第187回:自己表現としての「推し活」。衝動と偏愛の時代における新たな個人の識別票
2026-08-15 1:06:06

第187回:自己表現としての「推し活」。衝動と偏愛の時代における新たな個人の識別票

今回のテーマは「自己表現としての推し活」です。現在大きな消費文脈にもなっている「推し活」ですが、偏愛の捌け口として捉えたとき、これは同時に自己表現にもなっています。


かつては身に纏う「ブランド」など外見のファッションが他者との識別票になっていましたが、現在はこの偏愛の表明=推し活こそが他者との内面の識別票として機能しています。

人気のMBTIやPCMなどの性格・パーソナリティタイプ診断と同じく、自らの内面をカジュアルに記号化できる「コミュニケーションツール」としての推し活について考察していきます。

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サマリー

今回のエピソードでは、「自己表現としての推し活」をテーマに、現代社会における「推し活」の新たな意味合いと機能について深く掘り下げています。かつてはブランド品などの外見的な要素が自己識別票として機能していましたが、現代では個人の内面的な「偏愛」の表明である「推し活」が、他者との差別化を図るための重要なコミュニケーションツールとなっています。MBTIやPCMといった性格診断と同様に、「推し」は自己の内面をカジュアルに記号化し、他者との共感や繋がりを生み出す手段として機能しています。この現象は、SNS社会における共通の話題不足や、自己の個性を表現したいという現代人の欲求と深く結びついています。また、サンリオのマイキャラ診断のようなサービスは、このニーズを捉え、IPを活用して自己表現のプラットフォームを提供しています。さらに、AI時代における「言語化力」の重要性や、自己のアイデンティティを確立する上での「推し」の役割についても考察されています。エンディングでは、司会者の一人が柴田錬太郎の作品に触れることで、AI時代における人間らしい思考や感性を育むことの重要性を語り、リスナーに自己決定とテーマ設定を持って人生を楽しむことを推奨しています。

自己表現としての「推し活」:新たな自己識別票
みなさんこんばんは。あした使える聴くネタ帳 | マーケターの真夜中ラジオの時間です。
この番組はアラフォーマーケター2人が最近気になるトピックを取り上げ、それぞれのマーケ感で掘り下げていきます。
スタートアップの思いを文化に変える戦略マーケターチーム株式会社ヘールコネクト代表の宮本です。よろしくお願いします。
淡路市までコピーライターをやってます。ジンボーです。よろしくお願いします。
さて、今日のテーマは自己表現としての推し活。 衝動と偏愛の時代における新たな個人の識別表です。
このテーマ、取り上げた理由は何なんでしょう。
はい、今回は今大きな消費文脈にもなっている推し活っていうものをちょっと再解釈、捉え直しをしたいなと思ってるんですけど、
推し活って、ちょっと以前宮本さんの回でも話題になりましたけど、衝動とか偏愛とかその辺と直結してる話かなと思ってて、
だから偏愛の表明ですよね。推し活、推してるんだっていうのはね。
そうですね。みんなが好きなものを推してるは推し活ならないもんね。他の人よりも私はすごくこれにはまってるんだっていうのが推し活だもんね。
そうですよね。誰かがちょっと推してます。いやいや、私はそんなもんじゃない。もっと推してるんだ、私はみたいな。
確かにね。
そういうマチズムな世界ですね、最近はね。
確かにそうじゃないと。だから、ワールドカップで日本を応援してますみたいなのは推し活とは言えないもんね。
だからそれを推し活というには本当にもうアメリカまで見に行くぐらいとか、選手の特性とか全部知ってますぐらいまで行かないと推し活にならないから、
他の人とは違う、私は他の人よりもすごくこのチームでありこの人たちが好きなんであるっていう偏った愛を推し活と言うだろうね。
そうなんだよね。だから何々推しですみたいなところって、今で言うと一個の自己表現になってるかなと思うんですよね。
なので自分の自己紹介とかって難しいですけど、私はこんな人ですって一言で言うのって結構難しいとかほぼ無理じゃないですか。
でも僕で言うと、ビッシュ大好きな私ですとか、フリーレインハマってます私ですみたいな、淡路島のコピーライターですとかが割とわかりやすいですけど。
そういう偏愛、衝動の先の偏愛をパッと言うと一発で伝わるわけですよね。
なのでそういうことかなと思って、今その偏愛っていうのは日々の情熱情動の履き口になっていて、それがイコール他者との識別表になってるってことだと思うんですよね。
偏愛って一定の時間を日々投下し続けてますっていうことなので、自分は趣味はこれですよりもう一歩先の話になるんですよね。
それを昔はちょっと痛いとかなんかいう扱いをされたわけですけど、最近はそういうのをむしろ歓迎するとかいいねって思えるような文脈になってきているので。
徐々に押し勝つっていうのは自己満足でもあり同時に自己表現のツールにもなってきてるよねっていうことがあるのかなと思っているわけですね。
昔はね、オタクとか比較的ネガティブなワードで使われてた時期もあったりとかして、そういう映画もあったじゃないですか。
電車男ですか?
