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はい、今日も宮崎の時間をやっていきたいなというふうに思っております。 この番組は、宮崎で活躍する方に来ていただいて、いろんな話をお伺いする番組となっています。
お届けしている場所は、町中にあります、 新公民館VOL.1-2 ギャストルームより、一層空間があるのがお届けしていますと。
本日のゲスト、前回に引き続きでございます。
町市実行委員会、町市実行委員会、町市を借りそうだよね。 町市実行委員会、会長太郎さんです。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。 僕ね、前回、田島さんのこと、たいちゃんってね、俺は初めての出会いがあるの。飲み会でしたよね。
アルコール入ってたんでね、たいちゃん、たいちゃんって言ってたんだけど、 今日、白服で初めて会うお会いするっていうね。
なので、僕のこと、フルトンで大丈夫ですよ。 フルトンのね。
もうね、先輩なので、基本的に、僕、よく、どう言ったらいいですか、下の名前でよくあるじゃないですか。
僕、それが本当にできなくて、多分僕、安尾なんですよね。
まず、安尾って言いにくいですよ。安尾、言われ慣れていないんですよ。
なので、サーフィンとか移住者さんとか、結構皆さん下の名前で呼び合ったり、
あと宮崎特に、長友さん、黒木さん、日高さん、多いので、下の名前で結構皆さん呼び合うんですよね。
僕、それができなくて、一回、黒木さん、黒木さん、黒木さんという行政の会議があって、
僕以外全員漢字で書いたら黒木さんっていう。
それは下の名前でね。
みんな呼び合うんですけど、僕できないので、黒木さん、黒木さん、黒木さんみたいな感じで。
こうされて。
そうです。
手で。
やってましたし、先輩をそんなあだ名で呼ぶなんていうのはできないので。
僕は子どもの頃からフルトンでした。
親父もフルトンでした。
ずっとフルトンで、だいたい固い仕事関係の方々は大フルトンさんなんだけど、それ以外はほとんどフルトンさんです。
長いからね、名前が。
頑張ってフルトンさんと呼ぶように。
下の名前ソウタ、ソウタじゃない、ソウタ、ソウタ。
よくあるって言ってる、ソウタさん、ソウタさんみたいなのあるじゃないですか。
それ苗字だから大丈夫ですよ。
苗字のフルトンさんの方がいいですね、フルトンさんで。
前回は宮崎から宮高校で大学に行かずに、東京で音楽活動、すごい活躍されたから、
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手の痺れ、体の不調からで宮崎に戻って来られて、裏方、音楽をずっと表でやってたので、
裏方へのリスペクトから裏方の方をやる。
いろいろ経て、商工会議所の一部分の町市を立ち上げて担う。
それがちょうど16年前。
多分16年前の町中の様子で言うと、シャッター、前回の話で言うと人口ピークからちょっと降りてきた。
それでも多分40万人降りてたんじゃないのかなと思う。
なのに人口ピークであるが商店街が廃れていっているという状況で始める町市。
それは6次産業のいろいろどこでもやっているようなそういうことではなくて、
というテーマを持たせたものと、商店街の衰退を掛け合わせるためにやりだしたみたいな感じなんですかね。
そうですね。あの頃は補助金もありましたからね。国の6次産業の補助金もありましたし、
また別であったんですよ。市と県の補助金もありましたし、それをうまく活用して開始したというところなんですね。
当初はどういう役割を担っていたんですかね。
町市の事務局のセンター長的な感じで動いていました。
町市自体の役割としてはどういう役割だったんですか。
最初は事務局ですよ。
フルトンさんの役割は事務局。
そもそも町市自体の町の役割としてはどういう設定で始まっているんですか。
見え方としては商店街イン商店街みたいな意味合いですね。
商店街イン商店街。
商店街の中で商店街をするみたいな。
空き店舗もあったしシャッターが閉まっていて、商店街の中で商店を繰り広げることによって人を呼ぶ。
当然リリースもして取材も来る人が来てくれる。
農家さんたちはね、儲かる。
そこでマッチングも生まれる。
新商品が出る。
面白いんですよ。面白かったですよ。
そういった役割でしたね。
当初はシャッターが結構多かった。
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今は1階にシャッターって一瞬はできるけど、
ナショナルチェーンを含めて何か入るんですよね。
そうですね。若草通りでオーナーの判断かな。
1、2店舗シャッター閉まっているけど、他はほぼオープンですよね。
ですよね。
たぶん今で言うと、当初にぎわいを作るというか、
そういう役割もあったかなと思うんですけど、
それが今で言うと、当初から16年経つと色々役割とか変わってきているのかなと思うんですけど、
今はどういうニュアンスを持ってあれをしているんですか?
