スガオ会議、こんばんは、えまです。今日はちょっと番外編を収録させていただきたいと思います。
今日は職場における自己理解、他者理解という視点を女性メンバー3人で話していきたいなと思います。
今日はチェルシーさんとミナさんと3人で話したいと思います。こんばんは。
こんばんは。よろしくお願いします。
よろしくお願いしまーす
登場人物の復習をさせていただくと私は20代で平社員です
チェルシーさんは人事部門でマネジメントをされている方
それから皆さんは研究方面でマネジメントをされているという
私がなんでお前なんだっていう感じのこの3人の組み合わせなんですけど
えっと自己理解他者理解についてチェルシーさんがかなり知見をお持ちというか
いろいろ興味関心もあって学ばれているっていうことで
お話し聞いてみたいなと思って今日お時間をいただきました
そうですね
もともとはあるツールきっかけでちょっとこの話しましょうかって話だったかなと思うので
あるツールって MBTI よく巷で聞くんですけども
それの巷の話とか社内できちんと活用している話とか
あとはなんかツールに頼らなくても多分皆さんもすごくチームの中でね
自己理解とか他者理解されていると思いますし
なんかそのツールに頼らなくてもこういうことあるよねとか
逆になんかツールの講座みたいな話ができても面白いのかなとか思ったりとかしてました
ありがとうございます
なんか MBTI ってなんか友達同士で共有し合うものっていうか
職場に活用できるアイテムみたいに捉えてなかったんですけど
なんか最近は職場の自己紹介とかでもみんなやったりとか
あと私見たのが組織図
チームメンバーが例えばどんな仕事してますよとか担当業務は何ですよ
この人が上長でこの人が部下ですよっていうあの担当票の中に
MBTI をみんなで書いている文言とかがあって
めっちゃ楽しそうって思って楽しむものだけだったんですけど
こと職場に活用するってなると
なんだろうそれがコミュニケーションのきっかけになる以外に
なんか相互作用とかいい効果ってあるんですかね
ちょっと前提としてこれ収録前にちょっとエマさんにお伝えしたんですけど
MBTI の境界としては巷で使われているものはちょっと違うんですっていう話が
前提としてあって私もよく巷で見て
あなたは何タイプですか主人公で
キャラクターの絵が出てきて
あと最近このタイプの人にはこの香水とかこの絵画とか
なんかこの建築この家みたいな感じで
いろんなマーケティングにももしかして紐づいているのかなって思って
びっくりしてるんですけど
あのそういうのは面白おかしく見てはいるんですけど
一応あの日本の MBTI の境界ってところがあって
そこが本当にそのキャラクターのレッテルバリーとかイメージ付けじゃなくって
ツールとしてきちんと理解をして
あの人とのコミュニケーションをよくしたりとか
自分のことよりよく理解したりするためには
それなりの訓練とかそれなりのツールがちゃんと必要ですっていうふうに
しっかりされているところがあって
一応そこで資格を取って私もセッションとかをさせていただいているので
よく社内でセッションする時には
ちょっと言いづらいんですけど
巷で使われているのとは別物というか
別物なんですっていうふうにさせてはいただいてます
まず正式な協会があってちゃんと体系立てられて
教育がなされているっていうことも知らない人が
知らないですよね
知らないですよね
個人的にはそのお互いを知ろうとする
きっかけにするっていうことになったらすごい良いことだなと思って
ただ協会が危険視していることでもよく分かるなと思うので
安易な血液型占いみたく
何かあった時に私A型だからさ私A型だからさって話が終わっちゃうと
本当に自己理解から逆のベクトルに行っちゃって
そういうレテルばかりになっちゃうと違うよねっていうところは分かるので
なのでなんかセッションする時とか
自分の16個からタイプを理解するっていうよりも
4つその理解するための指標があって
例えば最初のEとIっていうのが外交か内交かってことなんですけども
ちょっとその言葉遣いも自分が普段イメージする外交的社交的っていうのとは違う定義があるので
そこを理解した上でそこの指標を知ってると
じゃあ私とエマさんの違いってこういうところにあるかもしれないっていう
何でしょうね理解するための物差しとして結構使いやすくなるので
そこの物差しを一緒にこうエクササイズしながら理解していく
でちょっと使えるようにしていくっていう風にお伝えをすると
結構応用が効くというか
