精神科の知識を学べる番組 歴史から学ぶ精神科ラジオ
この番組では、精神科医療を作った人々 現在のトピックスを精神科医が解説します。
精神科専門医30年、医学博士で現在、開業医のマリモと
その姉で、障害を持ちの方の就労支援事業所を経営していて、
先日、長男家族が遊びに来てくれ、 初孫と楽しい3日間、3日半かな?を過ごした。
それで、すごくご機嫌なさくらがお送りします。
ノウハウを発見した、ハンスベルガーです。
はい、ありがとうございます。
ハンスベルガーって人ですね。
ハンスベルガー知らんという方です。
知らんっすよね。
ハンスベルガーは全然有名じゃないです。
ああ、なるほど。
ノウハウを発見した、確立した先生なので、
ちょっとこの話をしようかなと思うんですけど、
これね、なんで僕がやるかっていうと、
私ね、転換というかノウハウ割と専門にしてるんですよ。
で、馴染みがあって、そこの研究会とかによく参加してたんですけど、
そこの時にね、2020年、28年くらいだったかな?
高名前でしたけれども、
宮内哲先生っていう偉いというか、
ノウハウとかを研究してらっしゃる先生が、
このハンスベルガーの物語っていうのを講演会で触れてたことがあったんですよ。
学会で?
学会で。学会で研究会かな。
研究会で。
研究会。20人、30人くらいの研究会に、
その頃僕も参加させてもらってて、
この宮内先生がハンスベルガーのノウハウの発見した話っていうのをやられてて、
論文にされたりとか、その後本にもなったりもしてるので、
ちょっと興味深いなと思って、
あんまり精神回避してない話でもないんですけど、
ちょっと取り上げようかなと思いました。
ノウハウの話って私は普段することないので、
どんな話が出るのか今日はちょっと面白そうです。
であればありがたいんですが。
ノウハウってお医者さんにしても苦手というか得意な人は少ないかな。
そうなんや。
特に精神回避ではノウハウの勉強っていうのもするんですけど、
僕よく後輩に教えてましたけれども、
みんな一番苦手にしてるのはノウハウかな。
そうなの?
ちょっとね、いろいろハードルがあるんですよ、勉強するにも。
そこはまた話していきたいと思うんですけど、
ただ現在もノウハウっていうのは結構重要でね。
例えば転換とか意識障害とかの方を診断するときにはノウハウっていうのは現在も使われてるし、
例えば心臓の病気でいうところの心電図と脳の病気におけるノウハウみたいなね。
そんな感じの対応になるんかなと思うんですけど、
ノウハウそこまで心電図ほど大きく取っちゃったら問題なんですけど。
心電図は健康診断の時につけるじゃないですか、私たちも。
つけますね。
でもノウハウって私、取られたことない気がする。
ないよね。
今までないような気がします。
あまり普通の時は取らんですよね。
やっぱり病気に疑われたときに取ったりもするし。
今はないけど昔ね、白映えの運転手になるときって、
警察官の中でノウハウの検査っていうのが必須だった時期があったようですね。
そうなんですか。それはやっぱり転換の発見のためとかですか?
どうなんでしょうね。
そんなノウハウを取ったからと言って分かるものでもないんですけど、
昔はそんなことで僕は警察署に見に行ったこともありましたね。
そうなんですか。
行ってた時期がありましたわ。
それは先生として診断するために?
そうそう。診断するためにネノウハウを取った時期もありました。
それはいつぐらいですか?最近?
いやいや、もうだいぶ前だね。20年ぐらい前ちゃうかな。
20年ぐらい前。
2000年くらいの頃に、そんなに頼まれていた記憶があるな。
ただその頃は全国でも、今はなくなりました。
今はない。
はい。なくなったと思います。
まあ、なくなって適切だとは思うんですけどね。
そうなんですね。
ネノウハウといえばさ、僕すごく記憶に残っているのが、
オウム真理教の事件、覚えてます?
