こんにちは、よろしくお願いします。
今回も、たゆたう探究ラジオということで、放送の方を開始したいなと思います。
今回は、ピエロ・フェルッチが書いてくれた、人間性の最高表現という本があって、
僕もずいぶん前から自分の本棚には入っているんですけども、これですか。
ちょっと逆さ文字になっちゃってますけど、この本でいろいろ教諭深いところがあったので、その話を分かっちゃいたいなとまた急遽思い立って、
だいたい毎週1回か2回ぐらいはこういう感じで思いついたことをお届けできたらなと考えてますので、
もちろん、ふと思い立ってすぐに注力する、放送するというのが僕のリズムにどうしてもなってしまいますので、
もしテーマごとにご興味があったら、録画とかポッドキャスト放送をこんなふうに聞いてくださると嬉しいなと思ってます。
では早速なんだけども、今日は根源の調べ——トランスパーソナルセリフへの道というタイトル。
何が根源の調べなのかってね、タイトルちょっと怪しいんですけども、近接に言ってみたいなと思います。
こちらなんですけれども、根源の調べ、これはロベルター・サジオリという人がいましてね、
トランスパーソナル心理学の領域の中でも、統合心理学、サイコシンセシスというものを立ち上げた人ですね。
確かその心理学というのは、第三世代の心理学というふうに昔は言われていて、
病理とかを病理、つまり病んでいることを扱うのではなくて、より健全なものへ向かっていくというね、
そういう領域を扱うのが人間性心理学だったんですね。
その中の一つにサイコシンセシス、統合心理学がありますよというところ。
それを立ち上げたロベルター・サジオリさんが言った言葉なのかな。
根源の調べ、すべての調べの貴重となる、あり続ける何かがある。これ何でしょうか。
この辺にちょっと説明からいくと面白いかも。
今回のテーマって一言で言うと、ウェルビーング、よりよく生きるということなんですね。
思考とか感情というのは、アサジオリさん曰く、音楽のように現れては消えていく。
そうですよね。思考を止めようと思っても、感情を沈めようとしても、
現れてきますよね。いろいろ考えてしまうこともあるし、感情は感情で自然に湧いてきてしまうし、
ちょっとアサジオリさんらしい繊細な言い方、洗練されている言い方にすると、音楽のように現れては消えていくという表現もできそうです。
その音楽のように立ち上がっては消えていく調べの中で、
そのもっともっと奥の方で奥底で鳴り続ける一つの基本となる音、起調音があると。
それがどうも私たちの最も深い部分にある普遍の私ではないだろうかと。
いやそうなんだよと、というふうにアサジオリは言っているんです。
私もそれは同意する。本当にそうだと思うんですよね。
これ何かというと、結局ちょっとこの辺からややこしい話、初見の方というのかな、初めて聞く方にとってはちょっとややこしい話かもしれないんだけども、
感情とか思考って自分の本体ではないんですよ。
これ別にスピリチュアルな話ではなくて心理学的にもそうだし、多分認知科学的にもそう言える。
メタ認知という言葉があるんです。
メタというのは何々を超えたという意味、メタ認知というのは認知を超えた認知。
だから自分がどんなふうに物事を見て聞いて感じているのかを見て聞いて感じる能力、自分を見つめる能力ですね。
別の表現をするとこれは、瞑想とかでマインドフルネスなんてものがありますね。
心を沈めて自分の呼吸に集中する、体に集中する。
そうするとただ浮かんでくる思考もあるなと思ってとらわれず流れるままにしておく。
体がなんとなくむずかやくなってくる。それも今かゆさがあるなと思って書くでもなく、ただかゆさを見つめている。
本当にその観察に満ちた、気づきに満ちたマインドフルネス。
これもやっていることは体についての感覚について感覚をしている。感覚を持っているだからメタ認知なんですね。
そうなってくると思考とか感情というのは音楽のように現れては消えていくというのをうなずける話で、
現れては消えていくなという風に眺めている側の自分がいるんじゃないかと。いるよという話。
そういう眺めている側に回ったら、いろんな感覚をメタ認知できるんですよね。
メタ認知する。つまり自分がどんな風に思考を使っているのか感情を感じているのかを自覚できた瞬間にそれを観察する側に回るので、感じる感じ方を感じる側に回るので、
メタといって一個超えた自分になるわけです。こういう話で結構聞いたことある人多いんじゃないのかなと思います。
自分を客観視するとか、自分の胸に聞いてみるとかそういったものも近いかもですよね。
そうしていくとどんどん観察していくと自分の本体だと思っていたものが観察可能な対象になってくるんだよと。
そうするとここにあるような水辺の波紋のように静かに真ん中にそうは言っても残るものがあるよねと。
いろんなものが観察対象になっていって、あれも自分の本体ではない。この気持ちも見つめている自分がいるな。
この身体の感覚も感じている側の私がいるなというふうにしていくと真ん中に中心に残り続ける何かがある。
これが根源なんですね。これが私たちの最も古い部分にある普遍の私、変わることのない私ということなんですね。
ちょっと不思議ではあるけれども興味深い話。これが何の役に立つかという切り口からいくと、こういう時に便利だよというよりも、
そもそも根本のお話、私たちの本体って何なのかという話なんですよね。
人間って社会的な動物だから何かの役に立ちたいな、みんなとつながっていたいなというのはどうしても思ってしまう。
関わりを持ちたいなって。関わりを持つためには取引が必要だと。本能レベルで取引が必要なんだと思うところもあってね。
自分が有利な情報を持っていなきゃいけない。役立つ存在でなきゃいけない。
そうすると必要としてもらって取引成立して絆が生まれてやり取りが生まれるみたいな。身も蓋もない話なんだけどそういう部分もあるわけなんですよね。
もちろんそれは愛ではない。愛は取引じゃないからね。でも愛じゃないんだけどもそういうところもあるよねっていうところ。
当然自分にとって有利な情報を持っている人は憧れを持ってしまったり、地位があったりかっこよかったりお金があったりいろいろ。
それは自分にとってプラスの情報とかを持っているからですよ。だから憧れを持って引き寄せられていくというのかな。魅力を感じる。