そうそう電車男とかね。当時オタクはクラスの中でイケてるグループに入ってない人みたいなのがオタクと言われていたけれども。
オタクがイケてないから電車男が逆に流行ったわけだもんね。
みんなで応援してオタクでも恋愛できるようにしようっていう。でももう恋愛というものを価値に置いている時点でちょっと当時っぽいというか。
恋愛できなさそうな電車男というオタクがみんなと同じように恋愛できるのいい話だったけど、今は別にそうじゃなくて。
別にみんながみんな恋愛する必要はなくて。別に恋愛なんて良くて。私はこのアイドルなりこの漫画アニメに変顔してるからいいんだ。それが普及している形になってきてるよね。
昔は好きなアイドルが結婚したら落ち込んだりとかね。暴力的な行動に出たりとかいうファンの一部いましたけど。
最近でいくと推しているアイドルを恋愛対象として見る割合ってスーパーらしいんだよね。5%くらいかな。
むしろ自分の自己存在の確信みたいな。そういう対象として見るっていうのはほとんどなので。完全に疑似恋愛対象としてアイドルを見るみたいな人はめちゃくちゃマイナーになっているということですね。
そういう感じですかね。だからよりアイコニックな存在になっているし、どっちかというと宗教っぽくもなってきてるみたいな。
本当に一人一人が神というかね。宗教的存在として認識されていて、その存在があるからこそ自分の存在が認められている。その人を好きな私って生きてて価値があるって認められている宗教っぽい感じがするね。
宗教って理不尽な世の中で自分の生きる意味を意味付けてくれる物語ですよね。そういう意味でいくと今のアイドルとかアニメとかオタクカルチャー、オシカルチャーというのはすべて宗教代替なわけですよね。
なるほど。そういう事になっているので。疑似恋愛ではそもそも無くなってきてるよねっていう話かなと。
確かにそうだね。キリストに疑似恋愛するイメージあまりないもんね。ないないない。ブッダ好きになるとかあまりないもんね。
あまりないよね。ないないない。魅力菩薩に惚れるとかないもんね。確かに確かに。
そういう意味では概念として一個抽象度が上がっている感じがするよね。アイドルが本当の意味の偶像になってきてるっていう感じもあるかもね。
じゃあどのアイドルを推すか、どの神を推すか。私はクリスチャンのカトリックです。私はプロテスタントです。メソディストですみたいな。
そういう自分の価値観とかを端的に表す記号として推しみたいなものを今は割と使っているっていうのも多いかなと思っています。
かつては身に纏うブランドがイコール自分の価値観の表明だったわけですよね。あとは自分の経済的な余裕の表明でも照明でもあったしみたいなことなので
ファッションが他社との識別章になってたわけですけど、今はそもそもブランドがめちゃくちゃ多くなっているし、その中で人々は物への関心が下がっているので
せっかく良いブランドを身に纏っているんだけど、ほとんどが着ていっても気づかれないってことだよね。
おーってならないからブランドに。そもそもブランドはインローのためにね。どうだGucciのバッグを持っているぞっていうおーって思われるために身につけていたわけだけど高い金を払って。
だけど気づかれなかったら意味がないからじゃあいらないねっていう感じになっているし、あとはコロナ禍でそもそもそれを着ていく先がなかった空白期間が割と長く
足掛さんに会ったこともあって結構価値観はパッともうブランドが欲しいみたいな本当に終わったなって感じもするかなと思っていますと。
逆にその中でもコネクトができたSNSの中で表明しやすいものとか、その中で推しとか内面的な系統みたいなもの自体が多色の識別章になっているかなと思うんですよね。
という状況もあるので、だから今の変外の端的な表れとしての推しかつ推しっていうのが自己表現であり多色との識別章自体になっているっていうことがあるかなと思います。
今や推しかつっていうのは学校文脈よりも強烈、部活とか以上にメジャーな共感のプラットフォームとして成立するかなと思っていて、
「推し活」の変遷:オタク文化からメインストリームへ
渋谷109ラボの調査によるとZ世代の推しかつ実施率は約7割だね。女性は8割ぐらい。
他の調査によると別にZ世代に限らず50代ぐらいまでは普通に推しかつ6割以上ぐらいもやってるので、だから別に世代を問わず推しかつは大内緒なりはやってますということ。
まあV6好きな人とかね、いたもんね。昔からね。
そうだね。僕ら世代もね、女子はほんとジャニーズ、ジャニーオーター多いからね。
多かったね。多いよね。ちょっと当時とで、なんか推しかつなのか?みたいな感じもちょっとするけどね。
推しかつなんじゃないの?あれはあれ。
あれも推しかつか。
ファン…ファン…好き…ファンと推しかつ…
推しかつなんかより一緒か。形が変わってるだけかSNSによって。
そうだね。それはアイドルなのか、もうちょっと広くなってるね。アニメとかも含めた領域になってるし、一個じゃなくて複数みたいな感じがなってるような気もするし。
その辺りもあるかもね。
推しかつ実践者の約4割が頭の6割以上が推しに占拠されている状態らしい。
4割もいるの?4割も6割以上推しかつに頭の中占ってんの?
困ったもんだね。これが日本の生産性を押し下げてるんじゃないかって。
これは日本として良くないんじゃないかっていう感じするけどね。
そうだね。
かつて社会の端っこに追い上げられたオタク的なカルチャーとか価値観とか存在は今や社会のドメジャーになっているってことだよね。
逆に言うとオタクじゃない人の方が少ないってことだよね。
そうだね。
普通にリアルなところで恋愛をしたりする方がマイナーな人なわけだね。
そういうことですね。
現代人のたしなみみたいなものになってきているので。
性格診断と「推し」:コミュニケーションツールとしての記号化
逆に言うとマーケターとしては何かにハマるとか推すとかそういうプロセスを自分の中で経験しないと
ほとんどの人の熱い気持ちが理解できなくなってきている。
アイドルの曲で泣けるようになってからが一輪前のマーケターだということだと思いますね。
本編は先に収録していますが宮本さん的に今回の話はどのあたりで明日使える効くネタになりそうでしょうか。
世の中の変化を改めて言語化して捉え直したなあっていう感じで。
幸せってなんだろうとかね。
でもそうだよなあって思って。
推しにはまる気持ちもわかるし。
やっぱりこれが世の中の今の流れだなあっていう感じがして。
僕はこの間ちょっと話しました。
インザメガチャーチっていう原井良さんの本がまさに推し活をしている人の話で取り上げられていて。
今回話したようなことをリアルに一人一人のエピソードとして。
推し活によって自分の生きている価値を感じる人とか。
でもその推し活をしているアイドルが突然自殺とかをして
急に自分の神みたいなものがいなくなってどうしたらいいのかっていう風に悩む人だったりとか。
あとは推し活というものをプロデュースする側になって
いろんな人を推し活にはまらせることでお金を対応に課金するみたいなことをやってる人が出てきたりとか。
そういうのが物語としてあってすごく面白かったんですけど。
でもそこで話してたようなインザメガチャーチで取り上げられたことが
こう俯瞰で見て言語化をしていくと
そうか推しって自分の価値観自己紹介を作ってるんだなとか
そういうのの理解が深まって面白かったし怖かったし
っていう感じですね。
そうだね。本編の中でわりと話が脇にそれた時間も長かったけど
結構楽しかったよね。
楽しかったし深い議論だったなっていう感じがするな。
SNS社会に生きるこの残酷さとかその辺も改めて気づきもあったし
その中の巧妙でもあり自分の身を守る盾でもあると思うんだけど
そういう推しを立てるとか推しにすがるとかっていうのはね。
確かにこれってマーケティングに使うとすごく強烈な力を持つと思うんですけど
まだこれをマーケティングに使うということに自分としての倫理感が
うんって言ってない部分もちょっとあるな。
そうだね。でも押されるブランドになるといかに強いかっていうのは分かるよね。
強い。
じゃあ借り取り借り取りのデジタルマーケットどっちが尊いかっていう問題もあるよね。
まあそれはね押された方がいいのは実際そうだけれども
それを裏側で設計するためにやっていることとかを考えると
オーガニックにそれができているところとかはいいと思うんだよね。
そうだね。
でも別に一定そうじゃない部分もある。
例えばテレビとかでアイドルプロデュースとかで苦しいのを乗り越えてアイドルになるみたいな
ああいうプロセスとかも当然ながら一定誰かが書いてる台本があって
できているリアリティショー的な部分もあるから考えさせられる回でした。
なんか今すべてのマーケティングとかインサイトの実はど真ん中かもしれないなっていう
本当そうですね。そう思います。
それでは本編ぜひ聞いてみてください。
本編は約38分あります。
途中で聞けなくなった時のためにもここでポッドキャストをフォローしておくと便利です。
それでは行ってみましょう。
さてジンボさんの今週のピックアップ。
テーマはこちら。
自己表現としての押し勝つ。
衝動と変え合いの時代における新たな個人の識別表です。
さあどんな内容なんでしょう。
まあオープニングでもお話の通りなんですけど
今回は押し勝つというものを少し掘り下げて考えてみたいなと思っていて
押し勝つというのが実は今の人たちにとっての
単的な自己表現のツールになっているんじゃないかなって思ったんですね。
今はね僕ら世代とかはどうかあんまり分かってないんですけど
会社員辞めてしばらく経つんでね。
そういう理由?
