞬間。
だからこう、要は自分にお祈りしてくれる人がいたりとか、
要は自分が神になっている感じもありつつ、ただ歩いてるだけなんだけど。
要はこの、おフェンドのすべてのプロセスの中に、しかも土砂降りの中ずっと歩いてるわけ。
雨だったからね。
雨だったからね。
大雨だったから、土砂降りの中もひたすら6時間くらい歩くわけですよ。びしょびしょ寝るような。
この行為の中に、全部詰まってるんだよね、この社会が。
要は一般的なリトリートとかってさ、現世から離れて森の中で自然感じてスピリチュアリティ感じましょう、この4日間みたいな。離れましょう、現世から。
非日常みたいな感じね。
そうそうそう、非日常じゃん。
でもそれって世界を表してないじゃん、ある意味。非日常だけだから。
でもおフェンドは交互に来るんだよね。
非日常と現実、そして人間社会との営み。
お接待して、みんなに食卓を囲んで新しい人と話してみたいな。
そうすると自分がどういう人間かっていうのを改めてわかるみたいな、その社会と接する。
で、それをしながら、次の日また土砂降りの中を歩くみたいな。
自然との調和も感じるわけですよ、今日は雨だ、今日は晴れだみたいな。
だから一つ一つに感謝が湧くみたいな。
で、かと思ったら、獣道の中ではすごい神聖な自然を感じて、
でもその瞬間、それが終わったと思ったら、コンフリートだらけの人間が自然を壊したという世界も垣間見れてみたいな。
で、なおかつ外国人の人がめちゃくちゃ多いから、おフェンドって7割外国人なんだよね。
一緒にホームステイみたいなところの宿泊に泊まると、外国人との交流もあるわけ。
食卓一緒に囲んでご飯食べるから。
そうすると、日本と世界っていう関係性もその中で味わえるんだよね。
国際交流することで。
そうすると日本を相対的にも見れるし、外国のことも知れるしっていう。
関係性の中で自分を多角的に見る
だからもうマジでこの歩くという行為の中で、自分をいろんな角度から、いろんな関係性の中からメタ認知もできるし、
自分がどんどん暴かれていくというか。
いろんな角度からね、見るから。
そうすると結局何でも良くなってくるんだけど。
こういう自分もいるし、こういう自分もいるし、こういう人生の場ではこういう自分だし、こういう社会の場ではこういう自分だし、
全部自分なんだよね、結局。
関係性の中で自分が現れるから、全て。自分なんてないっていうね、結局。
関係性の中で自分がいるだけで自分は結局ないから。
おへんのはいろんな関係性を属性から、人間、社会から、スピリチュアルなところから、自然から、全部の方向でいっぺんに押し寄せるから。
こういう感じねっていう。
超多角的に関係性を味わえるっていう。
ただ歩くってだけですよ、アクティビティ。
うん、アクティビティただ歩く。
歩くだけ、いちいち20キロ、しかもめっちゃ疲れるから、ヘトヘトなわけですよ。
20キロだもんね、そうだよね。
女の子もいたけど、足に豆できて土地歩けなくなったりとか、それも込みで肉体という関係性だよね、それは。
そうだね。
だからね、おへん路はね、すごくよくできてるなって思う。
裾が広いっていう、スピリチュアは興味がなくても歩くだけでいいから、しかも結構ゲーミフィケーションされてるから、
拠点1、2、3、4、88コマ路を制覇しようみたいな、そういう人もいるし。
でもスピリチャイティーとかそういったものが好きであれば、その寺のね、会計とかを知って、そういう楽しみ方もできるし、
自然を楽しむこともできるし、コンテキストがすごい多いから、楽しみ方がその人の認知で無限大というか。
うんうんうんうん。
だからね、そう、全然おへん路なんかチェックしてなかったけど、今回体験してみて。
あ、今回初おへん路ですか?