当然何かを宣伝する場合にも私どもの商品は魅力がありますよということでそこで取引をして買っていただくという感じがある。
そうなってくるとそれが土台でもしなっちゃうと何かの役に立たなきゃいけない私を作り続けるしかないんですよね。
この世界の中で絆を持って生きていくためには役立つ自分である必要がある何者かである必要がある存在の意味が必要であるというふうに
外に対して自分という人間の性能を能力をスペックを証明し続けなければならぬと。
だからみんなこの個性発掘なんて言いながらも人と自分を差別化したい。何があったらマウント取れるところを取っておいてみたいなね。
そんな感じになっちゃうのかなというところでこの話に戻るけれども。
だからこのすべての調べの貴重となるあり続ける何かに立ち返るっていうのは当たり前に普通に幸福に生きるための基本的な姿勢だと思うんですよね。
わかりますか。僕たちはあまりにも情報を身にまといすぎたりして何者かになろうとして装備を重ねている実装を重ねている経験を重ねようとしている何かの形に形を人に証明しようとしている。
そうではなくて普遍な自分がいるんだよと。
すべてのいろいろなしがらみであったり感覚であったり思考とかを脇に置いて脇に置くっていうのがメタ認知のことなんだけど。
そうすると見つめる側の自分はどんどんこんなふうに静まり返って静かになっていくと。
そこにこそ永遠の何かがありますよっていう話なんですね。
まあだからさっきから何の話かっていうとっていう話をしてるんですが。
つまり自分の本体ほんまるほんまるど真ん中の静けさに気づくと生き方って結構静かにでも大きく変わっていきますよ。
なぜってこれまでは人に何かを証明して自分の価値を高めて居場所を作るということに忙しかった部分がそれをしなくてもただいるただある。
それだけでただ静寂に満足で安定している自分がいたんだっていう気づきが訪れるんですよ。
これは僕も毎週のようにセッションセッションというのはズームとか使っておしゃべりお話ししながらその人の根源を探求していくんですが。
その時に質問に答えることによってその人の静寂の中からスーッと現れてくる本質があるわけなんですよね。
その中でやっぱりみんなそこに立ち返って私の中にこんな静かなこんな変わらぬこんな角度あるものがあったんだというふうに驚かれています。
何もそれを私がやり始めたことじゃなくてねさっきから言ってるこのロベルトアサジオリさんであったりとかねこの名前が見にくい人フェルチさんにしてもねやってきてるんですよね。
それはこの人たちもそう書いてるんだけどすごいことだと思いませんかってことなんですよ。
何の修行とかもしなくてもね何かのお金を払って何か買い求めなくても僕たちの中にもそもそもあるのだよと。
ただそこにつながるだけで良い思い出すだけで良い。
ちょっとした練習は必要だけど練習すれば良いと。
誰かにはあって誰かにはないというものじゃない普遍的にみんなあるんだよというところ。
これが面白いんですよ。
だからこれはあの宗教でも何でもなくよりよく生きるぞというところのね基本的な何だろうな装備装備と言っていいのか基本的なやっぱり姿勢だと思うんですね。
はいでラマナマハルシという人がいたそうです。
詳しくは私も知りませんがいたそうですね。
彼面白いんですよ。
あの僕が印象的に覚えてることだけ話してるんですけども。
なんかね若くしてねあの大地に寝そべったそうですよ。
そしてねあたかも自分が死んでしまったかのようにぽーっとねすべてが無になっていくのを感じたんですって。
そうしたらねあれすべてが無になって消えて灰になって自分がこの世界から消えてしまっても何かが残るな。
なんだろうこれ。
ああこれが私だ。
っていう風に彼はそこで目覚めたんだそうですね。
あのやっぱり人ってやっぱりいつか寿命が来るもんですから最後はね本当にあの伴いと伴われてねあの骨になって骨も蒸発してねお骨になってみたいな感じでしょうかね大事なもんね。
でただそのことがあってもそれを想像してもあれとマハルシは彼はあれでも何か残るぞということを直感的に到達して
ああこれがこれが不死の魂としての自分なんだっていう強烈な鮮烈な感覚があったんですよね。
でねこれってあのさっき言ったこれと同じなんですよその自分の中にある思考は私ではない。
体も私自身ではなく私の所有であると見ているものを聞いているものを感じているものを全部メタ認知できる。
じゃあすべてを見つめている側の自分って誰。
これが普遍の私。
そことのラマナマハルシが経験した何が残っているこれがこれが不死の魂。
同じですよこれは同じこと。
でねもちろん経験のインパクトっていうのは強弱あると思うので
その体験がすごくなんだろうなすごくインパクトのある体験がどうかっていうのはねやっぱり度合いがあると思うんだけども
ふっと静かにあそうかぐらいの気づきって誰でもできます。
で実際だから私の知っている方たちはみんなああそうか検索さんこれだったんですねっていうのは普通に気づいておられます。
ずっとあったんだここにって気づいておられます。
これ自然現象自然に立ち上がってくる現象ですので
ハルシ寝転がって彼は極端にやったんですね面白い人ですね。
でも極端にやってああってこうねピカーって目覚めたんですね。
でねさっきから言っているメタ認知って脱同一化とも言います。
同一化を解くっていうことですね何から脱出するのと脱同一化なんで
同一化から脱出する何からなのって言うとここに書いている通りに
肉体とか感情とか思考から脱出するんですよどうやって脱出するの
出ようと思わなくていいんですよそれを見ればいいだけなんですよ
見ているものとは見ているものと自分は必ず同一化が解かれます。
どんどん自分から思考やら感情やら肉体の感覚やら引いて
じゃあそれが自分じゃないとしたら何なのって言ったら存在だったと
彼は見切ったということなんですね
私もそれ毎朝毎朝かどうかわからない極力毎朝やってます
脱同一化ですね
私は私はいろんな気持ちが現れては消えていく
どれもこれも私の中の一部ではあるがパーツではあるが
しかし私はこの感情そのものではない
私はこの肉体を持っているし元気な時もあれば使える時もあれが
それを見つめている私は肉体ではない
私の中にはいろんな思考が行ったり来たりするが
しかし私はその思考そのものではない
では私は誰か私は存在である