ありました、ありました。
90年前後、90年、95年ぐらいまでに、とても大きな事件が起こしましたけど、
あの教団の方が、朝原商工のネノウハウを受けるということで、
ヘッドギアみたいなのを着けていた教徒って、記憶に残ってます?
見たことあります。
ですよね。
あれは、そういう意味で着けてたんや。
あれはね、教祖の方のネノウハウを、
弟子の方が受けるための機械として作られたみたいですね。
そんなことってできるんですか?
もちろんできないと思いますけれども。
ですよね。
そのふうに考えられて、一応作ったみたいですね。
そうなんや。
そういうのって、90年代のことでしたけれどもね。
1990年代にそんなこともあったなとか思い出してるんですが、
ちょうどその頃はネノウハウの勉強もしてたこともあって、
何か記憶に残ってるなと思ったりもするんですけどね。
なるほどです。
ちょっとネノウハウの初めに、どんなんかっていう、
歴史だけは簡単に見ときたいんですけれども、
1870年代に、19世紀ですね。
19世紀後半とかに、犬とか猿とかの大脳秘室を電気刺激したら、
運動するってことが分かって、
脳っていうのは電気で動くんだっていうことが分かってきた。
そこから5年後の1875年に、動物の脳ですよね。
動物の脳っていうのは電気的に動いてるんだっていうことが、
実際、猿とかうさぎの脳に電極をつないで発見しました。
これリーチャード・ケルトンさんが発見したんですけれども。
そこからでも50年経って、
1924年にハンス・ベルガーが、
人間のノウハウっていうのを初めて記録して発表することになります。
これさ、一番最初の1870年代に、
犬とか猿の脳を電気刺激したっていうのは、
なんで混乱することになったんですかね。
この辺の時期っていうのは、
やっぱり人間の生物の仕組みとかっていうのを解明したいということがあるんですよね。
当初解剖っていうか、
死んでる人の生物とか遺体とかを見ているんですけれども、
死んだものを見ても、生きているときにどうなっているのか分からないじゃないですか。
ということで、実際に人間の脳というか、
生物の脳っていうのはどういう仕組みになっているのかっていうのを調べたかったんですね。
なるほど。
それで始まったってことなんですね。
そうですね。
それこそ、僕らが中学校の頃やった記憶はないけれども、
本にさ、
カエルの足に電極をつないで電気刺激したら動くみたいな図って見たことなかったですか。
あったあった、ありました。
ありましたよね。
ありました。
僕らも理科の実験でしたことはなかったけれど、
そんなのやってるっていう教科書も見たような気がしますよね。
なるほど。
だから、人間の体を動かしたりするのっていうのは、電気の刺激が関係しているんだっていうことが、
19世紀ぐらいからは分かってきてたわけよね。
なるほど。
で、人間の脳がどうなっているかっていうことを調べていくことになるんですけれども、
それを発見したのがハンスベルガーだったんですが、
で、ハンスベルガーが脳波を発見して、
発見というかあるっていうことが分かって、
ベルガー自身が論文を発表するのがそこから5年後なんですよね。
しかもそこから5年後に発表したベルガーの論文というのはほぼ無視されてて、
そこから5年後の1934年に、
別の生理学者がこのベルガーの波っていうのが正しいよっていうことを再現して、
それを発表して、国際的に認められることになります。
ベルガーが発見してから10年経ってるんですよね、この時点でね。
そこからようやく転換診療とか、脳波の診療、睡眠の診療とか、
あるいはこの脳死の検定とかに使えるようになってきたということで、
そういった経過をたどることになるんですけどね。
現在のこの脳波っていうのはいろんなことに使われています。
メインは転換とか意識障害とかのことなんですけれども、
例えばICUとか集中治療室みたいなところがあるじゃないですか。
とても体が重築になって収容されて全身管理をするような部署というのが
大きな病院とかにあるんですけれども、
その時にも脳波は測定していきます。
心臓だけじゃなくて脳の活動というのも結構重篤な病気になったら
いろんな病気で大切になってくるので、そこも見逃したらダメだよねみたいな。
大きくモニターとかって言って、心霊図モニターとか呼吸モニターとかですね、
血圧モニターとかと一緒に脳波のモニターっていうのも
くっついてることが結構あるんですよね。
今の脳波の測定って帽子をかぶるんですか?