昔からこの東西地区、東西エリア、要は一番外から駅前商店街、駅がある。
これは私道の話ですよね。横には県道の高丁通りが通っている。
まさしく東西エリアを活性化しなきゃいけないなとずっと思っていたんですよね。
今で言うと、駅もさまがわりして明るい駅になった。
アミュープラザもできた。少し前に広島通りにハローもできた。
モックさんもできた。人の往来がすごい変わってきて、流れてくる年齢層もすごい変わりましたね。
若者たちが週末は向こうからちょうどいいんですよね。ちょうど1キロなんですよ。
すごい良い散歩コースというかね。ウィンドショッピングがそこで生まれてくれたらいいなと思ったり。
ただ、出店者に関してはコロナの影響でガラッと変わってしまって、実は。
出店者というのはイベントの出店者ですか?
街一の出店者。そこはちょっともっと改善していかなきゃいけないなというふうには思っています。
どういうふうに変わったんですか?
例えば、コロナの状況ですから、当然廃業になったり、辞めてしまったり、潰れてしまったり、
人がいない、どうしようもないみたいなところで出店もできないみたいなことでね、だいぶ変わりましたね。
最初からいたいろんな野菜関係の方々とか、きのこを栽培する方々とか、そういった方々がすべていなくなりました。
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だいぶそもそもの一番最初からで言うと、全然話が変わってるみたいな感じになっちゃってるってことですかね。
それでもせっかく座組とたてつけはそういうところなんで、もう一回そっちに巻き戻せると一番いいですよね。
そうなんですよね。
今、足らんもんで言うと何が足らないんですか?
そうですね、やっぱり農家さんが作るね、おいしい野菜とか、果物とか。
もともとは農家さんとかそういう人たちがずらっと出ていたみたいな感じですね。
あとたまに水産物、これもイベントやったりしましたし、こういうところがなかなか難しいと。
そっちに家事切れると面白いと思うんですけどね。
ちょっとベタな、チープになっちゃいますけど、ファーマーズマーケット的な、今っぽく言うと昔はそういう感じやったってことなんですかね。
そうですね。
農産物とか、そうですね、農作がメインでやっているような感じのところから。
なるほどね、今そっちにもう一回戻すのがいいんじゃないか。
何店舗さんかはいますけどね。
全部で何店舗出展しているんですか?
大体一番街の方が20店舗ちょい、22、23。
若草通りの方が30ぐらい。
何で違うかというと、一番街はブースを区画を決めたんですよ。
2メーターかけ3メーターという。
若草通りの方は割と自由。
美品の貸し出しはしかしない。
一番街は美品の貸し出しがあるというところで。
長崎的には同じぐらいですけど、出展できる店舗数の限りがちょっとあるので。
戻ってきてほしいというのは、3店舗、4店舗ぐらい色付けできるといいなというところがありますよね。
出展者は公募されているんですか?
大体毎回決まっている感じなんですか?