若い人とかとコミュニケーションしたりとか
ベンチャーの子たちとコミュニケーションすると
性格診断とかめっちゃ好きなんですよね。
めっちゃ好きですよね。
これもう若い人みんなそうっすよ。
ネオさんPCMって受けたことあります?
PCMはないかも。
PCMってないのか。
今僕が片付け込んでいる会社ではめちゃくちゃ
PCMトークが鼻盛りで
人間を6タイプに分けてね。
6タイプどれかっていうよりは
全部持ってるんだけど
ベースがどれで、今メインがどれでみたいな感じで
ウェイトを分けするのね。
みたいな。
それの属性があって
この人だったらこういう
愛称とかでいろいろ語り分けをするんだけど
無限に語れるわけですよね。
みんな大好きなんだよね。
大好きですよね。
うちの中学生の娘もMBTI知ってるからね。
中学生も知ってるんだ。
調べたら100年前くらいに作られた
そうなんだ。
そうみたいですね。
最近ですよね。
Xのプロフィール欄とかにMBTI書いてる人とかいるしさ
そういうもんなんだみたいなね。
俺らの言うと動物占いみたいなもん?
そうだと思うけどね。
一時流行ったよね、動物占い。
流行った流行った。
あっち系だよね。
僕ら世代はちょっと理解ついていけない部分が
あったりする。
女子はどうかわかんないけど
動物占いはまったことがある女子は好きなのかもしれないけど
僕らみたいな男子は
やっぱりちょっとわからんだみたいな部分は
そうですね。
PCMの検査で1日かかりますか?
ちょっと困っちゃったもんね。
1日かかるの?
マジか。
それは何をそうするの?1日も。
検査自体は事前にwebで終わるんだけど
それの説明会みたいなのがあってね
お互いのパーソナリティの違いを理解して
日々の業務に活かせないと意味がないので
その研修というか
溶かし込む時間をちゃんと取るのね。
それをちゃんとやりましょうみたいな感じだったので
同じ共通言語を持てるのはいいことだと思うから
一定だが真理も含まれているから
まあいいんだろうなって感じはするよね。
というところなんですけど
NVTIも含めて
なんであんな流行ってるのかなと思った時に
一定それって決議型占いよりは
多少ファクトもあって
確からしいのか分からないけど
深い自己理解をしたいというのが
主目的でもないような気がしていて
っていうよりは
僕で言うとPCMだとレベルがベースで
パシスタっていうのが
全然分からへんな
メイン今だったんだけどみたいな話なんだけど
そうやって言うことで
これって私ですみたいな
今の私ですっていうのが
パシッと決まるわけだよね
私はこうなんです
じゃあこうですねみたいな
お互いその共通理解とかの中で
お互いが自分のメンタリティとか
内面的なものを記号化して
その記号同士でうまく
コミュニケーションが盛り上がるみたいな
そういうことがあると思うんだよね
だからこれって私の記号化っていうのが
カルジャルにできるのが
多分ああいうもののいいところで
同じ世界観の中では
私はこれですみたいなところで
コミュニケーションのネタにすごくなるので
盛り上がりやすい
お互いが一定その
理解も深まった感じもあるみたいなね
お互いのことを
そういうことも含めて
だからコミュニケーションツールとしての
記号化みたいな作用が
強いんじゃないかなって僕は思ってるんですよね
確かにね
SNSに書くのはそのためですもんね
別に自分理解のためだったら
自分で測ったりこうやってあるって
理解するだけでいいけど
わざわざSNSのプロフィールとかに
私MBTIの○○ですっていう風に書くのは
自己紹介の一つってこともね
そうだよね
本当の自分がほんまにエグいダサいって言ったら
多分SNSで発表しないと思うんだよね
グロいとかエグいとか部分も
エグみも出ちゃうと思うので
そうじゃなくてもうちょっとカジュアルな
名刺みたいな感じになってると思うので
そういうところかなと思うんだよね
だから今の人がMBTI PCMとか求めるのは
そういう自分を端的にパッと表現できる
自分の内面をだよね
何かを求めているなって思っていて
今回の話はそういう文脈なんですよね
推しっていうのも実はそういうのの一つなんじゃないか
って思うんですね
だから自分が誰かを応援して
強度を得られるとか感動できるとか
そういうのも一個あるけど
もう一個は推していることを表現すること自体に
何かしらの意味があるんじゃないか
っていうことですね
それがMBTI的な
自分の内面性をカジュアルに記号化できる
っていうことの作用なんじゃないかなと思っていて
ってことですね
同じようにMBTIだと16パターンとか
PCMだと6パターンの掛け合わせとか
一定の推しだと
アイドルで言うとAKBだと48人いるけど
メジャーだと7人とか
それぐらいでみたいな話なんだけど
一定のクラスター何推しが結構いるみたいな
メジャーの推し対象であれば
PCMとかMBTIと同じように
私はこれとか
そういう共通の話題化がしやすいので
そういう作用は結構あるんじゃないかなと思っていて
そこで私はこれ推しですとかということで
そこそこ正直な自分の本音とか趣味思考を
埋め込みながら
でもあんまり痛くならない程度に
でも高い許可権を持ったりとかして
自分の価値観をスピーディに表明できる
っていうところがいいんじゃないかなと思っていて
そういう作用もある
だから自己表現としての推しっていうのが
一個今社会作用としてはあって
なんか重宝されてるんじゃないかな
説を取ってるっていう感じです
SNS社会における共通の話題不足と「推し」の役割
なるほどね
これ自己表現であり
例えば私は
例えば僕がちょっとだけハマってた
BBモンスターだったら
BBモンスターを好きなんですっていう風に言った
聞いたことねえわ
意外と耳目じゃないんだよな
反流アイドルなんですけど
BBモンスターを聞いたことがないし
BBモンスターにハマっているということも
聞いたことがない
聞いたことがなかったですか
あんまりねわざわざ言うほどの
言うほどハマってないっていうのもあるんですけど
でも
例えば
この間お客さんと飲みに行った時に
隣での人は
BTSの大ファンであると
もうあの
韓国に復帰コンサート行ったか
行こうと思ったかぐらい
ハマってますみたいな
人がいて
それを表明したりすることで
