1. パーラーかぜまち🍨
  2. 005 残るとか残すとか
005 残るとか残すとか
2025-01-07 15:38

005 残るとか残すとか

■言及した作品など

高山羽根子『首里の馬』(新潮文庫)

オルナ・ドーナト『母親になって後悔してる』(新潮社)

チェ・ジウン『ママにはならないことにしました 韓国で生きる子なし女性たちの悩みと幸せ』(晶文社)

「永野・鷹村の詭弁部、はじめました!#3」

https://www.youtube.com/watch?v=zokgqH2lTMM&list=PLr_ESuofQ2yBq-MCFxiP4SlW7tumKpH0G&index=5



■概要

遅筆 / おしゃべり大好き / 「うーん」 / ベッポの気持ち / みんな読んだ? / ラジオってもんが / 樋口一葉 / チェキ / どの立場 / 抱きしめたくなる / そっちのがいい / 記録はないほうがいい / 消える前提 / 子ども / 適性 / どっちでも / 「作品が子ども」 / どうすることもできない / 読み手が決める / 必要に迫られてる / 箱をひらく/ 触れにいく/ 核 / 枷 / 永野さん / 業? / なんでもやる


————


5月の文フリに向けて執筆中です✏️


■ご質問・ご感想

匿名で送れます✉️

⁠https://forms.gle/bNAt3kPkAT7aKQfv7⁠


■SNSほか

X: https://x.com/ym71d_bibi

読書会: https://ym71d-bibi.peatix.com/

カクヨム: https://kakuyomu.jp/users/ym71d_bibi

note: https://note.com/ym71d_bibi

Instagram: https://www.instagram.com/ym71d_bibi/

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:04
こんにちは、パーラーかぜまち🍨へようこそ! ということで、小説書きの風待葵です。
あの、そろそろね、文学賞の原稿に着手しないといけないなーって思ってるんだけど、
ていうか、その着手はしたんですけど、なんかね、途中で別の原稿を書き始めちゃったりとかして、
止まってるね。だし、別に、その今書いてるやつがポシャル可能性も全然あるっていうところなんだよね。
っていうね。 前にさ、私100枚以上書いてさ、もう出せるなみたいな状態になったやつを全没にしたことがあって、
自分が気に入らなかったから全没にしたんだけど、もうあれをやりたくないんだよね。 私、書くのがさ、遅いからさ、
本当にそういう時、何とも言えない気持ちになるよね。 まあ、それはそれで頑張るんだけど、
えっと今日はね、 残すとか残るみたいなことについて考えたよって話をしたいんだけど、
名前、名が残るとか作品が残るみたいな、なんかこう人生のデカい意味での残る、残すみたいなことについて考えたよって話なんだけど、
私はその他人とさ、一緒にやることの中でさ、そのおしゃべりが一番好きなのね。 とにかく喋っていれば幸せなんですけど、
で、ただ私その場でこうどう思うみたいな話をされた時に、結構すぐ答えを出せないことが、
うーんとか言ってる間に、その話題が映ったりとか、別の人が自分こう思うよみたいな感じで話したりとかして、
なんかそれ聞いてなるほどなぁみたいな思いながら、 で終わるじゃん、その回が。
結構その場で出たなんか問いみたいなのが自分の中に浮いている状態でいつも家に帰るんですけど、
あのさ、縁でのさ、桃あるじゃないですか。
あれのさ、べっぽっていうおじさんが出てくるんだけどさ、なんかあのべっぽの気持ちだよね。
みんな桃読んだことありますか?私はね、小学生の時に友達に勧められて読んで、今もまだいわなみ少年文庫版が家に多分あると思うんだけど。
あの、べっぽはすごい考えて答えを言うけど、誰もさ、もう聞いてないみたいな感じだったの。
だけどさ、この時代にはラジオってもんがあるじゃないですか。だからその当日言えなかったことはラジオで言えばいいんだって思ったんですよね。
そう、で、この残す残るみたいな話は結構前からさ、いろんなとこで上がる問いだなって思ってたの。
で、私その度に何も言えないで来たんだけど、まあちょっと考えてみようってなって、
まあ、たぶん例のごとく答えとか出ないしまとまんないけど、ちょっと今考えてることを話してみますね。
でさ、私は大学の時に、あの、樋口一葉をさ、初めて読んだのね。で、先生に勧められて読んで、当時は全然さ、まともに読めなかったのよ。
03:04