なんていうアフェメーションをしながらその時間を過ごした私は存在である
この脱同一化の習慣をするといいんですよ
静かな私が現れてくる
私はブログなんかにネガティブな自分がいるようなんてことは別に
普通にカミングアウトして書くんですけれども
静かな私がいると何がいいかって否定的な感情があったとて
ああなんかここに認めたくない自分がいたと思ったとて
その感情があるなあっていう風なことが普通に受け入れられて一緒にいられる
なぜかというとそのかという塊のパーツ感情ではだけではなくて
それを見つめるもっと大きな自分がいる
それが真ん中の静寂な私なんですね
これを知らないと結構大変なんですよ
なんで大変かというとめっちゃエネルギーがいる
なんでエネルギーがいるかというとその感情そのものが自分の気持ちだって
この悲しい気持ち痛む気持ち恥ずかしい気持ちがが私なんだから
っていうふうにブレンディングされてフュージョンしてくっついちゃって
癒着して私ですっていうふうになっちゃったらまるで
その着てる服そのものが私の裸ですというようなもんだから
いやあなたの一部ではあるがあなたはそのものではないんじゃないですかって話でね
そうなってくるとその同一化がなかなか解かれていないとなかなかエネルギーがいる
なんでかというと自分を変えないといけないから
こんなこと思っちゃいけないって思っちゃう
僕はちょっと聞いて美しい話だなと思ったんだけど
残念ながら僕は人の名前とか覚えるのすごい苦手なので
その変えつまんない話しかお伝えできないが
ちょっとパーツと関係ある話なんでさせてほしいんですが
陸竜ペアって今有名なやつで
有名なやつって言ってる時点ですごくとんでもなく太いやつだってわかると思うんですけど
オリンピックで金メダル取った陸竜ペアのお二人の
もともとのパートナーは女性はの方ではなくて
金メダルというかオリンピック選手がもう一方いらっしゃって
その方と男性がペアだったと
実はそこで本当にまだまだ当時決して卓越しているわけじゃなかった
男性の選手を支えて導いてある種鍛えていったという女性がいて
その人のおかげもあってその後陸竜ペアとして金メダル取るわけですが
ただその方がやっぱり言っていたのは
自分の仲のいい選手に
いやいやあの二人が金メダル取れたのはあなたのおかげだと私は思うよと
あなたがいなければ多分取ってないよと
それを聞いた時その人が本当にそんなこと言ってもらうことがとても嬉しくて
涙ながらに涙をこらえてwebに出ました
テレビ見られた方いらっしゃるかもね
テレビ一緒に見た方からすると歯がゆぐくらい僕の名前が出てこないのが
わかると思うんですけども
その時僕がでも覚えているのは彼女はそう言ったんですよ
上見ながらいや生放送でそういうこと言ってもらうのは非常に嬉しいし
でもそういう気持ちを自分は抱いていけないと思っていた
私がいたから私と共の時間があったからこそ今の金メダルがあるんじゃないのかな
なんてことを強いほどにも思っちゃいけないんじゃないかみたいなことを思ったと
ここですよ自分が抱いている感情は自分そのものだから
思っちゃいけないって言ってすごいエネルギーで封印しなきゃいけない
でもああやって言葉にしてもらえたら報われるから
やっぱり涙出てきますけどねあなたのおかげだよみたいな
でも私が言いたいのはこれその方もそうなんだが多くの方がパーツ
つまり感情そのものイコール自分だと思いすぎてしないかと
もちろん自分の一部ではあるのだけれども自分そのもの100%じゃない
あくまでも自分の中にそういう気持ち感情はあるのだが
あなたのど真ん中にあるわけではないあなたの感情イコールそれではない
でもそれはあってもいいんだよとつまり認識しているが囚われていない状態になれるんだよと
この状態があると非常に楽なんですよ思っちゃいけないことなんてなくなるから
何を思ってもいい何を考えてもいいけどもそれは自分の全部じゃない
でも自分じゃないわけでもない自分の一部でもあるんだけれども全部じゃない
ということが分かってくるとだいぶと楽チームなんですよね
自分を変えようとしなくても進むのでこの軽くりが分かっていないと
何が困るかというとこの感情は自分の中にあってはだめだまたこんなことを思っているという
そこで自分とこの戦いが始まるそれをなくすためにはこんな気持ちがあったんだな
そうかあるんだなっていうふうにそこで置いといてあげる必要がある
そこで思わないようにしようとするとすごく自分の中で葛藤が始まるエネルギーロスが始まる
ただ置いとけばいい野放しにするとは違うんですよこれすごいのは野放しっていうのは無頓着でその感情があるということさえも知らないという状態なんですよ
ではなくてあるのだなって思っているからちゃんと見てはいるしある種マネジメントできている状態なんですね
でもああしなきゃいけないとかこう思わなきゃいけないとかあっちの方向で行かなきゃとかは思わない
今はそうなんだなと一旦受け止める受け入れるそうすると何が起こるかというと感情がちゃんと表現できてるから自分の中で緩んでくる緩んでくると体の緊張も取れてくる
そうすると気持ちの可動域が広がってくるそうすると内側で静かにこうスーッと見ている自分が立ち上がってくる
これは単に客観的でドライで冷たいのではないんですよ静かな客観性静かに見ている否定的な感情があることも静かに見ているしポジティブな感情があることも静かに見ているしただあるという状態
こんなのを信じられますか普通に生きていてこういう状態になれるというのはあり得ると思いますが
これは普通にある状態なんですよね単純に練習していくとだんだんそうなっていくだけなんですよ
ここですねシャンカラシャンカラチャリアという人がいました
ちょっとこのスライドをね今僕スライド見ながら話してるんですがスライドもね面白いなと思っていろいろこうまとめて作ってきたんですけども
その時シャンカラの話面白いなと思ったんだけどさっきまで僕が話してきた話の流れからすると急にポーンとシャンカラが飛ぶんですね
まあいいか飛び回しましょうかシャンカラチャリアっていう人がいて確か紀元8世紀ぐらいの人だった気がするシャンカラチャリアが
何言ったかというとねこの人は全ては一つなんだよって言ったんですね
なんていうのかなあなたが肉体を持ってあなたが肉体そのものそのものだよと思っていたりこの世界の中のあなたが全てなんだよと思ってるかもしれないんだけどそうではなくて