同じBTSファンと
繋がりたいっていうのもあるのかな
と思って
それを言っていくことによって
自分の周りでBTSが好きだったり
気になっている人と
喋るネタができるから
一つの友達作りなのかなという
気もしますね
それもね自分
自己表現をするから友達ができるっていう
形だけど
そういう部分もある気がするね
完全にそういう部分はあるよね
今は多分
共通の話題不足なんですよね
視聴率20%
超えるようなコンテンツ
プロ野球もないし
論馬系もないし
ドラマとかね
流行っても10%ぐらいじゃないですか
アサドラが
唯一10%ちょい超えぐらい
タイガーも8%ぐらいで
みたいな感じだから
共通の話題不足なんですよね
その中でやっぱり
アイドルとか何かしら
そっちの方が共通の話題の
プラットフォームをやってるってことだよね
そうですね
逆に言うとそっちに何かしら
はまらないと共通の話題に
乗れないっていう
共通の話題ないってなっちゃうんだね
なっちゃうね
そうかだから前もちょっと話したけど
うちの上のこの中学校の
中学校入ったらさ
私立の中学やから全員知らない人
の空間にトンって40人
集まるわけよね
だから後ろに自己紹介の紙が貼ってあるんやけど
そこに
私の推しは何ですか
っていう質問があって
だいたい漫画書いてあるのよ
IQ好きですとか
こういう漫画好きですって書いてあって
それによって共通の話題を
作ろうとしてるんだろうね
そうだね
その文脈の読み合わせの
話が面白かったのは
ゲームの話はあんまりしてないって
言ってたよね
ゲームはちょっと共通の話題にはならない
クラスターが細かすぎて
アニメとか
そっちなんだろうね
アニメ漫画系がやっぱり
共通の話題になりやすい
見てる人口が多い
そうなんだね
共通のものになりやすいんだろうな
昔だとね
みんな男の子はプロ野球選手を目指して
女の子はお花屋さんを目指してたんだけど
そんな時代ではないからね
ないからね
それぞれの人が
それぞれのコンテンツ消費を
していることによって
共通の友人を見つけることが
すごく難しくなっているからこそ
推しを表明をすることによって
共通の友人を
見つけないとどんどん
孤独になるっていう
世界だな
そういう状況を
うまく
マーケティングを取り込んだ事例があって
白宝堂と
JSTVかな
が組んだ
白宝堂がパッケージを作ってるんだよね
結構新しいなと思ったんだけど
それが
SNSでは
自分と近い興味関心の人と
常に繋がれるじゃないですか
クラスターにはまってて
なんだけど
リアルの世界一歩外に出れば
ほとんど会わないよね
みたいな状況があると
そこって欠落があるよね
それ埋めるために
恋愛リアリティショーみたいなやつを
自分でできるみたいなパッケージツアーを
作って
何かしらの
価値観なのか
リアリティショーの支援者になりたい
ってことで集まるのか
わからないけど
普段自分とは
絶対会わないような人とリアルの場で会える
知らない人と会えるような
場を作るパッケージツアーを
企画してて
それは新しいなと思ったんだよね
SNSでしか会えない
クラスター
自分と価値観が合うクラスターと
何かしらの接点で
クラスター化できるってことと
リアリティショーが普段見てたら
普段見てるものとかは
自分がやりたいものになっていくので
やってみたいな
っていうところに
欠落感を向けていくというか
感じが
面白いなと思って
そんなにね
それが跳ねるとか
メジャーな売り物になる
わけではないと思うけど
企画としては面白くて
それを下りてんがやってるのが面白いなって
感じはありますね
「言語化力」の重要性と「推し」による自己表現のショートカット
俺らはさ
SNSができる
前に思春期を終えているじゃない
でも
どんどんSNSがある
とかスマホがある
一人一スクリーン
であることが
当たり前になって
生活をしている人たちが
どんどん若者そういう人たちが
どんどん増えてきていって
そうなるとやっぱ生き方とか
変わってきてるよね価値観とかね
そうだね
そういう社会だからこそ
SNSがあるからこそ
もう一個
問題も立ち上がってきてるなと思って
最近ね言語火力みたいな話
ってめっちゃ聞きませんか
聞く聞く
昔は
どっちかというと読解力
だったと思うんだけど
最近言語火力
なぜかというと
SNSで誰でも発信者になれるからだよね
本屋さん行っても
いろんなジャンルの人が
言語火力的な本を上げてますと
だからテニスとか含め
仕事でも含め
AIとかもあるし言語火力が
視聴性が
高まっているんだろうなって思うんですよね
確かに前紹介した本の
推しの魅力を語りたいのに
ヤバいしか出てこない
そうだね
まさにこのテーマですもんね
あるよね
なぜかなと思って今の社会の中で
結局言語力なんだよね
というところになっている理由としては
言語化ということ自体の
言語化の解像度が
荒すぎるんじゃないかと
データ捉え直し
言語化の捉え直しだよね
だから私は言語化とはこう捉える
私はこう思うみたいな
いろんな著者が書いているみたいな
話が今なのかなと思っていて
言語化って言えば
言語化だけど
言語って何を扱っているのって話もあるよね
みたいなことがあって
言葉は誰でも話せます
文字は誰でも書けます
ロジカルに成立するのはAIが秒でやってくれる
世界じゃないですかみたいな
話の中で
言語化力っていうのが扱っている理由は
何かというと多分その先なんだよね
ロジカルの先
成立した先で
広告で言うとコピー的な話だと思うんですが
狙った通りの解釈とか理解を
受け取ってもらうために
メッセージングするスキルとか
そういうことだと思うんだよね
それが多分
みんながモヤモヤしている
言語化力が欲しいなとか足りてないのか
と思っている言語化力が指している
領域であって
これはほとんどの場合
誰でも言語は使えるし話せるし書けるけども
ほとんどの人はからきしできない
領域なので
ここがモヤモヤしていて
ここに対する処方箋をいろんな人が書いている
ってことだよね
ある人はこのバッチリなものを書いているし
ある人はロジカルシンキングのことを書いていて
あまりハマっていないみたいなことなんだろう
と思った
ということですね
そういうところで言う言語化力の
話なのかなといった時には
自分を今で言うと
推しをこれが好きなんです
