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夜回り先生はなぜ「心配する」の?【1413】
2026-10-30 39:13

夜回り先生はなぜ「心配する」の?【1413】

まだ幼いうちに過酷な本を読みすぎました。

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00:05
おはようございます。 佐々木正悟の自由連想第1413回をお送りします。
10月30日ですか? 今日は10月30日金曜日朝8時16分です。
はい、昨日ちょっとスキップしてしまったんですけど、昨日はその 早朝にというのはとんでもないんですけど、私にとっては早朝に
ミーティングがありまして、このミーティングはタスク主導協会のミーティングで、私が新しいサービスを企画して、それを手伝っていただくわけですけど、こういうことを言ってはあれなんだと思うんですけど、
私、教会とか理事とか
ものすごい向いてないよなと、ああいうミーティングをやっていて、つくづく思うわけですね。
心強い人たちを、僕が特に心強いと思う人たちを、勝手にある意味召集をかけて、それを勝手にって思っちゃうのが私の性格なんですけど、
なんかこう、よくわかんないんですよね。とりあえずこうやるにはこうしようみたいなのを漠然と考えて、勝手にやるわけです。
今、心強いって言ったんですけど、僕から見ると全ての人は心強いんで、特になんとなく、
やってくれそうだなと思う人に感覚的に声をかけて、だから勝手になんですよね。
そこに必然性が何もないんですよ、僕の中には。
そもそも僕、自分が理事やってることの必然性が何一つ感じられないんで、
理事ってそもそも理科の理に、何だあれは、つまり事実の事ですけど、どうして理事って言うんだろうって思ってるわけですけど、
全然わかんないし、そんなことは、つくづく、
向いているか向いていないかといえば、明らかに向いていない気がしますね。
それは就任時から言ってきたことだと思うんですけど、あとはタスクシュート協会で、僕が事実上のナンバー2ってやつなんですけど、
ナンバー2おかしいだろうみたいな感じ、なんかナンバー2とかいうのがすでに前すぎるって感じなんですよね、僕の感覚では。
僕という人間は、ナンバー23万9629ぐらいがちょうどいい感じの人間で、
なんかこう、いま適当な数字をもちろん並べ立てただけなんですけど、
なんていうのかな、平均、なんていうのかな、僕が自分を形容する時には、凡庸って言葉がピタッとくるんですよ。
凡庸っていいよなって感じがするわけですよ。
03:04
あの、なんて言えばいいんですかね、昔このポッドキャストで、
自分は100円ショップでいくらでも手に入りそうに見える、それも錯覚なんだけど、
あるじゃないですか、プラスチックでできている、よくわからないもの、ああいうものだと思うんですね、僕って。
何をこう、そういうものは理事とか普通しないだろうって感じがするんだけど、それはわかんないんですけどね。
世の中の仕組みがよくわかってないので、だけど僕にはその新しい企画をやるっていうのも、
やっぱり理事とかいう名称だから、なんか新しい企画をやった方がいいらしいからやっておこうぐらいなニュアンスとしてはそういうのにちょっと近いんですよね。
もうちょっと前向きな面もある、いっぱいあるんだけど、本音を言うとそういうことになっちゃうわけですよ。
本音とかもないんですけれども。
なので、不思議と言えば不思議なんですよね。世の中ではリーダーシップを取りたいという人もいるわけじゃないですか。
いるらしいと思うんですけど、僕それは正直よくわからないんですよ。
これを言うとストイックすぎると思うんですけど、松木フェニットさんが、世の中には世の中の意識を変えたいとか、いろいろ組織運営したいという人もいるらしいけど、
私からするとそれはPSだから理解に苦しむみたいな。まあでも確かにそれはPSだよねっていう。
私はだから心情としては松木さんの言うことがピタッとハマるんですよね。いや全くその通りですみたいになっちゃうわけですよ。
なのに自分はやってるわけだから、いやここはだからPSイベントでやらないように。
でもDポジションでこれができるかっていうと、できるんだけどなんかやる気のない人みたいになっちゃうんですよね。
そういうわけではないんだけど、抑鬱的に組織運営する。でも組織運営ってそもそも僕からすると実に抑鬱的なものなので、
なんかね、だって結局誰かを動かさなきゃならないわけじゃないですか。
基本的に人が動くことが良いことかどうかについて僕は1年ぐらい悩む人間なわけだから、
そんなに動くということに良さがないと、良さがないじゃないんだよね。良いか悪いかは分からないと思ってるわけですよね。
で、僕が一番自分にしっくりきてるのが3ヶ月コンサルのこの仕事なんですけど、
これ名前はですね、どうしよっかな。精神分析的ビジネスコンサル。長いと思うんですよね。
精神分析的3ヶ月セッションっていうのも悪くないと思うんですけど、精神分析的セッション?