全てはまるっとまるっと全ては一つなんだよとだから共感性もはざかいも何もないんだよということだから何かを分かろうとするっていう感じですかねシャンカラチャリアの言ってることを極端に言うとつかむなみたいな感じ
ちょっとこの話はやっぱり急だなちょっとこの話をするために実は補助線になる話があったので今日はこれはタイウタウ探求ラジオなのでタイウタウつまり流れながら
あのこうふかふかしながらいろんな方向で話が行くってことをちょっとご承知願いたいんですけどもここですねえっと根源の調べで出てきた話に戻りますこれはロベルトアサジョーリーが言った最高新説の中での話
自分の中でいろんな自分がいるのだが見つめている側の自分は一つですよねと静かに普遍の変わらぬ私がいますよねとそれは何かっていうと
今日のタイトルでもあったこれこそがトランスパーソナルセリフなんですよと私がよく使う言葉で言うとハイヤーセリフという言葉でもイコールですねトランスパーソナルセリフ
トランスパーソナルセリフっていうのはパーソナルセリフを超えたものっていう意味ですねトランスってのは超えたものっていう意味なんで
パーソナルセリフって何かって言うとさっき言ったパーツたちがちゃんといて私だよこれが私なんだよって言ってるのがパーソナルセリフだって私は私じゃないっていうねパーソナルセリフ
トランスパーソナルセリフはそれを含んで超えているもっと宇宙側の大きい側の私っていう感じですね
じゃあ本当にそんなのあるのっていう証拠というかそれが実際的に体現すると分かるのだけれども全ての思考感情とか肉体感覚をただ単純に超越せよと言わないけれども
見つめる側に回ってごらんそうすると真ん中に普遍の変わらぬ何か私のあるこれなんだなっていう感じが残りますよと
でそれが実はトランスパーソナルセリフでここで朝常理が言った例えが美しくて
トランスパーソナルセリフつまり本来的な神秘的な自分というのは星空のようなものなのだとお日様星空のようなものなんだと
そして我々のパーソナルセリフっていうのは静かに静かにしていくとだんだんと自分の気持ち感情の
面が水の面が静かになってあの星空を美しく映し出すようになるよと
そうしてそこにこれが本当の私だったんだって思い出すよこれが僕がいつもセッションにやってることのガイドなんですよね
なのでその気持ちに場所があるとしたらどこですか色は何ですか形は何ですかって言ってるうちに答えてるうちに
それは茶色の色でゴツゴツしててって何か怒っていてとか答えてるけどそれを見ているかの自分で実はだんだんと静かなんですよね
だって感情じゃないんだもの感情を観察する側の自分に回っている内側のこの静寂って
いろんな思考感情肉体感覚を観察する側に回ると静かに静かになっていくんですよ
この静かに静かになっていくそうするとハイアーサルフである星空をシューッと鮮やかに映し出すようになる
だから自分に目覚める感じがするこの感じこんなのが自分の中にあったみたいな感じ
これがすべての人が仏性があるっていうのかな神聖が宿るっていうのがそういうことなんですよね
でここでまたシャンクラチャリアの話に戻ります朝食はあくまでもこの星様があるこれだったんだを味わうためにこそ
自分のパーソナルセリフ普通の自分のこの気持ち互換という現実が現実があるんだよと
そこに映し出されたものこそがハイアースルーフなんだよとトランスパーソナルセリフなんだよと
でも大元はどうかというと大元はわからないでも映し出されて体験できているこの静寂な気持ちこれでいいんだってこれこそが
あのハイアースルーフと統合している状態なんだよとまさにサイコーシンセシス
サイコーってのはその精神のシンセシスってのはシンセサイザーって言って統合していくって意味ですよね
精神統合の侵略ではそう考えるでここでシャンクラチャリアに話に戻るとようやっとつながってくると思うんだけどもね
彼は違うのねそうそう思ってないんですよ面白いんですけどね
彼はあのハイアースルーフつまりトランスパーソナルセリフとかパーソナルセリフ
あっちの存在の大きな自分こっちの私みたいなはざかりなんてもともとそんなものはねえよって言ってるんです
すべてはないよと彼が言ってるのはあのすべては一つなんだよと
でこれよく言われるワンネス全部宇宙とか全部私だったんですねでもないんですよ
彼はもっと徹底してるの何もないんです彼はあの
これって結構奥深い話で何で僕たちがこういう心の世界のこととか精神世界のこととか見えない世界のことを分かち合うときに
いろんな理由が分かれたり説明が難しかったりするかというともともとその世界には言語が存在していない
自然界だってそうじゃないですかもともと自然界に言葉はない
僕たちが空を見て山を見て海を見てっていうふうに自然を見てるつもりかもしれないんだけども
全部言葉で切り取った後なんですよ空っていう切り取り方山っていう系取り海っていう系取り
以下省略しますけど全部そう言葉っていうのは切り取る道具だからね私あなた全部切り取ってるわけですよ
言葉が一切なくなったら赤ちゃんの世界になるそうなると
あっていうふうにまるっとそれそれっていうこともないんだけど便宜的に言うとただあるそれになって
何の文節も何のこういうふうな補助性もなくなってしまう
シャンからチャリアが言ったのはそれなんですよ何もないんだよ全部全部なんだよって
もう空なんだよってね空って言いますねよく色足で色足で空の空空なんだよって彼は言っている
でももっと言うといや違う違う空もないんだよっていう何があるの何もないんだよっていうふうに
極端に言うと彼は何もないんじゃなくて例えば数個のお星様がいやいや違うからそれは永遠ではないかっていう風に
全部切り捨てていくっていう幻想を切り裂く知性の刃みたいな感じで彼が言ってることをわからんでもない
さっき言ったように何か形ないものを言葉で切り取った瞬間にそれっていう風にそれはもう方便って言ってね
実態じゃなくて概念だから全ての概念を取り去ると何もないんだよっていうのがシャンからの徹底した言い方ですね
これはこれでいいんだけど彼はおそらく真実を追求していくってなるとそうなっていったと思うんだけれども僕の立場としてはそれは面白いんだが
どっちかというと今回この対応タイム探求ラジオとかでもねこの放送で届けたいなと思っているのは