キャラクター名覚えてないけどなんかこの物差しに照らすと
私と皆さんここが似てるかもしれないとかここ違うかもしれないって目が揃いやすくなる
なんかそういうツールとしてすごく面白いなっていうふうに思います
なんか頭文字というかアルファベット4桁ですよね
あれをなんかすらすら空で言えてどれがどれでどう対極でみたいなの
詳しい方だとそういうふうになんかね分析できるんですけど
私は全然あれなんですよね初心者で
覚えるの難しい
何々タイプだったと有名人は誰と一緒だったとか
なんかそういう理解にとどまっちゃってるんですけど
先頭は内向外向その定義もまた教会で正しく定められてるのはまた違う
そうですよね
みなとさんといる会とちょっと違う
ちょっとその普通の言葉遣いと自分が普段使ってる感覚と違う言葉遣いをしますっていうことだけ最初につかんでいただければ
ものすごいガチガチに定義理解して
覚えなきゃっていうふうに萎縮しちゃうとまたちょっと目的から離れちゃうなと思うので
ただ普段社交的な人が外交的っていうイメージがあると思うんですけど
そういう普段自分が持ってる概念の結びつきとか定義っていうのを一回手放して
外交なのか内交なのかどっちだろうっていうふうに好奇心持ってオープンに
この今お伝えする定義で言ったらどっちだろうとか
今お伝えするちょっとワークショップの問いで
どっちがしっくりくるだろうかっていうふうに自分に問うたりとか
その問いに他の人が答えてる様子を見て本当に違うっていうことをとにかく実感して
こんなに違うんだっていうことをとにかく体験を積み上げていくっていうことがすごく価値なのかなって思って
同じアルファベットでも本当に違うみたいなこともあるので
最終的に皆さんがこんなに一緒に仕事をしてたりとかご家族でされたりとか
でも世界の見え方がこんなに違うと思わなかったっていうふうに思ってくださると
なんかその前提に立つと普段問う問いももうちょっと好奇心持って
どんな前提持ってるんだろうとかなれるのかなと思います
そういう職場とか教会のワークショップっていうのは
そういう視点の違いをお互い感じ合おうみたいなものが多いんですか
そうですね
体験をして違いを実感するっていうことが一番腹落ちにつながるかなと思って
今目の前に本ありますけどこれ読んで覚えてくださいってね
ちょっと読書あんまり好きじゃないかもしれない山さんに渡しても入ってこないじゃないですか
なのでそういうちょっと係数だったりこういう時に皆さんどう考えますかみたいなことで話し合って
でなんか話し合ってるうちに自分はこのタイプなんだなってしっくりくる方もいるし
レポートで出たものとその4時間以上のセッションかけてやる後に
自分がしっくりくるタイプと違う方もいらっしゃって
それはそれでokでしっくりくるタイプに最後落ち着きましょうっていうことを目的にしてるので
そのために4時間以上しっかりかけてマンツーマンとかグループで深掘りしてセッションしていくっていう感じですね
手軽にやって携帯でピコピコ
占いみたいな
回答していくあれとはもう全く比べもならないほどの質疑応答とか
どういう思考でこの時はどう考えるとかっていう質問の中でそれをたくさん繰り返していって
最後自分でこのタイプなのかもなとか
このタイプのでも一般的な理解とここが違うのかなとかということで
自分が決めるっていう側面があるんですね
やっぱ自分がしっくりくるっていうことが自己理解に一番大事なので
もしかするとねオンラインでやるときってちょっとこのキャラになったらいいなみたいな感じで選んじゃったりもねあるかもしれないので
あとはあれですよね他者から言われるその先入観とか
あなた明るいよねとかめっちゃおしゃべりだよねっていうことのそれが取れないまま自分でやってると違うかもしれないですね
すごくあると思いますね
よくその結構前に受けた時と結果が違う時とかがあって
それって何でですかって聞かれるんですけど
もし何か役割の帽子をかぶっちゃってたりとか
こうあらねばこうありたいっていうペルソタンを自分で持ってしまってる時に答えるのと
最後紐解いてってこれがしっくりくるっていうのが違ったりする時があるので
そうすると何か役割の帽子とかこうあらねばならないみたいなのがあるかもしれないですね
そういう結構深い話にもねなったりしますね
面白いのが深く自分を知れるとやっぱ近しい解像度で他の人のことも今度見れるようになってくるので
他の人へのその解像度も高まる
1個質問があって
他者のことを見た時にこれで自己紹介とかこういう人ですみたいな話があった時に
なんとなく素のままのその人を見れなくなっちゃうような気がして