また出たいという方が先に申し込み書を。
大体月1店舗、2店舗ぐらいは新規の方がいらっしゃる。
ちょっとずつ循環しているみたいな。
そうですね。
街市という名前だと、よくある商店街のマーケットとどう違うのかなみたいな感じになってしまうので。
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当時は多分そうじゃなかったスタートなんで。
そういう形にできるといいですよね。
エリア分けでもいいかなと思うんですけどね。
テーマも変えたんですよ。
これはコロナの影響を受けてその後。
もともと一番街の方は宮崎の食で街を元気にしよう。
若草通りはあなたの好きなものがきっと見つかる的な。
ところがそれがうまくいかなくなりコロナの影響で出店者が激減。
もう非常に悩んでね。
ある程度戻ってきた時にこれは一番街の福林市長という立場でいうと
一番街が西立ち化してしまってるんですよ。
この10年ぐらいで。
飲み屋さんのイメージですね。
これは仕方がないですよね。近隣なんで。
繋がってますからね。
だけど昔は物販とか靴屋さん、マックもあったり
商店がいっぱいあった商店街で。
元には戻らないと思うんですけど
要は既存の店舗さんのことも考えていかなきゃいけないので
そういうことなんですよね。
そういうことで分けるのではなくて
若草通りと一番街のテーマを
あなたのお気に入りが大集合というテーマに変えました。
ある程度は委員会で測りますけど
出店者に関して
ある程度は皆さんの意向でOKを出すというところ。
例えば今までなかった占いコーナーとか
そういうのが出てきたり
マッサージ屋さんもいろんなところから出てきたり
昔、土地活用の話で
大阪に浅潮橋というエリアがありまして
そこがむちゃくちゃ大きい
行政が持っている土地で駅前なんですよ。
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浅潮橋自体は
割と沈んでいっている駅で大阪市内なんですけどね。
そこの土地の有効活用で
後にマンションが建つ
マンションだったかな。マンションだったと思うんですけど
期限付き用地で3年だけ
何もないただのサラチになってしまうから
なんかこれがうまいこと使われへんかなっていうので
ザマーケットっていうマーケットを
毎月一緒です。月1回ずっと行ってやっていく。
そこに出展した人が
その町にオープンしていくっていう流れを作ったみたいな
結果的に狙ってそうやったわけじゃないんですけど
すごくそうなったっていう事例で
むちゃくちゃ注目された案件があるんですよね。
サルトコラボレイティブの加藤さんという方が
四角県で大阪の方なんですけど
その感じが
なんかこうなってもいいなぁと思ったんですけど
僕が思うに宮崎の商店街って一番外はちょっと特殊で
いわゆるその家賃がきっちり払えれる
お酒を扱った商売をされる方たちが
すごく商店には出ている
商店街のオーナーさんからすると
ちょっと言い方はあるんですけど
家賃A、Cいい話だと思うんですよ
思惑と行政からした町づくりとは違う
もしかしたら側面になっちゃってるかもなんですけど
とは言え経済合理性で言うとおかしくはないと思うんですよ
立場通り渡って
こっち側になると
同じ感じにはならん方が
色艶があっていいかなと思っています
行くとこの2階、3階が結構空いているので
ここで出店できる
つながるような
そういう人たちが出店できる
あれにしたらいいのかなと思うんですけどね
どうですか
おっしゃる通りもったいないですよね
これ言っていいのか
大体大丈夫じゃないですか
大体ですよね
とにかく地代家賃が高い
そうですね
もともと僕が子供の頃聞いた話ですよ
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街中に住んでいらっしゃる方がいっぱいいたらしい
ところがビルのオーナーさん
とにかく家賃が入るからそこを離れて
郊外に家を建てて
もう街中に来ないみたい
あまり関心がない
金だけ入ってくるみたいな
バブル崩壊して
家賃をいろいろ検討してくれればいいのに
下げないんですよ
だからあの頃のまんまの金額が
ここに提示されているということ
そこからの問題もあるし
協力者がいれば
行政党もたっこくんでさっきおっしゃったような
ことができるんじゃないかなと
僕は思うんですけどね
ここを僕は別に
普段は本業として
リノベーションの建築と不動産の仕事をしているので
たまたま空き家というものを使ったら
割と何と言うんですかね