何なのかな、このめんどくささはですね。
精神分析の本を読んでるだけの人間が勝手に個人コンサルを直感に基づいてやってますってことなんだけど、
06:09
それで納得される気もあんまりしないですしね。だから新規さんも。
だけど継続率は2期連続で100%で、基本これで良いんだよなって感じなんですよ。
ただずっとこうであると私は仕事をしていることになってないのではないだろうか。
要するに生活上の赤黒人ってほぼずっと赤みたいなことになるわけですよね。
なんかしなきゃいけないわけですよ。しかし僕驚くんですけど、フリーランスでことここに至るまで借金でしたことがないんですよ。
だからお金がゼロになったことも実はないんですよ。
最終所持金が18,428円になっちゃったことはあるんですよ。
これはまずいんじゃないかと思ったんですけど、その時は実家に帰って土下座しようみたいに思っていましたけど、
僕はそのこの辺が非常にアレなんですよね。
人に依存するということが、みっともないことかもしれないが悪いことではないって思ってる感じがするんですよね。
恥ずかしいことであるかもしれないが、恥ずかしがっとけばいいよねぐらいのところはどっかあるんですよ。
恥ずかしいというのって悪いことではない感じがするんですよね。
格好悪いっていうのは格好は悪いんですけど、悪いのは格好だけであって、本質的にそれは悪いことではないって感じを僕はどっか持ってるんですよね。
なんでなのかっていうと、これアレなんですよね。
自己啓発、僕結構読んできますから、人を動かすだっけ、人を動かすというタイトルからして僕向きじゃないんですけど、
大ベストセラーあるじゃないですか。
そしてあの中にすっごい良い私は忘れられない一説が、あの本に結構良い一説があるんですけど、
子供にもっと優しくするよパパをみたいなリーディングなんとかも良い話なんですけど、
あれより僕が感銘を受けたのは、犬って人に人気あるよねってやつなんですよね。
私はこの犬目とかっていうじゃないですか、犬ってなんかこう、およそ罵倒言葉になりがちですけど、でも人って犬好きだよなーって、少なくとも半数の人間はかなり犬好きなんじゃないだろうかと。
ロンドンでひっどいテロがあって、犬の首輪に爆弾仕掛けてロンドン人の犬好きを逆手に取るみたいな話があったんですけど、
もう本当に嫌な話だと思ったんですけど、それぐらい犬ほっとけないってところが人間にはあって、やっぱり私は慣れてない、慣れないんですけど、
商売やるなら犬になるべきだって思ったことがあって、しかも猫になってちゃダメだみたいな、でも猫も人気ありますけどね、猫は犬より人気ある気がするんですけど、
09:03
どっちにしても僕は慣れないんだけど、慣れないですけどね、そりゃね。
だから犬って人気あるよなっていうのを心に留めて、もう嫌いって人もいますよね、そりゃね、いるし重すぎるみたいなことを言う人もいるけど、
商売ってやっぱりこうある意味一体他ですから、多くの人にヒットするっていうのが大事だっていうのを考えると、やっぱ僕は犬になるのが正しいっていうのはあの時やや学んだんですよ。
やや学んだだけで、できてるわけではないんだけど、あの少なくともなんかこう、人間やっていると商売うまくいかないんではなかろうかっていうのはちょっとどっかにあるんですよね。
まあまあ、あの人って犬ほどは猿好きじゃないじゃないですか。僕はあの動物園でずっと猿山見ていても飽きないぐらいなんですけど、どうもねやっぱり人間をやるっていうのは、人気商売としてはやっぱパンダか犬をや
るべきだっていうことが、
動物園行くとなんとなくわかるんですけど、あのうさぎとかも悪くないわけで、うさぎって何もしませんよね。ただただこう膝の上で抱っこされてるじゃないですか。でもあれ人気ありますよね。
まあ、えー、全くつまらん話をしている時に10分もたって、日に日にわかんないですけどね、これ全体でどのぐらい聞かれてるか意外なところで聞いてますっていう人がいらっしゃるんで、
まあ僕はもう聞いてる人の数は考えずに喋るっていうことにずっと決めてるんですけれども、なんで喋るかっていうとこれはAI対策とかそういうことでは一切なくて、まあ多少ありますよ。
多少ありますけど、あの喋るのが一番僕が考えたことがそのまんまでているからなんですよね。