ということで端的に
自分を表明できるっていうのが
多分役に立っているんだろうな
って話なんだけど
逆に言うと言葉で自分を
適切に言語化する表現する
っていうのはめちゃめちゃ難しい
っていう状況があると思うんだよね
それはなぜか二重の読みは難しくて
伝通が自社の伝通の
天才的なコピーを
作ったことがついぞないように
ほとんどの
人とか会社は
自分のこととなると内面を正確に
整理できないし理解できないし
彼に整理し
尽くしたり理解し尽くしたとしても
それを適切に言語化する
っていうのは伝通はできるかもしれないけど
個人だと結構難しい
ほぼ無理ですということだね
なので
その辺があって
今の人は多分
その辺が悩んでるんだなと思うんですよね
自分を
個性の時代だから
自分を他と差別化したいけど
全然できません
という中で
唯一推しとかっていうのは
個性になり得るというか
偏愛というのは個性の一端の表れなので
その推しが
自分自身をシンボリックに表現する
最強の手段になりつつある
っていうことなのかなと思うんですよね
推しはこうです
っていうこと
自分の全部ではないけど一端として
いうことで自分はこういう
人間なんだって内面の言語化を
ショートカットできるみたいな
そういう作用があるのかなとは思ってます
という感じですね
なるほどね
だからそれだけ自分というものを
他の人とは違う
何かとして定義したいけれど
それが難しい
っていうことだよな
そういうことだと思うんですよね
定義したいんだと思うんだよね
だからこそやっぱり
分析系とかNBTIとか
考えるし
コーチングとかもそうだと思うね
いろんな分析を
たくさんした人から見て
自分はどういう人間なんですかっていうのを
言語化してほしいとか定義してほしい
っていうニーズだと思うので
そういうのはあるよな
って感じはするよね
確かにね
昔はある程度
例えば
大学生の頃だったら
サークルで
楽しく友達ができて
彼女もできたらいいよねみたいな
幸せの形が
一定確定されてたから
それができてたらいいし
別にみんなでワイワイしてたら
楽しいしみたいな形で
自分というものを
立たせなくても全然
その場にいれば楽しい生活
みたいなのができたけど
そうじゃなくなっていて
他の人と違ってあなたは何が
できて何が違うんだってことを
問われる
自分で自分を問うてしまうんだろうね
個性を求められる時代だからね
時代だね
20、30年前くらいから
SNSが生む自己否定と「推し」による癒し
そういうモードには
なりつつあるけどね
少しずつね
やっぱりSNSでイケてる人を
見るからかな
最近見たミッドナイトタクシーって
NHKのやつで
一つの話として
30歳の誕生日に
SNSを開くと
自分の友人が結婚したっていう
報告を見て
いいねを押した後に
自分自身はため息をつくっていう
だから
友達の幸せはいいねと思いながら
でも私は結婚もしない中で
30歳を迎えた
こんな私でいいのだろうかっていう
アイデンティティクライシスになって
ため息をつくっていう
そういうところが
やっぱりあるんだろうな
すごいリアリティあるなと思って
その描写
その話で今の社会病理の一端が
ちょっと見えたんだけど
それにいくと今って
過去の全ての
社会的ネットワークと
常につながってる状態じゃないですか
SNSでね
全てじゃないかも分からないけど
今の若い子だったらもっと全てかもね
僕らだと大学以降かも分からないけど
若い子だと
本当は中学高校もつながってるかもしれないね
可能性あるね
っていう中で
そういうのを背負って
一緒に生きていくわけだよね
っていう中で
その全てのネットワークの
一番輝かしい
瞬間とか
華やかな瞬間とか
上手くいってる瞬間がアップされていくわけじゃないですか
それと普段の
自分の日常が
常に対比されていくわけですよね
だから
欠落が常に生じてるわけだよね
常に不幸ですね
だからこそ
本来はそんなところを
気づかないし
見えないし
本当はさ
自分と同じように他の人たちも
普通の時間の方が長いわけじゃないですか
長い長い
そこで上がってくるのは
1000人とかいる中の
誰かしらの華やかな
最も華やかな瞬間が上がってきて
それと今の自分が対比されるから
若干
食らうものはあるんだよね
SNSってそういうもんだもんね
今だったらさ
すごい俺のインスタとかも
海外旅行に行った投稿が
結構出てくるわけよ
夏休みだからね
みんな結構海外旅行行ってんだみたいな
今円安の時期に行くのって
相当なブルジオアジアアピールだからね
そうそう
すごいこの時期よく行くなと思うけど
ハワイとか行ったやつは
もうちょっと頭が死んじゃうかなって
そうそう
物価とか大丈夫かと思いながら
結構行ってたりして
いいなと思ったりするけど
でもさそれもFacebookだったら
2000人くらいの友達のうちの
1人が行ってるだけで
それはね
98%の人は海外旅行行かずに
日本で熱い中仕事してるわけやん
でも
俺のSNSに流れてくるのは
1%2%の海外旅行行ってる人の
投稿だから
それはね認識にズレが起こるっていうか
間違った
理解をしちゃうよね
いや行きづらい世の中ではあるんだろうね
いやもうSNSだめ
禁止
日本に入っちゃダメにしましょう
Xとインスタと
TikTokとかも
SNS系法律で禁止しよう
そうだね
だからそういう情報空間の中で
生きてるって感じだよね
村社会ではないし
情報空間の中での自分っていうのを
中でうまく生きるためには
まず最初の
ペルソナというか仮面だよね
私はこうであるみたいなところが
まずいかに端的に
示せるかっていうのが大事なんだけど
ほとんどそこで躓いてるってことだね
いやでもさ
これすごい皮肉というか思ったのはさ
今のSNSで
そういう構造だよねってなった時に
結婚式とか
海外旅行とか
華やかなものが流れてきて
自分の日常はなんてダメなんだろう
と思った時に
SNSが悪者にならなくていいし
海外旅行とか
結婚式の投稿上げてる人も悪者にならないし
自己否定に繋がっている
っていうところが
すごい課題を見えづらくする
というかさ
いやいやあなた
他の98%の人と同じなはずだから
別にいいはずなのに
でも華やかな人たちを見て
私の生活はなんて
日常的で面白くないんだろう
と思わせてしまう
ってSNSは悪いと思わない?