例えば仕入れても仕入れコストも安いですし
何か得るってなっても賃料安く設定できるしとかで
使いやすいのでそれを使っているなんですけど
ここを空き家のセミナーさせてもらった時に
聞きに来られてたオーナーさんが
空中ずっと空いてるから使ってくれていいよ
僕がイメージしている
非常に安い金額でここはお借りさせてもらっていて
一般的なところよりも
本帰り3階4階僕たちが入ったら
2階は多分入りますとこの流れで
結局僕ら上がすぐ埋まっちゃったんで
でも下は正規の金額で借りているので
それなりに払っているんですよね
なんでビルとしてはもう買ってるんですよ
なんでこれを
なんて言ったらいいんですかね
4階建てのビルだったら
4階部分って入れにくいと思うので
それをチャレンジじゃないですけど
そこに興味があるマッチングできそうな人たちを
マチイチで
マチイチっていう名前だけに
そういう人たちが出展して
その流れ作れたら面白いと思うんですよね
いいと思います
オーナーさんも多分オールズナイトで
いっぱい繋がっていらっしゃると思うので
オーナー会っていうのはまた別の会がありますね
通り会に
それはその通りごとにあって
オーナー会も昔は
オーナーさん同士の顔が見えたと思うんですけど
21:00
今先ほどおっしゃったみたいに
それこそちょっと
山側の広いところに家を建てた
その方が亡くなられて
息子さん娘さんが受け継いで
今東京にいますみたいな
このパターンもあるでしょうし
オーナーさんの顔がちょっと見えにくくなった
それがさっきの住んでいた人たちが
ほとんどいなくなったということですよね
今お話があったのは
もう開発が進んでいるんですけど
青空市場
台風かなんかで山がガタンと落ちて
もう一個は文化ストリート
文化ストリートと今の理事長は
僕の同級生がやっているんですけど
川越さんですか
ボビー
川越さん
同い年なんですか
同い年
え、川越さん
あの居酒屋をやっている川越さん
同い年なんですか
同い年
え、僕絶対下やと思っていました
若いもんね彼もね
え、さっき僕パパって思ってたんですけど
39でもう16年なんで
川越さん
もう56
55、56ですね
先輩なんですよ
僕50になるんで
川越さんそんなんですか
あいつもだってもう付き合い長いですよ
38年ぐらい付き合ってます
同級生なんですか
あ、ごめんなさい文化ストリート
はいはいはい
の、何でしたっけ
の、要はあの
オーナーさんがね
土地のオーナーさんがもうバラバラになってて
そうですね
文化ストリートもあの敷地内で
なんと52さんオーナーがいるっていうね
だからなかなか開発が進まないんで
そこもね
一回とある不動産会社の社長がね
あそこを全部話をしたと
今から行くぞっていう時に
2つかな
にオーナーさんがやっぱり売らないみたいな
それでその不動産会社の社長は
青島に行っちゃったんですよ
なるほど
分かるでしょ
はい
ああいう人が行ってくれて
何をして宮崎市に恩返ししたいんだっておっしゃってた
まず開発するビル建てる
テナント全部入れる
そしたら誰かに僕は譲るんだという風に
おっしゃってたんですけどね
そうですね
一回そういうのがあると
もしかしたら今後また
24:00
そういうのがあったら売れるかもしれないっていう
確定事項じゃないけど
なかなかね
宝くじ的な様相みたいな
雰囲気もちょっと出てしまって
みたいなのはあるかもですよね
ただ僕建築の人間なんで
建物の安全性
それから老朽化
建て替えるためのエリアの価値とか
そういったのを一応
本教ではそういうことをやってるので
この商店街含めた文化スリート
若草含め
このメイン通りのところっていうのは
大掛かりで建て替えをして
再産をビルで長尻合わすっていうのは
結構難しいと思うので
僕らリノベーションみたいな
地区50年くらいのビルが多いので
だいたい4,50年くらいです
でいくとまだまだ全然使えるんですよね
ただ使うためには
それなりにちゃんとメンテナンスを
してあげないといけないので
それなりの収入が必要
これがちゃんと回るような仕組みを
作れたらいいので
やっぱり空中界に入るような
入り口になる街一になったら
めちゃくちゃいいなと思うんですよね
そういう企画ができるといいなと思うんですけど
それは難しいですかね
いや難しくはないけど
ちょっと時間かかるかな
相談
いろんな方々と相談しながら
なるほどね
実行委員会のメンバーもね
例えば副委員長は
実際飲食店やってる人間が入ってくれたり
もう一人は
半分仕事を半分もらってや
広告代理店の人間が入ってくれて