いろいろですね。
一番有名というか一般的にやられてるっていうのは、
ペースト、糊みたいなのを電極というか皿電極ってやつにくっつけて、
その頭皮に這いつけていくっていうのが一番一般的かな。
今は?
今は。
それが一番ですね、電極と脳の表面、脳というか頭の表面の皮膚とかくっつくんですよ。
なるほど。
脳波っていうのは結構ここが重要で、
僕らが脳波を勉強し始めた頃、実際取ったりもした時に一番重要なのが、
皮脂というかですね、脳の脂をしっかり取って、
アルコールで取って、ペーストをしっかりそこにつけて、
この皿電極を貼り付けるっていうことがとっても重要でしたね。
そうなんや。
今はそれをやってくれることもありますし、
もうちょっと厳しくというかきっちり合うのが針電極って言うて、
針を頭の頭皮に刺すというやり方もあります。
それ痛いんですか?
そんなに痛くないんですけど、ちょっとやっぱ刺激がないこともないし、
毎日のことがあったらあかん、感染とか起こったらあかんということもあるので、
あんまり最近は少なくはなってきてるんですけど、
そんな風に取ることもあります。
あともうちょいというと、例えば脳外科の手術とかしてね、
頭に電極を埋め込むとかっていう手術をされることもありますし、
どうしてもそれをせよなあかん人の場合はないんやけれども、
そんなことをして脳の活動を図ったりとか、
そこを刺激したりとかってすることも最近はありますね。
ということで、現在は脳の検査をするときに、
メインは画像的にCTとかMRIという脳のレントゲンというか、
画像を撮るというのが一般的なんですけど、
それに加えて脳波みたいに脳波の活動を調べるというやり方もあります。
あともう一個、ペットとかスペクトといって、
血液に核物質を注射してその分布を見るとかっていう、
ペットとかスペクトとかっていうのがあるんですけど、
そんなことで脳の活動を見るというやり方もありますね。
その中で一つの大きな脳の活動を調べる分野の一つとして、
脳波っていうのは現状もありますよということですね。
検査をする道具とかって見た上で考えると、
脳波っていうのは一番古株なんですよね。
100年前に登場して現状も一応現役として使われているということなので、
この100年前ぐらいの話を見ていきたいなと思います。
ハンス・ベルガーは1873年5月に生まれました。
ドイツ近郊のコーブルク近郊のノイゼスという町に生まれました。
お父さんのポール・フレデリック・ベルガーは病院長を務めていたお医者さんでした。
母方のおじいさんはフリードリッヒ・リヒフケルトという、
イスラム・ペルシア文学で有名な学者さんだったらしいです。
イスラム文学みたいなことを研究していて、わりとドイツとは有名な方だったらしくて、
ベルガーはこのおじいさんのことをずっと誇りに思っていて、
自分が後年イエナ大学の教授になるんですけれども、
その机の上にいつもこのおじいさんの肖像を掲げていたということも知られていますね。
ベルガーさんが生まれた1873年というのは、
日本だと明治6年になるんですよ。
ちょうど今から150年ぐらい前の話ですね。
だいたいそのくらいのドイツでの出来事です。
このベルガーの人生、みんなそうかもしれないけど、
時代に結構流されるというか影響を受ける方なので、
そんな話をしてきたなと思うんですけど、
ベルガーが優秀な家庭に生まれてますし、彼自身も優秀でしたので、
高校みたいなところを19歳で卒業するんですけれど、
当初大学に入ろうとはするんですけど、
都会の生活になろうとするんですけど、
やっぱり馴染めずに短期間で寄居してきて、
大学を諦めて一旦軍人をここを出して、
騎兵隊に入るというのがありました。