書くと、やっぱ格好つけちゃうんですよねどうしてもね。で、それは良くないと思うんで、つまり格好良くないわけだから私は。
そこで格好つけるということはつまり嘘をついているということになるわけで、で、僕のこの商売で嘘をつくって価値がなくなると思うんですよ。
本当のことしか言ってないっていうこと以外に何の価値もない気がするんですね。本当のことに価値があるのかどうかも微妙なんですが、少なくとも嘘をついていないというのが僕のサービスの根幹の価値で、
僕は嘘をついてないですっていうことがあの3ヶ月で7万5千円の根拠だと思っているんで、
これもパッと聞いて違和感を持たれた人はいっぱいいると思うんですよ。しかし本当に絶対それが嘘でないということを我々の受け取っているって言えるのは、
サービスでですよ。サービスで。奥さんの罵倒とかではないですよ。奥さんの罵倒に金払う人はいないと思うんだけど、サービスでこのサービスには嘘が全くありませんというふうに信じて買えるものってどのぐらいある
んだろうと。
まあ食べ物とかに近いんですよねそれはね。食べ物って結構我々は限界上の金払いますから、
12:02
それはだから結局非常に誤魔化しが聞きにくいところだと思うんですよ。でも誤魔化すべく頑張るんですけどね。私は居酒屋に勤めてたんで誤魔化すべく頑張る商売だとは思うんだけど、
だから本当に味だけで勝負してる奴はだいたいかなり高いじゃないですか。1本は違うと中食で1万数千円とか取られるじゃないですか。
だから私は1回あたりの僕のセッションの値段は7000円以下ですから、正直さが売りですでやる商売としては結構高額の食事に近い部分があるんですよ。
1時間7000円っていうのはそういう金額だと思うんですよね。 1時間1万円は正規の心理師さんが今取ってる値段なんで、ここには一応の遠慮があって、
私心理カウンセリングやってるわけじゃないから遠慮いらないんですけど、3割引きですっていうのが一応の遠慮になってるつもりなわけですね。
扇棒がどう取るのか知りませんけどね。 だからあれは高級料亭に近いと思うんですよ。1時間1万円。最近は45分1万円ぐらいかな。
相場的には。それよりは僕のは半額に近いところはあると思うんですよね。 私のは60分7000円ですから、まあ1分あたりに直すと100円ちょっとなわけですよね。
45分1万円っていうのは200円以上だと思うんで、約半額かもしれない。
まあ踏んで換算するのはダメなんですけどね。 時間の長さじゃないんで。でも時間の長さは大事なんですよねと僕は思うんですよ。
60分にはこだわりがあって45分とかにする気は全然ない。
で、何の話をしてるのかっていうか、そもそも何の話もしてないわけですけど、
いや何も話すことは決めてないからこういう風になるわけだけど、
この今そのとかあのとか言ってるこれが物思いなんだと思う。物思いの一種なんだと思うんですけど、
最近これがですね拡張されてきてるんですよ。ある種のトランス状態に入れる。
僕こういうの審議をしない人間なんであれなんだけど、でも明らかにある種のトランスに入ってるんですよ。
目はパッチリ冴えてるんですけど白痴夢を見始めるってことが、
実際にこの3ヶ月コンサルのセッション中のみに起きるようになってる感覚なんですよね。
他では絶対起きないんですよ。
あの白痴夢は僕は最近見ないんですね。昔は見てたけど。
あのあれですね女の子と手を繋いでるんだけどそのうち手を繋いでるのがトカゲになっていくみたいなそういう夢はしょっちゅう見てたんだけど、
あれは言ってみれば夢でしかなくてやっぱり寝ちゃってるんですよね。
でもセッション中は寝られないじゃないですか。
一方で夢は見るんですよね。
そうするとトランスに近い。
でもそれはそもそもどういう感覚から来ていたかというと物思いなんですよ。
15:04
物思いって何なんだよって感じがするじゃないですか。
話を聞いていてさっきのうーんっていうのが物思いなんですけど、
何の説明にもなってないと思うんですけど。
何て言えばいいのか非常に難しいんですけどね。
あの夜回り先生って水谷修さんですけど、
私あれをですねもうだいぶ前にかなり読み込んだことがあって、
それを遠畑海斗さんが今でもやってますけどオンラインでセミナーやってらっしゃるんですよね。
あのセミナーとてもいいと思うんで。
