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こんにちは、パーラーかぜまちへようこそ! ということで、小説家金吾、風待葵です。
新しい小説を公開したので、それの元ネタとか小ネタをちょっと話そうかな、という体で、好きなバンドとか映画の話もするよっていう、まあ回ですね。
私は元々あんまり、自分のその作品の元ネタ小ネタって、開示をしないというか、書いたもの以上の情報を出すっていうことをあんまりやったことがないんですけど、書工とかを読んでもらう友達とかにもあんまりそういう話はしなくて、
どっちかっていうとその相手の人が何を考えながら読んだかとか、それの方が気になるので、まあ聞いて、なるほどなるほどって言って結構、自分からはあんまり喋らないみたいな感じだったんだけど、まあでもこれなんていうのかな、その自分のその書いてるものに対するスタンスだけじゃなくて、
割と全てに言えることだと思ってて、あんまり自己開示を自分からできないんですよね。なんか何を喋っていいのか基本的に多分わかってなくて、聞かれたことにしか答えてないんですよね。
まあそういうのも話した方がいい場合あるんだろうなっていうのをなんか最近感じてきているので、ちょっと話してみようかなということで、このテーマでいこうと思うんですけど、
私が書いた小説を別に読んでなくてもわかるようにできるだけ話したいとは思ってるんだけど、もしその美大地ネタバレを浴びたくないとか、まあどうせだったらちょっと読んでから聞こうかなとか思ってくださる方がいましたら、あの書く山の方であげてますんで、よかったら読んでいただけると大変嬉しいなと思います。
自分の作品のあらすじっていうともう一言で終わるんですけど、主人公が女子高生で、友達がいない女の子で、現代文の授業を受けることだけが楽しみみたいな子が主人公なんですけど、その子がちょっとだけ現代文の先生と交流を持つみたいな話ですね。
まずこの学校の設定、高校の設定に関しては、私が実際に通っていた学校をそのまま使っているという感じで、何回か前のラジオで話したかなと思うんですけど、私の学校は吉祥寺にあって私服の学校で、校則もなくてっていうところで、
高校時代のことを思い返しながら書くとなると、制服を着たことがないので、そういう制服を着ている学校の設定っていうのを書くことにあまり自信が持てなかったんですよね。
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今回初めてぐらいで私は青春小説を書いているので、その設定を反映しながら書いたことがないジャンルを書くっていうのが結構難しいなって思って、意外と自分が青春小説を書けなかったことにも関係あるなと思っていて、
制服を着ている学生というか生徒を書く時点でもうつまずいちゃうみたいなところがあったので、思い切って自分の高校時代の話に、自分が通っていた高校の話にしたっていうところですね。
ただ人間関係とかは結構違うというか、書くですけどっていうところで、高校の設定はそんな感じで考えていきました。
この女の子が友達がいないもんだから、行き帰りとかも一人で通ってるっていう設定なんだけど、この女の子が何の音楽を聴いているかっていうところで、私ははっきり書いてないけど、設定上ではベースボールベアの29歳っていうアルバムを聴いている設定にしてるんですけど、
ただリリース時期とかは完全に無視しているので、正確なリリース時期とかではないんだけど、私が実際に17歳の時にベボベの29歳を聴いていたのでっていうだけで設定を最初に考えたんですけど、
こういう感じで、私結構固有名詞とかをそんなには使わないんですよね。私の青春時代の話をしたいわけじゃないから別に。
読んだ時にそれぞれの人の読者というか読み手の青春時代に別に寄せてもらってよくて、特に設定上私服の学校っていうと結構入りづらいと思うんですよね。
大体の人が制服だったりとか制服に近い服装で学校に通ってたりとかもすると思うし、校則もあったと思うんですよ、大体の人の学生時代ってね。
なのでそういう部分で結構入りづらいっていうのもあるかなと個人的に思ったので、音楽とかに関しては聴いてる人が本当に自分が好きだった音楽とか、
あとは何ですかね、結構音楽がわかる人だったらこの女の子ならこういうの聴いてるんじゃないかなとか、
そういうことを想像しながら読んでもらえればいいかなというところで、その読んだ方の好きなものを聴いてる設定で読んでいっていいよみたいな気持ちですね。