いやいやなんか自分らしく楽しく生きられたらいいんじゃねって話なので
ウェルビーイングよりよく楽しく生きるっていうそういう技術として分かっていくといいんじゃないって話なので
シャンからは面白いけどもちょっと飛ばそうということでそういう考え方もあるんだよって話なんですね
シャンからチャリアにしてもあとはナーガール・ルジュナにしてもいろんな思想家哲学家がいるんだけどもおられたんだけども
結局みんな言ってることは同じですね
同じ
手法は違いど行き着く場所は常に一つということで僕がずっとやってきているインナーチャイルドイヤシー
最近はインナーチャイルドイヤシーっていう言葉も使いながらもっと芸物でいうとパーツと共にいるっていう感じなんで
それをするとメタ認知が働いてくるから見つめる側に回るじゃないですか
そうすると心が静まってくるそれが自分らしい
さらにさらにその自分に本当はどうしたらいいのかなっていう問いをかけていくと
なんとなくもどかしい感じがあった後になんかこんな感じこれかなっていう言葉が出てくるんですよいずれ
それがこのピカーンという北極星でね
だから全てのワークをしても行き着くところは全部同じなんですよこれが普遍的な輝きなんですよね
そうこれ何年経っても揺るがない普遍的な光でもあるし
さっきのそのねいろんな思想が近代だったらマハルシー
ダガナマハルシーもそうだしもうちょっと前だったらナガールジェラとかシャンガルチャーリアとかもそうだけど
結局究極的な指し示す方向は同じだと僕は思ってるんですね僕の解釈だけれども
なのでこの絶対的なものとさっき言った人間でつながりを求める種族社会的な生き物だから
つながるために自分が有利な情報を持っていかなきゃいけない
あの人よりも魅力的にならなきゃいけないみたいなことってやっぱりやりがちじゃないですかどうしたって
それはわかるんだが否定はしないんだが基本的に普遍的な輝き一人一人にあるんだぜ
もちろん近年というかズマットが世界一つの花という素敵な曲を作ってくれたってああいうことなんですよ
でもあれはどちらかというと勇気づけとかニュアンスがあったと思うんですよエールを送ってるというか
たぶんもっとその手前にそういうエールさえ必要ないよってあの歌はいいんだよ
そうじゃなくてその手前そもそもの話ねそもそもあるんだから
証明する必要なんかないんだから存在してるんだから光が
それはあると思いますとかじゃなくてあるんだから
あってくれじゃなくてあるんだから
そうすると不思議なことが起きる本当にあるのかなというスタンスだと見つからないんですよ
何でかというと言語がない世界だからここは
だから本当にあるのかなって言って僕たちのようにいつもやるように答えを探してしまうとね
やっぱり何も浮かんでこないがないじゃないかなやっぱりと思っちゃうのを頷ける言葉がない世界なんでここは
だから言葉を待ってても来ないじゃどうすればいいのっていうと最初の話に結構戻るんだけど
この感情とか思考とか身体感覚を見る側になる癖を持ってると
いろんなそれまで封印していた微弱な感覚もちょっとずつわかるようになってくる
そうするとこれ結構地味にすごいんだけどもいろんな思考感情肉体感覚を眺める側にバッてくると
見つめている側の自分がやっぱり静まってくるのがわかってくる
これこそが自分の本質なんだっていうのはわかってくるので
これなんか証明する必要すらないだってあるものはあるんだもん
ここ気づいた方はみんな私の言ってる言葉うなずいてくるんですね
そうなんだよねこれ証明するものでもない誰よりも優れてるとか誰より劣ってるとか言うでもない
ただ私はそうなんだよっていう絶対的なもの絶対っていうのは自分が最高という意味じゃなくて相対の判断なんだよ
相対っていうのは比べっこね絶対っていうのはこれだから一人一人絶対があるんですあなたの絶対がある
私の絶対があるそしてそれは競い合うものでもないからぶつかりもしない
一人一人がおそらく絶対を放っていくとこれもやっぱりカールロジャーズがね
宇宙では形成傾向があって人人間のバリエーションになったらそれが実現傾向を自己実現として
何か宇宙全体がやりたがっていることを人間としてやってるんじゃないかっていう風にね
だからその人の何か思っていること言いたいことを妨げずにちゃんと奥の奥にあるものをついてあげると出てくるよって言ったのが
雷談社中心療法ですよねつまりカウンセリングの始まりですよそれが
カウンセリングって傷んでるものを治すだけじゃなくてすさまじいその人の天才性を本当に見せます可能性に満ちてると思うんですよね
っていう話でちょっと力説しましたがさて話してるうちにね結構時間が経ってきたので
もちろんねこれハイライトバージョンとかたくって聞けるバージョン作るつもりなのでもう少し話が続けますけども
はいもうね一応せっかく話すだったらご縁があった人に生放送でも聞いてもらおうと思って
今はめちゃくちゃ15分ぐらい前に生放送します来てくださいというアナウンスもしてという感じだったんですが
まあでも本当にこの生で見た人は生ならではのこの私が何か言ってる波動とか感覚とかエネルギーとか伝わっていくと思うし
録画の方とか音声の方はそれなりにねなんかそういうことを言いたいんだなっていうのをキャッチしていただく感じもあるし
なんかこれはこれでねちょっと続けていきたいかななんていうふうにね思っているわけですよね
さあそしてスライドを進めていきますね
これさっき言ったけどもう一回言っておこう
あのね根本的な魔法これすごいんですから根本的な魔法
全てを見つめる対象へと変えちゃえばいい
みんな自分のなんだろう
自分成長させようとして至らないところ悪いところ見つけちゃうじゃないですか
これをちゃんとしなかったからこうなっちゃったんだって言ってダメだこうなんじゃとか思うじゃないですか
それはそこそこ効果があるからいいと思うし僕もきっとそれはやってる
やってるんだけども根本わかっているともっといいよ
根本的な魔法はそれをやるんじゃなくて
罪悪感とかね自己否定とかあるいは俺はこれでいいんだよという肯定すらも
自分の中にそういう肯定感があるんだな否定感があるんだ
ちょっと残念に思ってるんだとか見つけちゃっていいんですよ
ただそれをしていればいいんですよ
そうするとねここに大きなおめめが書いてるけどこのビッグアイ語呂合わせ大きな私っていう意味もあるかな