ベルガーが19歳の時に軍隊に入るんですって、
騎兵隊に。
軍隊に入って頑張ってたんですけど、
そこでめっちゃ大きなことが起こるんですけど、
軍事訓練中に、その後で馬に乗ってるじゃないですか、
落馬しちゃったんですって。
ベルガー自身がその後から動いてる
大砲の車輪に引かれそうになったんですって。
直前でその大砲の車輪が止まって、
奇跡的に助かったらしいんですよ。
ベルガーはめっちゃ自分がひどいんちゃうかなという恐怖を覚えたわけです。
ところが同じ頃なんですけど、
遠くの離れた家にいたお姉さんが、
ハンスに何かが起こったと強く感じたらしい。
お姉さんはお父さんに頼んで、
ハンスが無事かどうかを訪ねる電報を送ったらしい。
偶然だと思うんですけど、
偶然にすらすごい偶然だと思うんですけど。
ベルガーはこの偶然を生涯忘れずに、
自分の死の恐怖っていうのを感じたわけですよ、ハンスは。
それがお姉さんに伝わったと考えたね。
これがやっぱりテレパシーなんじゃないかなっていう風に考えたわけですよ。
この体験からベルガーっていうのは、
自分の精神活動を怖いとかって思う気持ちっていうのは、
何かしらこの物理的なエネルギーが伴うんじゃないかなとか、
あるいは心の動きっていうのを客観的に測定できるんじゃないかなっていうことを思って、
研究、それ以降の研究の一つの大きなモチベーションになるようですよ。
でもすごいですよね。
偶然と言うていいのかっていうぐらいですよね。
この出来事をどう考えるか問題っていうのは、
たぶんベルガーの生涯の問いだとは思うんですけど、
どうなんやろうね。単に偶然で片付けていいのか、
何かしらそういう伝わるものがあったのかどうなんだろうとかね。
そこのところっていうのは分からんのだけれども、
一つ面白いというか興味深いのは、
ベルガーがこのことをどう考えたかっていうことなんやけど、
ベルガーはこのことをとっても物理的というか科学的に考えようとしたんよね。
神秘的に考えることもできると思うんですよ。
霊とか何かしらそういう繋がり的なもので、
神様的なことで考えることもできるかと思うんやけど、
そうじゃなくて人間の心というか気持ちのエネルギーっていうのが
何かしたら伝わるんじゃないかなっていうふうに考えたっていうのが、
ベルガーだけなのかも分かんないけど、
多分この時代の人たちっていうのはそうやったら違うかなと思うんですけど、
20世紀の始まる頃、19世紀と終わりからなんですけれど、
いろいろ科学技術が進歩している。
今もそうやけれどもこの頃からもどんどん進歩している時代だって、
科学を信用してたんですよね、みんなね。
ということもベルガーもそうやったんかなと思って。
だからこそこの農派の発見とかっていうことに至ると思うんですけど、
そういう時代を感じるなとかって思ったりしましたね。
実際どうやったんやろうっていうのが気になりますけどね。
いやいや、実際はこうやったんじゃない。
わかんない。
もうちょっと例えばの考えで言うと、
お姉さんがハンスに何かが起こったと思ったのは、
この時だけだったのかどうかっていうのは分からないよねと思ったり。
そうだよね。
お姉さんは心配性の、もしかしたらね、
お姉さんっていうのはとても心配性のお姉さんで、
いろんな家族、あるいはハンスについてもいろいろ心配してたの一つが、
この出来事と重なって、単に偶然っていう可能性もあるかもしれないし。
そうやね。
いやいや、そうではなくて、このお姉さんっていうのは、
もうそんな心配するような人じゃないけれども、
この時たまたま生涯で一回だけ起こったこと、不安起こったのかも分かんないし、
だったらまた茶話になってくるし、そこがよく分かんないけどね。