そうですよね
何か時々怖い時があって
本当は真正面から人として向き合った時に
自分が感じるこの人ってどういう人だろうっていう
そこに面白みもある時もあるかなって
だけど最近は最初に文章で渡されると
なるほどって思いながら
変なフィルターが入るのもどうなのかなって思いながら考える時もある
これどうに考えますか
皆さんが皆さんみたいな方だったら
あまり必要ないとかこんなに流行らないんだろうなって思いますよね
やっぱりフィルターなくその人と向き合って知っていきたい
それが楽しい面白いって思う人が減ってるんですかね
どうなんでしょうね
その枠組みがあった方が安心する人たちが
若い世代なのか
これ自己紹介とかでよく使う人とかもしかしたら増えてるのかもしれないですね
なるほどすごい面白い
学問的にはもう古くからあるんですよね
そうですね昔からあってもともとはユング心理学がベースになっていて
ずっと使われているもので
結構アメリカとかだとキャリア教育とかで自分のことをよく知って
これが絶対向いてるとかじゃないけど
特性を知るっていうことで使われたりしてるんですけど
でも本当にこんなSNSとかで
この4文字を皆さんが使ったりっていうのは本当最近の潮流ですね
面白い
だからそれをよくSNSを使う人たちとかの中で
MBTI的なものとかそういう自分を何かに
当てはめて人と交流するってことが
コンフォタブルな人が増えてるのかなという気はします
今の話も私結構示唆深い点がいっぱいあるなと思っていて
最近の自分の癖も
こういうものが今最近多いですねっておっしゃるじゃないですか
でも前からこういう学問はあって
でもやっぱり最近こう
みんながツールとして使いたがるのって何か理由があるんだろうなとか思うと
そこに私はすごく興味を持つし
それって何か人間の心理が働いてる気がするから
面白いなって思うんですよね
今お話かかって思い出したのが
同じ職場の新入社員の研修をやっていて
その潮流を感じたのが
新入社員研修1ヶ月くらいやって
最後にずっとプロジェクトをやって
最後皆さん発表するんですね
去年あるグループが発表した
あるブランドのコンセプトだったり
インサイトっていうのを発表された時に
誰も知らない本当の私を
インスタントに手軽に私に教えてほしいみたいなことだったんですよね
深いんだけど簡単に教えてみたいな
あと誰かから教えてほしいとか
いろんなことが私引っかかっちゃって
3回くらい聞いてもなかなか入ってこないくらい
新鮮な文字列だったんですよね
誰も知らない本当の私を
誰かから手軽に教えてほしいみたいな
誰も知らない本当の私って
私からするとめちゃくちゃ深くて
私も分かってるか分かんないくらい無意識のことで
それって当然他の人には開示されてないことなので
そんなインスタントにとか短い時間軸でとか
外からそれが教えてもらえるものだっていう概念が全然なかったので
どういうことなんだろうって思ったんですけど
もしかしてそれが巷で流行ってるMVTIだったりとか
自己紹介にみんなが知ってる枠組みだけど
そこには16個のタイプがあって
違うよねっていうことも直感的に分かりやすくなってる
みたいなことの共通言語ができやすいのかなと
なんか社会の潮流って最近すごく考えるようになっていて
いろんなことがつながってるような気はするんですけど
やっぱりこういうツールを使って
自分を探すもしくは自分を表現する
人に理解してもらうっていうそのインサイトは
やっぱり昔はいろんなことを知るのにも手間暇かかったじゃないですか
大変ですよね
そして先生みたいな人がいないと
なかなかその情報を手にするってこと自体が
すごく時間のかかること
そこの時間をかけることによって
ゆっくり気づいていくとか
ゆっくり自分の肥やしになっていくことが
ある意味自己形成にもつながるっていうか
でも今って多分情報は簡単なんですよね
むしろそれをどれを選ぶとか
決めることのほうがすごく大変になってきていて
すごく逆転してるんだなっていうのが
だから自分の中に飛び込んでくる情報から
どれが本当なのか教えてくださいっていう
そのインサイトなのかなっていうのがすごい面白いですね
そういうものにこれがやっぱMBTIって
少し引っ張られてるっていうか
みんながその一つとして知りたがる門戸を開いてる
ですかね
なんかちょうど言ったらおかしいんですけど
16タイプの違いっていうのが
数として違いもわかるし
でもあなたとこれ一緒だねみたいなのもわかりやすくて
ちょうどいい掴めなくても直感的にわかる