ビッグアイが現れてくるから自分の中にいろいろあるんだな
っていうことがわかってくると不思議と心は静まってくるなぜって否定がなくなってくるんですよ
俺はなんでこんな俺なんだろうって思わなくなる
そしてここが面白い魔法なんですよ
俺はなんでこんな俺なんだろうって思わなくなるけど思ってもいい
なんでこんな俺なんだろうって思ってるなって思ったらいいんです
だから例外がないわけねどういう自分がいてもかまわない
じゃあ栗崎さんそんな自分を野放しにしてあるものあるって言ってたら全然成長とかしないんじゃないですかって
いやこれするんですよそれがねすごいね人間って
発達論
ここら辺からちょっと僕の話したい話なんでスライドと関係なく話しちゃうんだけども
人の心って地図と矢印ができてるんですよ
地図のことを専門的にはスキームスキーマ
スキーマごめんなさいスキーマだ地図のことをスキーマっていう
あれもともと語源がフランス語だからねシェマっていうの
だからシェマって一回覚えてた方がスキーマスキーマどっちだったっけとかね
スキーマっていうのが地図どのように処理するかっていう地図のことですね
スキームって言ったらどっちかって言ったら実行方法とかやり方のことですね
それ置いといて地図と矢印なんですよ
地図って何って言ったら今言ったように物事をどのように考えてるのかっていうことですよね
でその地図のことをもっとシンプルに言うと僕は面って単に呼んでるんですよ面
だからね面と矢印しかないんですよ面と矢印
で面っていうのがこの人生を自分がどのように見ているのか
矢印っていうのが何かっていうとねこのビッグアイと関係あるんだが
自分という存在が本当の存在がどこから来てどこへ行くのかっていうね矢印があるんですよ
ベクトルがあるんですよ
これって面白いねAIの仕組みとちょっと似てるんですよ
AIもね高次元ベクトル空間ってやつがあるらしくてねそこに意味分布してるんですって
だから人間であるかのように人生を振る舞えるで僕たちもちょっと似ててね
魂レベルでベクトルあるんですよ
意味空間があるから関係のあることが起きるんですよ自分にとって
でねそこでですよこの方向へ行くんだって言っても魂は決めてるんですよ
あるいは宇宙の形成傾向が決めてるんですよ
だけどいけないんですよなぜいけないかっていうとねそこまで発達してない
発達って何って言うと面なんですよ
面って何って言うとこの人生で起きたことに対してこう来たらこう返す
これが起きたらこうすればこうすればいい
これはいつものこれだっていう風にこれを導火と言うんだけど導火
アシミュレーションこの状態が自分にとって普通であり
馴染んだらいいんだろうこれが適合適合なんですね
そうでこの地図この面と矢印は基本的に対立関係にある
矢印はどんどんどんどん上昇しようとする
面にとってはたまったもんじゃない
面っていうのはこの人生をホメオスタシスつまり向上性維持して
毎日同じ繰り返しで幸せに豊かに生きられたらそれで良い
だけど矢印はその面を歪ませる
なぜって言うとこの面じゃいけない次のゲートの方へ向かって行こうとする
ということはこれまで幸せだと思ったことが幸せと感じられなくなったり
これまで良くいったことがなぜか急にうまくいかなくなったりとかね
歪んでくるたわんでくる大変ですよね
でこの時にこの根本的な魔法の話があるとすごい便利なんだが
たわんどるなってビッグアイが見ればいいだけなんですよ
僕なんかしょっちゅう見てますたわんどるぞとか見てますけど
これまで自分がセオリーと思ってきた反応がうまくいかない
幸に違いないと思ったことがそうではなかったとかね
いろいろとあれでなんてことが起きてくるこれは絶好のチャンス
なんでチャンスなのというと地図が破れて歪んで
新しいものへと刷新されるそういうチャンスなんですよね
自分のこれまでの制限を超えていくチャンスなんですよね
だからやっぱり多くの人がその成長の時期に苦悩している
なんだかこう気持ちが救えなくて何か落ち込んでるんですよとか
ああなんか人に会う気がしなくてとか
ああなんかうまく言えないんだけども
自分の中のこれじゃない感があるとかね
なんか次を探して模索してるんだけど見つからないことがあるとかね
全部矢印の仕業です何かになろうなろうとして
何かというか自分が決めてるベクトルがあるのでそっちに行こうとする
つまり自分の天命を生きようとする
そうするとバージョンが古い地図がたわんでくる使えなくなってくる
でなんでこのビッグアイがこの時家が立つかっていうと
たわんどるなって見れるわけじゃないですか
そうするとこのことを知らないと地図と自分を同一化して
人生が歪んでおけた怖いなどうしたらいいのかなって
自分と地図が同一化してるからね
自分の物事の理解の仕方の考えや感じ方の感情
肉体反応が全部自分とピタッとフュージョンして同一化してるから怖いな
なんかうまくいきますように運が良くなりますようにとか
なんか祈る方法になっちゃう神並み的な
そうじゃなくて立つと同一化すると
なんか根本的にいろいろ歪んできてて
なんか自分が自分で思った通りじゃなくなってきたなみたいなねたわみ
そうするとこのビッグアイがあると次のうたいくとかがあると
これ発達論なんだけど
一度このスキーマがねたわんでくると
スキーマって基本的につまり面って基本的に
ここにあると安定していいじゃんうまくいくじゃんっていう立ち位置があって
そこにめがけて集まってくる構造のことを言うので
これはアトラクターって言うんですけども
この古いアトラクターから古い安定って言った方が分かりやすいですね
古い安定から新しい安定へと移動していく
これは画面の移り変わりのことをトランジションって言うじゃないですか
スーって変わる人生にトランジションが起きるんですね
スーと変わるんですよ
新しいアトラクター新しい安定になるんですよ
僕はそれを新しい普通って呼んでるんだけども
矢印の方向に頼るような新しい面が出来上がってくる
これが変容なんですこれが意識変容なんですよ
これがブレイクするなんですよね
だからすべてを見つめているだけで自然にそれって起きてくるんですよ
何で起きるかっていうとそこはすごいんですよ
発達ってある条件が揃ったら結構自然に起きると僕は見ていて
それを何かって言うとどんな自分でもOKにするっていう需要
自己需要の感覚
