おー、なるほど。ちなみに前回の最後も言ってたけれども、
フロイトは哲学者ではないんだね。
そうだね。基本的には精神医学、臨床科なんだよね。
んー、あ、お医者さん。
お医者さん、うん。いわゆる患者さんがいて、その人を治すっていうことをしてた人だから。
あ、そうなんだ。心理学者っていう言葉を作った人ぐらいの感じだろうから、心理学者でもなくお医者さんなんだね。
そうだね。
へー。
精神、心の病というものを対象にするお医者さん。
はいはいはい。
ということなんですけど、それもね、いきなりそうなったわけではないってのもあったりするので、
今回はね、やっぱり第一回というところで彼の経歴だったりとか、ちょっと人柄っていうところを触れながらですね、
なんでそういうある種、フロイトさんっていう人が無意識とか夢とかさ、
でもね、監視をもって分析していったのか?ってところを、こちら今回でもお伝えしたいと思っておりますというような感じなんだよね。
なるほど。
で、面白いのが一応今回のテーマというところでいくと、やっぱり大きな意味で当時ってまだまだ理性中心主義というか、
やっぱり人間っていうものは合理性があって、それによって世界がいって理解できるよねみたいな、そういうふうな発想ってまだあった時代です。
はいはいはい。
で、ベルフさんも数学とかから入って、いわゆる合理性というか、記号で表せるというところから、
いやいや記号で表せない世の中の自称っていうものがあって、
それをダイレクトに知りたいんだって、そういうふうな話をしてたじゃないですか。
うんうんうん。
そういったことに結構フロイトも近いような発想を持ってるんだよね。
時代的にもうちょっと前だけど、いわゆるコペルニクスみたいなものがある種、地球が中心で太陽が回ってるんじゃなくて逆なんだみたいな話とか、
ダーウィンの進化論的にも、人間っていうものが特権的な主義を神と繋がる種族で、他の動物は人間のある種使っていいものだみたいな、
っていうふうな神話的な発想から、いわゆる進化っていうものがあって、むしろ猿と人っていうのは近いんだみたいなさ、
そういうふうに、それまでの人間中心的な発想がガラッと変わっていってる時代なんだよね。
この時代のある種のフロイトは、人間だけが持ってるとか、人間のある種究極の武器だと思ってる理性とか意識みたいなもの。
これすらも実は一部でしかない。まさにさっき言ったような、意識全体の中の一部でしかないみたいな、そういうことを考えてくるんですよ。
なるほど。時代的には、自然科学的なものもどんどんできてて、あれだもんね。
ちょっと前、氷シリオンの時にさ、ベンサムだけか、幸せを計る機械作ろうとしてたぐらいだもんね。
そうそう、数値化できるっていう機械を作ろうとしたね、まさに。
そういうイメージだね。
そうそうそうなんだ。
それがやっぱり変わっていくとか、それじゃないんじゃない?ってなっていく時代。
あ、なるほどなるほど。そこの転換点的な感じなんだ。
そうそうそう。
っていうようなところで、フロイトが何をやったのかというところを話しておこうと思っているんですけれども。
はいはいはい。
そこから実際にフロイト自身も精神疾患の患者さんとかの治療をやっていくんだけれども、
有名な患者さんでアンナ王って言われてる人がいて、
この人の治療のいろんな事例が残ってるんだよね。
この女性なんだけれども、彼女はお父さんの介護とかをきっかけに、
体がそこそこ麻痺しちゃうとか、幻覚が起きるとか、
あと本に書いてあるんだけれども、ポップで水を飲むことができない。
6週間くらいだからもう1回飲めるとかじゃなくて、
一定期間ポップで水を飲むっていうことが急にできなくなってしまったってことがあったらしいよね。
はいはいはいはい。
それに対していろいろやってた時に、
本人が話すことで症状が緩和されてていうものが過去にありましたと。
ほうほうほうほう。
っていうものをいろいろやった時に、いわゆる過去の経験だよね。
そのアンナさんという人に対して催眠をかけて、いろいろ飾ってもらえますと。
そうすると、アンナさんが言うことには、
家庭教師の人が来てたんだけれども、
その家庭教師の人の犬が連れてきたのかな?