情報量なのかなとはちょっと思いましたね
他にもこういう人事系とか心理系のツールたくさんあって
多分もうちょっと数が多いものっていうのが
同じようにSNSで気軽に自己紹介で使われてるのは
あまり見たことがないので
なるほど
でもきっとあれでしょうね
若い子とかも好きな人とかの知りたいとかもあるんですよね
愛称占いみたいな
そういうのもあるのかも
それはもう男女問わず
気になってる人を知るために
入り口としてはすごい面白いのかもしれない
私夫と相当反対で
別のツール使っても相当反対で
そういえば話が通じなかったねって思ったことがお互いに
言語化というかちゃんと理解ができて
よかった
どういうふうにコミュニケーション調整するかっていうきっかけにはすごくなりましたけど
絶対違うだろうな
私も違うと思います
近い人がいいとか遠い人がどうだってことではないんですよね
近くても感じ方が違うので
近いから同じだと思ってたけど
北極と南極ぐらい離れてたみたいなこともあったりする
面白い
なのであれですよね
家族とか職場の人とか
自分と物理的距離の近い人であればあるほど
なんか自己投影してきちゃったりとか
自分と同じ人間だからっていう甘えの中で
言葉を選んじゃうんだけど
同じ人間なんだけどこんなにも違うっていうことを
改めて考えるためのツールもあるかもしれないですよね
4に分けてさらにその4小言を4つに分けるっていう16個が絶妙ですね
4つの指標を知っていくと
その組み合わせでこの人の違いが生まれるんだっていうのが面白いです
ちまたのだとその4つの軸のことはあまり情報として入ってこなくて
この4つの言葉の組み合わせと
あなたは主人公タイプですって言われたこのプロフィールを覚えるしかないので
そこで自己理解につながるかもしれないし
なんか私のこと言ってるっていう感覚はあっても
他の人に対してどこが違うんだろうって思っても
他のプロフィールを覚えるのも結構大変なんですよね
大変ですよね
15個覚えないといけないから
とかそのね同じタイプだけど全然違う言語を取るよねっていうときに
それ以上深掘りする解像度が持ち得ないので
それを4つのさっきの軸指標っていうところで理解してると
応用が聞きやすいというか
他の15個をプロフィールキャラクターとして覚えなくても
このアルファベットとこのアルファベットの組み合わせだから
こういうところがあるかもしれませんけどどうですかっていう
対話のやっぱり糸口にもなっていったりするんですよね
主人公っぽいですかって言われても
だけど多分その何ヶ月間に1回やっても変わらないのかもしれないんですけど
長いスパンでやるとこれもまた面白いのかなとは思っていて
やっぱりこの生まれてからまだあんまり情報がインプットされてない中で
環境とともに自分が置かれた環境とともに自己形成されていく
いろんな外的要因を刺激を受けていて
その中で成熟していく体も成熟していく
その過程での経験が恐らく影響はしていて
もともと持ってるものと外から得たものっていうのを
融合させながら多分大人になっていくっていう過程
ただその大人での経験もまた長い道のりがあって
それにより多分少しずつ変化していくし
もしかしたらもっと大人になるとこういう風になりがちなんだよなっていう風に
自分をちょっと択感視できるようになってくると
そこをあえて自己意識で変えてみようみたいな
かなりハイレベルだと思うんですけど
そういうコントロールもできるようになってくるかもしれなくて
だからこう何て言うんですかね
何を言いたかったかっていうと
これは多分すごくピュアに答えを出してくれる一つのツールで
これを受け取った時にどういう風に生きやすくできるかなっていうのを
あとはコミュニティの中で人との中でお付き合いができるのかっていうのを
うまく使っていけばいいのかなっていうのをすごい感じましたね
なんか聞いてて思ったのは
私はまだ大人になってからこういうMBTI的な流行に直面したので
それが全てではないというか
自分を縛りつけるものではなくて
一時的に表現するものであったり
安心感を得るものであったり
エンジョイするエンタメみたいな位置づけで楽しんでるんですけど
これがより若年期に今衝突してる若者
私よりずっと若者が
私はこれなんだというか
その固定概念でずっと過ごしていくことには
結構なんかリスクがあるのかなって思ったり
だからこそジェルシーさんおっしゃってた
その4証言をきちんと理解して
物差しのように使っていけるようになった
誰かと対話できるようになるツールとして使っていったり
あとなんだろう