今回初おへん路。
あ、そうなんだ。なんかやってそうなイメージあるけどね。
初だったんですよ、今回。結構いいよっていう話は聞いてたけど。
うんうんうん。
まあでもよかったね、よかった。
気づきがあると思います、おへん路は。
うん。
何を得るか決めない遍路の自由さ
あれません?さっきのね、みゅみゅの言ってた話でも通ずるとこがありそうだな。
うん。おへん路をさ、やっていないものがおへん路を語るのはさ、はばかられる気持ちありつつ語るんだけどさ、
おへん路ってさ、言ったらそのおへん路のルートコースとかさ、前行程だったら45日みたいなものがあってさ、
その意味ではゴールはあるはあるじゃん。
でも、それによってこれが得られるみたいなものはさ、特に定義はされてないじゃない?
さっき言ってたように、やらなくてもいいことでもあるし、そこに、徳島県外の人だったら特にね、
飛行機で移動するとかさ、そこにいろんな投資をしてやるけど、何が得られるかみたいなものは特に定義されてないから、すごい未知数。
うん。
だからこそ、しかもアクティビティは歩くのみ。
だとすると、なんかすごい、その人によって受け取るものがものすごいこう、自由な変数になっている印象がまずあって、今聞いててね。
で、歩くだけになるともう、やることは歩いて、今日の宿に到達するのみだよね、おそらく、だとすれば。
ってなると、すごいなんかそこにこう、なんていうんだろうな、意識を寄せることはもうただ足元だけとかになってくると、ものすごいここになんかね、空間が生まれるような気がして。
うん。それによっていろんな気づきとか、人それぞれの気づきみたいなものが、めちゃくちゃ流れ込んでくるような体験なのではないかとは思ってるけれど、やってみたら違う気づきはあるかもしれない。
そうね。まさに、いわゆる内製はもちろんできるんだよね、スペースがずっとあるから歩いて。
うん。
で、このスペースを作るだけだったら、なんでもいいわけじゃん、ビパッサナーでもいいし、リトリートでもいいし。
ただ、おへんの違うのは、やっぱり外界の接点が同時にいっぱいあるっていう。
うんうんうん。
そうすることで、その汚いものも見ないといけないし、そこのコントラストを感じられるっていうのがおへんの特徴だと。
他にたぶんね、こういうものはね、一緒に主管してくれた、出演した人もいろんなスペインのおへんのみたいなものとか。
巡礼か。
スペインの巡礼とか、チベットの巡礼とか、いろんな巡礼してるんだけど、おへんのは唯一無二だって言ってたね。日本にしかない。
巡礼おへんののプロからしてもおへんのは唯一無二?
おへんのは唯一無二だって。でも確かにそうだなと思った。ないよ、この体験は。
でもさ、非日常と日常のコントラストとか行き来をするっていう話をさ、してたけどさ、おへんのことに対して。
それって、空海がおへんのしていたときよりもさ、おそらくコントラストはさ、もっとはっきりしてるじゃない?現代は。
それもまたなんか、うん、現代にあるしぴったりな体験なのかもね。
だと思う。しかも外国人も入ってきてるから、それによってさらにアップデートされてるんだよね。
すごい、もうなんか誰も仕掛けてないのに、自然とおへんののプログラムアップデートされてるでしょ。
アップデートされてる。現代に合わせて。
ね、時代がおへんのコンテンツをなんか設計している気がしてきちゃうね、だとすると。
そう、そうなの。だから全部が統合されてるんですよ、そういう。
見えない世界も国際的なことも、日本という時点、現在地もこう。
そういった意味ではなんかすごいなっていうね。
リトリートとかだと全部を切り離すからさ、そういったものを。一回でましょうって話は。