っていうのは
なんか怖いよね
直接の知り合いの情報だから
傷ついたりするんだろうな
傷つくよね
それが全然知らない人の情報だと
不運って感じだと
芸能人がハワイ行っても
不運だけど
知り合い同じように生きてきた人が
彼女はこんなに幸せになって
自分はこうとかと思うと
やっぱ不幸感じるよな
ってことなんだろうね
送ってるは別に
自分のタイムラインに上げただけですから
あなたに送ってませんから
けんせんからってなるし
でさっきのエピソードの一通り
一応いいねを押すわけやん
それはそういう人間
コミュニケーションの一つだと思うんだよね
おめでとうっていう
気持ちはあるけれども
そのいいねを押した後に
自分としたため息をついてしまうっていう
そういう不幸を作って
気づかないうちの不幸を
作っている世界がある
例えばさ
今さっき冗談で
SNS規制しようって言ったけど
ソーシャルゲームみたいなのに
ハマるっていうのは
一時あって
それはソーシャルゲームにハマることによって
不幸になる人がいるから
ガチャ規制が入ったりとかさ
規制っていうものがされて
プラットフォーム側で
抑制されるってことが起こったんだけど
でもSNSにおいては
今の構造において
俯瞰してみるとSNSがあるから
その不幸は起こっているんだけれども
SNSが悪いと思うのではなくて
自分が悪いっていう風に
思ってしまうことによって
SNSの規制は起こりづらいっていうか
そこに頭が
思いが至らなくなるから
解決がすごく難しくなっちゃうな
って思いました
そうだね
でもユーザーはどうしようもできないもんね
だから
規制とかアルゴリズムを
うまくやってくれとか
そういう方しかないんだろうけどね
でもアルゴリズム的には
そうやった方が儲かるし
ユーザーがそれの方がいいって言ってるから
このアルゴリズムにしてるんです
みたいなことだから
それはSNS立ち上げて
98%の日常が流れてきたら
みんな見なくなるからさ
それは2%の
結婚式とか海外旅行を上げた方が
SNS開きたくなる
気持ちはわかるけど
ちょっとSNSが怖いけれども
そういう世界の中でやっぱおしっかつとかが
自分を自己アピールする
記号になってることは
ありますね
そういう世界の中で
自分を肯定してくれる
コミュニティみたいなところとか
サンリオのマイキャラ診断とIPを活用した自己表現
同じものを好きだみたいなコミュニティに
いつでも接続できるみたいなのも
多分推しのいいところなんだろうね
あーそうですね
自分を傷つけるプラットフォームが
同時に
自分を癒すプラットフォームでもあるわけじゃないですか
あーそっか
確かに
このアイドルいいよねって言い合うことに
使えば
他の人が結婚式上げてるとか
っていうのを見ても
私はBTS好きだもんいいじゃんって思えるもんね
そうそう
ちょっと10分前はイラッとしたけど
BTSの話題で
しばらくやり取りしてるうちに
それは忘れるみたいな
切り替えも
全てSNS上で
判決するみたいなことなんでしょうね
うーん
僕ねSNSが2010年ぐらいに
流行り始めるときに
SNSは人類を不幸にするのか幸せにするのか
議論したことがあって
不幸にするけど止められないよねって言って
SNSマーケティングをやってた
人間としては
次にこの世界が来たか
っていう感はありますね
うーん
多分それも
使い方次第だと思うんだよね
使い方次第で割合としては
9割が不幸になるかもしれないけど
使い方次第だとは思うよね
結論はね
まあそうだね
幸せである一つの処方箋としては
やっぱりその中で
自分なりの個性を打ち立てて
SNSの中で
自分のパーソナリティ
何なりを築くっていうことだよね
うーん
っていうことが一個いいかなと思うんだよね
だからこの推しはこうですみたいなことを
SNS用でも表明することは
自分の
私ってこうみたいなのを表明にはなって
端的なこの不調としての役割を果たすんだけど
同時に
推しって
例えば一個のアイドルだったり
一個のアニメだったりそうですけど
それ自体だけではないよね
そこのどの作品が好きかとか
どのシーンが好きかとか
アイドルでいうとどの表情、曲が好きかとか
アニメでいうと
どのシーンが好きかとか
そういう人によって同じ対象をしていても
そこの
至る理由とか文脈は違うわけですよね
うーん
そこで一個不調としては立てて
コミュニケーションスピードが高いんだけど
もう一個は多分
自分なりの進行スタイルというか
自分はなぜ好きかとか
そういうコンテクストは後で
自由につけられるので
自己イメージのアレンジというか
意味付けの深掘りみたいなのも結構しやすいと思うんですよね
それも文脈が共有されている
ぶっとい部分が共有されているからこそ
しやすいので
そういう効果もあるかなと
だから
分かりやすいかつ深掘りもしやすいみたいな
そういう二つの意味で
便利に使われていて
深掘りできる人は一部かもしれないけど
本当に深くハマっている人とか
あるいは巧妙に言語化得意な人とか
そういう人は割と
深掘りもうまくできるので
非常に便利なのかなと思います
例えばアイドリークループの推しでも
今というと箱推しと
短推しで大きく
推し方のスタイルが違うし
短推しだったら何々短とかつって
6人のうちの一人の
しっかりと担当者になるわけですよね
アンバサダーとしての自覚と責任を
背負って生きることになります
最近でいくと
女性とかのファッション
痩せたいとか
良い服着たいとかの理由は
異性に向いているのではなくて
推しの
アイドルイベントに
駆けつける時に
恥ずかしい服装をしていきたくない
というので
良いものを身にまとったりするらしいんですよね
へー
推しは見ないよね
推しは見ないよね
推しをしている人たち
同志の仲間の中で
浮かないようにというか
恥ずかしくないようにということだよね
推しに見られる可能性があるのか
そこまで考えているのか
それはちょっとインタビューしてないから分からないけど
多分概念的には
推しに会いに行くのに
恥ずかしくない服装をする
自分でいたいということだと思うんですよ
あーなるほどね
その周囲のファンに
見せるというのは多分人気的な話で
っていうことだと思うんだよね
ちょっとだから
いわゆるどっちかというと
概念化しているよね
推しというのは人というよりも
神に近いみたいな感じはあると思うけど
へー
自分の行動を立するとか
日々のテンションを上げる
のの
象徴みたいにもなっているから
そういうことですね
だから担当になりました
担当をやめます
担当をやめます
というのも収支買いを意味するので
人生の重大な意思決定なんですよね
うーん
だから僕らで行くと
白報道をやめる理由とか
そっち系のエントリー
よく見るけど
そっち系だよね
そっち系界隈の人はよく
単折の理由をノートとか
ブログとかいろんなところにあげるのが
結構ブログ文学化してるらしくて
へー
結構ここで
要は深いんだよね
自分の人生観とか
哲学とかそれとひも付いてるから
それを変えることは
非常に自分の物語なんだよ
それは一個も
みたいなことらしいですね
だからそういう意味でも
単なるコミュニケーションスピードの
速い不調ではなくて
深さも結構あるってことだよね
宗教でいうと信仰のようなもので
そこには深掘りすれば
かなり深掘りできるところもあるから
そこの幅と深さ両立してる
っていうのが非常に
使いやすいんでしょうね
なるほどね
まあでもそれだけ
自分と一体化してたってことだもんね
単刀の推しである自分っていうものが