それは自分の環境とか置かれてる状況とか
インプットされた情報に応じて
全然移ろっていくものだよっていうことを
大きい声で発信してくれる人いないかなみたいな感じには
これを使ってエンタメマーケティング楽しむものとしての発信はすごく多いけど
絶対でないということと
正しい活用みたいなことを
教えてくれる人があんまりいないのかな
ってことはちょっと不安になったり
でも自分は楽しんでいたりっていう感じですね
なんか今のエマさんの話聞いて
ちょっとずれちゃうんですけど
でもそういう情報って
自分が本当に幼いど真ん中の時って
刺さるんだろうかって思いながら
自分のことを思い返す
その継承というか
MBTI流行ってるのはあなたの全てじゃないよって言われた時に
受け止められるのかなってちょっと思ったのが
なんか中学か高校の時の
学校のワークショップみたいなので
自分を知って他人を知って
I am OK. You are OK. みたいな
セッションがあったのを今思い出したんですよ
多分自己需要をしよう
他者需要をしようみたいなことだったと思うんですけど
なんかちょっと眠かった記憶が今蘇ってきて
今のこのある程度成熟した我々からすると
今エマさんが言ったような危険性とか
すごく物事の一面しか見えていない
その危うさみたいなことも気がつくけど
それってやっぱカチューにいる人にどうやったら
なんだろうタイムリーにそれ聞きたかった
っていう風に届くのかなって難しいなと思ったんですよね
確かにな
わかりやすくってなんかエンタメ性が高い方が
立って目を引きますもんね
なんかちょっと眠たい道徳的なこと言われても
中高生の時ってあんま響かないじゃないですか
ゼロもいいんだよみたいな
それよりもこうさっきの
ルシーさんの新人さんたちのあれじゃないですか
なんか簡易的に自分の深いところを
教えて欲しいんだ人に
いやなんか
もっと私よりもう少し上の世代の人たちって
カテゴライズされること嫌いじゃなかったですか
とかお前はこうだろって定義されることに
反骨心があるからこそなんか若者のエネルギーが出てくるっていうか
私たちの世代ってちょうど
それが半分半分ちょっと静かになってきた時なのかなというか
反骨心でエネルギーを出そうっていうよりは
言われたことをスッと飲み込む
意外とスッと飲み込む世代だったのかなって
個人的には思っていて
その傾向が下の子たちになるにつれて
どんどん強まってくる
だから情報が肩になって正解がないから
正解を提示されない何でもいいんだよ
あなたのままでいいんだよって言われて育つからこその
いや正解を教えてくれよっていう風にこう
ニーズが変わっていく
さっきの皆さんの移ろうっていう話もそうですけど
それが時代の流れなんですかね
摩擦を起こす枠がなくなってきたからこそ
もうちょっと分かりやすい
緩やかな枠があった方が落ち着くんですみたいなのはあるんですかね
チルシーさんは前回の暴走で見た目によるカテゴライズとか
勝手に決めんなよみたいなお気持ち
結構反骨心高めでしたね
皆さんはどうでした
ご自身の私たちよりも競争が激しい世代だったのかなと思うんですけど
すごい話すと長くなるの
すごくでもあやまちゃんいい質問だと思いました
たぶんこの中でも私は一番年齢は上で
今よりも全然他者理解自己理解が浅い
そういう潮流ではなくて
社会としてもある意味ここを目指すべきとか
こういう人がすごくいいやんなざっくりとした言い方をすると
ウィナーですみたいな
そういうロールモデルみたいなのがみんな大体決まっていて
そこに走りなさいと
全てのものがそこに向かっていくっていう
ある意味結構シンプルで
ある意味すごく今考えるとなんだったんだろう
という時にやっぱり不満に思ったり
反骨心的な気持ちって必ず人は持つんだと思うんですね
それをいろんな形で表現するんだと思うんです
だからヤンキーみたいのがいたりとかもそうなのかもしれないし
自分はどんな形だったかなっていうと
割と優等生タイプっていうステレオタイプに当てはめられ
親もそれを求め
それに応えられる自分も多分いたんだと思うんですよね
でもいっぱいいっぱい徳を積んで応えていくうちに
結局疲れるんですよね
私が取った行動は
でも何しても目立ってしまうっていうか
背もすごい高いし
目立ってしまう自分を
透明人間にしたいって思った時期はすごいあったんです
誰も知らないところに行こうっていう
透明人間化をするにはどうしたらいいんだろうっていう
気持ちが高校生ぐらいの時にすごい
そこでとにかく誰も知らない誰もいない遠くに行こう