私の高校時代はやっぱり本当にベボベ大好きで聴いてたので、高校の学校に通ってた時の記憶っていうのはあんまり正直ないんだけど、
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ベボベを聴いてたことはすごくよく覚えていて、ライブに行くのも好きだったから一人でクワトロとか行ってたね。
あとゼップ東京も行ったし、よく一人で行ってたなって思うんですよね。
今は私あんまりライブとか行かなくなっちゃったから、当時はすごくほぼ唯一ぐらいの楽しみだったなって気がしてますね。
この先生の年齢は小説の中ではっきり書いてはないけど、先生の年齢も29歳で設定をしていて、
先生の位置づけみたいなのを考えた時に、自分の当時の憧れみたいなのの擬人化みたいなのと、
あとは私の年齢ですね。自分がわりともう高2の時の自分とちょうど12ぐらい離れた年齢になってきているので、
ある意味今の自分みたいなところもちょっと入れながら混ぜて書いたみたいな。
自分ではそういうつもりで書いたので、あえて29歳っていう設定にしてるんですよね。
読み取ってほしいわけではないというか、それを別に読者に要求してるわけじゃないんだけど、
自分の中の裏テーマっていうか、こういう作品を書きたいなって思った理由としては、
過去の自分に会いに行くみたいなところが1個テーマとしてあったんですけど、
過去の自分というか、過去に対して後悔みたいなっていう言い方が正しいのかな。
後悔的なものが残ってる時期っていうのが誰でもあると思うんですけど、
多分私は結構それが高校時代だったのかもしれないなって最近思ったんだよね。
過去の自分が、結構しんどい時期とかみんなそれぞれあると思うんですけど、
しんどい時期にいた自分を何かしらで乗り越えて過ごしていくってなった時に、
確かに何かしらで乗り越えてはいるんだけど、
今の自分としては過去の自分に対してこういうふうに言ってくれる人がいればよかったとか、
あの時こういう人が言ってくれたらよかったなみたいなことを思う時があるんですよね、私が。
だからそれを今の自分がやりに行くみたいなイメージなんですけど、
物理的にも過去の自分を救うとか声をかけるみたいなことってできないんだけど、
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小説を書いたりとか何かを作る過程で、
そういう過去の自分との回路が開く瞬間みたいなのがあるんじゃないかなって気がしてて、
それをやりたかったみたいなのが一個あるかなというところですね。
先生の設定に関してはそうね、自分のエピソードとかもちょっと入れながら書いてるところがありますね。
過去との繋がりみたいな話で言うと、多分この数年でそういう映画を見てたなっていうのを振り返って思ったんだよね。
具体的に作品名を挙げると、
アフターサンと秘密の森のその向こうと異人たちっていう映画なんですけど、
先生が出てくる的な意味で言うと多分韓国映画のハチドリとかもちょっと入ってくるかなっていうところはあるんですけど、
この辺りの作品、過去が重要なテーマとして出てくる作品なんですよね。
アフターサンとかは特にわかりやすいんだけど、
小学生の女の子が父親と行った夏休みについて思い出すみたいな作品で、
思い出してるのは大人になった女の子なんですけど、
これって何て言うんですかね、思い出すという行為自体を映像にしてるみたいな映画なんですよ。
だから細かい説明とかはないんだよね、何もなくて。
ただ夏休みの様子が映されていくだけなんだけど、
見終えた時に全ての事情がわかるみたいな作りになっていて、
すごいね、抽象的になっちゃうんですけど説明が。
もうそうとしか言えないんだけど、今の私には。
実際に映像で映ってるのは子役というか、子供の時の主人公の女の子とお父さんなんですけど、
それを思い出してる大人の視点みたいなのも入りながら映像を作っていってるので、
その事情がわかるっていう話だと思うんですけど、
私ずっと大学の時とかも含め、青春小説を書けなかったんですけど、
っていうのはあまりにも距離が近すぎたんだと思うんだよね。
当時の私はあんまりうまく青春時代というか、
そういうものとの距離の取り方みたいなのがわからなかったし、
言ってしまえばあんまり思い出したくもないというか、考えたくもなかったから、
うまくできなかったんですよね、いろいろ。
っていうのがあり、そのアフターさんとかを見た時に、
距離の取り方みたいなのがヒントを得たみたいな気がしてて、