そうじゃなくなるっていうのは
ある意味江戸時代における
キリストの踏み絵をするかのような
意味を持つってことだね
そうだね
だから偏愛と結びついてるから
だから自分の偏愛
対象を変えるってことは
アイデンティティが揺らぐ
っていうことだよね
アイデンティティで切り替えるってことだから
そこには結構決断もいるし
説明もいるってことなんだろうね
なるほど
まあちょっと面白いですよね
推しカルチャーっていうのも
自己表現として見ると面白くて
これはかなり根深いし
そこにはやっぱりSNSの孤独とか
そういうバックグラウンドも結構あるよね
っていうことかなと思いますね
こういう大きな文脈を背負って
面白いなと思ったのは
前回宮本さんの話にも出てきましたけど
サンリオの話
ポイントってここに使われてるんだな
って思ったんですけど
前回のサンリオプラスのポイントね
ポイントって話はありましたけど
上手くするビジネスに取り込んでるなって思ったのが
サンリオのマイキャラ診断っていう
サービスがあって
アプリですよね
MVDIみたいに
自分はいくつかの質問に答えると
あなたはポムポムプリンタイプ
みたいな感じで
自分のパーソナリティタイプが
出るわけですよね
50種類のキャラどれか出るらしいんですよ
なのでまずは
MVDIと同じように
カードを立てずにチャーミング
自分の長所とか短所の表明ができる
っていうことですね
同時にそれが自分の推しキャラとは一致しないので
ちなみに私の推しはこれです
みたいな表明もできるらしいですね
多分その2回だってやってます
自分の推しと
自分のタイプが一緒だと
興奮するんでしょうな
確かに
そんな感じですね
サンリオキャラクター大賞っていうのが
6300万票
毎年集まります
日本国の半数が参加しているとされている
されているすごいね
しかし
一定そこのキャラ認知が
相当あるってことですよね
あるから知られているキャラの
私はこれですこれですってコミュニケーションが
成立するってことかと思うんですよね
そういうの
一定キャラ認知があるから
キャラ診断とかそういうふうに振ってますよね
ってことですね
それによって
自分の自己表現を
端的にやりたいって思っているニーズに対して
さらにサンリオは
IPの知名度を上手く使って
乗っかってるみたいな
ことがね
MBTI流行ってるから
サンリオでもやっちゃえみたいな話だと思うんですけど
そうかそうか
そういうことが上手くやって
サンリオキャラクター版のMBTIであると
あなたはポムポムプリン版の
タイプですねみたいな
ポムポムプリンタイプの人と一緒だね
とか言って話をするわけだ
そういうことですね
SNS上でそれをシェアすると
アプリ内でコインが増やされる
っていうインセンティブ設計があるらしい
ですね
これは80万人が利用するらしいので
まあまあ広がってるよね
っていう感じですかね
なので単なる
サンリオのキャラですみたいな
IPじゃなくて
それを版の自己紹介インフラに
最適することによって
キャラクターをコミュニケーションツールに置き直してる
みたいなことですね
こういうことをやっていくと
エンゲージメント上がるし拡散もするよね
みたいな感じで
さらにサンリオが公民的になっていく
っていう一個のエンジンになってる
っていう事例ですね
MBTIみたいなやつを
自社サービスで作ったらいいってことだ
キャラクターやってるところは
少年ジャンプの
あなたはワンピーサ派ですとかね
悠遊白書派ですとか
言われるとちょっとシェアしたくなるもんね
そういうの流行ったよね
SNSでもなんちゃら診断みたいなね
よくわからん
これまでもたくさんありましたよね
たくさんあったけど
公式でやってくれたら絶対やりそうな気がするな
未だにその熱は高いし
たぶんさらに高まってるから
自社も別にキャラ背負ってなくてもいいと思う
色んなキャラ診断とか
っていうのは
何かしらの一個のフロントエンドなり
入り口になるから
そっから自社のサービスに入っていく
一歩目として
はいいんじゃないかなと思うんですけどね
そうですね
皆さんは今回の話を聞いて
柴田錬太郎とAI時代における人間らしい思考の重要性
どんなことを考えましたか
ツイッターGENXの
ハッシュタグマーケターの真夜中ラジオか
LINEコミュニティで教えてください
LINEコミュニティのURLは概要欄からご覧ください
誰でも匿名で気軽に参加できます
さて
今週の
マーケターの真夜中ラジオも
そろそろ締めのお時間となります
エンディングはですね
私の自己表現としての
お仕方の話をしたいんですけど
ピッシュですか
もうちょっと渋い感じですけどね
シバリオです
いいですねそれは僕も乗っかれますよ
最近
ハマってますからね
基本的に平均年齢
20代のベンチャー企業の
打ち合わせで
毎回シバリオの話を語っているんで
伝わるそれ
すぐにポカーンとされてますけどね
そうだよねだって
もう亡くなってだいぶ経つからね
シバリオ太郎ね
そうだよ30年くらいだよ
そうだよね
さすがに
大河ドラマもシバリオ太郎の原作になることは
最近少ないもんね
そうだね
さっきはよくあったけど
それはポカーンだろうな
どれくらいかな1ヶ月半くらい
朝毎朝3時間シバリオ
小説以外の
対談集とか
街道行くとか
いいね
味わい深いね
AIの時代
思ったよ
AI触りだすと
そっちモード入っちゃうから
でも大事なのはやっぱり
自分の脳みそとか世界観とか
だなと思ったのね
そこは純粋バイオする時間が
必要だなと思ったんで
朝一は
一切スマホとかAIとか
遠ざけて
本当作家と対話する
それを自分の中で
考えるみたいな
自分の脳みそと紙の本だけ
とかの時間を
絶対確保するってことにしてて
意識的にやらないとね
時間的な壁を
設けないとうまくいかないから
そうだね
大事だと思う
法律で決めたほうがいいと思う
そうだね
あれじゃない
何時から何時までは
SNSにアクセスできないようにする
っていうさ
そういう仕組みを入れてさ
いいと思う
やったほうがいいと思うな
どんなお仕方をしてるんですか
しば寮太郎
読むってことかとりあえず3時間毎日
そうだね
街道を行くとかを読んでると
風景見たくなるじゃん
山の寮船がこの地域の特徴で
みたいなこと言われると
どんな感じとかって思うじゃないですか
その好奇心を満たすものが
街道行くって映像化されてるんだよね
はいはい
ありますね
60段階あって
各1時間くらいあってめちゃめちゃリッチな
アーカイブなんですよ
ついに私はNHK
オンデマンドに入ってしまいまして
ちょっとムカついたのは
もう絶対入ると思って
オンデマンドバッと登録して
テレビで見ようとしたら
NHKオンデマンドは
ファイヤーTVなんとかって僕が指してる
あれでは見れないらしくて
ユーネクスト経由じゃないと
見れませんって言うから
そっち捨ててユーネクストで
もう一回契約し直して
二重課金ですよ
NHKオンデマンドアプリが
入ってないの
へー
ユーネクスト経由なら
いけるんだ
ユーネクストは課金してないけど
ユーネクストの中のNHK
オンデマンドを課金して
そうなんだ
ユーネクスト代フィーが
20%くらい乗ってんだけど
まあいいよね
今月はダブル課金だけど全然オッケーです
めちゃめちゃ面白い
へー
あれだいぶ渋くない
海道行くの本はだいぶ好き
ほとんど前回
日本のやつ読んでるけど
映像のやつは何回か見たけど
ちょっとこう
テンポが遅すぎて
ダメだったんだよな
今見たら違うのかな