私なんで海外選ばなかったんだろうってすごい思うんですけど
家からなるべく離れて親とは違うところに住んで
初めて自分をちょっとそこから作り出すっていう
でも結構意外だったのは今思うと
そんな待ち望んで作り出した環境に
さあ自分を作ろうと思うと
結構また昔の自分と同じように作ってたりするんですよね
だから結構びっくりするっていうか
なんか何なんだろうこれって思う時もあって
だからそれが差がというか本性なのか
結局本性だったのか
何だったんだろうって
すごくそれまでの人生の自分の中心的なやり方
思考の癖にもなってるでしょうし
もともとそういうところが強かったから
うまくやってこれたのもあるでしょうし
よくそれ今別のプログラムでやってたりすると
そういう自分の神経のパターンとしてやっぱり
心身に定着してるので変えられるけど
やっぱ戻るものというか定着してるものだから
変え方っていうのもやっぱ工夫が必要っていう風に言われてますね
すごく自然な
未熟だったからどうに変えていいかもわからなく
結局同じことをやってるなっていう感覚に苛まれたっていうか
それに気づくのがすごい
それを思ったことがあったんですよ大学生の時
すごい経験ですよね
なんか変なの自分って思う気がして
そういう感覚はあって
今の子ってあんまりないのかもしれない
もっと昔からいろんな情報を手にしてるんだろうし
もう少し制約なく自由に生きれる場面も多いのかもしれない
まあ人によるんだと思うんですけど
どう?えまちゃん
どうですかね
私も比較的まだゴールが決められてた世代なんだと思うんです
ただゴールが決められてずっと来たんだけど
急にそのなんかこう自由な路線とか
部下だとか
正解は急に言われるんですよ正解はないぞというか
あれって
なんかこの感覚を全然違う部門の職場の方と話したことがあって
我々その20代の世代って
私は会社に入って初めて気づいたんですよね
あれ?なんか違う選択肢を生きている人口が結構いるぞっていうことに
それまではその入社するまではそこにもうそれしか見てなかったんですよ
そのゴールに到達するぞというか
ちゃんと入り口で入れてもらうぞということにしかフォーカスできなかったんですけど
それが達成されて視野が開けた時に
あれ?これでいいんだっけというか
自分が選んで納得して今も常にいるので
全然なんか虚無とかではないんですけど
あれ?そうか世界は広かったということを感じ
とある時にその全く別の部門の40代ぐらいの方とお話ししたんです
そしたらその世代は会社に入れば就寝雇用でっていうことが
会社にいる途中で崩壊した世代だからっていう
確かにみんなそのこれは崩れないだろう絶対って思ってたところが
キャリア上みんなどっかでなんか一回こうあれって思うことって
誰しもあるのかなというか
それが私は良かったのか悪かったのか結構大人になってからそれが来たんですよね
これってこのままいってていいのかとか
自分のこの選択肢って本当にここに収束するべきものなのかとか
だから結構疑問を持たずに真面目に来ちゃったなって思います
でも比較的その人口としての割合は我々世代はまだそのゴールを目指している世代だったのかな
周りを見るとそういうふうに見えていて
でも下の世代とか私の世代の中にももうすでにフリーランスで活動しているとか
なんかこう飲食店自分でやってるとか
まあSNSで発信して早いうちから集客をするとか
そういう実地をしている子たちとかもいて
まあなんだろう多様になったなあ
その上で自分はどうしていくんだろうということに
社会人になってからびっくりみたいな感覚になったんですかね
より多分皆さんの世代を経て私の世代になり
次の世代になるからこそのカテゴライズ
自分に何かラベルを張ってほしいのかな
学校の仕組みってまだまだそのゴールとか正しいことに対して競争していくっていうことが
多くの学校だとまだ多いのかなって思うと
その多様な働き方とか多様な生き方を選ぶ人はもちろん増えてるけれども
やっぱりそこの小さい時に経験するところの仕組みって
結構自分の原体験とか無意識なところで引きずることも多いかなと思うと
まだまだそこがなんかみんな桃太郎とかやってるから変わってるのかもしれないですけどね
みんな主役みたいなのもあるけれども
それかやっぱりもともと動物として弱肉強食みたいなDNAも我々にあるんだとしたら
なんかそこは本能としていろんなシステムで
それをなくそうと思ってもどうしても残ってしまうものなのかどっちなのかなって今思って聞いてました
でもなんか私思ったんですけど
自分のことをこんなふうに言ってくれるツールっていうか
