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2026/08/10 まちほくラボの八枚おろし
2026-08-15 29:10

2026/08/10 まちほくラボの八枚おろし

 担当: あんじー 大滝湧水 

感想

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サマリー

このエピソードでは、小淵沢町にある「大滝湧水」という貴重な水源地とその周辺の聖域の現状と未来について語られます。かつては地域住民や自然の恵みに支えられてきたこの地も、現代の価値観の変化や開発の影響で荒廃の危機に瀕していました。しかし、地域住民や有志が集まり、「大滝水の聖アクション」として、この地の保全と新たな活用を目指す取り組みが始まっています。自然への感謝と敬意を忘れず、次世代へと繋いでいくための知恵と協働が呼びかけられています。

まちほくラボの八枚おろし:自然との対話
まちほくラボの八枚おろし。 この番組はまちほくラボの提供でお送り致します。
しょちゅうおみまいを申し上げます。 との季節のお便り、
もう出されましたでしょうか。 小淵沢の森から、
アンジーでございます。
まちほくラボの八枚おろし。
毎月の第2週目は、大地・自然環境や森でのお話を、
地味に、静かに、ゆっくりとお届けをしております。
わたくしの場合、このラジオの収録は、
スタジオに出向いての録音ではなく、
小淵沢の最も西の外れの三山森の中の接宅にて、
夜な夜な、最低限の録音機器を持って行っているのであります。
大抵は夜中か、まだ明けやらぬ未明の時間帯に、
独り語りを致しております。
日中は、ほぼ樹木仕事の現場に忙しく出かけますから、
どうしても夜の森での語りということになりますね。
暗い森の中の接宅で、
明かりを一つだけつけて過ごしておりますと、
家の中ながら、いろいろな虫たちが舞い込んできまして、
わたくしの身の回りに飛んできます。
体にもまとわりつきます。
森の中にいればよいのに、なぜかこの奥内にやってきてくれます。
しばらくその姿を見せてくれるのです。
種類としては、カミキリムシはとても多いですね。
体と手足がいかにも骨折しそうなナナフシや、
名も知らぬ無数のバタフライ、
そう、つまりチョウやガーたちも大小さまざまにやってきます。
儚い命ですね。
カメムシもその色姿も多彩であります。
時にはミヤマクワガタなども訪問してくれるのです。
なんと家の中でクワガタが採取できます。
そんな訪問者たちの来訪を許しながら、
話しかけもしながら佇んで一人収録をしているのであります。
もうこの森で暮らし始めて20年以上ともなります。
森の中に住む、森の中に家を建ててみた。
だからここはそもそも野生生物たちのフィールドであり、
私は身勝手に入り込んできた人間、
だから森への侵入者、訪問者とは私の方なのであります。
懸命に今を生きる無数の生き物たち、
多彩な小さな生き物たち、
何の罪も穢れもなく、
そして一生懸命に生きている、生を全うしようとしている。
そして彼らを、私も含めまして、
包んでくれる木々たちの営み、
まさにそんな暮らし方をしていますから、
むしろ虫たちが来ないということ、姿が見えないということ、
森の中の生物の営みがサイレントであるということこそ、
憂い、心配にもなるのです。
暑いとか寒いとか、雨で泥跳ねするとか、
虫暑いとか、反対に大地が乾きすぎるとか、
自然は刻々と変化をし続けています。
それをよりリアルに感じ、受け止め、受け入れて、生命との対話を楽しむ。
それが私の日常であるのです。
小淵沢町の地理と七里岩
今月ここからは、我が町小淵沢のお話をいたします。
小淵沢町はご存知の通り、山梨県の北西の隅っこ、
長野県藤見町と隣接する高原地の小さな面積の町であります。
そんな最も町外れの森に私はおります。
標高はこの町約800メートルあたりから八ヶ岳南六の頂、
2800メートル付近までの山の町であります。
私が暮らすこの森のすぐ西側、
甲緑川という県境の川が流れております。
かつて宮崎駿監督のもののけ姫で、
甲緑なるキャラクター、親父キャラクターがいたことを、
ご記憶の方いらっしゃると思います。
まさにその甲緑の名の由来がこの地名なのであります。
甲緑川以外にもいくつかの流れが町の谷筋を流れています。
八ヶ岳南六は比較的穏やかなだらかな斜面であって、
丘と谷を交互に繰り返す、そんな南六の風景が特徴なのであります。
つまり山あり、谷あり、森あり、
そこにいつも水が流れ下る、そんな環境なのであります。
山合いにもかかわらず、
鎌梨川の中石地、加岸暖球といいますか、
比較的安定した大地なのであって、
山が崩れるということも比較的少なく、
縄文以前の古から人の営みがある大地なのであります。
八ヶ岳南六一帯は約50万年から20万年前頃に、
実は二羅崎岩石流という名の火山崩壊が南東へ向けて流れ下り、
これが今の小淵沢、長坂、清春、日の春、そして須玉、
さらに二羅崎へと続く大地、いわゆる七里岩なるものを形成しているのです。