そうだこういうのを紹介しなきゃいけないと思ってるんだけど忘れちゃうんですよね。
あの今遠畑さんのオンラインセミナーは私はあんまり聞いてないんですけど、
ごめん渡しちゃってるんですけど、
あれですよちょっと詳しく知りたい人の精神分析のあっちの動画は無料じゃないですか。
あれでyoutubeガンガン見られてるから、
あっち見ているうちに動画を見る時間があれ以上取れないというのが現実なんですね。
前に遠畑さんと藤山直樹さんの対談っていうのがあれ見られないんだよね。
あれは資格がいるっていう、別にあれ見るのに資格いらないじゃんって思うんだけど、
なんかあれは資格がいるという謎、謎ではないな。
謎って言っちゃいけない。資格がいるのはしょうがないです。
僕が資格を取ればいいんだけど取れないだけだから。
そこはもうしょうがないんですけど。
遠畑さんが水谷さんを昔本ですけどね、
あの紹介してたわけです。
ヨマワリ先生。ヨマワリ先生は僕はもう、
カウンセラーはなってはいけないと思うんですよ。
あれはカウンセリングではないと思う。
でも僕はいつもあれを意識には置こうみたいに思うんですよ。
引きこもりの男の子の家に毎晩行くっていう、
都立の先生、都立だから知りませんけど高校の先生やっててだから大変だと思うんだけど、
とにかく毎晩行くんですって。
で、毎晩行って何かをするわけじゃないんですよ。
ただ一緒にいるだけなんですよ。
でもこれはもう絶大だなって私は思うんですよね。
いや、これをカウンセラーの人がやるっていうのはダメだと思うんですよ。
単に生活と仕事が回らなくなるだけだと思うんで、
そういうことをやればいいってもんではないと思うんだけど、
ヨマワリ先生が結局、まあヨマワリするわけだけど、
やっていて一緒にいるだけなんですけど、
全然違うと思うんですよね。
一人で不登校になってずっと部屋にいるっていうのと、
夜、高校の先生が、本読んでるとかだけなんですよ。
本読んでるとかだけでもそこにいてくれるって、
全然違うと思うんですよ。
で、毎晩毎晩来るんだけどさ、
なんで来てくれるのって聞くんですよね。
そしたら水谷さんがしばらく考えて、
心配だからって答えてまた本を読もうとするっていう。
私はこれがカウンセリングの、
18:02
まあ何だろう、究極とは思わないけど、
基本っていうのとも違うけど、
カウンセリングだよなってやっぱ思うんですよ。
まあその子はその翌日学校に行き始めるって話なんですけど、
それはまあちょっとよくできすぎてるわけですよ。
そんなことにはならないかもしれないけど、
いいわけですよ。
僕はですね、カウンセラーとは
山割先生のようであることだとは思わないんですよ。
それは望みすぎだと思う。
僕はカウンセラーというのは、
山割先生がいてくれるといいなということを知ってる人だと思うんです。
この感触で自分も部屋から出られなくなったら、
そういう人がいてくれたらいいのにって思えれば、
もうその人はカウンセラーだと思うんですよ、最近はね。
最近ようやくこんなことが思えるようになってきたって感じなんですよ。
思えばですね、私小児伝息がひどかったんですけど、
小児伝息って布団に寝かせとけばいいっていう病気じゃないんだけど、
うちの親は何も知らない人たちなんでひたすら布団に寝とけって言って、
寝ると実は体位によって悪化する一方だったりするんだけど、
僕は悪化する一方だったんだけど、
そしたらですね、時々しに来てくれていたおじいちゃんが、
あれも坊さんなんですけど、ザ坊主って感じの本当に絵に描いたような坊さんで、
言ってることも全部坊さんなんですけどが、
私が寝てるとですね、隣でお経唱え出すんですよ。
ずーっと唱えてるんですけど、はっきり言って僕は鬱陶しいと思ってたんですよ。
いやお経唱えてもさ、お経が僕の病気に効いてないことが、
唱えるごとに証明されてるんですけどって感じなんだけど、
そんなことは一向にお構いなく、
うちのおじいちゃんは超孫思いなんで、ずーっと唱えてるんですよ。
で、僕はそのうち寝るわけですよ。
で、はっと起きたらまだ唱えてたんですよ。
だいたい1時間くらい寝てたと思うんですけどね。
いや僕はこの人は、その時は僕は多分5、6歳だったと思うんですけど、
ザ坊主だなって思いました。