本読んでから
見ると面白いよ
あの下り
こんな感じやったんや
みたいな感じとか
映像化されてる部分って
本の中の一部だけど
やっぱり印象に残ってるところを
映像化されてるよな
そういうのも思ったりとか
するよね
僕一時
海道行くを読んで旅を滑るのが
すごく好きだったから
仙台とかに行って
仙台の海道行くを読んで
そうすると塩釜神社ってところの
石道路の話があって
この石道路は大阪の商人が
こういう形で届けた石道路が
1個塩釜神社って仙台のところの
神社にあるっていうのを
読んで
わざわざ見に行ってさ
その石道路に名前が書いてあるのを
見てめっちゃ感動したんやけど
でもその石道路のところにいる人なんて
誰もいないわけ
もうさ海道行くを読んでいないと
わからないストーリー
普通に行きゃただの石道路でしかないからさ
大量に並んでいる
1つの1個の
でも海道行くを読んでいるとその石道路の
歴史が感じられて
すごいしみじみと味わい深かったね
そうだよね
だから日本
旅行にも行きたくなるし
日本のその風景の
味わい方みたいなものが
すごく作家の目を通して
わかるから面白いね
しばゆー太郎さんとかやっぱり
作家の人って同じものを見てても
観察感が全然違うからさ
全然
受け取ってる量が違うんだよね
そうっすよね
あとやっぱり歴史も知ってるから
ここにあるこれは実は
こういう歴史があってみたいな
そこに関わった人は実はこういう
人と関わっててみたいな
あれとか見てると
明治とかね
昔の人はみんな有名人同士
知り合いなのかなみたいな
そう思ったりもするけどね
例えばさ
坂の上の雲に出てくる
秋山兄弟とかって
正岡四季とか夏目漱石とか
友達なわけやんか
そんな有名人同士
なんで仲いいんやっけ
みたいな
明治って人口そんな少なかったのかな
みたいな思ったりとか
SNSもないのにな
有名人同士がなんで
しかも別に小説家と俳句と
軍人っていう全然違う人たちが
交流してたって
すごい不思議
だなぁと思って
うーん
目立つ人が目立ったんだろうな
そうだね
その目立つ人同士つながってたり
するからなのか
リアルヒューマンアルゴリズムで
目立ったんじゃないですか
なんか
あとはその
時間的な隔たりがいいなと思って
海道浴とか
あの辺だとだいたい50年前ぐらいの
描写なんだよね
僕は生まれる前なんですよね
10年前とかの描写で
映像化されてるのは
そっから2,30年後なんだよね
あー
今はその20年後とか
30年後に見てるわけなので
だから3つの時間軸を
体験できるわけだよね
あーなるほど
淡路島の海とかもそうだし
50年前千葉両太郎が歩いた
淡路島で
映像化されてるのは
赤石海峡橋が開通した
直後ぐらいの
2008年ぐらいの
淡路島の
様子が見れるわけですよ
みたいな
それを今の僕が
見てて
変わってないなとかすげえ変わってないなとか
あるわけですね
丹波笹山の海とかで
行くと笹山の海に
千葉両太郎は
三田に寄るわけだよね
僕の漢学のキャンパスがあった三田市に寄って
僕は三田市を
すごいニュータウンで
なんか素敵な大好きな町だな
素晴らしいなと思って見てたんだけど
50年前千葉両太郎は
三田を見たときに
もう資本主義の
権利というか
いろんなやつが土地を売り始めてて
丹波笹山はね
まだ城下町でその周りは
森だったけども三田は
大阪のベッドタウンの場所だから
もういろんなところを
開発してて
城地だらけだったらしいね
まだニュータウンというか町はできてなくて
土地が開墾されて
一面赤土だらけみたいな
風景を見て
千葉両太郎は生きどったね
70年代に
映像化されたやつだともうニュータウンが
立ち始めてる
僕が入学したちょい前ぐらいの三田の
映像が一瞬流れたけどみたいな感じで
その辺も含めて
時代を
パクッと見れるのが
これはこれで
感慨深いなって感じするね
そうだね
いい時間の使い方してるね
うん
この現代の社会において
そうだね
タイムスリップしてる的なね
感じはあるよね
一番やっぱり
日本人は何かとかってことを
一番考えた人だと思うので
そういう意味でもいいよね
マーケターとしてやっぱり
インサイト、生活したインサイトとか
考えるとその先やっぱり日本人って何か
とかってことじゃないですか
そこの考える様子が
日本にあるから
本質的には結構ノウハウ吸収とかで
よっぽど貴重な時間だなって
感じはするんですよね
確かにいろんな学びがね
あるよね
海道行くもね
地域の話だけじゃなくて
そこにいた人の
ストーリーがさ、いくつか紹介されるから
うん
面白いよね
この間ちょっと読んで興奮したのは
中国のコナンか何かの
会で
映像じゃなくて
本の方なんだけど
中国に昔その
シウっていう伝説の部族がいて
みたいな話が書いてあったの
ノウハウと思って
キングダムの教会の部族だよね
シウ
なんか聞いたことあると思った
そうそう
おーみたいな
シバルオタローの方に出てきたみたいな
確かに
そうか
そういう発見もあるよね
ある意味でいうと
原点から
シバルオタローも話してるし
キングダムも原点から何か取ってるから
共通しているのは
ある意味当たり前だけどそこが繋がると
おーってなるね
なるよね
シバルオによるとシウっていうのは
最初に鉄器を
作った種族
だから
強かったんだろうね
鉄の武器を最初に持ってるから
無敵じゃんそれって
っていう
部族がいたとされている
伝説の部族だった
っていうところと強かったっていうのは
あっリアルなんだ
なるほど
キングダム
原さんはそこにいくつかの他の
多分
部族の伝承を混ぜて
シウとか教会を作ったんだろうけどね
へー
面白い
なんか俺思い出したけど
高校の時のシバルオタローの本
それ系の話読んで
強っていう字めっちゃいいから
子供できたらこの教会の強の
ちょっと変わった字
あー
美しいっぽいやつ
ウサギっぽいやつ
ウサギっぽいやつ
強の名前のついた子供の
名前にしようって高校の時
思ったことを今思い出した
しなかったけど
あれそんな
意味があるんだね
かっこいいなこの字とか思って
なんか
そんなこと考えたな昔
面白いね
お仕方
そのお仕方はいいと思うな
人生奪われないじゃん
そのお仕方
お仕方ってさ
人生奪われる可能性あるじゃん
ハマりすぎて
そのすま
そしゃげの重課金みたいに
数年後気づくと
あれ私は何をしてたんだろう
何にこんなに時間とお金をかけて
しまっていたんだろうと気づく
お仕方もあると思うんだよね
そうなると良くないな
そうだね
本当に100円棚しか買わない
っていうルールを決めてるんで
基本的にコストは数千円
NHKオンデマンド
入っちゃったから
その分数々
見たかったやつも見たりして
でもそうね
しばりおたろの本なら100円棚に
いくらでもあるね
もう
ブックオフに行ったら絶対あるもんね
あれはあれでだから
100円棚ルールを決めると宝探しみたいで
面白いんですよね
ドライブとか行っても別にね
いつも行き先は決まってるから
テーマ必要なんですよね
だから100円棚でしばりを見つける
つったら1個のテーマになるんですよね
そういう楽しみもある
みたいな感じで
やっぱ人生は
前回の話もそうですけど
やっぱり自分でね
自己決定ですから
自己決定するの幸せですから
やっぱり
毎日の人生全体のテーマとか
もそうだし
やっぱり日々のテーマとか
もやっぱり
設定していくと楽しいですね
明日使えるキクネタ帳
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