が、そのコップに口をつけて水を飲んでいたんだと。
で、その犬がコップに口をつけて飲んでいるっていうことと、
その人間がコップに口をつけて水を飲むっていうことがたぶん強いてリンクしてしまって、
それはなんか癒やしい行為とか、
そういう聞けるべき行為みたいなものに思っていたんじゃないかという、
そういうことを話し出したらしいんだよね。
はいはい、自分でね。
アンナさんがね。
そうそうそう。
で、催眠状態の中でそれを言った後で、催眠が解けた後に、
急に水を飲みたいって言って、コップで水を飲み始めたんだって。
へー。
そう。
これはもう分かんないよ。
分かんないけれども、事実そういうことが起きたという時に、
まさにその催眠を使って本人も覚えていなかった子供時代のことを語って、
どれだけ嫌だったかっていうことをぶちまけた後で解消されるっていう、
こういうことがやっぱりずっと起きてきたと。
この人だけじゃなくて他の人にもね。
はいはいはい。
なると、こういう欲張ったものとか、
フロイド自身も感じていた、気づいてなかった感情とか出来事に、
ある種そういうトラウマ、今でいうトラウマだよね。
気づくことによってその症状は解消するとか、
あるいはそれが柔らかくなるっていうふうな、まさに因果関係があるんじゃないかと。
ということをちゃんと、ある種いろんな事例から取り出していったのがフロイドさんっていうふうな話なんだよね。
へー、そうなんだ。
ただ、さっきそのサイミン術師みたいな人いたじゃん。
うん。
あれもお医者さんなんだっけ?
お医者さん先輩の人。
先輩?
うん。
だからそういう領域というか分野はあるにもあったんだ。
そうそう、もともとサイミン療法ってものはあったって感じかな。
サイミン療法っていうものにマジヒントを得て、
フロイドさんは別にサイミンじゃなくてもいいんだっていうことから、
自由連想法みたいな、思い浮かぶこととか話したいことを話してもらうっていう、
そういうことを治療として使ってくるんだよね。
へー、なるほど。
そういうふうに、本来ならさ、要は体が動けませんなら筋肉とか神経とか脳の問題じゃないかって言って、
で、次回以降フロイトのことをちゃんと話していくんですけれども、
さっき夢っていう話をしたじゃないですか。
おー、なんかイメージね。フロイトといえば夢みたいな。
そうそうそう。
っていうところなんだけれども、やっぱり話をしてもらう中で、
いろいろ夢の話とか、そういういろんなことがどんどん出てくるわけなんですよね。
これは偶然じゃないっていうところで、フロイトが夢っていうものをテーマとして持ってやっていくんだけれども、
1900年ですね、フロイトが何歳だ?44歳ぐらいか。
うんうんうん。
その時にこの夢判断っていう、結構有名な本が出ますと。
ただやっぱ当時はそんな無視されるというか、そんな夢に価値があるとかって思われてないわけなんですよね。
要は夢を見ること自体は別にいいんだけれども、
そこに学術的な価値とか、そういう風な分析の対象になるなんていうことは当然思ってないわけですよ。
はいはいはい。
それが意外とじわじわじわじわじわ広がっていって、
もしかして夢って確かに大事なんじゃないの?とか、
夢っていうものか、いわゆるメッセージだっていうことは昔からあったと思うんだけれども、
何か根拠とか、あるいは我々が分析するような価値があるものがあるんじゃないかみたいな、
そういうものが広がっていって、今となってはいわゆる夢占いとかさ、
夢分析とかさ、そういうものが広がっているよみたいな、そういう風な感じなんだよね。
そっちなの?ちゃんと心理学の方に応用されたとかじゃないと、
占いだと結局スピリチュアルなままじゃんっていう、素人からするとさ。
まあね、これは難しくて、フロイドに対する批判でもあるんだけれども、