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っていうところで結構ね、元ネタというか、参考には絶対にしているだろうなっていう作品なんですよね。
秘密の森のその向こうもね、参考にしたところっていうと、
あらすじを軽く言うと、主人公の8歳だか9歳くらいかなの女の子が、
自分と同じ年頃だった時のお母さんに会いに行くみたいな話なんですね。
だからファンタジーっちゃファンタジーなんですけど、
お母さんに会いに行く話って言っちゃったんだけど、
おばあちゃんも同時に関わってくるんだけど話に。
だから小さい頃のお母さんに会いに行くことによって、
一緒に暮らしているおばあちゃん、つまりお母さんのお母さんにも会うっていう風になってるんですけど、
実は物語の冒頭でこの主人公のおばあちゃんがもう亡くなってるんですよ。
だからもういない人にも主人公の子は会えるんですけど、
ここで私が結構心に残ったのが、
最初のシーンで女の子がおばあちゃんが暮らしてた老人ホームに
お母さんと一緒に行って、
でもおばあちゃんが亡くなってしまったから使っていた部屋を片付けるみたいなところから始まっていくんですけど、
その時に他の入居者に女の子がさよならって言って行くんですけど、
なんでそんなにさよならって一人一人にちゃんと言うのかなって思ってると、
実はその女の子はおばあちゃんが生きてる間にちゃんとさよならって言えなかったっていうのがわかるんですけど、
それを見た時にさ、自分のこれまでの別れみたいなのを振り返った時に、
ちゃんと別れの言葉を言えたことってそんなにないなって思ったんですよね。
私の場合まだ親族がすごい長生きなんで、
身近な人の死に直面するっていう経験をこの年になってまだやってないっていうところはあるんですけど、
小さい頃とか転校とかしてたんで、
転校の時はさすがに言えたんだけど、
私実は現代文の先生と高2の時の先生がいなくなっちゃった。
いなくなっちゃったっていうか辞めてったんですけど、
年頃はもっと上だった。
この私の書誌で書いた29歳の先生って結構若いけど、
もうちょっと年上だったかな。
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多分私の親と同じくらいの現代文の先生が、
高2の3月で本当に辞めていったことがあるんですけど、
私その先生の授業結構楽しくて好きだったんだけど、
最後にちゃんとそれ一言でもいいから言って、
お別れできればよかったなって今でもたまに思うことがあるんですよね。
今のところ心残り的な意味で言うと、
現代文の先生にさよならって言えなかったっていうのが結構残っていて、
なので今回の自分の作品では言いたいみたいな感じがあって、
言えるようにしたっていうのはありますかね。
最後にもう一枚ベボベのアルバムの話をしたいんですけど、
これは具体的にこの作品に出てくるとかでは全然ないんですけど、
書き終わって久しぶりにベボベを設定に出したんで、
聞いてみようかなみたいな思って、
たまたま聴いたのが光源っていう光の源っていうタイトルのアルバムだったんだけど、
これどういう作品かみたいな話をちょっとすると、
ベボベってもともと4人組のバンドだったんだけど、
光源の1個前のアルバムを出してギターの岩瀬さんっていう方が辞めていってしまったんですよね。
じゃあどうするみたいな3人だけどってなって、
ベボベってもともと4人でやってた時は、
バンドのメンバー以外が出す音は基本的にはあまり入れたくないみたいな方向でやっていたバンドだったんだけど、
3人体制になって、ちょっと他のバンド外の方も迎えて、
アルバム作ろうみたいな経緯があったので、
光源に関しては、今まで光源以降とかも含めてみると異色作に見えるっていうところなんですよね。
光源を出した後はまた3ピースの音に戻していったみたいなところがあるから、
光源は結構異色作だと思うんだけど、
私その光源を出した後も行ってたんだけど、ベボベのライブね。
もうすでにその2,3年後だよね。だから光源を出した2,3年後とかには、
その光源の曲ってあんまりやらなくなってたんですよ。
だから私結構光源の曲好きなのたくさんあるんだけど、
ちょっと寂しいなって思った記憶とかはあるなというところで、
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この光源はね、言ってしまえば青春を振り返るみたいなところがあって、
ベースボールベアーって結構青春のイメージが強いバンドだと思うんですけど、