言ってもらうこと自体がすごくありがたいなって
やっぱり自分もここまでの年になってもやっぱり求めてるっていうか
だからやっぱり一番不思議なのは自分っていうか
自分は一番自分が不思議っていうぐらい
結構わかんないもんだろうなっていう
安心したいんですよね
やっぱり安定にすべては流れていく
エネルギーの高い不安定なところにはなかなかずっといられないので
必ずすべての物事は自然現象として安定のところに行こうとすると
その行くツールのひとつかもしれないし
そういう意味ではいつの時代も変わりがないのかもしれないし
だからこそ今不安定に思ってる自分を
本当に素の状態で理解するためのツールとして流行ってるのかもしれないし
逆に言うと昔の方がもしかしたら何も考えなくてよかったかもしれない
選択も今早いですからね
ゴールをここって示してくれるし
それが嫌なんだけど
でもこのレールに行くっていうことはまずは決まってるんだよねっていう
ある程度限定的な条件の中で活動しようと
でも今は本当に世界がどう変わるかっていうのは
昔より読めなくなってきてるから
ある意味ゴールも決めなくていい
決められないし決めていい自分で
ってなった時のすごくまとえたツールなのかもしれないよね
それでちょっと安心して
それがまた次のチャレンジとかね
他の人もっと知ってみようっていうところの
よりどころとかね戻れる場所になるんだったらすごくいいなと思いますよね
チェルシーさんに聞きたいんですけど
自分はすごい人と比べても割と社交的で
人の気持ちも理解をしやすいような気がするんですよ
合ってるか合ってないかをさておき
全然この人わかんないっていうのってあんまりなくて
わかってるつもりの上で
でも自分のタイプだとちょっと付き合いにくいなとか
この人はすごく合うなとか
そういうのが割とすぐシミュレーションできるっていうか
タイプかなと思っていて
その分だから割といきやすいっていうか
判断が割としやすくて
でもそれが多分すごくやりにくい人もいるんじゃないかなとは思った時に
なんていうんですかね
そういうチェルシーさんの人事的な要素から見た時に
その人のタイプっていうのが
どういうふうに作られることかっていうのって
なんかご存知だったりするんですか
どういうふうに作られるか
MBTIに関しては私は学術的なところはわからなくて
その遺伝なのか特化考点的なのかわからないですけど
もともと生まれ持った性格、気質みたいなものに対してあったとして
そこに対して当然いろんな経験をして
もともと自然に出るところが強化されたりとか
逆にそれをよく使ってたらすごく脅かされて
それこそ目立ちたくないと思われたみたく
それをもうトラウマ的に感じて
全く引っ込めてそのまま違うところで補って生活を送っていったりとか
大人になってくる人もいるかなと思うと
やっぱり今出ているところが全てじゃなくて
そこまでどういう経験をしてきたりとか
本人が気づいているところだけじゃなくて
どこにもしかしたら恐れみたいなものを持っているのかっていうところが
絵のアンテナというかわからなくても
想像しようと思うということは結構大事なのかなと思って
ちょっとこれ人事的な話とずれちゃうかもしれないですけど
変な質問しちゃったからなんだけど
すごい難しいなと思うのが
これMPTIでいうと性格を見るためのツールで
例えば持っている能力とかスキルみたいなものとはまた別だったりはするんですね
性格だったり能力とかスキルがあって
会社だからいろんなタスクとか目標にチャレンジをするっていうやり方があって
個人的に一番難しいなと思うのは
性格とかスキルとかじゃなくてすごく恐れが強い人は
すごく一緒に仕事をしていろいろチャレンジをして
いろいろフィードバックをして
本人も変わっていきたいって思いがあっても
どうしてもチャレンジに飛び込めなかったりとか
リスクが取れなかったりして
それでまた自己嫌悪になったりしている人とかもいると思うので
何か恐れが強かったり
そこにつながる幼少期の経験とかを持っていたりすると
それってやっぱり会社で表だって取り扱えるものではなかなかないけど
きっとここにちょっとボトルネックがあるんだろうなって思うと
すごい切ないというか
面白い
否定できないですよね決して防衛本能ですもんね
そうなんです
安心安全なよりどころがあってチャレンジできるので
そうですよね
だから人間形成の人格形成の過程でやっぱりどういう経験をしてきていて
私も自分がなぜそうなのかっていうのを時々考えるときもあるんです
そういうのを考えるのは好きなので