そこの横を鎌梨川が藤川に向かって甲府盆地へと流れ下っています。
電車も高速道路もこのなだらかな七里岩の傾斜地を登ることができるからこそ、
鉄道としても高速道路としても国内の最標高地点への登山ができているのであります。
その七里岩の西の起点にあるのが小淵沢町であります。
大滝湧水:恵みと聖域
八ヶ岳南六一帯は福流水といいまして、山の中、地下を水が下り、
ほぼ同じ標高でこれらが地表に現れるという特徴があります。
だから1500メートル付近とか1000メートル前後の付近に、
実はたくさんの地下水の流出、すなわち流水地が見られるのであります。
誠にありがたい水の恵みがあり続けるのです。
昔から水あるところに人の営みあり集落あり、
水あるところに野生の生命の営みもあるのです。
水に恵まれつつ、さらに日の光もたっぷりとある。
故にここは今も昔も人気の人が集う大自然の地なのであります。
小淵沢町には里地に11箇所の流水があります。
今はそれぞれの流水の中には大切にはされず忘れ去られ、
上流の森の伐採や別荘地開発が目前に迫り、
水が枯れてしまったり淀んでいたりというところもあるのですが、
私、安寺は確かにこれら11箇所の流水のすべてに足を運び、
状況観察をしてまいりました。
標高の高い山の中まで加えれば、
ほぼ小さな面積の町に約20近くもの流水が湧いているのです。
そして、その中でも最も流出水量が多く、
なんと日量2万トンものの水が、
計8箇所からこんこんと湧いているのが、
大滝流水、そう、大滝流水地なのであります。
しかも町のど真ん中にこの流水はあります。
その下流一帯、小淵沢にとどまらず、
なんと隣の長坂町の一部まで広域6箇村もの集落が、
なんと数千年数万年もの間、
古よりずっとこの水だけを頼りにして、
その営みを続けてきているのです。
これほどの水の恵みは、国内でも特筆に値するものです。
そして、この地は神の領域、神域でもあります。
聖地なのです。
日本列島、水あるところは、
大抵水神様を祀ります。
そして、蛇とか龍とかを守り神とするわけです。
八ヶ岳の特に小淵沢町と大泉町の山の神とは、
八ヶ岳ゴンゲン岳なのであります。
登山をなさる方は、
鎖場を経てその頂に日の峯神社あることは、
おそらくご存知かと思います。
八ヶ岳は八雷の神や岩永姫という祭神が山の神であります。
私たち林業関係の職人たちは、
毎月七のつく日は山の神の日でありまして、
特に十七日は山には入らない日とされていたものです。
大滝神社の今の本殿は江戸期頃のものですが、
この西にある神域こそはまさに有水地であり、
建物はありませんが日本の大きなモミがそびえ立ち、
大きな石の神が鎮座する文献記録すらない時代からの聖地なのであります。
これまた統計記録にはありませんが、
小淵沢町内のすべての木をつぶさに見ている私として、
このモミの木、大モミの木こそが小淵沢の最も背の高い木であるということを断言するものであります。
この地を水の守り神としての白い蛇を建て祀る。
実際に地元の神事の時に大きな蛇が姿を現すと言いますから、
いかにも尊くも正義なことなのであります。
文化的にはそのようなことでありますが、有水という水に恵まれ神社林として維持され、
さらに地元の民が大切に守り続けてきた結果として、
この地は現代でも貴重な神力の生態系、居住居牧の森、生き物を集う聖域、神域となっています。
つまり、守ってきたからこそ人為開発を免れてきた地となっているのです。
聖地の危機と新たな挑戦:大滝水の聖アクション
さあ、ここで水にちなんで一曲ワンブレイク同様を挟みましょう。
甘い水、辛い水、蛍たちは今どのようにこの大地を見つめているのでしょうか。
この町の宝ともいえる聖地が大滝有水地が、
昭和から平成、令和へと現代では色々な開発や観光活性だけの紹介なども影響して、
数千年数万年にわたる維持、管理、保全が十分ではなくなってきていました。
現代の自然崇拝や自然への意敬の念が希薄となり、
同時に水を含む大自然の恩恵への感謝の念や享受できることへの有難みも薄れてしまい、
近年の少子高齢化も伴って自然の恵み、神域でもあり、
地域民が集うための園地としての価値も、もうどうやら管理が行き届かない、
草取り、草刈りもままならない、そんなことになってきていたのであります。
大滝神社大滝有水隣接の公園地も昭和以来、地元行政と農業協同組合が主体となって、
川魚としてのマス池として養殖事業なども行っていたのですが、
いよいよ不採算ともなり経営もままならず、農協は権利をすっかりと放棄、
行政も予算などをつけることなく、園地も神社林もすっかり荒廃の音をたどっていたのでした。
金にならんことはしない、そんな現代的風潮が、この有水地のみならず田舎町全体に蔓延する昨今。
郷土意識、地元に誇りを持ち、年中行事や伝統のお祭りや自然への感謝の気持ちを祈る、
そんなものが希薄となる時代、もうそろそろこの風潮に波動面をかけなくてはなりません。
受け継いできた町の宝は当たり前のものではないのです。
先人たちが永遠と受け継ぎ守って続けてきたものの価値、
どんなに文明が進歩しても変化しても、新しい時代にもやはり自然への意気へと感謝、