ほんまにね、実際どうやったんかなって思いますよね。
はい。
ただ、ベルガーはそのことをそう考えて、
今後の研究生活に役立てていくことになります。
はい。
やっぱりあの、5年間かけるんですよね、
しゃんと発表するまでに。
うーん、なるほど。
ここやっぱり苦闘があるんですよ。
はい。
で、一番ね、問題はどうやったかっていうと、脳波自体がですね、非常にちっちゃいんですよね。
うん。
例えば心電図とかってこの当時取られてたんですけれど、この当時のね、
でも心電図と脳波って、だいたいね、20倍ぐらい違うんですよ、振幅は。
うーん。
で、筋電図って言うて、筋肉っていうのが動くときも電気を発するんですけど、
それを筋電図って言うんですけど、
はい。
これもね、脳波と比べると10倍ぐらい違うんですよね。
へー。
その10倍から20倍ほど強いいろんな電気がある中で、
その脳波っていうのをより分けていかなあかんっていうことになったんですよね。
うん。
で、やっぱり脳波を取ってるときにやっぱりアーチファクトっていうか、
実は脳波じゃなくて他のものが混じってるのと違うかっていうことを常々、ずっと疑問に思われてた時代があるので。
はい。
でもこれが実はあるよっていうことが分かったのが、ベルガーなんですけど。
で、ベルガーで脳波、脳波っていうのが何かっていうと、アルファ波っていう波なんですね。
はい。
脳波のアルファ波って聞けたことあるかとは思うんですけど、
はい。
このですね、一応、安静覚醒閉眼時って言うて、目閉じて安静にしてるときに脳の中には10Hzの波が目立つっていうのが割と有名で、
これを発見したのがベルガーなんですけれど、
この安静覚醒閉眼時にアルファ波が出るっていうのが有名なんですけど、
これがですね、つまり安静覚醒閉眼が崩れたらアルファ波消えるんですよ。
つまり目を開いたりすると、このアルファ波っていうのが消えるっていうのも有名というか、そうなんですけどね。
しかもね、この安静覚醒閉眼時のアルファ波が必ず見れるかどうかっていうのも結構人によるんですね。
そうでしょうね。
全員見えるわけじゃなくて、結構見やすい人と見にくい人とあるみたい。
はい。
で、個人差もあったりするっていうことと、この目開いたり、あるいは意識がはっきりしたりすると消えちゃうっていう、ぼーっとしてるとき、目をつぶってるときに出るっていう波とかね。
こういうのっていうのが割と、なんて言うのかな、大きなことだったんですよ。
つまり人間の意識というか心の活動が波に現れるわけですよね。
そういうことっていうのは今までなかったので、この時代もなかったので、それを初めて活動を調べたっていう意味ですごいなっていうことだったと思うんですけど。
ただそれをちゃんとそうだって言うまでには結構時間がかかります。
かけてますよね。
5年間かけるんですけどね。
で、一番の問題点はノウハウが、電位が低いっていうことと、プラスそれを測るためのその当時の機械がですね、やっぱりまだまだ質が良くなかったんですよね。
その当時っていうのは、厳選県流計っていうですね、割ともっと基本的なノウハウを測る機械が、ノウハウというか心電図を測る機械があったんですけど、
それを使ってたんですけど、やっぱりこれはですね、あんまり細かいのを測ることができなくて、
シーメンス社製の二重コイル県流計っていうのが開発されるんですけれど、
開発してもらうんだと思うんですけどね。
で、違う機械を使って、より細かい電流を測れるような機械っていうのを作ってもらって、
これはドイツに居るからできたと思うんですけどね。
はい。
で、そういう新しい技術を導入して、ノウハウを測るようになりましょうっていうこととか、
あと、このノウハウを取る時にやっぱり重要なのが電極なんですよね。