うちの父はこういうことは、いやしてほしいとは全く思いませんでしたけど、
うちの父はここまではやらない人だと。
うちの父もザ坊主みたいに言われていたし、
みんなそう言ってたし、うちの母もそう言ってたし、
信者さんには大人気だったけど、
でもうちのじいちゃんの方がザ坊主なんですよ。
でね、やっぱうっとしいと思うし、
結局そんなさ、2時間半から3時間も唱えてくれてるのに、
安価なイットを辿ってますけどって感じではあったんですけど、
でもこの感じと多分僕は水谷先生がいてくれる感じ、
近いなって感じするんですよね。
別にずっと来てくれてありがたい話を水谷さんがするわけではないし、
学校行った方がいいよとかはもちろん言わないし、
21:01
行かなくてもいいんだよというわけでもないし、
要するに一緒にいて本読んでるだけなんだけど、
あれが物思いというものだし、
やっぱ来る理由は心配だからなんですよね。
心配して来てくれているからといって、
別に何をしてくれるわけではないし、
やっぱりさ、あれだと思うんですよ。
高校生がそこでずっといて、
焦りもあると思うんですよ。将来どうすればいいんだろうとか、
そういうのを考えるのが嫌だから、
ゲームするとかすると思うし、
これで実際どうすればいいのか、
なんで自分はここにいるのかとか、
思うことあると思う。
ずっと思うわけじゃなくても思うことあると思うんですよ。
だけど誰もいないわけじゃないですか。
そうやって、
いや、ありますよ。
こういうところに相談しましょうとか、
一人で悩んでないで、
分かんないですけどね、
学校カウンセリングに行きましょうとか、
分かるんですよね、それは。
分かってると思うんですよ。
分かってるというか、
そういうことは知ってると思うんですよ。
そういうことが言われているということは。
だけどっていうのがあると思う。
このだけど以下が長いんですよ。
このだけど以下を聞いてくれないまでも、
誰かそこにいるんですよ、不思議なことに。
なんで来てるのかと言っても、
学校行かせるためでも、
将来に設計を考えてくれるわけでも、
もちろんお金をくれるわけでも、
仕事をくれるわけでもないわけですよ。
ただ心配だからとかって言ってるわけですよ。
でも、
これで行く気になる時はなるんですよね。
なるらしいんですよ。
僕が知ってるわけじゃないですよ、そういうことを。
僕はこういう時に考えるのが、
まず、なぜ東肌さんはこの人の話、
いかにもしそうな話ではあるが、
でもなんで東肌さんはこの人の話をしたんだろうと。
東肌さんが夜回り先生になるとは考えにくいんですよね。
全く向かないって感じはしないんだけど、
でも、しないよなと。
別にするべきだとも思わないし。
この辺にその何種のかな、
役割というものと責任というものが、
なんとなく見えてくる感じがあるんですよね。
やっぱりやるべきでないと言わないまでも、
違うことを東肌さんはやったらいいと。
で、東肌さんは夜回り先生を紹介すると。
で、私は夜回り先生のことはよく知ってたけど、
東肌さんが紹介するんだって思う。
これが大事なんですよね。
東肌さんから知ってる人の話を聞いたから、
情報としては昔だっていうような文脈に
置かないほうがいいと思うんですよね。
なぜなのかはわかりませんが、
置かないほうがいいと思うんですよ。
で、水谷さんの毎晩来るというのが、
どうして有効に作用するんだろうってことは、
僕は考えちゃうわけですよね。
対象関係論的には何なんだろうとかは
考えちゃうわけですよ。
別にそれはどうでもいいことでもあるんですよ。
で、私が同じことをやるわけでもないんです。
ただ、あれは多分物思いとして作用するし、
24:02
強大な物思いだなって思うんです。
で、水谷さんがそこにいて確実に感じられることは、
水谷さんは別に当たり前かもしれないけど、
焦っちゃいないということなんですよね。
この子どうにかしなきゃってわけではない
立場的に考えてみても。
で、水谷さんは自分の将来を心配する理由は
もちろんない。
すでに学校の先生だし、大変だと思うんだけど、
そうやってそこで夜を明かした後、
また学校に通って仕事してくるわけですよね。
どういう体力だよとは思いますけれども、
多分ああいう人にはそういうことができるんですよね。
僕はできないからやらないですけど。