なんで自分がこうなのかっていうのがまか不思議だなって思うときもあって
本当に小さい頃だしちょっと馬鹿げた話なんですけど
自分は違う人になれると思ってたんですよ
ちょっとサイコパスみたいな感じなんですけど
いやこれはそのぐらい結構小さい時からメタ認知をするのが結構好きで
この体のこの私の考えはきっとこの考えのもと
あの体に移れるんじゃないかってことを
小学生ぐらいの時も考えてた時あったんですよ
っていうような生き物がいてもいいんじゃないかぐらいな
そのぐらいこの体とこの心のこの考えがどうしてそろって私なんだろうっていうのを
思ってた時があったんですよ
不思議だなぁ
変な子供
なんでだろうなってふと思ったりして
いつかどっかで入れ替えられるんじゃないかとか
でも全然そんなことないってすぐわかるんですけど
ってことは多分だから自我っていうものに対する不思議さというか
自我ってどっからくるんだろうっていうのを
割と小さいうちから考えたぐらい不思議だなって思ってたんですよね
だから特に羨ましいって思う気持ちが大嫌いだったんですよ
なんかそれが沸き起こる時にすごい苦しかったと思っていて
その羨ましいって何かを羨む気持ちをどうやったらコントロールできるかみたいなのを
すごい考えてた時があって
そのぐらい蓋をするのは嫌なんだけど
この変なこう羨む気持ちをコントロールできたらもっと楽になるんじゃないかなって
だから人と比較しないとか
どうやったらできるんだろうっていうのを
結構若い小さい時からも思っていて
何かを羨ましいと思ってしまう自分が一番つらかったんですよね
それって自分にはないもの
手に入れられないものだって思うと
すごくつらくなるからどうやったらコントロールできるんだっていうのを
すごい考えてたんですよね
でも結構考えていくとコントロールできるような気がしてきちゃうんですよね
でもそれは逃げなのか何なのかってのは若いうちはわからなかったんですけど
でも歳をとってきた時に
これは自分には持ってないけれども
こっちの方を持ってるのが自分だって思うと
これがなくても残念なんだけど
こっちがあるっていうことの満足度というか
それを見ようみたいな
そういう気持ちになってきた時に
初めて少し解放されるっていうのがあったんですよね
でもそれを補助する一つがやっぱりMBTIとか
自分の持ち物をちゃんと
見ようってことなんですよね
そうだよね、それにはなるよね
こんなの昔なかったからだいぶ時間かかったんだけど
今は多分こういうツールもあるし
もしかしたらガイドもっと早くできるかもしれないし
情報はね、多いですもんね
あとは感情ってどうしてもおっしゃったように
自然に湧いてきてなくならないけども
なんでその感情が湧くかっていうと
そのうらやましいとか
自分のすごい大事な価値観が何か定食されてたりとか
そこに触ってるから
反応として現れて
人によっては悲しみかもしれないし
怒りかもしれないし
そこをコントロールとおっしゃったんですけど
さっき聞いてたのって
多分今は別のやり方で
自分の大事な価値観が満たされているっていう感覚があるから
人の何かを見てうらやましいって思われなくなったのかなって
思って聞いてたんですけど
何に触ってたんだろうなっていう風に
また見つめてもらうと
皆さんまたすごい発見がありそうだなって思う
確かに
でも今の話
自分の犯されたくない価値観みたいなのが
おそらくあって
それがぐつぐつに言えるのが
揺らぐのがすごく怖かったのかもしれないですよね
それもね
自分を犯されたくないものっていうのも
自我形成の過程で得た
衝撃とかトラウマとかによって
ただ作られているものであって
他人から見れば
いやいやそんなこと気にしなくて
全然よくてみたいな
たくさん素敵なもの持ってるじゃないあなたって
簡単に言えるんだけど
でも自分のだけはどうも処理ができない
これの理解がやっぱ自己理解なんですかね
難しい
苦しいなって思いますけどね
でもそこの自分の苦しさとか感情とか
身体性伴う感覚が
やっぱり自分が自分でいるってことなのかなと思うと
MBTIとかツールが助けになることもすごくあるけど
最終的にそういうのを手放して
これが自分のだけの
誰も知らない自分なのかなみたいなところが
自分の中で見つかると一番安心するというか
需要感があるのかなと思いますけど
いろんな情報があるので
こういうツールを入り口にしたりとか
入り口にしてこうやって話すと
同じものを見てこんなに違うんだとかね
対話でまた理解が深まったり
広がったりするなってすごく思いますね
なかなかね、ここまで