しっかりと次の世代へと継承する責任が現代の私たちにもあるのです。
新しい時代、人々の価値観も変化していきます。
だからこそ、今までとは異なるやり方、守り方、維新の仕方や知恵なるものが必要なのであります。
継承と持続可能を保つためには、人もお金もやり方も回っていて巡らせていかなくてはならないのです。
当然に労力もコストもかかります。
だからといって、すぐに商業旅人のみが先走って尊徳感情が幅大きかせるならば、
これぞ現代の風潮ですが、地域としての共同や連携力、共同愛は受け継がれず、
ダサンの尊徳にまみれてしまうのです。
実際に都会の大資本や外資の輩が、この大滝の聖地を商業利用したいとの申し出がいくつも来ます。
さあ、皆様なら地元としてどう対処されますか。
地元には資金力もなく、熱意ある人材も乏しくなり、行政にも財源はほとんどない。
そこに大きな資本がやってくるのです。
一時のダサン、あたかも身売りするかの如き聖地の扱い、水源地としての大地の恩恵は風前の灯火となりかけていました。
しかし昨年代、いよいよこの地をいかにして、どのような工夫で新しい時代の適正な維持、継承、そして地域の宝としても地域アイデンティティの心も育んでいけるのか。
老いも若きも地元の集落の方だけでなく、町全体も巻き込んで、私たちもこれに加わり、行政は調整役となり、議論を積み重ねてまいりました。
そしてようやく、昨年の冬に新しきアクションの方向性が合一され、小淵沢町全体の聖地として貴重な水源の地として、さらに自然環境、生物多様性の貴重な大地自然として、令和の新しい維持管理を展開していこう。
と、この春からはそのチャレンジが具体的に始動しているのです。
名付けて、大滝水の聖アクション。
久しく廃墟ともなっていた建物も行政予算にはよらず、民主党でリフォームし生かしていこうと。
園地の緑環境に新たな手を入れ、水の清らかさは優に及ばず、生物の多様性、自然共生の緑地維持の取り組みが始まっているのです。
そして、この地の地元、滝の前集落の方、この地を大切に思う小淵沢町民の有志、そして内外からこの地に集う心ある方たちも、それぞれの立場でこの地に関わっていただき、連携し、時にあせし、協動し、知恵と財も持ち寄る。
行政にはもたれかかりすぎず、思いと思いがつなげる。つなげることで適正で、新時代的な、そしてフラットなつながりを実現していこう。それが水の聖アクションなのであります。
新しい建物リニューアルの後には、日々新聞ならぬ日々茶屋に人が集い、地元文化としての田舎飯もささやかに紹介し、憩い、集い、佇める空間も設け、
同時に、自然環境の教育、これも最新の自然科学としても、また社会科学としても、その学び合いを創出していく。
森総、森を思うと書く森総の名のもと、ネイチャー情報発信基地も併設をいたします。まさに、安寺の守備範囲でございます。
まもなく、この夏後半にオープン、お披露目ともなります。最も大事なことは、ここに適正に、しかも思いのある人々が集い合うということなのです。
そして、この地に集う人を少しずつ育ててもいくのです。次世代も教育していきます。育てていきます。
次世代には、水汲みに来られる方が後を絶ちません。でも、ただ天然水を汲みたいという願望の前に、まずは先人たちへのこの地への努力と、自然や大地への深い感謝こそが大切であります。
そして、水を汲ませていただけることへの恩返しの心、この辺りも厳格な規制や規則によることなく、自然派生的にそんな心を育てていく、そんな真の聖地に戻していくことを目指していくのです。
いつも水を汲まれている方は、時に園地の草取りくらいは共にしていただきたいのであります。色々な思い、労力と手間、資金の協力、そして多くの知恵をこの大滝の聖地に寄せていただきたいのです。
引いては、大滝ばかりでなく、高原の町、田舎町、小淵沢のあらゆるフィールドや魅力ある地域づくりのモデルにもしていきたいと思っています。これぞ新しい時代の八津潟暖陸、縄文聖地としての広州、新州地域、そして山梨の未来創造なのであります。
今から百年くらい前、かつて小淵沢の人々は、まだ現在のように物質的、経済的に豊かではなかった時代にも、多くの子どもたちを苦労していても育み、大地自然としっかりと向き合い、土に触れてあせし、
大自然の前で恐れつつ謙虚に、同時に深い感謝とともにその自然の中での日々の営みを、なんと庶民的短歌や俳句として、たくさんの歌を読んで、それを楽しみとし、庶民文化として披露しあってもいました。
その記録は久しく埋もれがちでありましたが、確かにこの町の古文献や神社舎殿の壁面にも残されているのです。
真に潤いと気概ある新しい時代の田舎町、自然との向き合い方、田舎での暮らし方、AI時代到来の下でも、水の精アクションは多彩に地域の在り方を提唱し、場を創造してまいります。
このアクションの仲間に参画していただける方、内外を問わず、どうぞご参集ください。
森をもう、提唱として、アンジーでした。
29:10

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