で、だからですね、私は思うんですよ。
自分は凡庸だと思うんですよ。
回収しに来てるわけじゃないんだけど、
複然あったつもりもないんで。
で、水谷さんみたいな人を見ると
自分は凡庸だよなと思うんですよ。
だけど、凡庸では困るわけじゃないんですよ。
別に。
私は少なくとも凡庸であることで困ってはいないんですよね。
夜回りしたいとは思えない。
だからつまり思えないということは
ありきたりの人はしないでしょ。
こういう人えらいなと思うけれども、
本読んで感銘を受けるけれども、
一晩くらい何か考えるかもしれないけど、
夜寝るでしょ。
それでいいと思うんですよ。
ただこれでいいのは、つまり普通だからなんだと思うんですよね。
で、この普通ってなんだっていう、
普通というものはないんですっていう人もいらっしゃるし、
何が普通なんだって怒り出す人もいますけど、
普通っていうのは普通電車ですよ。
普通列車って一番遅いじゃないですか。
特急とか快速とか、いろいろあるわけですけど、
ポストにありましたね、山崎孝明さんが甘れている
精神分析手紙に両方を
ポストと名付けて、
その本では、最初の本では、
架空の人たちしか出てこないわけですね。
ウサギ山さんとか竹取さんとか、
要するにそういう話しか出てこないわけですよ。
ちなみにウサギさんは早いわけですよ。
会社にも快速に乗っていくわけですよ。
なんかアーバンラビットみたいな、
よくわかんない名前の快速あったりするじゃないですか。
で、亀なんとかさんはドンコーに乗っていくわけですよ。
ドンコーって普通列車じゃないですか。
普通ってそういうことだと思うんですよ、私は。
全ての駅に停まるんですよ、普通列車は。
飛ばさないんですよ。
昔は私も飛ばす電車のほうが
よほどかっこいいと思ってたんだけど、
でも飛ばしたらその駅に停まれないじゃんっていう風に、
どっかで思い直した気がします。
それで、なんだかよさそげな
どうでもいいような話をただしているうちに
26分は使ってしまった気がするんですけど、
これ昨日休んだある種の弊害なのか反動なのかわかりませんが、
そういうものがここに作用している気がします。
ちょっと詳しく知りたい人の
27:00
精神分析ニューモンかな、
の最近のシリーズで、
あれは聞いてだった浜内さんが
語り手になって
フロイトのかなり最初の方のお話、
なんかルーシーとかアンナ王とか
懐かしいなって感じの
名前が出てこなくなる。恐ろしいですね。
とにかくドラはまだ出てきてないかな。
出てきているわけです。
で、よく思うんですよ。
フロイトはあの時期は
ギリギリ精神分析やってる感じだったのか、
その前ぐらいなのかっていう、霊名記に近いですよね。
で、あの時やっていたフロイトの中で
何が聞いていたのかは様々あるんだと思うんですけど、
催眠が果たして、あれ催眠できていたのか
みたいなことを考えだすと
キリがなくなるんだけど、ただ感じるのは
いややっぱりこの人は何でこの話を
フロイトに喋ることになったんだろうって考えると
何しろ狭い世界ですから
今本命割れちゃってるわけですから
だって本命割れるはずないじゃないですか。
カウンセリングで誰がどこにいつ行ったのかが
全部分かったら超嫌じゃないですか。
そういう話もなさってた気がするんですけどね。
いずれにしても、何でここで
この話が出てきているんだろうなんですよ。
で、何で水谷さんは来るんだろうって
高校生の引きこもっている人も
大変不思議に思うと思うんですよね。
で、水谷さんはしていることが
私はコンテインだし
ホールディングはちょっと言い過ぎかもしれないけど
物思いだと思うけど
その男の子も物思いに入れると思うんですね。
これを夢見られるって
美音だったら言うのかなと思うんですけど
これができないんですよ。
ある種の時に一人だけでは。
なぜか。
じーっとうずくまっているのか
ゲームをしちゃうともう
ゲームをしている夢は見られると思うんですけど
その人が見るべき夢は
見るべき夢はないんですけど
でも見るべき夢は
ゲームの夢じゃないと思うんですね。
ゲームしている夢じゃ。
ゲームするのはいいと思うんだけど
辛すぎるなら特にいいと思うんですけど
ゲームをする夢じゃなくて
できればですけど
できればしてもしようがない心配
将来の心配とか老後の心配とか