で、私大学受験で古文一葉ちゃんとやったぜだったんだけど、それでもそんなに読みこなすみたいなとこまでやっぱり行かない感じだったから、まあ結構大変だったんだけどね、読むの。
で、そのまあ一葉の作品を読むにあたり、人生みたいなことを調べたりとかしたのね。
樋口一葉って24で死んでるんだけど、結構まあ貧乏なお家で、辛い思いをして生きた人だったんだけど、
なんかね、奇跡の14ヶ月って言われてる期間があって、その間にすごい優れた作品をたくさん残して亡くなるっていう人生だったんだけど、
で、私さ、樋口一葉がさ、五千円札だったじゃん。新札にまあ変わりつつあるじゃないですか。
で、もうそれが嫌すぎて、なんか回ってきた五千円札を使わないで保管してあるんですけど、
なんかもう推しのチェキみたいな気持ちなんだよね、私としてはもう。ないから、そういうものが。
そのお札にさ、なるのって偉人とされてるじゃん。
なんだけどさ、一葉に関しては本当にさ、死んでさ、何百年?何百年までいかないのかな?
100年以上さ、経った後でお札の顔にするぐらいだったらさ、生きてる間に誰かマジでお金やってくれよって本当に思いましたね。
本当に私がどの立場っていう感じなんだけど。
で、なんかその一葉をさ、読み始めた時は私の方が年下で、だからお姉さんみたいな感じで思ってたけど、
なんか今ではさ、私の方が年上だから、なんていうの?なんか年下の女の子じゃないけど、
なんかその日記とかがさ、残ってるんですけど、一葉って。
だから日記をさ、読んでると本当になんか、抱きしめたくなる時があるのよ。
一葉はさ、すごい作品も素晴らしいしさ、名前も残ってんだけど、
私時々思うのが、なんかあの人絶対豊かにさ、楽しく生きる道があったんだったら絶対そっちの方が良かったよねってやっぱ思うんだよね。
なんか名前とかさ、作品が残んないとしても絶対そっちの方が良かったなって思うの。
その生きてる間幸せな方が私はいいって思う方だから、絶対その方が良かったよねって思うんだよね。
関係する感はちょっと微妙だけど、なんか最近さ、高山羽子さんの手裏の馬っていう作品を読んで、
2020年の芥川賞かな?になってるんだけど、
めちゃくちゃ端折ると、主人公が記録を残してる人なんですけど、ネタバレをするんだけど、
最後の最後で記録を残してる人が主人公で、その主人公がもう記録なんか本当はない方が良いっていう結論に着地するんだけど、
06:06
私が読んで考えた結果、その小説の中で記録を残すっていう目的というか、
記録を残すことによって何が良いかっていうことは、
破壊し尽くされたものを元に戻したりとか、
前はこういう感じでしたみたいなのを記録みたいなのを残すみたいな、それを残すのに役立つかもしれないよねっていう側面が結構話題になるというか。
だから記録が必要ない世界の方が良いって主人公が言うのは何でかっていうと、
多分、そもそも記録が必要になるぐらいの破壊行為とかがない方が幸せな世界なんじゃないっていう話をしたいんじゃないかなって私は思ったんだけど、
だから何かを残さなきゃいけないっていう気持ちが生まれてしまう世界っていうのは、
ある意味で幸福じゃないっていうか、消えてしまうことが前提になっている世界っていうか、
絶対残っていくみたいなのを信じられる世界の方が幸福なんじゃないっていう話だと思うんですけど、
何かを残したいみたいな気持ちが生まれるってことは、自分が消えるっていうのが前提にあるっていうところ?
だからっていう話なのかなと思ったりしました。
なんか全然まとまってないな。まあいいや。
まあじゃあ、あなたは?という話なんだけど、
でも私個人の意見みたいなところを話すと、
例えばじゃあ子供が一番分かりやすいから子供の話すると、
私子供を産みたいって思ったことがあんまりないよね。
欲しいとかそういう気持ちが結構薄いんだよね。
別にもともと子供が好きというわけでもないし。
不思議なことに私、一応家継ぐ立場なんですけど、
あんま結婚とかをそんなにせっかくされないって謎の家庭なんですけど、
私はそれはありがたいことだと思ってますよ、もちろん。
理由は私別に特に聞いてないけど、
両親ともに家族みたいなものの中で結構嫌な思いをしてきた人だなって私は思うんだよね。
なんか見てて。
そういうのもあってあんまり言えない。
子供に対してそういうことを言えないみたいな背景もあるのかなと思ったりはしますね。
私は母のことが好きなんだけど、
母はね、たぶん子供を育てることとかにすごくもともと適性があるっていうか
向いてる人だなって思うんだけど、
子育ての話とかも結構さ、最終的にはポジティブに着地するみたいな感じで、
09:03
割と大変だけど楽しかったよみたいな大枠、そういう感じの話をしてくれたのね。