どこまで再現性があるのか、どこまでが理論として成り立っているのかっていう話は正直わかんないみたいなのもあるんだよね。
ああ、そっか、だからカウンセリングみたいなものは一定、ちゃんと認められてるというか、話だけれども、
いわゆる夢と意識というか、夢と直接的な症状みたいなものの因果関係みたいなものは、
そりゃー、そりゃーというか、現段階では完全には解明されてないよねっていうのは今も同じっていう意味でってことですね。
ある種時々さ、占いっていうのは統計学だみたいな話でさ、
多数の人によってやってはまっているからこそそれは占いも科学なんだっていうことを語れることもあるとは思うんだけれども、
それは逆というか、それはないんだよね、基本的には。因果がやっぱ違うから。
だから夢に関しても、夢をある種分析していくことでその人の症状が治るとか、
その人のことがわかるとしても、いくら積み上げても、だから夢こそがその人の本質が隠されている根源なんだということで、
やっぱりなかなかいかないわけなんだよね。
っていうふうな意味で、やっぱりそこは難しいんだけれども、そこに意味があるんじゃないかとか、
夢という本来なら扱いにくいものと現実の病気とか症状というものを結びつけて、そこに一定の成果を作っていったっていうことが、
フロイトさんならではというか、彼がいたからグッと進んだことなんだっていう話なんだよね。
で、それと同じように無意識っていう言葉もそうで、やっぱり当時の人間観で言うと理性っていうものがあるから、
それはある程度明石なもので、正しく扱えば人間っていうものはそれをフルに扱える、100%引きやすいような感覚なわけじゃないですか。
でも今の僕らの感覚で言うと、人間は脳のスーパーしか使ってないとか、意識の奥には無意識があるっていうふうに、
要は自分たちアクセスできないものが僕らに影響を与えているっていう、そういう発想を自然に持ってると思うんですけど、
やっぱり当たり前じゃないんだよね、その発想って。
今日の話を聞くとわかる気がする。
これは前回ベルクさんが言ったように、現在っていうものに過去とか記憶っていうものが重くのしかかっているという話もそうだし、
フロイドが言うように意識っていう表れているものの奥なのか裏なのか、そういうところに無意識っていうものが実はすごい力を与えているっていうことって、
発想としては結構似ているというか、今だけを聞いとっても本当のことはわかんないっていうふうな前提なんだよね。
わー面白いね、確かに確かに。それこそ表面上の言葉だけとか、聞いてもそういう人が自由に話してねって言ったとして、
それだけ聞いとってもみたいなとこがめちゃくちゃ経験したってことがね。
実際患者さんとフロイドの中でそういうことを経験してきたっていう話なんだよね。
そうなると、前回も文人っていう話をしてさ、文人という取り方をすると人間の愛とか、人を殺したらダメって何ですかってことも変わりますよっていう話をしたと思うんだけれども、
やっぱりこの無意識っていうものをちゃんと捉えていくと、やっぱりそれがある人間って何とか、
これまだ理性がある人間でよかったけど、無意識がある人間ってなった瞬間にやっぱりいろんなものが変わってくるんだよね、やっぱり捉え方が。
そうなんだ。
なので、このフロイドさんが考えていった、そういった無意識とか、そういう人の在り方っていうものがあったときに、
果たしてどんなことが問題になるんだろうねとか、どんなことが、ある種僕らが今は当たり前だと思ってること、どうしかと思ってることも、
実はその当時はいろんな変遷ができてるんですよってことを見ていけると、理解が深まるかなと思ったので。
2回以降ですね、こういったところを取り上げていって、フロイドさんの思想というか、見出したことというものをちょっとみんなで理解していこうと思っておりますというような感じなんだろうね。