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#1351  年末年始、家族と"その先"の話をしました
2026-01-03 09:16

#1351 年末年始、家族と"その先"の話をしました

年末年始、両親と妹とこれからの話をしました。
こういう時間が持てたことは、良かったと感じています。
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おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルは、組織の枠を離れて、森と人の心に寄り添う暮らしをしている私がお話ししています。
年が明けて3日目ということで、私はこの年末年始ですね、実家に帰り、そして両親と、それから妹、メイトを会ってきました。
そこでですね、今回結構ですね、なかなかこれまで話せなかった両親のこれからのことについて、当院たちの希望っていうのを聞く機会があってですね、今日はそのことについてお話をします。
今、私の両親というのは父が80になり、そして母が70代後半ということで、幸い今のところ2人とも元気で2人で暮らせていける状況ではあるんですけれども、
それでもやっぱり年々すごく疲れやすいっていうことも言っていますし、それからもちろん見た目にもですね、だいぶ年取ったなって感じることは増えてきました。
今回、妹が地方に住んでいるもので、なかなか年にリアルで会える機会というのは、会っても1回、2回というところなので、妹が帰省したタイミングでですね、
もしこの両親が2人だけで生活ができなくなってきたら、どういうふうに暮らしていくということを考えているのか、希望しているのかということを、
改まって、ちゃんと聞いてみるっていう機会になりました。
母もそういう話をしておきたいっていうのもあったみたいで、母も希望もはっきりしていましたね。
自分が暮らせる、暮らせない自分たちだけで難しくなったらということで、
母は在宅でっていうことではなく、施設に入りたいっていうことを希望しているっていうことを話しました。
その理由っていうのも話してくれたんですけど、
あとは、例えばいわゆる延命措置的なことですね、それに対してもこういうことを考えているってことを、希望を話してはくれました。
父もね、思いも聞きました。
この背景っていうのは、母が母にとっての両親、つまり私にとっての祖父母を介護し見取ったっていう経験からなんですよね、おそらく。
そのプロセスというのは、私は孫の立場で見てはいたんですが、
その母は一人娘で、そしてね、決して母にとっての実家、つまり私にとっての祖父母なんですけれども、
はっきり言ってそんなに折り合いがいいっていうわけではなかったんだけれども、
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そんな中で、でも一人娘である自分が、いろいろなことを選択していかなくてはいけないっていうことを経て、
いわゆる介護に対する知識が全然ないところから、必要にしまられていろいろなことを調べて選択していくっていうプロセスを経て、
そして当時は、じゃあ自分は、ってね、自分はこうしてほしいってところまでは全然なかなか考えられなかったって言ってましたけど、
気づいたら、今度はそれを自分が託す番になっていくというか、
そっか、私たちもそういう年齢にもなっているんだもんねっていう、そう思うことが増えたようなんですよね。
で、実際その祖父母に関しては、祖母は老人ホームで見取りという形になり、
そして祖父は病院で最後亡くなったっていう、そういう経過があったんですけれども、
そういう中でですね、母としてですね、祖母の最後の見取りに対する思い、
それから祖父の時にこういう選択にならざるを得なかったっていうことに対しての、やっぱりこう、
無念というかですね、他に、あの時には選択が、選択肢としてね、なかったんだけれども、
やっぱりそこに対する、もうちょっとね、こうできなかったかな、みたいな思いが残っているっていうところも率直に聞きました。
それからお墓の話っていうことも、今回話しました。
これはね、なかなかこう、私の家の中では結構重い課題だったんですけど、
というのは、要は墓盛りをしていく人がいないっていうね、ことがもうきんきんに明らかになっている。
その祖父が建ててくれたお墓がありまして、両親が仮にそこに入ることになる。
だけれども、その娘としては私と妹しかおらず、私は一人身、そして妹は子供、
妹がいるけれども、地方で暮らしている。なおかつ女の子ということで、
要は、その祖父が建ててくれたお墓を守って管理していくっていう人が、もう遠からず、私たち世代の時にはいなくなってしまう可能性があるっていう。
私がいるところまでは何とかできたとしても、私から下に要は続くのが難しい。
その妹たちにって言っても、妹たちも、要はこの地元で暮らさないことが想定されるし、
それから妹たちは妹たちで、とついていくっていう可能性が高いっていう。
ここをですね、この機会に母大事に電話して、正直なところ、こういうケースになるとどうなるのかっていうことを直接聞いてみようってことになったんですよね。
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で、もうみんながいるところでお電話してみたんですよ。
で、ちょうどね、お電話出てくださって、そのあたりもお聞きすることができました。
で、墓盛りができなくなったら、お寺として今後どうなるのかっていうね。
そうするとこのお祝いを、いはい堂っていうところに移すらしいんですけど、で、その時にはこうなりますとか。
で、お祝いを移して、要はお墓を墓じまいするっていう時にはこういうことになるとか。
で、お墓じまいをするっていう時には、現在では正直このぐらいお包みいただいていることが多いけれどもみたいなね、お話とか。
だけれども、そのお墓の方も、他の方というかお寺の方もおっしゃってたんですが、要はもう時代によっていろいろ変わっているし、これからご住職さんもね、また変わられるっていうようなお話もあったりとかするみたいで、またご住職の考えもあるでしょうし、
それから時代の変化で、いろいろと変わっていくっていう。
なので、いずれある墓じまいの頃にですね、また状況としては変わっている可能性もあるっていう、それは言っておられたし、それは当然そうだと思うんですよね。
最近というか、今現在ではこういうことをしていて、こういうふうなことをしてもらっていることが多いけれども、
それは将来どうなるか、また同じとは限らないっていう。
ただ今回この話を聞けたことによって、でもこういう感じなんだって、少なくともお墓を移さなきゃとか、何かを急いで考える必要はないのかもっていうところを家族として確認できたのはほっとしたんですよね。
新年からですね、こういうやや、自分たちがというか、両親にとってみれば、いなくなる可能性があることを考えて、そのこれからのことを思うようにならなくなった時に、どういうふうにしてもらいたいかとか、どう希望を持っているかということを話す機会になったのはすごく良かったかなと思っているんですね。
なので、母も実際そういう話ができてよかったというふうには、後でLINEで感想ももらったんですよね。
この新年って一般にはおめでたいっていうあれで、何かそうしたネガティブなって一見思われるあれだけれども、なんか母も言ってたんですけれども、
私たち生まれて誰かのお世話になって、おむつをしてみたいなところから、最後おむつをしてまた亡くなっていくんですよねって母が言ってたんですが、
要は自分のことが最後できなくなって、誰かのお世話になるっていうことになって亡くなっていく可能性が高いっていう時に、どういう希望を持っているのかということを話せたのは良かったかなというふうに思っています。
今日はお正月からっていう話ではあったんだけれども、私たち家族にとっては大切な時間になったかなというふうに思っています。
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お聞きいただきありがとうございました。皆さんもどうか良い一日をお過ごしください。
ヤシでした。
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