このノウハウを取る時の電極、あるいはそのペーストをどうするかっていうことって結構大切なんですよ。
それを結構改良したみたいね。
それまでは電極に粘土とか焼酸アイオンを使ってたらしいんですけれども、
それを白銀とか銀とか、鉛とかを使う、金属電極っていうのを使うことで、
抵抗を少なくしたりとか、電極と皮膚の間に引くパッドの電解質の濃度を高めるとかっていう工夫をしたと言われてます。
今もこういうのをすごく研究されてて、
専用のパッドとか専用のペーストがあるのでいけるんですけど、
これを初めて作るっていうのも大変だったようなと思いますね。
でもこれで44000オングストロームやったのが、
240オングストロームまで抵抗が低くなったと言われてますので、
180分の1まで下げたと言われてるので、
まあまあこれ頑張ったなっていうことなんですけど、
これも結構大変だみたいですね。
ねえ、面白い。
誰のノウハウを取るか問題もあったみたくて、
教室員は一人ぐらいしかこの研究にはあんまり関与させへんかったみたい。
そうなんや。
きっかけであるかどうかもちょっと分からんかったこともあるみたくて、
主にベルガーが中心地になってやってて、一人だけ助手を使ってたみたいなんですけど、
もちろん教室自体はたくさん先生がいらっしゃる教室だったと思うんですけど、
ベルガー本人がやってる実験だったみたいだね。
その中の被験者として娘と息子を使ってたらしいですわ。
子供を。
特に息子のクラウス君を使ってたみたいですね。
その当時10代の少年だったらしいです。
病気の方、つまり頭蓋骨が欠損してる方もたくさん使ったみたいなんですけれども、
健常の方も結構使ったみたいで、その一番よく使ったのはこのクラウス君。
10歳の自分の息子を繰り返し測定したらしいんですけど、
クラウス君が健康な若者であって、繰り返し繰り返し同じ条件で測定することができたみたいだね。
結構ノウハウって個人差があるので、意識状態とか状態によって出方が変わったりするんですよね。
だから女の人を取っていくっていうのも確かにポイントだったかもしれないね。
あともう一個ポイントは、抵抗を下げるっていう意味で、
このですね、髪の毛だったと思うんですよ。
髪の毛を短くされたんじゃないかなという気がしていて。
剃られたってこと?
それはないんやろうけど、かなり短くしてノウハウを測定するところはちょっと剃ったかもしれないなと思うんですけど。
この当時っていうのは2箇所しか取らなかったみたいなんですけれど。
額の部分と後頭部のところに電極をつけたって言われているので、
後頭部の部分のところは髪の毛をだいぶ短くしてペーストをつけて電極をつけたんだろうなって思いますね。
板状の電極を置いてゴムバンドで固定したって言われてるんですけど。
結構ガチガチに固定したんやろうなという気はするんですけど。
10代の男の子だったら嫌やろうけどね。
これがやっぱり息子だったからガリだったのと違うかな。
娘さんは嫌だったんじゃない?
そういうことか、なるほど。
だからクラウス君を頑張ってやったと思うんですよね。
なるほど。
もちろん自分のベルガー自身も被験者になってたみたいだね。
そうやね。
で、繰り返し繰り返し、健常者や病気の方、頭蓋骨の欠損患者さんなどを脳波とったみたいですわ。
最終5年間かけて健常者の方が231回、頭蓋骨が欠損している患者を605回、
605回か、506回脳波を記録したみたいですわ。
その健常者のうちの231回のうち、息子のクラウス君が73回、ベルガー自身が56回と言われているので、
頑張って取ったんですね。
そうですね。
クラウス君頑張って取られてしまいましたということなんですけど。