だから私子育てに対して特に嫌なイメージとかは全然なくって、
なんだかんだ産んだら産んだら楽しくやんじゃない?みたいなことは思ってるんだけど、
正直どっちでもいいところ?
女性の人生と子供みたいなテーマの本。
母親になって後悔してるみたいなタイトルのやつと、
イスラエルか何かの研究の本なのかな?だったと思う。
もう一個が韓国の、ちょっと今タイトルが忘れちゃったんだけどとかを読んでみて、
それ読んだ結果、前は割と絶対欲しくないなみたいな気持ちだったけど、
今のところ逆にこだわりが薄るっていう感じになってて、
どっちでもいいかなと思ってます。
私は一応書き手なのでっていうところで、
創作してる人がよく自分の作品が子供のようみたいなの言うけど、
割とその感覚はわかる気はしてるが、
そもそも作品とか名前を残すみたいなことについて、
私全然考えたことがないんだよね。
意識をしたことがないのよ。
今書いてるものが残るのかみたいなことを全然考えたことがないっていう話なんですけど、
それは私にはどうすることもできないじゃん。
コントロールができないというか、
残る作品って別に、作品がすごかったっちゃそうなんだけど、
もうちょっと解像度を上げるとすると、
読んだ人が残したいなって思ったっていうことだと思うんだよね。
作者がこれ絶対残してほしいんだよねみたいなことを言ったわけじゃなくて、
自然とこれは残した方が絶対にいいと思うみたいなことを受け手が言い出した人が誰かいて、
確かにみたいな感じになって、
割と人に指示されて残ってるっていうところだと思うんだけど、
それは私には関係ないというか、
私、残すことを目指してものを作れないから、
私は私に書けるものしか書けないから、
それが他の人が読んだ時にこれは残した方がいいよねみたいなことを言うものなのかどうかとかは全く分かんないっていうか、
そんなことは知らないみたいな気持ちの方が強いかも。
自分が書く必要があったから書いてるだけみたいな気持ちが強くて、
だから書き手としては全然それは考えたことがないですね。
私の中でいい作品とか優れた作品の定義みたいなのは、
12:01
読んだ人の中にあった箱の蓋を開くみたいな感じなんだけど、
私も自分が受け手になった場合にそういう作品はいいものだって思うから。
自分の中にある、自分でも気づいてなかった金銭みたいなのに触れてきたりとか、
ずっと閉じ込めてた記憶みたいなのが突然蘇ったりとか、
そういう作品がすごく優れてるなって思うんですよ。
だからいわゆる批評みたいな観点とは多分違うと思うんだけど、
ここがよく書けてるとか、この文章がすごくいいとか、文体がどうのとか、
そういう話じゃなくて、受け手の中にちょっと触れにいくみたいなのが結構いい作品かなと思ってて、
だから極端な批評とか評論みたいな世界では、
はっきり言ってダサくみたいなふうに言われてても、
一人でもそういう読んだ人の気持ちというのかな、
そういう核みたいな部分に触りにいけたらすごいいい作品なのかな、それはって思うんだよね。
そうなると別に作品とか名前が残らなくても全然いいって思ってるのはそういうことなのかなと思うんだけど、
私の人生で一回でもいいんで、
読み手の中の意識とか記憶みたいなところ、
細胞って言った方がいいのかも分からないけど、
読み手の中のほんの小さな一部みたいな部分に一瞬でも組み込まれる瞬間みたいなのがあれば結構嬉しいなって考えてるっていうことかもしれんね。
話にちょっと逸れるんだけど、
書かないで住むなら絶対その方が幸せだったなって思うことあるんだよね。
もう活性に近い。
書くっていう行為が活性に近い気がしてる。
私最近芸人の長野さんが面白いなって思っていろいろ見てるんだけど、長野さんも似たようなこと言ってたんだよな。
引用元が今すぐ出ないけど似たようなこと言ってたと思う。
これやらないと満足できないみたいな。
5?5だと思うけど、そういうのがない方が絶対楽に幸せになれると思うんだよね。
だから私の周りにいる中野に書き手の人、みんな書き続けてくれたら本当に嬉しいし、
書き続けるために私ができることがあれば全然何でもやるみたいな気持ちでいるけど、
15:03
正直書かないで幸せになれるんだったら絶対そっち選んだ方がいいんじゃないって思ってますよね。
なんか一方で。
今のとこ私はそれ見えてないから書いてるんですけど、
本当に別に書かなくても大丈夫になったら書かなくなっちゃうかもしれないなとは時々思いますね。
という感じでね、やっぱり案の定まとまらなかったなとは思うけど、
初感を話してみました。
はい、ということでお聞きいただきありがとうございました。
15:38

コメント

スクロール