実際青春をテーマにして色々曲作ってるしっていうところで、
光源も結構青春を描いた曲が収録されてるっていう風に見えるんだけど、
実際よく見てみるとそうでもないなっていうのがあって、
タイトルの光源がね、光源って光の源なんで、電球とか、
ああいう光を発するもののことを言うけど、
あそこに光源がありますみたいなことを言う場合に、
その光が発されてるところから離れてないと、
あれが光源だっていうことを認識できないっていう話なんですけど、
ここで言う光源って結局青春時代のことなんですよね。
青春時代っていうすごく眩い季節があるとして、
それはそのただ中にいる時には光そのものだからわからないけど、
離れてみるとあそこにすごく強い光があるなってわかるみたいな感じのイメージのタイトルなのかなっていうところで、
8曲入りで結構短いアルバムなんだけど、
1曲目と8曲目の世界観がちょっとつながっていて、
1曲目が全ては君のせいでっていう曲で、
これは普通に聴くと青春の曲に聴こえるんですけど、
Cメロのとこで親みたいな、
これはどうやら普通の今までのデボベの、
青春のただ中の歌ではないなっていうのがわかるところなんだけど、
このCメロの歌詞が一番最後の8曲目のダーリンっていう曲とつながっていて、
アルバムの構造みたいなところで言うと円監というか閉じてるんですけど、
1曲目と8曲目で閉じてるイメージになるのかなと思うんだけど、
このダーリンは恋人というか好きな人とか大事な人に向けて歌った歌のようで、
ちゃんと見ていくと時間について歌ってる歌なんですよね。
何かのきっかけ?
過去の自分とつながる瞬間みたいなもののきっかけになるのが、
ダーリンっていう存在みたいな、
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なんていうのかな、そういう感じの曲なんだよね。
っていうことに、この年になって気づいたっていう話なんですよね結局。
だからこれが出た、このアルバムが出た時って私多分大学生だったんで、
正直ちゃんと聴けてないかったって聞き直して思ったんだけど、
ただこれはしょうがなくもあるかなっていうところがあって、
ベバベって実際私と12歳離れてるんですけど、小入さんとかが離れてて、
大人に対しての解像度が低すぎたんですよね、17歳の時の私とかが。
だから17歳の時に29歳っていうアルバムが出て、
メンバーが実際29歳になった時に、
アルバムの内容というか歌われてることの半分も多分理解できてないっていうか、
本当の意味での分かりに到達してないから、
29歳とか今聞くと結構痺るんだけど、
当時はやっぱり汲み取れないっていう部分があったんですよ。
当時の自分の大人に対する見方みたいなところで言うとさ、
なんか変化しないと思ってたところがあって、
大人ってもう大人として完成されてて、
そこから動くとか変化するみたいなのを全然想像できなかったんですよね。
それってすごく若さゆえの残酷さみたいなのって、
そういうところから来てるのかなっていう気がするんだけどさ、
つまり自分が何を言ったところで、
相手なのか対象みたいなものが、
傷つくとかもそうですけど、
とにかく変化するっていうことに想像が及ばない?
及ばなかったなって思ってて、
だから今29歳聞くと揺れみたいなものとか、
震えみたいなものとかをすごく感じるけど、
当時は全然分かってなかったなーみたいなのとか思ったりしますね。
だから29歳とかを作ってた頃のベボベの年齢に自分がだんだん追いついてきて、
そういう時期にこういうアルバムを作りたくなるというか、
作るみたいなところってすごくわかるかもって、
最近思ってきたんですよね。
だけど結局そのベボベの話で言うと、
私にとっては10代の時の憧れの存在みたいな感じだったから、
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年上の憧れの存在って、
いくら理屈では自分がその時の年齢に追いついたっていうことを飲み込んでもさ、
ずっと年上の感じがするんだよね。
多分思い出す時の自分が、
昔の自分に戻ってしまうから、
自分がもうとっくにその人の年齢に追いついてても、
ずっと年上のお兄さんお姉さんみたいな感じがするんですよね。
だからあんまり追いついたなっていう実感がない。
理屈で飲み込んでるだけみたいなところがあるんだけどっていうところでね。
すごい不思議な気持ちですね。
今回長くなっちゃったんですけど、この辺でおしまいにしようかなと思います。
お聞きいただきありがとうございました。