あとは宮崎市とか会議所とか
アートセンターさんが来てくれたりとか
その中でいろんな話し合いをしてますから
大学生も実際来て
何かやってくれたりしてると
ずっと学生ボランティアさんは
最初からずっと
歴代的に
でもこれも変動があって
大学が変わっていったり
もともと公立大の学生さんが
すごい厚い連中がいっぱいいたんですけどね
その約3代、5代後ぐらいから
なんかこう
厚い人間が減り始めて
はいはいはい
面白かったですよ
ずっと見てたんで
16年の
そう
ボランティアに参加しない
手を挙げてないけど
遊びに来て
27:00
本部で語り合ってたりとか
したのが全くなくなってき始めて
面白いな
地元の人かどうかっていうのがあるかもしれない
それこそ
例えば
佐賀から来て
公立大学に来て
多いもんね、結構
やったら
町に対する熱量ってまたちょっと違うんですもんね
地元の高校で町で遊んでいたかどうか
みたいなのってすごいあると思うんですよ
うちここ
美創空間のメンバーで地元で採用している
原さんなんかは高校も地元
学生の時に遊んでた面白い町っていう
なんかその思い出というか
それをよう話ししやがるんで
そういう風になったらいいんだろうなっていう熱量は
その時代を過ごしているかどうかっていうのは
影響はあるんでしょうね
ありますね
面白い子もたくさんいましたよ
今もちょっといますけどね
面白い人間が
あとはボランティアに参加するという行為
これが少なくなっているような気がしますね
大学であるんですよ
ボランティア論っていうものを学ぶ大学とか
あるんですよ
そこに声をかけて何人かは来てくれたり
小売大学にそういう学部があるってことなんですか
学部じゃないけど論ですね
ボランティア論の教室で
生徒さんたちが30人ぐらい
ボランティア論ってどんなのなんですか
どうなんですかね
逆に言ってみたいですよね
そこでどんなことを教えているのかっていうね
ボランティア論
論ですよね
確かに総論だけを聞きたいですね
ボランティアをするのがいいとされている
勉学ってことですよね
どうなんでしょうね
ボランティア論なんてそれはあるでしょうね
ボランティア論
僕どっちかっていうとボランティアより
そこに働くことで
ちゃんとお金が生まれる仕組みを
作った方がいいんじゃないのかって
僕は考えちゃうタイプなんですよ
でも多分それでは拾いきれない
そうじゃないものっていうのもあると思うので
実際確かにそうですね
僕こそ聞くべきですね
教えていらっしゃる先生がいらっしゃるってことですよね
めちゃくちゃ会いたいですね
ボランティア論聞きたい
30:00
そうなんですよ
公立大で
公立大
出張弁に立たれている先生がいらっしゃるんですよね
これちょっと誰かご紹介していただけないですか
初代町市のボランティアリーダーをやっていた方が
公立大の先生をやっています
ぜひ
そこ繋げば
ぜひ
ポッドキャストで聞きたいです
ボランティア論の話聞きたいです
多分僕と本当に
僕が知らない見え方を
めちゃくちゃされているはずなんで
めっちゃ聞きたいですね
ぜひ繋いでください
これいいくだりになりましたね
そうですね
ひとつきっかけが生まれました
とはいえ30分は経っちゃったので
全然話し足りないんですけど
続きはまた
次のネタを引き下げてですね
ボランティア論の先生と一緒に
来ていただくのが一番いいかなと思いますので
ぜひ次回またよろしくお願いしますと
これはいつオンエアですか
いつでしょう
8月ぐらいじゃないですかね
8月の頭とかじゃないですかね
何かありましたですか
いや
まちいちに遊びに来てください
まちいちに遊びに来てください
街中で遊んでくださいという言い方が正しいかな
まちいちもあるし
街中で楽しんでくださいというのと
10月31日
宮崎では一番古いお祭り
宮崎神宮大祭が開催します
それと同日開催で大まちいち祭という
一番上から駅前まで
4通りまたいだイベントになっているので
そちらも
10月ですね
10月31日
僕はその祭りのタイミングで
こっちに居合わせたことがないんで
来てください
日にち決まってますよね
10月31日
日曜日なんですかね
土曜日ですね
予定あり
大阪でイベントがありました
いい時期だもんね
10月ってイベントだらけですよね
ハロウィンもあるし
来年じゃあ
行きますので
よろしくお願いします
次回またボランティアの先生と
ぜひ一緒に来てください
今日はいいアイデアをいただきました
ありがとうございます
ちょっといろいろ考えてみます
33:01
ありがとうございます