そうだよね。自分の中の静けさを感じるために別空間というか、まあちょっと隔離だよね、言ったら。
して、その状況をまず作りましょうって感じだもんね。
それはね、たぶん一回するのはすごい大事だと思うんだけど。
うん。
でも自分の中のテーマは統合だから、物質と精神。
そう考えるとやっぱおへんのはね、もうすでにめちゃめちゃいいプログラムじゃんって、統合する上で。
若い世代にも開かれた遍路の歩き方
おへんの行きたいですわ。
行きたくなってくるでしょ、この話聞くと。
いやもうすごいよ、これ、おへんののプロモーションね。
ねえ、まじで。
だから若い子がしかも歩いてないんですよ、おへんのって今。だいたいリタイアした60代ぐらいのおじさんがマジョリティなわけ、あと外国人。
それももったいないなっていうね。
ニュースで見ましたよ、あの、体力のある若者がみたいな言葉あるけれども、実は20代から60代とかの幅で言ったら60代が一番体力ある説みたいな。
そうかもね。
20代とか30代とか年齢が上であればあるほど体力が現代はあって、若者は逆にすごい低いっていうグラフを見た。
そうかもね。
だからちょっと若者代表としておへんを。
でもなんかこれはね、女性が歩いてるってだけでも結構レア度が高まるから、お接待もしてもらいやすいかもしれないし、
あと泊まる宿々で必ず誰かしら一緒になるはずだから、そこでいろんなおじさんとも話せるわけ。
すごいなんか、日本。
どうぞ。
ただ酒が好きなおじさんがいたりとか、おへん堂も100周目ですみたいなおじさんがいたりとか。
いろんなおじさんと出会うチャンスがあるわけ。
人生も聞けるしね、話そうと思えば。
安心安全にできるバックパック旅みたいな感じだね。
そうだね、そういう感じだと。
ちょっとこれあの、オープンなコンテンツでもあるにかかわらず、具体的な質問しちゃうんですけど、
おへん堂をするにあたって、なんか私は今さ、こういうのってやっぱりおへん堂というものを体験するのにさ、
おへん堂とかをやってたりする人にジョインする形の方が、やっぱなんか楽しめるのかなというふうに想像して、
今私もさっきの、本当に数十分前におへん堂っていうキーワードを急に受け取ったからさ、もう無知なんですけど、
そういう何かにジョインするタイプとさ、もうど素人一人でググって調べてやるみたいなパターンもあるじゃないですか。
私はなんか前者の方が今いいなって感じてるんだけど、なんかどういう…
まあでも一人でもいいと思うけどね、結局一人で歩くだけだから。
本当に?
一緒に行ってもあんまり、まあ誰か一緒に行ってもいいと思うけど、全然一人でも行けるね。
つえはどこでもらうんだいとかすら気になっちゃうぐらいあれよ。
それはまあ検索すれば出てくるから、あとおへんのマップっていうアプリが。
おへんのマップをダウンロードすれば、そこに結構いろんな宿が載ってたり、目的地が全部書いてあるから。
そうなんだ。
そのマップ通りに歩けばOKってなる。
すごい、おへんのヘルパーって書いてある、アプリの名前。
へえ、すごい。すごいなんか臨場感帯びてきた、だんだん。
こういうなんかね、ツールとかで見ていくと。
徳島半周モデルコースと体験への誘い
いやおへんのいいんじゃないかな、みゅみゅには。
ほんま?
そう、統合してったほうがいい気がした、そういう。
私は私だけど、他の自分だってでもないからね。
自然とこうアプリ出されるような。
へえ、ちょっとヘンロヘルパー見てみるわ。
うん、ヘンロ。
ヘンロね、徳島も行ったことないかな、私。
徳島ね、そんな行く機会ないよね、徳島。
そうだね、でも徳島って、あれも徳島でしたかな、つるぎさん?
うんうんうん。
もう徳島だっけ?