このたわみ歪みさえも何か成長の通過点なんだなって思うビッグアイがあると
テデオロジーっていうのがあって目的理論っていうのがあって
このビッグアイそのように見るとすべてそのような解釈になっていき
ただ解釈だけじゃなくすべてそのように秩序が集まってきて
その世界においての新しい安定が出来上がっていく
つまりこれこそが現実化
現実化ですね全部話がつながってるみたいな感じですね
ということで根本的な魔法なんだって話が少し長くなりましたが
こうやって大きな新しい視野があると
もうこの放送を聞いてもしかしたらちょっとでもそういう感覚になってもらったら嬉しいんだけども
なるほど自分の中にある奥の奥にある本来の自分からすると
すべての経験が自分を育む糧となるんだと
この恐れも渇望もつまりネガティブへの恐れも幸せへの渇望も
一歩一歩引いた高いところというか奥の場所から見てあげると
だんだんこうじゃなきゃだとかこれは避けたいっていった
この圧倒されていった感情の陰陽がだんだん緩んできて
あれ良いことも悪いこともあるけど等しく全部自分の何か英雄になっていくんだなって
いう風になってくると結構全て豊かになってくるんですよね
これがWell Being前の教授だったかな
あの方の言葉で言うとふと僕はすぐ思い出せるフレーズと言うと
まあいいかみたいな感じの結局それは妥協ではなく根本的なバランスが取れた上で
多少面が歪んでもまあまあいいか何かこれも何かなるだろうって感じでね
思ってくるととても楽だよという話ですね
そうなると本来の自分が立ち上がってくるとねあのさっきもずっと言ってきたんだけどね
これが自分だったんだという新鮮な音だけやっぱりありますよ
感情とか思考のサイドっていうのはこの迫力が薄まってくると
このね内側にある目覚めた目つまりこのね
このねビッグファイがないとね何が起きちゃうかというと
あれ何もない最近前の方が幸せだったかも腹が立つこともないんだが
めっちゃ嬉しいこともなくて感情が兵隊になってきたって人が少なからず出てくる
僕はこれを薙の季節というか薙状態と呼んでるんだけど
なんでそうなるかというと癒しの方を地下してないとそうなっちゃうよ
あのね内側の目覚めが必要でだからこの最初は確かにほぐしていく
認めていく癒していくっていうステージが必要なんだけどもうしばらくその螺旋を登っていただいてね
本当はねだんだんとあれなんか自分の中に
子供の頃こんなこと好きだったなとかそういえば自分ってこれがしたいんだったかもとかなんか芽吹いてくるんですよ
こう芽吹いてくるわけねそうなると
自分の感情とか思考の圧倒される感じがなくなった時薄まった時に
何もなくなるわけではなくてそうかこれがしたかったとかこれ面白そうとか
なんかわかんない社会的に見ればそれが何になるってことかもわかんないけど
自分の中で何かこれかなっていうようなものがなんとなく芽吹いてきちゃうんですよ
これもその役立つかどうかじゃなくて物事をそういう目で見て始めている
魂の目的が目覚め始めているって感じなんですよねだから何もなくなるわけじゃないの
何も感じたくなったってことはおそらく内側にある
その自分を見つめるための脱動いつかの回数とか経験がまだ足りてないと
スーッと立ち上がってくる自分がいるという感覚がまだ薄いので
何もなくなっちゃった何も起きてないってことになっちゃう
でもそれも通過点なのでそんなこともあるよねと僕はいつも言ってるんですが通過点なので
だからといって焦って早くこの出てこいとか早く早く何か自分をとかやらなくても
自然にだんだん立ち上がってくるのね立ち上がってきたらこれだったんですねって
なんかもっとパーンと出てくるかと思ったけどそういえば何かあるってわかりますみたいな感じで
本当に穏やかな感じでも穏やかながらも古い自分の人格からすると
マジかっていうぐらいの意外性も秘めてるから結構毎週ぐらい僕は
えーまさかこんなとかねおーとか驚きの声も聞いています面白いです
だから創出の探検じゃなくて真の自分の発見ってことですね
このあたりに僕ちょっと今日の話いよいよ締めくくろうと思うんですけども
宇宙空間の記憶っていうのがあってね高校生の時です忘れもしない
これをいわゆる思考体験っていうらしいですけどねピークエクスペリエンス思考体験
あの10代の頃に突如宇宙空間に行ったんですよ
高校生の自分だからその時なりにいろいろ考えたんですけどね
どこだここはと思ってねおしぼしが全く瞬いてない
地球だったらね僕その時結構図鑑とかいうもの好きだったんで地球だったらね
空気の温度差があってねほしぼし空気が揺らぐからほしぼしが瞬くんですよ
でも全く瞬いてないこんな感じでスンって宇宙だって
だからその時わかったんですね空気ないんだって思って
すごい幸せな感じでねこの幸せな感覚がもし死というものだったらこのまま死んじゃってもいいやっていう
まだ多分167歳ぐらいの時かなそういう経験したんですよね
で今この話最後にするのはちょっとオチがありましてねちょっともう少し話しますけどね
これですよあのいいこともあったんですよちょっと戻ろうかないいことが先だ
宇宙空間の記憶があってねでねその翌朝ですよ
あのすごい幸せな体験がして何かわかんないけど
あのここにいる中心のど真ん中が突如何の場合もなくパッと目覚めたんでしょうね
パーンと目覚めたこれもちろん私じゃなくて結構ね後で聞いたらね
分かる私も注意とことある私もとかね結構あのポピュラーだったんですよ思ったより
でも同じ体験になって不思議ですよねと思いながらねで僕の場合の話を戻すと
高校生の16歳の時ぐらいってやっぱり思春期だからいろいろ仲悪かったり
同級生ととかなんかこういざこざがあったりねたまにそんなこともある
でも1回戻れちゃったらお互いプライドもあるもんだからなかなか元の状態に戻れない
そんな時に普通に僕はそれを悩んでいたわけじゃないんだけどもまあいいやと思っていたんだけども
この空間宇宙空間の体験を経てた翌日
高校をして高校ですね高校をしてでその人と目があって
いつもだったらたぶんチラッと見てスッと目を背けたんだと思うけど
なんかわかんないその時に目があったらなんか普通にずっと見ちゃってでにこって笑ってしまったんですね
わかんないすごくハートからにこっていうふうになっちゃったんですね
そしたら向こうもにこってなってねもうそれで終わったんですよ