分かりませんけど
結婚できるのかとか
仕事できるのかとか
分かりませんけど
でもやっぱりそういう
突き上げてくる見させられる夢
余計なお世話なんですけど
社会によって与えられるというか
ねじ込まれてくる
それを夢見るっていう形に
ゲームをしているときの心境には
なれないと思うんですけどね
でもできるんですよねそれは
なぜか
なぜなのかは分かんないけど
人は結局考えるときには
夢見るしかなくて
物思いにふけるでもいいんだけど
物思いにふけるしかなくて
30:00
物思いにすらふけられなくて
将来のことが怖くて怖くて
どうしようもなくて
心拍が高鳴る一方で
そういうことを考え出すと
ということになると
ゲームをする夢を見るしかない
と思うんですよ
だけどこれはちょっとしたことなんですよね
そこまで心拍が上がらず
そこまで汗だらだらにならず
将来のことをなんとなく
物思えるようになる
それは相当恵まれてますけど
でも結局
このこうなんて言うんですかね
全く体制は全く変わらないかもしれません
抱えてうずくまってる感じがする
体制は何も変わらないかもしれないんだけど
この物を思えるということ
なんとなくそれについて
考えられるということを
時々人にやってもらうか
人とやるか
あるいはその人がいることによって
その人はそこではできるようになるか
私はその3つはいずれも結局
同じことだと思うんです
それを同じだと言ったのが
美音だと思うんですけどね
2人で一緒に夢を見る空間の中に
入るっていう言い方をすれば
誰がどの夢を見ている主体かは
なんていうのかな
わからなくなるんですよ
そんなこと
私最近トランスしているに近い
って言った時は
どういうことかというと
これは私が見ている夢なのか
この語られている夢の中に
私が入り込んじゃっているのかが
本当にわからなくなるんですよ
この感じさえ
この感じさえやってれば
なぜいいんだって言われると困るんですよ
だって悩み事に答えても
もしかすると僕は黙って
ただトランスになっているだけかもしれないから
なんだけどそういうことは
なんかねオカルトみたいになるんだけど
でもですね
その引きこもった男の子と
水谷さんが同じ部屋にいて
なんとなくその男の子は
将来のことが夢見られるようになったと思うんですね
でもその間水谷さんは読書してたわけですよ
天然バラバラに見えるけど
父母ではないから
その男の子は多分
翌日学校行けるようになったわけですよね
これはオカルトチックなんだけど
でも作用として何かが作用するのは確かじゃないですか
高校の先生が
引きこもりの高校生のところにいる
ということによって
なんかが起こるわけですよ
いないのといるのとは大違いじゃないですか
どう何が違うのかは
具体的にうまく説明はできなくとも
はっきり違うと思うんですよね
心理的な作用としては
心理的な作用
何なんですかね
心理的な作用って
でも違うという感じが持てれば
僕はその人はカウンセラーだと思うんですよ
水谷さんのようであろうとするのは
無理があると思うんですよね
それは夜回りできるできないの話じゃなくて
私がここにいることによって
この人にカウンセリング効果をもたらすんだ
33:00
っていうそういう思念は
成り立たないと思う
ですね
そういうふうには
あれは行われるもんではない気がします
だけど一緒にいると落ち着くとか
いろんな言い方あると思うんですが
なぜかそれが可能になる
可能になるというのかな
可能にならなきゃいけないのかと
学校に行くのがいいことなのかというと
そういうことではないと思えたときに
これは可能になる
だから物を持ってるときというのは
まだ行くか行かないかは決まってないわけですよ
物を持ってるうちに行く気になるんだから
別に行くのがいいって決まって
物思いが始まるわけじゃないんですよ
物思いというのは
何か生産的なことをするために
するための思考ではないんですよ
どうやったら学校に行けるようになるだろう
って考え始めていたら
多分永遠に夢見ることができなくて
その状態が続いているのが
僕はむしろ
むしろというのかな
なんていうんだろう
ゲームをするなり漫画を読むしかない状態だと思うんですよね
別にゲームをしたって漫画を読んでもいいと思うんですよ
これが私がよくタスク管理的に言うとね