つるぎさんもそうだね、徳島だわ、そうだわ、言われてみれば。
うん、ねえ、輝きまんは言ってましたね、つるぎさん。
おへんろアクティビティ。
アクティビティですよ。
うん。聞いている人もね、ちょっとおへんろに興味が湧いてきているかもしれない。
うん。やってみるのが一番ですね。
そうだね、やって気づくことのほうが圧倒的に多いと思うから。
ネタバレさせてしまっているから、この今日のエピソード。
でもこのね、体感覚でさ、経験していない状態で言葉としての情報を入れてもね、入ってるようで入ってなかったりしますから。
そう、だからこそ、せっかくね、肉体があるから、自分の肉体で自分自身が何を感じるのかっていうのを、そっちがより気になってくるよね。
そうだね、特におへんろは、そのなんか精神世界を突き詰めていたり、なんかもう現世とかしょうもないわと思っている人ほどやったほうがいい気がしてる。
このポッドキャストのリスナーさん、当てはまる方いらっしゃるんじゃないですか。
結構いそうだなと思って。
ひも理論でおへんろツアーしますか。
確かに、それいいじゃん。
待ち合わせして、今日この日高校の宿に泊まるみたいなところだけはもう決めといて、あとはもうおのれのペースで、しゃべんない、ご自由にどうぞみたいな。
でも、一人でやってるけど仲間はいるみたいな、そしたらさ、ちょっとジョイしやすいじゃん。
おへんろはね、まじでそんな感じ、みんなで。
ね、それがいいよ。
ちょっとあの、ぜひリスナーの方、11月におへんろしたい方、一緒に行きますよ。
おへんの旅。
おへんの旅、はい。
いいんじゃない?5日間ぐらいでもいいかもね、じゃあ回って。
うん、私さ、今もう目星をつけてるのが、徳島歩き辺路半周モデルコースの前半、4から5日間の100キロ。
うんうん、ちょうどいいかも、それぐらい、最初の体験で。
あの、徳島の全23座所のうち、1番から12番まで、小山寺っていうのかな、あたりまでは歩くプラン、これちょっとね、気になってますよ。
いいですね。
ええ、ぜひ、歩くのは、ソロアクティビティだとしても、仲間とともにできると、私もハッピーなので、ぜひ、コメント、我こそはという方、お待ちしてます。
まあ確かにそうだね、まあ行く日だけ告知して、この日歩いてますぐらいでいいかもしれない。
あー、オッケーオッケーオッケー、もうあれですね、私が徳島への飛行機のチケットを取ったらもう確定ですね。
でもおへんのはね、いろんな不思議なことも起こるみたいです。歩いた人は、今まで生け分かれになってた息子と会ったりとか、2億円の借金が返せるようになったりとか、結構ね、不思議なことも起こるらしいです、おへ
んの歩いた人は。
やはり私、ひもとして目の前に現れたことは採用する自分でいたいという気持ちもありますので、11月ちょうど涼しいですし、12月になるとね、ちょっと寒さが、もう今だよね、だから。
今ちょうどいいと思う、季節的には。
ねえ。
ベストタイミング。
ベストタイミング。
ベストタイミングですよ。
ちょっとね、おへん路、聖地巡礼おへん路、4日か5日だったらさ、本当に自分が行くって決めさえすれば、今からでも調整できるぐらいの日程じゃないですか。
全然できますよ。
だから、ぜひね、みなさん、もしかしたら、途中でばったり鉢合わせるみたいな、そういう不思議現象もね、大歓迎でしょうね。
あると思う。
うん。やだ、その気になってきた。ばっちりその気になってきた。いいじゃないですか。
いいじゃないですか。じゃあ、そんな感じですかね。
私がおへん路に踏み出そうとしているっていうエピソードでした、今日は。おへん路のいざない。
はい、そんな感じでね。
今日のエピソードのまとめは、一旦おへん路を自分で体験して、何を受け取るのか、後から答え合わせしてみよう、みたいな感じですね、だとすれば。
うむ。
うむうむ。
ぜひ、おへん路、本当に日程決まりましたら、何かでお知らせさせていただくんで、ジョインしていただいてもいいですし、
僕、私はソロでおへん路、別で行くからね、みたいな感じだったら、やってみてどうだったかの感想も本当に教えてください。めちゃくちゃ気になる。
ぜひぜひ。
はい、ではそんな感じで、今日のエピソードは締めくくっていきますか。
はーい、お願いします。
はい。
超実践的ひも理論では、宇宙、真相、真理、内的世界といった意識の本質に関するテーマを配信しております。
このチャンネルのプロビール欄からお便りを募集しているので、感想や取り扱ってほしいテーマなどぜひ投稿してみてください。
喉がガサガサしてきた。
コメントも全部読んでおります。チャンネルのフォローもぜひよろしくお願いいたします。
それではみなさんまたお会いしましょう。
おへん路も行ってみよう。
行ってみよう。
37:33

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