終わったっていうのはいろんな意味で終わって居酒屋がなくなって
普通に向こうもなんだろう穏やかになって僕も穏やかになって
よく聞く空戦争中に敵兵士同士が遠くでお互い銃を持ってるのが目があって
どっちだってどっちも本当は撃ちたくなんかないんですよ
その時に不思議な静寂に包まれてなんかうなずいてお互い去っていくみたいな
あれと近い感じかもしれないね戦争ぐらい極端じゃないけども
それはちょっといい話でね僕はその時16歳になるには奇跡だと思ったんですよ
まさか一瞬であんなに行く時が起こるなんて16歳の人生で初めてだったのでびっくりして
その後ですねそれがやっぱり印象的すぎてねやっぱりね罠がある
やっぱり16歳ぐらいがやっぱしねいろいろ考えちゃうと危ない方向にも行くというか
なんせそういう宇宙に行ったもんですからそして打ち解けることもできたもんですから
奇跡が起こったのはその当時少年の私にとってはねこれすごいことだなと
俺はすごいんじゃないか俺を倒すのすごいんだよと
自分は特別なんだよだって宇宙に行ったんだもんってね全能感のやつですね
でもこれが真実だとこの真実を知っている人は
日本広市といえどももしかしたら世界広市といえどもそんなにいないんじゃないかという感じで
めちゃくちゃこういわゆるエゴが肥大化していくという
これさっきのね脱同一化の逆なんですよ
スーッと静かな自分が目覚めるのが何かの何かの影の向こう側からゾーンってね
アサチュールの理論によるとこの何かって
ハイヤーアンコンシャスって言うんですね
高地無意識ってやつ高地無意識もローアンコンシャス低地無意識もお互いこう床と天井で抑圧されてるんですよ
真ん中の自分がちゃんと立ってないようにね
でその床の床がふわってくるときがなんと腹立つみたいな怒りがこみ上げるっていうのはね人間とあるかもしれないけど
これが普段抑圧されていると調整が効いていると上も調整効いてるんですよ
上がたぶん開くんだよもしかしたらずわっと出てきて急にボーンって感動体験が来るとかね
僕の宇宙体験も多分それかなと思ったけどもね
そうするとまだ自覚が準備できてないわけ今みたいに知識もないから
パーツという概念もないしインナージャイロットという概念もないし
自分がいてそしてその観察対象としていろんなものがあるというのを知らなかったもんだから
宇宙すごいあの体験すごい俺すごいっていうのを同一化したいんですよその体験に
それがスピーチャルバイパスバイパスっていうのは何かを迂回するということ
何を迂回したかというと人生で本当に悩んだり味わったり考えたりして
少しずつあとは観察したりとかね少しずつ少しずつ少しずつ育っていかなきゃいけないのに
パーンって気持ちよくなったからすぐにあの気持ちいい感じにとか俺すごいとかね
すぐピークに行きたがるんですねこれが罠これがバイパスなんですよ
自家がどんどん栄養をもって肥大化していく
あえてこの話しするのはこれは仏教なんかでも多分ね
瞑想の修行なんかでもね魔教と言われている
悪魔の間に境界線の境で魔教と呼ばれているやつだと思うんですよね
だから誰でも怒り得るしアメリカでも結構こういうスピーチャルバイパスということがもともとあるぐらいだから結構ポピュラーこれも
分かっておくとこれさえも必ず対象になる
あー俺すげーと思ってる自分がいるなーっていうふうに思っておけばいいだけなのでね
同一化するとなかなかね厄介なんだということですね
なので一つの体験事数やっぱり控えと鍵がある
やっぱりねこういう仕事をしていてもなんとなく脱同一化してだんだんと本来の自分に目覚めてくる
あー全部の自分があっても良かったんだーっていうね
自分自身との和解していく奇跡ももちろん起こるんだが
あーなんか私にはミッションがある使命があるんじゃない特別なもんじゃあるんじゃないかなっていう相対的な偉さ
さっき僕は絶対的って言いましたよねこれだけでもんじゃないわけ絶対っていうのは
でも相対的ってのは誰よりはみんなより自分の方が優いんじゃないみたいな相対的な救世主になっちゃうんでね
そうなるとやっぱバランス悪いですよね
本当に自分が生きたかった人生じゃなくてなんかこうあのよく
監督されていない感情たちがわーって駆け足で立っていって
本当に自分の方が置いてきぼりみたいな感じになっちゃったりするのでね
どっちもあるんだよってことをねちょっと今日話したかったんですね
私のケースで言うと当時仲良くなかった同級生と保平民一つで一緒にして和解できたって明るい意味もあるが
同時に俺は救世主かもしれないぞだってこんな体験したんだもんっていう風に
なんかバランス悪くなることもあるぞっていう両方とも起こり得るんだよってことは
知っとくと真ん中に戻れるかなって感じですね
こんな不完全さの需要も恥も言い訳もあるがままでいいんじゃないですかっていう話が
今日ねしたかったのかなと思います
理想を追い求めるもやめる理想を追い求めるってニュアンスに注目してほしいんですね
理想を置くのはいいんですよそうして現在地があってよしその間を埋めていくぞっていうのもすごく針があって面白い
でもなんていうのかなこんなんじゃダメだこんな自分じゃダメだっていう意味で
外に理想を掲げるのはやめようねって話なんですね
自分の格好悪さとかバランスの悪さ金庫の悪さそのものを認めて
ああもうこういう自分になりたくないなと思ってる自分だったらっていう風に
抵抗を手放すそして抵抗を手放したくないなとか
あまだ抵抗が残ってるよとかいうものがあるということも認めちゃうみたいな感じ
そういう風に防御とか取り繕いがどんどん効いていくとやっと心にゆったりとした余白が生まれてきますので
これが不完全さの需要ですね
専門的にはバルネラビリティと言いそうですね脆弱性
バルネラビリティをつまり心の弱さを示せるリーダーっていうのはいいらしいですよ
周りが何しろ安心するくつろげるあるがままに周りもいれるので
だから本人に嘘がないから周りも取り繕わなくては済むようになるっていう
すごく素晴らしいリーダーシップまだまだ僕はそういうね
バルネラビリティの発揮をしてますとか全然そういうのじゃないんだけど
そういう全然そんなじゃないんですよという自分も受け入れながら話しています
はいということでですね長くなりましたけども
今日の多雄大ながら探求するラジオだったんだけども
僕たちの中には永遠の私が立ち上がる空間というものがあるのだと