学校行ってもゲームやっても漫画読んでも
等価なんですって言い方によってしか
言えてないことなんですよ
等価だと思うんですっていう状態になれれば
どれを選ぶこともできるんだけど
これに序列がついちゃうと
本当は学校に行くべきなのに
今漫画を読んでいるっていう状態だと
学校を選択できなくなると思うんですね
だから
山割先生正しいんですよ
行って促してるわけじゃないですから
行ってるだけだから
そして帰ってくるんですよ
本読んでたりして
時には多分本当に
本読んでるだけになってると思うんですよね
この子行ったらいいのにとか
思ってないと思うんですよ
どうしたらいいとか
こうしたらいいとかは
わかんないんだけど
心配ではあるから
行かなきゃなんない気がするから
そこに行ってるんですよね
この感じが伝わるんだと
やっぱ思うんですよね
繰り返していれば
なんかですね
ここから逃れられないんですよ
私たちはその学校に
本来は行くべきだ感から
この感じに対して
行かなくてもいいんだよって言っていても
内心では行った方がいいのにと思ってしまう
っていう状態から
逃れられないんですよね
この状態は
行けない時の状態なんだと思うんですね
これを本来するべきなのにしていない
しなくてもいいんだっていう風に
思おう思おうとしてもそうできなくて
やっぱりしなきゃいけないんだと
どっかで思ってる
この間は
簡単ですかね
端的に苦しんだと思うんですよね
この苦しみが大きすぎて
動けないんだと思うんです
36:00
よ
私は幸いというのか
よくわかんないけど
でも大学の時はもう
ほとんど不登校状態でしたからね
私は違う問題でしたずっと
彼女を作んなきゃいけないと思ってたんですよ
どっちでもいいとは
作んなきゃいけないという
思いに囚われて以来
どっちでもいいと思えたことは
ない気がしますまだ
それはつまり
50年はないが
45年ぐらいは
どっちでもいいと思えてはいないんですよね
いまだに
いまだに
今はさすがに
まあそれは
凡庸な要求だよなと思えるようにはなった
要求が取り下がったわけではないけど
至ってありふれた要求だなと思えるようにはなった
昔はもっとなんかとんがりすぎていて
なんか笹木翔吾の要求であるみたいになってたわけですね
今思い出したんですけども
終わりに今日はしますけど
あの
永井豪さんの漫画に
血行仮面っていうのがあるんです
あと原作は違うんですけど
水島真嗣さんの
ある種の出世作に
ゼニッコっていうのがあるんですよ
うちに両方あったんですよ
で私あの血行仮面という
わくった
本当にこいちゃ申し訳ないけど
めっちゃくった
血行仮面から
毛にしてるだけで
裸のお姉ちゃんが飛び回って
スパルタ学園の
お仕置きをする先生
このお仕置きをする先生が
優等生の女の子を
ひんむいて
お仕置きをするという
SM一歩手前のところを
子供に
少年にこう
煽るという
まあ
穴が開くほど読みましたね
あの時以来ぐらいな感じですよ
だから私非常に
いやこれは
でもゼニッコは本当に
ゼニッコは全然違うんですよ
お金持ちの男の子が
両親を失って
家を放り出す
その家は
おじがすごい悪いやつで
学校にも行かさないわ
飯も食わさないわ
要するに虐待しまくって
逃げ出すんですよ
逃げ出して
要するに当時でいうところの
ルンペンとか
小敷って言われてた時代に
小敷のおじいさんに
お金をどうやって自分で
稼いでいけばいいか
ということを学んでいくという
僕この本はね
いい漫画作品ですけど
絶対あの当時の僕に
読ませるべきではない本だった
と思うんですよね
この2つで私は
かなりアトピー悪化したと思うし
かなりこの
彼女を作らなければ
死ぬ病にかかったんですよ
と思いますね
まあ
まあ血行管弁も関係はあるんだけど
あれは
遠からずあれに
多分聞いてる人は
何でそんなしょうもない話が
ここに入ってくるんだって
思うでしょうけど
僕はこの
三回り先生の話と
この話は
僕の中では
完全に結びついていて
そういうことを
これまでこの
39:00
精神分析的何たらかんたらとか
自由連想とか言っている中で
言ってきていることなんですよ
この
39:13

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